このブログを検索

2013年6月30日日曜日

内田光子のバッハ




旅先の殺風景な狭いホテルの一室で朝、イヤフォンでモーツアルトを聴いている。曲は選べないが、このAbacus.fmのMozart Pianoというサイトはここのところ、ずっと内田光子の演奏を流している。グレン・グールドのモーツアルトも好きだが、内田光子を聴いたらグールドが野暮ったく思えてきた。美には冷静で強い透明な意志が必要だと思わせる演奏だ。

ウェブでiTunesの〈ラジオ〉や、〈naxos〉からのダウンロードでクラシックを聴いていると、これまで知らなかった曲、知らなかった演奏に出会える。技術の進歩をありがたく思うけれど、ゼンマイの蓄音機で音楽を聴き始めた後期高齢者には、どこかに何かを保留したいもどかしい思いも残るのだ。内田光子を聴いている最中は、そんなことはすっかり忘れているのだが。

Abacus.fmをサポートしたいと思ったが、ひどいジングルで演奏を中断したりするから、やめた。 (俊)  谷川俊太郎.com










もっとも内田光子のいくつかのモーツァルトは、次のような印象を与えるときもあるだろう(たとえば、K.545 2nd 。これは過剰の抒情だ)。

私は内田光子のピアノに感心したことがかつて一度もなかった。彼女の得意とするモーツァルトにしても、フレーズのひとつひとつに過剰な意味や感情を付与しようとするその演奏は、ほとんど非人間的な速度で疾走するモーツァルトの音楽を「人間的な、あまりに人間的な」圏域に引き戻してしまうものと思われた。…(浅田彰「内田光子のシェーンベルク」

…………


たとえば、完璧主義者といわれたミケランジェリ。
… ピアノを愛するというなら、そのためには、別の時代からやってきて、つねに完了形で語っているようなアルトゥーロ・べネデツティ=ミケランジェリのピアノがあるだろう。あるいはまた近年のリヒテルのようにある種の期待が告げられるようなピアノがある。期待、すなわち近頃リヒテルが登場すると、一緒にそこにあらわれるあの未来のノスタルジーだ(ドアはそのときひとりでにひらき、そこにあるのがわからなかった部屋が見える。)しかしながら現在形で演奏するグールドの姿は決定的な光をもたらし、無垢あるいは天使という使い古された語を唇にのぼらせる。(『グレン・グールド 孤独のアリア』 ミシェル・シュネデール 千葉文夫訳)


だが、

Recording: Turin (Italy) - RAI Studios, August 13, 1962
Filmed in Paris, broadcast 5. January 1965 

それぞれ、なんという相違だろう。音楽をやっているのだから、彼らも、完璧さの追求よりも、歌がうたいたいのだ。一回限りであれば、しかもアンコールであるならば、是非③の演奏にめぐりあいたいと願うし、しかしながら何度も聴くには、わたくしの場合、②を選ぶことになる(いやそれだって断言できない、どうして①を捨て去ることができるというのか、長く愛聴したミケランジェリのプレリュード演奏のいくつかと同じ音が鳴っているというのに)。内田光子の演奏も、演奏会でめぐり合った場合、その過剰な感情の表出を拒む自信はない。《諸君は自分が何を望んでいるか実際に知っているか?……》

ステージで演奏中に心臓発作で倒れた後、ミケランジェリのピアノが変わった。完璧さを追求するよりも、音楽の流れ、音楽の内容そのものを重視するようになった。(コード・ガーベン 『ミケランジェリ ある天才との綱渡り』

諸君の朝は、事物の上に夕暮れとは違った輝き方をしてはいないか?
諸君は自分が何を望んでいるか実際に知っているか? ――自分たちは真であるものを認識するには全く役に立たないかもしれない。この不安が諸君を苦しめたことはないか? 自分たちの感覚はあまりにも鈍く、自分たちは敏感に見ることさえやはりあまりにも粗っぽすぎるという不安が? 自分たちが見ることの背後に昨日は他人よりも一層多くを見ようとしたり、今日は他人とは違ったように見ようとしたり、あるいは諸君がはじめから、人々が以前に見つけたと誤認したものとの一致あるいは反対を見出そうと渇望していることに、気づくとすれば! おお、恥辱に値する欲望! 諸君はまさに疲れているためにーーしばしば効果の強いものを、しばしば鎮静させるものを探すことに、気づくとすれば! 真理とは、諸君が、ほかならぬ諸君がそれを受け入れるような性質のものでなければならないという、完全で秘密な宿命がいつもある! あるいは諸君は、諸君が冬の明るい朝のように凍って乾き、心に掛かる何ものも持っていない今日は、一層よい目を持っていると考えるのか? 熱と熱狂とが、思考の産物に正しさを調えてやるのに必要ではないか? ――そしてこれこそ見るということである! あたかも諸君は、人間との交際とは異なった交際を、一般に思考の産物とすることができるかのようである! この交際の中には、等しい道徳や、等しい尊敬や、等しい底意や、等しい弛緩や、等しい恐怖感やーー諸君の愛すべき自我と憎むべき自我との全体がある! 諸君の肉体的な疲労は、諸事物にくすんだ色を与える。諸君の病熱は、それらを怪物にする! 諸君の朝は、事物の上に夕暮れとは違った輝き方をしてはいないか? 諸君はあらゆる認識の洞窟の中で、諸君自身の幽霊を、諸君に対して真理が変装した蜘蛛の巣として再発見することをおそれてはいないか? 諸君がそのように無思慮に共演したいと思うのは、恐ろしい喜劇ではないのか? ――ニーチェ曙光(539番)






2013年6月29日土曜日

「人間的主観性のパラドックス」覚書

「人間的主観性のパラドックスーー世界に対する主観であると同時に世界のうちにある客観であること」をめぐる覚書。

けっきょくのところ、われわれに確信を与えているものは、確かな認識であるよりもむしろはるかにより多く習慣であり先例であること、しかもそれにもかかわらず少し発見しにく真理については、それらの発見者が一国民の全体であるよりもただ一人の人であるということのほうがはるかに真実らしく思われるのだから、そういう真理にとっては賛成者の数の多いことはなんら有効な証明ではないのだ、ということを知った。(デカルト『方法序説』)

人びとが確実だと思っている真理が、彼らの共同体の「先例と慣習」、すなわち共通の規則やパラダイムに従っているにすぎないというこのデカルトの認識――それは、たとえば美をめぐってカントが次のように書いているのをみた。

経験的条件のもとでは、形態の美に関して黒人と白人とはそれぞれ異なる標準的理念をもつに違いないし、またシナ人はヨーロッパ人と異なる標準的理念をもつに違いない。そして美しい馬や美しい犬(それぞれ異なる種属の)の模範についても、事情はまったくこれと同様であろう。美のかかる標準的理念は、経験から得られて一定の規則と見なされるような比例に基づくものではない、むしろこの理念に従って初めて判定の規則が可能になるのである。(カント『判断力批判』篠田英雄訳――「「美しい」といふ事」より)。

つまるところ、時代の、文化の「美しさ」という標準的理念から与えられる規則(カノン)があって、対象は「美しい」のであり、「美」は対象の性質ではないということになる(たとえば、日本では梅よりも桜の花が圧倒的に好まれるが、香り高い梅をもてはやす中国文化の影響があった過去に遡れば、「万葉集」の題材においては、梅約140首、桜約40首であり(もっとも多いのは萩らしい)、しかし「古今集」では桜約100首、梅約20首となり、ある時期から、国風化などの影響で規範が変化したようだ)。



この共同体による「先例と慣例」によるまなざしの汚染をめぐっては、蓮實重彦のいささか衒学的な表現、《解釈される風景による解釈をすでに蒙った解釈される視線》も、上のデカルトやカントの変奏である(われわれは、桜のほうが梅よりも美しいとする解釈を蒙った視線により風景を眺めている)。

……だが、解釈される風景と解釈する視線という抽象的な対応性を超えて、解釈する視線が解釈される風景による解釈をすでに蒙った解釈される視線でしかなく、つまり視線が世界の物語を語る話者である以前にそれじたいが物語の説話論的要素として風景の一部に分節化されてしまっており、したがって視線が分節化する風景の物語は風景が分節化する視線の物語にそれと知らずに汚染しているということ、しかもその事実によって視線同士がた がいに確認しあう風景の解釈は、遂に風景が語る物語を超えることがないという視点は、なにも科学史という「知」の一領域に限らず、こんにち、「文化」と呼ばれる「制度」のあらゆる領域で問題とされているごく退屈な議論にすぎないことは誰もが知っている。(蓮實重彦「風景を超えて」『表層批判宣言』所収――「観念の万能」と「腰の奥の力の圧力抜き」より)

ここで蓮實重彦が退屈な議論として読み手を挑発している裏には、パラダイムや制度を得意になって語ること自体、現在に続くかもしれない当時の「パラダイム」であるにもかかわらず、《あたかも彼は自分自身が世界の物語による分節をまぬがれ、風景の汚染に抗いうるとでも信じているかにみえる制度的楽天性》が跳梁跋扈しているのを諌める意味合いがある。


さて前にもいったように、実生活にとっては、きわめて不確実とわかっている意見にでも、それが疑いえぬものであるかのように従うことが、ときとして必要であると、私はずっと前から気づいていた。しかしながら、いまや私はただ真理の探求のみにとりかかろうと望んでいるのであるから、まったく反対のことをすべきである、と考えた。ほんのわずかの疑いでもかけうるものはすべて、絶対に偽なるものとして投げすて、そうしたうえで、まったく疑いえぬ何ものかが、私 の信念のうちに残らぬかどうか、を見ることにすべきである、と考えた。(……)

私は、それまでに私の精神に入りきたったすべてのものは、私の夢の幻想と同様に、真ならぬものである、と仮想しようと決心した。

しかしながら、そうするとただちに、私は気づいた、私がこのよう に、すべては偽である、と考えている間も、そう考えている私は、必然的に何ものかでなければならぬ、と。そして「私は考える、ゆえに私はある」je pense, donc je suis.というこの真理は、懐疑論者のどのような法外な想定によってもゆり動かしえぬほど、堅固な確実なものであることを、私は認めたから、私はこの真理を、私の求めていた哲学の第一原理として、もはや安心して受け入れることができる、と判断した。(デカルト『方法序説』野田又夫訳)

毀誉褒貶の多いデカルトの「我思う、ゆえに我あり」 ego cogito, ergo sumであるが、たとえばラカンなら『同一化セミネール』でこう言う、《デカルトの命題を扱うといっても、デカルトを乗り越えるということが重要なのではない。彼はひとつの袋小路に陥ったのであるが、それと同時にその基盤を示してくれた。(……)「我思う。ゆえに我あり」はこの凝縮された表現をもって一般的に使われるようになった。それはマラルメがどこかでほのめかしている、使い古されて表面が磨り減ってしまっている硬貨のようになっている記号のようである。それをちょっと取り上げ、その記号の機能に磨きをかけ》てよみがえらせよう、と。ここでは、ラカンは、デカルトに戻って考えてみようとしているわけだ。


