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2014年9月15日月曜日

「憐れみの海」の中で息をつける者は幸福だ

フロイトは『ある幻想の未来』をロマン・ロランに贈呈した。その書に対するロマン・ロランの感想の手紙には次のようにある(フロイト『文化への不満』より)。

「自分は宗教についてのあなたの判断にまったく賛成である。しかし、あなたが宗教のそもそもの源泉を十分評価していないのが残念だ。それは一種独特の感情で、つねづね一瞬たりとも自分を離れず、ほかの多くの人々も自身がその種の感情を持っていることをはっきり述べているし、また無数の人々についても事情は同じと考えてよいものだ。それは、「永遠」の感情と呼びたいような感情、なにかしら無辺際・無制限なもの、いわば「大洋」のようなものの感情である。この感情は、純粋な主観的事実で、信仰上の教義などではない。この感情は、死後の存続の約束などとは無関係であるが、宗教的エネルギーの源泉であり、さまざまの教会や宗教的体系によって捕捉され、一定の水路に導かれ、じじつたしかに消費されてもいる。たとえすべての信仰、すべての幻想は拒否する人間でも、こうした大洋的な感情を持ってさえおれば、自分を宗教的な人間だと称してさしつかえない」

フロイトは、《私自身のどこをどう探してもこの「大洋的な」感情は見つからない》な、とかなり嘲弄的とも読める反応をしている。《参照:あなたを落ち込ませることとは? /アホな連中が幸せそうにしているのを見ること》。そして「このばら色の光の中で息をつける者は幸福だ」と。


…………

坂口恭平 @zhtsss東浩紀さんの「弱いつながり」読了。僕は東さんの「一般意志2.0」を読んで鼎談したのが初対面だったのだが、僕は出会い頭に「一番感動したのは第十三章で『憐れみの海』という四文字でした」と言った。ふとそのことを思い出した。何だか全く違う方向向いているようで、意外と東さんとシンクロしてる

――だそうだ。わたくしはどちらの書も読んだことがないが(読んでない本についてこうやって書くのは気が引けるが)、どうやら「憐れみの海」とは、ルソー起源らしい。

ゲンロン形而上学クラブ@superflat_2『弱いつながり』では、人々が「憐れみ」の感情で弱く繋がることを説いたルソーの社会契約論が重視されているが(p106)、日本の「地域アートの諸問題」について考えるときも、この「弱さ」が議論の最も重要なポイントになる。それはホッブズやロックの説いた「強い」社会契約論とは異なっている。

東浩紀氏の『一般意志2.0』には「憐れみ」について次のようにあるそうだ――ウェブ上で拾ったので正確であるかどうかはわからない。

熟議が閉じる島宇宙の外部に『憐れみの海』が広がり、ネットワークと動物性を介してランダムな共感があちこちで発火している、そのようなモデル

あるいは、

東浩紀botβ @spectralisation · 2011年4月9日
人間の理念は閉じる。コミュニケーションも閉じる。しかしその外側に、動物的な「憐れみ」の海=ネットワークが拡がっており、自由も民主主義ももはやその海をこそ基盤に設立されるほかない

ルソー自身の言葉もも引こう。

……人間には身体的な不平等が存在する。年齢、健康、精神の差などがこれに当たる。これは自然に規定される不平等であって、無くすことはできない。それゆえ私が不平等を問題にするときには、社会的不平等のほうを指している。社会的な不平等は政治的な不平等であり、これは約束にもとづき合意によって定められるものだ。

その平等が失われてしまっている。それはなぜか?人びとが生活の知恵を身につけたからだ。自然は人間に対して厳しく振る舞う。つまり強者だけが生き残り、弱者は滅んでしまう。しかし住まいを得ることによって人びとは堕落し始める。そうして人びとの間の差異が次第に拡大してしまうのだ。

自然生活の人間の心は平和で、かつ身体は健康だ。ひとびとはの間に従属関係は存在しないし、闘争状態も存在しない。なぜなら彼らには憐れみの情(憐憫)が備わっているからだ。したがって強者による法律も存在しない。(ルソー『人間不平等起原論』

ルソーには「自己愛amour-de-soi/利己愛amour-propre」という概念もある。

素朴な情念はすべて直接にわれわれの幸福をめざしているので、それに関係のある目標しかわれわれをかかわらせず、自己愛amour-de-soiのみを原理としているので、本質的にまったく優しく穏やかなものなのです。しかし障害によって目標からそらされると素朴な情念は到達すべき目標よりも避けるべき障害のほうにかかずらって性質を変えてしまい、怒りっぽく憎しみに満ちた情念になる。まさにこのようにして、善なる絶対感情である自己愛amour-de-soiが、利己愛 amour-propre、すなわちたがいを比較させ選り好みさせる相対感情になるわけです。利己愛のもたらす喜びはただただ否定的なもので、利己愛はもはやわれわれ自身の幸福によってではなく、他人の不幸によってのみ満足させられるのです。(『ルソー、ジャン=ジャックを裁く--対話』)

