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2014年5月8日木曜日

五月八日 「あんた日本人でしょ、あたしの人生返して!」

ーー「もう一度、17歳のときの青春に戻して」(金学順)
――”I lost my life”(Teng-Kao Pao-Chu )

……社会構築主義者は、また、元従軍慰安婦の運動を支持する多くの知識人も、民族と国民は想像的に構築された所産にすぎないからということで、また、ナショナリズムの再興に加担することになるからということで、日本人としての責任に疑義を呈した。

 これに対して、徐京植(Suh Kyung Sik)は、『半難民の位置から――戦後責任論争と在日朝鮮人』(影書房、2002)で、社会構築主義者の上野千鶴子に対して、こう反論した。「上野氏は「国民」というのは「わたし」を作り上げているさまざまな関係性のひとつにすぎないとして、「単一のカテゴリーの特権化や本質化」を拒絶すると述べている。上野氏と同じように、「日本人」というのは自分を構成する多面的なアイデンティティーの一側面にすぎない、と多くの日本人がことさらに言う。そんなことは当然ではないか。私にとっても、「韓国人」というのは「私」の一側面にすぎない。だが、ある集団の他の集団に対する加害責任が問題となっているこの場では、「あなた」という存在の、逃れようのない一側面が名指しを受けているのである」(p.80)。

また、李順愛(イ・スネ)は、『戦後世代の戦争責任論』(岩波書店、1998)で、こう追及した。「朝鮮人が朝鮮人であることを、また、在日朝鮮人が朝鮮人であることを、いやがおうでも意識させ骨身にしみさせたのは日本人だった。他の民族意識を刺激しておいて、問題は未解決のまま、その当の日本のインテリは「日本人であること」「日本国民であること」を知的・観念的に否定してみせるのである」。(小泉義之「他者のために生きる」)

この種の、すなわち上野千鶴子が応答したのと似たようなことを、われわれは言い勝ちなのであって、それはなにも「社会構築主義者」であるからだけではない。だが、《国家が国家であるのは、外部に国家があるからですね。》(柄谷行人『闘争のエチカ』)であるとするなら、日本人が日本人であるのは、外国人があるからだ。韓国人からあなたたち日本人はわたしたちになんということをしたのだ、と言われたとき、この日本人という「名指し」からどうして逃れられよう。(多血質な、そして堅固な意志と非妥協的な誠実さの民から、曖昧模糊とした気質、世間の動向を気にして「空気」を読みながら行動する「根回し」の民への糾弾という面をも忘れないでおこう)。

そもそも社会構築主義とはなんだって?  

歴史の「真実truth」や「事実fact」が実在するのではなく、ただ特定の視角からの問題化による再構成された「現実reality」があるだけである。すべての歴史 叙述が現在から構築されたものであることを認めたうえで、文書中心主義的実証主義から離脱しなくてはならない。(上野千鶴子編 『構築主義とは何か』 勁草書房)

この程度のことを言うのに(いやこれだけでもないのだろうが)、堅苦しい言葉を使うものだ。どうも社会学の概念は、仲間同士の隠語のように聞こえてしまう。と書けば冥府から懐かしい声がしてくる。

池内紀)去年だったかな。『朝日新聞』の書評委員会で、書名をずっと読み上げるでしょう。それで『社会学は何ができるか』という書名が読み上げられたとき、須賀さんがはっきり通る声で、すぐ合いの手を入れた。「何もできない」って(笑)。ぼくもずっとそう思っていたんだけれども勇気がなかったからいえなかった。前に社会学の先生が二人おられたし……(笑)(『追悼特集 須賀敦子』河出書房新社1998)

で、なんの話だったか。ーー「社会構築主義」などという言葉に引っかかってしまったが、どうやらそれはトーマス・クーンの「パラダイム」概念が出自のひとつのようだ。

クーンらに代表される近年の科学史家は、観察そのものが「理論」に依拠していること、理論の優劣をはかる客観的基準としての「純粋無垢なデータ」は存在しないことを主張する。すなわち、経験的データが理論の真理性を保証しているのではなく、逆に経験的データこそ一つの「理論」の下で、すなわち認識論的パラダイムの下で見出される。(柄谷行人『隠喩としての建築』ーー「人間的主観性のパラドックス」覚書)

さて元に戻れば、たとえば「慰安婦」問題ではなく、もっと大きく戦争責任を問われたとする。

「あんた私の祖国に土足で上がりこんでさんざん荒らした日本人なのね」

ーー私はそのとき生まれてなかったんだから、日本人って言われたって関係ないよ、と応じたくなるところだ。

生まれる前に何が起ころうと、それはコントロールできない。自由意志、選択の範囲はないのです。したがって戦後生まれたひと個人には、戦争中のあらゆることに対して責任はないと思います。しかし、間接の責任はあると思う。戦争と戦争犯罪を生み出したところの諸条件の中で、社会的、文化的条件の一部は存続している。その存続しているのものに対しては責任がある。もちろん、それに対しては、われわれの年齢の者にも責任がありますが、われわれだけではなく、その後に生まれた人たちにもは責任はあるのです。なぜなら、それは現在の問題だからです。(加藤周一「今日も残る戦争責任」『加藤周一 戦後を語る』所収)  

加藤周一は《戦争と戦争犯罪を生み出したところの諸条件の中で、社会的、文化的条件の一部は存続している。その存続しているのものに対しては責任がある》としている。この「存続している」ものは何だろう。

加藤周一は,こう問うた。

2003年3月20日に開始されたイラク戦争に対する,日本とドイツの政府の態度がおおきく異なったのは,なぜか。

ドイツは参戦を拒否し,日本は平和だろうと戦争だろうとアメリカのあとにしたがう。ドイツは「ヒトラーに臣従した過去」を徹底的に批判し,いまや「アメリカの権力にも権威にも臣従しようとしない」国である。それにくらべ日本は,かつては「臣民にすぎなかった過去」から真に訣別しなかったゆえ,「国民が主権を保持する国」となったいまでも、「昔を懐かしみ和を貴しとする」以外に批判精神を研ぎすますことがすくない)。bbgmgt-institute.org/Ronsou12.pdf

ある時期までのマスコミは《戦時中の自分たちの振る舞いについていままで何度も反省し、それをこれ見よがしに公表し、総括を行ってきたはずだった》し、学者たちもそれを教壇で教えてきたはずだった。いまはそれも滅多にみられない。であるならよりいっそう冒頭の糾弾から逃れるわけにはいかない。(先ほど引用した文に引き続き、小泉義之氏はすこし異なった形で、――日本人の「無限責任」としてーー語っているのだが、この「無限責任」の議論のいくらかは、「「慰安婦」、あるいは支配的イデオロギー」を見よ)。