もちろん、次のように指摘することにはなるのだが。《「我思う」というのは、論理的には幾人かの論理学者を困らした「私は嘘をつく」以上に確固としたものではない》やら、《「我思う」は、「私は考えていると思っている」と捉えることができる、そしてそれは、「彼女は私を愛していると私は思う」以外の何ものでもない》云々。


ところでフッサールは、デカルトの袋小路をこのように整理した。

世界の中へはいって自然的な仕方で経験したり、その他の何らかの仕方で生きている自我を、世界に関心をもつ自我と呼ぶことにすると、現象学的に変更された見方をとり、しかもそのような見方をたえず固持している態度の特質は、その態度においては自己分裂が起こっており、世界に素朴な関心をもつ自我の上に現象学的自我が、世界に関心をもたない傍観者として位置していることにある(……)。しかし、そのような自我分裂が起こっていること自体は、ある新しい反省によってとらえられるのであり、この反省は、超越論的反省として、その自我分裂に対しても、まさにあの関心をもたない傍観者の態度をとることを要求する。もっとも、関心を持たない傍観者である自我には、その自我分裂を観察して、それを十全に記述するという唯一の関心だけは残されている。(フッサール『デカルト的省察』)

柄谷行人は『トランスクリティーク』で、この文を次のように説明する。

《ここで、フッサールは、心理的自我と現象学的(超越論的)自我を分けているだけでなく、その「自我分裂」自体をさらに「傍観者として」見ている自我を指摘している。

(……)正確にいえば、経験論的自我と、それを超越論的に還元しようとする自我と、それによって超越論的に見出された自我があるというべきなのである。フッサールは、ここで、デカルトが混同した「私は疑う」と「私は考える」の区別、いいかえれば、超越論的還元を行う私(疑う私)と、そのような還元によって見出される超越論的主観の区別を取り戻している。》(『トランスクリティーク』p136

……しかし、《この区別は、フッサールにある深刻なパラドックスをもたらす。世界は超越論的自我によって構成されるが、すべてを疑おうとすることの私は世界に属している》、として次の文が引用される。

しかしまさにこの点に困難がある。あらゆる客観性、すなわちおよそ存在するあらゆるものがそこに解消される普遍的相互主観性が人間性以外の何ものでもないことは明らかである。この人間性は疑いもなく、それ自体世界の部分的要素である。世界の部分的要素である人間的主観性が、いかにして全世界を構成することになるのであるか。すなわち、みずからの志向的形成体として全世界を構成することになるのであるか。世界は、志向的に能作しつつある主観性の普遍的結合の、すでに生成し終え、またたえず生成しつつある形成体なのであるが、そのさい、相互に能作しつつある主観そのものが、単に全体的能作の部分的形成体であったよいものであろうか。

そうなれば、世界の構成部分である主観が、いわば全世界を吞み込むことになるし、それとともに自己自身をも吞み込むことになってしまう。何という背理であろうか。(フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』)


この後、柄谷行人は、フッサールの他者を「自我の変様態」以上のものではない、フッサールが構成する他者は真に他者的ではない、としつつ自らの他者論を展開するのだが、それはここでは割愛して、カントのアンチノミーが語られる。

フッサールが指摘したパラドックスは、カントがアンチノミーとして述べたことにすぎない。われわれは世界全体を把握するが、その時、われわれはその世界の中にある。それは逆にいってもいい。われわれが世界の中にしかないというとき、われわれは世界のメタレベルに立っている、と。しかし、このような議論は少しも新しくない。フッサールはその問題に最後に遭遇したが、最初に出会うべきだったのである。つまり、「他なるもの」は、最後に出会うものではなく、超越論的批判そのものをそもそも動機づけているものなのだ。フッサールの現象学は究極的に独我論的であり、そこからの出口はない。P139

………


われわれは世界全体を把握するが、その時、われわれはその世界の中にある。それは逆にいってもいい。われわれが世界の中にしかないというとき、われわれは世界のメタレベルに立っている



この後半の文に関連するものとして、ラカンの「けっして真理を語ることはできない」、――そのことを「真理」として語ってしまうとか、ロラン・バルトの「作者は死んだ」を、作者として説明してしまう「評論家」などがいるだろう。


前半の文、《われわれは世界全体を把握するが、その時、われわれはその世界の中にある》はどうか。ーー《絵はたしかに私の目の中にあります。しかし、わたしはといえばその絵の中にいます。》(ラカン『精神分析の四基本概念』)ーーこう並べてみればひどく似ている。


もちろん、この文は、柄谷行人の書く意味とは異なり、「しみ=<対象a」に係る。つまり若かりしラカンの有名なサーディン缶の逸話であるが、いまは、この<対象a>の文脈を脇にやる。


そうして、「風景はわたしの目の中にあります。しかし、わたしはといえばその風景の中にいます」とすれば、たちまち、蓮實重彦の「解釈する視線が解釈される風景による解釈をすでに蒙った解釈される視線でしかな(い)》と並べてみることができる。


観察主体は、観察対象のなかにつねに含まれている。純粋な対象などというものはない。対象は「染み=<対象a」として、あるいは、「共通の規範=大文字の他者」の視線として、観察主体を見つめ返している。われわれは「風景によって解釈を蒙った解釈される視線」で、梅ではなく桜を愛でる。

※対象aの視線が見つめ返すという場合には、たとえば、観察主体の心的外傷性記憶や、幼少期の記憶が、対象に書き込まれている場合などがあるだろう。(参照:ベルト付きの靴と首飾り

ーー以上、大文字の他者の視線、対象aの視線をめぐっては、以下のジジェクの文にヒントを得て書いている(もっともジジェクの叙述はbut the picture is not mineと書かれているように異なった文脈である)。

Recall Lacan's formula: “The picture is in my eye, but I am in the picture.” If, in the common subjectivist perspectival view, every picture is mine, “in my eye,” while I am not (and by definition cannot be) in the picture, the mystical experience inverts this relation: I am in the picture that I see, but the picture is not mine, “in my eye.” This is how Lacan's formula of the male version of the mystical experience should be read: it identifies my gaze with the gaze of the big Other, for in it I see myself directly through the eyes of the big Other. This reliance on the big Other makes the male version of the mystical experience false, in contrast to the feminine version in which the subject identifies her gaze with the small other.("LESS  THAN NOTHING")



もちろん、対象の視線がわれわれを見つめ返すなどといわずに、ドゥルーズ=ベルグソン流の考え方を思い起してもよい。伝統的な哲学にとっての、光は精神の側にあり、意識は、さまざまな事物をそれらが本来住んでいる暗闇からひき出してくる光の束である、という考え方に対して、ドゥルーズ=ベルグソンは、事物というのはどんな光によって照らされているわけではなく、すでにそれじたいが光なのであり、意識は、この光を屈折させ、停止させ、遮断するもの、言わば光にとっての障害物であるという考え方。(参照:ドゥルーズによるベルクソンのイマージュ論概説をめぐって

 この対象の光を屈折させ遮断する意識に媒介された視線によって、われわれは対象を眺めている。


これらは結局、カントが、「対象」は人間の感性の形式や悟性のカテゴリーによって構成されていると言ったことの変奏だろう(<対象a>のまなざしを除いて)。そしてさらに遡れば、冒頭のデカルトの、われわれの思考が言語と文法と習慣によって決定されているとすることの言い換えである。それは、現在なら、われわれの思考、意識や視線が、制度とかシステム、パラダイム、エピステーメによって支配されているという言い方がされるだけで、ことさら目新しい議論ではない。蓮實重彦が、《…「文化」と呼ばれる「制度」のあらゆる領域で問題とされているごく退屈な議論にすぎないことは誰もが知っている》としているのはそういった意味合いもある。


たまたま、少し前、twitterでの保坂和志botで次の文に行き当たったが、このような捏造された疑問符で語らなくても、 それはデカルト以来の「退屈な議論」ではあるのだが、最近は「アニミズムの時代の復活」(岡崎乾二郎)、土人の時代、つまり穏やかに言えば、人々が日々関心を持つ世界が狭くなった「新タテ社会」であるならば、ときにこのようにして啓蒙的に語る必要があるのだろう、--《見えるもの(現実の世界)をそのまま描く(書く)、というときの「そのまま」とはどういうことなのか?「そのまま」と思い込んでいること自体が自分が育った文化という檻によって作られた、バイアスのかかった見え方でしかないのではないか?》


従来、科学とは、その方法を、徹底的に対象化したモノに対して適用するものだとされた(徹底的能動者である観測主体と徹底的受動者である観測対象の関係)。だが、《クーンらに代表される近年の科学史家は、観察そのものが「理論」に依拠していること、理論の優劣をはかる客観的基準としての「純粋無垢なデータ」は存在しないことを主張する。すなわち、経験的データが理論の真理性を保証しているのではなく、逆に経験的データこそ一つの「理論」の下で、すなわち認識論的パラダイムの下で見出される。》(柄谷行人『隠喩としての建築』p60)――簡単にいえば、仮説が経験的的データを呼び集めるのだ。



最近では、アフォーダンス的な捉え方、つまり対象が差し出す(アフォードする)情報によって導かれる(観測主体は観測対象に導かれ「教えられて」はじめて何ごとかをなしうる)という考えもあるのだろう。


ーーーというわけで、この文も退屈な復習にすぎないことは、「誰でも知っている」はずのことだ。だが、《その無自覚を基盤としておのれを「制度」に仕たてあげる「文化」の便利な健忘症的資質について、人はいつまで顔をそむけていることができるのか。》

皺だの歪みだの亀裂だの、あるいは毛羽立ちでも引掻き傷といったものでもよかろうが、とにかく自分は平坦でありたいとのみ願うものの相貌を荒々しく乱しにかかる悪意の介入を斥け、盛りあがり、窪み落ち、また穿たれることへの潜在的欲望をもみずからに禁じながら、ひたすら寡黙にその均質で滑らかな表情を人目にさらしつづけ、しかもその謙虚さが熱のこもった視線をいささかもつなぎとめない表層に単調な平坦さのみを露呈することで「文化」に貢献していながら、かえって「文化」の側からのあからさまな無視、蔑視を耐えるしかないものたちの自己犠牲とでもいうべきものをめぐって、「文化」がいまなお無自覚であるという事実、というかその無自覚を基盤としておのれを「制度」に仕たてあげる「文化」の便利な健忘症的資質について、人はいつまで顔をそむけていることができるのか。起伏と陰翳にとぼしく、隆起と陥没とが風景に彩りをそえることのない表層を人目にさらすことで不当に貶められるもの、それは、いま、この瞬間に言葉がその表面に刻みつけられつつある「紙」、それを程よい高さで支えつつ視線を調節する「机」、筆を滑らせつつあるものが外気にこごえることから救っている「壁」、乾燥と湿気とを調節しつつ足を保護している「床」といったものだが、さらには、その同じ瞬間に、別の場所で匿名の足によって踏みかためられつつある「大地」、あるいはその特権的形態としての「道路」などをそれに加えてもよかろうが、こうした平板でのっぺらぼうな顔たちの群に向って、「生活」が投げかける邪悪なる侮蔑の念というか、ほとんどの場合は無関心と呼ぶべきであろうものは、奇妙にも、日常生活の圏域から知的反省の次元にまで均等に流れだしており、だから「文化」が「制度」としての不可視の体系性を強固なものとするのは、意図的な構造化の試みというより、経験的な知と反省的な知との曖昧な妥協ぶりによってなのだ。(蓮實重彦「表層の回帰と「作品」」『表層批評宣言』所収)

