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2014年7月31日木曜日

孤独な時代の男女の愛

◆「トラウマを否定するアドラー心理学が 今なぜ多くの人に求められているのか」(宮台真司×神保哲生×岸見一郎 鼎談(前編))

宮台 この 2 年間、僕は性愛系のワークショップをしています。彼女・彼氏のステディがい る割合が今世紀に入る頃からどんどん下がっているからです。こうした傾向が目立つよう になってから、すでに 15 年ほど経ちます。 いろんなリサーチが示すところによれば、昨今の 20 歳代独身男性は 7 割が「将来結婚 できない」「将来結婚したくない」と答えます。独身女性もこの傾向を追いかけています。 対人関係が構造的に変動しているんです。 特に女子の場合、この 5 年ほど、つまり 2010 年代に入って顕著になったのは、「ビッチ」 というキーワードです。友だち関係よりも性愛関係を重視する女性を、同性間でビッチ呼 ばわりし、それが性愛からの退却を増幅しています。

神保 ビッチって言葉が日本でも普通に出回っているんだ。

宮台 そう。昔は恋人ができれば同性の友だちとは疎遠になるのが普通で、そのことに友 だちも寛容でしたが、今世紀に入る頃から違ってきました。友だち間のポジションを失いた くないし、この 5 年ほどはビッチ呼ばわりを恐れます。 かくして性愛から退却気味になるだけじゃありません。同性の友だちから、「いいね」と言 ってもらえない相手(男)を彼氏に選べないんです。自分としてどう思うのか、という感情の 発露が閉ざされた状態です。

ーーと読んで、以下はアドラーとは関係ないが、世界的な晩婚傾向をめぐってをラカン派の立場から説明するポール・ヴェルハーゲの1998年に出版された書から私意訳を抜き出しておく。


◆『Love in a Time of Loneliness THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE』 (Paul Verhaeghe)より。

完全な相互の愛というこの神話に対して、ラカンによる二つの印象的な言明がある、「男の症状(症候)は彼の女である」、そして「女にとっては、男は常に廃墟(墓場)を意味する」と。この言明は日常生活の精神病理において容易に証拠立てることができる。ともにイマジナリーな二者関係(鏡像関係)の結果なのだ。誰でも少しの間、ある男を念入りに追ってみれば分かることだが、この男はつねに同じタイプの女を選ぶ。この意味は、女とのある試行期間を経たあとは、男は自分のパートナーを同じ鋳型に嵌め込むよう強いるようになるということだ。こういうわけで、この女たちは以前の女の完璧なコピーとなる。これがラカンの二番目の言明を意味する、「女にとって、男は常に廃墟である」。どうして廃墟なのかと言えば、女は、ある特定のコルセットを装着するよう余儀なくさせられるからだ。そこでは女は損なわれたり、偶像化されたりする。どちらの場合も、女は、独自の個人としては破壊されてしまう。偶然の一致ではないのだ、解放運動の目覚めとともに、すべての新しい社会階層は教養ある孤独な女を作り出したことは。彼女は孤独なのである。というのは彼女の先任者たちとは違って、この廃墟に服従することを拒絶するのだから。

……Against this myth of perfect reciprocated love, there are two striking statements made by Lacan: 'The man's symptom is his woman' and 'For the woman, the man always means ruin'. These statements can easily be verified in the psychopathology of everyday life. Both are an effect of the imaginary dual relationship. Anyone who closely follows a man for a while will see that he always chooses the same type of woman. This means that after a certain trial period he succeeds in forcing his partners into the same mould, so that they become perfect copies of the previous woman. This explains the second statement: For the woman, the man always means ruin'. It is ruin because she is forced into a particular corset, where she is either abused or idolised. In both cases she is destroyed as a separate individual. It is no coincidence that in the wake of the emancipation movement a whole new social class has developed—the educated lonely woman. She is lonely because, unlike her predecessors, she refuses to submit to this ruin.
現在、ラカンの二つの言明は男女間で交換できるかもしれない。女にとって、彼女のパートナーはまた症状である、そして多くの男にとって、彼の妻は荒廃者である、と。こういったわけで、孤独な男たちもまた増え続けている。この反転はまったく容易に起こるのだ、というのはイマジナリーな二者関係の基礎となる形は、男と女の間ではなく、母と子供の間なのだから。それは子供の性別とはまったく関係ないのだ。

Today, these two statements might just as well be interchangeable. For a woman, her partner is also a symptom, and for many a man, his wife is a ravager. Thus the group of lonely men is also continuing to grow. This reversal is fairly simple to achieve, because the underlying form of the imaginary dual relationship is not that between a man and a woman, but that between mother and child, quite apart from the specific sex of the child.

※参照: 教育ある孤独な女たちの時代

《愛の基本的モデルは、男と女の関係ではなく、母と子供の関係に求められるべきである。》(『Love in a Time of Loneliness THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE』 Paul Verhaeghe)をめぐっては、「神谷美恵子の子どもであることはメイワクなことです」にいくらかのメモがある。


…………

※附記:男女の相違をめぐるフロイトラカン派の見解は、同じヴェルハーゲの書から、次の叙述が分かりやすいだろう。一部ヴェルハーゲ独自の見解(たとえばペニス羨望)についても含まれているが、これはこの1998年当時は独自ーーわたくしの知る限りでだがーーであり、いまではフロイトの悪評高いペニス羨望を救うために、同様な見解をとる論者も出てきている。


【男の子と女の子の愛の対象】
男児はジェンダー的な意味での最初の愛の対象を維持できる。彼はただ母を他の女性に取り替えるだけでよい。これは次の奇妙な事実を説明してくれる。つまり結婚後しばらくすれば、多くの男たちは母に対したのと同じように妻に対するということを。

反対に、女児は愛の対象のジェンダーを取り替えなければならない。具体的にいえば、最初の愛の対象であった母を父に取り替えなければならない。最初の愛の関係の結果、女の子はいままでどおり母に同一化しており、それゆえ父が母に与えたのと同じような愛を父から期待する。これは同じように奇妙な次の事実を説明してくれる。多くの女たちは妻になり子供をもったら、女たち自身の母親のように振舞うということを。

【変換対象の相違による帰結】
この少女たちの愛の対象の変換の最も重要な結果は、彼女たちは関係それ自体により多く注意を払うようになるということだ。それは男たちがファリックな面(部分対象へのフェティッシュ、あるいは対象支配ともしておこう:引用者)に囚われるのと対照的である。少女における、対象への或いはファリックな面への興味の欠如と、関係性への少女の強調は、後年男との関係を求める必要がない結果を生むかもしれない。結局のところ、彼女の最初の対象は同じジェンダーであり、思春期の最初の愛はほとんどいつも他の少女に向けられることになる。

【男性のペニス羨望】
この解釈の光のもとでは、フロイトが女性にとって重要だと信じたペニス羨望――つまり自身のファルスを持ちたいと推定された欲望――は、フロイト自身の男性的、あるいはその結果としての男根主義的な想像力の産物によるところが多いように見える。今までの経験で私が出会った有名なペニス羨望は男性のなかにしかない。その拠って来たるところは、己れのペニスの不十分さへのたえまない怖れと他の男のペニスに比してのたえまない想像的比較による。男の男根主義に対応する女性の主眼は、関係性にある。

【法への態度の相違】
それ以外の帰結は、女性たちの法に対する根本的に異なった態度である。法、すなわち、父の最初の権威に対する態度。少年たちは父をライヴァルとして怖れる理由がそこかしこにある。しかしこれは少女にはほとんどあてはまらない。反対に、父は少女へ愛を与える存在でもあり、少女が愛する存在でもある。それゆえ女たちは法と権威にたいして男たちに比べ、リラックスした関係をもつようになるのは当然であろう。これは、ポストフロイト世代の精神分析医に次のような疑問を生ませた。すなわち女にはほんとうに超自我があるのだろうか、と。それは中世の理論家たちが女たちはほんとうのところ魂をもっているのかどうかを疑わせたのと同じような問いである。

【男たちの徒党を組む傾向】
もっと実際の生活上の相違としては、家父長制の歴史のなか、男たちは階級の影響をひどく受けやすく、中央集権的な組織を作りたがるということがある。教会や軍隊は男たちの集団だ。反対に、女たちは階級を好む性向はわずかしかなく、横へのつながりを望み集団を作ることは少ない。




2014年7月30日水曜日

「お前の妹(姉さん、母さん)、すぐにやらせてくれるって話じゃないか」

私ともあろう者がこの著者に先を越されるとは! こんなヤツは、本なんか書く前にさっさとくたばってしまえばよかったのだ! アレンカ・ジュパンチッチ『リアルの倫理』の序文(ジジェク)

ーーもちろん、これはジジェク一流のレトリックであり、かつてからの朋友、スロヴェニアの三羽鴉(ジジェク、ムラデン・ドラー、ジュパンチッチ)の一人を顕揚するための惹句である。





結局、「お前の妹(姉さん、母さん)、すぐにやらせてくれるって話じゃないか」などといった罵り文句は、「〈女性〉は存在しない」という事実、ラカンの言葉を借りれば、彼女が「完全ではない」、「完全に彼のものではない」という事実を、下世話な言葉で表現したものである。「女性は非-全体である」という命題は、女性ではなく男性にとって耐えがたい。それは、男性の存在の内、象徴界における女性の役割の内に注ぎ込まれた部分を脅かすのである。この種の中傷に対する男性の極端な、全く法外な反応――殺人を含む――を見てもいいだろう。これらの反応は、男性は女性を「所有物」だと見なしている、という通常の説明で片づけられるものではない。この中傷によって傷つけられるのは、男性がもっているものではなく、彼らの存在、彼らそのものである。関連する命題をもうひとつ紹介して、ドン・ジュアンに返ろう。「〈女性〉は存在しない」という命題を受け入れるなら、スラヴォイ・ジジェクが言うように、男性の定義は次のようなものになる――男性とは「自分が存在すると信じている女性である」。( アレンカ・ジュパンチッチ『リアルの倫理―カントとラカン』冨樫剛訳)
What, after all, are insults like 'your sister (or mother) is a whore' other than vulgar reminders of the fact that 'Woman doesn't exist', that she is 'not whole' or 'wholly his [ toute a lui] ' , as Lacan put it? Thus, the point is that the dictum 'woman is not-all' is most unbearable not for women but for men, since it calls into question a portion of their own being, invested as it is in the symbolic roles of the woman. This is best established by the extreme, utterly disproportionate reactions which these insults occasion, up to and including murder. Such reactions cannot be accounted for by the common explanation that man regards woman as his 'property'. It is not simply his property, what he has, but his being, what he is, that is at stake in these insults. Let us conclude this digression with another dictum. Once we accept the fact that 'Woman doesn't exist', there is only one way to define a man: a man is - as Slavoj Zizek put it in one of his lectures - a woman who believes she exists. (ALENKA ZUPANCIC『 Ethics of the Real Kant, Lacan』)


上の邦訳は、ウェブ上から拾ったので、正確な写しであるかどうかは判然としないが、“as Slavoj Zizek put it in one of his lectures”における“in one of his lectures”が抜けている。おそらくジジェクはどこかのレクチャアでも語ったのだろうが、これは『イデオロギーの崇高な対象』1989にも出てくる。

 Now it is perhaps clear why woman is, according to Lacan, a symptom of man - to explain this, we need only remember the well-known male chauvinist wisdom often referred to by Freud: women are impossible to bear, a source of eternal nuisance, but still, they are the best thing we have of their kind; without them, it would be even worse. So if woman does not exist, man is perhaps simply a woman who thinks that she does exist. (ZIZEK  THE SUBLIME OBJECT OF IDEOLOGY)

さてジュパンチッチに戻れば、冒頭の文の前に書かれている文もすばらしい。

《'Woman doesn't exist' is not a result of the oppressive character of patriarchal society; on the contrary, it is patriarchal society (with its oppression of women) which is a 'result' of the fact that 'Woman doesn 't exist'》

「〈女〉が存在しない」のは父権制社会の抑圧的特質の結果ではなく、「〈女〉が存在しない」という事実の結果が父権制社会なのである、とされている。

At this point, we can introduce Lacan's infamous statement that 'Woman [la f emme] doesn't exist'. If we are to grasp the feminist impact of this statement, it is important to realize that it is not so much an expression of a patriarchal attitude grounded in a patriarchal society as something which threatens to throw such a society 'out of joint'. The following objection to Lacan is no doubt familiar: 'If "Woman doesn't exist", in Lacan's view, this is only because the patriarchal society he upholds has oppressed women for millennia; so instead of trying to provide a theoretical justification for this oppression, and this statement, we should do something about it.' Yet -as if the statement 'la femme n'existe pas' were not already scandalous enough by itself - what Lacan aims at with this statement is even more so. The fact that 'Woman doesn't exist' is not a result of the oppressive character of patriarchal society; on the contrary, it is patriarchal society (with its oppression of women) which is a 'result' of the fact that 'Woman doesn 't exist', a vast attempt to deal with and 'overcome' this fact, to make it pass unnoticed.  For women, after all, seem to exist perfectly well in this society as daughters, sisters, wives and mothers. This abundance of symbolic identities disguises the lack that generates them. These identities make it obvious not only that Woman does indeed exist, but also what she is: the 'common denominator' of all these symbolic roles, the substance underlying all these symbolic attributes. This functions perfectly well until a Don Juan shows up and demands to have - as if on a silver platter - this substance in itself. not a wife, daughter, sister or mother, but a woman.


これは柄谷行人が、マルクス、ニーチェ、スピノザ、あるいはアリエスなどを引用しつつの結果と原因を取り違える「遠近法的倒錯」のことを語っている。

系譜学的な思考、つまり原因と結果の遠近法的倒錯を見出す思考は、《超越論的》な思考に固有のものである。実際に、そのことを最初にいったのは、前章で引例したようにスピノザである。

……いまや、自然が自分のためにいかなる目的因もたてず、またすべての目的因が人間の想像物にすぎないことを示すために、われわれは多くのことを論ずる必要はない。(中略)だが私は、さらにこの目的に関する説が自然についての考えをまったく逆転させてしまうことをつけくわえておきたい。なぜならこの目的論は、実は原因であるものを結果と見なし、反対に<結果であるものを原因>と見なすからである。(『エチカ』第一部付録)(柄谷行人『探求Ⅱ』P191)

ところで、女性が《「完全ではない」、「完全に彼のものではない」という事実を、下世話な言葉で表現したものである。「女性は非-全体である」という命題は、女性ではなく男性にとって耐えがたい》とあるが、逆にそれだからこそ〈女〉に魅惑されるのだとも言える。

《女は存在しないil n’y a pas La femme》の否定は、定冠詞Laにかかっており、femmeにかかっているのではないことに注意しなければならない。



存在するのは女達les femmes、一人の女そしてもう一人の女そしてまたもう一人の女...です。(……)

女は存在しない。われわれはまさにこのことについて夢見るのです。女はシニフィアンの水準では見いだせないからこそ我々は女について幻想をし、女の絵を画き、賛美し、写真を取って複製し、その本質を探ろうとすることをやめないのです。(ミレール 『エル ピロポ』
無意識には女についての男の無知そして男についての女の無知の点があります。それをまず次のように言うことができます。二つの性は互いに異邦人であり、異国に流されたものである、と。

しかし、このような対称的表現はあまり正しいものではありません。というのも、この無知は特に女性に関係するからです。他の性について何も知らないからなのです。ここから大文字の他の性Autre sexsというエクリチュールが出て来ますが、それはこの性が絶対的に他であるということを表わすのです。実際、男性のシニフィアンはあります。そしてそれしかないのです。(……)

科学があるのは女性というものla femmeが存在しないからです。知はそれ自体他の性についての知の場にやってくるのです。(ミレール「もう一人のラカン」)

さて、科学さえもが女が存在しないためにあるとされているが、それはこの際うっちゃるとしても、〈女〉は女たちにとっても〈他者〉であるには相違ない。

「女」 もまた「男」にとってというよりはむしろ「主体」にとっての他者なのであり、この決定的な他者性が表象する /されるの関係の成立を原理的に阻害することになる。何ものも表象せず、また何ものによっても表象されえないものが「女」なのだ。(……)

西欧の男根的なまなざしが「女」を裸にすることにかくも執着してきたのは、実のところはそれが、剥いても剥いても実体が露わにならず、よそよそしい他者であることを やめない永遠の「不気味なるもの」だからこそなのではなかったか。(死体と去勢──あるいは「他なる女」の表象 | 松浦寿輝
世界は女たちのものだ、いるのは女たちだけ、しかも彼女たちはずっと前からそれを知っていて、それを知らないとも言える、彼女たちにはほんとうにそれを知ることなどできはしない、彼女たちはそれを感じ、それを予感する、こいつはそんな風に組織されるのだ。男たちは? あぶく、偽の指導者たち、偽の僧侶たち、似たり寄ったりの思想家たち、虫けらども …一杯食わされた管理者たち …筋骨たくましいのは見かけ倒しで、エネルギーは代用され、委任される …(ソレルス『女たち』)



「男どもはな、別にどうにもこうにもたまらんようになって浮気しはるんとちゃうんや。みんな女房をもっとる、そやけど女房では果たしえん夢、せつない願いを胸に秘めて、もっとちがう女、これが女やという女を求めはんのや。実際にはそんな女、この世にいてへん。いてえへんが、いてるような錯覚を与えたるのがわいらの義務ちゅうもんや。この誇りを忘れたらあかん、金ももうけさせてもらうが、えげつない真似もするけんど。目的は男の救済にあるねん、これがエロ事師の道、エロ道とでもいうかなあ。」(野坂昭如『エロ事師たち』)

…………

※附記:ジジェク『斜めから見る』より。

ジョゼフ・マンキエヴィッツの古典的ハリウッド流メロドラマ『三人の妻への手紙』……失踪する婦人は、スクリーンには一度も登場しないのだが、ミシェル・シオンの言う<幻の声>として、つねにそこにいる。画面の外から聞こえる、小さな町に住む宿命の女、アッティー・ロスの声が、ストーリーを語る。彼女は、日曜日に河下りをしている三人の妻のもとに一通の手紙が届くように手配した。その手紙には、ちょうどその日、彼女たちが町にいない間に、彼女たちの夫の一人と駆け落ちするつもりだと、書かれている。旅を続けながら、女たちはそれぞれ自分の結婚生活の問題点をフラッシュバックで回想する。三人とも、アッティーが駆け落ちの相手として選んだのは自分の夫ではないか、という不安に駆られる。なぜなら彼女たちにとって、アッティーは理想的な女性である、妻には欠けた「何か」をもった洗練された女性であり、結婚そのものが色褪せて見えてしまうくらいなのだ。第一の妻は看護婦で、教養のない単純な女性で、病院で出会った裕福な男と結婚している。二番目の妻は、いささか下品だが、ばりばり仕事をする女性で、大学教授であり作家である夫よりもはるかに稼ぎがいい。三番目の妻は、たんに金目当てに裕福な商人と愛のない結婚をして労働者階級から成り上がった女である。素朴なふつうの女、仕事ができる活発な女、狡猾な成り上がり女、三人とも妻の座におさまりきらず、結婚生活のどこかに支障をきたしている。三人のいずれにとっても、アッティー・ロスは「もう一人の女the Other Woman」に見える。経験豊富で、女らしい細やかな気配りがあり、経済的にも独立している、と。(……)

