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2014年8月10日日曜日

アタシとボクの「おちんちん」その2

またきみかい
オレはたいした意見なんていってないよ
だれだれ曰くで資料もつけてるだろ
記憶力がひどく悪いほうでね
こうやってメモっとかないとすっかり忘れちまうんだ
自分用のメモのみで未公開にしたら
雑然としていて収集がつかなくなるから公開してるだけだよ
公開するなら一応は読み返すからな
(まあそうしないときもかなりあるけど)

そもそもきいた風なことを言うのは飽きちゃってんだよ
とっくのむかしにな
どっちかといえば『プヴァールとペキッシュ』の二人の筆耕
あの「深淵な滑稽さ」の役割がいいなと思ってね
日本語の単語ぼろぼろ忘れてきたからそれもあるさ
こうやって書いてるのはな
アルツハイマー防止のためでもあるってことだな
コメント相手のおしゃべりは御免だな
幽霊でもいいから前に座っていてほしいと思うことはあるがね
でもいちいち返事されるのはやっぱりうるさいなあ

ところできみこっち↓系の趣味あるかい?
そうだったら仲良くしてもいいぜ
きみが男か女かしらないけど
女のほうがどっちかといえば好みだな
ヤルこといっしょなのに女のほうがいいってのがヘンなんだけど

オカマというのはよがりますよね。枕カバーがベットリ濡れるくらい涎を流したりするでしょう。するとやっているうちに、こっち側になりたいという気になってくる。だからオカマを抱いちゃうと、大体一割くらいのケースで、オカマになりますね。(野坂昭如ーー岩井志麻子『猥談』より)

これじゃないんだな↓




そろそろこっち系のほうが望ましいんだよ
そろそろっていうのは嘘っぽくてとっくの昔からだけどさ





ここまでいかなくてもいいから





こんなふうに無理しなくてもいいさ







この程度でいいのに







でもこればかりなんだよな、いまだに





「そう。君らにはわかるまいが、五十六十の堂々たる紳士で、女房がおそろしくて、うちへ帰れないで、夜なかにそとをさまよっているのは、いくらもいるんだよ。」(川端康成『山の音』)





2014年7月24日木曜日

「もう、いけずやわあ。うちそんなん、よう言わん」

外国語でわいせつな言葉を使っても、わいせつな言葉とは感じない。わいせつな言葉は、なまって発音されるとこっけいになる。外国人女性を相手にしてわいせつであることの難しさ。わいせつ、私たちを祖国に結びつけるもっとも深い根。(クンデラ『小説の精神』)

『小説の精神』は手元にあるけれど
今はツイッターBOTから。
巧いねえクンデラ
そうなんだよな滑稽になっちまうんだ
これは祖国のちがいだけじゃなくて
国内だって方言の違いでそうなんだな
東海道のほぼ真中の田舎町で育ったんだけど
おまんこの土地だったんだな
東京ではなんとかいけたけど
後におめこやおそその土地に住んで
おめこはまだしもおそそは滑稽になることを怖れて
なかなか口にだせなかったねえ

《京舞のおっしょはんがおでっさんのおいどを物差しで叩きながら「おそそ、お締め!」》

《男「え、ここか」 女「あ、あかんて、そこおいどやし」 男「ほなら、こっちか。ここやろ。ねぶったるわ。ここ何て言うんや。言うてみ。」 女「おそ…  もう、いけずやわあ。うちそんなん、よう言わん。」》

ああでも懐かしいなああ

「男どもはな、別にどうにもこうにもたまらんようになって浮気しはるんとちゃうんや。みんな女房をもっとる、そやけど女房では果たしえん夢、せつない願いを胸に秘めて、もっとちがう女、これが女やという女を求めはんのや。実際にはそんな女、この世にいてへん。いてえへんが、いてるような錯覚を与えたるのがわいらの義務ちゅうもんや。この誇りを忘れたらあかん、金ももうけさせてもらうが、えげつない真似もするけんど。目的は男の救済にあるねん、これがエロ事師の道、エロ道とでもいうかなあ。」(野坂昭如『エロ事師たち』)





《けやきの木の小路を/よこぎる女のひとの/またのはこびの/青白い/終りを》(西脇順三郎)