この文は、文化という「制度」によって、人は身近にあるものが見えなくなっているだけでなく、そのパラダイムが、われわれの思考全般を囚えていることを語っているのであり、たとえば、この文のすこし先で、蓮實重彦はこのようにも書く、《平坦さがあたりに波及させるあの単調さの印象、そこからくる廃棄された運動感、視線の凪ともいうべき静止の雰囲気が、人びとを平坦なる表層への無視、軽蔑からさらにはその陵辱へと向わせる過程が、日常的な思考と「学問」を自称する思考とに共通な構造を露呈しているという事実こそが、きわめて重要なのだ。》

そしてこんな例が挙げられる、《ミシェル・フーコーはその第一回目の日本滞在中のある講演で、一九世紀初頭のヨーロッパ的食物摂取の形態が蒙った不可逆的な大変動として、民衆による蛋白質消費量の急激な増大という事実を挙げ、伝統的な「歴史」学がかえりみることもなかったこうした「事件」を視界におさめえぬ限り、あらゆる「人間」への言及は抽象的知識に陥るほかないという意味のことを述べている……》

もっともこう引用したからといって、ここでまた桜と梅の話を蒸しかえして、日本の春の花樹として、ひたすら盛りあがった表情を人目にさらすのが「桜」であり、視線の凪、「ひたすら寡黙にその均質で謙虚さが熱のこもった視線をいささかもつなぎとめない」ものが「梅」というのは当らず、梅は風景のなかで桜ほどでなくても、それなりに「盛りあがっている」には相違ない。


……とまで書けば、京都で梅園と菖蒲園のあるやしろ、由緒正しいにもかかわらず、観光名所にはなり切っていないひっそりした小さな神社のそばに住んだことがあって(歩いて五分ほど、路地を抜けたら酒の神様でもあるその神社であり、散歩や煙草を買いにいくついでに、酒蔵からの豊富な奉納のお零れであるただ酒を枡で一杯きゅっと呑むのがおもな目当てであったのだが…神社の名は、梅の名を冠しており…つまりそれいらい、梅の対象aがわたくしを見つめるのだ…)、桜よりも格段に梅好きになり、あるいはもともとへそまがりで共同体の規範を敬遠する身であるので、ここでこの文の表題とは「関係がない」文を引用しておこう。









去年の春、わたくしは物買いに出た道すがら、偶然茅葺屋根の軒端のきばに梅の花の咲いていたのを見て、覚えず立ちどまり、花のみならず枝や幹の形をも眺めやったのである。東京の人が梅見という事を忘れなかったむかしの世のさまがつくづく思い返された故である。それは今にして思返すと全く遠い昔の事である。明治の末、わたくしが西洋から帰って来た頃には梅花は既に世人の興をくべき力がなかった。向嶋むこうじま百花園ひゃっかえんなどへ行っても梅は大方枯れていた。向嶋のみならず、新宿、角筈つのはず池上いけがみ小向井こむかいなどにあった梅園も皆とざされ、その中には瓦斯ガスタンクになっていた処もあった。樹木にも定った年齢があるらしく、明治の末から大正へかけて、市中の神社仏閣の境内にあった梅も、大抵枯れ尽したまま、若木を栽培する処はなかった。梅花を見て春の来たのを喜ぶ習慣は年と共に都会の人から失われていたのである。(……)

わたくしは梅花を見る時、林をなしたひろい眺めよりも、むしろ農家の井戸や垣のほとりに、他の樹木の間から一株二株はなればなれに立っている樹の姿と、その花の点々として咲きかけたのを喜ぶのである。いわゆる竹外の一枝斜なる姿を喜び見るのである。(永井荷風『葛飾土産』)

そう、並木や林としてかたまって眺めるのは、桜のほうがよいのかもしれない。桜樹の枝からやや離れてつける花は風に繊細に靡いて漂い舞い、あるいはその花叢の白い棚を空中にかさねて張り出したようなさまは、遠目に繊細で好ましい。だが一株の梅樹の姿、そのぼってりした蕾や花弁のまろやかなさま、たおやかな香、まだ寒いなか春の先駆けとしてつつましく蕾を綻ばす様子は、かつて自分の家の庭木のようにして散歩がてら眺めていた身には、いっそう親しい。


……「桜切るバカ、梅切らぬバカ」は植木育ての初歩中の初歩である。枝を切ると桜は弱るのである。しかし、桜の木を庭のまん中に植えるとどうなるだろうか。

地下水の潤沢な庭でさえあれば、桜は庭いっぱいに枝をひろげる。

そして、ひろげるだけならまだしも、その覆いかぶさる枝の傘の下には一木一草も生えない。それは桜の木が毒ガスを出して、他の植物を枯らすからだそうである。

この、わずかに苔だけが生える樹の下の暗い地表は、桜の実の腐りつぶれた残骸とおびただしい毛虫が被い尽くして、人が嫌い寄りつかない場所となってしまう。ただ、花見どきは、人が集まって下で無礼講を開く、それだけである。

切るといじける。だからといって、切らないでいると、どこまでも枝を伸ばし、そればかりか毒ガスを出して草一本生えなくし、誰にも嫌われる廃棄物だけをふんだんに降らせるーー、これも桜の一面である。

桜をめでるあまり、もともとあるべき山あいから移して、ちやほやしたのは、桜みずからのせいではなかったであろう。庭のまん中に生えてしまったのも桜の責任ではないかもしれない。隅っこに置けば、それは来る年ごとに道行く人にめでられる花になっただろう。しかし、庭の中央では傍若無人なのが桜である。しかも、いじめるとあわれっぽくいじける。

桜が、「放っておくと図に乗って縄張りをひろげ、その傘の下にあるものを枯らし、汚いものを降らせ、さりとて伸びるのを阻むといじけて哀れっぽく特殊事情を訴える」という象徴にもなりかねないことを時々思い出す必要があるのかもしれない。(中井久夫「桜は何の象徴か」)







2013年6月28日金曜日

ヴァージニア・ウルフとサド

ヴァージニア・ウルフの私ひとりの部屋から始めよう

《女性は過去何世紀もの間、男性の姿を実物の二倍の大きさに映してみせるえも言われぬ魔力を備えた鏡の役目を果してきた。》

《文明社会における用途が何であろうと、鏡はすべての暴力的、英雄的行為には欠かせないものである。ナポレオンとムッソリーニがともに女性の劣等性をあれほど力説するのはそのためである。女性が劣っていないとすると、男性の姿は大きくならないからである。女性が男性からこうもたびたび必要とされるわけも、これである程度は納得がいく。また男性が女性の批判にあうとき、あれほど落ち着きを失うことも、あるいはまた、女性が男性にむかってこの本は良くないとか、この絵は迫力がないなどと言おうものなら、同じ批判を男性から受けるときとは段違いの絶えがたい苦痛を与え、激しい怒りをかきたてるわけも、これで納得がいく。》

《つまり、女性が真実を語り始めたら最後、鏡に映る男性の姿は小さくなり、人生への適応力が減少してしまうのである。もし男性が朝食の時と夕食の時に、実物よりは少なくとも二倍は大きい自分の姿を見ることができないなら、どうやって今後とも判決を下したり、未開人を教化したり、法律を制定したり、書物を著したり、盛装して宴会におもむき、席上で熱弁をふるうなどということができようか?そんなことを私は、パンを小さくちぎり、コーヒーをかきまわし、往来する人々を見ながら考えていた。》

《 鏡に映る幻影は活力を充たし、神経系統に刺激を与えてくれるのだから、きわめて重要である。男性からこれを取り除いてみよ、彼は、コカインを奪われた麻薬常用者よろしく、生命を落としかねない。この幻影の魔力のおかげで、と私は窓の外を見やりながら考えた、人類の半数は胸を張り、大股で仕事におもむこうとしているのである。ああいう人たちは毎朝幻影の快い光線に包まれて帽子をかぶり、コートを着るのだ。》


《女性が真実を語り始めたら最後、鏡に映る男性の姿は小さくなり、人生への適応力が減少してしまう》…そうさ、二〇世紀中葉から、漸く女たちが真理を語り始めた…偉大なる先駆者の尻馬に乗ったてかまいはしない…「真理」だと? そんなものはない、わかってるさ…ではなんていったらいいのかい? またしてもニーチェやラカンかい? もうとっくのむかしに耳にタコができたさ…

《真理が女である、と仮定すれば-、どうであろうか。すべての哲学者は、彼らが独断家であったかぎり、女たちを理解することにかけては拙かったのではないか、という疑念はもっともなことではあるまいか。》(『善悪の彼岸』)

《真理は乙女である。真理はすべての乙女のように本質的に迷えるものである。》(『同一化』セミネール)


限りなくサドを遠巻きにしてサドの隠れた親戚みたいな偉大なウルフ、初潮の狼…《うしろむきの夫/大食の父親/初潮の娘はすさまじい狼の足を見せ/庭のくろいひまわりの実の粒のなかに/肉体の処女の痛みを注ぐ》(吉岡実「聖家族」)

そもそも女というものは、自然がわれわれ男の必要と快楽を満足させるために与えた家畜ではないかね? われわれの家畜飼育場の牝鶏より以上に、彼女たちがわれわれの尊敬を受けねばならぬという、どんな権利があるのだね? この二つのあいだに見られる唯一の違いは、家畜というものが従順なおとなしい性格によって、なんらかの意味でわれわれの寛容なあしらいを受けるに値するのに対し、女は許術、悪意、裏切り、不実といった永遠に根治しない性質によって、過酷と乱暴なあしらいしか受けるに値しない、ということではないかね?(サド『悪徳の栄え』)――「十六通りのさまざまな方法で、縛られた十六人の娘」を殺し、その死骸を昼食用に「料理」して食べる登場人物ロシア人ミンスキー曰く)

サドを誤読してはならない…サドはどんな性行動の基底にも実は殺人があるってことを明らかにしただけさ…そんなことはもう何度も復習されている…上品ぶった連中だけがいまだ気づかないだけだ…
イポリット)動物は交尾している時、死に委ねられています。しかし動物はそれを知りません。
ラカン)一方、人間はそれを知っています。それを知り、それを感じています。
イポリット)そのことは、人間こそ自らに死を与えるということにまで至ります。人間は他者を介して己れ自身の死を望みます。
ラカン)愛は自殺の一形態であるという点で私たちは完全に意見が一致しています。
(ジャック・ラカン『フロイトの技法論』上 岩波書店 242頁)