アッティーは三番目の女の夫である裕福な商人と駆け落ちするつもりだったのだが、彼は土壇場になって気が変わり、家に帰り、妻にすべてを打ち明ける。彼女は離婚して相当な慰謝料をもらうこともできたのだが、そうはせずに夫を許し、自分が夫を愛していることに気づく。かくして最後に三組の夫婦が一同に会する。彼らの結婚生活を脅かしているように見えた危険は去った。しかし、この映画の教訓は、第一印象よりもいささか複雑である。このハッピーエンドはけっして純粋なハッピーエンドではない。そこには一種の諦めがある。いっしょに暮している女は<女>ではない、結婚生活の平和はつねに脅かされている、つまり、結婚生活に欠けているように思われるものを体現した別の女がいつ何時あらわれるかもしれない……。ハッピーエンド、すなわち夫が妻のもとに戻ることを可能にしているのは、まさしく、<もう一人の女>は「存在しない」のだ、彼女は究極的にはわれわれと女性との関係の隙間を埋める幻の存在にすぎないのだ、という経験的知である。いいかえれば、妻との間にしかハッピーエンドはありえないのだ。もし主人公が<もう一人の女>を選んだとしたら(もちろんその典型的な例はフィルム・ノワールにおける宿命の女だ)、その選択によって彼はかならずや無残な状況に陥り、命を落とすことすらある。ここにあるのは近親相姦の禁止、すなわちそれ自体すでに不可能なものの禁止、というパラドックスと同じパラドックスである。<もう一人の女>は「存在しない」からこそ禁じられる。<もう一人の女>が恐ろしく危険なのは、幻の女と、たまたまその幻の位置を占めることになった「経験的な」女とは、結局のところ一致しないからである。(ジジェク『斜めから見る』p157-158)

《ふつう気づかれていないことは、ラカンの断言、“La femme n'existe pas”――“〈女〉は存在しない”は、決して象徴的秩序の外にある言いようのない女性的なエッセンスのたぐいに言及しているのではないということだね。象徴秩序に統合されえない、言説の領域の彼岸にあるものでは決してないということだ。》(ジジェク 象徴界(言語の世界)の住人としての女

2014年7月29日火曜日

ヒエロニムス・ボスの御居処(おいど)

良心はその持主が行いの正しい人であればあるほどますます厳格かつ疑い深い態度をとり、その結果、ついには聖なるものの領域に一番深く足を踏み入れた人々こそが一番酷く罪の意識に悩むことになるのだ。こうなると、正しい行いをしても、それにたいする報いの一部は帳消しになってしまうわけで、超自我の命ずるままに自分を抑えてきた自我は、超自我の信頼を博するどころか、信用を得ようといくら努力しても無駄に終わるかに見えるのである。こういうと、そんな苦情はわざとでっち上げたものだという反論が出ることだろう。すなわち、良心が平均より厳格で敏感であることこそ行いの正しい人間の特色で、聖者たちが自分は罪人だという場合それは、欲動を満足させたいという誘惑のことを考えると、あながち嘘ではないというのである。なぜなら、周知のように誘惑は、折に触れて満足させてやれば少なくとも当座は力が弱まるのにたいし、いつも撥ねつけてばかりいるとその力を増すだけだから、聖者たちはとくに強い誘惑に曝されているわけなのだ。(フロイト『文化への不満』人文書院 著作集3 P480)

ーーとごく標準的な引用から始めたが、こう引用してもよい。

「美」という概念が性的な興奮という土地に根をおろしているものであり、本来性的に刺激するもの(「魅力」die Reize)を意味していることは、私には疑いないと思われる。われわれが、性器そのものは眺めてみればもっとも激しい性的興奮をひきおこすにもかかわらず、けっしてこれを「美しい」とはみることができないということも、これと関連がある。(フロイト『性欲論三篇』フロイト著作集5 人文書院 P26)

これは比較的初期の(1905年)の論文であるというなら、冒頭に引用した『文化への不満』にもこうある。

残念なことに、精神分析もまた、美については、他の学問にもまして発言権がない。ただ一つ確実だと思われるのは、美は性感覚の領域に由来しているにちがいないということだけである。おそらく美は、目的めがけて直接つき進むことを妨げられた衝動の典型的な例なのであろう。「美」とか「魅力」とかは、もともと、性愛の対象が持つ性質なのだ。(フロイト『文化への不満』著作集3 P446~ 原著1930年)

《美は性感覚の領域に由来している》という表現に違和を感じる向きでも、美はエロスの領域に由来しているとすれば、なんの齟齬もなくなるだろう。そしてこの「エロス」を、融合欲動ーー大文字の母、母なる大地との、〈神〉との、〈女〉とのーー統合を求める欲動とすれば、いっそう違和は消え失せる。

フロイトの快原則の彼岸の発見はエロスとタナトスの対立に終結する。それを理解するには愛と闘争のタームで理解すべきだ。エロスはより大きな統合へのカップリング、合同、合併を追い求める(自我の主要な機能としての合成を考えてみよ)、反対に、タナトスは切断、分解、破壊を追い求める。(Paul Verhaeghe『BEYOND GENDER. From subject to drive』ーー部分欲動と死の欲動をめぐる覚書





Hieronymus Bosch painted sheet music on a man's butt and now you can hear it



ーーと聴けば、ここでは本来ルネッサンス期の音楽やらさらに遡ってグレゴリオ聖歌などのYouTubeでも貼り付けるのが、「論理的」であろうが、バッハ好きのわたくしとしては、歴史をやや前方に進んでバッハを貼り付けることにする。

十代の半ば過ぎにバッハのコラールやオルガン曲をよく聴いたのだが、
あれは性欲盛んな年齢向きだろうよ
最近は昔ほど特権的に熱愛するってわけでもないからな





ああでもなんと「清らかで崇高」であることよ




サリヴァンは、フロイトがあれほど讃美した昇華を無条件な善ではないとして、それが代償的満足である以上、真の満足は得られず、つのる欲求不満によって無窮動的な追及に陥りやすいこと、また「わが仏尊し」的な視野狭窄に陥りやすいことを指摘している。(中井久夫「「創造と癒し序説」 ――創作の生理学に向けて」)





まさか歌ったあと、乱交してたんじゃないだろうな





昇華(=崇高化)はふつう非・性化と同じことだと考えられている。非・性化とはすなわち、リビドー備給を、基本的な欲動を満足させてくれそうな「野蛮な」対象から、「高級な」「洗練された」形の満足へと置き換えることである。われわれは女に直接に襲いかかる代わりに、ラヴレターや詩を書いたりして誘惑し、征服する。敵を気絶するまでぶん殴る代わりに、その敵を全面否定するような批判を含んだ論文を書く。通俗的な精神分析的「解釈」によれば、詩を書くことは肉体的欲求を満足させるための崇高にして間接的な方法であり、精巧な批判を書くことは肉体的攻撃衝動の崇高な方向転換ということになろう。(ジジェク『斜めから見る』)





イタリアバロックのなかでは品が欠けるという評価を受けることもあるヴィヴァルディの愛のカンタータの崇高化の至高の例だぜ





わたくしはかつてこの寺で、いかにもこの観音の侍者にふさわしい感じの尼僧を見たことがあった。それは十八九の色の白い、感じのこまやかな、物腰の柔らかい人であった。わたくしのつれていた子供が物珍しそうに熱心に廚子のなかをのぞき込んでいたので、それをさもかわいいらしくほほえみながらながめていたが、やがてきれいな声で、お嬢ちゃま観音さまはほんとうにまっ黒々でいらっしゃいますねえ、と言った。わたくしたちもほほえみ交わした。こんなに感じのいい尼さんは見たことがないと思った。――この日もあの尼僧に逢えるかと思っていたが、とうとう帰るまでその姿を見なかったので何となく物足りない気がした。(和辻哲郎『古寺巡礼』)





あなたとぼくは
大草原のすみっこにもぐりこんで
着ているものをみな脱いで
ていねいにおじぎして
一つ一つ差し上げた
むかしは尼僧のようだったあなた
あなたもくれた
激しくたたきつけて来る太陽の中で
めらめらと焔が燃えた
光が光にかさなった
けれども二つの火が燃えていた

ーー吉増剛造「プレゼント」より




「僕はある美しい女性に夢中になっている。彼女に結婚を申し込んだが、断られた。それでも僕は彼女の事が世界中の何より好きなんだ。彼女と一緒にいるどんな僅かなひと時でも僕にとってはまさに天国にいる気分なんだ…お願いだよ、今度いつ彼女に会えるのか教えてくれないか?」(グレン・グールドの秘められた恋

もっと聴く? かなり長いけど




せっかくですが遠慮します

ーーこのモンサンジョンとの対話、グールドがすべてシナリオを書いていたらしいぜ







2014年7月28日月曜日

三種類の幻想、あるいは幻想と妄想

まずジジェク『LESS THAN NOTHING』(2012)により(私訳)。

では幻想とは何なのか? 幻想において“実現されている”(上演されている)欲望とは主体自身の欲望ではなく、他者の欲望である。すなわち、幻想、幻想的な構成とは、“Che vuoi?” (あなたはなにを欲しているの?)という謎への答であり、それは主体の原初の本質的な(構成的な)立場を表わす。欲望の最初の問いは、「私は何を欲しているのか」という直接的な問いではなく、「他者は私から何を欲しているのか。彼らは私の中に何を見ているのか。彼ら他者にとって私は何者なのか」という問いである。幼児ですら関係の複雑なネットワークにどっぷり浸かっており、彼を取り巻く人びとの欲望にとって、触媒あるいは戦場の役割を演じている。父親、母親、兄弟、姉妹等々が、彼のまわりで戦いを繰り広げる。子どもはこの役割をじゅうぶん意識しているが、大人たちにとって自分がいかなる対象なのか、大人たちがどんなゲームを繰り広げているのかは、理解できない。この謎に答を与えるのが幻想である。もっとも基礎的なレベルでは、幻想は私が他者にとって何者であるのかを教えてくれる。

What, then, is fantasy? The desire “realized” (staged) in fantasy is not the subject's own but the other's desire—that is to say, fantasy, a fantasmatic formation, is an answer to the enigma of “Che vuoi?” (What do you want?), which renders the subject's primordial, constitutive position. The original question of desire is not directly “What do I want?” but “What do others want from me? What do they see in me? What am I for others?” A small child is embedded in a complex network of relations, serving as a kind of catalyst and battlefield for the desires of those around him; his father, mother, brothers, and sisters, and so on, fight out their battles around him.While being well aware of this role, the child cannot fathom what object he is for the others, or the exact nature of the games they are playing around him. Fantasy provides him with an answer to this enigmaat its most fundamental level, fantasy tells me what I am for my others.

 ここで『ラカンはこう読め!』から幻想の「相互主観的な性格」をめぐる分かり易い叙述を挿差しよう。

たとえばフロイトは、苺のケーキを食べることを夢想する幼い娘の幻想を報告している。こうした例は、幻覚による欲望の直接的な満足を示す単純な例(彼女はケーキがほしかった。でももらえなかった。それでケーキの幻想に耽った)などではけっしてない。決定的な特徴は、幼い少女が、むしゃむしゃケーキを食べながら、自分のうれしそうな姿を見て両親がいかに満足しているかに気づいていたということである。苺のケーキを食べるという幻想が語っているのは、両親を満足させ、自分を両親の欲望の対象にするような(両親からもらったケーキを食べることを心から楽しんでいる自分の)アイデンティティを形成しようという、幼い少女の企てである。(ジジェク『ラカンはこう読め』)


再び冒頭の『LESS THAN NOTHING』の文に続く。

再び反-ユダヤ主義、反-ユダヤ人妄想を取り上げるなら、典型的な形でこの幻想の根源的な相互主観的性格を見てとれる。ユダヤの陰謀の社会的幻想とは“社会は私から何を欲しているのか?”という問いへの答を提供する試みなのであり、それは私が余儀なく参加させられるあいまいな出来事の意味を明るみに出してくれる。こういった理由で、標準的な“投影”理論、――その理論によれば、反-ユダヤ主義者はユダヤ人の姿に己れの否認された部分を“投影する”ということーーそれだけでは不充分である。“概念上のユダヤ人”の姿は、反-ユダヤ人の“内的葛藤”の外在化したものには還元されえない。逆に、主体は最初から非中心化されている、意味や論理はコントロールから逃れてしまう不明瞭なネットワークの部分でしかないという事実を証し立てる。

It is again anti‐Semitism, anti‐Semitic paranoia, which reveals in an exemplary way this radically intersubjective character of fantasy: the social fantasy of the Jewish plot is an attempt to provide an answer to the question “What does society want from me?” to unearth the meaning of the murky events in which I am forced to participate. For that reason, the standard theory of “projection,” according to which the anti‐Semite “projects” onto the figure of the Jew the disavowed part of himself, is inadequate—the figure of “conceptual Jew” cannot be reduced to being an externalization of the anti‐Semite's “inner conflict”; on the contrary, it bears witness to (and tries to cope with) the fact that the subject is originally decentered, part of an opaque network whose meaning and logic elude its control.

 このように「投影」だけで片付けてはいけないというわけだ。ここでフロイトの「投影」をめぐる叙述をひとつ抜き出しておこう。

……他人に対する一連の非難は、同様な内容をもった、一連の自己非難の存在を予想させるのである。個々の非難を、それを語った当人に戻してみることこそ、必要なのである。自己非難から自分を守るために、他人に対して同じ非難をあびせるこのやり方は、何かこばみがたい自動的なものがある。その典型は、子供の「しっぺい返し」にみられる。すなわち、子供を嘘つきとして責めると、即座に、「お前こそ嘘つきだ」という答が返ってくる。大人なら、相手の非難をいい返そうとする場合、相手の本当の弱点を探し求めており、同一の内容を繰り返すことには主眼をおかないであろう。パラノイアでは、このような他人への非難の投影は、内容を変更することなく行われ、したがってまた現実から遊離しており、妄想形成の過程として顕にされるのである。

ドラの自分の父に対する非難も、後で個々についてしめすように、ぜんぜん同一の内容をもった自己非難に「裏打ちされ」、「二重にされ」ていた。……(フロイト『あるヒステリー患者の分析の断片』(症例ドラ))



さてジジェクの上の叙述は三種類の幻想にかかわるのだろう(参照:「きみは軀のどの部分をもっとも熱心に使うんだい?」)。

まず第一に想像界の幻想がある。

誰でも次のフレーズは知っている、何度も何度も繰り返される、“欲望は〈他者〉の欲望である”と。しかしラカンの教えのそれぞれの決定的段階で、このよく知られた公式は異なった読み方に該当する。ます1940年代にすでに現れた“欲望は〈他者〉の欲望”とは、単純に、欲望のパラノイア的な構造を触れている。簡単にに言えば、羨望の構造だね。ここでは主体の欲望は〈他者〉の欲望であり、外作用的な、想像的関係のたぐいだ。基本的な羨望の構造であり、私はある対象を欲望する、〈他者〉が欲望するかぎりにおいて等々。これが最初のレベル、いわば想像的レベルだ。(ジジェクConnections of the Freudian Field to Philosophy and Popular Culture意訳)

これ以外に通常の「幻想」(象徴界のファンタジー)がある。

「人間は<他者>として欲望する」というのは、まず何よりも、人間の欲望が「外に出された」<大文字の他者>、すなわち象徴秩序によって構造化されていることを意味する。つまり私が欲望するものは<大文字の他者>、すなわち私の住んでいる象徴的空間によってあらかじめ決定されている。たとえ私の欲望が侵犯的、すなわち社会的規範に背くものだとしても、その侵犯それ自体が侵犯の対象に依存しているのである。(ジジェク『ラカンはこう読め』鈴木晶訳)

だがラカン理論において決定的なのは現実界の幻想である。

しかし私の考えではラカンの決定的な最後の公式は、分析家のポジションが大文字の他者 (A)、すなわち象徴的秩序の具現化としての分析家の場所からもはや始まらないと定義したときだね。分析家は小文字の他者 (a)、その幻想的な対象と同一化するときとしたときだ。言い換えれば、分析家は〈他者〉の欲望の不透過な謎を体現したときということ。(ジジェクConnections of the Freudian Field to Philosophy and Popular Culture意訳1995)

すなわち再度、『ラカンはこう読め』から抜き出せば次のようなことになる。

……主体は、<他者>を欲望するものとして、つまり満たしがたい欲望の場所として、捉える限りにおいて、欲望できる。あたかも彼あるいは彼女から不透明な欲望が発せられているかのように、他者は謎にみちた欲望を私に向けるだけでなく、私は自分が本当は何を欲望しているのかを知らないという事実、すなわち私自身の欲望の謎を、私に突きつける。

もっとも想像界の幻想と現実界の幻想が、ときに区別がつきがたいということはあるだろう。

セミネール III でさえ、 ラカンは精神病を本質的に想像的なものによって定義していました。ラカンはある意味、精神病と想像的なものは等価であると考えていたのです。ラカンの著作における想像的なものは、このように精神病的なものでありますから、鏡像段階をパラノイアの記述として読み直すこともできるでしょう。すなわち、他者との基礎的な衝突があり、それは他者が私の役割を強奪していくからである、と。鏡像段階は投影によって構造化されているのです。主体の天然のパラノイア、想像的レベルに位置する主体、正常性(象徴的正常性)へと加入することを許可する象徴的秩序、をラカンはたびたび強調していました。しかし最後には、ラカンは精神病的主体はまったく正常であると喜んでいうようになりました。これは、アブノーマルなのは象徴的秩序の方であり、人間の性質は基本的にパラノイア的であるということを意味しています。(ミレール『ラカンの臨床パースペクティヴへの導入』

