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2014年10月2日木曜日

「沖合いはるかな遠い未来のなかに」

人が私に同意するときはいつも、私は自分が間違っているに違いないと感じる。

Whenever people agree with me I always feel I must be wrong. (オスカー・ワイルド)

ははあ、ワイルドの言葉のなかに、すでにロラン・バルトがいるな。

何か《洒落た》考察によって聴衆をほほえませるや否や、何か進歩主義的な常套句で聴衆を安心させるや否や、私はこうした挑発の迎合性を感ずる。私はヒステリー的欲動を遺憾に思う。遅まきながら、人に媚びる言述よりいかめしい言述の方が好ましく思われ、ヒステリー的欲動を元に戻したいと思う(しかし、逆の場合には、ヒステリー的に思えるのは、言述の《厳しさ》の方である)。実際、私の考察にある微笑が応じ、私の威嚇にある賛意が応じると、私は、ただちに、このような共犯の意思表示は、馬鹿者か、追従者によるものと思い込む(私は、今、想像上の過程を描写しているのだ)。反応を求め、つい反応を挑発してしまう私だが、私が警戒心を抱くには、私に反応するだけで十分である。

そして、どのような反応をも冷まし、あるいは、遠ざけるような言述を続けていても、そのために自分が一層正確である(音楽的な意味で)とは感じられない。なぜなら、そのときは、私は自分のパロールの孤独さを自賛し、使命を持った言述(学問、真理、等)というアリバイをそれに与えなければならないからである。(ロラン・バルト「作家・知識人・教師」『テクストの出口』所収)

遡ればデカルトだっているさ。

人が二十年もかかって考えたことのすべてを、それについて二つ三つのことばを聞くだけで、一日でわかると思いこむ人々、しかも鋭くすばやい人であればあるほど誤りやすく、真理をとらえそこねることが多いと思われる。(デカルト『方法序説』)

すぐさま理解されたら引退という規約の集団だってあったらしい。

フランスにブルバキという構造主義数学者集団があった。この匿名集団の内密の規約は、発表が同人にただちに理解されれば己の限界を悟って静かに退くというものであった。出版と同時に絶賛される著者には、時にこの自戒が必要であろう。(中井久夫「書評の書評」『リテレール』創刊号 1992)

どうして、いまでは大量ハテブされたり、ツイッターで大量RTされたりなどしても、恥じない手合いばかりなんだろ? 

ーーというのは捏造されて疑問符だよ、そんなことは分かってる。

ただ「承認欲求」という言葉は使用したくなくてね、
ああ使っちまった、消去線引いとかなくちゃな

《誰もが、誰かに見られていることを求める》。(クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

クンデラはこう書き、四つの視線のカテゴリーをあげる。

①限りなく多数の無名の目による視線(大衆の視線)
②数多くの知人の目という視線
③愛している人たちの視線
④想像上の視線(死者の視線、理念の視線など)

ーー③か④にしとけよな、「承認」されたいのなら。


ここでなぜかシュネデールのグールド論の言葉を引用しておこう。

実際コンサート・ホールという場にあっては、音楽はめったに人の心に届かないと彼はすでに感じていた。うとうとしている人々、終わったあとの食事を思い浮かべている人々、翌日になって演奏会に行ったと語るのが目的で来ている人々、彼らを除いてしまえば、ほとんど誰もいなくなる。ぬるま湯につかったような態度で音楽に接する人々や、音楽を聞きながら夢想や計算をやめずにいられる人々に比べれば、音楽に恐れをなして逃げ出してしまう人々のほうがよかった。p7


これは演奏会の話だが、ネット上の読者なんてのもーーいや「文化人」の書き物をあり難がる手合いももちろんーーこういった連中がほとんどなんだからさ。

深遠に見せかけた挑発的な気の利いたジョークのガラクタに、道義的な義憤というスパイスを加えている(……)。真実など、ここでは重要ではない。重要なのは影響力である。これこそ今日のファストフード的な知的消費者が望んでいたものだ。道義的な義憤を織り交ぜた、単純で分かりやすい定式である。人々を楽しませ、道徳的に気分を良くさせるのだ。(ジジェク

「わかりやすさのファシズム」の時代だからな。

結局今の時代ってさ、テレビを観てても、お笑いの奴が喋ってる言葉がわざわざ吹き出しテロップで出てくるじゃない? 耳の不自由な方は別だけどさ、「え? そこまで丁寧なの?」っていう感じがあるんだよね。そういう時代だから、後姿や背中でものを言うなんて時代じゃないのかな、って思うよね。

登場人物が相手をじっと睨んでて、映画を観てる人に「あ、こいつ絶対復讐を考えてんだな」なんて思わせるような間を作ることができなくなってきてる。「てめえ、殺すぞ」って言った方がいい。(北野武

…………

……天才の作品がただちに賞賛をえることの困難なのは、それを書いた天才その人が異例であり、ほとんどすべての人々が彼に似ていないからである。天才を理解することができるまれな精神を受胎させ、やがてその数をふやし、倍加させてゆくのは、天才の作品それ自身である。ベートーヴェンの四重奏曲(第12、第 13、第14および第15番の四重奏曲)は、それを理解する公衆を生み、その公衆をふくれあがらせるのに五十年を要したが、そのようにして、あらゆる傑作の例にもれず、芸術家の価値にではなくとも、すくなくとも精神の社会に―――最初この傑作が世に問われたときには存在せず、こんにちそれを愛することができる人々によってひろく構成されている精神の社会―――一つの進歩を実現したのは、ベートーヴェンの四重奏曲なのである。人々がいう後世とは作品の後世で ある。作品自身が(……)その後世を創造しなくてはならないのだ。したがって、作品が長くとっておかれ、後世によってしか知れれなかったとしたら、その後世とは、その作品にとっては、後世ではなくて、単に五十年経ってから生きた同時代人のあつまりであるだろう。だから、芸術家は自分の作品にその独自の道を たどらせようと思えば(……)その作品を十分に深いところ、沖合いはるかな遠い未来のなかに送りださなくてはならない。(プルースト「花咲く乙女たちのかげにⅠ」より)

なんてのは芸術家のみなさんも生活かかってるんだから
「沖合いはるかな遠い未来のなかに」なんて

こんな物言いも無視したらよろしい。
せいぜいレスポンスをもらうことに専念したらよろしい。
なあ、ソウダロウ?

蓮實重彦)なぜ書くのか。私はブランショのように、「死ぬために書く」などとは言えませんが、少なくとも発信しないために書いてきました。 マネやセザンヌは何かを描いたのではなく、描くことで絵画的な表象の限界をきわだたせた。フローベールやマラルメも何かを書いたのではなく、書くことで言語的表象の限界をきわだたせた。つまり、彼らは表象の不可能性を描き、書いたのですが、それは彼らが相対的に「聡明」だったからではなく、「愚鈍」だったからこそできたのです。私は彼らの後継者を自認するほど自惚れてはいませんが、この動物的な「愚鈍さ」の側に立つことで、何か書けばその意味が伝わるという、言語の表象=代行性(リプレゼンテーション)に対する軽薄な盲信には逆らいたい。

浅田彰)  …僕はレスポンスを求めないために書くという言い方をしたいと思います。 東浩紀さんや彼の世代は、そうは言ったって、批評というものが自分のエリアを狭めていくようでは仕方がないので、より広い人たちからのレスポンスを受けられるように書かなければいけないと主張する。… しかし、僕はそんなレスポンスなんてものは下らないと思う。

蓮實重彦) 下らない。それは批評の死を意味します。

――中央公論 2010年1 月号、「対談 「空白の時代」以後の二〇年」(蓮實重彦+浅田 彰)


蓮實重彦なんて、サルトルまで貶しているわけだからな

…………

サルトルは第二次世界大戦終結後の五日後、『大戦の終末』という文を発表している。《一発で十万人もの人間を殺すことのできる小さな爆発》が導きだした大戦の終末、この武器は《明日ともなれば、二百万人もの生命を奪うこと》にもなろうから《これが突如として我々の人間の責任と、我々とを対決させることになったのだ》。そのとき人は《自己の死滅の鍵》を握って茫然とする、と。

この次の機会には、地球は破裂するかもしれぬし、この不条理な結末は一万年も前から我々人間の心にかかっていた様々な問題を、宙ぶらりんにしてしまうだろう。

もし明日また新しい事変が起ったと告げられても、我々は、あきらめたように肩ををびやかせながら、「予定どおりさね」と言うに違いない。(「大戦の終末」)

――なにやら2011年の極東の島国での「想定外」の事態をめぐって、ある種の「知識人」によって同じようなことを呟かれてもおかしくない文であるし、実際、いくらかの語句修正を施された《聡明、かつ反射神経鋭敏な》評論家連によって語られたともいえる。

蓮實重彦はその『物語批判序説』のなかで、上記のサルトルの文を引用して《世界の表層を不条理というほかない亀裂が走りぬけたとき、みずからのもっとも神経過敏な部分をその痕跡に重ね合わせるほとんど反射的といえる身体反応の美しさ》と語りながらも、《ある種の身体的な聡明さとは、あくまで相対的なものでしかなく》、《誰もが否定しえない知的聡明さと、人間的な誠実さにもかかわらず、この爽快なまでに短い論文を綴ったサルトル》の言説への齟齬感をめぐって書き進める。
……大洪水前の虚無からは幾世代にもわたる祖父たちによって守られており、未来の虚無に対しては、何代にもわたる甥孫によって守られており、つねに時間の流れの中間にあって、決してその末端にはいなかったのだ。しかし、今や我々は、この「世界終末の年」へ戻ってしまったのであり、朝起きる度毎に、時代の終焉の前日にいることになるだろう。(同サルトル)


蓮實氏は、《サルトルのもっともできの悪い文章をとりあげて、作家サルトルの文学的資質をことさら軽視しようとしてこの一節を引いたのではない》、としながらも、《終りという事態を前にした場合、サルトルさえもがこうした貧しい比喩に逃れるほかないという点が問題》であるとするのだ。

「世界終末の年」への逆戻りという表現は、サルトルのいわんとすることの表現であるより、むしろその思考の運動を出来合いの言葉の方へと招きよせ、語りつつある主体を、それが喚起するもろもろの象徴へと、検証を欠いた安易さで同調させる機能を演じているように思う。
……『大戦の終末』はきわめて素直な文章だといえるかもしれない。素直な、というのは誰かに教えこまれたのでもないのに、昔からひそかにくりかえし暗記していた台詞が、ふと口から漏れてしまったような印象を与えるからだ。事実、人間の死の予言は、神の死という言葉が流通しうる文化的な圏域にあっては、いずれ誰かが口にすべき言葉として予定に組みこまれていたもののはずである。あからさまに言明されることはなくとも、そうした命題が論じられて何の不思議でもない文脈が用意されていたのであり、それにふさわしいきっかけが与えられればたちどころに顕在化するはずの、潜在的な主題でさえあったといえるだろう。

もちろん、サルトルは、いちはやくその事実を察知する聡明さに恵まれていた、それは日本の2011年の早春における何人かの[知識人」も同様だっただろう。彼らは《聡明さのみならず、ある大胆さと、そしておそらくはいくぶんかの通俗性にも恵まれていたので、誰よりもさきに予定されていた言葉を口にしてしまったのである》。