いま耳をすますのは別の声だ…さあ、耳をそばだててもう一度よく聞くがいい、聴診器なんかいらない…ウルフ、初潮の狼の声…最もささいな形容詞のなかでもそれがふつふつと沸き立っているのが聞こえてくる…


女の許術、悪意、裏切り、不実といった永遠に根治しない性質だって? 過酷と乱暴なあしらいしか受けるに値しないだって? いやアントニオーニのいうように「ひとりの女のうちにある不誠実は、けっして深くとがめられることではない」、――サドだってそんなことは重々承知している。

「これ以上はっきり申し上げられるでしょうか、マダム? 私の胸の裡をこれ以上はっきりお聞かせできるでしょうか? どうかお願いですから、私のおかれた状態を少しは憐れんでください! 恐ろしい状態なのです。そう申し上げることで私があなたを勝利者にしてしまうことくらい承知しています。しかしもうそんなことはかまいません。私はあまりにも不運なやりかたであなたのお心の平安を乱してしまったがために、マダム、私の犠牲であなたに勝利をご提供致すはめになったことを悔やむ気にすらなれないのです。あなたはご自分の力を尽くして、ひとりの人間が蒙りうる最高度の辱めと、絶望と、不幸とに私が見舞われるのをご覧になろうとしたわけですから、どうぞご享楽ください、マダム、さあどうぞ、なぜならあなたは目標を達せられたのですから。私はあえて申しますが、人生を私ほど重荷に感じている存在はこの世にひとりたりともおりません。 」(サド「1783 年 9 月 2 日付モントルイユ夫人宛書簡」)

ごらんの通り、女はつねに勝利する、マダム、マドモアゼル、どうぞご享楽ください!


気をつけるがいい…「父」にすっかり飼い馴らされてしまった女たちだっている…男に尻尾を振る女たち、男たちの家畜…「父」になろうとする女だっている…小説家のなかにさえ…偽のエディプス的女…ーー《「男性」に戦いをいどむ、と言っているのは、つねに手段、口実、戦術にすぎぬ。彼女らは、自分たちを「女そのもの」、「高級な女」、女の中の「理想主義者」に引き上げることによって、女の一般的な位階を引き下げようとしている存在だ。》(ニーチェ『この人を見よ』)

そんな女のいうことには耳を塞がねばならない…善意の女だってそうだ…退化した女…

それに、きみたち!…勘違いしてはいけない…女にヒステリーが多いというのは通り相場だが、あのヒステリーの女たちがウルフと同属だとは…あれは女でも「男性の論理」で動いているのだ…

ラカンの『主体の転覆』 のテクストにはこうある―― 「神経症者では (-Φ) はファンタスムの下に潜り込み、 自我に特有なイマジネーションを助長する。 なぜなら、神経症者はイマジネールな去勢を最初から被っており、それが彼の強い自我を支持しているのだ。この自我はあまりにも強いので、自分の固有名さえじゃまとなり、結局、神経症者とは名無しなのである」 。

ラカンのこのマテームは、そもそも男女の性別化を示す二つのマテームの内の男性を表わすものである。したがって、ヒステリーは女性であっても男性であっても、男性の論理のもとに行動するわけである。これはフロイトのエディプスの論理に相当するものであるから、結局、フロイトは男性の論理しか展開しなかったということになる。(向井雅明「ヒステリーの、ヒステリーのための、ヒステリーによる精神分析」――東京精神分析サークル

偉大なる女たちは「精神病的」なのだ…「女性の論理」…無限判断…境界を欠いた〈非-全体〉の体現者…(「否定判断」と「無限判断」--カントとラカン

《ラカンは精神病を「女性への衝迫[pousse a la femme]」とみなすという、今では有名となったフレーズを作りました。精神病は女性の領域にあるのです。神経症においては、 ヒステリーと強迫が区別され、 一般に女と男に関連付けられます。しかし、だからといってヒステリーの男性がいないと主張するのではありません。…(ミレール「ラカンの臨床パースペクティヴへの導入」 ーー「ひとりの女のうちにある不誠実は、けっして深くとがめられることではない」)

いや、だからといって「精神病親和型」の女が、ヒステリーにならないとも限らない…気をつけろ…ややこしいのだ…ラカンなんて読むもんじゃない…《病的ナルシシストをヒステリー化するには、その属性に還元できないような象徴的委託を押しつけさえすればいい。そうした対決はヒステリー的な疑問をもたらず。「どうして私は、あなたがこうだと言っているような私なのか」。》(ジジェク『斜めから見る』p195)

まあ、なんでもよい…ヒステリーからは逃げ出せ! 逃げたら追いかけろ! 「女のもとへ行くなら、鞭をたずさえることを忘れるな」(『ツァラトゥストラ』)…やめとけ、鞭なんて…かえってひどい目にあう、サドのように…勝利にするのは、いつも女たちだ…

《女が男の徳をもっているなら、逃げだすがよい。また、男の徳をもっていないなら、女自身が逃げだす》(ニーチェ『偶像の黄昏』「箴言と矢」28番)

女という女はわたしを愛するーーいまさらのことではない。もっとも、かたわになった女たち、子供を産む器官を失った例の「解放された女性群」は別だ。 ――幸いにしてわたしには、八つ裂きにされたいという気はない。完全な女は、愛する者を引き裂くのだ ……わたしは、そういう愛らしい狂乱女〔メナーデ〕たちを知っている ……ああ、なんという危険な、足音をたてない、地中にかくれ住む、小さな猛獣だろう! しかも実にかわいい! ……ひとりの小さな女であっても、復讐の一念に駆られると、運命そのものを突き倒しかねない。 ――女は男よりはるかに邪悪である、またはるかに利口だ。女に善意が認められるなら、それはすでに、女としての退化の現われの一つである …(『この人を見よ』)

ウルフのような女に感染しなければならない…わかっているだろうな

女性独自のエクリチュールについて意見を求められたとき、ヴァージニア・ウルフは「女性として」書くと考えただけで身の毛のよだつ思いだと答えている。それよりもむしろ、エクリチュールが女性への生成変化を産み出すこと、一つの社会的領野を隈なく貫いて浸透し、男性にも伝染して、男性を女性への生成変化に取り込むに足るだけの力をもった女性性の原子を産み出すことが必要なのだ。とても穏やかでありながら、厳しく、粘り強く、一徹で、屈服することのない微粒子。(ドゥルーズ&ガタリ『千のプラトー』)


《それに「好きだ」「嫌いだ」っていうのは、結局どういう意味なのか? 梨の木のそばに釘付けにされて立ち尽くしていると、二人の男性のさまざまな印象が降り掛かってきて、目まぐるしくかわる自分の思いを追いかけることが、速すぎる話を鉛筆で書き留めようとするのにも似た、無理な行為に思われてくる。しかもその「話し声」は紛れもない自分自身の声で、それが否定しがたく、長く尾を引くような、矛盾に満ちたことを次々と言い募るのを聞いていると、梨の木の皮の偶然の裂け目やこぶでさえ、どこか永遠不変の確乎としたもののように感じられた。》(ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』)


《そもそも肉体に宿る感情を、一体どうすれば言葉にすることができるといのだろうか? たとえばあそこの空虚さを、どうように表現すればいいのか?(リリーの眺める客間の踏み段は恐ろしく空虚に見えた。)あれを感じ取っているには身体であって、決して精神ではない。そう思うと、踏み段のむき出しの空虚感のもたらす身体感覚が、なお一層ひどくたえがたいものになった。》(ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』)



耳をかっぽじってよく聞くがいい …ウルフとサドの言葉…それはつねに女の問題なんだ、とどのつまり …人の語り合うことすべてが …女「なるもの」を伝えるため …問いのなかの問いから逃れるためだ

世界は女たちのものだ、いるのは女たちだけ、しかも彼女たちはずっと前からそれを知っていて、それを知らないとも言える、彼女たちにはほんとうにそれを知ることなどできはしない、彼女たちはそれを感じ、それを予感する、こいつはそんな風に組織されるのだ。男たちは? あぶく、偽の指導者たち、偽の僧侶たち、似たり寄ったりの思想家たち、虫けらども…一杯食わされた管理者たち…筋骨たくましいのは見かけ倒しで、エネルギーは代用され、委任される…(ソレルス『女たち』)


何度もくりかえして、ウルフの《女性は過去何世紀もの間、男性の姿を実物の二倍の大きさに映してみせるえも言われぬ魔力を備えた鏡の役目を果してきた》の文に耳をすましてみるがいい


幻想のスクリーンとしての<女>

不可能な<女>

<女>は存在しないla Femme n'existe pas

<対象a>としての<女>

The problem with woman is that it is not possible to formulate her empty idealsymbolic functionthis is what Lacan has in mind when he asserts that Woman does not exist. The impossible Woman is not a symbolic fiction, but again a fantasmatic specter whose support is objet a, not S1. zizek”LESS THAN NOTHING”)

<対象a>それ自体はごくありふれた日常的なものだ、だが些細な出来事で突然、一種のスクリーンとして、つまり主体が自分の欲望を支えている幻想を投射できるような空間として機能しはじめる。ーー《幻想とは不可能な視線のことである。幻想の「対象」は、幻想の光景そのもの、つまりその内容ではなく、それを目撃している不可能な視線である。》(ラカン)

ーーわかるか? 男の不可能な視線、それが<対象a>としての<女>のスクリーンに自らの姿を写しだす…最近の鏡は写りが悪い…曇って歪んでいる…だれのせいだ? だれのせいでもいい…そんなことはとっくの昔にわかってたのさ…男たち…あぶく、偽の指導者たち、偽の僧侶たち、似たり寄ったりの思想家たち、虫けらども…《女性が真実を語り始めたら最後、鏡に映る男性の姿は小さくなり、人生への適応力が減少してしまう》

《男性とは「自分が存在すると信じている女性である」。》( アレンカ・ジュパンチッチ『リアルの倫理―カントとラカン』)ーー男ども! 虫けら! はやく自分が存在しないとする「女性」に生成変化しろ! 初潮の狼の声に束の間耳をすましたらよいだけだ、《エクリチュールが女性への生成変化を産み出すこと、一つの社会的領野を隈なく貫いて浸透し、男性にも伝染して、男性を女性への生成変化に取り込むに足るだけの力をもった女性性の原子を産み出すことが必要なのだ。とても穏やかでありながら、厳しく、粘り強く、一徹で、屈服することのない微粒子。》


背筋をまっすぐにのばして
目を閉じると
風のにおいがする
まるで果実のような
ふくらみを持った風
そこには
ざらりとした果皮があり
果肉のぬめりがあり
種子のつぶだちがある
果肉が空中で砕けると
種子はやわらかな微粒子となって
男たちの腕にのめりこむ
穏やかでありながら
粘り強い微粒子
一徹で屈服することのない原子
そしてそのあとに
微かな痛みが残る


ーー微かな痛みでよい、まずはそれだけでも感じとれ
(ところで、この詩は剽窃だってことが分ってるだろうな、誰のだって?