また現実界の幻想と、妄想とはどう異なるのだろうという問いも生まれる。

欠如する〈他者〉の概念は、幻想への新しい接近の領野を開く。まさにこの〈他者〉の欠如を満たす試み、〈大他者〉の一貫性を再構成するものとして捉えるかぎりにおいて。こういった理由で、幻想とパラノイア(妄想)は本来、その最も基本的なレベルでは、互いに繋がっている。パラノイアとは”他者の他者”の信念である。他の〈他者〉、外部に現われた社会的現実の〈他者〉の裏に隠れた〈他者〉、社会的生活の不足の効果をコントロールし、その一貫性を保証してくれる〈他者の他者〉への信念である。(私意訳)

This notion of the lacking Other also opens up a new approach to fantasy, conceived as precisely an attempt to fill out this lack of the Other, to reconstitute the consistency of the big Other. For that reason, fantasy and paranoia are inherently linked: at it most elementary, paranoia is a belief in an “Other of the Other,” in another Other who, hidden behind the Other of the explicit social reality, controls (what appears to us as) the unforeseen effects of social life and thus guarantees its consistency.(ジジェク『LESS THAN NOTHING』)

※附記(「ラカン派の「転移」のいろいろ」より)

<大他者>に対する精神病者の不信、(間主観的共同体に具現化された)<大他者>は自分を騙そうとしている、という彼の固着観念は、つねに必然的に、一定不変の<他者>、断絶のない<他者>、すなわち「<他者>の<他者>」(……)に対する揺るがぬ信頼に支えられているのである。パラノイア症者が、象徴的共同体や「一般の意見」の<他者>をどうしても信用しないのは、騙されていない、手綱を握っている「<他者>の<他者>」の存在を信じているからである。パラノイア症者の誤りは、その徹底した不信や、すべては欺瞞に満ちているという確信にあるのではない。その点では彼はまったく正しいのだ。象徴的秩序は究極的には根本的に欺瞞に基づいた秩序なのだから。そうではなく、彼の誤りは、この欺瞞を操作している隠れた存在がいるという信念にある。(ジジェク『斜めから見る』P156)

…………

以上は佐々木中氏のツイートとさる匿名の人物のツイートの発話、さらにはそれへの彼のやや過剰ともみえる反応を読んで、ジジェクまわりを中心にその見解のいささかをまとめたものである。

 @AtaruSasaki【学生拡散・重要】私の講義を受ける学生は必ず読んでおいて下さい。→「レポートの評価について」http://www.atarusasaki.net/blog/?p=709

‏@tjummatsu@AtaruSasaki 20年後輩の佐々木先生へ。大学教授然としたこんな陳腐なツイートは見たくない。公然と拡散しなくていい。

‏@AtaruSasaki「あなたの⚪︎⚪︎する姿は見たくない」というのは自分の妄想を勝手に他者に投影している、すなわち他者がいない世界に住んでいる老いた幼児の言葉。“@tjummatsu: @私 20年後輩の佐々木先生へ。大学教授然としたこんな陳腐なツイートは見たくない。公然と拡散しなくていい。”

‏@AtaruSasaki傲慢に聞こえてもいい。こんな老人をつくらないために私は講義をしています。私の『夜戦』の鏡の理論、他者と投影の理論も理解できていないことを自ら暴露しているのに、勝手に脳内に佐々木中と名付けた何かを飼っている。「それは私ではない」!


ーー過剰な反応は、フロイトによれば……、などとはここでは書かないようにしておこう。ただし誰でも《彼が語るときには常に彼自身が言う以上のことを言います。自分が欲している以上のことを言うのです。そしてそのうえ、常に他のことを言います》には相違ない。

作家と大学教師が両立するかどうかについても、種々の見解があるだろう。


われわれの方法の要点は、他人の異常な心的事象を意識的に観察し、それがそなえている法則を推測し、それを口に出してはっきり表現できるようにするところにある。一方作家の進む道はおそらくそれとは違っている。彼は自分自身の心に存する無意識的なものに注意を集中して、その発展可能性にそっと耳を傾け、その可能性に意識的な批判を加えて抑制するかわりに、芸術的な表現をあたえてやる。このようにして作家は、われわれが他人を観察して学ぶこと、すなわちかかる無意識的なものの活動がいかなる法則にしたがっているかということを、自分自身から聞き知るのである。(フロイト「W・イェンゼンの小説『グラディーヴァ』にみられる妄想と夢」1907)

悲しみ。ある種の倦怠感。自分がしたり、思ったりするすべてのことにまつわるとぎれることのない(最近、喪に服していらいの)、同じ倦怠感(心的エネルギーの備給の不在)。帰宅。空虚な午後。ある困難な瞬間。午後(のちに語る)。たった一人。悲しみ。塩漬けのような状態。私は、かなりの強度で思考する。あるアイディアが不意にわきあがる。文学的な回心のようなものーー古くさい二つの単語が心によみがえる。文学に踏み込むこと。エクリチュールに踏み込むこと。これまで自分がやったことのないようなやり方で、書くこと。もう、それしかやらないこと。まず、エクリチュールによる生を統一するために、コレージュをやめること(講義は、しばしば書くことと葛藤状態に陥るから)。続いて、講義と仕事とを同じ企て(文学的な)へと投入し、主体の分割を停止せしめ、たった一つの計画、偉大なる計画を優先させること。(ロラン・バルト「日記」1978年4月15日 カサブランカにてーー嘘によってしか愛するものを語ることはできない

佐々木中氏の「政治的」な発言には共感することが多いのだが、彼とて完璧ではない。たとえば昨年(20131114日)の彼のツイート、ここにあるのはパラノイア的な「投影」や「嫉妬」ではないかと疑ってみることさえできる。

@AtaruSasaki或る「若手」哲学者だか批評家だかが昔「ボクが処女作を出版するときには、東浩紀に推薦文を書いた浅田彰、二人に推薦文をもらって華々しくデビューする!次はボクの時代だ!」と吠え出して、その閉じた醜い権力欲に唖然としたことがある。界隈そんな連中ばかりだよ。みんな、自分の仕事をしよう。

@AtaruSasaki何か身に覚えでも?“@masayachiba: 僕のこと?そんなことを佐々木さんに言った覚えはありません。"@AtaruSasaki: 或る「若手」哲学者だか批評家だかが昔「ボクが処女作を出版するときには、東浩紀に推薦文を書いた浅田彰、二人に推薦文をもらって華々しくデビュー

@AtaruSasaki申し訳ないですが、何を仰っているのかよくわかりません。えっ、千葉くんもこんなこと言っていたの? 他の人には?“@masayachiba: @AtaruSasaki あなた、こういうことしてると読者に見放されますよ。”

※附記:ジャック=アラン・ミレール『エル・ピロポ El Piropo』より

人間の伝達においては、受信者がメッセージを後からそれを発信する者に送るのです。受信者が送るのというのは根本的には彼がメッセージの意味を決定するからです。他者に話すということは決して我々自身が言っていることを我々が分かっているということではありません。他者だけが我々にそれを知らせてくれるのです。そしてそれゆえに我々は互いに話し合うのです。それも常に内容のある情報を伝えるためとは限りません。むしろ相手から我々自身が何であるかを教わるためなのです。こういう理由からディスクールにおいて はつねに喚喩および隠喩が混じり合い、語るにおいて我々はいつも自分自身を越えたとこ ろに追いやられるのです。誰かの言うことを文字通りに取ることは大変失礼にさえ当たり ます。 というのは、 意味 sens は、 意味があるのは常にその彼方ですから、 むしろその人が 言うことの奥を聞き取らなければいけないのです。
主体、語る主体は自分自身で言っていることの主人ではありません。彼が語るとき、彼が言語を使用していると考えるときは、実は言語が彼を使用しているのです。彼が語るときには常に彼自身が言う以上のことを言います。自分が欲している以上のことを言うのです。そしてそのうえ、常に他のことを言います。こういう理由からディスクールにおいてはつねに喚喩および隠喩が混じり合い、語るにおいて我々はいつも自分自身を越えたところに追いやられるのです。誰かの言うことを文字通りに取ることは大変失礼にさえ当たります。というのは、意味sensは、意味があるのは常にその彼方ですから、むしろその人が言うことの奥を聞き取らなければいけないのです。

2014年7月27日日曜日

きびきびして蓮っ葉な物馴れた女

「どうしたって、女は十六、七から二十二、三までですね。色沢がまるでちがいますわ。男はさほどでもないけれど、女は年とるとまったく駄目ね。」(徳田秋声『爛』)

そんなことありませんわ秋声先生
最近じゃあ三十歳あたりまで色つや保てるらしいですよ




ほら初婚年齢だって男を追い抜かす勢いなんです
なんだって男たちには負けちゃいられない世相なんですから
先生だって『黴』ではこう言ってるじゃあありませんか

「そのくらいなら、どこへ行ったって、自分一人くらい何をしたって食べて行きますわ」(徳田秋声『黴』)

結婚するくらいなら、何をしたって食べて行けますわ
安易の風に吹かれて一生独身ほうがいいくらい
だっていまどき甲斐性のあるいい男なんて
めったにいやしないですから

浅井の調子は、それでも色の褪せた洋服を着ていたころと大した変化は認められなかった。人柄な低い優しい話し声の調子や、けばけばしいことの嫌いなその身装などが、長いあいだ女や遊び場所などで磨かれて来た彼の心持と相応したものであった。(……)

ワイシャツ一つになって、金縁眼鏡をかけて、向う前に坐っている浅井の生き生きした顔には、活動の勇気が、溢れているように見えた。(『爛』)

どこにいるっていうのかしら
女遊びで磨かれた活動の勇気が溢れた男なんて
きびきびして蓮っ葉な物馴れた女はいっぱいいるのに

《お島のきびきびした調子と、蓮葉な取引とが、到るところで評判がよかった。物馴れてくるに従って、お島の顔は一層広くなって行った》(『あらくれ』)

あらでもこんな女もいなくなってしまったわ

一つは人に媚びるため、働かずにはいられないように癖つけられて来たお島は、一年弱の鶴さんとの夫婦暮しに嘗めさせられた、甘いとも苦いとも解らないような苦しい生活の紛紜から脱れて、何処まで弾むか知れないような体を、ここでまた荒い仕事に働かせることのできるのが、寧ろその日その日の幸福であるらしく見えた。(『あらくれ』)


…………

徳田秋声は、女性を書かせたら神様というのが一部の読み巧者の評判であった。
「日本文学は、源氏、西鶴、それから秋声に飛ぶ」とするのは川端康成だ。

前期の徳田秋声の小説には「安易」という語が頻出する。

お庄は唯笑つてゐたが、此女の口を聞いていると、然うした方が、何だか安易なやうな氣もしてゐた。(德田秋聲『足迹』)

これはまだ日本橋の堅いところに奉公していた頃、例の朋輩に茶屋奉公をすすめられたときの、お庄のふとした思いであるが、この中の《安易》という言葉には独特の意味合いがあるようだ。たとえば今の箇所のすこし前の、不貞た朋輩の話に耳を貸しながら、《お庄も足にべとつく着物を捲く上げて、戸棚に凭れて、うつとりして居た》とある、その姿その体感に通じるものである。頽れるにまかせて流されていく安易さ、その予感のうちにすでにある懈さ、と言えば説明にはなる。しかし生活欲の掠れた倦怠ではない。お庄は若いが上に生活欲の盛んな女であり、その点では滅多に頽れはしない。むしろ生活欲のおもむく、埒を越して溢れ出すその先に、安易の予感はあるようなのだ。秋聲の人物の多くがそうである。生活欲に振りまわされる只中で、行き場に迷う力がふと妙な向きを取りかかり、懈怠に捉えられる。(古井由吉『東京物語考』「安易の風」)

『足迹』のお庄や『黴」のお銀は、秋声の妻がモデルだ。

・どうかすると鼻っ張りの強いその気象と同じに、とても征服しきれない肉塊に対してでもいるような気がしていたが、それもだんだん頽されそうになって来た。

・そんな周囲の事情は、お銀のちょっとした燥いだ口の利き方や、焦だちやすい動物をおひゃらかして悦んでいるような気軽な態度を見せられるたんびに、笹村をして妻を太々しい女のように思わしめた。(『黴』)

《生活欲に振りまわされる只中で、行き場に迷う力がふと妙な向きを取りかかり、懈怠に捉えられる》女の風情に、秋声は魅せられていたのだろし、読者も見せられる。これが欲望の対象-原因(対象a)でなくてなんだろう、《私はあなたを愛する。だがあなたの中にはなにかあなた以上のもの、<対象a>がある。だからこそ私はあなたの手足をばらばらに切断する》(ラカン)

そして『爛』にも『あらくれ』にも秋声の〈対象a〉はいる。

・お今に自分が浅井の背を流さしておいた湯殿の戸の側へ、お増はそっと身を寄せて行ったり、ふいに戸を明けて見たりした。「いい気持でしょう。」などと、お増は浅井の気をひいて見た。

・階下に寝ているお今のつやつやした髪や、むっちりした白い手なども、幻のように浮んで来た。(『あらくれ』)


◆”Conversations with ZiiekSlavoj Zizek and Glyn Daly)ーー『ジジェク自身によるジジェク』として邦訳されているが、原文しか手元にないので、私テキトウ訳。

幻想の役割において決定的なことは、欲望の対象と欲望の対象-原因のあいだの初歩的な区別をしっかりと確保することだね(その区別はあまりにもしばしばなし崩しになっている)。欲望の対象とは単純に欲望される対象のことだ。たとえば、もっとも単純な性的タームでいうとすれば、私が欲望するひとのこと。欲望の対象-原因とは、逆に、私にこのひとを欲望させるもののこと。このふたつは同じものじゃない。ふつう、われわれは欲望の対象-原因が何なのか気づいてさえいない。――そうだな、精神分析をすこしは学ぶ必要があるかもしれない、たとえば、何が私にこの女性を欲望させるかについてね。
欲望の対象と欲望の対象-原因(対象a)のギャップというのは決定的なんだな、その特徴が私の欲望を惹き起こし欲望を支えるんだから。この特徴に気づかないままでいるかもしれない。でも、これはしばしば起っていることだが、私はそれに気づいているのだけれど、その特徴を誤って障害と感じていることだね。たとえば、誰かがある人に恋に落ちるとする、そしてこう言うんだな、「私は彼女をほんとうに魅力的だと思う、ただある細部を除いて。――それが私は何だかわからないけれど、彼女の笑い方とか、ジェスチュアとかーーこういったものが私をうんざりさせる」。でもあなたは確信することだってありうるんだ、これが障害であるどころか、実際のところ、欲望の原因だったりするのを。欲望の対象-原因というのはそのような奇妙な欠点で、バランスを乱すものなのだけれど、もしそれを取り除けば、欲望された対象自体がもはや機能しなくなってしまう、すなわち、もう欲望されなくなってしまうのだ。こういったパラドキシカルな障害物だね。


《秋声の自然主義の道は、明治四十一年、秋声三十七歳の『新世帯』にひらけ、四十三年から大正二年の、『足迹』、『黴』、『爛』で峠に達し、大正四年の『あらくれ』でまた新たな頂を極めたと見られる》(川端康成 新潮文芸時評 1993.4


オレかい? 生活欲に振り回された末の
安易の風のふく女は当地にいっぱいいて
この土地の「お庄」に魅せられたんだけど
(かつてはだな)
最近は「日本化」してきたんじゃないか
二十年近く前はこんなたぐいの虎視眈々とした女が
月ドル換算にして百ドルぐらいで暮らしてたんだから
五十ドル払って衣裳でも買って食事でもすれば(以下略)





いずれにせよ初老の身でとっくの昔に引退だよ
いまはむしろ西脇順三郎の女たちの
淡い自堕落さや嘲弄感が対象aだな
麦酒か米焼酎一緒に飲んで
なめらかな舌でも眺めてるのがいいなあ

――……ずっと若い頃に、かなり直接的に誘われながらヤラなかったことが、二、三人にういてあったんだね。後からずっと悔やんだものだから、ある時から、ともかくヤルということにした時期があったけれども…… いまはヤッテも・ヤラなくても、それぞれに懐かしさがあって、ふたつはそうたいしたちがいじゃないと、回想する年齢だね。(大江健三郎『人生の親戚』)





・向うの家ではたおやめが横になり/女同士で碁をうっている

・イボタの繁みから女のせせら笑いが/きこえてくる。

・美容師と女あんまは愛らしいひょうたんを/かたむけてシェリー酒をのんでいる

・女神は足の甲を蜂にさされて/足をひきずりながら六本木へ/膏薬を買いに出かけた

・女の旅人突然後を向き/なめらかな舌を出した正午





荒木経惟の女たちのまなざしもたまらないなあ


荒木の写真に出てくる女性たちは、たいてい裸である。そのうえ大股を広げたり、尻を突き出したりして性器を露に見せることも少なくない。時にはまさに性交の最中に撮られたと思われる写真もある。写された女性たちの姿は、暴力的なポルノグラフィーの姿とほとんど変わりはない。にもかかわらず荒木の写真がポルノグラフィーではないのは、作者の存在があるからであった。(……)シーレの絵の中の女性も荒木の写真の中の女性も、彼女たちの視線を向けている方向をみると、自分の目の前に存在する作者のことしか考えていないように思われる。どんなに笑いかけていても、煽情的なポーズをとっていても、彼女たちの視線は「見る」ものの視線を飛び越えていく。モデルたちはカメラに振られていることに対しては充分に自覚的だが、その背後にある写真を見るであろう無数の視線には反応を示さない。自分にとって重要で、意味を成すのは目の前にいる写真家との関係だけだからだ。(「私的な視線によるエロティシズム : 荒木経惟の作品を中心とした写真に関する考察」秦野真衣

もちろんこっち系だってあるさ

「いちはつのような女と
はてしない女と
五月のそよかぜのようなと
この柔い女とこのイフィジネの女と
頬をかすり淋しい。
涙とともにおどる
このはてしない女と。」(西脇順三郎「無常」)








失敗者としてのバッハ




いいなあ、久しぶりにバッハの『フーガの技法』聴くのだけれど。
Contrapunctus 13いいなあ
グールドどんなふうにやってるんだっけ





ああやっぱりグールドってのはたまらんなあ

1972年、アムスコ・ミュージック・カンパニーから出版された《平均律クラヴィーア曲集》第一巻の楽譜に寄せたグールドの序文「フーガの技法」(Art of Fugue)の抄訳(宮澤淳一訳)でも貼り付けておくか。ただしこれはバッハの最晩年の作品(The Art of Fugue)の解説ではないよ。