…………

以下、別に投稿しようと思ったがここに附記。

ガヤトリ・スピヴァックは「ポストコロニアリティとは強姦によって生れた子どもである」という言い方をしています。強姦自体はどんなことがあっても正当化されない。しかし、子どもができてしまった場合は、その子どもを排除してはならないという意味です。この言葉自体を、誰が、どこにアクセントを置いて、どういうふうに言うかで、まさに発話の位置が問われるような言葉だと思います。スピヴァックは直接にはインドの言語状況における英語のプレゼンスについて語っているのですが、これが現実の植民地状況で、今なお起きている事態であり、単なるメタファーとして言っているのではないでしょう。(鵜飼哲 共同討議「ポストコロニアルの思想とは何か」『批評空間』Ⅱ 11-1996)

《ポストコロニアリズムの 「ポスト」は、コロニアリズムが終わったという意味ではない。(……)一般の意識においては過去とみなされていながら現代のわれわれの社会性や意識を深く規定している構造、それをどう考えるのか、それとどう向き合っていくべきかという問題提起が、この接頭辞には含まれている。》(鵜飼哲『〈複数文化〉のために』 )


◆ポストコロニアリズム 犬飼太介より www.diced.jp/~genbun/event/pdf/1999kouen_inukai.pdf‎

アメリカ大陸という女性 コロンブスは自身の航海誌において土着の民は<女も、母親が産んだ時と同じ状態の裸で歩いております>という一文を記録している。この<部分的記述>が帝国主義イデオロギーによって<全体の物語に仕立て上げ>られてしまった。<イデオロギーは部分を、当然の「常識」や「自然」として、ときには「現実それ自体」として表現することによって、これを成し遂げる>。 ここにおいて新大陸アメリカは往々にして男性侵略を待ち受ける裸の女として表象され、「処女地」という単一像がヨーロッパのために産出される。 そして裸のアメリカは着衣し武装したヨーロッパにレイプされる。

鵜飼哲は、「ポストコロニアリティとは強姦によって生れた子どもである」について《誰が、誰が、どこにアクセントを置いて、どういうふうに言うかで、まさに発話の位置が問われるような言葉》としているが、たとえば、強姦した主体が言う場合と、強姦された主体が言う場合があるだろう。前者は場合によっては、「吐き捨てるように」言うことがあるかもしれない。強姦した主体が「真に」反省して発話すれば、それはたちまち無限責任の領域の話になってくる。

逆に強姦された主体は、「従軍慰安婦」としての〈私〉の現在のあり様を、植民地主義という強姦によって生れた子どもという言い方をすることがあるのかもしれない。とすれば世界中に、たとえば上にあるようにアメリカ先住民の現在の土地返還の訴えも、この「強姦によって生れた子ども」の文脈で語ることができる。だがアクセントによって、誰がいうかによって、ひとをひどく傷つける言葉であることを念頭に置かなければならない。そのことの微妙さをも鵜飼氏は語っているのだろう。

「従軍慰安婦」問題は日本国家の問題ではあるが、それが日本国家だけの問題ではない、という認識は、世界的に共有されつつある。それはまさしく近代国民国家の「性の政治」の最もおぞましい極限態であり、女性を分断しつつ暴力的に支配、搾取してきた近代国民国家の男根主義の象徴なのである。

それはまた、近代国民国家の植民地主義、人種間闘争、自民族中心主義、民族浄化政策の無惨な帰結である。これらは欧米中心的世界システムの中で、巧妙に隠蔽されてきたし、支配体制側の歴史からは抹殺されていた。こうした近代国家の恥部を白日の下に晒したのが、ナチスドイツであり、日本国家である。(大越愛子「「従軍慰安婦」問題のポリティクス」『批評空間』Ⅱ 11-1996)

…………

冒頭のような告発、すなわち欲しても取り返しようのない不可能な願いをしてもよいのか、という疑義はあるかもしれない。また過去の同じような不幸があっても、そのように語らない人もいるだろう。心的外傷という側面を除いて言っても、あのように発話した当時、当人は「不幸」だったのではないかとも憶測される。

(一般に)過去を変えることは不可能であるという思い込みがある。しかし、過去が現在に持つ意味は絶えず変化する。現在に作用を及ぼしていない過去はないも同然であるとするならば、過去は現在の変化に応じて変化する。過去には暗い事件しかなかったと言っていた患者が、回復過程において楽しいといえる事件を思い出すことはその一例である。すべては、文脈(前後関係)が変化すれば変化する。(中井久夫「統合失調症の精神療法」『徴候・記憶・外傷』所収)

遡及的な外傷という言い方もある。《自分の象徴的世界の行き詰まりを打開するために、遡及的に外傷化され、外傷的な<現実界>にまで引き上げられた。》(ジジェク)

だがこのようなことは、面と向かっては言い難い。また当事者の実践的態度のあるべき姿というのは、理想的にはニーチェの『運命愛」なのかもしれないが、これも、そうあれ! とは要請し難い。

「然り」〔Ja〕への私の新しい道。--私がこれまで理解し生きぬいてきた哲学とは、生存の憎むべき厭うべき側面をみずからすすんで探求することである。(中略)「精神が、いかに多くの真理に耐えうるか、いかに多くの真理を敢行するか?」--これが私には本来の価値尺度となった。(中略)この哲学はむしろ逆のことにまで徹底しようと欲するーーあるがままの世界に対して、差し引いたり、除外したり、選択したりすることなしに、ディオニュソス的に然りと断言することにまでーー(中略)このことにあたえた私の定式が運命愛〔amor fati〕である。(『権力への意志』原佑訳)
ニーチェは『道徳の系譜学』や『善悪の彼岸』において、道徳を弱者のルサンチマンとして批判した。しかし、この「弱者」という言葉を誤解してはならない。実際には、学者として失敗し梅毒で苦しんだ二ーチェこそ、端的に「弱者」そのものなのだから。

彼が言う運命愛とは、そのような人生を、他人や所与のせいにはせず、あたかも自己が創り出したかのように受け入れることを意味する。それが強者であり、超人である。が、それは別に特別な人間を意味しない。運命愛とは、カントでいえば、諸原因(自然)に規定された運命を、それが自由な(自己原因的な)ものであるかのように受け入れるということにほかならない。それは実践的な態度である。

ニーチェがいうのは実践的に自由な主体たらんとすることにほかならず、それは現状肯定的(運命論的)態度とは無縁である。ニーチェの「力への意志」は、因果的決定を括弧に入れることにおいてある。

しかし、彼が忘れているのは、時にその括弧を外して見なければならないということである。彼は弱者のルサンチマンを攻撃したが、それを必然的に生みだす現実的な諸関係が存することを見ようとはしなかった。すなわち、「個人は、主観的にはどれほど諸関係を超越していようと、社会的にはやはり諸関係の所産なのである」という観点を無視したのである。(『トランスクリティーク』第一部第3章 P187 岩波書店)

もし「強姦された者」がこのような実践的な自由な主体であったにしろ、柄谷行人がこの文の最後にいうように、少なくとも「強姦した者」にとっては、括弧に入られた因果的決定の括弧を外してみなければならない。やはりその当時の社会的諸関係を見なければならないし、その社会的諸関係が現在も続くならなおさらである。