このようにして、『物語批判序説』の作者によって、『大戦の終末』の文章は、「説話論的な権利に従った自然さ」、あるいは「物語の罠に陥る甘美さ」があると指摘されることになる。つまりは、

しかるべき文化圏に属するものであれが、誰もが暗記していつでも口にする用意が整っていた台詞であり、その意味で、それをあえて言説化してみることはほとんど何も言わずにおくことに等しい。

この後、同じ「人間の死」を語りながらも、つまり《思考が人間の顔を描きえたのはたかだか過去百五十年ほどのことでしかなく、その人間の横顔も、とうぜん、知の配置が体験するだろう新たな変容とともに「波打ちぎわの砂の上に描かれた顔のように消滅する」ほかあるまい》と語るフーコーとの言説的戦略の差を語ることになるのだが、それはここでは割愛する。




2014年7月16日水曜日

女たちの「申し分のない仕返し」(ボーヴォワールと夏目鏡子)

サルトルとボーヴォワールのオープンマリッジ(開放結婚)には袋小路がある。二人の手紙を読めば、彼らの“取り決め”は事実上非対称であり、うまく働かず、ボーヴォワールに多くのトラウマを引起こした。彼女は、サルトルが一連の愛人を持っていながら、自分は「例外」の存在であり、真の愛の関係にあることを期待したのだが、サルトルのほうは、ボーヴォワールは一連のなかの”ただ一人”ではなく、まさに一連の複数の例外の一人だったのである。すなわち彼の一連とは、一連の女たち、それぞれが彼にとって例外的ななにかだったのである。(ジジェク)

――と拙く訳せば、なんのことやら分からないが、原文は次の如し。

(I owe this point to a conversation with Alenka Zupancic. To give another example: )therein also resides the deadlock of the “open marriage” relationship between Jean-Paul Sartre and Simone de Beauvoir: it is clear, from reading their letters, that their “pact” was effectively asymmetrical and did not work, causing de Beauvoir many traumas. She expected that, although Sartre had a series of other lovers, she was nonetheless the Exception, the one true love connection, while to Sartre, it was not that she was just one in the series but that she was precisely one of the exceptions—his series was a series of women, each of whom was “something exceptional” to him. (Slavoj Zizek 『THE REAL OF SEXUAL DIFFERENCE』)






冒頭に引用された文は次の文の注である。

in Seminar XX, when Lacan developed the logic of the “not-all” (or “not-whole”) and of the exception constitutive of the universal.The paradox of the relationship between the series (of elements belonging to the universal) and its exception does not reside merely in the fact that “the exception grounds the [universal] rule,” that is, that every universal series involves the exclusion of an exception (all men have inalienable rights, with the exception of madmen, criminals, primitives, the uneducated, children, etc.). The properly dialectical point resides, rather, in the way a series and exceptions directly coincide: the series is always the series of “exceptions,” that is, of entities that display a certain exceptional quality that qualifies them to belong to the series (of heroes, members of our community, true citizens, and so on). Recall the standard male seducer's list of female conquests: each is “an exception,” each was seduced for a particular je ne sais quoi, and the series is precisely the series of these exceptional figures.(『THE REAL OF SEXUAL DIFFERENCE』)

文末に、《Recall the standard male seducer's list of female conquests: each is “an exception,” each was seduced for a particular je ne sais quoi, and the series is precisely the series of these exceptional figures.》、すなわち、《想起してみたらいい、標準的な男性の誘惑者の女性征服のリストを。それぞれは”ひとつの例外”であり、それぞれの女は、”言葉では言い表わせない”特別な存在として誘惑される。そしてセリエ(シリーズ)は、これの例外的な女たちのシリーズなのである》、とある。


ジジェクは、この内容を近著『LESS THAN NOTHING』2012で、よりわかりやすく説明している。

全体という普遍性とその構成的な例外という論理は次の三段階にて展開されるべきだ。

1)最初に、普遍性への例外がある。すべての普遍性は個別的な要素――それは公式的には普遍的な領域に属しているのだがーー、普遍性のフレームにはフットせず突出している。

2)全体のどの個別的な例あるいは要素はひとつの例外である。“標準の”個別性などない。どの個別性も突出している、すなわち普遍性に関するその過剰あるいは欠如によって。(ヘーゲルが存在するどの国家も「国家」概念にフットしないと示したように)。

3)ここで弁証法的ひねりが加えられる。すなわち、例外の例外――いまだひとつの例外ではあるが、単一の普遍性としての例外、その要素であり、その例外は、普遍性自身に直接のリンクをしており、それは普遍性を直接的に表わす(ここで気づくべきなのは、この三つの段階はマルクスの価値形態論と相等しいことだ)。(私意訳)
The logic of universality and its constitutive exception should be deployed in three moments: (1) First, there is the exception to universality: every universality contains a particular element which, while formally belonging to the universal dimension, sticks out, does not fit its frame. (2) Then comes the insight that every particular example or element of a universality is an exception: there is no “normal” particularity, every particularity sticks out, is in excess and/or lacking with regard to its universality (as Hegel showed, no existing form of state fits the notion of the State). (3) Then comes the proper dialectical twist: the exception to the exception—still an exception, but the exception as singular universality, an element whose exception is its direct link to universality itself, which stands directly for the universal. (Note here the parallel with the three moments of the value‐form in Marx.)


…………

ほら、もう一冊別の本だ…シモーヌ・ド・ボーヴォワールの『別れの儀式』…サルトルの晩年…またしても主体、そこから抜け出してはいない(……)それにしても、ボーヴォワールが晩年のサルトルの肉体的衰えに魅せられたとは奇妙なことだ…彼女は自分の偉大な男のしなびた肉体を発見する、彼がとんずらしようというときになって…彼女はサルトルの没落の綿密な日記をつける…申し分のない仕返し…まじめな気持ちで…彼の欠伸。サルトルはどのようにしてあっちこっちでおしっこを出すのか…(ソレルス『女たち』鈴木創士訳)







男の場合の全体の論理:普遍性(欠くことのできないーー私にとって全てのーー女)、ある例外を除いて(キャリアや公的な生活という例外を除いて)。

女の場合の非-全体の論理:非-普遍性(男は女の性生活にとってすべてではない)、例外はない(すなわち性化されないものはなにもない)。

the universality (a woman who is essential, all…) with an exception (career, public life) in man's case; the non‐universality (a man is not‐all in woman's sexual life) with no exception (there is nothing which is not sexualized) in woman's case.("LESS THAN NOTHING")

男性の全体の論理、そのアンチノ ミーが〈例外〉を伴う〈不完全性〉の障害であって、他方、女性の非-全体の論理、そのアンチノミーが、境界を欠いた〈非全体〉の表層における〈矛盾(非一貫性)〉の障害だということになる。

これはカントの【男性の論理=力学的アンチノミー/女性の論理=数学的アンチノミー】としても説かれるが、後者の女性の論理とは、「無限集合」ということでもあり、「排中律」は機能しない。

排中律とは、「Aであるか、Aでないか、そのいずれかが成り立つ」というものである。それは、「Aでない」と仮定して、それが背理に陥るならば、「Aである」ことが帰結するというような証明として用いられている。ところが、有限である場合はそれを確かめられるが、無限集合の場合はそれができない。ブローウェルは、無限集合をあつかった時に生じるパラドックスは、この排中律を濫用するからだと考える。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

《女は非-全体(無限集合)なのだから、女でない全てがどうして男だというんだね?》(ラカン)
“since woman is ‘non‐all,’ why should all that is not woman be man?”(Lacan)

※附記

It is not that man stands for logos as opposed to the feminine emphasis on emotions; it is rather that, for man, logos as the consistent and coherent universal principle of all reality relies on the constitutive exception of some mystical ineffable X (“there are things one should not talk about”), while, in the case of woman, there is no exception, “one can talk about everything,” and, for that very reason, the universe of logos becomes inconsistent, incoherent, dispersed, “non‐All.” Or, with regard to the assumption of a symbolic title, a man who tends to identify with his title absolutely, to put everything at stake for it (to die for his Cause), nonetheless relies on the myth that he is not only his title, the “social mask” he is wearing, that there is something beneath it, a “real person”; in the case of a woman, on the contrary, there is no firm, unconditional commitment, everything is ultimately a mask, and, for that very reason, there is nothing “behind the mask.” Or again, with regard to love: a man in love is ready to give everything for it, the beloved is elevated into an absolute, unconditional Object, but, for that very reason, he is compelled to sacrifice Her for the sake of his public or professional Cause; while a woman is entirely, without restraint or reserve, immersed in love, there is no dimension of her being which is not permeated by love—but, for that very reason, “love is not all” for her, it is forever accompanied by an uncanny fundamental indifference.(ZIZEK"LESS THAN NOTHING")

…………


               (左側が漱石夫妻)



「断腸亭日乗 大正十二年歳次葵亥 荷風四十五」より

昭和二年。終日雨霏霏たり。無聊の余近日発行せし『改造』十月号を開き見るに、漱石翁に関する夏目未亡人の談話をその女婿松岡某なる者の筆記したる一章あり。漱石翁は追蹤狂とやら称する精神病の患者なりしといふ。また翁が壮時の失恋に関する逸事を録したり。余この文をよみて不快の念に堪へざるものあり。縦へその事は真実なるにもせよ、その人亡き後十余年、幸にも世人の知らざりし良人の秘密をば、未亡人の身として今更これを公表するとは何たる心得違ひぞや。見す見す知れたる事にても夫の名にかかはることは、妻の身としては命にかへても包み隠すべきが女の道ならずや。然るに真実なれば誰彼の用捨なく何事に係らずこれを訐きて差閊へなしと思へるは、実に心得ちがひの甚しきものなり。女婿松岡某の未亡人と事を共になせるが如きに至つてはこれまた言語道断の至りなり。余漱石先生のことにつきては多く知る所なし。明治四十二年の秋余は『朝日新聞』掲載小説のことにつき、早稲田南町なる邸宅を訪ひ二時間あまりも談話したることありき。これ余の先生を見たりし始めにして、同時にまた最後にてありしなり。先生は世の新聞雑誌等にそが身辺及一家の事なぞとやかくと噂せらるることを甚しく厭はれたるが如し。然るに死後に及んでその夫人たりしもの良人が生前最好まざりし所のものを敢てして憚る所なし。ああ何らの大罪、何らの不貞ぞや。余は家に一人の妻妾なきを慶賀せずんばあらざるなり。この夜大雨暁に至るまで少時も歇む間なし。新寒肌を侵して堪えがたき故就眠の時掻巻の上に羽根布団を重ねたり。彼岸の頃かかる寒さ怪しむべきことなり。

仕方がありませんよ、荷風先生
やっぱり相当こたえてたんじゃあありませんか
『道草』であんなこと書かれちゃあ、
これは恨みが募ってもやむえません
それに「女の道」、「妻の道」なんていまどき通用しませんよ