このルソーの文に注目しつつ、ジジェクは、『Less Than Nothing』(2012)の最終章で、《邪悪な輩は、自己愛者=エゴイストのことではない、なぜならエゴイストは自らの関心/利益にのみ注意を払うことに忙しく、他人の不幸などにかまっているほど余裕はないのだから。本当に厄介な「悪人」とは、自身へよりも他人への関心に没頭してしまう連中だ》という意味合いのことを語っている。

An evil person is thus not an egotist, "thinking only about his own interests." A true egotist is too busy taking care of his own good to have time to cause misfortune to others. The primary vice of a bad person is precisely that he is more preoccupied with others than with himself.(A modest plea for enlightened catastrophism Slavoj Zizek


利己愛 amour-propreは、いうまでもなく怨恨(ルサンチマン)に関わってくるだろう。

怨恨。おまえが悪い、おまえのせいだ……。投射的な非難と不平。私が弱く、不幸なのはおまえのせいだ。反動的な生は能動的な諸力を避けようとする。反動的な作用は、「動かされる」ことをやめ、感じ取られたなにものかとなる。すなわち能動的なものに敵対して働く「反感=怨恨」となる。それでひとは能動に「恥」をかかせようとする。生それ自身が非難され、その<力>から分離され、それが可能なことから切り離される。小羊はこう呟くのである。「私だって鷲がするようなことはなんでも、やろうと思えばできるはずだ。それなのに私は感心にも自分でそんなことはしないようにしている、だから鷲も私と同じようにしてもらいたい……」。(ドゥルーズ『ニーチェ』)

さてここで唐突にナボコフのややイヤミな言葉を引用しておこう。

私たちは『感傷性』と『感受性』とを区別しなければならない。感傷的な男は暇な時間には全くの野獣になりかねない。感受性の豊かな人間は決して残酷な人間ではない。感傷的なルソーは泣かんばかりに進歩的思想を語ったが、一方で自分が産ませた大勢の私生児を方々の救貧院や感化院に入れたきり、一顧だにしなかった。(……)ドストエフスキーを 感傷的な作家と呼ぶ場合、それは、読者の側に因襲的な同情の念を機械的に惹起しようと、 ありふれた感情を非芸術的に誇張する作家、という意味なのである。(ナボコフ『ロシア文学講義』ーー「ルソーのきれいごと」)

ーーと引用しても、なにもルソーに恨みがあるわけではない。東浩紀氏がおそらくやっているようにーーそしてジジェクにも最近その気配があるーールソーの「可能性の中心」を読んだらよいのだ。

ただひとには憐れみを抱いて「同情」し行動に移すこともあれば、逃げてしまうこともある。多くの場合「卑怯と勇気とはしばしば紙一重」であるだろう。

フロイトによれば、《同情は同一化から生まれる》(フロイト『集団心理学と自我の分析』)。すなわち同情するから同一化するのではなく、同一化するから同情する(ラカンが同一化セミネールで語る小文字の他者への同一化、大文字の他者との同一化、ジジェクの想像的同一化、象徴的同一化、理想自我/自我理想との同一化の議論とか、さらに三種類の同一化などの議論はここでは脇にやる)。

ここでは、まずは次の文を抜き出そう。

同一化は前記のように、感情結合のもっとも初期のもっとも根源的な形式である。そして症状形成や、したがって抑圧や無意識の機制が支配する条件のもとでは、対象選択がふたたび同一化になり、このようにして自我が、この同一化のさいに、ときには好まない人物を、また、ときには愛する人物を模写することは注目に値する。両方の場合はいずれもこの同一化は部分的で、極度に制限されたものであり、対象人物の一つの特色a single traitだけを借りていることも、われわれの注意をひくにちがいない。(フロイト『集団心理学と自我の分析』)

このフロイト英訳から拾った「a single trait一つの特色」がおそらく”Ein einziger Zug”だと思うがーーラカンの”UNARY TRAIT”--、ドイツ語原文をみてみることは今はしない。

一般的に、人が特定の人物と同一化を起こす場合、対象となる人物の様々な性格を取り入れるのではなく、たった一つの特徴を取り入れるという形で生じるという興味深い事実があるのです。これはフロイトが指摘したことです。同一化というとその人の特質を出来る限り取り入れることだと思いがちですが、実はたった一つの特徴を取り入れればそれで足りるのです。フロイトはこのたったひとつの特徴のことを Ein einziger Zug と呼んでいます。