古語としては下記の如くだそうだ

ホト
ツビ・通鼻(『和名抄』より)
クボ(『名義抄』より)
玉門[ぎょくもん](『和名抄』より。部位でいうと、子宮)
朱門(俗称 部位でいうと、子宮)
女門(『房内経』より)
丹穴(『房内経』より)
朱室(『房内経』より)
吉舌[ひなさき](『和名抄』より。部位でいうと、クリトリス)
陰唇(部位でいうと、クリトリス)
サネ(俗称 部位でいうと、クリトリス)

なんだい、玄牝の門がないじゃないか

谷間の神霊は永遠不滅。そを玄妙不可思議なメスと謂う。玄妙不可思議なメスの陰門(ほと)は、これぞ天地を産み出す生命の根源。綿(なが)く綿く太古より存(ながら)えしか、疲れを知らぬその不死身さよ(老子「玄牝の門」 福永光司氏による書き下し)

静岡方言は、ツンビー、オチョコ
愛知方言は、ベンチョ オベンチョ(名古屋市)

ーーともあるけれど、知らなかったなあ


人間は胎内で母からその言語のリズムを体に刻みつけ、その上に一歳までの間に喃語を呟きながらその言語の音素とその組み合わせの刻印を受け取り、その言語の単語によって世界を分節化し、最後のおおよそ二歳半から三歳にかけての「言語爆発」によって一挙に「成人文法性 adult grammaticality」を獲得する。これが言語発達の初期に起こることである。これは成人になってからでは絶対に習得して身につけることができない能力であると決っているわけではないけれども、なまなかの語学の専門家養成過程ぐらいで身につくものではないからである。

それを疑う人は、あなたが男性ならば女性性器を指す語をあなたの方言でそっと呟いてみられよ。周囲に聴く者がいなくても、あなたの体はよじれて身も世もあらぬ思いをされるであろう。ところが、三文字に身をよじる関西人も関東の四文字語ならまあ冷静に口にすることができる。英語、フランス語ならばなおさらである。これは母語が肉体化しているということだ。

いかに原文に通じている人も、全身を戦慄させるほどにはその言語によって総身が「濡れて」いると私は思わない。よい訳とは単なる注釈の一つの形ではない。母語による戦慄をあなたの中に蘇えらせるものである。「かけがえのない価値」とはそういうことである。(中井久夫「訳詩の生理学」)

黒田夏子の『abさんご』の冒頭近くにある文章のたぐい稀なるエロスってのは
やっぱりアレだよなあ

《またある朝はみゃくらくもなく,前夜むかれた多肉果の紅いらせん状の皮が匂いさざめいたが,それはそのおだやかな目ざめへとまさぐりとどいた者が遠い日に住みあきらめた海辺の町の小いえの,淡い夕ばえのえんさきからの帰着だった.》

神経症者が、女の性器はどうもなにか君が悪いということがよくある。しかしこの女の性器という気味の悪いものは、誰しもが一度は、そして最初はそこにいたことのある場所への、人の子の故郷への入口である。冗談にも「恋愛とは郷愁だ」という。もし夢の中で「これは自分の知っている場所だ、昔一度ここにいたことがある」と思うような場所とか風景などがあったならば、それはかならず女の性器、あるいは母胎であると見ていい。したがって無気味なものとはこの場合においてもまた、かつて親しかったもの、昔なじみのものなのである。しかしこの言葉(unhemlich)の前綴unは抑圧の刻印である。(フロイト『無気味なもの』ーーかつて二度訪ねたことのある家

こんなもんを抑圧したっていいことないぜ
抑圧したものはどうせ回帰するんだから

そうしようとは思っていなかったのにとりあえず鈴を鳴らし、社に手を合わせたあと、振り向いて川を見下ろした千種は、

「今日も割れ目やねえ。」

 川が女の割れ目だと言ったのは父だった。生理の時に鳥居をよけるというのと違って、父が一人で勝手に言っているだけだった。上流の方は住宅地を貫く道の下になり、下流では国道に蓋をされて海に注いでいる川が外に顔を出しているのは、川辺の地域の、わずか二百メートルほどの部分に過ぎず、丘にある社からだと、流れの周りに柳が並んで枝葉を垂らしているので、川は、見ようによっては父の言う通りに思えなくもない。(田中慎弥『共喰い』