人間の偉大さを言いあらわすためのわたしの慣用の言葉は運命愛である。何ごとも、それがいまあるあり方とは違ったあり方であれと思わぬこと、未来に対しても、過去に対しても、永遠全体にわたってけっして。必然的なことを耐え忍ぶだけではない、それを隠蔽もしないのだ、--あらゆる理想主義は、必然的なことを隠し立てしている虚偽だーー、それではなく必然的なことを愛すること……(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳)

柄谷行人の言葉を繰り返せば、運命愛は運命論的態度とは異なる、ニーチェのこの概念を受け止めるとき、それが最も肝要な点だろう、--《ニーチェがいうのは実践的に自由な主体たらんとすることにほかならず、それは現状肯定的(運命論的)態度とは無縁である。》





2014年5月7日水曜日

五月七日 「慰安婦」、あるいは支配的イデオロギー

第二日目から彼らは私が慰安婦の仕事をすることを強要した。最初私は抵抗して男を受け入れなかったんだ。それで彼らは私に食物を与えず、私を殴った。拒絶し続けることはできなかった。抵抗したら殺されると思って、彼らの言いなりになることに決めた。でも悲しいことに、私には男性経験がなかったので、この性的奴隷化に耐えられなかったんだ。私の性器は引き裂かれ、腫れ上がった。この苦痛は説明できないね。このことを話すだけでも恥ずかしい。逃げるか死ぬかだと考えた。でも逃げ切れなかった。(ボク・ドン・キム(金福童)“Demanding Accountability: The Global Campaign and Vienna Tribunal for Women's Human Rights. “By Charlotte Bunch and Niamh Reilly.

《1990年代の初めに、金学順(Kim Duk-Soon)(当時68歳)は、自分は元従軍慰安婦(ex-comfort woman)であると証言した。金学順は、「私の人生がこんなになったのは日本のせいです。日本は私たちに補償をして、このことを歴史に残さなければなりません」と訴えた。その後、何人もの女性が、証言を開始した。(……)

従軍慰安婦問題においては、有限責任だけではなく、無限責任も問われている。とくに、二つの局面において、無限責任が問われている。 第一に、「もう一度、17歳のときの青春に戻して」(金学順)や、”I lost my life”(Teng-Kao Pao-Chu )という声に、私たちが応答しようとするときである。》(他者のために生きる 小泉義之)

この「無限責任」をめぐっては、かつて種々の議論があった。

日本及び日本人を見つめる外部の厳しい視線に、今更のように気づき始め、冷水を浴びたように手前勝手なコスモポリタン幻想から醒めざるをえない。逃れようにも逃れられない「みにくい日本人」の一人であるという事実から出発するしかないのである。その厳しい自己認識なしには、そこから一歩も前に進めない状況にいるからである。(大越愛子『闘争するフェミニズム』1996)
「他者」の倫理の中心にある「顔」(visage)とは、「歴史の裁き」から被った「侮辱」を耐え忍ぶ顔であり、「公的」歴史の外に打ち捨てられた満身創痍の<証人>たちの、「異邦人、寡婦、孤児」たちの顔なのだ。この顔を見ること、またこの顔に見られることによって、「私」の「侮辱」(offence)は「恥辱」(honte)に変じる。というのも、「他者」の「侮辱」はその「顔」を通して「私を見つめ、私を告発する」からであり、「私」を裁く「裁きそのもの」だからである。(高橋哲哉『記憶のエチカ――戦争・哲学・アウシュヴィッツ』1995)

こういった言説に対する浅田彰の応答ーーそれは小泉氏の論にも批判的に引用されているのだがーー今は別の文献から、より鮮明な反論として、次の文を掲げる。

いまの論調の支配的な流れの一つは、デリダからレヴィナスへの回帰ですよね。ポジティヴな絶対的神はない、しかしネガティヴな絶対的他者がその不在においてわれわれに呼びかけている、それに向かってわれわれは無限の応答責任(レスポンサビリテ)を負う、と。これはニーチェ的にいうと最悪のモラリズムになりかねないでしょう。さらに問題なのは、そういう擬似宗教的な他者論がしばしば政治的な文脈にダイレクトに導入されることです。いわゆる「従軍慰安婦」の問題にしても、まずは、国家が謝罪し補償するという近代の原理で行けるところまで行くのが先決だと思う。そこで、われわれは他者の顔の前に恥を持って立たねばならないとか何とかいっても、あまり実効性がないばかりか、いたずらにマジョリティの反発を招くことにさえなりかねない。結局、そういう擬似宗教的なモラリズムは、一種の麻痺――すべての「他者」に対して優しくありたいと願い、「他者」を傷つけることを恐れて積極的なことは何もできなくなるという、最近よくあるポリティカリー・コレクトな態度を招きよせるだけではないか。(「『倫理21』と『可能なるコミュニズム』」『NAM生成』所収より)

浅田彰の「実践的な」態度をとりあえず肯うにしろ、それにもかかわらず、「もう一度、17歳のときの青春に戻して」(金学順)や、”I lost my life”(Teng-Kao Pao-Chu )という声にどう応答してよいのかという問いは残る。

だが「どう応答してよいか」どころか、日本のマジョリティは、政府が「有限責任」さえまともに果たさず、政治のトップから公営放送のトップまで、リヴィジョニストが跋扈しているのを、見て見ぬふりをしている。それこそ「セカンド・レイプ」というものである。

闘ってるやつらを皮肉な目で傍観しながら、「やれやれ」と肩をすくめてみせる、去勢されたアイロニカルな自意識ね。いまやこれがマジョリティなんだなァ。(浅田彰「憂国呆談」)

たとえば3.11以後、より明らかになっている筈だが、本来、闘うべき相手は、日本のサイレント・マジョリティなのではないか、という問いはある。

今起きている危機は、福島原発事故についてだけのことではないのです。私が最も絶望させられたのは、電力会社、政府の役人、政治家、メディア関係者が結託して放射能の危険を隠すために行った「沈黙による陰謀」とも呼ぶべき行為です。去年の3月11日以来、たくさんの嘘が明らかになりました。そしておそらくは、まだこれからも明らかになってゆくでしょう。これらのエリートたちが真実を隠すため陰謀を巡らせていたことが明らかになって、私は動揺しています。ぼくたちは、そんなに騙しやすい国民なのでしょうか?(「僕たちは、そんなに騙しやすい国民でしょうか。」大江健三郎へのインタビュー/ルモンド紙(2012.3.16)

騙しやすい国民どころか、騙されたい国民なのではないか。

ジジェクは1993年の浅田彰との対談にて(『「歴史の終わり」と世紀末の世界』所収)、1992年に旧東独のロストクで起こったネオ・ナチによる難民収容施設の焼き討ち事件をめぐり、《今回も、それ自体としてはおぞましいネオ・ナチの暴力行為が、ドイツのサイレント・マジョリティの承認とは言わぬまでも暗黙の「理解」を得たことが問題なのです。実際、社会民主党の幹部の中でさえ、こうした事件を口実にドイツのリベラルな難民受け入れ政策の再検討を提唱する人たちが出てきている。こういう時代の空気の変化の中にこそ、「外国人」を国民的アイデンティティへの脅威とみなすイデオロギーがヘゲモニーをとる危険を見て取るべきだと思うのです。》と語っているが、日本のサンレント・マジョリティは、この今「ヘイト・スピーチ」を初めとするレイシズム的言説の猖獗を見て見ぬふりをしていることはないか。