バッハはいつもフーガを書いていた。これほど彼の気質に合った探究の対象はなかったし、彼の技法の発展がこれほど的確に評価できるものはほかにない。

彼は常に自分の書いたフーガによって判断されてきた。晩年、当時の前衛作曲家たちがもっとメランコリーなものを志向するようになってからもフーガを書いていたため、彼は昔のあまり啓蒙されていない世代の生き残りとして斥けられた。偉大なる草の根のバッハ復興運動が19世紀初頭に始まったとき、それを担ったのは善意あるロマン派の人たちだった。彼らが《マタイ受難曲》や《ロ短調ミサ》のがっしりとした氷に覆われたような合唱に見たのは、演奏不可能ではないにしろ、解明不可能な謎の数々だった。彼らがそこに身を奉ずべき価値を認めたのは、それらの謎から誇らしげな信仰心が立ちのぼっていたからである。忘れ去られた文化の眠る下層土を掘り起こす考古学者のように、彼らは自分たちの発見したものに感銘を受けた。だが彼らにとっては何よりも、この発見において主導権を発揮したことが喜びだった。(……)

今日のわれわれもバッハの作品の意味するところと彼の創造的な衝動の多様性を理解したつもりでいるかもしれないが、とにかくわれわれは彼の全音楽活動の中心がフーガにあることを認めている。バッハの手法は常にフーガと隣り合わせにある。彼の磨いたあらゆるテクスチャは結局はフーガに向かう運命にあった。実に何気ない舞曲の調べであれ、きわめて厳粛なコラールの主題であれ、それらは応答を求めているかのようで、フーガ的な手法において十二分に実現しうる対位法的な飛翔を熱望しているように思える。彼が実例を示したあらゆる響きも、声楽と器楽のあらゆる組み合わせも、幾多の応答が行われるのを許し、またそうした応答がなければ完全性を欠く作り方になっているかのようだ。カンタータでコーヒーを出すときや、アンナ・マグダレーナのためのアリアを走り書きするときのような、この上なくゲミュートリヒな、つまりこの上なく居心地のよい瞬間さえ、フーガの始まりそうな気配が漂っている。(……)

なるほどバッハはフーガの手法を誰よりもたやすく身につけたかもしれない。だがフーガとは一晩で習得できる技能ではない。その証拠としてバッハ初期のフーガが残っており、その中には20歳前後に書かれたトッカータ風のぎこちないフーガもある。いつ果てるともなく反復し、稚拙な継起を繰り返し、編集者の赤鉛筆が絶望的なほど入るであろうそうしたフーガは、大袈裟な和声に幾度となく屈している。これこそが若き日のバッハが闘うべきものであった。当時のバッハは自己批判能力に欠けていて、主題と応答さえあれば満足だった。チェンバロのためのトッカータニ短調に含まれる2つのフーガのうち、先のものは、基本主題の提示を、主張においてだけで何と15回も延々と繰り返すのである。(……)素材の要求に見合った形式を確立するフーガは稀であった。

ここにフーガの歴史的な課題がある。つまりフーガとは、ソナタ(少なくとも古典派のソナタの第1楽章)が形式であるという意味での形式ではない、むしろフーガとは、作品それぞれの奇妙な要求に見合った形式を発明するための誘発剤なのである。よいフーガが書けるかどうかは、形式を生み出すことへの興味において紋切り型をどれほど手放せるかにかかっている。だからこそフーガという音の冒険は、どうしようもなくマンネリ化したものにも、きわめて挑発的なものになりうるのだ。

こうしたフーガへの10代のぎこちない試みからまるまる半世紀後、フーガにおける明らかに時代錯誤的な究極の試みがなされた。《フーガの技法The Art of Fugue》である。バッハはこの作品を完成することなく世を去ったが、フーガの巨大化の試みをそれなりに楽しんだ。これは、少なくとも時代的にみれば、フェルッチョ・ブゾーニがネオバロック的な誇張を行うまでは誰も手を出さなかったものである。記念碑的な大きさの作品だが、撤退しようという雰囲気が全体を包んでいる。確かにバッハは作曲の実践的な関心から撤退し、妥協を許さぬ創作の理念的な世界へと足を踏み入れつつあった。この撤退の一面として、旋法的とも呼べるような転調概念への回帰がある。最初の調へ必ず戻っていくという調性の帰巣本能は、彼の作品のうち、比較的説教臭くないものに発揮されていたが、この曲集の中でそれが行われている箇所はいくつもない。《フーガの技法》に用いられている和声法は、はなはだしく半音階的だが、初期のフーガよりも同時代性に欠けるし、そして調性の地図をあてもなくさまよううちに、私はチブリアーノ・デ・ローレやドン・カルロ・ジェズアルドの曖昧な半音階主義の精神的な子孫なのだとしばしば宣言してしまうのだ。(……)

ワイマール時代の未熟な作品と、自己の立場を堅持するような強烈な集中力を発揮した《フーガの技法》との間にも、バッハは文字どおり数百のフーガを書いた。明示の有無はともかく、あらゆる楽器編成のために書き、ほとんど完璧な対位法を、実によどみない形で示している。そうした作品すべてにとって、そしてその後に現れる同じ形式の作品すべてにとって、尺度となるのが、それぞれに24の前奏曲とフーガを収めた全2巻の《平均律クラヴィーア曲集》である。驚くほど多種多様なこの作品集は、線的な継続性と、和声的な安定感との調和を成し遂げている。これはバッハが初期に徹底的に避けてきたものであると同時に、《フーガの技法》では時代錯誤的な傾向のため、本当に小さな役割しか担わされていないものである。この《平均律》でバッハが調性に示す才能は、素材と堅く結ばれており、主題と対主題の動機的な気まぐれを強調できる転調の自由に駆り立てられているように思われる。このように素材と調性を同じ次元で実現することにおいて、バッハは様式的に束縛されなかったばかりか、ほとんど一曲ごとに別個の和声を用いることができた。





いいなあこれも
フーガの技法がやっぱり一番飽きないんじゃないか
ただ最初から通して聴こうなんて気になっちゃいけない
そんなことしたら疲れてボロボロになっちまうからな

「バッハは失敗した。かれはしばらくわすれられていた。・・・(中略)・・・失敗であったというもうひとつの理由は、作品にまとまりのないことだ。<平均律クラヴィア>はたいへんムラだし、<フーガの技法>は未完成で、<ゴールドベルク変奏曲>はとても注意ぶかく計画されたが、全体をききとおすのは不可能だ。・・・(中略)・・・かれは完全な作品をつくることができずに失敗したが、それはよいことでもある。完全な作品はとじたへやのようなもので、きき手の想像力にはたらきかけない。未完成にのこすのは、全体に風をあてる窓をあけるようなもので、その方がよいのだ。」(高橋悠治『失敗者としてのバッハ』)

悠治いいこというねえ

ところでこのパルティータいつの録音なんだろ
たぶん若い頃かなんだろうけど巧いなあ






こんな録音していて代用品だと思われたら
やっぱり頭くるんだろうよ




ピアノは生活の手段だった。(……)ピアニストとみなされると、人が聞きたがるものを弾くことになる。バッハを弾いているとそればかり求められるが、日本では数十年前のグレン・グー ルドの代用品にすぎないから、弾くだけむだと最近は思うようになった。(……)

確信をもっていつも同じ演奏をくりかえす演奏家がいる。この確信は現実の音を聞くことを妨げる障害になるのではないかと思うが、感性のにぶさと同時に芸の傲慢さをしめしているのだろう。演奏が商品でありスポーツ化している時代には、演奏家の生命は短い。市場に使い捨てられない ためには、いつも成長や拡大を求められているストレスがあるのかもしれない。(高橋悠治「ピアノを弾くこと」




まいったなあこの写真
男前だねえ
エロティシズムの記憶だなあ
パルティータの演奏だぜ
性のかおりがいっぱいだよ

たとえば、古典組曲は、17世紀にイギリスで、アルマンド、クーラント、サラバンドが定番となり、フランス宮廷に輸入されたとき、ジーグが加わった。アルマンドはドイツ舞曲、クーラントはイタリー・フランス起原、サラバンドはスペイン、ジーグはイギリスのものだった。それぞれ異国の民俗舞踊を洗練したということになる。逆に言えば、外国で洗練されたものを逆輸入するのはさしつかえなかった。ジーグのように自国の先住民ケルト人に由来する「野蛮な」踊りは、宮廷では取り上げられなかった。それらはどんな踊りだったのだろうか。音楽史はほとんどそれには触れない。だが舞踊史はちがう。それは音楽のように精神性を気取ろうとしても、あまりに身体的なものだ。以下の記述はSonny Watson's StreetSwing.com による。そこには2000ページにおよぶダンスとダンサーの記録がある。

アルマンドは男女のペアが列を作って踊るもので、男が女の腰をつかまえて目がまわるほど速く回転させるのが特徴だったと言われる。クーラントは走るという意味で、3人の女を壁際に立たせ、3人の男が部屋の反対側から求愛の身ぶりで近寄るが、女たちはそっぽを向いてしまう。だが最後はいっしょになって踊りくるう。

サラバンドは、グァテマラの木製の笛の名前だったと言われる。踊り自体はイスラームからスペインに輸入されたもので、女2人、後には男女のペアによる速い踊りとなり、みだらなものとしてフェリペ二世に禁止されたこともあったが、しばらくしてフランス宮廷に登場した。しかし太り過ぎのルイ十四世が踊れるように、テンポを落とした荘重なものになったとされる。ジーグは16世紀の3弦のヴァイオリンの名前でもあった。それで伴奏される踊りは、胴を動かさず、足を急速に動かすもので、やがてフランスで大流行する。

バッハはフランス組曲、イギリス組曲、パルティータなど組曲の6曲セットを作っている。当時のドイツは、ヨーロッパの田舎だった。文化の中心パリの流行は、周辺地の音楽家の手で古典性をおびる。それらはもう踊られるためのものではなく、むしろ音楽語法を身に着けるためのモデルであり、ヨーロッパ中心の音楽世界地図でもあった。その装飾的な線の戯れにはどこか、かつての性的身ぶりの残り香がある。若いバッハは、入念に粉を振った最新の鬘をつけ、若い女を連れ、パイプをくわえて街をそぞろ歩く伊達男だったと言われる。音楽がまだ化石になっていないのも、そこにただようエロティシズムの記憶のせいかもしれない。(踊れ、もっと踊れ  高橋悠治)






※附記:作曲家の生活


雨の朝きみは武満徹を思い出している。
かれが亡くなって一月たった。
きみはかれのピアニストだった。
作曲の助手だったこともある。そこできみは
細かく書き込まれたスケッチから
映画のためのオーケストラ・スコアを作り、
楽器について、映画と音楽の関係についてまなんだ。
ながいあいだのように思っていたが、それは
ただ3年ほどの、しかし密度のある時間だった。
それからかれの友人となり、つぎに批判者となった。
そのことでかれはきずついた。
だが、きみとちがって、かれは
きみのことを悪くいうことはなかった。
きみは別な道を行った。
しばらく会うこともなかった。
何年もたって、ある町でかれの楽譜が売られていた。
崇拝者の列が、かれのサインを待っていた。
きみは、昔きみのために書かれた曲の楽譜を買って
列に加わった。
冗談のつもりだったが、あれは冗談だったのか。
そしてまた友人となり、十年がすぎた。

しばらくかれの姿を見なかった。
病気といううわさだった。
ひとに会わないようにしているのだと思って
たずねることもしなかったが、
きみは何にこだわっていたのか。
そのあいだに季節はめぐり、きみは
友人を二度うしなうことになった。

記憶はもろいものだ。
かれとはじめて話したのは嵐の夜だった。
台風で電車が止まり、古い旅館に泊まった。
やかましい雨の音のなかで、何を話したのか。
かれの娘が生まれた夜も、きみはかれの家に泊まっていた。
知らせを待ちながら、何を話したのか。
ことばは浮かんでこない。
ありありと感じられるのは、かれの声の響だけだ。
かれを思い出すとき、かれの音楽は響いてこない。

半年以上たってるのに
再生回数400程度じゃないか
最近の若いのは悠治なんて興味ないのかねえ






2014年7月26日土曜日

アンドレイの恋

以下は、アウステルリッツの戦闘で負傷、妻との死別などで、鬱屈した生活を送っていたアンドレイ公爵がナターシャとめぐり合い、恋に陥る箇所で、『戦争と平和』のなかでも、最も美しい場面のひとつだろう。というか十代半ばに初めてこの書を読んだとき、もっとも魅了された箇所ということであり、ほかの人がなにを言っているのかはしらないし、引用されているのは見たことがない(この作品で頻繁に言及される名高い箇所は、〔「あなたは読まないで話していますね」、あるいは『戦争と平和』〕にいくらか引用してある)。


◆トルストイ『戦争と平和』(二) 米川正夫訳 岩波文庫p251~

アンドレイ公爵は貴族団長のところへいったら、なんとなんとをきかなくてはならないと考えて、もの思わしげな浮かぬ顔つきをしながら、愉楽村〔オトラードノエ〕なるロストフ家をさして、庭園の並木路を進んでいった。と、右手に当って、木立のかげからうきうきした女の叫び声が聞え、彼の幌馬車の前を横ぎる少女の一群が目に入った。一人のやせたーーおかしいほどやせた、瞳の黒い黒髪の少女が、ちかぢかと公爵の馬車に駆けよった。少女は黄色い更紗の着物をきて、白いきれで頭を結えていたが、ほぐれた髪の束がそのかげからはみ出ていた。少女はなにやらおおきな声で叫んだが、見知らぬ人に気がつくと、そのほうを見ないようにして、笑い声をあげながらもときたほうへ駆け出した。

アンドレイ公爵はなぜかしら、急に苦しいような気持ちになってきた。空は美しく、太陽はあかるく、あたり全体がうきうきとして見える。ところが、このやせた可愛い女の子は、彼という人間の存在を知りもしなければ、また知ろうとも思わない。しかも、それでいて自分一個のばかばかしい(きっとそうに違いない)、けれども楽しい幸福な生活に満足して、仕合せに感じているではないか!『あの子は何がうれしんだろう? 何を考えているのだろう? まさか操典のことだの、リャザンの年貢の整理なんかじゃあるまい。何を考えているのかなあ? なぜあんなに仕合せなんだろう?』われともなしにアンドレイ公爵は、好奇心に誘われて腹の中でこうきいてみた。




……退屈な一日のあいだじゅう、主人側の年長者や、客の中でも地位のある人たちが、アンドレイ公爵をもてなした(……)。そのあいだ、アンドレイ公爵は、べつな若い人たちの仲間にまじってなにがおかしいのかしきりとはしゃいで笑っているナターシャのほうを、いく度もなく見やりながら、『いったいあの娘はなにを考えているのかしら、なにがうれしいのだろう?』とたえず自問するのであった。

その晩、一人きりになると、彼は新しい土地へきたために、長いあいだ寝つくことができなかった。しばらく読書していたが、やがて、いったん蠟燭を消してまたつけた。内から窓枠をはめた部屋の中は蒸し暑かった。彼は、入り用の書類が町においてあってまだとってきてないからといって、自分を引き止めたあのばかな老人(彼はロストフ伯爵をこう呼んだ)にむかっ腹を立ててみたり、ずるずるひき止められた自分自身をののしってみたりした。

アンドレイ公爵は起き上がって窓に近より、戸を開けにかかった。月光は窓が開くやいなや、まるでずっと前から外に張り番をしながらこの機会を待ちもうけていたかのように、さっと室内へ流れこんできた。彼は窓の戸を開けた。それはすがすがしい、静まりかえった明るい夜であった。彼のすぐ前には一方の側が黒くて、いま一方の側を銀色に照らし出された、枝を刈りこんだ木立が一列並んでいた。木立の下はなにかしら露にみちてむくむくして、しっとりと濡れた草があって、ところどころ葉や茎が銀色に輝いている。黒い木立の向こうには露に光る屋根が見え、やや右よりには幹や枝のくっきりと白い、もくもくした大きな木があって、その上には満月に近い月が、ほとんど星のない明るい春の空にかかっている。アンドレイ公爵は窓に頬づえをついた。彼の眼はこの空にすわった。




※Nuit d'Étoiles(星の夜)は、ドビュッシーの1876年(14歳)の作品とか1880年(18歳)の作品とか言われているが、詳細は不明。いずれにしろ最も初期の作品のひとつ。

アンドレイ公爵の部屋は二階であったが、その上の部屋にも人がいて、やはり寝ていないような気配であった。彼は上から響いてくる女の声を聞きつけた。

「たったもう一ぺんだけよ。」と三階の女の声が言った。アンドレイ公爵はすぐにそれが誰かわかった。

「いったい、まあ、あんたはいつ寝るの?」といま一人の声が答えた。

「あたし寝ないことよ、寝られないんですもの、しかたないわ! ねえ、もう一ぺんお名残りに……」二人の女の声は、なにかの末尾になるらしい音楽の一節を歌いだした。

「ああ、なんていい気持ちなんでしょう! さあ、もう寝るのよ、これでおしまい。」

「あんたお寝なさい。あたしだめよ。」第一の声が窓に近よってこう答えた。察するに、彼女はすっかり窓にのりだしてしまったらしく、衣ずれから息づかいまで聞えるのであった。あたりは月とその光と影と同様にしんとして、化石のようになってしまった。自分が偶然こんなところにいあわせたことを気取られまいとして、アンドレイ公爵は身じろぎさえもはばかった。




「ソーニャ、ソーニャ!」と第一の声がふたたび響いた。「まあ、どうして寝たりなんかできるんでしょう! まあ、ちょっとごらんなさいな、なんていいんでしょう! ほんとになんていいんでしょうねえ! さあ、お起きなさいってばよう、ソーニャ」彼女はほとんど涙声でこう言った。「だって、こんな美しい晩はけっして、けっしてありゃしないわ。」

ソーニャはしぶしぶなにか答えた。

「いやよ、まあちょっとごらんなさい、なんて月でしょう! ……本当になんて美しい景色でしょうねえ! あんたもちょっとここへきてごらんなさいよ。あたしの好きなソーニャ、ここへきてごらんなさいってばさあ。ほらね、見てて? ここんとろこへしゃがんでね。ほら、こんなふうに自分の膝を抱いてねーーしっかり、できるだけしっかり抱かなくちゃだめよーーそしてひと思いに飛んでみたらどうでしょう? こんなふうにして!」