先日メコンの濁流を眺めてきたがね
やっぱり巨大なる割れ目だよあれは
いや割れ目というより母胎だね
大文字のオカアチャンの大河だよ


2014年5月31日土曜日

五月卅一日 黒服の婦人の娘のような流し目

木曜日 十一時半

私は読書室で二時間仕事をした。それから、パイプを燻らすために抵当権登記所の中庭に降りた。そこは薔薇いろの煉瓦で舗装された広場であって、十八世紀に落成し、いまはプーヴィル市民の誇りとなっている。シャマード街とシェスペダール街との入口には、古い鎖が車の出入を遮っている。犬を散歩させにきた黒服の婦人たちが、壁に沿ってアーケードの下を通って行く。彼女たちは陽当りのよい場所には滅多に行かないが、娘のような流し目をこっそりと満足げに、ギュスターヴ・アントベトラーの銅像に注ぐ。彼女たちがこのブロンズの巨人の名を知っているはずはないが、フロックコートとシルクハットとによって、この男が上流階級に属していただれかであることを悟るのである。銅像は左手に帽子を持ち、右手を二つ折判の本の山の上に置いている。自分たちのおじいさんが、青銅で鋳造されて、この台の上に立っているかのような感じがいくらかする。あらゆる問題について、彼が自分たちと同じように、ほとんど同じように考えていることを知るために、長い間銅像を眺める必要はない。彼の権威と、彼が重い手で押し潰している二つ折判のたくさんの本の中から汲みとられた絶大な博識とが、彼女たちの狭くて堅実な、取るに足りぬ意見の助けになるのだ。黒服の婦人たちはほっとするのを感じる。心安らかに家事にいそしみ、犬を散歩させることができる。彼女たちが父から受けついだ神聖な考えや思いつきを、守護する責任はもはやない。代りに青銅の男が番人になっているのだから。(サルトル『嘔吐』白井浩司訳 p47-48)


自分たちのおじいさんのような銅像に、黒服の婦人たちは娘のような流し目を送る。それだけで、ほっとするのを感じる。そうすれば、《彼女たちが父から受けついだ神聖な考えや思いつきを、守護する責任はもはやない》。祖先伝来の厳格なモラルは、青銅の男の番人が代って守ってくれる。

ここには「礼儀」の効用がある。信じたふりをする効用がある。それはなにも跪く必要はない。娘のような流し目だけでよい。「おじいさん、分かってるわ、覚えているわよ、あなたの言いつけ」、――こうしておけば、その後、すこし羽目を外しても大丈夫なのだ。われわれも同じく。正月に神社にお参りにしたり、神棚をちらっと横目で見たり、仏壇の線香の香りに束の間うっとりするだけでよい。いや手を合わせて祈ったら、もっと効果がある。さあ、そうすれば、急いだってかまわない、夜の街へ(男を騙しに)。





《自分の信仰を大事にするのではなく、信仰が侵入してくるのを追い払い、一息つくスペースを確保するために跪くのだとしたらどうだろう。信じる--媒介なしに直接に信じる--という苦しい重荷を、儀式を実践することによって誰か他人に押しつけてしまえばいいのだ。(結婚…愛がなくても結婚的生活によって愛が生まれる・・・ではなく、相手を愛しすぎないように儀式化するために結婚する)