ここで「支配的イデオロギー」と「支配しているかに見えるイデオロギー」を間違えるな、というジジェクの言葉を反芻しておこう。

こうした状況のもとでとくに大切なことは、支配的イデオロギーと支配しているかに見えるイデオロギーとを混同しないように注意することだ。われわれは、これまで以上に、ヴァルター・ベンヤミンが遺してくれた注意事項を心に留めなければならない。その注意事項とは、ある理論(あるいは芸術)が社会闘争に関わる自分の立ち位置をどのように決定するかを訊ねるだけでは不十分であり、それが闘争においてどのようなアクチュアルな機能を発揮しているかもまた問われねばならない、というものである。 例えば、セックスで真のヘゲモニーを掌握している考え方は家父長制的な抑圧などではなく自由な乱交であり、また芸術で言えば、悪名高い「センセーショナル」展覧会と銘打ったスタイルでなされる挑発が規範に他ならなず、それは体制に完全に併合されてしまっている芸術の典型事例である。アイン・ラントは、彼女の最近のノン・フィクション作品のタイトル「資本主義──この知られざる理念」や「経営トップ──アメリカ最後の絶滅種族」に見られるように、公式イデオロギーそれ自体の強調が自己への最大の侵犯へ反転するといったある種ヘーゲル的な捻りを加味することで、こうした論理をその結論にまで押し上げている。( ジジェク『迫り来る革命 レーニンを繰り返す』長原豊 訳)

支配的イデオロギーのひとつの姿とは、たとえばツイッターの村社会で同族意識の安堵感に浸りながら、湿った瞳を交わし合い頷き合いつつ、趣味の世界、あるいは研究の世界に耽り返っているのみのあれら「優しい」マジョリティなのだ。

完全に不埒な「精神」たち、いわゆる「美しい魂」ども、すなわち根っからの猫かぶりども(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳)

 ああ、ここでニーチェ読みでもあるカント学者の中島義道botーーわたくしはこの人の書を読んだことがないのだがーーに手伝ってもらおう!

《ナチスを最も熱心に支持したのは、公務員であり教師であり科学者であり実直な勤労者であった。当時の社会で最も真面目で清潔で勤勉な人々がヒトラーの演説に涙を流し、ユダヤ人という不真面目で不潔で怠惰な「寄生虫」に激しい嫌悪感を噴出させたのである。》(『差別感情の哲学』中島義道)

《一見聡明で穏やかな一般市民が、「魔女」を告発し、その悶え苦しむ姿を楽しむのだ。中世においてそうであったように、そういう逸楽に耽っている者は、極悪人や犯罪予備軍ではない。むしろ「善良な市民」という名の「優しさ」にあふれた怪物である。》『狂人三歩手前』中島義道

《現代日本の精神構造は、中世の魔女裁判のときやヒットラーのユダヤ人迫害のときの精神構造とそれほど隔たったものではない。ほとんどの人は安心してみんなと同じ言葉をみんなと同じように語る。同じ人に対して同じように怒りをぶつける。同じ人に対して同じように賞賛する。》『醜い日本の私』中島義道

耐え難いのは差異ではない。耐え難いのは、ある意味で差異がないことだ。サラエボには血に飢えたあやしげな「バルカン人」はいない。われわれ同様、あたりまえの市民がいるだけだ。この事実に十分目をとめたとたん、「われわれ」を「彼ら」から隔てる国境は、まったく恣意的なものであることが明らかになり、われわれは外部の観察者という安全な距離をあきらめざるをえなくなる。(ジジェク『快楽の転移』ーー優しい人たちによる魔女狩り)

ーーこういったことは海外住まいの身としては、あまり書きたくないのだが、三年前の春以来、おりあるごとに頭に血が上ってしまう。《不快な渇きが僕の血管の血をにごらせ》る(ランボー「いちばん高い塔の歌」)。ーーいやわたくしは日本住まいのひとたちよりは、韓国人や中国人と顔を合わせる機会はずっと多いだろう、彼らと酒を酌み交わす機会がずっと多いだろう。

さらにいえば、あれらどっちつかずの態度をとる「学者」や「知識人」たちの厚顔無恥!

私が思うに、最も傲慢な態度とは「ぼくの言ってることは無条件じゃないよ、ただの仮説さ」などという一見多面的な穏健さの姿勢だ。まったくもっともひどい傲慢さだね。誠実かつ己れを批判に晒す唯一の方法は明確に語り君がどの立場にあるのかを「独断的に」主張することだよ。(「ジジェク自身によるジジェク」私訳)

あれら破廉恥漢!

わたしは仔細ぶった疑いぶかい猫どもの静かさよりは、むしろ喧騒と雷鳴と荒天の呪いを好む。そして人間たちのあいだでも、わたしは最も憎むのは、忍び足で歩く者たち、中途半端な者たち、そして疑いぶかい、ためらいがちな浮動する雲に似た者たちすべてである。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』手塚富雄訳)

さて抗血剤でも飲むことにしようーー。

冒頭に戻っていくらかの備忘をする。

◆「従軍慰安婦問題」より

日本は敗戦と同時に、戦時中の証拠を隠滅するため、多くの公文書を破棄・湮滅した。そして、慰安婦はその境遇から、記録を残せる立場になかったため、現存する資料は少なく、文書に書かれた証拠が不足していることにより、現在議論が平行線をたどったままになってしまっている。終戦後、慰安婦の一部は帰国したが、その後も、社会的制裁 (スティグマ)・精神的外傷 (トラウマ)に悩まされ、元慰安婦であるが故に、社会的差別を受け、慰安婦生活のために生じた性病・子宮疾患により、子宮摘出や不妊などの、身体の病気に犯され、それと同時に、後遺症や神経症・鬱病・言語障害などの心の病気にも犯され、子どもを生むことの出来ないからだでは結婚することもできず、「社会の恥」という呪縛に苦しみながら長い間沈黙を守り続けた。

従軍慰安婦問題における大きな犯罪は、二重の犯罪(セカンド・レイプ)と呼ばれ、そのひとつは「戦時強姦」という犯罪であり、もうひとつは、「罪の忘却」という犯罪である。そして三重の犯罪として、もうひとつ、「被害女性の告発の否認」という犯罪も浮かび上がる。

「新しい歴史教科書」を作る会などの削除派の人々は、祖国と皇軍の名誉と尊厳を回復するために、所謂平和団体など反国家の人々の主張を、彼らの求める平和は、ただのマゾヒストの自己満足であると批判し、慰安婦問題浮上のきっかけとなった金学順についても、日韓の反日亡者に利用されて、金欲しさのために提訴し、結局、既成事実を暴かれ捨てられて死んでいった愚か者という。それこそがセカンドレイプという犯罪なのである。