「およしなさいよう、落っこちてよ……」

相争うような物音が聞えた。ソーニャは不平らしい声で、「だってもう一時すぎてよ」。

「ああ、あんたはいつもいつも水をさすんだわ。さあ、あっちぃいらっしゃい、いらっしゃい。」

ふたたびしんと静まりかえった。けれど、アンドレイ公爵は、彼女が依然としてそこに座っていることを知っていた。ときにひそやかな身じろぎの音、ときにため息が聞えたからである。

「あああ、本当になんというこったろう!」とふいに彼女は叫んだ。「どうせ成るものは寝るんだわ!」と言い、窓をぱたりと閉めた。

『そうだ、俺の存在などにはなんの用もなにんだ。』なぜかこの少女が自分のことをなにか言い出しはしないかと、恐ろしいような期待をいだきながらこの話し声に耳を傾けているうちに、アンドレイ公爵はふいとこう考えついた。『それに、またしもあの娘! まるでわざとのようだ!』と思った。

とつぜん、彼の全生活に矛盾する若々しい想念と希望の入りまじった渦巻が、思いがけなく心中に沸いてきた。とても自分の心持ちをはっきりさせることはできない、そう思って彼はすぐ眠りに落ちてしまった。



2014年7月25日金曜日

「自分の声をさがしなさい」

《自分の声をさがしなさい》(須賀敦子)

文章が表現しようとする内容の混濁と、にもかかわらず文章そのものの音調の明解さというのがありますね。僕は還暦の頃になってようやく、ひとつの極端な例だけど、わかったんですよ。マラルメです。

何を言っているのかわからないんだけど、その言葉の音調だけがきわめて明晰なものとして残るでしょう。そこまで表現として極端にはできないけど、僕は同じようなことを下のレベルでやっていたんじゃないかなと思いましたね。

僕の口調の明澄さを保証するものは何なのか。努めて音調を練ってできるだけ明澄さをつくり出そうとした覚えが、実はないんです。どこかでインプットされたものなのでしょうが、とにかく人間としてもそうだけど、作家としてもいちばんわからないのは自分の本質なんですね。(古井由吉「文藝」2012年夏号)





中井久夫ならこう言う。

「文体」を獲得して初めて、作家は、机に向かわない時も作家でありうる。なぜなら、「文体」を獲得した時、言語は初めて、書かず語らずとも、散策の時も、友人との談話の時も、電車の中でも、まどろみの中でも、作家の中で働きつづけるからである。

「文体」とは何であるか。古くからそれは「言語の肉体」であるといわれてきた。「言語の肉体」とは何であるか。それは、言語のコノテーションとデノテーションとの重層だけではない。歴史的重層性だけでもない。均整とその破れ、調和とその超出(……)だけでもない。言語の喚起するイメージであり、音の聴覚的快感だけではない。文字面の美であり、音の喚起する色彩であり、発声筋の、口腔粘膜の感覚であり、その他、その他である。(中井久夫「「創造と癒し序説」——創作の生理学に向けて」)

…………

女は笑って、どうしてそんな暮らしをしているのかを話してくれなかった。もうすこし待って。そうしたら、ふたりでどこかに行ってしまいましょう。あたしのことを信じて。これ以上話せないんだから。それから窓ぎわですっぽりはだかになって、月を見ながら、言った。あんたの呼び唄、歌ってよ。でも、そっと、よ。おれが歌ってやると、女はたずねた。あたしのことを愛している? 突っ立ったまま、なにかを待っているみたいに夜を眺めている女を、おれは窓際に押しつけて、抱いた。(ダブッキの『ビム港の女』(邦題『島とクジラと女をめぐる断片』)須賀敦子訳)

四方田犬彦が原典と読み比べて驚愕し呆然とした須賀敦子の訳である。《文体と語彙の豊かさのみならず、より根源的なところで詩的言語の凝縮性をめぐって、彼なり彼女なりはこれまでのテクストの記憶に、意識的・無意識的に動かされることになる。わたしは須賀敦子に、その典型的な例を見るような気がする。》と(参照:おれの心はムクロ(カヴァフィス=中井久夫))。

四方田氏が仮に試訳してみたという訳文なら次の通り。

女はあんな暮らしのわけなど自分でわかるでしょという感じで笑うと、私にいった。もうちょっと待ってから、いっしょに出ましょ、私を信じてくれなくちゃ、いえるのはそれだけ。それから窓のところで裸になると、月を見て私にいった。誘惑の唄をやってよ、でも声はたてないでね。そこで私が歌を歌ってみせると、抱いてよと頼んできた。それで私は立ったまま、窓のところに凭れかかっている女を抱いたのだが、その間ずっと彼女は何かを待っているかのように夜を眺めているばかりだった。(四方田犬彦 試訳)
…………

言語と身体に共通にあるのは声である。しかし声は言語でも身体のいずれの部分でもない。声は身体から生じる。だがその部分ではない。声は言語に属することなく、言語を支える。このパラドックストポロジー。この場のみが言語と身体が共有するものだ。これは対象aのトポロジーである。(ムラデン・ドラー Dolar, Mladen 『A Voice and Nothing More』 eng7007.pbworks.com/f/Dolar.pdf 私訳)

標準的なラカン派であっても、あるいは一般的な研究者の人間把握においても、さらに文学への接近方法においてさえも、声はあまりにもないがしろにされている。視線(まなざし)、あるいは視覚的領野だけが注目されがちなのだ。音楽家や一部の映像作家たち(ビクトル・エリセやストローブ=ユイレなど)はさておき、エクリチュールの領野に限るなら、ごく限られた詩文のすぐれた書き手や読み手のみが、声の秘密を知っているかのようである。





ジジェク曰く、欲動のタームでは、声と眼差しはエロスとタナトス、生の欲動と死の欲動に関係している。《眼差しー恥ー自我理想》と《声ー罪ー超自我》。

《In terms of the drives, the voice and the gaze are thus related as Eros and Thanatos, life drive and death drive……gaze–shame–Ego Ideal, and voice–guilt–superego.》(ジジェク『LESS THAN NOTHING』)

ラカンは後年、眼差しと声を対象aの主要な化身として分離した。しかし彼の初期理論は眼差しが疑いようもなく特権化されている。だが声はある意味ではるかに際立ち根源的である。というのは声は生命の最初の顕現ではないだろうか?自身の声を聴き、人の声を認知する経験、これは鏡像における認知に先行するのではないか?そして母の声は最初の〈他者〉との問題をはらむつながりではないか?臍の尾に取って換わる非物質的な絆であり、最初期の生のステージの運命の多くを形作るものではないか?(ムラデン・ドラー  『Gaze and Voice as Love Objects』私訳)



《あ、こいつ、粒々しているぞ。しゅうしゅういっている。くすぐっている。こすっている。傷つけている。》

声の《きめ》は響きではない――あるいは、響きだけではない――。それが開いてみせる意味形成性は、音楽と他のもの、すなわち、音楽と言語(メッセージでは全然ない)との摩擦そのものによって定義するのが一番いい。歌は語る必要がある。もっと適切にいえば、〈書く〉必要がある。なぜなら、発生としての歌のレベルで生み出されるのは、結局、エクリチュールだからである。(ロラン・バルト「声のきめ」)





《異郷感からこっそりと忍び込む分身(ドッペルゲンガー)の不快さ》、痛みであり傷であるもの。聴取活動を危機に陥らせる悦楽(享楽)の音楽。《私が精神の陶酔と呼ぶものは、享楽が、欲望によって垣間見られていた可能性を越えてしまう、あの状態である》(ライスブルック)。

快楽のテクスト。それは、満足させ、充実させ、快感を与えるもの。文化から生れ、それと縁を切らず、読書という快適な実践に結びついているもの。

悦楽のテクスト。それは、忘我の状態に至らしめるもの、落胆させるもの(恐らく、退屈になるまでに)、読者の、歴史的、文化的、心理的土台、読者の趣味、価値、追憶の擬着を揺るがすもの、読者と言語活動を危機に陥れるもの。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)


……この音楽のなかで、くらがりにうごめくはっきりしない幼虫のように目につかなかったいくつかの楽節が、いまはまぶしいばかりにあかるい建造物になっていた。そのなかのある楽節はうちとけた女の友人たちにそっくりだった、はじめはそういう女たちに似ていることが私にはほとんど見わけられなかった、せいぜいみにくい女たちのようにしか見えなかった、ところが、たとえば最初虫の好かなかった相手でも、いったん気持が通じたとなると、思いも設けなかった友人を発見したような気にわれわれがなる、そんな相手に似ているのであった。(プルースト「囚われの女」)


音楽こそ人生の苦悶の精華ではないか。どこかで血が流れていると、響きがいよいよ冴える。

ところがたった一人の恍惚者は果てた後の沈黙を心の静かさと取り違えて、祭司みたいな手つきでレコードを替えて塵を払い、また始める。これにはよほどの神経の鈍磨が必要だ。そうそう自らを固く戒めてきたはずなのに、近頃私はまた、夜中にステレオの前に坐りこんでレコードを取っ替え引っ替え回す悪癖に馴染んでしまった。 ただ、音の流れが跡切れると、間がもてない。音が消えたとたんに、自分を囲む空間のまとまりがつかないような、物がひとつひとつ荒涼とした素顔を見せて、私を中心にまとまるのを拒むような、そんな所在なさを覚える。

しかしさいわい、音楽と私とは、相変らず折合いが良くない。一節がこちらの身体の奥へすこしく深く響き入って来ると、私の神経はたちまちざわめき立ち、音楽のほうもなにか耳ざわりすれすれのところまで張りつめ、両者は互いを憎むことにならぬようあっさり別れる。(古井由吉『哀原』赤牛)



アファナシェフは、ある種の作品の演奏で吃るのだ、唐突にどもりだす。《文体とは、自らの言語のなかでどもるようになること。難しい。なぜなら、そのようにどもる必要がなければならないのだから。発語(パロール)でどもるのではない、言語活動(ランガージュ)そのものによるどもりなのだ。自国語そのものの中で異邦人のごとくであること。逃走の線をひくこと。》(ドゥルーズ『ディアローグ-』)

◆シューベルトの最後のピアノソナタ第21番変ロ長調D.960について(アファナシエフ『ピアニストのノート』より)

それに私も、どうすればこのソナタの心理的な重みに耐えることができるだろう。たとえウィークデーの夜、小さなホールで演奏するだけとしても。このソナタをわが家で弾いたら何が起こるだろう?大文字の「他者」がそのまったき光輝と恐怖とともに出現する。ある意味において、このソナタは私の不俱戴天の敵なのだ。弾けば弾くほど、私は具合が悪くなる。私を傷つけ、私の苦痛をいつまでも引きのばすことを知りながら―――今回も、とどめの一撃を与えてはくれないのだ―――私はこの他者を抱きしめ、接吻する。日常生活の中でなら、こんなにひどいカタストロフに襲われれば命を落としていただろう。





《このソナタは私の不俱戴天の敵なのだ》、あるいは《私を傷つけ、私の苦痛をいつまでも引きのばす》とも言う。


彼の演奏は、吃るというだけでは足りない。音が流れてしまうことを拒絶し(いわゆる華麗な演奏にあるような)、その一音一音を刻み込むさま。「耳で聞く」のではなくて、ほとんど読まねばならないこれらの音。華麗な演奏が流暢な演説口調のパロールであるならば、ここには《二行を探し求めて二日》のフローベールのようなエクリチュールがある。それは異質の聴き手に語りかけているかのようであり、あるいは聴くのではなく読まなければならないかのようなのだ。あるいはこう言ってもいい、アファナシェフは、音のなまなましい抵抗感に犯されることの苦痛が倒錯的な快楽に反転する瞬間を辛抱強く待ちつづけているかのようだ、と。

こうして、音楽の未来の扉が開くかすかな予感ーー何かはわからないが何かが確実に存在しようとして息をひそめているこの感覚、ーーがあたりに瀰漫しはじめる。そして、いつのまにか未来のドアがわずかに開き、隙間のなかに保留されていた光が漏れ入るかのような瞬間がある。そこにあるのがわからなかった部屋が見えるのだ。

…………

ケロールは作家や詩人たちの視覚的感受性の代わりに正真正銘の声の想像力を持っている。第一に、声はどこからか現れ、流れ出ることができる。だが、一旦発せられると、その声はどこかには存在する。あなたの周囲に、あなたのうしろに、あなたの横に。しかし、結局、決してあなたの前にはいない。声の真の次元は、間接的、側面的次元なのである。声は脇から他者に接し、軽く触れ、去っていく。声は自分の出自を名乗らず触れることができる。したがって、声は名づけられないものの記号である。それは、身体の物質性、顔の特徴、あるいは、視線の人間味を取り除いてもなお、人間から生まれ、存在し続けるものである。それは最も人間的であると同時に非人間的な実体である。声がなければ、人間同士のコミュニケーションもないが、声があると、また、冥界にせよ天界にせよ、超=自然から、つまり異郷感からこっそりと忍び込む分身(ドッペルゲンガー)の不快さをも生ずる。よく知られたテストによると、皆(テープレコーダーで)自分自身の声を聞くのを嫌がり、自分の声だということがわからないことさえしばしばあるという。それは、声というものは、その出所から切り離しても、つねに、一種の奇妙な親密さを生み出すからであるが、この親密さこそ、ケロールの世界、すなわち、その正確さによって識別され、しかし、その起源消失によって識別されることを拒む世界の親密さである。声はまた別の記号でもある。つまり、時間の記号である。どのような声もじっとしていない。絶えず過ぎ去る。さらには、声が示す時間は穏やかな時間ではない。声はどんなにむらがなく、慎ましくとも、その流れに何の切れ目がなくとも、声は皆脅かされている。人間の生の象徴的な実体である声は、つねに始めには叫びがあり、終わりには沈黙がある。この二つの契機の間に、パロールの頼りない時間が広がるのである。流動的で、しかも、脅かされている実体である声は、したがって、生そのものである。そして、おそらく、ケロールの小説は、つねに、純粋で孤独な声の小説であるからこそ、それはまた、つねに、頼りない生の小説でもあるのだ。(ロラン・バルト「削除」『テクストの出口』所収 沢崎浩平訳)

そしてもうひとつ、ニーチェの音調、文である思想、という歌唱。

『批評的エッセー』の中によく見てとれるように、エクリチュールの主体は「進化する」のである(荷担〔アンガーシュマン〕の道徳から、記号表現の道徳性へと移行して)。彼は、みずからが対象として扱う著作者たちに応じて、順を追って進化する。けれどもそれを導くものは、私がそれについて語る著作者自身ではなく、むしろ、《その著作者によってしむけられて私がその人について語るにいたることがら》である。つまり、私は《その人の認可のもとに》私自身から影響を受ける。私が彼について語ることがらによって、私は、私自身についてその同じことを考えさせられる(あるいは、そのことを考えないようにさせられる)、と、そんなふうに言ってもいい。

だから二種類の著作者たちを区別しなければならない。第一は、人がある著作者たちについて書く、そういう対象としての著作者たちであり、彼らからの影響は、人が彼らについて語ることがらの外にはなく、そのことがらに先立つものではない。そして第二は(もっと古典的な考えかたであり)、人が読む対象としての著作者たちである。ところで、第二の著作者たちから私に及ぼされるものはいったい何だろうか。一種の音楽、一種思索的な音の調子、程度の差はあるがともかく厳密なアナグラムのゲームである。(私の頭はニーチェでいっぱいであった。読んだばかりだったのである。しかし私が欲していたもの、私が手に入れたがっていたものは、文である思想、という歌唱であった。影響は純粋に音調上のものであった。)(『彼自身によるロラン・バルト』)

だが肝要なのは声だけではない。においやフェロモンがさらに根源的であるという視点がある。

……無時間的なものの起源は、胎内で共有した時間、母子が呼応しあった一〇カ月であろう。生物的にみて、動く自由度の低いものほど、化学的その他の物質的コミュニケーション手段が発達しているということがある。植物や動物でもサンゴなどである。胎児もその中に入らないだろうか。生まれて後でさえ、私たちの意識はわずかに味覚・嗅覚をキャッチしているにすぎないけれども、無意識的にはさまざまなフェロモンが働いている。特にフェロモンの強い「リーダー」による同宿女性の月経周期の同期化は有名である。その人の汗を鼻の下にぬるだけでよい。これは万葉集東歌に残る「歌垣」の集団的な性の饗宴などのために必要な条件だっただろう。多くの動物には性周期の同期化のほうがふつうである。(中井久夫「母子の時間、父子の時間」ーー不安のにおい
成人世界に持ち込まれる幼児体験は視覚映像が多く、稀にステロタイプで無害な聴覚映像がまじる。嗅覚、味覚、触覚、運動覚、振動感覚などはほとんどすべて消去されるのであろうか。いやむしろ、漠然とした綜合感覚、特に母親に抱かれた抱擁感に乳の味覚や流れ入る喉頭感覚、乳頭の口唇触覚、抱っこにおける運動感覚、振動感覚などが加わって、バリントのいう調和的渾然体harmonious mix-upの感覚的基礎となって、個々の感覚性を失い、たいていは「快」に属する一つの共通感覚となって、生きる感覚(エロス)となり、思春期を準備するのではなかろうか。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』p57)

2014年7月24日木曜日

「もう、いけずやわあ。うちそんなん、よう言わん」

外国語でわいせつな言葉を使っても、わいせつな言葉とは感じない。わいせつな言葉は、なまって発音されるとこっけいになる。外国人女性を相手にしてわいせつであることの難しさ。わいせつ、私たちを祖国に結びつけるもっとも深い根。(クンデラ『小説の精神』)

『小説の精神』は手元にあるけれど
今はツイッターBOTから。
巧いねえクンデラ
そうなんだよな滑稽になっちまうんだ
これは祖国のちがいだけじゃなくて
国内だって方言の違いでそうなんだな
東海道のほぼ真中の田舎町で育ったんだけど
おまんこの土地だったんだな
東京ではなんとかいけたけど
後におめこやおそその土地に住んで
おめこはまだしもおそそは滑稽になることを怖れて
なかなか口にだせなかったねえ

《京舞のおっしょはんがおでっさんのおいどを物差しで叩きながら「おそそ、お締め!」》

《男「え、ここか」 女「あ、あかんて、そこおいどやし」 男「ほなら、こっちか。ここやろ。ねぶったるわ。ここ何て言うんや。言うてみ。」 女「おそ…  もう、いけずやわあ。うちそんなん、よう言わん。」》