以下、上のジジェクの文の前後を、もう少し長く抜き出しておこう。

どうやらわれわれがここで論じているのは、ずっと昔にブレーズ・パスカルが描き出した現象のようだ。パスカルは、信仰を持ちたいのに信仰への飛躍がどうしてもできない非信者への助言の中で、こう述べている。「跪いて祈り、信じているかのように行動しなさい。そうすれば信仰は自然にやってくるだろう」。あるいは、現代の「断酒会」はもっと簡潔にこう言っている。「できるふりをしろ。できるようになるまで」。しかし今日、文化的ライフスタイルへの忠誠心から、われわれはパスカルの論理を逆転する。「あなたは自分が本気すぎる、信じすぎると思うのですね。自分の信心が生々しく直接的すぎるために息苦しいのですね。それならば跪いて、信じているかのように行動しなさい。そうすれば信仰を追い払うことができるでしょう。もはや自分で信じる必要はないのです。あなたの信仰は祈りの行為へと対象化されたからです」。つまり、自分の信仰を大事にするのではなく、信仰が侵入してくるのを追い払い、一息つくスペースを確保するために跪くのだとしたらどうだろう。信じる--媒介なしに直接に信じる--という苦しい重荷を、儀式を実践することによって誰か他人に押しつけてしまえばいいのだ。(結婚…愛がなくても結婚的生活によって愛が生まれる・・・ではなく、相手を愛しすぎないように儀式化するために結婚する)

 ここから、われわれは象徴的秩序の次なる特徴、すなわちその非心理的な性質へと向かうことになる。私が他人を通じて信じる時、あるいは自分の信仰を儀式へと外在化し、その儀式に機械的に従うとき、あるいはあらかじめ録音された笑いを通じて笑うとき、あるいは泣き女を媒介して喪の仕事をおこなうとき、私は内的な感情や信仰に関わる仕事を、それらの内的な状態を動員することなく、やり遂げている。そこに、われわれが「礼儀」と呼ぶものの謎に満ちた状態がある。私は知人に会うと、手を差し出し、「やあ(会えてうれしいよ)、元気?」と言う。私が本気で言っているのではないことは、両者とも了解している(もしその知人の心に「この人は私に本当に関心を持っているのだろうか」という疑念が芽生えたら、その人は不安になるだろう。彼の個人的なことに首を突っ込もうとしているのではないか、と。古いフロイト的なジョークを言い換えるとこうなる。「どうして会えてうれしいなんて言うんだ? 会えてうれしいと本気で思っているくせに」)。ただし、私の行為を偽善的と呼ぶのは誤りだ。別の見方をすれば、私は本当にそう思っているのだから。礼儀正しい挨拶は、われわれ二人の間にある一種の契約を更新しているのだ。同様に、私はあらかじめ録音された笑いを通じて「本気で」笑っているのである(それが証拠に、私は実際に気分が楽になる)。(ジジェク『ラカンはこう読め』




《結婚…愛がなくても結婚的生活によって愛が生まれる・・・ではなく、相手を愛しすぎないように儀式化するために結婚する》については、ジジェクには種々の変奏がある。


ここでは最近の書『LESS THAN NOTHING』(2012)から、ひとつだけ抜き出しておこう。

ラカン派の用語では、結婚は、対象(パートナー)から“彼(彼女)のなかにあって彼(彼女)自身以上のもの”、すなわち対象a(欲望の原因―対象)を消し去ることだ。結婚はパートナーをごくふつうの対象にしてしまう。ロマンティックな恋愛に引き続いた結婚の教訓とは次のようなことである。――あなたはあのひとを熱烈に愛しているのですか? それなら結婚してみなさい、そして彼(彼女)の毎日の生活を見てみましょう、彼(彼女)の下品な癖やら陋劣さ、汚れた下着、いびき等々。結婚の機能とは、性を卑俗化することであり、情熱を拭い去りセックスを退屈な義務にすることである。(私訳)

逆に言えば、「犬のお尻にほれてしまえば、 犬のお尻もばらの花」(プルースト)。

ジジェクの文の<対象a>が結婚によってなくなってしまうとあるが、対象aとはかくの如し。

永遠に退屈な女性的な質問、「どうしてあなたは私のことが好きなの」という質問を例にとって考えてみよう。本当の恋愛においては、この質問に答えることはもちろん不可能である(だからこそ女性はこの質問をするのだが)。つまり、唯一の適切な答えは次の通りである。「なぜなら、きみの中にはきみ以上の何か、不確定のXがあって、それがぼくを惹きつけるんだ。でも、それをなにかポジティヴな特質に固定することはできない」。いいかえれば、もしその質問にたいしてポジティヴな属性のカタログによって答えたなら(「きみのおっぱいの形や、笑い方が好きだからだ」)、せいぜいのところ、本来の恋愛そのものの滑稽なイミテーションにすぎなくなってしまう。(ジジェク『斜めから見る』P194)