ここでは、上の文の「精神的外傷 (トラウマ)」にのみ注目する。なぜ「従軍慰安婦」たちは半世紀の年月を経たあと、突如として告白しはじめたのだろうか。ある「きっかけ」が必要だったには相違ない。おそらくはフェミニズム運動などの言説がその大きな「きっかけ」になったはずだ。《レイプは女性の側にいかなる事情があるにせよ男性の暴力による女性支配であるというフェミニズムの糾弾なくして、精神神経症からPTSDへの移行はなかった。そしてこの指摘は、当然、暴力による支配行為としての戦争をも尾問題にせざるをえない。》(中井久夫「トラウマとその治療経験」)

……私の子ども時代といえば、明治生まれはまだ若くて、元治だとか嘉永だとか万延生まれの人がおられました。この時代、日露戦争の勇士は戦争体験を語らないと言われていました。一般に明治人は寡黙であり、これは明治人の人徳であると思われてしました。けれども、今から考えるとそうではなくて、日露戦争は、最後は白兵線つまり銃剣で戦われたわけです。それはほとんど語りえないものであったのではないだろうかと思うのです。その一つの傍証を挙げましょう。精神科の大先輩の話ですが、軍医として太平洋戦争に参加している人です。一九七七年にジャワで会った時には、戦争初期のジャワでの暮らしが、いかに牧歌的であったかという話を聞かせてくれました。先生はその後ビルマに行かれたのですが、そちらに話を向けても「あっ、ビルマ。ありゃあ地獄だよ」と言ってそれでおしまいでした。ところが一九九五年の阪神淡路大地震のあとお会いした時には、「実は、今でもイギリスの戦闘機に追いかけられる夢を毎晩見るんだ」ということを言われました。震災について講演に行くと、最前列に座っているのが白髪の精神科の長老たちで、これまであまり側に寄れなかったような人たちですが、講演がすんだら握手を求めに来て「戦争と一緒だねえ」というようなことを言われるわけですね。神戸の震災によって外傷的な体験というものが言葉で語ってもいいという市民権を得たのだなと思いました。それまでずっと黙っておられたのですね。(中井久夫「外傷神経症の発生とその治療の試み」『徴候・記憶・外傷』所収)

こうやって白髪のかつての軍医のように、かつての「慰安婦」たちは半世紀を経て語り始めたのだろう。

一般に外傷関連障害は決して発見しやすいものではない。葛藤を伴うことの少ない天災の場合でさえ、アンケートをとり、訪問〔アウトリサーチ〕しても、なお発見が困難なくらいである。人災の場合になれば、患者は、実にしばしば、誤診をむしろ積極的に受け入れ、長年その無効な治療を淡々と受けていることのほうが普通である。外傷関連患者は治療者をじっと観察して、よほど安心するまで外傷患者であることを秘匿する。

PTSDの発見困難はむろん診療者の側の問題でもある。膵臓疾患の診断の第一は「膵臓が存在することを忘れていないこと」である。それほど膵臓は忘れられやすい臓器だということだが心的外傷でも同じである。多くの外来患者はフラッシュバックなど侵入症状を初めとする外傷関連症状の存否をそもそも聞かれていない。それに怠慢ばかりでなく、心的外傷には、土足で踏み込むことへの治療者側の躊躇も、自己の心的外傷の否認もあって、しばしば外傷関与の可能性を治療者の視野外に置く。

しかし患者側の問題は大きい。それはまず恥と罪の意識である。またそれを内面の秘密として持ちこたえようとする誇りの意識である。さらに内面の秘密を土足で入り込まれたくない防衛感覚である。たとえば、不運に対する対処法として、すでに自然に喪の作業が内面で行われつつあり、その過程自体は意識していなくても、それを外部から乱されたくないという感覚があって、「放っておいてほしい」「そっとしておいてほしい」という表現をとる。

天災においてさえ、恥の意識はありうる。「他の人たちは我慢しているのに」「生きのびただけでも感謝するべきなのに」「私の弱さをさらけだしたくない」など。「死んだ人(家をなくした人)に申し訳ない」という生存者罪悪感もある。たとえば周囲が皆倒壊している中で一軒だけ倒壊しなかった家の人の持つ罪の意識である。性的被害や児童虐待においては、なおさらのことである。(中井久夫「トラウマとその治療経験」)

この最後にある恥の意識や生存者罪悪感を、ヤスパースは「形而上の罪」と呼んでいる。

ヤスパースは《「形而上の罪」として、アドルノがいったようなことを述べている。たとえば、ユダヤ人で強制収容所から生還した人たちは、ある罪悪感を抱いた。彼らは自分が助かったことで、死んだユダヤ人に対して罪の感情を抱く、まるで自分が彼らを殺したかのように。それは、ほとんどいわれのないことだから、形而上的だというのである。》

ヤスパースは戦後まもない講演(『罪責論』)において、戦争責任を、刑事的責任、政治的責任、道徳的責任、形而上的責任の四種類に分けている。

第一に、「刑事上の罪」、これは戦争犯罪――国際法違反を意味する。これはニュールンベルク裁判で裁かれている。

第二に、「政治上の罪」、これは「国民」一般に関係する。《近代国家において誰もが政治的に行動している。少なくとも選挙の際の投票または棄権を通じて、政治的に行動している。政治的に問われる責任というものの本質的な意味から考えて、なんびとも、これを回避することは許されない。政治に携わる人間は後になって風向きが悪くなると、正当な根拠を挙げて自己弁護するのが常である。しかし、政治的行動においてはそういった弁護は通用しない》(橋本文夫訳)

つまり、ファシズムを支持した者だけでなく、それを否定した者にも政治的責任がある。《あるいはまた「災禍を見抜きもし、予言もし、警告もした」などというが、そこから行動が生まれたのでなければ、しかも行動が功を奏したのでなければ、そんなことは政治的に通用しない》。

第三に、「道徳上の罪」、これはむしろ、法律的には無罪であるが、道徳的には責任があるというような場合である。たとえば、自分は人を助けられるのに、助けなかった、反対すべき時に反対しなかったというときがそうである。もちろん、そうすれば自分が殺されるのだから、罪があるとはいえない。しかし、道徳的には責任がある。なぜなら、なすべきこと(当為)を果たさなかったからである。

最後に、「形而上の罪」として、アドルノがいったようなことを述べている。たとえば、ユダヤ人で強制収容所から生還した人たちは、ある罪悪感を抱いた。彼らは自分が助かったことで、死んだユダヤ人に対して罪の感情を抱く、まるで自分が彼らを殺したかのように。それは、ほとんどいわれのないことだから、形而上的だというのである。

この講演はほとんど知られていないが、戦後ドイツの戦争責任への処し方を規定したものである。こうした区別は、それらがつねに混同されている現状から見て不可欠である。しかし、ここに幾つかの問題がある。ヤスパースは、まるでナチズムがたんに精神的な過誤であり、それを哲学的に深く反省すれば片づくかのように考えている。そこには、ナチズムをもたらした社会的・経済的・政治的諸原因への問いが欠落している。ヤスパースは、カントのいう道徳性を「道徳的な罪」のレベルにおき、「形而上の罪」をより高邁なものであるかのように見なした。しかし、カントのいう道徳性は根本的にメタフィジカルである。同時に、それは「責任」を離れて、「自然」(因果性)を徹底的に探求すべきであることと矛盾しないのだ。(『トランスクリティーク』P190の註より)