彼は親類から変人扱いにされていた。しかしそれは彼に取って大した苦痛にもならなかった。

「教育が違うんだから仕方がない」 
彼の腹の中には常にこういう答弁があった。
「やっぱり手前味噌よ」 
これは何時でも細君の解釈であった。 
気の毒な事に健三はこうした細君の批評を超越する事が出来なかった。そういわれる度に気不味い顔をした。ある時は自分を理解しない細君を心から忌々しく思った。ある時は叱り付けた。またある時は頭ごなしに遣り込めた。すると彼の癇癪が細君の耳に空威張をする人の言葉のように響いた。細君は「手前味噌」の四字を「大風呂敷」の四字に訂正するに過ぎなかった。

義父の恨みもかさなっているんですよ
元貴族院書記官長中根重一さんにもこんな態度じゃあ

けれどもその次に細君の父が健三を訪問した時には、二人の関係がもう変っていた。自ら進んで母に旅費を用立った女婿は、一歩退ぞかなければならなかった。彼は比較的遠い距離に立って細君の父を眺めた。しかし彼の眼に漂よう色は冷淡でも無頓着でもなかった。むしろ黒い瞳から閃めこうとする反感の稲妻であった。力めてその稲妻を隠そうとした彼は、やむをえずこの鋭どく光るものに冷淡と無頓着の仮装を着せた。 

父は悲境にいた。まのあたり見る父は鄭寧であった。この二つのものが健三の自然に圧迫を加えた。積極的に突掛る事の出来ない彼は控えなければならなかった。単なる無愛想の程度で我慢すべく余儀なくされた彼には、相手の苦しい現状と慇懃な態度とが、かえってわが天真の流露を妨げる邪魔物になった。彼からいえば、父はこういう意味において彼を苦しめに来たと同じ事であった。父からいえば、普通の人としてさえ不都合に近い愚劣な応対ぶりを、自分の女婿に見出すのは、堪えがたい馬鹿らしさに違なかった。前後と関係のないこの場だけの光景を眺める傍観者の眼にも健三はやはり馬鹿であった。それを承知している細君にすら、夫は決して賢こい男ではなかった。

 ところで漱石先生は奥さんとちゃんとヤッていたのでしょうかね
でも子供はたくさんできていますね
熊本時代は仲がよさそうですし





幸にして自然は緩和剤としての歇私的里(ヒステリー)を細君に与えた。発作は都合好く二人の関係が緊張した間際に起った。健三は時々便所へ通う廊下に俯伏になって倒れている細君を抱き起して床の上まで連れて来た。真夜中に雨戸を一枚明けた縁側の端に蹲踞っている彼女を、後から両手で支えて、寝室へ戻って来た経験もあった。 

そんな時に限って、彼女の意識は何時でも朦朧として夢よりも分別がなかった。瞳孔が大きく開いていた。外界はただ幻影のように映るらしかった。 

枕辺に坐って彼女の顔を見詰めている健三の眼には何時でも不安が閃めいた。時としては不憫の念が凡てに打ち勝った。彼は能く気の毒な細君の乱れかかった髪に櫛を入れて遣った。汗ばんだ額を濡れ手拭で拭いて遣った。たまには気を確にするために、顔へ霧を吹き掛けたり、口移しに水を飲ませたりした。 

発作の今よりも劇しかった昔の様も健三の記憶を刺戟した。 

或時の彼は毎夜細い紐で自分の帯と細君の帯とを繋いで寐た。紐の長さを四尺ほどにして、寐返りが充分出来るように工夫されたこの用意は、細君の抗議なしに幾晩も繰り返された。
 
或時の彼は細君の鳩尾へ茶碗の糸底を宛がって、力任せに押し付けた。それでも踏ん反り返ろうとする彼女の魔力をこの一点で喰い留めなければならない彼は冷たい油汗を流した。

ーーああ失礼しました、「ヤッて」なんて下品な言葉を洩らしてしまって
でも十八世紀人のディドロもこんなこといってるじゃあありませんか

卑しい偽善者どもには私をほっといてほしいのです。荷鞍をはずした驢馬みたいに、ヤッてもらってもかまいません。ただ、私が「ヤル」という言葉を使うのは認めてもらいたいのです。行為はあなたにまかせますから、私には言葉をまかせてください。「殺す」とか、「盗む」とか、「裏切る」とかといった言葉は平気で口にするくせに、この言葉には口ごもるわけですね! 不純なことは言葉にすることが少なければ少ないほど、あなたの( vous)頭の中には残らないというわけですか? 生殖の行為はかくも自然で、かくも必要で、かくも正しいというのに、あなたは( vous)どうしてその記号を自分の会話から排除しようとしたり、自分の口や、眼や、耳がその記号で汚されることになるなどと考えるのですか? 使われることも、書かれることも、口にされることももっとも稀な表現が、もっともよく、もっとも広く知れわたっているというわけだ。だってそうでしょう。「ヤル」という言葉は、「パン」という言葉と同じくらいなじみ深いものではありませんか? この言葉は年齢に関係なく、どんな方言にも見出され、ありとあらゆる言語のうちに数え切れないほどの類義語をもっている。声も形もなく、表現されることもないにもかかわらず、誰の心にも刻みこまれているというのに、それをもっともよく実践する性が、それについてもっとも口をつぐむならわしなのです。私にはまたあなたの声が( vous)聞こえてきます。あなたは( vous)叫んでいらっしゃいますね。(ディドロ Denis Diderot, OEuvres complètes, t. XXIII)

「発作に故意だろうという疑の掛からない以上、
また余りに肝癪が強過ぎて、
どうでも勝手にしろという気にならない」なんて
ヒステリーの発作のとき以外は
故意と思ってたりどうでも勝手にしろだったんでしょうしねえ

細君の発作は健三に取っての大いなる不安であった。しかし大抵の場合にはその不安の上に、より大いなる慈愛の雲が靉靆いていた。彼は心配よりも可哀想になった。弱い憐れなものの前に頭を下げて、出来得る限り機嫌を取った。細君も嬉しそうな顔をした。 

だから発作に故意だろうという疑の掛からない以上、また余りに肝癪が強過ぎて、どうでも勝手にしろという気にならない以上、最後にその度数が自然の同情を妨げて、何でそう己を苦しめるのかという不平が高まらない以上、細君の病気は二人の仲を和らげる方法として、健三に必要であった。

美しい晩年じゃあないですか
漱石が早死にしてくれてよかったんでしょうねえ





《肉体をうしなって/あなたは一層 あなたになった/純粋の原酒(モルト)になって/一層わたしを酔わしめる》(茨木のり子『歳月』)

ヤッテも・ヤラなくても、それぞれに懐かしさがあって、
ふたつはそうたいしたちがいじゃないと、回想する年齢
になったんでしょうねえ

――……ずっと若い頃に、かなり直接的に誘われながらヤラなかったことが、二、三人にういてあったんだね。後からずっと悔やんだものだから、ある時から、ともかくヤルということにした時期があったけれども…… いまはヤッテも・ヤラなくても、それぞれに懐かしさがあって、ふたつはそうたいしたちがいじゃないと、回想する年齢だね。(大江健三郎『人生の親戚』)




2014年5月31日土曜日

五月卅一日 黒服の婦人の娘のような流し目

木曜日 十一時半

私は読書室で二時間仕事をした。それから、パイプを燻らすために抵当権登記所の中庭に降りた。そこは薔薇いろの煉瓦で舗装された広場であって、十八世紀に落成し、いまはプーヴィル市民の誇りとなっている。シャマード街とシェスペダール街との入口には、古い鎖が車の出入を遮っている。犬を散歩させにきた黒服の婦人たちが、壁に沿ってアーケードの下を通って行く。彼女たちは陽当りのよい場所には滅多に行かないが、娘のような流し目をこっそりと満足げに、ギュスターヴ・アントベトラーの銅像に注ぐ。彼女たちがこのブロンズの巨人の名を知っているはずはないが、フロックコートとシルクハットとによって、この男が上流階級に属していただれかであることを悟るのである。銅像は左手に帽子を持ち、右手を二つ折判の本の山の上に置いている。自分たちのおじいさんが、青銅で鋳造されて、この台の上に立っているかのような感じがいくらかする。あらゆる問題について、彼が自分たちと同じように、ほとんど同じように考えていることを知るために、長い間銅像を眺める必要はない。彼の権威と、彼が重い手で押し潰している二つ折判のたくさんの本の中から汲みとられた絶大な博識とが、彼女たちの狭くて堅実な、取るに足りぬ意見の助けになるのだ。黒服の婦人たちはほっとするのを感じる。心安らかに家事にいそしみ、犬を散歩させることができる。彼女たちが父から受けついだ神聖な考えや思いつきを、守護する責任はもはやない。代りに青銅の男が番人になっているのだから。(サルトル『嘔吐』白井浩司訳 p47-48)


自分たちのおじいさんのような銅像に、黒服の婦人たちは娘のような流し目を送る。それだけで、ほっとするのを感じる。そうすれば、《彼女たちが父から受けついだ神聖な考えや思いつきを、守護する責任はもはやない》。祖先伝来の厳格なモラルは、青銅の男の番人が代って守ってくれる。

ここには「礼儀」の効用がある。信じたふりをする効用がある。それはなにも跪く必要はない。娘のような流し目だけでよい。「おじいさん、分かってるわ、覚えているわよ、あなたの言いつけ」、――こうしておけば、その後、すこし羽目を外しても大丈夫なのだ。われわれも同じく。正月に神社にお参りにしたり、神棚をちらっと横目で見たり、仏壇の線香の香りに束の間うっとりするだけでよい。いや手を合わせて祈ったら、もっと効果がある。さあ、そうすれば、急いだってかまわない、夜の街へ(男を騙しに)。





《自分の信仰を大事にするのではなく、信仰が侵入してくるのを追い払い、一息つくスペースを確保するために跪くのだとしたらどうだろう。信じる--媒介なしに直接に信じる--という苦しい重荷を、儀式を実践することによって誰か他人に押しつけてしまえばいいのだ。(結婚…愛がなくても結婚的生活によって愛が生まれる・・・ではなく、相手を愛しすぎないように儀式化するために結婚する)


以下、上のジジェクの文の前後を、もう少し長く抜き出しておこう。

どうやらわれわれがここで論じているのは、ずっと昔にブレーズ・パスカルが描き出した現象のようだ。パスカルは、信仰を持ちたいのに信仰への飛躍がどうしてもできない非信者への助言の中で、こう述べている。「跪いて祈り、信じているかのように行動しなさい。そうすれば信仰は自然にやってくるだろう」。あるいは、現代の「断酒会」はもっと簡潔にこう言っている。「できるふりをしろ。できるようになるまで」。しかし今日、文化的ライフスタイルへの忠誠心から、われわれはパスカルの論理を逆転する。「あなたは自分が本気すぎる、信じすぎると思うのですね。自分の信心が生々しく直接的すぎるために息苦しいのですね。それならば跪いて、信じているかのように行動しなさい。そうすれば信仰を追い払うことができるでしょう。もはや自分で信じる必要はないのです。あなたの信仰は祈りの行為へと対象化されたからです」。つまり、自分の信仰を大事にするのではなく、信仰が侵入してくるのを追い払い、一息つくスペースを確保するために跪くのだとしたらどうだろう。信じる--媒介なしに直接に信じる--という苦しい重荷を、儀式を実践することによって誰か他人に押しつけてしまえばいいのだ。(結婚…愛がなくても結婚的生活によって愛が生まれる・・・ではなく、相手を愛しすぎないように儀式化するために結婚する)