女は存在しない。われわれはまさにこのことについて夢見るのです。女はシニフィアンの水準では見いだせないからこそ我々は女について幻想をし、女の絵を画き、賛美し、写真を取って複製し、その本質を探ろうとすることをやめないのです。いずれにせよ女性という存在についてそれに本質などあるかどうかは、普遍的愚行connerie universelle-愚行には常に一片の真理が含まれています-によって疑問とされることですが。このことは女性の価値を低めるものと見なされるかもしれません。しかし別の観点からすると、本質を持たないことは荷が軽いことにもなります。おそらくこれこそ女性を男性よりもはるかに興味深いものにするのでしょう。(ミレール“El Piropo”)

科学があるのでさえ<不可能な女>のせいだ…


《科学があるのは女性というものla femmeが存在しないからです。知はそれ自体他の性についての知の場にやってくるのです。》(ミレール「もう一人のラカン」)



耳をかっぽじってよく聞くがいい …もう一度だ…ラカン派なんてほうっておいてもいい…肝心なのは小説家だ…ウルフとサドの言葉だ…そこにニーチェの胡椒をふりかけて…それはつねに女の問題なんだ、とどのつまり …人の語り合うことすべてが …女「なるもの」を伝えるため …問いのなかの問いから逃れるためだ 大文字の他の性Autre sexs…男たちにとってだけでなく、女たちにとっても「大文字の他の性」は「女」なのだ…


哲学者だと? 思想家だと? 卑しいごますりどもめ あれら提灯持ち! 最近ではドゥルーズまで解釈学の餌食になっている、なんというテイタラク…ドゥルーズ殺し!-- 《彼らはこれまで真理を手に入れる際に、いつも恐るべき真面目さと不器用な厚かましさをもってしたが、これ こそは女っ子に取り入るには全く拙劣で下手くそな遣り口ではなかったか。女たちが籠洛されなかったのは確かなことだ。》(ニーチェ)

オレはもちろん読んでない、ドゥルーズ読み殺しの噂の本など…でもやつの文体をわずかでも掠め読んでみろ…「解釈学」だぜ、あれは…Meaning is an affair of hermeneutics(解釈学), Sense is an affair of interpretation(解釈)…前者が男性の論理、後者が女性の論理だ、《Meaning belongs to the level of All, while Sense is non‐All……Lacan's notion of interpretation is thus opposed to hermeneutics: it involves the reduction of meaning to the signifier's nonsense, not the unearthing of a secret meaning.》…「解釈」の気配など微塵もない…秘かな「意味meaning」を穿り返すのが好みらしい…おめでとう、超越論的経験論のご臨終!…「ボン・サンス」や「コモン・サンス」の閉域を突き破り、ランボーが「あらゆる感覚の錯乱」と呼んだような非人称的な高次の経験へと突き抜けていく超越論的経験論…その姿の気配などどこにもない…いやいや、オレは知らないぜ…しかし、あの文体…文学とはほとんど縁がない…人に説教ばかり垂れている内容空疎な文化人もどき…わかりやすさのファシズム…大衆を間抜けにすることに専念するへぼ教師…でないことを祈るよ…

参考ツイートだ、《國分功一郎は人気のある若手の大学教員らしいが、『暇と退屈の倫理学』も『ドゥルーズの哲学原理』も今ひとつだった。分かりやすいが、このつまらなさは何なのだろうか。國分の個人的なものなのか30代の研究者の平均的なつまらなさなのか、私が臍曲がりだけなのか考えてみるのも面白いかもしれない。

 むろん、面白さやつまらなさというものは一般的にあるわけではない。その証拠に國分を面白いと思う人間もいるだろう(人気があるから多くいるのだろう)。だから違う感想を持つ根拠を、それも単なる個人的なものではなく、考える必要がある。おそらく現代の思想の何かが見えてくるはずだ。》

いやいや、分りやすさも、今では貴重だ…土人の時代の復活なのだから…土人たちにはきっと面白いさ…(「観念の万能」(フロイト)と「腰の奥の力の圧力抜き」(大江健三郎)

あだしごとはさておき。

《作家というものはその職業上、しかじかの意見に媚びへつらわなければならないのであろうか? 作家は、個人的な意見を述べるのではなく、自分の才能と心のふたつを頼りに、それらが命じるところに従って書かなければならない。だとすれば、作家が万人から好かれるなどということはありえない。むしろこう言うべきだろう。「流行におもねり、支配的な党派のご機嫌をうかがって、自然から授かったエネルギーを捨てて、提灯持ちばかりやっている、卑しいごますり作家どもに災いあれ」。世論の馬鹿げた潮流が自分の生きている世紀を泥沼に引きずりこむなどということはしょっちゅうなのに、あのように自説を時流に合わせて曲げている哀れな輩は、世紀を泥沼から引き上げる勇気など決して持たないだろう)。》(マルキ・ド・サド「文学的覚書」、『ガンジュ侯爵夫人』)


《あの礼節を弁えない連中が言うにことかいて、作家のうちに誠実な人物を探し求めなければならないのだという。私が作家に求めるのは天才である。品行や性格はどうでもいい。なぜなら、私が共にありたいと思っているのは、作家その人ではなく、その作品だからであり、作家が私にもたらすもののうちで私にとって必要なのは、真実のみだからだ。〔 … 〕ディドロ、ルソー、ダランベールは、社交にかけてはほとんどお粗末と言っていいくらいだったようだが、彼らの書いたものは、「デバ」紙の紳士方の恥知らずな攻撃を受けたところで、その崇高さに変わりはない … 》。(同サド「文学的覚書」)

………


《メタ言語を破壊すること、あるいは、少なくともメタ言語を疑うこと(というのも、一時的にメタ言語に頼る必要がありうるからである)が、理論そのものの一部をなすのだ。「テクスト」についてのディスクールは、それ自体が、ほかならぬテクストとなり、テクストの探求となり、テクストの労働とならねばならないだろう。》(ロラン・バルト『作品からテクストへ』)


ーー超越論的経験論についてのディスクールは、それ自体が、ほかならぬ超越論的経験論の姿を示さなければならない、などとそのあたりの物書きに無謀な要求をするつもりはない。だが、少なくとも次のことは忘れてはならないだろう。《 「美しい書物は一種の外国語で書かれている・・・・・・」(プルースト)これが文体の定義だ。これはまた生成変化の問題だ。人々はつねに多数者の未来を想う(私が偉くなったら、権力をもった時には・・・・・・)。だが、問題は少数者=になることにかかわる。子供、狂人、女性、動物、どもり、あるいは外国人、彼らのふりをするのではない。彼らをつくり出すのでも模倣するのでもない。新たな力、新たな武器を創出するために、それらすべてになることである。》(ドゥルーズ『ディアローグ---ドゥルーズの思想』)


模範的反どもり文体なり?!

我々はドゥルーズの哲学原理を超越論的経験論として描き出した。その出発点にあったのは「発生」への視点である。ドゥルーズは、あらゆるものの発生を描き、あらゆるものをその発生において捉えようとする。これは、どんなものでもその現状の存在様態は発生‘後’の姿として解されるということ、したがって、発生の条件や過程次第で‘変化するもの’として解されるということである。ドゥルーズは、何についてであれ、「そのようなものがあるとしか考えられない」とか「そうしたものを想定せざるをえない」といった仕方で想定されてしまうことを認めない。
 
ドゥルーズは、カントによって創始された超越論哲学のプログラムを極めて高く評価していた。しかし同時に、カントが超越論哲学を運用するにあたって問うのをやめてしまった問いがあることに気づいていた。それが発生の問いである。超越論哲学のカント的運用は「超越論的統覚」という概念によって‘特定の’主体を‘想定’し、その特定の主体によって諸能力の一致(共通感覚)を根拠づける。カントは主体の発生を問わない。ゆえに、諸能力の発生も問わない。 ドゥルーズは、カントに先立つヒュームの哲学に、この発生の問いへの視点を見出した。一般に、カントの超越論哲学はヒューム経験論哲学を乗り越えることで出現したものと理解されている。(『ドゥルーズの哲学原理』)



礼節と慣習

こどもはまず、自分をとりまく人たち、自分にすべての禍福をもたらしてくれる人たちを観察する。すなわち彼はまず政治的に生きるわけだ。この柔軟な精神は、まず慣習や気まぐれや情念を反映する。真実のものよりも好都合のものを、知識よりも礼節をはるかに貴しとする習慣は、それゆえわれわれだれしものうちにあってもっとも古いものである。多くの無分別、頑迷、不毛の論議といったものは、こうしたところから説明できる。われわれのまわりにも年だけいった大どもにはこと欠かない。》(アラン「外的秩序と人間的秩序」「プロポ集」井沢義雄・杉本秀太郎訳)


ーー「政治的」、すなわち、《広い意味において人々が生活する上で従うルール、支配、統治を創造し、維持し、修正し、また破壊することを通じて行われる活動である》。だれが「政治家」であることを免れるか。


デカルトのすぐれた読み手であったアランのこの文は、すぐさま以下の文を想い起こさせる(アランのいう「真理」は、けっきょく「我思う、故に我あり」に行き着く)。

さて、前にもいったように、実生活にとっては、きわめて不確実とわかっている意見にでも、それが疑いえぬものであるかのように従うことが、ときとして必要であると、私はずっと前から気づいていた。しかしながら、いまや私はただ真理の探求のみにとりかかろうと望んでいるのであるから、まったく反対のことをすべきである、と考えた。ほんのわずかの疑いでもかけうるものはすべて、絶対に偽なるものとして投げすて、そうしたうえで、まったく疑いえぬ何ものかが、私の信念のうちに残らぬかどうか、を見ることにすべきである、と考えた。(デカルト『方法序説』野田又夫訳)

けっきょくのところ、われわれに確信を与えているものは、確かな認識であるよりもむしろはるかにより多く習慣であり先例であること、しかもそれにもかかわらず少し発見しにく真理については、それらの発見者が一国民の全体であるよりもただ一人の人であるということのほうがはるかに真実らしく思われるのだから、そういう真理にとっては賛成者の数の多いことはなんら有効な証明ではないのだ、ということを知った。(同 デカルト『方法序説』)

慣習や礼節とは、共同体の形式的な規則であり、社会を滞りなく泳いでいくためには、もちろん、そのゲームの規則を知らなければならない。

ところで共同体のゲームの規則には、三つのタイプがある。まず、私に盲目的・習慣的に従うが、反省する際は、それを少なくとも部分的に意識することができるもの(日常的な挨拶など)。次に、私に取り憑いていて、私は知らないうちにそれに従っているもの(無意識的な禁止など)。三つ目は、他人の意図(悪意など)を知っているが、知っていることを他人に知られてはならないふりをすること。