2014年5月6日火曜日

五月六日 現代嘲弄文例集

小泉義之氏の書評 『社会的なもののために』を読んで、思いがけず愉快を感じてしまったので、以下に遺忘に備えて置く。

副題に「飲屋談義と薀蓄披露」とされているように、徹底的な嘲弄の言葉から成り立っている(かすかな例外を除いて)。最終的には次のように書かれている。

 【人畜無害】あるいは【無毒化・無力化】
本書は平凡で凡庸である。ところが、本書の類は、好意的に迎えられる。人畜無害だからである。だから、大学人がどのようにしておのれを無害化し、ひいては無毒化・無力化するのか、また、そのことを歓迎する層がどのようにしておのれを無力化するのかを探る上で、本書は有益な素材になるのである。

いわゆるすっとぼけた「大学人」ーー学生のとき、学校に長く居続けたいと願った者の成れの果て(レヴィ=ストロース)であるかどうかは窺知れないがーーに活を入れるためには、こういった書評も必要なのだろう。

《抗議や横車やたのしげな猜疑や嘲弄癖は、健康のしるしである。すべてを無条件にうけいれることは病理に属する。》(ニーチェ『善悪の彼岸』 154番)

悪口は中野重治にも諌めの言葉があるが、やはり捨て難い。

何ごとによらず、悪口をいうことのほうが褒めることよりもやさしいようである。褒め言葉は、当の対象がよほど十分に褒められるのに値していなければ、とかくうわつ調子なものになりがちである。これに反して、悪口のほうは、対象の弱点を取り上げるのがその仕事であるから、本来の性質上、甘くなることがそれほどできぬではないかと思う。それだから、たとえある悪口が実際にはちょろいものであっても、それが悪口であるというだけの原因によつて、けつしてちょろいものではないという外観をーーー少なくとも褒め言葉よりは、そなえやすいようである。(中野重治 「映画の悪口ーーー罪はどこにある」)

 …………

さて項目を立てて順不同に小泉節を抜き出そう。あくまで書評の対象である『社会的なもののために』を読んでいない者が抜粋する「言葉の技」、ボロクソ芸を楽しむためのものである。


【凡庸】
薀蓄開陳以外の大半は凡庸な時論・政論の類で占められている。ただし、発言者たちは、おおむね自己の発言が平凡であることを自覚しており、しかも、現在の情勢ではそんな平凡に強調線を引くことが社会的にも政治的にも重要であると考えているようである。だから、本書を平凡と指摘したところで、書評にも批評にもなりはしないが、その強調線の引き方も平凡なので、平凡×平凡=凡庸と評しておく。

【既視感・既読感】
大学内外の知識人・テクノクラートの発言力が高まっているように見える現状にあって、本書を読みながら感じたのは、「ある民族の発展において、学者が前面にしゃしゃり出ている時代を見るがよい。それは疲労の時代、しばしば黄昏の、没落の時代である」(ニーチェ『道徳の系譜』)ということである。もう一つの印象は、既視感・既読感である。発言者たちの自覚以上に、本書の談論は既に何度となく言われてきたことである。しかも、既存の水準より低下している。発言者たちは狭い専門分野以外についての勉強が足りないのではないか。

【コンセンサスが成り立っているような空気】あるいは【仲良し】
よくあることだが、本書の基本用語「社会的なるもの」の定義はなされていない(定義らしきものはあるにはあるが、論外である)。私自身は定義一般に大した意味を感じないので、そこは問題にしない。問題にしたいのは、その使われ方である。すこし気味がわるいのは、「僕はのれない」(宇野:三四三)といった何様のつもりなのか理解し難い呟きはあるものの、全体として、「われわれが強調しようとしている社会的なもの」(宇野:三二一)の何たるかについて、特段の相互批判もないまま、コンセンサスが成り立っているかのような空気が醸し出されていることである。きっと、みんな仲良しなのだろう。

このコンセンサスが成り立っているような空気をめぐってはラカン派村社会における 仲良し同士の「ジャーゴン」連発に対するジジェクの痛烈な文がある。
…Lacanian communities, where the group recognizes itself through the common use of some jargon-laden expressions whose meaning is not clear to anyone, be it “symbolic castration” or “divided subject”—everyone refers to them, and what binds the group together is ultimately their shared ignorance. Lacan's point, of course, is that psychoanalysis should enable the subject to break with this safe reliance on the enigmatic master signifier.

----THE REAL OF SEXUAL DIFFERENCE. Slavoj Zizek

たとえば最も基本的な概念「転移」をめぐるラカン派の諸説を覗いて見ると愉快になること間違いなし。→ ラカン派の「転移」のいろいろ


【児童会・生徒会】
また、ある発言者によると、それは「理念」であり、どうやら「高負担高福祉というオプション」についての「コンセンサス」のことであるようだ(宇野:二〇八)(こういう単純で乱暴な発言はやめていただきたい)。また、ある発言者によると、社会的なものの「知」は「国民空間をつくる知」になるらしい(道場:二七九)。だから、ある発言者によると、社会的なものが引く「境界」を絶えず乗り越えることが必要であり(宇野:一二八)、その「正統性」を供給するものは国民国家しかないらしく、それを乗り越えるものが「デモクラシー」であるようだ(小田川:二〇五)(この非政治性・非「社会性」にもちょっと驚かされる。たぶん社会は児童会や生徒会のように出来上がっているのだろう)。

ーー 《社会的なものが引く「境界」を絶えず乗り越えることが必要》などというのは、ツイッターなどでも《勉強が足りない》にもかかわらず、インテリぶりたい手合いがしばしば呟いているのを見かけるが、あたかもかつてから何度も反復された幼児の繰言のようであり、ーーたとえば二元論の概念操作を批判する場合のようなーー児戯に類するように感じてしまう。《浅田(彰)君が二元論はいけないと言っているけれどもね。概念操作としては二元論というものは絶対必要なんですよ。》(蓮實重彦『闘争のエチカ』)


【寝ぼけた呟き】
「原理をめぐる質的な論争」?本書にそれは見られない。見られないだけでなく、感じ取れない。その一方で、「量的論争」たる再分配をめぐって研究会後の飲屋での談論としか評しようのない発言(酒井:二八〇を受けて)がなされていく。

過剰労働力問題をどうやって解決したかというと、田中角栄に象徴されるように、公共事業で解決したという側面はあります。土木と建設である、つまりは土建と呼ばれる世界です。これはほとんどもう中上健次の世界ですよね。(前川:二八一)。
 
だから、何だと言いたいのか?今後、土建をどうしたいというのか?震災復興、再生可能エネルギーの土建を何と心得るのか? それが中上健次の世界であったとして(!)、さまざまな地区の土建をどうしようというのか?仮に田中角栄的なものを復権させるというなら、どうして「社会民主主義政党があったほうがいい」(宇野:二〇八)という寝ぼけた呟きが放置されているのか?