もっともさきほど私訳した『LESS THAN NOTHING』の文のあと、しばらくして次のような文がある。

結婚とは崇高化が理想化のあとに生き残るかどうかの真のテストの鍵となるものだったらどうだろう? 盲目的な愛では、パートナーは崇高化されるわけではない。彼(彼女)はただ単純に理想化されるだけだ。結婚生活はパートナーをまちがいなく非―理想化する。だがかならずしも非―崇高化するわけではない。(ジジェク『LESS THAN NOTHING』)

理想化と崇高化? 理想化と崇高化を混同してはならない。


誤った崇拝は理想化をうむ。それは他者の弱さを見えなくする──あるいは、それはむしろ、自己のいだく幻影を投影するスクリーンとして他者を利用し、他者そのものを見えなくする。(ジジェク『信じるということ』)

二流詩人や小説家の「理想化」に耽溺するのには注意しなければならない(場合によっては、一流詩人・作家でさえ)。

宮廷恋愛を考えるにあたってまず避けるべき落とし穴は、<貴婦人>を崇高な対象とする誤った見方である。そんなことを言えば通例、生々しい性的な欲情が浄化されて精神的な思慕へと高められるというプロセスのことが考えられる。かくて<貴婦人>は、ダンテのベアトリーチェのようにより高い次元の宗教的エクスタシーへと人を導く神聖なものだととらえられるのだ。

こうした考え方とは反対に、ラカンは、このような浄化作用に反するような特徴をいくつも指摘している。たしかに、宮廷恋愛における<貴婦人>は、具体的な特徴は一切持たず、ただ抽象的な<理想>として崇められる。そのため、「詩人たちはみな同一人物を称えているようだという点に作家らは着目した。……これらの詩の世界における対象の女性からは、現実的な実体は一切うかがわれない」となるのだ。しかし、<貴婦人>のこうした抽象的な性質は、精神的な純化とは何ら関係はない。むしろこの性質は、冷淡で隔たりのある非人称的な相手にありがちな性質に近い。
つまり、<貴婦人>は、暖かく思いやりがあり人の気持を察するような、われわれ人間の同類などでは絶対にありえない。(……)

したがって、騎士と<貴婦人>の関係は、臣下-隷属者である家臣と、無意味でとてつもない、とうていできそうにないような、勝手で気まぐれな試練を課してくる<封建的主人-支配者>の関係である。

ラカンはまさに、こうした試練が崇高とはおおよそかけ離れていることをはっきりさせようと、<貴婦人>が家臣に文字通り尻の穴をなめるよう命令する詩を引用している。詩人は、その場所で待ち受けていた悪臭に対してぐちをこぼし(中世の人々が恐ろしい衛生状態にあったことはよくご存じだろう)、こうやって務めを果たしている最中に尿を顔にひっかけられるかもしれないという危険をひしひしと感じる……。
これほどさように、<貴婦人>は浄化された神聖なものとはほど遠い。(ジジェク『快楽の転移』)

これらはジジェク独特の極端な例でありーー極端だから愉快になるのだがーー、実際のところは結婚生活では、ほとんどの場合理想化も崇高化も生き残らず、友達化やら母親化などがせいぜいのところだろう。

と書いたところで、また愉快な極端さをもったジジェクの文を想い起こす、《いっしょに暮している女は<女>ではない、結婚生活の平和はつねに脅かされている》。こうして男たちは結婚後も「もう一人の女the Other Woman」を探し求める(参照:ジジェクの愛の定義)。

ーーなどとジジェクばかり引用せずにも、わが野坂昭如の言葉がある。

「男どもはな、別にどうにもこうにもたまらんようになって浮気しはるんとちゃうんや。みんな女房をもっとる、そやけど女房では果たしえん夢、せつない願いを胸に秘めて、もっとちがう女、これが女やという女を求めはんのや。実際にはそんな女、この世にいてへん。いてえへんが、いてるような錯覚を与えたるのがわいらの義務ちゅうもんや。この誇りを忘れたらあかん、金ももうけさせてもらうが、えげつない真似もするけんど。目的は男の救済にあるねん、これがエロ事師の道、エロ道とでもいうかなあ。」(野坂昭如『エロ事師たち』)