たとえば、質問とは多くの場合、訊問だろう。しかし、訊問される者は、質問の意図にではなく、その字面に答えるふりをしなければならない。つまり各人は、相手の意図についてどう考えるべきか、わかっていても、遊戯は、真意ではなく、内容に答えることを強制する(然るべき態度を保つためには、汚い猥雑なあてこすりは黙って無視しなければならないのだ)。――たとえば、《こんなことを書いて何の役に立つのですか》との質問があるとする。つまり、お前さんのやっていることは何の役にも立たないよ、という嘲弄の意図があっても、それを知らないふりをして、《これこれの役に立ちます》、と素直に答えるふりをしなければならない。

第一と第二の規則については守られることが多いが、第三の規則を遵守することは困難な場合が多いだろう。


ところで、この礼節や習慣は、ラカン派では、象徴界の規則といわれたり、大文字の他者の規則と言われたりする。

ラカンによれば、人間存在の現実は、象徴界・想像界・現実界という、たがいに絡み合った三つの次元から構成されている。この三幅対はチェスに例えると理解しやすい。チェスをやる際に従わなければならない規則、それがチェスの象徴的次元である。純粋に形式的・象徴的な視点からみれば、「騎士(ナイト)」は、どういう動きができるかによってのみ定義される。この次元は明らかに想像的次元とは異なる。想像的次元では、チェスの駒はどれもその名前(王、女王、騎士)の形をしており、それにふさわしい性格付けがなされている。…最後に、現実界とは、ゲームの進行を左右する一連の偶然的で複雑な状況の全体、すなわちプレイヤーの知力や、一方のプレイヤーの心を乱し、時にはゲームを中断してしまうような、予想外の妨害などである。(ジジェク『ラカンはこう読め』)


さて、アランの《真実のものよりも好都合のものを、知識よりも礼節をはるかに貴しとする習慣は、それゆえわれわれだれしものうちにあってもっとも古いものである。》に戻って、ここでもまたジジェクから抜き出そう。

欲望の最初の問いは、「私は何を欲しているのか」という直接的な問いではなく、「他者は私から何を欲しているのか。彼らは私の中に何を見ているのか。彼ら他者にとって私は何者なのか」という問いである。幼児ですら関係の複雑なネットワークにどっぷり浸かっており、彼を取り巻く人びとの欲望にとって、触媒あるいは戦場の役割を演じている。父親、母親、兄弟、姉妹、おじ、おばが、彼のために戦いを繰り広げる。母親は息子の世話と通して、息子の父親にメッセージを送る、子どもはこの役割をじゅうぶん意識しているが、大人たちにとって自分がいかなる対象なのか、大人たちがどんなゲームを繰り広げているのかは、理解できない。この謎に答を与えるのが幻想である。どんな単純な幻想も、私が他者にとって何者であるのかを教えてくれる。どんなに単純な幻想の中にも、この幻想の相互主観的な性格を見てとることができる。たとえばフロイトは、苺のケーキを食べることを夢想する幼い娘の幻想を報告している。こうした例は、幻覚による欲望の直接的な満足を示す単純な例(彼女はケーキがほしかった。でももらえなかった。それでケーキの幻想に耽った)などではけっしてない。決定的な特徴は、幼い少女が、むしゃむしゃケーキを食べながら、自分のうれしそうな姿を見て両親がいかに満足しているかに気づいていたということである。苺のケーキを食べるという幻想が語っているのは、両親を満足させ、自分を両親の欲望の対象にするような(両親からもらったケーキを食べることを心から楽しんでいる自分の)アイデンティティを形成しようという、幼い少女の企てである。(同『ラカンはこう読め』)

「現実」が「幻想」であるというのはこういった意味でもある(ラカン派の現実(幻想)と現実界をめぐる)。

間はひとつの構造、つまり言語の構造、-構造とは言語を意味するのですが-この構造が身体を分断することによって思考するのであり、そしてこの身体は解剖学とは何の関係もありません。ヒステリー者がそれを証明してくれます。構造という裁断機が魂にやってくると強迫症状が生ずるのであって、強迫症状とは魂が持てあまし、魂を途方に暮れさせる思考なのです。

魂にかんして、思考は不調和です。ギリシャ語のヌース神話であって、この迎合は世界、魂が責任を持っている世界(環境世界[Umwelt])に適ったも のなのでしょうが、じつは、この世界は思考を支えるファンタスム(幻想)でしかありません。それもひとつの「現実」には違いないかもしれませんが、現実界のしかめ面として理解されるべき現実です。(ラカン『テレヴィジョン』)

ここで、カントの「現象は、感性の形式や悟性のカテゴリーによって構成される」を想い起こしてもよい。新カント派のカッシラーによって、この感性の形式や悟性のカテゴリーは、「象徴形式」といいかえられている。つまるところ「言語」である。


ところで伝統的に「大文字の他者」の規範が弱い日本には、日本的スノビズムという症状がある(コジェーヴのヘーゲル論の小さな註による、それは「父なき世代」であれば、いっそうのこと目立つ(ここでは東浩紀の「動物化」の話は脇に置く)。

日本的スノビズムとは、歴史的理念も知的・道徳的な内容もなしに、空虚な形式的ゲームに命をかけるような生活様式を意味します。それは、伝統指向でも内部指向でもなく、他人指向の極端な形態なのです。そこには他者に承認されたいという欲望しかありません。たとえば、他人がどう思うかということしか考えていないにもかかわらず、他人のことをすこしも考えたことがない、強い自意識があるのに、まるで内面性がない、そういうタイプの人が多い。最近の若手批評家などは、そういう人ばかりです。(柄谷行人

批評家さえもこうなのだ、そのあたりの「どこかの馬の骨」はもちろん。そして本人はそれに全く気づいていない、あれら「世の中で一番始末に悪い馬鹿、背景に学問も持った馬鹿」(小林秀雄)どもは。

しかし、そもそも誰が承認欲求から逃れられるというのか。
哲学者たちは、世の中の意見などどうでもいい、あるがままのぼくらだけが大事なんだと巧みに説明するかもしれない。しかし、哲学者たちには何も分かっていないのさ。ぼくたちが人類諸氏のなかで生きている限り、ぼくたちは人類諸氏によってこうだと見られる人間にされるだろうね。他のひとたちがぼくたちのことをどう見ているだろうかと考えこんだり、ひとの眼にできるだけ感じよく見られようと努力したりすると、腹黒い奴とか策士だとみなされるものなんだな。だけど、ぼくの自我と他人の自我のあいだに、直接の接触が存在するものなのかね、視線をおたがいに交わしあわなくても? 愛している相手の心のなかで自分がどう思われているか、その自分自身のイメージを不安な気持で追跡しないで、愛が考えられるものなのかね? 他人がぼくたちをどう見ているか、その見方が気にならなくなったら、ぼくらはその他人をもう愛していないことなんだよ(『不滅』P194――自己模倣と自己破壊


《その老学者はまわりの騒がしい若者たちを眺めていたが、突然、このホールのなかで自由の特権をもっているのは自分だけだ、自分は老人なのだから、と思った。老人になってはじめて人は、群集の、世間の、将来の意見を気にせずともすむ。近づいてくる死だけが彼の仲間であり、死には目を耳もないのだ。死のご機嫌をうかがう必要もない。自分の好きなことをし、いえばいいのだ。》(クンデラ『生は彼方に』)





2013年6月27日木曜日

ラカン派の現実(幻想)と現実界をめぐる

《ドストエフスキーは、人々は「自由」など望んでいないといったが、同様に、“精神”であることを人は望んでいない。自分はめざめて、現実を直視し、ほかの人は幻想に支配されていると説くあの連中のように夢をみていることを望むのである。》(柄谷行人「探求Ⅱ」ーー合理的な守銭奴


 ここでの柄谷行人を敢えて「誤読」しつつ、現実界の奈落に接近しすぎたとき、われわれのそこで生じる「不安」に耐えられなくなり「現実=幻想」に逃げる、そうやって夢を見続ける、つまり「自由」や「精神」であることは望んでいないとしてみよう。


………

さて、前投稿「魂の非安」について書かれた「不安」と「現実界」についての資料をいくらか附記しておこう。

ラカンによれば、不安は欲望の対象=原因が欠けているときに起こるのではない。不安を引き起こすのは対象の欠如ではない。反対に、われわれが対象に近づきすぎて欠如そのものを失ってしまいそうな危険が、不安を引き起こすのだ。つまり、不安は欲望の消滅によってもたらされるのである。(スラヴォイ・ジジェ ク:『斜めから見る』:p27)

ラカンは裂け目[gap]に特権的な地位を与えています。彼は無意識を定義するのに「躓き、瓦解、ひび割れ」を選びました。(……)

ある意味では、ラカンが「主体」と言うとき、それは「欲望」――巧くいかない何か――と言うことと等価なのです。しかし、これがフロイトの無意識のすべてではありません。なぜなら、無意識は反復としても現れるからです。ミレール「(『精神分析の四基本概念』の)文脈と概念」 )

夢を見るとき、悪夢を見たとすれば、あなたは目を覚まして現実性と接続します。なぜなら夢の基本的機能は眠りを保護すること であり、悪夢を見ることによって夢はあなたの眠りを保護することに失敗したからです(夢は願望充足であるということは本当なのですが、その前に何よりも夢 は眠りを保護するものなのです。)快原理が失敗し、あなたは目を覚まします。ラカンが言うように、それは目を覚まして夢を見続けるためです。これが、ラカ ンが現実性は幻想だという理由です。「(『精神分析の四基本概念』の)文脈と概念」 ジャック=アラン・ミレール)


もしわれわれが「現実」として経験しているものが幻想によって構造化されているとしたら、そして幻想が、われわれが生の〈現実界〉にじかに圧倒されないよう、われわれを守っている遮蔽膜だとしたら、現実そのものが〈現実界〉との遭遇からの逃避として機能しているのかもしれない。夢と現実との対立において、幻想は現実の側にあり、われわれは夢の中で外傷的な〈現実界〉と遭遇する。つまり、現実に耐えられない人たちのために夢があるのではなく、自分の夢(その中にあらわれる〈現実界〉)に耐えられない人のために現実があるのだ。

これが、フロイトが『夢判断』の中で例に挙げている有名な夢から、ラカンが引き出した教訓である。それは、息子の棺を見張っているうちに寝込んでしまった父親がみた夢である。夢の中で、死んだ息子が父親の前にあらわれ、恐ろしいことを訴える。「お父さん、ぼくが燃えているのが見えないの?」 父親が目を覚ますと、ロウソクが倒れ、息子の棺を覆っている布に火がついている。ではどうして父親は目を覚ましたのだろうか。煙の臭いがあまりに強く、その出来事を即興で夢に取り入れ、睡眠を継続することができなかったのだろうか。ラカンはもっとずっと興味深い解釈を述べている。