【「左翼の人」って誰のこと?】
他方で、社会運動に対する姿勢の反動であろうが、左翼に対するや居丈高になる。例えば、「左翼の人は、経済の論理はおのずからして悪いと考えがちで」(前川:三一三)あるらしいが、その「左翼の人」って誰のことかをきちんと教えていただきたい。言うまでもないが、同時に、その「経済の論理」の内実を示してもらわなければ困る。例えば、一方で新自由主義は「民主的統制なき独占」(小田川・市野川:三三六)とされ、他方で「反独占、脱独占という新自由主義の論理」(市野川:三四〇)とされており、端的に矛盾しているので直していただきたい。その上で、民主的統制付きの独占を何と心得ているのか書いていただきたい。要するに、「経済の論理」――まさかそれは金融政策に還元されるものでも、経済政策原理主義(小泉純一郎内閣)に回収されるものでもあるまい――をきちんと示していただきたい。


【狭い視野に入る限りでのケチつけによるポジショニング】
 こういう言い方もしておく。狭い視野に入る限りでの社会運動や左翼にケチをつけてポジショニングするヒマがあるなら、もっと世間を見渡して、相手にとって不足のない「敵」や「権威」を相手にしていただきたい。いたるところにゴロゴロしているではないか。

…………

さて、なにを楽しんだかって? やっぱりあれら「社会学者」たちは怖がってるんじゃないか。

恐るべき家族の神秘…おびえて、疲れ果てて、のべつ調子外れで、女性化され、虚弱化され、干からびて、女々しく、飼い馴らされ、母性化された男たちの眼差し、ぶよぶよのオッパイ…(……)

ぼくは、いつも連中が自分の女房を前にして震え上がっているのを見た。あれらの哲学者たち、あれらの革命家たちが、あたかもそのことによって真の神性がそこに存在するのを自分から認めるかのように …彼らが「大衆」というとき、彼らは自分の女房のことを言わんとしている ……実際どこでも同じことだ …犬小屋の犬… 自分の家でふんづかまって …ベッドで監視され…(ソレルス『女たち』鈴木創士訳)


以前、嘲笑を磨くための文例を小林秀雄から抜き出したことがあるが、上の小泉節も現代嘲弄文例集として活用すべきではないか。すくなくとも人畜無害な似非インテリをお釈迦にするために。



◆小林秀雄『作家の顔』(新潮文庫より)

【世の中で一番始末に悪い馬鹿、背景に学問も持った馬鹿】
……「文芸春秋」を出したのは、菊池さんがたしか三十五の時である。ささやかな文芸雑誌として出発したが、急速に綜合雑誌に発展して成功した。成功の原因は簡単で、元来社会の常識を目当てに編輯すべき総合雑誌が、当時持っていた、いや今日も脱しきれない弱点を衝いた事であった。菊池さんの言葉で言えば、「世の中で一番始末に悪い馬鹿、背景に学問も持った馬鹿」の原稿を有難がるという弱点を衝いた事によってである。(「菊池寛」)

【浅薄な誤解というものは、ひっくり返して言えば浅薄な人間にも出来る理解】
林房雄の放言という言葉がある。彼の頭脳の粗雑さの刻印の様に思われている。これは非常に浅薄な彼に関する誤解であるが、浅薄な誤解というものは、ひっくり返して言えば浅薄な人間にも出来る理解に他ならないのだから、伝染力も強く、安定性のある誤解で、釈明は先ず覚束ないものと知らねばならぬ。(「林房雄」)

【発見は少しもないが、理屈は巧妙に付いている様な事を言う所謂頭のいい人】
「俺の放言放言と言うが、みんな俺の言った通りになるじゃないか」と彼は言う。言った通りになった時には、彼が以前放言した事なぞ世人は忘れている。「馬鹿馬鹿しい、俺は黙る」と彼は言う。黙る事は難しい、発見が彼を前の方に押すから。又、そんな時には狙いでも付けた様に、発見は少しもないが、理屈は巧妙に付いている様な事を言う所謂頭のいい人が現れる。林は益々頭の粗雑な男の様子をする始末になる。(「林房雄」)

【保守派は、現実の習慣のうちに安んじて眠っている。進歩派は、理論のうちに夢みている。】
……保守派も進歩派も、実人生の見えないロマンチストに過ぎぬと、はっきり考えた人なのだ。保守派は、現実の習慣のうちに安んじて眠っている。進歩派は、理論のうちに夢みている。眠っているものと、夢みているものとは、幾らでもいるが、覚めている人は少い。人生は動いて止まぬ。その微妙な動きに即して感じ考え行う人は、まことに稀れである。(「菊池寛文学全集」解説)


【その他】
衰弱して苛々した神経を鋭敏な神経だと思っている。分裂してばらばらになった感情を豊富な感情と誤る。徒らに細かい概念の分析を見て、直覚力のある人だなどと言う。単なる思い付きが独創と見えたり、単なる聯想が想像力と見えたりする。或は、意気地のない不安が、強い懐疑精神に思われたり、機械的な分類が、明快な判断に思われたり、考える事を失って退屈しているのが、考え深い人と映ったり、読書家が思想家に映ったり、決断力を紛失したに過ぎぬ男が、複雑な興味ある性格の持主に思われたり、要するに、この種の驚くべき錯覚のうちにいればこそ、現代作家の大多数は心の風俗を描き、材料の粗悪さを嘆じないで済んでいるのだ。これが現代文学に於ける心理主義の横行というものの正体である。(「林房雄」)

…………


あらためて言うまでもないが、ここに引かれた表現は、《凡庸な資質しか所有していないものが、その凡庸さにもかかわらず、なお自分が他の凡庸さから識別されうるものと信じてしまう薄められた独創性の錯覚》に閉じこもりたい人のための暗記用である、という言い方もできることを念押ししておこう。

しかるべき文化圏に属するものであれば、誰もが暗記していつでも口にする用意が整っていた台詞であり、その意味で、それをあえて言説化してみることはほとんど何も言わずにおくことに等しい。(蓮實重彦『物語批判序説』)

…………

数日前、「経済なき道徳は寝言」という表題で投稿したが、それは二宮尊徳の《道徳なき経済は犯罪であり、経済なき道徳は寝言である。》、あるいはジジェクの《右翼知識人は悪党で、既存の秩序はただそれが存在しているがゆえに優れていると考える体制順応者…左翼知識人は道化であり、既存秩序の虚偽を人前で暴くが、自分のことばのパフォーマティヴな有効性は宙ぶらりんにしておく 宮廷道化師》をめぐるものだった。

昨晩、柄谷行人の文のなかにも似たような表現に行き当たったので、ここに備忘しておく。

カントの言葉をもじっていえば、経済的・政治的基盤をもたないコミュニズムは空疎であり、道徳的基盤をもたないコミュニズムは盲目である。(『トランスクリティーク』p200)

まあきみたちも、夜郎自大の「自分の表現」なるもの、すなわちどこかで覚えこんできた台詞の劣化した表現ではなく、せいぜい古典的な書き手の文を「引用」したほうが世のため人のためだぜ。