ーー実は、昨晩Tumblrを眺めていてこの写真に行き当たり、しばらく茫然としていたのだよな。ああ、失われたもの。日本にノスタルジイを覚えるのはそんなに多くはないけど、これだけは紛れもない喪失感だ。祇園の女が去って行く。これはおそらく宮川町通か? あの店のママの名前だけ憶い出して、店の名が憶いだせない。こじんまりしたほの暗い空間のなか、白木のカウンターの向こうの匂いやかな中年の女のほほえみ。低く穏やかな声。肌理の細かい象牙色の肌。薄暗さのなかの妖艶さは他の国でもあるが、あのほの暗さのなかの清冽さと親密さというのはなかなか出会うことはできない。せつなさ、遣る瀬無さ、沈んだ翳りのなかのつややかさ--谷崎の『陰翳礼讃』でもあり川端の『美しさと哀しみと』でもあるあの感覚。

《けやきの木の小路を/よこぎる女のひとの/またのはこびの/青白い/終りを》(西脇順三郎)

あれはオレの「崇高化」だね、三十前後の青年が、バブルの余沢もあったけど、週に二、三度は通ったからな。「お日様の光のもとでみたら、あたしなんかもうおばあさんよ」などと囁いた声まできこえて来るよ。それとも単なる「理想化」だったのか。厨房に弟子入りしてカウンターの向こうに入ったら究極のシアワセじゃないか、などとまで思い詰めたことがあるからなあ。

さて何の話だったか。結婚?女たち? 彼女たちも母親化にうんざりして、別のアバンチュールを探すんじゃあないかい? もしそうでなかったら、次のようなことになりかねない。

「そう。君らにはわかるまいが、五十六十の堂々たる紳士で、女房がおそろしくて、うちへ帰れないで、夜なかにそとをさまよっているのは、いくらもいるんだよ。」(川端康成『山の音』)

だが、そもそも結婚前の情熱恋愛などというものが稀になっているのかもしれない。いまでは結婚とは「セキュリティ」のためであったり、最初から妥協化によってなされることが多いのだろう。「婚活」などというなんともはしたない言葉の流通は、「新自由主義」ーーその三つの標語「成功」「自己投資」、そして「負け犬」)ーーの猖獗を象徴するものである。その破廉恥を破廉恥とさえ感じなくなっているのが現代日本人というものだ。「女子力」などというものもその類であろう。結婚がいまだ「神聖」なものでありうるのは、同性愛者の間だけかもしれない。





2013年10月21日月曜日

痛風亭馬乗 十月廿一日

陰ときに晴。雲低く溽暑甚し。午前医者を訪う。当地はバクシー(博士)と呼ぶ。血圧係、血液係の看護婦等可憐なり。

尿酸高値に復す。ひと月ほど前七度まで下がりしが本日は九度超なり。暫時食事療法緩めし首尾覿面ともいうべし。日本酒飲みたしが米焼酎に戻すべし。







荷風風文語体むつかし。


断膓亭日記巻之二大正七戊午年  荷風歳四十

十二月廿二日。築地二丁目路地裏の家漸く空きたる由。竹田屋人足を指揮して、家具書筐を運送す。曇りて寒き日なり。午後病を冒して築地の家に徃き、家具を排置す、日暮れて後桜木にて晩飯を食し、妓八重福を伴ひ旅亭に帰る。此妓無毛美開、閨中欷歔すること頗妙。

十二月廿三日。雪花紛々たり。妓と共に旅亭の風呂に入るに湯の中に柚浮びたり。転宅の事にまぎれ、此日冬至の節なるをも忘れゐたりしなり。午後旅亭を引払ひ、築地の家に至り几案書筐を排置して、日の暮るゝと共に床敷延べて伏す。雪はいつか雨となり、点滴の音さながら放蕩の身の末路を弔ふものゝ如し。

十二月廿五日。終日老婆しんと共に家具を安排し、夕刻銀座を歩む。雪また降り来れり。路地裏の夜の雪亦風趣なきにあらず。三味線取出して低唱せむとするに皮破れゐたれば、桜木へ貸りにやりしに、八重福満佐等恰その家に在りて誘ふこと頻なり。寝衣に半纒引きかけ、路地づたひに徃きて一酌す。雪は深更に及んでます/\降りしきる。二妓と共に桜木に一宿す。