ああでも懐かしいなああ

「男どもはな、別にどうにもこうにもたまらんようになって浮気しはるんとちゃうんや。みんな女房をもっとる、そやけど女房では果たしえん夢、せつない願いを胸に秘めて、もっとちがう女、これが女やという女を求めはんのや。実際にはそんな女、この世にいてへん。いてえへんが、いてるような錯覚を与えたるのがわいらの義務ちゅうもんや。この誇りを忘れたらあかん、金ももうけさせてもらうが、えげつない真似もするけんど。目的は男の救済にあるねん、これがエロ事師の道、エロ道とでもいうかなあ。」(野坂昭如『エロ事師たち』)





《けやきの木の小路を/よこぎる女のひとの/またのはこびの/青白い/終りを》(西脇順三郎)


古語としては下記の如くだそうだ

ホト
ツビ・通鼻(『和名抄』より)
クボ(『名義抄』より)
玉門[ぎょくもん](『和名抄』より。部位でいうと、子宮)
朱門(俗称 部位でいうと、子宮)
女門(『房内経』より)
丹穴(『房内経』より)
朱室(『房内経』より)
吉舌[ひなさき](『和名抄』より。部位でいうと、クリトリス)
陰唇(部位でいうと、クリトリス)
サネ(俗称 部位でいうと、クリトリス)

なんだい、玄牝の門がないじゃないか

谷間の神霊は永遠不滅。そを玄妙不可思議なメスと謂う。玄妙不可思議なメスの陰門(ほと)は、これぞ天地を産み出す生命の根源。綿(なが)く綿く太古より存(ながら)えしか、疲れを知らぬその不死身さよ(老子「玄牝の門」 福永光司氏による書き下し)

静岡方言は、ツンビー、オチョコ
愛知方言は、ベンチョ オベンチョ(名古屋市)

ーーともあるけれど、知らなかったなあ


人間は胎内で母からその言語のリズムを体に刻みつけ、その上に一歳までの間に喃語を呟きながらその言語の音素とその組み合わせの刻印を受け取り、その言語の単語によって世界を分節化し、最後のおおよそ二歳半から三歳にかけての「言語爆発」によって一挙に「成人文法性 adult grammaticality」を獲得する。これが言語発達の初期に起こることである。これは成人になってからでは絶対に習得して身につけることができない能力であると決っているわけではないけれども、なまなかの語学の専門家養成過程ぐらいで身につくものではないからである。

それを疑う人は、あなたが男性ならば女性性器を指す語をあなたの方言でそっと呟いてみられよ。周囲に聴く者がいなくても、あなたの体はよじれて身も世もあらぬ思いをされるであろう。ところが、三文字に身をよじる関西人も関東の四文字語ならまあ冷静に口にすることができる。英語、フランス語ならばなおさらである。これは母語が肉体化しているということだ。

いかに原文に通じている人も、全身を戦慄させるほどにはその言語によって総身が「濡れて」いると私は思わない。よい訳とは単なる注釈の一つの形ではない。母語による戦慄をあなたの中に蘇えらせるものである。「かけがえのない価値」とはそういうことである。(中井久夫「訳詩の生理学」)

黒田夏子の『abさんご』の冒頭近くにある文章のたぐい稀なるエロスってのは
やっぱりアレだよなあ

《またある朝はみゃくらくもなく,前夜むかれた多肉果の紅いらせん状の皮が匂いさざめいたが,それはそのおだやかな目ざめへとまさぐりとどいた者が遠い日に住みあきらめた海辺の町の小いえの,淡い夕ばえのえんさきからの帰着だった.》

神経症者が、女の性器はどうもなにか君が悪いということがよくある。しかしこの女の性器という気味の悪いものは、誰しもが一度は、そして最初はそこにいたことのある場所への、人の子の故郷への入口である。冗談にも「恋愛とは郷愁だ」という。もし夢の中で「これは自分の知っている場所だ、昔一度ここにいたことがある」と思うような場所とか風景などがあったならば、それはかならず女の性器、あるいは母胎であると見ていい。したがって無気味なものとはこの場合においてもまた、かつて親しかったもの、昔なじみのものなのである。しかしこの言葉(unhemlich)の前綴unは抑圧の刻印である。(フロイト『無気味なもの』ーーかつて二度訪ねたことのある家

こんなもんを抑圧したっていいことないぜ
抑圧したものはどうせ回帰するんだから

そうしようとは思っていなかったのにとりあえず鈴を鳴らし、社に手を合わせたあと、振り向いて川を見下ろした千種は、

「今日も割れ目やねえ。」

 川が女の割れ目だと言ったのは父だった。生理の時に鳥居をよけるというのと違って、父が一人で勝手に言っているだけだった。上流の方は住宅地を貫く道の下になり、下流では国道に蓋をされて海に注いでいる川が外に顔を出しているのは、川辺の地域の、わずか二百メートルほどの部分に過ぎず、丘にある社からだと、流れの周りに柳が並んで枝葉を垂らしているので、川は、見ようによっては父の言う通りに思えなくもない。(田中慎弥『共喰い』

先日メコンの濁流を眺めてきたがね
やっぱり巨大なる割れ目だよあれは
いや割れ目というより母胎だね
大文字のオカアチャンの大河だよ


二十一世紀の歴史の退行と家族、あるいは社会保障

最近、NHKスペシャル「認知症を食い止めろ」で「ユマニチュード」というフランス生まれの介護法が紹介されたそうだ。(「ユマニチュード」という言葉の意味は【人間らしさの回復】)

この「ユマニチュード」とは直接関係がないが、ーーいや、すばらしい介護ケアのあり方だが、金がかかるのだろうな、というごく凡庸な感想を抱いたわけではあり、それにかかわる家族と社会保障政策をめぐって、ここでいままで何度か断片的に引用してきた三種類の文献をやや長目に並べておく。

◆中井久夫「親密性と安全性と家計の共有性と」より(2000年初出)『時のしずく』所収



もし、現在の傾向をそのまま延ばしてゆけば、二一世紀の家族は、多様化あるいは解体の方向へ向かうということになるだろう。すでに、スウェーデンでは、婚外出産児が過半数を超えたといい、フランスでもそれに近づきつつある、いや超えたともいう。同性愛の家族を認める動きもありこちで見られる。他方、児童虐待、家族内虐待が非常な問題になってきている。多重人格は児童期の虐待と密接な関係にあるという見解が多いが、その研究者で治療者のパトナムは、その主著『解離』の最後近くで「児童虐待をなんとかしなければ米国の将来は危ない」という意味のことを強調している。

しかし、外挿法ほど危ないものはない。一つの方向に向かう強い傾向は、必ずその反動を生むだろう。家族の歴史というものはあるけれども、その中にどうも一定の傾向はないようだ。地域によっていろいろあり、時代的にもいろいろあるとしか言いようがない。

人類は、おそらく十万年ぐらいは、生理的にほとんど変化していないと見られている。心理だって、そう変わっていまい。そして、生理と心理は予想以上に密接である。

だから、えいやっと、人類にまで立ち返って、うんと遠くから眺めてみよう。遠くから眺めると小さな誤差や揺れは消えてしまうので、かえって見やすい。そして、家族は、人類が原初から持っている矛盾の中から生まれてことが見えてくるだろう。

2~7節略



ヒトの千世紀ほどの長い歴史の中で家族に代わる発明はついに起こらなかった。ただ、家族と社会との軋轢が生じた。家族問題の大部分は家族と社会の接点で起こる。

家族内部のことは実際、個人内部以上にわかりにくい。これは精神科医としての実感である。一つ一つの固有の匂いがあり、クセがあり、習慣があり、当然とされていることと問題となることがある。家族を一種の「深淵」にたとえたことがある。

家族の形態は実に多種多様で、どんな形が現れても驚くに当たらない。しかし、家族なき社会は知られていない。ギリシャ、ローマ、あるいはアメリカの奴隷制でも奴隷に家族を認めている。でなければ奴隷は働かない。近代になっても、家族をやめて、共同体に換えようとした例はけっこうあるが、理想どおりに行ったことはなく皆短期間で崩壊した。最近の実験はカンボジアにおけるポルポトの家族性廃止である。ナチスの強制収容所でも家族を認めなかった。しかし、それ自身が処罰であった。


ただ、二〇世紀には今までになかったことが起こっている。(……)百年前のヒトの数は二〇億だった。こんなに急速に増えた動物の将来など予言できないが、危ういことだけは言える。

しかも、人類は、食物連鎖の頂点にありつづけている。食物連鎖の頂点から下りられない。ヒトを食う大型動物がヒトを圧倒する見込みはない。といっても、食料増産には限度がある。「ヒトの中の自然」は、個体を減らすような何ごとかをするはずだ。ボルポトの集団虐殺の時、あっ、ついにそれが始まったかと私は思った。

しかも、ヒトは依然スズメ型の力を潜在させている。生活が困難になればなるほど、産児数が増える。いや現に人類の八割は多産多死である。スズメ型である。ちょうど気候不順の年に花がよく咲いて実を稔らせるように私たちの中の自然が産児を増やしているのであろうか。逆に、快適な生活をした社会は産児数が減る。現在のフランスで二〇世紀初頭のフランス人でだった人の子孫は何割もいない。過去のギリシャも、ローマもそうであったと推定されている。少産少死型の弱点は、ある程度以下になると、種の遺伝子の弱点が露呈することだ。また、個体が尊重されるあまり、規制力が弱り倫理が崩壊することだ。

冷戦の終わりは近代の終わりであった。その向こうには何があったか。私にはアメリカがローマ帝国と重なって見える。民族紛争は、ローマ時代のローマから見ての辺境の民族の盛衰と重なって見える。もし国家というタガがはまっていなかったら、民族紛争が起こり、あっという間に滅ぶ民族が出ただろう。二十数個の軍団を東西南北に派遣して、国境紛争を鎮めるのに懸命だったローマと、空母や海兵隊を世界のどこにもで送る勢いのアメリカとが重なる。市場経済などは当時からあった。グローバル・スタンダードもあった。ローマが基準だった。

私は歴史の終焉ではなく、歴史の退行を、二一世紀に見る。そして二一世紀は二〇〇一年でなく、一九九〇年にすでに始まっていた。科学の進歩は思ったほどの比重ではない。科学の果実は大衆化したが、その内容はブラック・ボックスになった。ただ使うだけなら石器時代と変わらない。そして、今リアル・タイムの取引で儲ける奴がいれば、ローマ時代には情報の遅れと混線を利用して儲ける奴がいた(……)。
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今、家族の結合力は弱いように見える。しかし、困難な時代に頼れるのは家族が一番である。いざとなれば、それは増大するだろう。石器時代も、中世もそうだった。家族は親密性をもとにするが、それは狭い意味の性ではなくて、広い意味のエロスでよい。同性でも、母子でも、他人でもよい。過去にけっこうあったことで、試験済である。「言うことなし」の親密性と家計の共通性と安全性とがあればよい。家族が経済単位なのを心理学的家族論は忘れがちである。二一世紀の家族のあり方は、何よりもまず二一世紀がどれだけどのように困難な時代かによる。それは、どの国、どの階級に属するかによって違うが、ある程度以上混乱した社会では、個人の家あるいは小地区を要塞にしてプライヴェート・ポリスを雇って自己責任で防衛しなければならない。それは、すでにアメリカにもイタリアにもある。

困難な時代には家族の老若男女は協力する。そうでなければ生き残れない。では、家族だけ残って広い社会は消滅するか。そういうことはなかろう。社会と家族の依存と摩擦は、過去と変わらないだろう。ただ、困難な時代には、こいつは信用できるかどうかという人間の鑑別能力が鋭くないと生きてゆけないだろう。これも、すでに方々では実現していることである。

現在のロシアでは、広い大地の家庭菜園と人脈と友情とが家計を支えている。そして、すでにソ連時代に始まることだが、平均寿命はあっという間に一〇歳以上低下した。高齢社会はそういう形で消滅するかもしれない。

それは不幸な消滅の仕方であり、アルミニウムの有害性がはっきりして調理器から追放されてアルツハイマーが減少すれば、それは幸福な形である。運動は重要だが、スポーツをしつづけなければ維持できにような身体を作るべきではない。すでに、日本では動脈硬化は非常に改善しており、私が二〇歳代に見た眼底血管の高度な硬化は跡を絶った。これは、長期的には老人性痴呆の減少につながるはずである。もっとも、長寿社会は、二〇年間で済んだカップルの維持を五〇年間に延長した。離婚率の増大はある程度それに連動しているはずだ。

むしろ、一九一〇年代に始まる初潮の前進が問題であるかもしれない、これは新奇な現象である。そのために、性の発現の前に社会性と個人的親密性を経験する前思春期が消滅しそうである。この一見目立たない事態が、今後、社会的・家族的動物としてのヒトの運命に大きな影響をもたらすかもしれない。それは過去の早婚時代とは違う。過去には性の交わりは夫婦としての同居後何年か後に始められたのである。
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問題はまだまだある。近親姦はアメリカでは家庭の大問題で、日本でもけっこうある。わたしは、その一部は、幼年時代からの体臭の共有が弱まったからではないかと思う。父親は娘には女性の匂いを性的に感受しないのが普通であった。娘だけは「無臭」なのであり、近親姦のタブーは生理的基礎があってのことだと私は思う。胎内で接した蛋白質を異物と感じない「免疫学的寛容」と同じことが嗅覚にも起っていると考える。この歯止めが過度の清潔習慣と別居など共有時間の減少とによって弱体化したのではないか。

児童虐待も、一部は、出産が不自然で長くかかり、喜びがなくなったからかもしれない。トレンデレンブルクの体位と言われる病院でのお産の体位は、医療側の都合にはよいが、出産には不都合である。私はあれがいかにいきみにくい姿勢かを知ったのは、手術後にオマルをあてがわれた時であった。そして、赤ん坊は、出産後数分、はっきりと眼が見え、それから深い眠りに入る。眠りは記憶のために最良の定着液である。しかし、今、最初に見るものは母親の顔ではない。母親から愛情を引き出す、子ども側の「リリーサー」(引き金)が損なわれている疑いを私は持っている。いちど虐待が始まると、ある確率で「虐待のスパイラル」に進む。それは虐待された子どもは虐待する親に対して無表情になり眼だけは敏感に相手を読みとろうとする。「フローズン・ウオッチフルネス」すなわち凍りついた「金属的無表情」「不信警戒の眼つき」である。これは「不敵」な印象を与えてしまい、いかに恭順の意を表しても「本心は違うだろう、面の皮をひんむいてやりたい」と次の虐待を誘い出す。いじめの時にも同じことが起る。被虐待者の「本心」が恐怖であり、ただもう逃れたいだけであっても、虐待者は相手の表情に不敵な反抗心を秘めていると読み取ってしまう。虐待者に被虐待体験があればそのような読み取りとなりやすいだろう。

私は、これだけで近親姦、児童虐待、配偶者殴打のすべてを説明するつもりはない。それらはフランスの古い犯罪学書にも記載がある。学級崩壊だってフランスでは一九世紀から大問題だった。だから最近だけのことではない。辿れば意外な根っこがみつかるだろう。
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難しさは、犯罪という概念が社会的概念であることである。それは家庭になじみにくい。実際、近親姦と児童虐待とに関して、法は、家庭の戸口で戸惑い、ためらい、反撃さえ受けている。個人は家庭にだけ属するのではないが、最後は家庭だという矛盾がここにある。私は、よくないと思われることを、社会が崩壊する前に、できることから変えてゆくしかないと思っている。

人類が家族に代わるものを発明していないとすれば、その病理を何とかするために、私の中の医者があれこれと考えていることを、一度人類まで問題を広げて考えていた。これは大風呂敷にすぎるかもしれない。しかし、私はこの一世紀かそこらの傾向から外挿するのは危険で、たぶん間違うと思っている。


◆経済再生 の鍵は 不確実性の解消  (池尾和人  大崎貞和)
ーーー野村総合研究所 金融ITイノベーション研究部2011

池尾:日本については、人口動態の問題があります。高齢化・少子化が進む中で、社会保障制度の枠組みがどうなるのかが、最大の不安要因になっていると思います。

 経済学的に考えたときに、一般的な家計において最大の保有資産は公的年金の受給権です。

大崎:実は、そうなんですよね。

池尾:今約束されている年金が受け取れるのであれば、それが最大の資産になるはずです。ところが、そこが保証されていません

 日本の家計の金融資産は過半が預貯金で、リスク資産に配分しようとしない、とよく言われます。会計上見える資産では確かにそうなっています。しかし、実は不安定な公的年金制度という枠組みを通じてリスクを取らされているとも言えるわけです。公的年金の受給権という資産が安全資産化すれば、ほかにリスクを取る余地が生まれてくるはずです。

 そういうことをやったからといって家計の将来に 対する自信が回復するかどうかは分かりません。しかし、自信を回復し得る環境を整える必要はあります。消費についても同じです。大きな不確実性を背負った状態で、 「活発な消費をしろ」と言われても、それは無理だと思います。

大崎:国は「公的年金で老後の生活は安心だ」という説明をしたいんだけれども、国民はそのようには受けとめていなくて、 「制度は変更されるかもしれない。どちらかというと悪いほうへ変わりそうだ」と読んで行動しているということですね。

池尾:そうです。

大崎:ただ、 「何年には給付を削減します」と宣言してしまうと、これはこれでまた不安を呼ぶのではないかとも思います。

池尾:例えば、公的支援が限定的だということになると、残りは自助で支えなければいけない、という意識が高まります。既に高齢の場合には、確かに心細さは生じます。ですが、いわゆる予備的動機で行われる予備的貯蓄と言われる部分については、貯蓄する必要性は下がるはずです。

大崎:それは、リスクが読める分、自助努力で補充すべき分がはっきり計算できるからですね。

池尾:自助と言われたときに準備する時間が残されている世代もあります。高齢世代に関しても、これまでの将来への不安から貯蓄に励んできて、大量の金融資産を保有している方も多くいらっしゃいます。要するに、自身の長生きリスクと公的支援の変更リスクの両方に備えているんです。

 ですから、先行きの見通しをはっきりさせることが、政策運営上求められていると思います。抜本的改革をやって、持続可能性を持った社会保障制度を確立するというのは大きな課題だと思います。
(……)

大崎:今のお話を伺っていて思ったのは、政策当事者が事態を直視するのを怖がっているのではないか、ということです。例えば、二大政党制といっても、イギリスやアメリカでは、高福祉だけれども高負担の国をつくるという意見と、福祉の範囲を限定するけれどもできるだけ低負担でやるというパッケージの選択肢を示し合っているように思います。