 同一化 identification においては、様々な特徴ではなく、たった一つの特徴を取り込むのです。Ein einziger は「唯一の」「たった一つの」、Zug は「特徴」です。フロイトの天賦の才は、こういう洞察のなかにパッと現われるんですね。(藤田博史「セミネール断章 2012年6月9日講義より」


すなわち「ときには好まない人物」にも、そしてたったひとつの特徴で、同一化する。そしてその同一化により、同情や憐れみが生まれうる、としておこう。

 さてここで反ルソーのニーチェの「同情」をめぐる文を引こう。《カントをもまた、道徳の毒蜘蛛であるルソーが刺していた。カントにもまた、魂の底には道徳的な狂信の思想が伏在していた。》(『曙光』序文 茅野良男訳)とあるように「道徳の毒蜘蛛」ルソー批判として読むことができる以下の文である。

「もはや私のことを思わない。」――まあ本当に徹底的にとくと考えてもらいたい。眼の前で誰かが水の中に落ちると、たとえ彼が全く好きでないにもせよ、われわれがそのあとから飛びこむのは、なぜか? 同情のためである。そのときわれわれはもう他人のことだけを思っている。――と無思慮がいう。誰かが血を吐くと、彼に対して悪意や敵意さえ持っているのに、われわれが苦痛と不快を感じるのは、なぜか? 同情のためである。われわれはその際まさしくもはや自分のことは思っていない。――と無思慮が言う。

真実は、同情というときーー私は間違ったやり方で通常同情と呼ばれるのが常であるもののことを考えているのだが、――われわれはなるほどもはや意識的にわれわれのことを思っていないけれども、極めて強く無意識的にわれわれのことを思っているのである。ちょうど足がすべったとき、われわれにとって現在意識されていないが、最も目的にかなった反射運動をし、同時に明らかにわれわれの知性全体を使用しているように。

他人の不幸は、われわれの感情を害する。われわれがそれを助けようとしないなら、それはわれわれの無力を、ことによるとわれわれの卑怯を確認させるであろう。言いかえると、それはすでにそれ自体で、他人に対するわれわれの名誉の、またはわれわれ自身に対するわれわれの名誉の減少を必然的にともなう。換言すれば、他人の不幸と苦しみの中にはわれわれに対する危険の指示がある。そして人間的な危うさと脆さ一般の目印としてだけでも、それらはわれわれに苦痛を感じさせる。

われわれは、この種の苦痛と侮辱を拒絶し、同情するという行為によって、それらに報復する。この行為の中には、精巧な正当防衛や、あるいは復讐さえもありうる。われわれが根底において強くわれわれのことを思うということは、われわれが苦しむもの、窮乏するもの、悲嘆するものの姿を避けることのできるすべての場合に、われわれの行なう決心からして推測される。われわれが一層強力なもの、助けるものとしてやって来ることができるとき、喝采を博することの確実であるとき、われわれの幸福の反対のものを感じるのを望むとき、あるいはまたその姿によって退屈から脱出することを期待するとき、われわれは避けることをしまいと決心する。そのような姿を見るときわれわれに加えられ、しかも極めて多種多様でありうる憂苦を同情と名づけることは、間違った道に導く。なぜなら、どんな事情があっても、それは、われわれの前で苦しんでいる者とは関係がない憂苦であるからである。……(ニーチェ『曙光』第133番)

ーーと引用したが、重ねて書くようにルソーに恨みがあるわけではない。ただ「憐れみの海」などという言葉に素直に感動してしまえる坂口恭平さん(1978年4月13日 - )は、建築家・作家・絵描き・踊り手・歌い手であるらしい。《一番感動したのは第十三章で『憐れみの海』という四文字でした》。きっと純朴な方なのだろう。

もっとも純朴さから遠く離れているようにみえるクンデラにも、《ニーチェの馬の首を抱き、涙を流す》刻限をめぐる次のような文がある。

ニーチェがトゥリンにあるホテルから外出する。向かいに馬と、馬を鞭打っている馭者を見る。ニーチェは馬に近寄ると、馭者の見ているところで馬の首を抱き、涙を流す。

それは一八八九年のことで、ニーチェはもう人から遠ざかっていた。別のことばでいえば、それはちょうど彼の心の病がおこったときだった。しかし、それだからこそ、彼の態度はとても広い意味を持っているように、私には思える。ニーチェはデカルトを許してもらうために馬のところに来た。彼の狂気(すなわち人類との決別)は馬に涙を流す瞬間から始まっている。