……時分をはかりて酒を飲みすぎたせゐか、これではあんまり長くかゝつて気の毒なり、形を替へたらば気もかはるべしと、独言のやうに言ひて、おのれまづ入れたなりにて横に身をなぢれば、女も是非なく横になるにぞ、上の方にしたる片手遣場なきと見せかけて、女の尻をいだきみるに堅ぶとりて円くしまつた肉付無類なり。

 およそ女の尻あまり大きく引臼の如くに平きものは、抱工合よろしからざるのみか、四ツ這にさせての後取は勿論なり、膝の上に抱上げて居茶臼の曲芸なんぞ到底できたものにあらず。女は胴のあたりすこしくびれたやうに細くしなやかにて、下腹ふくれ、尻は大ならず小ならず、円くしまつて内股あつい程暖に、その肌ざはり絹の如く滑なえば、道具の出来すこし位下口(したくち)なりとて、術を磨けば随分と男を迷し得るべし。(『四畳半襖の下張』)


荷風散人は襖の下張ではなきしも枕屏風に鴎外、漱石の書簡を張りしなり。なんと贅沢な御仁であるか。

《此日糊を煮て枕屏風に鴎外先生及故人漱石翁の書簡を張りて娯しむ》(断腸亭日記巻之三大正八年歳次己未


郷里近辺に茶臼山なる行楽地あり。当時飯田線は扉の開閉が手動なりし。茶臼にはしばしば遠足などでも出かけし又高校時代の女友達も茶臼近くの北設楽郡設楽(シタラ)町の出自で山育ちの豪農の娘なり。茶臼の如き形のよい尻をもち、可憐に、来てシタラ、シタラとふたつ続けて微笑む如し。魔羅不如意の昨今ことさら懐かしきかな。

《キスしながら、膝にまたがっている娘のパンタロンの下に両掌を差し入れて、腰から尻を撫でさすっている。余分の脂肪はないすべすべして小さな尻、清らかさと、結晶体のようなエロティシズム。そのうち右手が平らな腹へと滑り込む。幾日もかけて、指は腹から下腹へと前進する。陰毛の上のへりに、指がさわる。とくに憤慨しない。それからは、陰毛のへりにふれることがルーティンになる。いったん克ちとった陣地は、奪い返されないから。しかし、さらに下方へ進む指は決して許されない。こちらを傷つけぬ、明快な優しさの拒否。地形を推量するように、範囲が確定されている。》





《抱きあって、ソファに横になる。パンタロンの下に潜り込んだ手が、パンティにそってというより、視覚的なイメージとしてハイレッグスの水着のへりを辿るように、骨盤の下辺から腿の付け根へと降りてゆく。ついに性器にふれてしまえば、決然と拒まれるだろう。やりなおしはできなくなるかも知れない。注意深く、錘りが腿の外側へ指をつねに方向づけているように。しかもその指のゆっくりした進展に切実なエロティシズムをあじわいながら。性的なオスの能動性は、ただキスのみに、またスボンごしに娘の腿にふれているペニスのたかぶりにのみ生きている。いつまでも、そのままキスしている。》

《……腿の付け根にそって辿ってゆく指が、下着のへりの進路からいつか迷ってしまう。激しく下肢をこすりつけあっていた間に、娘のおシャレした薄い下着がよじれたのだろう。ためらいながら、すでに許されているコースに戻ろうとして、人さし指の腹が、ぼってりと厚みのあるところに乗る。その皮膚の端が濡れているのを感じる。指の腹は陰毛のへりでさわっていた柔毛とは別の、たくましく縮れた太い毛を押さえる。娘は断乎腹をよじって、指のみならず掌全体を、腿の外へと追いやる。

――規則を、約束を破ってはいけない、と勇気にみちた声がいう。いま娘の性器は濡れて、外縁に溢れてさえいたと、発見の喜びが鼓動になって搏つ。キスだけのエロスが、強靭な、全身的なものに変っている。》