 ここから、われわれは象徴的秩序の次なる特徴、すなわちその非心理的な性質へと向かうことになる。私が他人を通じて信じる時、あるいは自分の信仰を儀式へと外在化し、その儀式に機械的に従うとき、あるいはあらかじめ録音された笑いを通じて笑うとき、あるいは泣き女を媒介して喪の仕事をおこなうとき、私は内的な感情や信仰に関わる仕事を、それらの内的な状態を動員することなく、やり遂げている。そこに、われわれが「礼儀」と呼ぶものの謎に満ちた状態がある。私は知人に会うと、手を差し出し、「やあ(会えてうれしいよ)、元気?」と言う。私が本気で言っているのではないことは、両者とも了解している(もしその知人の心に「この人は私に本当に関心を持っているのだろうか」という疑念が芽生えたら、その人は不安になるだろう。彼の個人的なことに首を突っ込もうとしているのではないか、と。古いフロイト的なジョークを言い換えるとこうなる。「どうして会えてうれしいなんて言うんだ? 会えてうれしいと本気で思っているくせに」)。ただし、私の行為を偽善的と呼ぶのは誤りだ。別の見方をすれば、私は本当にそう思っているのだから。礼儀正しい挨拶は、われわれ二人の間にある一種の契約を更新しているのだ。同様に、私はあらかじめ録音された笑いを通じて「本気で」笑っているのである(それが証拠に、私は実際に気分が楽になる)。(ジジェク『ラカンはこう読め』




《結婚…愛がなくても結婚的生活によって愛が生まれる・・・ではなく、相手を愛しすぎないように儀式化するために結婚する》については、ジジェクには種々の変奏がある。


ここでは最近の書『LESS THAN NOTHING』(2012)から、ひとつだけ抜き出しておこう。

ラカン派の用語では、結婚は、対象(パートナー)から“彼(彼女)のなかにあって彼(彼女)自身以上のもの”、すなわち対象a(欲望の原因―対象)を消し去ることだ。結婚はパートナーをごくふつうの対象にしてしまう。ロマンティックな恋愛に引き続いた結婚の教訓とは次のようなことである。――あなたはあのひとを熱烈に愛しているのですか? それなら結婚してみなさい、そして彼(彼女)の毎日の生活を見てみましょう、彼(彼女)の下品な癖やら陋劣さ、汚れた下着、いびき等々。結婚の機能とは、性を卑俗化することであり、情熱を拭い去りセックスを退屈な義務にすることである。(私訳)

逆に言えば、「犬のお尻にほれてしまえば、 犬のお尻もばらの花」(プルースト)。

ジジェクの文の<対象a>が結婚によってなくなってしまうとあるが、対象aとはかくの如し。

永遠に退屈な女性的な質問、「どうしてあなたは私のことが好きなの」という質問を例にとって考えてみよう。本当の恋愛においては、この質問に答えることはもちろん不可能である(だからこそ女性はこの質問をするのだが)。つまり、唯一の適切な答えは次の通りである。「なぜなら、きみの中にはきみ以上の何か、不確定のXがあって、それがぼくを惹きつけるんだ。でも、それをなにかポジティヴな特質に固定することはできない」。いいかえれば、もしその質問にたいしてポジティヴな属性のカタログによって答えたなら(「きみのおっぱいの形や、笑い方が好きだからだ」)、せいぜいのところ、本来の恋愛そのものの滑稽なイミテーションにすぎなくなってしまう。(ジジェク『斜めから見る』P194)

もっともさきほど私訳した『LESS THAN NOTHING』の文のあと、しばらくして次のような文がある。

結婚とは崇高化が理想化のあとに生き残るかどうかの真のテストの鍵となるものだったらどうだろう? 盲目的な愛では、パートナーは崇高化されるわけではない。彼(彼女)はただ単純に理想化されるだけだ。結婚生活はパートナーをまちがいなく非―理想化する。だがかならずしも非―崇高化するわけではない。(ジジェク『LESS THAN NOTHING』)

理想化と崇高化? 理想化と崇高化を混同してはならない。


誤った崇拝は理想化をうむ。それは他者の弱さを見えなくする──あるいは、それはむしろ、自己のいだく幻影を投影するスクリーンとして他者を利用し、他者そのものを見えなくする。(ジジェク『信じるということ』)

二流詩人や小説家の「理想化」に耽溺するのには注意しなければならない(場合によっては、一流詩人・作家でさえ)。

宮廷恋愛を考えるにあたってまず避けるべき落とし穴は、<貴婦人>を崇高な対象とする誤った見方である。そんなことを言えば通例、生々しい性的な欲情が浄化されて精神的な思慕へと高められるというプロセスのことが考えられる。かくて<貴婦人>は、ダンテのベアトリーチェのようにより高い次元の宗教的エクスタシーへと人を導く神聖なものだととらえられるのだ。

こうした考え方とは反対に、ラカンは、このような浄化作用に反するような特徴をいくつも指摘している。たしかに、宮廷恋愛における<貴婦人>は、具体的な特徴は一切持たず、ただ抽象的な<理想>として崇められる。そのため、「詩人たちはみな同一人物を称えているようだという点に作家らは着目した。……これらの詩の世界における対象の女性からは、現実的な実体は一切うかがわれない」となるのだ。しかし、<貴婦人>のこうした抽象的な性質は、精神的な純化とは何ら関係はない。むしろこの性質は、冷淡で隔たりのある非人称的な相手にありがちな性質に近い。
つまり、<貴婦人>は、暖かく思いやりがあり人の気持を察するような、われわれ人間の同類などでは絶対にありえない。(……)

したがって、騎士と<貴婦人>の関係は、臣下-隷属者である家臣と、無意味でとてつもない、とうていできそうにないような、勝手で気まぐれな試練を課してくる<封建的主人-支配者>の関係である。

ラカンはまさに、こうした試練が崇高とはおおよそかけ離れていることをはっきりさせようと、<貴婦人>が家臣に文字通り尻の穴をなめるよう命令する詩を引用している。詩人は、その場所で待ち受けていた悪臭に対してぐちをこぼし(中世の人々が恐ろしい衛生状態にあったことはよくご存じだろう)、こうやって務めを果たしている最中に尿を顔にひっかけられるかもしれないという危険をひしひしと感じる……。
これほどさように、<貴婦人>は浄化された神聖なものとはほど遠い。(ジジェク『快楽の転移』)

これらはジジェク独特の極端な例でありーー極端だから愉快になるのだがーー、実際のところは結婚生活では、ほとんどの場合理想化も崇高化も生き残らず、友達化やら母親化などがせいぜいのところだろう。

と書いたところで、また愉快な極端さをもったジジェクの文を想い起こす、《いっしょに暮している女は<女>ではない、結婚生活の平和はつねに脅かされている》。こうして男たちは結婚後も「もう一人の女the Other Woman」を探し求める(参照:ジジェクの愛の定義)。

ーーなどとジジェクばかり引用せずにも、わが野坂昭如の言葉がある。

「男どもはな、別にどうにもこうにもたまらんようになって浮気しはるんとちゃうんや。みんな女房をもっとる、そやけど女房では果たしえん夢、せつない願いを胸に秘めて、もっとちがう女、これが女やという女を求めはんのや。実際にはそんな女、この世にいてへん。いてえへんが、いてるような錯覚を与えたるのがわいらの義務ちゅうもんや。この誇りを忘れたらあかん、金ももうけさせてもらうが、えげつない真似もするけんど。目的は男の救済にあるねん、これがエロ事師の道、エロ道とでもいうかなあ。」(野坂昭如『エロ事師たち』)



ーー実は、昨晩Tumblrを眺めていてこの写真に行き当たり、しばらく茫然としていたのだよな。ああ、失われたもの。日本にノスタルジイを覚えるのはそんなに多くはないけど、これだけは紛れもない喪失感だ。祇園の女が去って行く。これはおそらく宮川町通か? あの店のママの名前だけ憶い出して、店の名が憶いだせない。こじんまりしたほの暗い空間のなか、白木のカウンターの向こうの匂いやかな中年の女のほほえみ。低く穏やかな声。肌理の細かい象牙色の肌。薄暗さのなかの妖艶さは他の国でもあるが、あのほの暗さのなかの清冽さと親密さというのはなかなか出会うことはできない。せつなさ、遣る瀬無さ、沈んだ翳りのなかのつややかさ--谷崎の『陰翳礼讃』でもあり川端の『美しさと哀しみと』でもあるあの感覚。

《けやきの木の小路を/よこぎる女のひとの/またのはこびの/青白い/終りを》(西脇順三郎)

あれはオレの「崇高化」だね、三十前後の青年が、バブルの余沢もあったけど、週に二、三度は通ったからな。「お日様の光のもとでみたら、あたしなんかもうおばあさんよ」などと囁いた声まできこえて来るよ。それとも単なる「理想化」だったのか。厨房に弟子入りしてカウンターの向こうに入ったら究極のシアワセじゃないか、などとまで思い詰めたことがあるからなあ。

さて何の話だったか。結婚?女たち? 彼女たちも母親化にうんざりして、別のアバンチュールを探すんじゃあないかい? もしそうでなかったら、次のようなことになりかねない。

「そう。君らにはわかるまいが、五十六十の堂々たる紳士で、女房がおそろしくて、うちへ帰れないで、夜なかにそとをさまよっているのは、いくらもいるんだよ。」(川端康成『山の音』)

だが、そもそも結婚前の情熱恋愛などというものが稀になっているのかもしれない。いまでは結婚とは「セキュリティ」のためであったり、最初から妥協化によってなされることが多いのだろう。「婚活」などというなんともはしたない言葉の流通は、「新自由主義」ーーその三つの標語「成功」「自己投資」、そして「負け犬」)ーーの猖獗を象徴するものである。その破廉恥を破廉恥とさえ感じなくなっているのが現代日本人というものだ。「女子力」などというものもその類であろう。結婚がいまだ「神聖」なものでありうるのは、同性愛者の間だけかもしれない。





2014年5月19日月曜日

五月十九日 老女の仕草

……また、読者の中で、いなくなった作者がたとえわずか三行ばかり生きるってことがあるでしょう。たとえば僕が高校の頃読んだ文豪の作品、当時はそんなにわからなくても、鮮明に残る数行がありました。で、後年、それに導かれて読み返すわけです。(古井由吉 「言葉の宙に迷い、カオスを渡る/大江健三郎+古井由吉」「新潮」2014年6月号)