そして、私が好きなのはこのニーチェなのだ、ちょうど死の病にかかった犬の頭を膝にのせているテレザが私が好きなように私には両者が並んでいるのが見える。二人は人類が歩を進める「自然の所有者」の道から、退きつつある。(クンデラ『存在の耐えられない軽さ』P332ーー「軽さと重さ」)


と引用してさえ、まだかなりイヤミとして読まれる可能性があるので、ここではニーチェと異なり、「穏和な」精神科医中井久夫の文を引用しておこう。

圧倒的な危機においては、従来の習慣にしがみつく構えと、新しい発想に打って出ようとする構えとの基盤は一見ほどには大きく相違するものではない。沈没しようとする艦船の船腹に最後までしがみつくか、フネを見捨てて敢えて海に飛び込むかという選択のいずれが正しいかはいうことができない。生存のチャンスは全くの賭けなのである。フネが沈没した後、今脇に抱えている板切れにしがみつきとおすか、それを棄てて近づいてくるようにみえる救助船に向かって泳ぎだすかも、全くの賭けである。救助船は私を認めていなくて旋回して去ってゆくかもしれないし、すでに満員であって、ふなべりにかけて私の手は非情にもナイフで切り落とされるかもしれない。

半分は、ふだんの構えによって決まるが、半分は、いったん一つの構えを取ると、それを取りつづける傾向が強い。

もっと一般的に、池で溺れている少年、あるいはいじめられようとしている少女を目撃した場合に、見て見ぬふりをして立ち去るか、敢えて救助に向かうかの決定が紙一重となる瞬間がある。この瞬間にどちらかを選択した場合に、その後の行動は、別の選択の際にありえた場合と、それこそハサミ状に拡大してゆく。卑怯と勇気とはしばしば紙一重に接近する。私は孟子の「惻隠〔みてしのびざる〕の情」と自己保存の計算との絞め木にかけられる。一般に私は、救助に向かうのは最後までやりとおす決意とその現実的な裏付けとが私にある場合であるとしてきた。中途放棄こそ許されないからである。「医師を求む」と車中で、航空機中で放送される度に、外科医でも内科医でもない私は一瞬迷う。私が立つことがよいことがどうか、と。しかし、思いは同じらしく、一人が立つと、わらわらと数人が立つことが多い。後に続く者があることを信じて最初の一人になる勇気は続く者のそれよりも大きい。しかし、続く者があるとは限らない。日露戦争の時に、軍刀を振りかざして突進してくるロシア軍将校の後ろに誰も続かなかった場合が記録されている。将校は仕方なく一人で日本軍の塹壕に突入し、日本軍は悲痛な思いで彼を倒した(日本将校にとっても明日はわが身かもしれない)。(中井久夫「一九九六年一月・神戸」『復興の道なかばで  阪神淡路大震災一年の記憶』所収ーー)


《半分は、ふだんの構えによって決まるが、半分は、いったん一つの構えを取ると、それを取りつづける傾向が強い》ーーすばらしい言葉だ。たとえば、いったん反レイシズム、反ネオナチ、反原発の姿勢を取ったら、それを取り続ける傾向が強いだろう。そうでなかったら、いつまでも曖昧な姿勢を取ったり、完全無視してすずしい顔に終始することだってありうる。

さらにはまた「大洋的感情」やら「憐れみの海」やらに感動する心性の、象徴的効果をもあなどってはならない。

象徴的機能に目を眩ませることなく、自分の眼だけを信じ続ける人は、いちばん間違いを犯しやすいのである。自分の眼だけを信じている冷笑者が見落としているのは、象徴的虚構の効果、つまりこの虚構がわれわれの現実を構造化しているということである。美徳について説教する腐敗した司祭は偽善者かもしれないが、人びとが彼の言葉に教会の権威を付与すれば彼の言葉は人びとを良き行いへと導くかもしれない。(ジジェク『ラカンはこう読め!』)

これがラカンが「騙されない人は彷徨うLes non-dupes errent」で言おうとしたことだ。


…………

いずれにせよ、われわれは同一化して同情や憐れみの感情を抱いたにしろ、「惻隠の情」と自己保存の計算との絞め木にかけられることがある。そのバランスの秤が各人によってかなり異なるのだろうが、それはなぜなのか。いまのところ、それはトラウマにかかわるのではないか、という思いがあるが、議論の展開をするつもりはなく、ここでもまた引用ですませておく。