《夢の機能が眠りの延長だとしたら、そして夢はそれを呼び起こした現実にこれほどまで接近することができるとしたら、眠りから離れることなく夢はこの現実に答えている、と言えるのではないでしょうか。結局、夢には夢遊病的な作用があるのです。それまでフロイトが示してきたことからわれわれがここで立てる問い、それは「何が目覚めさせるのか」ということです。目覚めさせるもの、それは夢「という形での」もう一つの現実にほかなりません。「子どもが彼のベッドのそばに立って、彼の手を摑み、非難するような調子で呟いたーーねえ、お父さん、解らないの? 僕が燃えているのが?」
このメッセージには、父親が隣室で起きている出来事を知った物音よりも多くの現実が含まれているのではないでしょうか。この言葉の中に、その子の死の原因となった出会い損なわれた現実が込められているのではないでしょうか。(ラカン『精神分析の四基本概念』)》

このように、不幸な父親を目覚めさせたのは外の現実からの闖入物ではなく、彼が夢の中で出会ったものの耐えがたく外傷的な性質だった。「夢をみる」というのが、<現実界>との遭遇を回避するために幻想に耽ることだとしたら、父親は文字通り夢をみつづけるために目を覚ましたのだ。シナリオは次のようになっている。煙が彼の眠りを妨げたとき、父親は睡眠を続けるために、すぐさまその妨害要素(煙、火)を組み入れた夢を作り上げた。しかし、彼が夢の中で遭遇したのは、現実よりもずっと強い、(息子の死に対する自分の責任という)外傷だった。そこで彼は<現実界>から逃れるために、現実へと覚醒したのである。(ジジェク『ラカンはこう読め!』)


《現代芸術ではしばしば、「<現実界>に帰る」という企てにあうが、……彼らのやっていることは、彼らの主張とは裏腹に、<現実界>からの逃避であり、幻覚そのものの<現実界>から逃げようとする必死の企てにすぎない。》


《ラカンにとって、究極の倫理的課題は、真の覚醒である。それはたんなる睡眠からの覚醒ではなく、むしろ覚醒しているときにわれわれを強くコントロールしている幻想の呪縛からの覚醒である。》(同上)


ーーたとえば、ジジェクは、チェルノブイリを「世界の開かれた傷口」と呼んだ(ここで、前投稿のデュラスの言葉、《愛するという感情が不意に訪れるとしたら、それはどのようにしてなのか、とあなたは訊ねる。彼女は答える-たぶん、世界の論理の突然のひびわれから》を想起してもよい)

通常、傷口は象徴界によって塞がれている。つまりわれわれの生活の日常運転によって隠蔽されている(われわれの共通の日常的現実、つまりわれわれが親切で真面目な人間という役割を演じている社会的世界の現実によって)。だが突如、傷口として、あるいは、心的外傷(トラウマ)として、現実界が噴出する。「現実」は、象徴界によって飼い馴らされた<現実界 réel>である、というのはこの意味である。

われわれの一見うまく行っているときの生活を「現実=幻想」と呼び、フクシマを「現実界」と呼ぶとしてもよい。


………


さて、こうやって書いていれば、「現実界réel」という語の多用に恥じる<わたくし>がいる。そして、上のラカン派の文章は、ひとつの立場であり、当然のことながら全面的に信頼するには及ばない。たとえば中井久夫なら外傷性悪夢を次のように叙述する。

「死の本能」は戦争が生み出したものであって、平時の強迫神経症はむしろ、理論の一般化のための追加である。裁判でフロイトは戦争神経症を診ていないではないかと非難され、傷ついたであろう。これが「死の本能」の淵源の一つであり、その根拠に、反復し、しかも快楽原則から外れているようにみえる外傷性悪夢がこの概念で大きな位置を占めている。しかし、私は、「死の本能」を仮定するよりも、夢作業が全力を尽くしても消化力が足りないと考える。このほうが簡単である。そもそも目覚めてもしばらくは記憶している夢は夢作用が消化しつくせなかった残りかすではないか。夢の分りにくさと、その問題性とは、夢作業の不消化物だからではないかと私は思う。(中井久夫「トラウマについての断想」『日時計の影』所収 53頁)


最後に、ラカンのエピゴーネンたちを批判する文とも読める蓮實重彦の言葉を引用しておこう。
「 réel」と口にするひとは、そう口にしてしまった自分にその資格があるかどうかという疑いを持たねばなりません。ところが、「 réel」について語ることは、その資格もないひとたちがもっとも楽天的に戯れうる制度になってしまった。この制度は、なんらかのかたちでもう一度わさわさと揺り動かさなければならない。無限の翻訳の連鎖に組み入れられた体験を持たないひとが、「原 =翻訳」なんていっちゃいけないわけですよね、本来は。にもかかわらず、現代では、自分に果たしてその権利があるのかどうかを誰も反省しなくなっているという怖さがあります。それは、思考の頽廃でしかありません。自分がそれを語るにふさわしい人間か、また、そのかたちで語っていいのかということに対する反省が、いたるところで失われてゆきます。そのとき、職業ではなく、体験としての批評が改めて意味を持ち始めるのですが、言い換えの無限の連鎖に取り込まれるより、ひとこと「 réel」といっているほうが、疲れなくていいのかもしれません。(蓮實重彦インタビュー ──リアルタイム批評のすすめ vol.2





魂の非安

汝を生み出した行為の内なる死の欲動を、決してしらばくれることなしに汝自身のものんと認めよ》(アレンカ・ジュパンチッチ『リアルの倫理』)

二〇〇一年九月一一日後の数日間、われわれの視線が世界貿易センタービルに激突する飛行機のイメージに釘づけになっていたとき、誰もが「反復強迫」がなんであり、快楽原則を越えた享楽がなんであるかをむりやり経験させられた。そのイメージを何度も何度も見たくなり、同じショットがむかつくほど反復され、そこから得るグロテスクな満足感は純粋の域に達した享楽だった。(ジジェク「〈現実界〉の砂漠へようこそ」)

 《享楽、それは欲望《に応える》もの(それを満足させるもの)ではなく、欲望の不意を襲い、それを圧倒し、迷わせ、漂流させるもののことである。このように主体を踏み迷わせうるものを適切に言いあらわすことばは、神秘主義者たちにたずねるほかはない。たとえばライスブルックのことば、「私が精神の陶酔と呼ぶものは、享楽が、欲望によって垣間見られていた可能性を越えてしまう、あの状態である。》(『彼自身のロランバルト』)

こうやって、われわれは死の欲動、あるいは享楽のなかに踏み込む。実はそんなことは誰でも知っている。しらばっくれてもだめだ。魂の平安など求めはしない。

フロイトの「死の欲動」(……)。ここで忘れてはならないのは「死の欲動」は、逆説的に、その正反対のものを指すフロイト的な呼称だということである。精神分析における死の欲動とは、不滅性、生の不気味な過剰、生と死、生成と腐敗という(生物的な)循環を超えて生き続ける「死なない」衝動である。フロイトにとって、死の欲動といわゆる「反復強迫」とは同じものである。反復強迫とは、過去の辛い経験を繰り返したいという不気味な衝動であり、この衝動は、その衝動を抱いている生体の自然な限界を超えて、その生体が死んだ後まで生き続けるようにみえる。(『ラカンはこう読め!』)

《実際に消費する快楽よりも、つねに直接的交換可能性の「権利」を保持し、さらにそれを拡大することから得られる快楽。…資本の蓄積のたえまない運動は、快感原則でも現実原則でもなく、フロイト的にいえばそれらの「彼岸」にある欲動(死の欲動)として見られるべきである。》(柄谷行人『トランスクリティーク』p336)



「不安」とは「現実界」に近づき過ぎたときに起こるというのがラカンのテーゼである。

もっとも最近は二つの不安を区別するミレールの見解がある。《Miller recently proposed a Benjaminian distinction between “constituted anxiety” and “constituent anxiety,” which is crucial with regard to the shift from desire to drive: while the first designates the standard notion of the terrifying and fascinating abyss of anxiety which haunts us, its infernal circle which threatens to draw us in, the second stands for the “pure” confrontation with the objet petit a as constituted in its very loss.》(zizek"LESS THAN NOTHING")

ーー欲望の次元の「不安」にある人は、せいぜいその不安を慰めたらよい。だがひとは、欲動の次元の「不安」をうっちゃるわけにはいかない。(参照:欲望と欲動(ミレールのセミネールより)


無駄話にうつつを抜かして慰安を求め、象徴界のひびわれや裂け目に保留されている<現実界>を遣り過して愛想よく頷きあっている「世の中で一番始末に悪い馬鹿、背景に学問も持った馬鹿」を徹底的に嘲笑しようではないか、精神の健康のために。

《抗議や横車やたのしげな猜疑や嘲弄癖は、健康のしるしである。すべてを無条件にうけいれることは病理に属する。》(ニーチェ『善悪の彼岸』 154番)

……「文芸春秋」を出したのは、菊池さんがたしか三十五の時である。ささやかな文芸雑誌として出発したが、急速に綜合雑誌に発展して成功した。成功の原因は簡単で、元来社会の常識を目当てに編輯すべき総合雑誌が、当時持っていた、いや今日も脱しきれない弱点を衝いた事であった。菊池さんの言葉で言えば、「世の中で一番始末に悪い馬鹿、背景に学問も持った馬鹿」の原稿を有難がるという弱点を衝いた事によってである。(小林秀雄「菊池寛」)

《われわれの共通の日常的現実、つまりわれわれが親切で真面目な人間という役割を演じている社会的世界の現実が、じつは、ある種の「抑圧 」、すなわちわれわれの欲望の〈現実界 〉から眼を逸らすことの上に成立した一つの幻想にすぎない(……)。この社会的現実は、<現実界>の闖入によっていつ何時でも、ごくふつうの日常会話やごくありふれた出来事が危険な方向へとむかい、取り返しのつかない破滅が起こるかもしれない…》(ジジェク『斜めから見る』p43)


「現実は、現実界の顰め面」(ラカン「テレヴィジョン」)であることを忘れたふりをしている、あるいは、「現実」は、象徴界によって飼い馴らされた<現実界 réel>であることを見ないふりをしている手合いには嘲弄がふさわしい。

"reality is the Real as domesticated—more or less awkwardly—by the symbolic; within this symbolic space, the Real returns as its cut, gap, point of impossibility"
(François Balmès, 『Ce que Lacan dit de l'être』 1999)


ラカンは、享楽は《裂け目の光のなかで保留されている》とする。「世界の論理の突然のひびわれ」、とデュラスは書く。

愛するという感情が不意に訪れるとしたら、それはどのようにしてなのか、とあなたは訊ねる。彼女は答える-たぶん、世界の論理の突然のひびわれから。彼女はいう-たとえば、ひとつの過ちから。彼女はいう-意志からは決して。(マルグリット・デュラス「死の病い」 )

世界の論理の突然のひびわれ、現実界の闖入を避けたところには、そもそも「愛」などない。「好き」だけだ。


ロラン・バルトの『明るい部屋』での二項対立、ストゥディウム(studium)/ブンクトゥム(punctum)を想起しよう。これは、『テクストの快楽』の、快楽plaisir/悦楽jouissanceに連なる。後者は、ラカン用語としては、「享楽」と訳されている。