高校の頃に初めて読んだ作品『嘔吐』の冒頭近くにある「構わなかったら靴下とらないわよ」という文の前後は忘れ難い。

私は、ひとりで、完全にひとりで暮らしている。決してだれとも話はしないし、なにも受けねばなにも与えない。(……)「鉄道員さんたちの店」のマダムのフランソワーズがいることはいる。しかし私は、彼女と話すと言えるだろうか。ときどき夕食のあとで、彼女がジョッキのビールを運んでくるとき、私はたずねる。
「今夜は暇かい」
彼女がいいえと言ったためしはない。私は、時間ぎめかあるいは日ぎめで彼女が貸している二階の大きな寝室のひとつへ、彼女のあとについて行く。私は金をやらない。私たちの色事はおあいこなのだ。彼女は歓びを味う。(彼女には一日にひとりの男が必要だ。だから私以外にも大勢の情人を持っている。)こうして、私にはその原因がわかりすぎているある種の憂鬱から解放されるのだ。しかし私たちは、せいぜい二言か三言を交すにすぎない。しゃべることがなんの訳に立つか。めいめいは勝手に生きている。それに彼女の眼から見れば、私はなによりもまずカフェのお客にすぎないのだ。彼女は服を脱ぎながら言う。

「ねえ、ブリコっていう食前酒を知ってて。今週それを注文したお客がふたりいたの。女の子が知らなかったので、あたしのところへ知らせにきたわ。旅行者だったからパリでそれを飲んだのよ、きっと。どんなものか知らずに買うのはいやだわ。構わなかったら靴下とらないわよ」(サルトル『嘔吐』白井浩司訳)

パンティストッキングも悪くはないが、やはりただのストッキング(with ガーターベルト)がいっそうエロティックであるのは、どういうわけか? ーーというのは捏造された疑問符である。

身体の中で最もエロティックなのは衣服が口を開けている所ではないだろうか。倒錯(それがテクストの快楽のあり方である)においては、《性感帯》(ずい分耳ざわりな表現だ)はない。精神分析がいっているように、エロティックなのは間歇である。二つの衣服(パンタロンとセーター)、二つの縁(半ば開いた肌着、手袋と袖)の間にちららと見える肌の間歇。誘惑的なのはこのちらちら見えることそれ自体である。更にいいかえれば、出現ー消滅の演出である。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)

あるいはストッキングをつけたままの方が、なぜひとは、ときにエロティックの感を抱くのかは、これもロラン・バルトの説明がある。

昔の中国では、夫は妻のむき出しの足を見てはいけないとされていました。《ヴォルガのトルコ女性はむき出しの足を見せることは不道徳であると考え、寝る時も靴下をはいたままなのだ。》バタイユの集めた民族学的資料はもっともっとつけ足す必要があるでしょう。アメリカの《ペッティング・パーティ》や、女たちがセックスをする時も服を脱がないあるアラブ民族の風習を想い起こす必要があるでしょう。現代のある作家が報告したことですが、服を脱いでも、靴下だけは脱がないある男娼たちの奇癖もあります。こうしたことは着衣と性行為との関係を考えさせてくれます。これはさんざん論じられたストリップの問題とは全然関係ありません。なぜなら、われわれの社会はみずから《エロティック》であると信じていますが、実際の性行為について、性行為の身体については、決して語らないからです。これこそ、われわれがおたがい同士で一番知らないことですーーおそらく、道徳的タブーからではありません。無益さのタブーによるのです。要するに、必要なのはーーこれは見かけほど月並みなことではありませんーー裸体について考え直してみることでしょう。実際、われわれにとって、裸体は造形的価値です。エロティックな造形的価値といってもいいでしょう。いいかえれば、裸体はつねに形象化の態勢にあります(ストリップがその例です)。それは、表現のイデオロギーと密接に結びついていて、典型的な形象となります。肢体〔フイギュール〕の形象〔フイギュール〕です。裸体を考え直すということは、一方えは、裸体というものを、歴史的、文化的、西欧的(ギリシャ的)概念として理解することであり、他方では、それを身体の「場景」からエロティックな好意の分野に移すことであります。ところで、裸体と表現との共犯性を垣間見始めると、それに悦楽を生む力があるかどうか怪しくなります。つまり、裸体は(おそらく快楽の分野に結びついているけれど、喪失や悦楽の分野とは結びついていない)文化的対象であり、したがって、要するに、道徳的対象ということになるでしょう。裸体は倒錯的ではないのです。(ロラン・バルト「テクストの出口」 )

これらは、「快原則の此岸/彼岸」、「欲望/欲動」、「快楽/享楽」、ストゥディウム/プンクトゥムの話にかかわってくるが、ここではそれに触れるつもりはない。(参照:ベルト付きの靴と首飾り ロラン・バルト


…………

ところでMery Laurent(メリ・ローラン)は、マラルメによる誕生祝の四行詩で有名だが、マネのかつての愛人でもあった(参照:「青空のさなかで耐えること」)




Méry, l'an pareil en sa course
Allume ici le même été
Mais toi, tu rajeunis la source
Où va boire ton pied fêté.

メリよ、年はひとしく運行を続けて
いまここで、同じ夏を燃え立たせる
しかし、君は泉を若返らせて
祝福される君の足がそこへ水を飲みに行く




プルーストの『失われた時をもとめて』のオデットには、何人かのモデルがいるらしい。大伯父ルイ・ヴェイユが情人であった高級娼婦(ココット)のロール・エーマン、あるいはプルーストの少年時代の女友達の母、ド・ベナルギダ夫人とともに、メリー・ローランもそのひとりである。



             Méry Laurent: Manet’s and Proust’s Model


…………


さて、サルトルの『嘔吐』に戻れば、先ほど引用した箇所の一ページ先に次の文がある。これはかつてはたいして印象に残っていなかった箇所だ。

たとえば土曜日の午後四時ごろだった。駅の工事場の板敷きの歩道端を、スカイブルーの服を着た小柄の婦人が、笑いながらハンカチを振りつつ急ぎ足であとずさりしてきた。それと、同時に、クリームいろのレインコートを着て黄いろの靴を穿き、みどりいろの帽子を冠った黒人が、口笛を吹きながら道の角を曲ってきた。たえずあとずさしていたこの婦人は、夕暮になると灯の入る、柵に吊した角灯の下でこの黒人につき当った。それでちょうどそこには、湿った材木の匂いが強くする柵と、あの角灯と、黒人の両腕にかかえられた小柄で人のよさそうな金髪の婦人とが、夕焼けの空の下に同時に存在したのである。もし四人か五人でこの衝突や、あれらの柔らかなすべての色彩や、綿毛のように見えた青いきれいな外套や、明るいレインコートや、角灯の赤い硝子などを見たと仮定してみる。私たちは、ふたりの顔に表われた子どもっぽいびっくりした様子を、きっと笑ったことだろう。(同『嘔吐』)

 今読むと、ゴダールの映画のいくつかの場面のような色彩の眩暈を覚える。あるいはロラン・バルトがモロッコでの印象を寸描した『アンシダン(偶景)』のいくつかをたちまち想起する。

浅黒い若者、ミント・リキュール色のシャツ、アーモンド・グリーンのズボン、オレンジ色の靴下、見るからにしなやかな赤い靴。
みすぼらしいレインコートを着て、気違いじみた(明るい青の)帽子をかぶった黒人の少年と汚い歩道を裸足で歩いているヒッピーの娘がカフェ・サントラルの現地人の前を通る。少年は一人の娘を物にしたが、おかしな西欧性に公然と迎合しているのだ。


だがここではほかに《もし四人か五人でこの衝突》に遭遇したら《ふたりの顔に表われた子どもっぽいびっくりした様子を、きっと笑ったことだろう》と書かれる箇所のほうにも注目しよう。独りのその場面に遭遇したロカンタンは笑わなかったのだ。私たちは知り合いと一緒であれば、自らの印象の幸福感に酔うよりも仲間同士で笑うほうに傾いてしまう。

……というのは、彼といっしょにしゃべっているとーーほかの誰といっしょでもおそらくおなじであっただろうがーー自分ひとりで相手をもたずにいるときにかえって強く感じられるあの幸福を、すこしもおぼえないからであった。ひとりでいると、ときどき、なんともいえないやすらかなたのしい気持に私をさそうあの印象のあるものが、私の心の底からあふれあがるのを感じるのであった。ところが、誰かといっしょになったり、友人に話しかけたりすると、すぐ私の精神はくるりと向きを変え、思考の方向は、私自身にではなく、その話相手に移ってしまうので、思考がそんな反対の道をたどっているときは、私にはどんな快楽もえられないのであった。ひとたびサン=ルーのそばを離れると、言葉のたすけを借りて、彼といっしょに過ごした混乱の時間にたいする一種の整理をおこない、私は自分の心にささやくのだ、ぼくはいい友達をもっている、いい友達はまたとえられない、と。そして、そんなえがたい宝ものにとりまかれていることを感じるとき、私が味わうのは、自分にとって本然のものである快感とは正反対のもの、自分の薄くらがりにかくれている何かを自分自身からひきだしてそれをあかるみにひきだしたというあの快感とは正反対のものなのであった。(プルースト『花咲く乙女たちのかげにⅡ』井上究一郎訳)

さらにいえば、クンデラの『不滅』の冒頭の老女の仕草に《胸がしめつけられた》と書かれる叙述、それはひょっとしたらサルトルの《黒人の両腕にかかえられた小柄で人のよさそうな金髪の婦人》から生れたのではないかとさえ今は思う、ーーたぶんそれは思い過ごしなのだろうが。

そのご婦人は六十歳か、六十五歳くらいだったろう。ひろびろしたガラス窓を通して、パリがすっかり見えるモダンな建物の最上階にあるスポーツ・クラブのプールを前にして、長椅子に寝そべりながら、私は彼女をみつめていた。(……)

誰かに話しかけられて私の注意はそらされてしまった。そのあとすぐ、また彼女を観察したいと思ったとき、レッスンは終っていた。彼女は水着のままプール沿いに立ちさってゆくところで、水泳の先生の位置を四メートルか五メートルほど通りこすと、先生のほうをふりかえり、微笑し、手で合図した。私は胸がしめつけられた。その微笑、その仕草ははたちの女性のものだった! 彼女の手は魅惑的な軽やかさでひるがえったのだ。戯れに、色とりどりに塗りわけた風船を恋人めがけて投げたかのようだった。その微笑と仕草は魅力にみちていたが、それにたいして顔と身体にはもうそんなに魅力はなかった。それは身体の非=魅力のなかに埋もれていた魅力だった。もっとも、自分がもう美しくないと知っているにちがいなかったとしても、彼女はその瞬間にはそれを忘れていた。われわれは誰しもすべて、われわれ自身のなかのある部分によって、時間を越えて生きている。たぶんわれわれはある例外的な瞬間にしか自分の年齢を意識していないし、たいていの時間は無年齢者でいるのだ。いずれにしろ、水泳の先生のほうをふりかえり、微笑し、手を仕草をした瞬間(先生はもうこらえきらなくなり、吹きだしてしまった)、自分の年齢のことなど彼女はなにも知らなかった。その仕草のおかげで、ほんの一瞬のあいだ、時間に左右されたりするものではない彼女の魅力の本質がはっきり現われて、私を眩惑した。私は異様なほど感動した。(クンデラ『不滅』菅野昭正訳)