……心的外傷には別の面もある。殺人者の自首はしばしば、被害者の出てくる悪夢というPTSD症状に耐えかねて起こる(これを治療するべきかという倫理的問題がある)。 ある種の心的外傷は「良心」あるいは「超自我」に通じる地下通路を持つのであるまいか。阪神・淡路大震災の被害者への共感は、過去の震災、戦災の経験者に著しく、トラウマは「共感」「同情」の成長の原点となる面をも持つということができまいか。心に傷のない人間があろうか(「季節よ、城よ、無傷な心がどこにあろう」――ランボー「地獄の一季節」)。心の傷は、人間的な心の持ち主の証でもある(「トラウマとその治療経験――外傷性障害私見」『徴候・記憶・外傷』所収P93ーー「ネオナチ完全無視のすずしい顔の手合い」)

中井久夫は、阪神・淡路大震災の現場で、ボランティアの茶色や金色に髪を染めた若者たちが、率先して動くのに感嘆している、こういったときに人間の真価が出る、と(いまその文が探し出せないでいるので記憶で書いている)。彼らの多くは、通常の人に比べて、なんらかのトラウマを抱えているひとたちが多いのではないか、とまでは言っていないが、ほとんどそういいたい口ぶりではないか、とわたくしは「錯覚」に閉じこもり得たことがある。



※附記

……新しい災害は過去の災害によるPTSDの症状を呼び覚ます。愛知県の義援金が他府県を抜いて格段に多い事実は、伊勢湾台風のPTSDが呼び覚まされたためではないだろうか。名古屋に赴いた時、それは三月の末であったが、震災が昨日のことであったかのように、盛んに義援金の募集が行われ、『中日新聞』に載る額も、小企業で一千万円、個人で十万円、百万円と「半端じゃなかった」。人々は「名古屋人はケチといわれているけれど、出す時は出すんだ」と胸を張って、伊勢湾台風との関連は意識していないようであった。しかし、ひとごとではないという気分が人々の間にあった。

老人たちは戦争の記憶を新たにした。戦後五〇年という「記念日現象」と重なって、まだ済んでいない精神的債務への態度が何か変わってきたと私は思う。

神戸人は伊勢湾台風の時は救援に熱心ではなかった。しかし、サハリン地震の義援金募集は、勤務先でも地域でも早く、また盛んであった。新潟の水害の知らせを聞いてボランティアがすぐ出発した。思わず微笑するほどであった。

このように、PTSDは、障害としてマイナスの意味だけを帯びるのではない。「ひとごとではない」という連帯の意識を呼び覚ます力にもなる。実際、関東大震災の時には被災者は全国に散った。片道切符をもらって東北本線に乗るか、軍艦で清水港、時には大阪まで運ばれるか、バラックを自力で建てるしかなかった。東京の人口は相当年数、大阪を下回ったのである。今回の震災では、全国が神戸にやってきた。さらには海外さえも。再び鮮やかになった過去の心の傷に導かれて被災地に関与したという面がないであろうか。誰か心の傷がない人があるだろうか。まして、この二十世紀においてーー。この支持が孤立感をどれだけ和らげたことか。PTSDが予想よりも軽く経過しつつあるのではないかという多くの精神科医の観察は、もし真実ならばこの支持なしにはありえなかったことである。

個人のいのちに対しても、PTSDは決してマイナスばかりではない。最初の現実感喪失、呆然状態でさえ、事態を見極めてから動くゆとりを与えるものと考えられないだろうか。気分の高揚と過剰な活動なしでは、修羅場を切り抜けられるだろうか。ただ、これはもっと自然と近かった時代、おそらく動物としての危機回避反応であろう。地震によって大被害が起こるのは都市ならばこそである。たまたま私は福井大震災を阪神間の畑の中で体験した。結構な揺れであったが、要するにしばらく地面とともに揺れていれば済んだのであった。

PTSDは、精神医学の新奇な一症候群というだけではない。統合失調症にせよ、躁鬱病にせよ、神経症にせよ、これらは、精神の内科的な病いである。これに対して、PTSDは、外傷後ストレス障害という名のとおり、心に負った傷という精神の外科的な障害である。今回の震災が日本の精神医学にもたらしたものといえば、心の外科的障害への開眼であろう。

精神障害が誰にでも起こりうるという、当たり前の事実は、一般公衆にも、精神科医にも、この震災によってはじめてはらわたにしみて認識されたのではないか。全国から集まった精神科医たちも、現場にあって多くのことを学んだ。主に遺伝素因によって精神障害が起こると考えていた研究者が、状況によって起こることを目の当たりにして素朴な驚きを語った。(中井久夫「阪神大震災八カ月に入る」『復興の道なかばで  阪神淡路大震災一年の記録』所収)