ところで数年前に次のようなツイートを読んで驚いたことがあり、それ以来この人物の誇大妄想的な、すなわち幼児的な発話に興味をもった時期がある。

やはり私は、今に至るすべての日本語文献には、自分が必要とする論点は書き込まれていない、と感じています。そして実をいうと、外国語文献を調べたってないんだろう、《論点そのものを自分で設計するしかない》と、思い始めています。

このような自惚や傲慢はどうやって生まれるのだろう。母親の「寵児」であった時期をもつ人物なのではないか、などと思いを馳せさせられた。

かつて母親の絶対的な寵児であった者は、生涯あの征服者の感情を、あの成功の確信を抱きつづけるものである。そしてこの確信は、実際に成功を自分の方へ引き寄せてくることがよくある。(フロイト「『詩と真実』中の幼年時代の一記憶」)

だが彼のツイートやブログを読んでも、たとえば一人の作家の全集を徹底的に読み込んだ形跡はまったく見当たらない。いや一冊の古典的書物でさえも疑わしい。おそらく独自の「器量」をもった人物なのだろう。ーー《ヴァレリーの『レオナルド・ダ・ヴィンチ方法序説』にあるように、それぞれ自分の器量を超えた部分は、いかにも、ないも同然である》(中井久夫)。フロイトが書くように、自惚れは、《実際に成功を自分の方へ引き寄せてくる》のだから、ケチをつけるのは遠慮しよう。だが本来古典とは次のように接するものであるに違いない。

真に偉大な哲学者を前に問われるべきは、この哲学者が何をまだ教えてくれるのか、彼の哲学にどのような意味があるかではなく、逆に、われわれのいる現状がその哲学者の目にはどう映るか、この時代が彼の思想にはどう見えるか、なのである。(ジジェク『ポストモダンの共産主義  はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』)

《もちろん、先行研究うんぬんで既存の記憶に押しつぶされるより、ちょっとは蛮勇を奮ったほうがいい。でも、逆に言えば、蛮勇は過去の蓄積を突き破るように生まれるわけですよ。》(浅田彰)ーー、上に例を挙げた「彼」だけではない。《自前の哲学を語りたい》連中が最近は跳梁跋扈している。だが、小泉氏が言うように「発言者たちは狭い専門分野以外についての勉強が足りないのではないか。」

「わかりたいあなた」たちにとっては、わかったかわからないかを真剣に問うことよりも、なるべくスピーディーかつコンビニエント に、わかったつもりになれて(わかったことに出来て)、それについて「語(れ)ること」の方がずっと重要なのです。(阿部公彦書評 『ニッポンの思想』佐々木敦)

…………

《もはや、われわれには引用しかないのです。言語とは、引用のシステムにほかなりません。》(『砂の本』「疲れた男のユートピア」ボルヘス 篠田一士 訳)

「きみにはこんな経験がないかね? 何かを考えたり書こうとしたりするとすぐに、それについて最適な言葉を記した誰かの書物が頭に思い浮かぶのだ。しかしいかんせん、うろ覚えではっきりとは思い出せない。確認する必要が生じる──そう、本当に素晴らしい言葉なら、正確に引用しなければならないからな。そこで、その本を探して書棚を漁り、なければ図書館に足を運び、それでも駄目なら書店を梯子したりする。そうやって苦労して見つけた本を繙き、該当箇所を確認するだけのつもりが、読み始め、思わずのめりこんでゆく。そしてようやく読み終えた頃には既に、最初に考えていた、あるいは書きつけようとしていた何かのことなど、もはやどうでもよくなっているか、すっかり忘れてしまっているのだ。しかもその書物を読んだことによって、また別の気がかりが始まったことに気付く。だがそれも当然だろう、本を一冊読むためには、それなりの時間と思考を必要とするものなのだから。ある程度時間が経てば、興味の対象がどんどん変化し移り変わってもおかしくあるまい? だがね、そうやってわれわれは人生の時間を失ってしまうものなのだよ。移り気な思考は、結局、何も考えなかったことに等しいのだ」(ボルヘス 読書について──ある年老いた男の話)

ひたすら「引用」の顕揚のように見えかねないので、次のような言い方がある、ということも付記しておこう。

……結局は、自分の言葉でどう捉えなおすということが、つまりはテキストの受容だからね。自分の頭と心とを通過させないで、唇の周りに反射的な言葉をビラビラさせたり、未消化の繰り返しだけやる連中がいるけれどーー学者に、とはいわないまでも研究者にさーー、こういう連中は、ついに一生、本当のテキストと出会うことはないんじゃないだろうか?(大江健三郎『燃え上がる緑の木』第三部「大いなる日」)

流通するのは、いつも要約のほうなんです。書物そのものは絶対に流通しない。ダーヴィンにしろマルクスにしろ、要約で流通しているにすぎません。要約というのは、共同体が容認する物語への翻訳ですよね。つまり、イメージのある差異に置き換えることです。これを僕は凡庸化というのだけれど、そこで、批評の可能性が消えてしまう。主義者が生まれるのは、そのためでしょう。書物というのは、流通しないけど反復される。ドゥルーズ的な意味での反復ですよね。そして要約そのものはその反復をいたるところで抑圧する。批評は、この抑圧への闘争でなければならない。(蓮實重彦『闘争のエチカ』)
「批評」は、本質的に言い換えの作業にほかならない。翻訳とも呼べるその作業は、言い換えるべき対象としての他者の言説の中でまどろんでいるしかるべき記号に触れ、それを目覚めさせることから始まる。数ある記号のどれに触れて目覚めさせるかで、読む主体の「動体視力」が問われることにもなろうが、それは、読むことで、潜在的なものを顕在化させる作業だといってよい。その覚醒によって、他者の言説は、誰のものでもない言説へと変容する。その変容は、 “できごと” として生起し、「批評」の主体をもいくぶんか変容させずにはおくまい。言い換えれば、その二重の変容を通して、とりあえずの翻訳におさまるのだが、「批評」は、それがあくまでとりあえずのものでしかないことを知っている。また、それを知らねば、たんなる「厚顔無恥」に陥るほかはない。

決定的な翻訳にたどりつくことなく、「厚顔無恥」に陥ることも避けながら、とりあえずの翻訳にとどまるしかない「批評」は、あるとき、その宿命として、「表象の奈落」を目にする。そこには、もはや、他者の言説など存在せず、覚醒すべき記号さえ見あたらない。その視界ゼロの世界で、とりあえずのものでしかないにせよ、主体にこの不断の翻訳をうながすものは何か、どんな力に導かれて「批評」は記号の覚醒を目ざしたりするのか、それが物として生みだされるのではなく、事件として起こることを許すものは何か、等々、いくつもの声として響かぬ疑問を前にして、人は言葉を失う。「批評」が「批評」を超えた何かに触れることで陥る失語に言葉を与えるものは、もはや「批評」ではない。だかれといって、それが「哲学」かといえば、それは大いに疑わしい。(蓮實重彦『表象の奈落』)