女は七十歳、八十歳になっても、ある仕草によってかつての少女時代を彷彿させる魅惑が現れるときがある。だがこれもその印象に眩惑されるのは、独りでいるときだけであり、多人数でその仕草に出会ったら、互いに目配して笑ってしまうだろう。





2014年5月18日日曜日

五月一八日 ベンガル菩提樹

〈Some of these days
You'll miss me honey〉
いつか近いうちに 可愛いひとよ きみは
ぼくがいないので さびしがることだろう

(……)

……私は多くの海洋を横切った。多くの町をあとにし、河を遡り、あるいは森に踏み入った。そしてつねに別の町へ向った。多くの女と関係し、そのひもと殴り合った。しかし決してあと戻りすることがなかったのは、レコードが逆に回転しないのと同じである。そしてこれらのことすべては私を<どこへ>連れて行ったのか。この現在の瞬間へ、この腰掛けへ、音楽が高鳴るこの光の泡の中へだ。

〈And when you leave me〉

そうして きみがぼくを捨てて行ってしまえば

そうだ。私は、かつてローマでは、テベレ河の岸辺に腰を下ろすことをこの上もなく喜び、バルセロナでは日が暮れてからラムブラス街を幾回りも上ったり下りたりすることが好きだった。アンコールの近くにいたときはプラ-カンのバレイの小島で、一本のベンガル菩提樹が、ナーガの小礼拝堂を囲むように根を張っているのを見た。その私がいま、ここにいる。トランプのゲームをしている人たちと同じ瞬間を生きており、黒人の女が歌うのを聞いている。一方このとき戸外には暮れ方の夜が徘徊している。

レコードは止まった。(サルトル『嘔吐』白井浩司訳)


さて、この“Some of these days”を歌う黒人女はだれだろう。





ところで今遺忘に備えてサルトルを引用したのは、《一本のベンガル菩提樹が、ナーガの小礼拝堂を囲むように根を張っている》の方が主である。アンコール・ワットの近くでこのような形状を取るのは、ガジュマルの樹しかない。





この樹は我庭にも数株あり、その中の一本は樹齢百年を越える樹で今では根が四方八方に這い伸び、いささか庭の整備に手間暇がかかる(月橘の樹)。沖縄名ガジュマル(別名、バンヤンジュ)をベンガル菩提樹Ficus benghalensis Linnと呼ぶとは知らなかった。ご本家のインド菩提樹とはまた種類が違うが同じ桑科ではあるらしい(インドボダイジュは、ベンガルボダイジュと同じくクワ科イチジク属の高木で、別名 テンジクボダイジュ)。





この樹は枝を払って壁に立て掛けておけば、根が伸び自然に育つ。数年に一度、植木屋を呼んで枝を払ってもらうのだが、最近は無料でその仕事をしてくれる。腕の太さ程の枝なら、すこし世話をしただけで日本円にして一本千円から二千円で売れるらしい。二〇本ほど切れば、かなりの実入りになる。我庭には西の塀際にココナツ椰子を五株日除けのために植えてあるのだが、三ヶ月から四ヶ月に一度、約百個ほどの実がなる。その実一個の値が約二十円ほど、百個でも二千円にしかならない物価の国である。


下の写真で左手前の樹はもちろんベンガル菩提樹だが、正面にある盆栽状のものも同じ樹であり、あの形にすれば、二、三万円の値がついたのは、もう十年ほど前だ。いまはいくらぐらいか知らない。






「ベンガル」と云えば、ジボナノンド・ダーシュの『美わしのベンガル』(臼田雅之訳)が忘れ難い。

君たちはどこへでも好きな所に行くがいい、私はこのベンガルの岸に
残るつもりだ そして見るだろう カンタルの葉が夜明けの風に落ちるのを
焦茶色のシャリクの羽が夕暮に冷えてゆくのを
白い羽毛の下、その鬱金(うこん)の肢が暗がりの草のなかを
踊りゆくのを-一度-二度-そこから急にその鳥のことを
森のヒジュルの樹が呼びかける 心のかたわらで
私は見るだろう優しい女の手を-白い腕輪をつけたその手が灰色の風に
法螺貝のようにむせび泣くのを、夕暮れにその女(ひと)は池のほとりに立ち
煎り米の家鴨(いりごめのあひる)を連れてでも行くよう どこか物語の国へと-
「生命(いのち)の言葉」の匂いが触れてでもいるよう その女(ひと)は この池の住み処(か)に
声もなく一度みずに足を洗う-それから遠くあてもなく
立ち去っていく 霧のなかに、-でも知っている 地上の雑踏のなかで
私はその女(ひと)を見失うことはあるまい-あの女(ひと)はいる、このベンガルの岸に

中井久夫の1992年に書かれた書評「「読書アンケート」にこたえて」(『精神科医がものを書くとき』所収)にこうあり、何度か探そうとしてものだが、数年前ウェブ上でようやくその断片に遭遇した。


ジボナノド・ダーシュ『詩集・美わしのベンガル』臼田雅之訳

ありえないほど美しい訳。ベンガル語がわかるわけではむろんないが、リズムと母音子音の響き合いの中から、ベンガルの稲田の上にただよう靄の湿りが、密林に鳴く鳥の声が、木末を滴る雨の音が、乙女の黒髪の匂いがせまってきて、背を快い戦慄が走ります。詩人の故国ベンガルへの強い抑制のかかった烈しい愛も。……

2014年5月14日水曜日

五月十四日 木蓮と子犬の病

《変わったことはなにもない。》(サルトル『嘔吐』)

いや微恙がある。左膝の右側にうっすらと肉瘤が赤く盛り上がっている。膝のあの部分をなんというのだったか。皿だ、左膝の皿の右脇。なぜ皿というのだったかを調べてみると膝蓋骨なるものが皿の形をしているらしい。その次いでに、皿の外側を外膝眼ということを知る。膝の眼がものもらいとなったのだ。

「微恙」という語は荷風の日記で行き当たり、このところ何度か使ってみている。これは調べてみる気はしない。恙無いというのだから、微恙ありというのは微妙に恙虫がいるということだろう。これは外膝眼の腫れを表わすのにふさわしい。膝の肉の内側に虫が這っているようでむずむずするのだ。痛風の徴候であるが、今のところたいした症状ではない。とはいえ昼食は麦酒をやめて白ワインにする。暑い国の暑い盛りに麦酒が飲めないというのは殆ど忍び難い。本日は隔日の早朝テニスの日だったがそれも控える。

いちばんよいことは、その日その日の出来事を書き止めておくことだろう。(……)取るに足りぬことのようでも、微妙な違いを、小さな事実を、見逃さないこと。そして特に分類してみること。どういう風に私が、この机を、通りを、人びとを、刻み煙草入れを見ているかを言うべきだ。(サルトル『嘔吐』)

こう読めばロカンタンの日記のように書こうと束の間思う。他人の言説をいまさら批判しても致し方ない。日本の政治を批判しても詮無きこと。勝手にするがよい。さて今の思いは続くかどうか。他人に向けて書くのはもうやめにしよう、――と書くのは、他人に向けているのではないか。

取るに足らぬこととは、何があったか。庭に三株ある木蓮の一株の葉がすべて落ちてしまった。枯れてしまったかのようだった。この樹は次男の誕生記念に植えたもので枯死は縁起が悪い。昨日枝先から小さな若葉が萌え出ているのを妻が見出して、大声でわたくしを呼ぶ。「あなた、そんな縁起信じるの?」などとまったく気にしないふりをしていた妻が。





ひと月半ほど前、半年前に貰ってきた子犬が出産する。また小さい犬なので、二匹の赤子だけだった。ところでその母犬がひどい発熱をした(三週間ほど前だったか)。医者は胎内に残存物が残っていてその炎症が発熱の原因だという。横たわっているだけで、食事も取れない。水を与え、ミルクを与え、点滴をして、なんとか上体だけは起すことができるようになったが、後足がまったく利かず立ち上がれない。それが一週間ほど続き、なんとか動けるようになったのが数日前。だが脳梗塞をやった患者のように、顔を震わせ、跛を引きながら歩く。いまだ駈けることはできない。


日記をつけつときには、つぎのことが危険だと思う。すなわち万事誇張して考えること、見張っていること、たえず真実を歪めることである。(『嘔吐』)

2013年10月16日水曜日

左右の尻のふり具合

路上カフェで珈琲啜ってると
男女のいきのいいのが
目の前を通り過ぎていってね
いい女なんだな
後ろ姿を追い続けたさ
あの尻の透け具合






「猥褻とは裸体になることでもなければ、
肉体の秘密を見ることでもない
むしろ、
歩いている人が尻を左右に振ることのほうが、
猥褻である」(サルトル)


《けやきの木の小路を/よこぎる女のひとの/またのはこびの/青白い終りを 》(西脇順三郎「秋」より)





――というわけで古典的な例かもしれないが
女というのはカップルが通り過ぎていって
男に魅されても
男のほうじゃなくて女のほうがより気になるらしい

《She may be attracted to the man, but will nonetheless spend more time looking at the woman who is with him.》


男は同性のほうはたいして気にならないはずだ
もっとも
「あんないい女をものにしやがって」とか
「あの男、あそこがでっかそうだな」とかの
羨望で男がわに関心をもたないわけではないだろうが

最近の日本の若い連中の具合は知らないが
ようするに二一世紀は「ふつうの精神病」の時代ならば
女性化の時代なんだろうからな

《精神病とは「女性なるものに不可避的に惹きつけられる」という事態(……)

ではなぜ女性化なのか。それは、父性隠喩の不成立によって「母のファルスになる」という欲望を「ファルスをもつ」に変換できなかった主体が、「母に欠けたファルスになることができないならば、彼には、男性たちに欠如している女性になるという解が残されている」(E566)ことに気づくから

だから精神病者は、女性化という方向に不可避的に追いやられる
これを女性への推進力と呼ぶ》

ーーということらしいぜ
さるラカン派の若い精神科医のツイートからだが

Leader (1996) provides some interesting examples in this regard. A man is sitting at a café and sees a couple walk past. He finds the female attractive and watches her. What is the typical masculine relation to desire we see epitomised here? He fixes his interest on her and wants to ‘have' her. A woman in the same situation may well do something different, observes Leader. She may be attracted to the man, but will nonetheless spend more time looking at the woman who is with him. Why so? Her relation to desire is different; it is not the wish simply to possess the desired object, but of wanting to know what makes this woman desirable for the man. Her relation to desire is about being like a signifier of his desire, of enacting this signifier of his desire in this way. eprints.lse.ac.uk/960/01/Lacanthemeaning.pdf‎


この Leader(1996)ってのは、 「Why do women write more letters than they post?」(1996)だろう、たぶん(Darian Leaderはイギリスのフロイト派精神科医)。