 日本ではどの政党も基本的に、高福祉でできるだけ増税はしない、どちらかというと減税する、という話ばかりです。実現可能性のあるパッケージを示すことから、政策当事者が逃げている気がします。

池尾:細川政権が誕生したのが今から18年前です。それ以後の日本の政治は、非常に不幸なプロセスをたどってきたと感じています。

 それ以前は、経済成長の時期でしたので、政治の役割は余剰を配分することでした。ところが、90年代に入って、日本経済が成熟の度合いを強めて、人口動態的にも老いてきた中で、政治の仕事は、むしろ負担を配分することに変わってきているはずなんです。余剰を配分する仕事でも、いろいろ利害が対立して大変なんですが、それ以上に負担を配分する仕事は大変です。

大崎:大変つらい仕事ですね。

池尾:そういうつらい仕事に立ち向かおうとした人もいたかもしれませんし、そういう人たちを積極的にもり立ててこなかった選挙民であるわれわれ国民の責任も、もちろんあると思います。少なくとも議会制民主主義で政治家を選ぶ権利を与えられている国においては、簡単に「政治家が悪い」という批判は責任ある態度だとは思いません。

 しかしながら事実問題として、政治がそういった役割から逃げている状態が続いたことが財政赤字の累積となっています。負担の配分をしようとする時、今生きている人たちの間でしようとしても、い ろいろ文句が出て調整できないので、まだ生まれていない、だから文句も言えない将来世代に負担を押しつけることをやってきたわけです。



…2040 年度までの世界と日本の見通しの中で、 日本にとって最も重要な課題の一つである財政や社会保障制度はどうなっていくだろうか。 公的年金にしろ、 医療保険にしろ、介護保険にしろ、現在の制度が長期的に維持可能であるのかどうか、強い不透明感がただよっており、人々の間には不安と不信が募っている。若者世代も、壮年世代も、引退世代も、生まれ年にかかわらず、それぞれがそれぞれの立場で鬱憤を抱え、日本の将来に明るい展望を持てないでいるようである。

また、既に GDP の約 2 倍に達している政府債務残高がさらに増えていっても何も問題が起きないとは考えられない。現在の財政状況が維持可能なものであるのかどうか、将来には大増税が必要にならないか、懸念は大きい。社会保障制度の改革は財政健全化と同時に達成しなければならない。社会保障給付は政府の財政を通じてなされている以上は、財政が安定的に運営されていなければ社会保障制度も不安定になってしまう。

社会保障制度の持続可能性が著しく低下していると考えざるを得ない理由は、働き方の多様化や家族形態の変化など多数あるが、最大の要因は、超少子化に起因する超高齢化である。年金、医療、介護の社会保障財政は、基本的に賦課方式といわれる仕組みで運営されているからである。賦課方式とは、その時点の国民の負担(社会保険料と税金)を財源にして、その時点の国民に給付を行う方式である。負担は主に現役世代が負い、給付は主に引退世代になされている。いわば、引退世代の生活を現役世代の負担で支えているわけである。
社会保障制度全体の財源に占める公費負担割合を現在のまま一定とする前提で試算すると、代替率 82.4%を維持した場合、 2030 年頃でも 20%程度の消費税率でないと中央・地方政府の基礎的財政収支は均衡せず (図表 7-5 参照) 、 社会保険料率は現在の 1.5 倍必要になる。 さらに、その状況を 2050 年頃まで延伸すると消費税率は 25%を超え、 社会保険料率は現在の約 2 倍となる。 これは、 現在 40%に満たない国民負担率51を 70%超に引き上げるということに相当する (図表 7-6 参照52、なお 2011 年度の財政赤字53を含む潜在的国民負担率は 48.6%)。代表的な福祉国家であるスウェーデンの現在の国民負担率が 62.5%(2009 年、潜在的国民負担率は 63.9%)であることなどに照らして、国民負担率 70%への道を辿るということは、日本の国家像や国民意識という点で考えにくいのではないか。

しかも、ここで消費税率 25%とは、かなり控えめにみた税率である。①医療や介護の物価は一般物価よりも上昇率が高いこと、②医療の高度化によって医療需要は実質的に拡大するトレンドを持つこと、③介護サービスの供給不足を解消するために介護報酬の引上げが求められる可能性が高いこと、④高い消費税率になれば軽減税率が導入される可能性があること、⑤社会保険料の増嵩を少しでも避けるために財源を保険料から税にシフトさせる公算が大きいこと――などの諸点を考慮すると、消費税率は早い段階でゆうに 30%を超えることになるだろう。では、 代替率を抑制していけばどうだろうか。 図表 7-5 や図表 7-6 にみるように、 代替率を 1割抑制する程度では大きな効果は得られない。 だが、 代替率を現在から 3 割程度抑制できれば、状況はかなり違ってくる。年金・高齢者医療・介護に関する賃金で測った実質給付を今より 3割減らして平均代替率を 57.7%とすれば、 2030 年頃までは消費税率を 10%台半ばに抑制し、 2050年時点でも消費税率を代替率一定ケースの約 7 割に抑制できる。上で述べた①~⑤の要因を考えると、代替率 3 割引下げとは、今後の 30 年程度をかけて現在の大陸欧州並みの付加価値税率を目指していくシナリオといえよう。代替率 3 割の引下げは、現在の年金水準の高さや高齢者医療の自己負担割合の低さなどを考えると、実現不可能ではないと考えられる。

ここで改めて確認したいのは、所得代替率の 3 割引下げとは、あくまでも賃金で測った実質給付水準の話だという点である。 ここでは長期の名目 GDP 成長率を年率 2%として試算しているが、 そのとき物価上昇率を 1%とすれば、 一般物価で測った実質給付水準を引き下げるほどの給付抑制にはならない(既出図表 7-3 参照)。つまり、代替率の 3 割引下げとは現在の給付水準を大幅にカットせよという意味ではない。高齢者の生活水準(年金や医療・介護)について、高齢者の数が増加する分はもちろん、物価上昇分についても名目給付額を増加させるシナリオである(社会保障支出総額は、物価上昇率と高齢者人口増加率の合計の率で増加している)。

もっとも、ここで物価は一般物価を考えているから、医療に係る物価や介護に係る物価が一般物価以上に上昇しやすいことを考えると、医療の物価や介護の物価でみた 1 人当たりの実質給付は多少抑制されなければならないかもしれない。ただ、医療や介護の価格は市場メカニズムで決まっているのではなく、政策的に公定されるため、一般物価の動向をみながら適正に改定していけば一般物価でみた場合と比べて極端に異なるということにもならないだろう。

また、 この試算に対しては、 名目 2%の成長が楽観的という批判があるかもしれない。 生産年齢人口が減少している中で GDP を伸ばしていくためには、生産性上昇率の向上が必要であり、名目成長率 2%で物価上昇率 1%とすれば(すなわち、実質成長率を約 1%とすれば)、2020 年代までは年平均 1%台後半の、 2030 年代以降は 2%超の生産性 (生産年齢人口 1 人当たりの生産量)の上昇が必要となる。その実現のためには不断の技術革新とそのための投資、そして資源配分の効率化が必要であり、それを目指す成長戦略が必要である。

だが、それは十分に可能性のあることである。生産年齢人口 1 人当たりの実質 GDP の伸び率は、資産バブル崩壊後の 1990 年代でさえ年平均 1%強、2011 年度までの直近 10 年間で年平均1.4%だった。生産性の上昇率を高めることは簡単ではないが、ベーシックな生産性向上努力の結果に相当するとみられる 1%に、 どれだけ創造性を追加的に上乗せできるかという問題ではないか。2020 年代において 1%台後半の生産性上昇率を実現しながら代替率を引き下げて社会保障制度を持続可能なものへと再構築して 2030 年代を迎えるという「国家の大計」が求められている。





2014年7月23日水曜日

フロイトの「現勢神経症Aktualneurose」概念をめぐる現代の新しい「症状」

ここのところ一世紀ほどまえの男たちの女性ヒステリー畏怖の事例を、ジジェクの文の引用を中心に続けて投稿した(エリオットーヴィヴィアン、そしてムンクーーオスロワイン商人の娘)。ジジェク曰く、カフカにもその気があるというので、カフカーミレナをめぐってメモしようとしたが、ミレナがヒステリー症状であったかどうかは寡聞にして確かでない。カフカの女性畏怖は間違いなくあるだろうが。

・自分のなかの悲鳴に加えて、あなたの声を同時に聞くなどはできません。 [カフカ ミレナへの手紙]

・彼女が好きなのに話ができない。不意に出くわさないように、現れるのを待ち受けている。 [カフカ 創作ノート]

・それにしても、どうも私はあなたのお顔をはっきり思い出すことができません。後であなたが喫茶店のテーブルの間を遠ざかっていかれたときの様子だけが、そのあなたの姿、あなたの服、それだけが今もってまざまざと目に浮かびます。[ミレナへの手紙]

ーーだが、これらも恋に陥った内気な男のごくふつうの姿なのかもしれない。




「あなたのおっしゃる通りです。私は彼が好きなのです。でもF、あなたのことも私は好きなのです」とあなたは書いています。この文句を私は実に念を入れて読みました。一言一言です。特に「のことも」のところでは長い間立ち止りました。みんなそのとおりです。これがそのとおりでなかったら、あなたはミレナではないでしょう。そして、もしあなたがいなかったなら、一体この私は何なのでしょう。(…)しかもなお、何らかの弱さから私はこの文句と手を切ることができずに、際限もなく読みつづけています。そして、結局それをもう一度ここに写して書き、あなたがこの文句を見て下さるように、二人が一緒にそれを読むように、額に額をよせて(あなたの髪が私のこめかみに)、と望むのです。(カフカ ミレナへの手紙)


というわけで、ここではやや異なった側面から、すなわち現代におけるかつてのヒステリーの消滅という面から、ーーまたしてもヒステリーにかかわるのだが、乗りかかった舟であるーーいくらか記してみよう。

いわゆるヴィクトリア朝風の厳格なモラルが支配的だった時代には、ヒステリーは頻繁にみられたのは間違いない。われわれはその後、女性解放やら避妊革命などを経てきており、また以前ほど父権制社会でもなくなってきている。すなわち、それらの原因により、現代はヒステリー患者が少なくなってきたと一般には言われるのだが、その代りに、パニック障害、摂食障害、自傷行為などが目立つようになってきたとされる。

実際、日本でも、夏目漱石の『道草』や宇野浩二の『苦の世界』などで描かれた女性の極度のヒステリー症状は、現在ほとんど見当たらなくなったといってよいだろう。これらの小説が書かれた時代は、明治維新以後の約半世紀、いわゆる擬似一神教時代のことであり、性風俗がおおらかであった江戸時代は、武士階級は脇にやるとしても、商人階級の女性たちはどうだったのだろう。厳格なモラルのあるところにヒステリーがあるとするなら、理論的には少なかったはずなのだ。そもそも日本では、明治以降の一時期を除いて、欧米にくらべヒステリーは少なかったのではないかと憶測されないでもない。

かつては、父は社会的規範を代表する「超自我」であったとされた。しかし、それは一神教の世界のことではなかったか。江戸時代から、日本の父は超自我ではなかったと私は思う。その分、母親もいくぶん超自我的であった。財政を握っている日本の母親は、生活費だけを父親から貰う最近までの欧米の母親よりも社会的存在であったと私は思う。現在も、欧米の女性が働く理由の第一は夫からの経済的自立――「自分の財布を持ちたい」ということであるらしい。

明治以後になって、第二次大戦前までの父はしばしば、擬似一神教としての天皇を背後霊として子に臨んだ。戦前の父はしばしば政府の説く道徳を代弁したものだ。そのために、父は自分の意見を示さない人であった。自分の意見はあっても、子に語ると子を社会から疎外することになるーーそういう配慮が、父を無口にし、社会の代弁者とした。日本の父が超自我として弱かったのは、そのためである。その弱さは子どもにもみえみえであった。(中井久夫「母子の時間 父子の時間」初出2003 『時のしずく』2005所収)

――などと書いているわたくしは、この分野のまったくのシロウトであり、以下はそのディレッタントが、たまたまある機縁で、いくつかの論文に目を通した備忘に過ぎない。ここではベルギーのラカン派精神分析医のポール・ヴェルハーゲの見解を中心に記すが、精神医学のそれ以外の派の考え方について、多くを知るものでもない。

ヴェルハーゲの名を知ったのは、中井久夫のトラウマ論を読む傍ら、ラカン派のトラウマをめぐる考え方はどうなのだろうと思いを馳せるなかであり、三年ほどまえ、彼の『Trauma and Histeria』という小論にウェブ上でめぐり合い、いささか関心をもったことに始まる。彼は日本ではほとんど知られていないようだが、たとえばジャック=アラン・ミレールの「二十世紀の神経症から二十一世紀のふつうの精神病へ」という1998年に提出された見解における「ふつうの精神病」概念をウェブ上で英語検索すれば、オーストリアの精神科医Jonathan D. Redmondの“Contemporary perspectives on Lacanian theories of psychosis(2013)に真っ先に行き当たる。そこにはミレールの「ふつうの精神病」概念とヴェルハーゲの「theory of actualpathology」が、精神病をめぐってこの十年に提案されたふたつの傑出した概念だとされている。

…………

まず、「来るべき精神分析」座談会からの文を掲げることにしよう。この座談会は、十川幸司・原和之・立木康介の三氏によって2009年になされたもので、十川幸司の『来るべき精神分析のプログラム』(2008) 上梓後、「来るべき精神分析」の展望の試みとして、十川氏の書を中心にしつつ現在の精神分析と臨床実践の問題が検討されている。


<情動について>

(立木)
 そろそろ理論篇に移りたいと思います。僕が十川さんのご本でまず取り上げてみたいのは、情動の問題とセクシュアリティの問題です。十川さんは欲動が大事だというご意見ですが、最初に情動にも触れておきたい。情動の問題は前著『精神分析』でも大きく扱われていて、それを読んだとき、情動こそが十川さんの構築なさりつつある新しい精神分析の中心になるのかな、という印象をもちました。十川さんが言われる情動というのは「エモーション」のことですか。

(十川)
 いや、「アフェクト」です。

(立木)
 そうですか。それならなおいいのですが、ラカンの言う情動とは、身体がシニフィアンの媒介なしに現実界にアフェクトされることです。その状態のパラダイムは「不安」ですが、それ以外の形で情動にアプローチするのはなかなか難しい。フロイトに遡っても、欲動の代表として「情動」と「表象」が分けられていますが、いずれもきちんと扱えていない感じがします。とりわけ情動の問題をそのものとして取り出した個所がほとんどない。もっとも、不安の場合だけは別ですが。ラカンに戻れば、身体がシニフィアンの媒介なしに現実界によってアフェクトされる。現代思想的な言葉を使すなら、「触発」される。それに対して十川さんの場合は、システムとしての自己が他者のコミュニケーションに触発されるという点が重視されています。十川さんは、子供が両親の会話に耳を傾けていたり、子供が寝ているところで両親がコミュニケーションをしている状況--十川さんは「原風景」と呼んでおられます--に注目なさっていますが、子供はそこまでまさにコミュニケーションにアフェクトされ、触発されている。そこから自己のコミュニケーション回路が徐々に形作られ、情動調律というプロセスを通じて情動的なコミュニケーションが始まっていくわけですね。コミュニケーションとしての情動。そこに焦点があてられています。

ここでは、当面、《ラカンの言う情動とは、身体がシニフィアンの媒介なしに現実界にアフェクトされること》という立木康介氏の発言に注目しておこう。そして《十川さんの場合は、システムとしての自己が他者のコミュニケーションに触発されるという点が重視》されているとある。これは、症状の身体的側面(情動、欲動、ソマティック)などを重視しつつも、言語機能による治療の有効性を捨て去るつもりはないという態度だと読むことができる(その発言については、末尾に附す)。

いまは敢えて引用しないが、この座談会で語られていることから読み取れるのは、日本でも精神分析、いやもっと大きく精神医学の領野では、現在の患者の「症状」は、旧来の言語の領域(シニフィアンの媒介による「症状」の領域)のみに重点を置く治療では対応しがたくなっているという共通の認識であるようだ。それが「情動」なのか、「欲動」への対応の必要性なのか、あるいはまた別の対応の仕方かは、治療者の視点の置き方によって、さまざまなのであろうが。

…………


以下に、仮にそのレクチャアの冒頭部分を仮に訳出したポール・ヴェルハーゲは、現在の新しい「症状」は、身体、ソマティック(流動する身体)にかかわるとしている。《the new symptoms have mainly to do with the body, and moreover with the somatic.》

ところで、この「ソマティック」は、すでに初期フロイトに現れている、”Somatisches Entgegenkommenとして。人文書院の旧訳では「身体側からの対応」と訳されている(参照:症例ドラのソマティックなフェラチオ欲動)。(岩波新訳ではどう訳されているのかは不明の身である)。

フロイトが焦点を当てるのは、現実界、すなわち欲動にかかわる要素、――フロイトが“Somatisches Entgegenkommenと呼んだものーーだ。のちに『性欲論三篇』にて、「欲動の固着」と呼ばれるようになったものだ。この観点からは、ドラの転換性の症状は、ふたつの視点から研究することができる。象徴的なもの、すなわちシニフィアンあるいは心因性の代表象representation――抑圧されたものーー、そしてもうひとつは、現実界的なもの、すなわち欲動にかかわり、ドラのケースでは、口唇欲動ということになる。(Lacans goal of analysis: Le Sinthome or the feminine way.Paul Verhaeghe and Frédéric Declercq

さて、上に記したように、ポール・ヴェルハーゲの2008年のダブリンでのレクチャアの冒頭を掲げるが、以下の訳文は専門家でないものが、仮に訳したものであることを断わっておく。


三十年ほど前に、私は最初の患者に出会った。私のうけた古典的な教育と訓練は、次のような臨床的特徴に廻り会うよう想定されていた。すなわち患者は、解釈されうる症状をもっており、これらの症状は意味溢れる構築物だということ。もっとも患者は防衛メカニズムのためにこの意味に気づいていないのだが。患者はこれらの症状がライフヒストリーに関連することに気づいていた。話すことによる治療の目標は、この関連の覆いを取り除くことだった。そうするのは、その裏に潜んだ葛藤が、他のよりより解決法を導き得るようにするためだった。そのうえ、相対的には陽性転移がやがて手助けしてくれた。これは1905年にフロイトによって提唱された、精神分析治療を成功させるための、基本的規準だった。要するに、古典的な精神分析の治療とは、古典的な精神神経症psychoneurosisに向けられたものである。私はここで強調しなくてはならない、接頭辞“精神”を。