《……一度だけ、パンタロンを脱ごうという合意ができる。ベッドに横になってのことで、はずみにパンティも剥ぎとられた。性器は見ないが、臍のまわりの、丸く薄い餅(ピン)のような脂肪と、やはり真丸な陰毛が見える。身体を重ねあわせてをみよう、窮屈そうだから太いものをーー今日はとくにフトいーー腿の間にいれてもいい、と娘はいう。経験がある者のように(あるいは経験がないゆえにか)娘は膝を高くかかげさえしたが、ペニスは挿入されない。娘の掌に射精することを許されたが、彼女の言葉を使うならそれはセックス以上だが、セックスではなかった。これまでで最高に気持がいいのに、イカなかった、と後から娘はいっていた。そのすべてをふくめて、思いだすと生涯で一、二のエロティックな経験だった。》(大江健三郎『取り替え子』)


……「肝心のとこがもう一つけけん。そやけどよく唸りはる女や」

スブやん、情けなく溜息をつけば、伴的はなぐさめるように、「京都の染物屋の二号はんや、週に二へんくらい旦つく来よんねん、丁度この二階やろ、始ったら天井ギイギイいうよってすぐわかるわ、もうええ年したおっさんやけど、達者なもんやで」

ちょいまち、とズブやん大形に手を上げ伴的をとめる、女がしゃべったのだ。

ーーあんた、御飯食べていくやろ、味噌汁つくろか。

男はモゾモゾと応え、ききとれぬ。と、突拍子もない声がズブやんの鼓膜にとびこんできた。

ーーお豆腐屋さん! うっとこもらうよオ。

男再び何事かしゃべり、女おかしそうに笑う。やがてドタドタとアパートの階段を乱暴にかけ上る音。ドアのノック、咳ばらい。

ーーそこに置いといて頂戴、入れもんとお金は夕方に一緒でええやろ、すまんなア。

しば静寂の後、再び床板きしみ女は唸り、ズブやんあっけにとられるのを、伴的ひと膝にじりよって、「やっとる最中に飯のお菜たのみよったんや、ええ面の皮やで豆腐屋も」(野坂昭如『エロ事師たち』)

豆腐屋が売る「うっとこ」とはなんぞや、ーーと頭をしばし捻りしが、ちょいと調べてみれば、関西方言の「私のところ、私の家」のことか、さてまたうっとこ手桶なる料理もありしなり。

「関西のお人は、なんしか、うちの派生の『うっとこ』もあての派生の『あっとこ』も使うてはるようなおぼろげな記憶がありますえ。」(京都弁!?

どうやら豆腐をほとの桶におさめて「やっとこ」を挿入し賞味する奇種のワカメ酒や女体盛りのたぐいではなし。然れども接木のさなかの豆腐とは人生の哀歓ひどく味わい深しかな。

《この小径は地獄へゆく昔の道 /プロセルピナを生垣の割目からみる/偉大なたかまるしりをつき出して /接木している》(西脇順三郎)


上になり下になりせっせと励む男など蜂か風のごときもの、ああ偉大なる女よとの感慨を催さざるべからず。《女は男の種を宿すといふが/それは神話だ/男なんざ光線とかいふもんだ/蜂か風みたいなものだ》(西脇)


当地はまだ豆腐の引き売り存続す。豆腐はおなじ漢字起源でトーフーなり。ラッパの音色や抑揚も日本と同じ。鳥語とともに早朝の楽しみなりし。女の声音は日本より一オクターヴ低しこと多しが最近はとんとご無沙汰なり。






ワカメ酒も日本酒ではなく米焼酎では味わいすこぶる劣るなり。

《舌をきられたプロクネ/口つぼむ女神に/鶏頭の酒を/真珠のコップへ/つげ/いけツバメの奴/野ばらのコップへ。/角笛のように/髪をとがらせる/女へ/生垣が/終わるまで》(西脇順三郎「第三の神話」)

ああいまではことごとく人生のTristis post Coitum(性交後の悲しみ)の如しで淋しきかな。

原始的淋しさは存在という情念から来る。
Tristis post Coitumの類で原始的だ。
孤独、絶望、は根本的なパンセだ。
生命の根本的情念である。
またこれは美の情念でもある。
                                    
――西脇順三郎『梨の女「詩の幽玄」』より