男はそれ以外に部分対象への欲動という面もあるけれど。

二、三年前、イギリスのTVでビールの面白いCMが放映された。それはメルヘンによくある出会いから始まる。小川のほとりを歩いている少女がカエルを見て、そっと膝にのせ、キスをする。するともちろん醜いカエルはハンサムな若者に変身する。しかし、それで物語が終わったわけではない。若者は空腹を訴えるような眼差しで少女を見て、少女を引き寄せ、キスする。すると少女はビール瓶に変わり、若者は誇らしげにその瓶を掲げる。女性から見れば(キスで表現される)彼女の愛情がカエルをハンサムな男、つまりじゅうぶんにファロス的な存在に変える。男からすると、彼は女性を部分対象、つまり自分の欲望の原因に還元してしまう。この非対称ゆえに、性関係は存在しないのである。女とカエルか、男とビールか、そのどちらかなのである。絶対にありえないのは自然な美しい男女のカップルである。幻想においてこの理想的なカップルに相当するのは、瓶ビールを抱いているカエルだろう。この不釣り合いなイメージは、性関係の調和を保証するどころか、その滑稽な不調和を強調する。われわれは幻想に過剰に同一化するために、幻想はわれわれに対して強い拘束力をもっているが、右のことから、この拘束から逃れるにはどうすればよいかがわかる。同時に、同じ空間内で、両立しえない幻想の諸要素を一度に抱きしめてしまえばいいのだ。つまり、二人の主体のそれぞれが彼あるいは彼女自身の主観的幻想に浸かればいいのだ。少女は、じつは若者であるカエルについて幻想し、男のほうは、実は瓶ビールである少女について幻想すればいい。(『ラカンはこう読め!』ジジェク 鈴木晶訳p99~)

女たち? わかんねえ、いつまでたっても
何かんがえてんのか


このあたりは、前期ラカン(対象関係論)の次の文が
いまでも生きてるんだろうねえ

the man is afraid that he doesn’t sufficiently have the (imaginary) phallus; the woman is afraid that she insufficiently is the imaginary phallus (Lacan, 1956-57). This leads to the characteristic masculine“Guinness book of Records”-hysteria, and –in a more restricted, sexual sense, to Viagra. In women, we encounter the “Miss World”-hysteria, eventually accompanied with excesses in plastic surgery. (Sexuality in the Formation of the Subject Paul Verhaeghe)


男は十分に想像的ファルスを持っていないことを怖れるし、女は十分に想像的ファルスでないことを怖れる(ここでの想像的ファルスは<他者>の欲望の対象となること)。

この持っていない/でないの区別の起源のひとつは、フロイトの『集団心理学と自我の分析』にある。

父親との同一化と、父親を相手にえらぶ対象選択との区別を、公式でいいあらわすことは容易である。最初の場合、父親は、そうありたいとおもうところのものであり、第二の場合、父親は持ちたいとおもうところのものである。(フロイト『集団心理学と自我の分析』Ⅶ 「同一化」)

ラカンによれば、想像的ファルス/象徴的ファルス、あるいは理想自我/自我理想や小文字の他者/大文字の他者などについて考えるうえに、この論文は決定的であり、ラカン曰く、フロイトはこの論文まで「同一化」についてわかっていなかったとさえ言っている、--のはどこだったか、ちょっといま調べる気はしない。


象徴的ファルスの機能がどこかにいってしまった現代、そこらじゅう想像的ファルスのみをかかえたパラノイアの跳梁跋扈。

ラカンのエクリから繰返せば、

父性隠喩の不成立によって「母のファルスになる」という欲望を「ファルスをもつ」に変換できなかった主体が、「母に欠けたファルスになることができないならば、彼には、男性たちに欠如している女性になるという解が残されている」(E566)

ということ。

もっとも正確にいえば、象徴的ファルス、父-の-名、あるいは父性隠喩とは次の如くらしい。


Φ(象徴的ファルス)は全体としてのシニフィエの諸効果を指し示すシニフィアンであって、つまるところシニフィアンとシニフィエの結びつきを調整するもの。一方、父の名のほうは、意味作用が関わってくる水準。つまり、ファルス享楽についての謎に答えるために、先行する母の欲望(=シニフィアン)を隠喩化することでファリックな意味作用を作り出すという機能が父の名にはある。

父の名は意味作用に関わる。だからこそ、父の名の隠喩が不成立であった場合(排除)、通常成立するはずのファリックな意味作用が成立せず、世界が「謎めいた意味」の総体になる(P Bruno”Phallus et fonction phallique”)

つまり、「象徴的ファルスの機能がどこかにいってしまった」ではなく、「父-の-名の機能がどこかにいってしまった現代」、と書くべき、ということになる。


また、持つ/あるに関しては、ジジェクに言わせれば、ファルスを持つ/ファルスであるではなく、後者はファルスとして現れる(サンブラン)ということになる。

As a close reading of Lacan's text instantly attests however, the opposition we are dealing with is not that of being versus having, but rather the opposition of to have/to appear: woman is not the phallus, she merely appears to be to be phallus, and this appearing (which of course is identical with femininity qua masquerade) points towards a logic of lure and deception. Phallus can perform its function only as veiled-the moment it is unveiled, it is no longer phallus; what the mask of femininity conceals is therefore not directly the phallus but rather the fact that there is nothing behind the mask. In a word, phallus is a pure semblance, a mystery which resides in the mask as such. On that account, Lacan can claim that a woman wants to be loved for what she is not, not for what she truly is: she offers herself to man not as herself, but in the guise of a mask.  Or, to put it in Hegelian terms: phallus does not stand for an immediate Being but for a Being which is only insofar as it is "for the other", i.e., for a pure appearing. On that account, the Freudian primitive is not immediately the unconscious, he is merely unconscious for us, for our external gaze: the spectacle of his unconscious (primitive passions, exotic rituals) is his masquerade by means of which like the woman with her masquerade, he fascinates the other's (our) desire.(Woman is One of the Names-of-the-Father, or How Not to Misread Lacan's Formulas of Sexuation •Slavoj Zizek


いずれにせよ最近の若い男は怖れすぎなんだろうな
オレも怖くないことはないがね、いまだに


昨今は独身男性の3割弱が「婚約者、恋人、異性の友人のいずれもほしくない」という。20代前半の男性の4人に1人は「セックスに関心がない/嫌悪している」との調査結果(特集ワイド:カノジョは面倒?「草食男子」ここまで)

またしてもVerlwegheからだが、「父-の-名」の象徴的機能が喪失しつつある(あるいはもうしてしまった)現在では、享楽の女が怖い、というのも繰返されてきた。




・The absence of the possibility of identifying with the symbolic function itself condemns the contemporary male to staying at the level of the immature boy and son, afraid of the threatening female figure

・The disappearance of the old-style masculine superiority implies at the same time a disappearance of feminine inferiority.

・today, we have woman-the-hunter and man-the-hunted.

・This is a clear indication of the ever increasing anxiety of men when they are confronted with women as sexually active, desiring and enjoying subjects.
Paul Verlweghe「The Collapse of the Function of the Father and its Effect on Gender Roles 」

※VerlwegheはDSM批判の急先鋒のひとり。ミレールやジジェクを肯定的に引用することが多いひとだが、ミレール出自の「ふつうの精神病」概念の批判がある。

I would formulate it differently. Post-Lacanians indeed came to understand this with the term ‘ordinary psychosis’ — I do not like this, for two reasons. This has little if anything to do with psychosis in the classical Lacanian sense. Furthermore it brings about even greater confusion and a breakdown of communication with non-psychoanalytically trained colleagues in the discipline.http://www.lineofbeauty.org/index.php/s/article/view/60/121


女がハンターで男が餌食というのは、日本では表面的にはまだすくないのかもしれないけれど、「婚活」なんていうのは、あれはなんとかならないものかい? 男たちを萎縮させることのみに貢献しているんじゃないか、むしろその陰湿なハンターぶりが余計こたえるってことはないかい?





KAORIちゃんかわいいなあ
こんな娘までこわがるわけじゃないだろうな
最近の若い男は






《女っていうのはさあ、残酷って言うか、野獣だから「何で私のスケベなとこ見えないのかしら、そういうとこ撮ってくれないのかしら」って内心じゃ怒っているわけだよ。》(荒木経惟)

《荒木さんは私の中に潜んでいるその『女』に声をかけてくれた。私もそれを出すために荒木さんが必要だったんです。》

(「私的な視線によるエロティシズム : 荒木経惟の作品を中心とした写真に関する考察」秦野真衣より) 




《荒木のヌード写真を支えているのは、”撮られる側の欲望”であり、それは「女を撮られたい」ということである。ヌード写真を批判する議論として、それが男の性的欲望に奉仕する”女”を強制的に演じさせられているからという言い方がある。しかし、実のところ自分の中に確実にうごめいている”女”の「エロス」をまっすぐに見つめて欲しいという欲望こそ、ヌード写真がこれほどまでに大量に撮られ続けている最大の理由なのではないか。》(飯沢耕太郎)

ーーそうだなあ、やっぱりKAORIちゃんだって怖いよなあ
男は十分に想像的ファルスを持っていないことを怖れるからなあ






夏目漱石の『三四郎』の冒頭を思い出してもいい。上京の車中で知り合った女に請われ、ともに過ごした名古屋の宿での不可解な一夜。翌朝の別れ際、女に、「あなたは度胸のない人ですね」と言われる話だ。
元来あの女はなんだろう。あんな女が世の中にいるものだろうか。女というものは、ああおちついて平気でいられるものだろうか。無教育なのだろうか、大胆なのだろうか。それとも無邪気なのだろうか。要するにいけるところまでいってみなかったから、見当がつかない。思いきってもう少しいってみるとよかった。けれども恐ろしい。別れぎわにあなたは度胸のないかただと言われた時には、びっくりした。二十三年の弱点が一度に露見したような心持ちであった。親でもああうまく言いあてるものではない。
どうも、ああ狼狽しちゃだめだ。学問も大学生もあったものじゃない。はなはだ人格に関係してくる。もう少しはしようがあったろう。けれども相手がいつでもああ出るとすると、教育を受けた自分には、あれよりほかに受けようがないとも思われる。するとむやみに女に近づいてはならないというわけになる。なんだか意気地がない。非常に窮屈だ。まるで不具にでも生まれたようなものである。けれども……


フェミニストたちに悪評の高いフロイトの「ペニス羨望」、――「ペニス羨望とは、自分が持っていないペニスに対する憧れ」、という考え方は、最近では新しい解釈では、女性にペニス羨望があるのではなく、男性にペニス羨望があるのだ、という見解が主流になってきているらしい(つまり、十分に想像的ファルスをもっていない男の、他の男のペニスへの羨望ということ)。

In this light, the penis envy that Freud believed to be important in girls—the presumed desire of girls to have their own phallus—seems more a product of his own male, and consequently phallocentric, imagination. The only place where I have ever found this famous penis envy up to now is in men. It is based on their constant fear of inadequacy and their continual imaginary comparisons with other men's penises. The female counterpart of this male phallocentrism is a focus on relationships. (Paul Verhaeghe 『Love in a Time of Loneliness』)

Against the standard feminist critiques of Freud's “phallocentrism,” Boothby makes clear Lacan's radical reinterpretation of the notorious notion of “penis envy”: “Lacan enables us finally to understand that penis envy is most profoundly felt precisely by those who have a penis” (Richard Boothby, Freud as Philosopher, London: Routledge 2001, p. 292).(ZIZEK”LESS THAN NOTHING”)