プンクトゥムとはほとんど「享楽juissance」のことと言ってよい。(参照:ベルト付きの靴と首飾り

 《プンクトゥムとは、刺し傷、小さな穴、小さな斑点、小さな裂け目のことでもありーーしかもまた、骰子の一振りのことでもあるからだ。ある写真のプンクトゥムとは、その写真のうちにあって、私を突き刺す(ばかりか、私にあざをつけ、私の胸をしめつける)偶然なのである。(ロラン・バルト『明るい部屋』)

突然のひびわれ、裂け目、 ――ここにしか「愛」はない。

《ストゥディウムというのは、気楽な欲望と、種々雑多な興味と、とりとめのない好みを含む、きわめて広い場のことである。それは好き/嫌い( I LIKE/ I dont)の問題である。ストゥディウムは、好き( to like)の次元に属し、愛する (to love)の次元には属さない。》(同 バルト)

ひとは、このストゥディウムの文化的場でうつつを抜かし、プンクトゥムの、刺し傷、小さな穴、小さな斑点、小さな裂け目をやりすごそうとする。 ――「うつつ」、つまり、” réel を抜かすのだ。

ぼくは、自分を咬んだり、刺したりするような本だけを、読むべきではないかと思っている。もし、ぼくらの読む本が、頭をガツンと一撃してぼくらを目覚めさせてくれないなら、いったい何のためにぼくらは本を読むのか? きみが言うように、ぼくらを幸福にするためか? やれやれ、本なんかなくたってぼくらは同じように幸福でいられるだろうし、ぼくらを幸福にするような本なら、必要とあれば自分で書けるだろう。いいかい、必要な本とは、ぼくらをこのうえなく苦しめ痛めつける不幸のように、自分よりも愛していた人の死のように、すべての人から引き離されて森の中に追放されたときのように、自殺のように、ぼくらに作用する本のことだ。本とは、ぼくらの内の氷結した海を砕く斧でなければならない。(親友オスカー・ポラックへの手紙 1904年1月27日)

《現代ではストオリイは小説にあるだけではない。宗教もお話であり、批評もお話であると私は書いたが、政治も科学も歴史もお話になろうとしている。ラジオや テレビは一日中、料理や事件や宇宙について、甘いお話を流し続け、われわれは過去についてお話を作り上げ、お話で未来を占っている。

これらのお話を破壊しないものが、最も慰安的であるが、現実にもわれわれの内部にもお話の及ばない極地は存在する。人間はそこに止ることは出来ないにしても、常にその存在を意識していなければならない。だからこの不透明な部分を志向するお話が、よいお話である、というのが私の偏見である。》(大岡昇平『常識的文学論』1960


「魂の平和」が訪れて、「不安」がなくなってしまったらどうなるというのか。
「でも、あなたといるとぼくは不安でたまらない。そう、それなんだ、あなたはぼくを不安におとしいれるんです。そのとおりだよ、食事相手はうなずいた。わたしといると最後はだれもがそうなのさ。だけどね、そもそも文学の役割とはそこにあるのだと思わないかい? ひとの不安をかきたてることだとは? わたしに言わせれば、ひとの意識を慰撫するような文学などは信用できない。」(フェルナンド・ペソア『不穏の書、断章』澤田直訳編

もちろん、文学だけではない、ひとの意識を慰撫するような音楽、美術などは信用できない。祈りの音楽? 祈りとは本来、魂の不安を慰撫するのではなく、現実界に直面することではないか。《私は音楽の形は祈りの形式に集約されるものだと信じている。私が表したかったのは静けさと、深い沈黙であり、それらが生き生きと音符にまさって呼吸することを望んだ。》(武満徹)でありつつ、《私が理想とする音楽の聴かれかたは、私の音が鳴って、そのこだまする音が私にかえってくる時に、私はそこに居ない――そういう状態。》(武満徹『音、沈黙と測りあえるほどに』)なのだ。


それを安吾のアモラル、あるいは漱石の非人情(人情と不人情の宙吊り)、あるいはカントの無限判断をめぐる記述を援用して、不安と平和との境界線を突き崩す第三の領域を、ここでは「非安」としておく。

私達はいきなりそこで突き放されて、何か約束が違ったような感じで戸惑いしながら、然し、思わず目を打たれて、プツンとちょん切られたような空しい余白に、非常に静かな、しかも透明な、ひとつの切ない「ふるさと」を見ないでしょうか。その余白の中にくりひろげられ、私の耳に沁みる風景は、可憐な少女がただ狼にムシャムシャ食べられているという残酷ないやらしいような風景ですが、然し、それが私の心を打つ打ち方は、若干やりきれなくて切ないものではあるにしても、決して、不潔とか、不透明というものではありません。何か、氷を抱きしめたような、切ない悲しさ、美しさ、であります。(……)

そこで私はこう思わずにはいられぬのです。つまり、モラルがない、とか、突き放す、ということ、それは文学として成立たないように思われるけれども、我々の生きる道にはどうしてもそのようでなければならぬ崖があって、そこでは、モラルがない、ということ自体が、モラルなのだ、と。(坂口安吾『文学のふるさと』)


ジャン・ジュネの《何も言わずに祈り続ける人のように……要するに、にこやかで凶暴だった》とする、あまりにも強く私を突き刺す(ばかりか、私にあざをつけ、私の胸をしめつける」文における「祈り」を想起しよう。


誰も、何も、いかなる物語のテクニックも、フェダイーンが過ごしたヨルダンのジェラッシュとアジルーン山中での6ヶ月が、わけても最初の数ヶ月がどのようなものだったか語ることはないだろう。数々の出来事を報告書にまとめること、年表を作成しPLOの成功と誤りを数え上げること、そういうことならした人々がある。季節の空気、空の、土の、樹々の色、それも語れぬわけではないだろう。だが、あの軽やかな酩酊、埃の上をゆく足取り、眼の輝き、フェダイーンどうしの間ばかりでなく、彼らと上官との間にさえ存在した関係の透明さを、感じさせることなど決してできはしないだろう。すべてが、皆が、樹々の下でうち震え、笑いさざめき、皆にとってこんなにも新しい生に驚嘆し、そしてこの震えのなかに、奇妙にもじっと動かぬ何ものかが、様子を窺いつつ、とどめおかれ、かくまわれていた、何も言わずに祈り続ける人のように。すべてが全員のものだった。誰もが自分のなかでは一人だった。いや、違ったかも知れない。要するに、にこやかで凶暴だった。政治的選択によって彼らが撤退していたヨルダンのこの地方はシリア国境からサルトへと縦長に伸び広がり、ヨルダン川と、ジャラシュからイルビトへ向かう街道とが境界をなしていた。この長い縦軸が約60キロ、奥行きは20キロほどの大変山がちな地方で、緑の小楢(こなら)が生い茂り、ヨルダンの小村が点在し、耕地はかなり貧弱だった。茂みの下、迷彩色のテントの下に、フェダイーンはあらかじめ戦闘員の小単位と軽火器、重火器を配備していた。いざ配置に着き、ヨルダン側の動きを読んで砲口の向きを定めると、若い兵士は武器の手入れに入った。分解して掃除をし油を塗り、また全速力で組み立て直していた。夜でも同じことができるように、目隠しをしたまま分解し組み立て直す離れ業をやってのける者もあった。一人一人の兵士と彼の武器の間には、恋のような、魔法のような関係が成立していた。少年期を過ぎて間もないフェダイーンには、武器としての銃が勝ち誇った男らしさのしるしであり、存在しているという確信をもたらしていた。攻撃性は消えていた。微笑が歯をのぞかせていた。(ジャン・ジュネ『シャティーラの4時間』


 ほかにも、
《愛と死。この二つの言葉はそのどちらかが書きつけられるとたちまちつながってしまう。シャティーラに行って、私ははじめて、愛の猥褻と死の猥褻を思い知った。》

《女たちはすでに慣習に叛いていた。男の視線に耐えるまっ直ぐな眼差し、ヴェールの拒否、人目にさらした、時にはすっかり露な髪、つぶれたところのない声。》

《「もう希望することを止めた陽気さ」、最も深い絶望のゆえに、それは最高の喜びにあふれていた。この女たちの目は今も見ているのだ、16の時にはもう存在していなかったパレスチナを》

ここには「現実界」を真正面から見据える人びとの「強度」、「光」がある。魂の唯物論的な露呈 réel、その「輝き」がある。笑いさざめき、白い歯をこぼす微笑、にこやかな凶暴さ、奇妙にもじっと動かぬ何ものか…まっ直な眼差し…

むき出しになった享楽…名前を欠いた非個性的な欲動が迫り上がる…統禦しがたい匿名の衝動…穴を穿たれ、乗っ取られた人びとの最も深い絶望による輝き…


もう繰りかえすまでもないだろう、「不安」の深淵をのぞきながら、そこから逃げさることのなかった人びとの享楽、死の欲動…愛の猥褻と死の猥褻…

………

◆ニーチェの「魂の平和」

「内なる敵」…その価値…対立に富むという代価を払ってのみ、人は豊饒となる。魂が伸び伸びとせず、平和を求めないという前提のもとでのみ、人は若さを保ちつづける・・・「魂の平和」という以前のあの願望、キリスト教的願望にもまして私たちに縁遠くなったものは、何ひとつとしてない。戦いを断念するときには、偉大な生を断念してしまっているのである・・・

もちろん多くの場合「魂の平和」はたんに一つの誤解であるにすぎない、――もっと率直に命名されることができないだけの何か別のものである。言いのがれや偏見なしで二三の場合をあげてみよう。「魂の平和」は、たとえば豊かな動物性が道徳的なもの(ないしは宗教的なもの)のうちへと穏やかに放射していることでもありうる。あるいは、疲労の始まり、夕暮れが、あらゆる種類の夕暮れが投げかける最初の影でもありうる。あるいは、空気が湿気をおび、南風が近づいてくることの徴候でもありうる。あるいは、順調な消化に対するそれとは知らぬ感謝(ときとして「人間愛」と名づけられる)でもありうる。あるいは、すべての事物に新しい味わいをおぼえ、待ちのぞむ快癒者の心のひっそりとすることでもある・・・

あるいは、私たちの支配的激情の強い満足につづいておこる状態、稀有な飽満の快感でもありうる。あるいは、私たちの意志の、私たちの欲求の、私たちの背徳の老衰でもありうる。あるいは、道徳的に粉飾するよう虚栄心に説きふせられた怠惰でもありうる。あるいは、不確実さによる長いあいだの緊張や拷問ののち、確実さが、怖るべき確実さすらが入りこんでくることでもありうる。あるいは、行為、創造、活動、意欲のただなかでの成熟や練達の表現、静かな息づかい、達成された「意志の自由」でもありうる・・・偶像の黄昏、誰が知ろうか? おそらくはこれまた一種の「魂の平和」でしかなかろう・・・(ニーチェ『偶像の黄昏』「反自然としての道徳」3番より 原佑訳)

※補遺→ ラカン派の現実(幻想)と現実界をめぐる