About 30 years ago I saw my first patient. My classic education and training meant that the following clinical characteristics were to be expected: a patient would have symptoms that can be interpreted; these symptoms are meaningful constructions, although the patient is unaware of this meaning due to defence mechanisms; the patient would be aware that these symptoms were connected with a life history. The aim of the talking cure is to uncover this connection so that the underlying conflicts may find another and better solution. Furthermore, a relatively positive transference was forthcoming. These were the basic criteria put forward by Freud in 1905 for a successful psychoanalytic treatment (Freud, 1905a). In short: a classic psychoanalytic treatment is intended for the classic psychoneurosis, and I must stress the prefix “psycho.”
現在、フロイトから百年経て、われわれはまったく異なった症状に直面している。恐怖症の構築のかわりに、パニック障害に出会う。転換症状のかわりに、身体化と摂食障害に出会う。アクティングアウトのかわりに、攻撃的な性的エンアクトメント(上演)に出会う、それはしばしば自傷行為と薬物乱用を伴っている。そのうえ、ヒストリゼーション(歴史化)等々はどこかに行ってしまった。個人のライフヒストリーのエラボレーション、そこにこれらの症状の場所や理由、意味を見出すようなものは、見つからないのだ。最後に、治療上の有効な協同関係はやってこない。その代りに、われわれは上の空の、無関心な態度に出会う。それは疑いの目と、通常は陰性転移を伴う。実際、そのような患者を、フロイトは拒絶しただろう。いささか誇張をもって言うなら、好ましく振舞う(行儀のよい)かつての精神神経症の患者はほとんどいなくなってしまった。これが、あなたがたが臨床診療の到るところで見出す現代の確信である。すなわち、われわれは新しい種類の症状、ことに、新しく取扱いが難しい患者に出会うのだ。

Today, a hundred years after Freud, we are confronted with totally different symptoms. Instead of phobic constructions, we meet with panic disorders; instead of conversion symptoms, we find somatization and eating disorders. Instead of acting-out we are confronted with aggressive and sexual enactments, often combined with self-mutilation and drug abuse. Furthermore, the aspect of “historization” is missing: i.e., the elaboration of a personal life history in which these symptoms find a place, a reason and a meaning. Finally, the development of a useful therapeutic alliance is not forthcoming. Instead, we meet with an absent-minded, indifferent attitude, together with distrust and a generally negative transference. Indeed, such a patient would have been refused by Freud. I can say, with some exaggeration, that the well-behaved psychoneurotic patient of the past has almost disappeared. Hence the contemporary conviction that you will find everywhere in clinical practice: we are meeting with new kinds of symptoms and, especially, with a new and difficult kind of patient.


こうして、新しい症状の特徴について次の三つが挙げられることになる。

①主に身体にかかわる、さらにいえばソマティックに。
②それらはふつう、パフォーマティヴな特徴がある。
③意味作用の異なったレイヤーが欠けている、ヒストリゼーションの側面の欠如とともに云々、とある。

すなわちヒステリー≒ヒストリーなら、かつてのヒステリー的な特徴が現在の患者の症状にはなくなってしまっているという捉え方なのだろう。ここでさらにヴェルハーゲのActual-pathology 」をめぐっての説明を、英文のまま抜き出すことにする。

Firstly, the new symptoms have mainly to do with the body, and moreover with the somatic. Secondly, they are usually of a performative nature. Thirdly, they lack the different layers of signification together with the aspect of historization. Moreover, these three characteristics are combined with a typical therapeutic alliance that is everything but positive and cooperative. We will now go more deeply into their differences from classic psychopathology.

Concerning the importance of the body, it is quite obvious that in the new symptoms the somatic aspect is central in a direct, unmediated way. In the classic symptoms, the reality of the body is kept outside the psychopathology; insofar as it enters the neurotic game, it is always in an imaginary fantasising manner. For example, conversion symptoms do not concern the real body in a permanent way. In contrast to this, the new symptoms imply it directly: self-mutilation and eating disorders are the most spectacular examples of putting the body in the centre, as is the case with aggressive and/or sexual enactments.

Secondly, the new symptoms are usually performative: they imply action. With the exception of obsessive-compulsive actions, the classic symptoms remain almost always within the field of the imaginary (see phobic complaints, hallucinations, obsessive thoughts, delusions), and don't give rise to actions. In cases where they do, our term for them, acting-out, implies that this action has a meaning, usually taking place at the limit of symbolisation. The classic patient has to be driven to a certain point before he crosses the threshold and acts. In cases of the new enactment, it is exactly the other way around; this form of enactment is one of the reasons why these are difficult patients, their demand from us is more coercive.

Thirdly, unlike the classic symptoms, the new ones seem to lack meaning, together with a clear-cut connection to the life history of the patient. This comes as a surprise because usually when someone consults a therapist, he or she will talk about his problems in such a way that these problems form part of his or her history, with the parents and the siblings playing important roles. By and large, this is not typical for the new clinical situation. For example, while most of these patients suffer from a combination of anxiety and depression, what in the DSM-dialect is called “mood disorders,” there is a lack of significant content. Classic depression, as described by Freud (1917e), goes back to the loss of a significant object and the ensuing (partial) loss of identity. It is not too difficult to find both losses in clinical practice, the classic ones being the loss of a love partner or a conflict in the work-place. In both cases, there is a significant loss of identity for the subject. Again, this is not the case with the new type of patient. It seems as if the depression has always been there and there is no obvious link with the loss of an object. In these times of genetics, the aetiology of such a depression will be considered as biological, something to do with “chemical imbalances,” although there is no clear-cut scientific proof for such an assumption. Clinical evidence shows that such a depression arises against a background of a general meaninglessness, where the most insignificant drawback is enough to trigger the depression that is already there. The same reasoning can be applied to the anxiety that is ever ready to materialise without the need for a specific object or situation. Finally, this group of characteristics can be linked to something also present in the idea of personality disorders. It seems as if these patients are different in matters of identity and because of this difference their way of relating to others is unusual.

Based on my contemporary reading of Freud, I believe it is possible to bring these new symptoms together under one heading, and to put forward a common diagnostic difference from the classic group. The best label for the first group is psychopathology; the name for the new group is actual-pathology. Psychopathology means that the psychological part is in the foreground, i.e., psychological symptoms, with a meaning and with a history. Actual-pathology means that the actual - the here and now - fills the scene, together with the body, and apparently without a link to the life history. These two groups should be understood as two poles of the same continuum. This is what Freud discovered quite early in his clinical practice.

この文は、ヴェルハーゲが初期フロイト用語の変奏である”Actual-pathology”を現在の症状の名とする理由が書かれている。こうして、ヴェルハーゲは、DSM批判の急先鋒でありつつ、ジャック=アラン・ミレールの「ふつうの精神病」概念にも異議を唱えることになる(参照:ラカン派の「ふつうの精神病」概念をめぐって)。

Actual-pathology”は、邦訳でどうのように訳すべきかは判然としないが、これはもともと1890年代のフロイトの著作に現れた ”Aktualneurose”(actual neurosis)を起源としており(そこでは「精神神経症」と対比されて語られている)、 ”Aktualneurose”は「現勢神経症」やら「現実神経症」と訳されているので、ここで仮に「現勢病理」としておく。すなわち旧来の「精神病理」(精神神経症に起源を発する)に対する概念である。

なぜ「現勢病理Actual-pathology」が、この何十年間のあいだに顕著になってきたのかについては、通常、ジジェクなどによってしきりに主張される「エディプスの斜陽」(父性的な象徴権威の弱体化)の文脈からの憶測が可能だが、ヴェルハーゲは、冒頭に掲げた2008年のダブリンレクチャーの一年まえに、同じダブリンで次のような説明をしている。

◆“Chronicle of a death foretold”: the end of psychotherapy. Paul Verhaeghe – Dublin, September 2007 – Health4Lifeconfererence – DCU.(敢えて訳出するが、重ねて繰り返せば、英文を充分に参照のこと)

ラカン派のタームであるなら、鏡像段階のあいだに何かがうまく行っていないのです。鏡像段階、すなわち、アイデンティティの形成が欲動の規制と共同して始まる時期です。まるで現代の〈大他者〉――その意味するところは、両親だけではなく、また象徴的秩序ですがーー彼/彼女の鏡像的機能を果たすことにますます失敗しているかのようです。その結果は、子供は心理的に発達しないのです、すなわち、欲動やそれに伴う興奮を取り扱う表象的な方法に欠けているのです。さらにアイデンティティ自体の形成さえも狂わされています。結果として、欲動の処理はソマティック(身体的な)レベル、すなわち原初の現実界のレベルに立ち往生してしまっています。

To put it in Lacanian terms, something went wrong during the mirror stage, that is, the period where the identity formation starts in combination with the drive regulation. It seems as if the contemporary Other – meaning the parents, but also the symbolic order – is failing more and more in taking on his/her mirroring function. The result is that the child does not develop a psychological, meaning a representational way of handling his drives and the accompanying arousal. Moreover, the identity formation as such is hampered as well. Consequently, the processing of the drives remains stuck at the somatic level, that is, the original level of the Real.
これが、なぜ症状が、なにものにも介入されない、さらにはパフォーマティヴな仕方で身体に呼びかけるのかを説明してくれます。同様に意味の欠如をも説明してくれます。それらは、防衛メカニズムのたぐいではなく、意味のない「解除反応Abreaction」により接近しています。私の考え方の道筋では、これはフロイトが命名した「現勢神経症」ものへと導いてくれます。時間がないので、フロイト理論の現代的解釈を詳しく述べることはしませんが、こういうだけで充分でしょう、すなわち。「現勢神経症」の主な特徴とは、表象を通しての欲動興奮を処理することの失敗である、と。

This explains why the symptoms address the body in an unmediated and even in a performative way. It explains their lack of meaning as well, they are much closer to a meaningless “Abreaction” than to whatever kind of defense mechanism. In my reasoning, this leads to what Freud has called actual neurosis. For lack of time, I can't elaborate on our contemporary interpretation of Freud's theory; suffice it to say that the main characteristic of actual neurosis is the failure to process the drive arousal via representations.
ラカンの鏡像段階の理論とフロイトのアイデンティティ発達の理論の光の下では、表象能力の失敗とは、原初の〈大他者〉との関係における失敗として理解されなければなりません。ごく一般的には、そうなのです。古典的な精神神経症では、欲動興奮は表象的なオブラートがあり、意味溢れる古典的に分析され得る症状を通して、象徴的な表現を見出せます。

In the light of Lacan's theory on the mirror stage and Freud's theory on identity development, this failure of the representational capacity has to be understood via a failure in the relationship with the primordial Other. Normally, that is: in classic psychoneurosis the drive arousal obtains a representational coating and finds a symbolic expression via meaningful and classically analyzable symptoms.
現勢神経症の場合では、この表象の処理がひどく妨げられています。臨床像に関する結果は、“意味溢れる”症状の不在です。そこにはソマティックな現象にかかわるパニックな攻撃と不安が伴っています。不安とは原初の興奮arousalの表現なのです。結果として、興奮状態excitationが過剰な割合を占めてしまいます。そして行動をとおした捌け口が見出されるのです。それは自らの身体に向けてであったり、他者に向けてであったりします。

In case of actual neurosis this representational process is seriously hampered. The effect with regard to the clinical picture is an absence of ‘meaningful' symptoms combined with the preponderance of panic attacks and anxiety related somatic phenomena, the latter being expressions of the original arousal. Consequently, the excitation obtains excessive proportions and finds an outlet via actions that are either directed towards the own body or towards the other.

いま訳出した文の冒頭近くにある、《現代の〈大他者〉――その意味するところは、両親だけではなく、また象徴的秩序ですがーー彼/彼女の鏡像的機能を果たすことにますます失敗している》とは、「鰐の口のつっかえ棒」が機能していないということであり、それが《エディプスの斜陽》(父性的な象徴権威の弱体化)やら「父なき世代」と言われる内実であるだろう。

漫画に恐ろしいワニの口から逃れるために、つっかえ棒をするシーンがある。ラカンはそれに倣って、このワニの恐ろしい口の中で子どもが生きるには、口の中につっかえ棒をすればよいと言う。ファルスとは実はつっかえ棒のようなもので、父親はこのファルスを持つ者である。そして父親のファルスは子供の小さいファルス(φ)ではなく、大きなファルス(Φ)である。つまり正義の騎士が万能の剣をたずさえて現れるように、父親がファルスを持って子供を助けてくれるのだ。

これは何を意味するのであろう。子供が母親の前にいるとき母親の目が子供だけに向き、欲望の対象が子どもだけであれば子どもはその貪欲な口の中で押しつぶされてしまう。このときに子供の外にも母親の関心を引くものがあれば、母親の欲望が「他のもの」(Autre)にも向いていれば、子供は母親のファルスに全面的に同一化する必要ななくなり、母親に飲み込まれることを逃れることができる。その「他のもの」が子どもを救ってくれるのだ。この「他のもの」が父親である。だがこの父親は現実に存在する父親ではない。ひとつの隠喩である。(向井雅明「精神分析と心理学」2002)

さて、すこしまえに戻って、ポール・ヴェルハーゲは、ジャック=アラン・ミレールの「ふつうの精神病」概念批判をしているとしたが、--すなわち、その概念に対して”Actual-pathology”(現勢病理)を前面に押し立てているのだがーー、ラカン派における新しい対応法のひとつ「サントームの臨床」をめぐっては、ミレールの立場と大きく異なることはないようにみえる。

◆ミレールの2008年のセミネールから

・新たな精神分析臨床はラカンの最後期の教育から切り出されたものですが、これは古い臨床より圧倒的に優れているものです。それは、構造論的臨床と対立するボロメオの臨床であると言われます。構造論的臨床は神経症と精神病の断絶を前面に出してきます、より完璧を期すなら神経症、精神病、倒錯です。
・この第二の臨床は正常性やメンタルヘルスに範をとる基礎を葬り、次の公式をその原則とします「ひとは皆狂人でありTout le monde est fou言い換えれば妄想的délirantである」。これは一度ラカンが副次的なテクストのなかで書いたものですが、私は昨年これを広めました。
・第2の精神分析臨床は、症状symptômeの概念を、この〔「終わりのない分析」で示される症状の〕残余のモデルに基づいて再構成するものです。こうしてラカンはそれを古い綴り方でサントームsinthomeと呼びました。サントームとは、治癒不可能なものの名前なのです。

ヴェルハーゲの2001年に上梓された書にも、既にほぼ同じような見解を見ることができる。

フロイトとラカンのふたりとも見出していた、まさに、この現実界における症状の根には治療効果を妨害するものがあることを。分析は、無意識の抑圧された部分、すなわち表象されたファリックシステムにねらいをつける。しかし〈他者の享楽〉に直面したとき無力である。現在のまさに事実とは、われわれは、抑圧などほとんど現れない患者に直面することだ。これは、精神分析にとってまったく新しいチャレンジを意味する。(Paul Verhaeghe『BEYOND GENDER』ーー二種類の「症状symptom」(象徴界と現実界)と「サントームsinthome」

そもそも「サントーム sinthome」とは、ラカンによる「症状symptom」の新しいヴァージョンなのであり、旧来の「象徴界の症状」に対して、「サントーム」とは「現実界 réelの症状symptom」としてよい。とすれば、ヴェルハーゲの「Actual-pathology」(現勢病理)は、「現実界病理」とか「リアル病理」と 呼ぶこともできよう。ヴェルハーゲはあえて「サントーム」というラカン派ジャーゴンを使用せず、初期フロイトの「現勢神経症Aktualneurose」起源の用語遣いをしたのだろう。実際、1890年代のフロイト論文は、トラウマに関わった、すなわちラカン文脈では現実界にかかわった用語がそれ以外にもみられる。たとえば「Fremdkörper」(異物としての身体)や、上にも挙げた 「Somatisches Entgegenkommen」(身体からの対応)など。ヴェルハーゲはこれらの用語を取り出しつつ、フロイトは初期から二種類の症状を考えていたのだとしている(参照:二種類の「症状symptom」(象徴界と現実界)と「サントームsinthome」)。


さていずれにせよ、ミレールの「ふつうの精神病」概念は仮称であるだろうし、ラカンの「サントーム」概念も、ラカン派以外は通用しがたい。精神医学に携わる方は、ラカンジャーゴンを耳にしただけで抵抗がある口もいるだろう。そのとき初期フロイトの「現勢神経症Aktualneurose」起源の”Actual-pathology”「現勢病理」概念は、いまでは熱心に読まれることの稀になっているはずのフロイトへの再度の回帰を促し、しかもラカン派内部のしがらみを超えた親しみやすい言葉遣いであるには相違ない。ラカン派とされる斎藤環氏からもこんな発言が出るくらいなのだから、やはり「ふつうの精神病」は仮称にしてもいただけない。

@pentaxxx: しかし今日のコロックでつくづく思ったが、こう「普通精神病」や「普通倒錯」が一般化したというのなら「普通境界例」とか「普通自閉症」なんてのも出てきそうな気が。そして私が10分間の「普通精神分析」で治療をする、と。いやマジでね。(2014.3.9)

…………

※附記:冒頭に掲げた「来るべき精神分析」座談会で十川氏はヒステリーをめぐり次のように発言していることをここにつけ加えておこう。

(原)
 言語を介して情動のレベルに働きかけるというテーゼは、ご本の中に繰り返し出てきますが、それがなぜ可能なのかについては、どうなんでしょうか? 二つの切り離されたものがあって、一方が他方に働きかけるイメージにどうしてもなってしまうのですが。

(十川)
 どうして可能なのかと聞かれると、なかなか答えるのは難しい(笑)。言語と情動が最も緊密に結びついているのは、ヒステリー患者です。ヒステリー患者は、みずからの無意識を自由連想によって物語る驚くべき能力をもっています。そして、その話に対して解釈を加えると、その解釈が情動を巻き込んだ形で患者の症状にまで届く。フロイトが『ヒステリー研究』で取り上げているのも、ヒステリーのこのようなメカニズムです。ヒステリー患者が少なくなってきたという話はよく聞きますが、実際少なくなったのは派手な症状を呈するヒステリー患者であって、ほとんど無症状で、一見ありきたりの悩みを抱えているヒステリー患者は今でも数多くいます。そういう人の治療では、言葉の力というものを明確な手ごたえをもって実感できます。