…………



男と女をめぐって(ニーチェとラカン)より


・男は自分の幻想のフレームに見合った愛の対象を欲望するがa man directly desires a woman who fits the frame of his fantasy、女は男の対象となることを欲望する。her desire is to be the object desired by man, to fit the frame of his fantasyZizek

・男たちにとっても女たちにとっても「女」は他者である。“woman is the Other for both men and women。”(Miller)

…………

女というのは時どき女になるのだろうか?…ある時期に?… 妊娠のことじゃない、ちがう、ちがう…奇妙なインターバル…プログラムでは予測されていない…彼女が「任務」と出会うか、出会わないかによる…これは男にはある一定の時に起こる…不意に課されるんだ…マナ…ファルス…その任務は、その時、ひとりの女に出会い、ひとりの女のなかからひとりの女を解放する…期間的な夢遊病状態からの潰走。(……)

女たちそれ自体について言えば、彼女たちは「モメントとしての女たち」の単なる予備軍である…わかった? だめ? 説明するのは確かに難しい…演出する方がいい…その動きをつかむには、確かに特殊な知覚が必要だ…審美的葉脈…自由の目… 彼女たちは自由を待っている…空港にいるとぼくにはそれがわかる…家族のうちに監禁された、堅くこわばった顔々…あるいは逆に、熱に浮かされたような目…彼女たちのせいで、ぼくたちは生のうちにある、つまり死の支配下におかれている。にもかかわらず、彼女たちなしでは、出口を見つけることは不可能だ。反男性の大キャンペーンってことなら、彼女たちは一丸となる。だが、それがひとり存在するやいなや…全員が彼女に敵対する…ひとりの女に対して女たちほど度し難い敵はいない…だがその女でさえ。次には列に戻っている…ひとりの女を妨害するために…今度は彼女の番だ…何と彼女たちは互いに監視し合っていることか! 互いにねたみ合って! 互いに探りを入れ合って! まんいち彼女たちのうちのひとりが、そこでいきなり予告もなしに女になるという気まぐれを抱いたりするような場合には…つまり? 際限のない無償性の、秘密の消点の、戻ることのないこだま…悪魔のお通り! 地獄絵図だ!(ソレルス『女たち』p253-254)


2013年6月22日土曜日

ジャコメッティとジャン・ジュネ(ボーヴォワール自伝より)







彼はほほえむ。すると、彼の顔の皺くちゃの皮膚の全体が笑い始める。妙な具合に。もちろん眼が笑うのだが、額も笑うのである(彼の容姿の全体が、彼のアトリエの灰色をしている)。おそらく共感によってだろう、彼は埃の色になったのだ。彼の歯が笑う――並びの悪い、これもやはり灰色の歯――その間を、風が通り抜ける。
<ジャン・ジュネ『アルベルト・ジャコメッティのアトリエ』(現代企画室1999)>





《私はこんな奇妙な印象を受ける、つまり彼がそこにいると、それに触れなくとも、すでに完成された古い彫像たちは、変質し変貌する、なぜなら彼は彫像たちの姉妹のひとりにいま取りかかっているからだ。しかも一階にあるこのアトリエはいまにも崩れ落ちようとしている。アトリエは虫食いだらけの木で、灰色の埃でできており、彫像は石膏製で、綱、麻屑、あるいは針金の切れ端が見えている、画布は灰色に塗られ、それが画材屋にあった頃にもっていたあの落ち着きをとっくの昔に失ってしまった、すべては染みだらけで、廃品同然だ、すべては不安定で、いまにも崩れ落ちそうだ、すべては分解に向かっていて、浮遊している。ところで、そんなすべてのものが、ある絶対的実在性のなかでつかみ取られたかのようなのだ。私がアトリエを後にして、表の通りに出ると、私を取り巻くものはもはやなにひとつ真実ではない。こう言うべきだろうか。このアトリエで、ひとりの男がゆっくりと死んでゆき、燃え尽きる、そしてわれわれの眼前で、幾人かの女神たちに姿を変えるのだ》(ジャン・ジュネーー鈴木創士「ジャコメッティ覚書」より)


………






私はモリエール女子高等中学校で教えていた。……私たちはキャフェ・ドームを根城にしていた。(……)
サルトルやオルガとしゃべっている時には、私は出たり入ったりする人を眺めるのが大好きだった。(……)とりわけ私たちの興味をそそり、何者だろうと思った男がいた。ごつごつした美しい顔に、髪はぼさぼさ、貪るようなまなざしの男で、彼は毎夜、ひとりきり、または非常に美しいひとりの女性と連れだって、通りを徘徊していた。彼は岩のように強固な、同時に妖精よりも自由な様子をしていた。あんまりすばらし過ぎる。私たちは外見に騙されてはならないことを知っていたし、彼の風貌はあまりにも魅力に溢れていて、見かけ倒しではないかと思いたくなるほどだったのである。彼はスイス人で彫刻家、その名はジャコメッティといった。(ボーヴォワール『女ざかり』上 P263





パッシーには白系ロシア人街があり、その年の私のもっとも優秀な生徒も白系ロシア人だった。十七歳で、ブロンドの髪を真中から分けているために老けて見えるが、どた靴、長すぎるスカートといういでたちのリーズ オブラノフは、その挑戦的な態度でたちまち私の興味を惹いた。《わかりません!》と乱暴にどなって私の講義を中断する。時にはいくら説明しても、いつまでも受つけようとしないので、私はやむなく無視することにした。すると彼女はこれ見よがしに腕組みをして、とって食いそうな目で私を睨むのである。(同上P323)



ある朝私がドームへ行くと、彼女(リーズ)が駈けよってきて、《ね、私、アンドレ・モローと寝たの。すごくおもしろかったわ!》と叫んだ。しかし彼女はじきにアンドレが大嫌いになった。彼はお金も健康も大事にしすぎるし、習慣やしきたりを一から十まで重んじる。爪の先までフランス人なのだという。彼はしょっちゅうあれをやりたがるので、しまいにリーズはうんざりしてきた。彼女はアンドレとの性生活を、まるで兵隊あがりのようにあけすけにしゃべった。(『女ざかり』下 P106






この年の春(1941年:引用者)、私たちは新しい友達ができた。リーズのおかげでジャコメッティと知り合ったのである。前にも書いたように、私たちはずっと前から彼の鉱物的な顔や、もさもさした髪や、浮浪者のような態度に目をとめていた。私は彼が彫刻家で、スイス人だということも聞いていた。また、彼が自動車の下敷きになったことも知っていた。彼がステッキをついて、びっこをひきひき歩くのはそのためなのである。彼はよく綺麗な女を連れていた。彼はドームでリーズに目をつけ、話しかけた。リーズは彼をおもしろがせ、好意を抱かせた。リーズは彼は頭が悪いといっていた。デカルトが好きかと訊いたのに、とんちんかんな答え方をしたからだという。それでリーズは、彼は退屈な男だと決めこんだ。しかし彼はドームで、リーズにとっては夢のような晩餐をおごった。若くて丈夫で食欲旺盛なリーズは、いつも食べに行く学生食堂ではおなかがいっぱいにならなかった。彼女は、大喜びでジャコメッティの招待に応じた。しかし最後のひと口を呑みくだすや否や、彼女は口をぬぐって立ち上がるのだった。ジャコメッティは彼女を引き留めるために、もう一人前注文することを思いついた。彼女は最初の一人前と同じようにこれをいそいそと平らげ、食べ終えると、情容赦もなく帰ってしまうのだ。

《なんていう奴だ!》
とジャコメッティは一種の感嘆をこめていった。そして仕返しにリーズのふくらはぎをステッキでつっついた。ある時リーズは、ジャコメッティが退屈きわまる連中といっしょに彼女をラ・パレットに招待した、とこぼした。彼らがしゃべっているあいだ、彼女はあくびのしつづけだったという。あとになって私たちは、このやりきれない連中の名を知った。それはドラ・マールとピカソだった。







ジャコメッティのアトリエは中庭に面していた。リーズはここを根城にすれば、彼女がパリの到る所から盗んで来る自転車を隠匿するのに好都合だと思った。私は彼女にジャコメッティの彫刻をどう思うかと尋ねた。リーズは狐につままれたような顔をして、
《わからないわ。あんまり小さいんですもの!》
と笑った。そして、ジャコメッティの彫刻は、ピンの頭ぐらいの大きさなのだと断言した。これでは判断しようがないではないか? リーズは、ジャコメッティの仕事ぶりは実に奇妙だと付け加えた。昼間作ったものは夜のあいだに全部壊してしまうし、夜制作すれば、昼間壊すのだ。ある日彼は、アトリエいっぱいにたまった彫刻を、手押車に積んでセーヌ河にほうり込みに行ったそうだ。(……)







あらゆるものが彼の興味を惹いた。人生にたいする彼の熱烈な愛は、好奇心という形をとったのである。彼は自動車に轢き倒された時でさえ、楽しさにも似た気持で、《死ぬってこういうことなのか。僕はこれからどうなるんだろう?》と考えた。入院中も刻一刻と何か思いもかけない発見があったので、退院するのが残念なくらいだった。この貪欲さは私の胸にぴんときた。ジャコメッティは言葉をみごとに使いこなして、人物や情景を肉付けし、これに生命を与えるのだった。そのうえ彼は、相手の話に耳を傾けることによって相手をゆたかにする、ごく稀な人物のひとりだった。(『女ざかり』下 P115-116




※サミュエル・ベケット(Samuel Beckett)は『ゴドーを待ちながら』の舞台美術をジャコメッティに依頼している。

………


ジュネが刑務所から出て来た、と人から聞いた。五月のある午後、私がサルトルとカミュといっしょにキャフェ・フロールにいると、ジュネが私たちのテーブルにやって来て、
《貴方がサルトルですか?》
と突然尋ねた。頭を坊主刈りにし、唇をひきしめ、用心深そうなほとんど挑発的な眼ざしのジュネを、私たちは悪党らしい様子をしていると思った。彼は腰をおろしたが、ほんのちょっときりいなかった。が、ジュネはまたやって来て、私たちはそれからしばしば会うようになった。彼は筋金入りの男だった。彼が産声をあげた時から閉め出しを喰ったこの社会を、問題にもしていなかった。しかし、彼の瞳は微笑することを知っていたし、その口元は驚くほどの子供っぽさを残していた。彼は話し易い人だった。彼は人のいうことに耳を傾け、答えた。けっして独学をした人のようにはとれなかった。彼の趣味や判断には、教養が自然に身についている人たちのもつ洒脱さや、思い切ったところやかたよったものがあるにはあったが、また同時にすばらしい眼識があった。(同上P201)





さらにもう一つ、彼の立像を前にしたときの、こんな気持。これらの立像は、すべて、とても美しい人々である。ところが、それらの悲しみ、それらの孤独が、私には、一人の奇形者の、突然裸にされ、自分の奇形が人目にさらされているのを見た人の、悲しみと孤独に比べることができるように思われる。その人は、同時に、おのれの奇形を世界に差し出してもいるのである、おのれの孤独とおのれの栄光に気づかせるために。変質することのありえない孤独と栄光に。
― ジャン・ジュネ“アルベルト・ジャコメッティのアトリエ”


………