このブログを検索

2013年6月12日水曜日

バッハオーフェンの「母権制」と、ニーチェ、あるいはドゥルーズ=マゾッホ


「生は寄なり、死は帰なり」と叫んだ聖者のことばのむなしいことよ。
死んだものには もはや それまで生きてきた 過去の わづかな時間を のぞいて
帰るところなど なにも あったようすは なかったようすで
生れる以前も 死んだあとも それは あなたの ものではない。
そこには 絶無といふほかに、塵ほどのひっかかりもないのだが
……

―――金子光晴「六道」より


私は板のささくれた面に
クレヨンで
兎の絵を描く
ついでに(女陰)も
今朝早く水田から上ってくる
女を見た
私は美しい少年へと
身の丈が伸びる
なまなましい蛇の抜け殻


――吉岡実「故園追憶」

谷間の神霊は永遠不滅。そを玄妙不可思議なメスと謂う。玄妙不可思議なメスの陰門(ほと)は、これぞ天地を産み出す生命の根源。綿(なが)く綿く太古より存(ながら)えしか、疲れを知らぬその不死身さよ(老子「玄牝の門」 福永光司氏による書き下し)


古来、母性崇拝、女陰崇拝というものがある。

太古の男性たちは、なぜ女性が子供を産むことができて、男性にはそれができないかという問いがあった。

女たちは、生み、育て、そして老いて死ぬ。「創造→維持→破壊」の循環、「死と再生」の体現者である女性は、「無限の生命zoe」の象徴であり、男性は一回限りの「有限の生命bios」でしかないコンプレックスを持っていた。当時の男たちの「去勢」の試みは、ゾエzoeへの憧憬からなされた。

男と女とは、光と闇、太陽と月、生者と死者、祝祭と葬礼、天界と大地(父性的と母性的)などの二項対立を象徴し、母権社会では、後者が優位におかれる。


「新月→満月→旧月」の三相一体の月女神は、不死、不易、万能の存在だった。男たちは、女家長、女性を畏れ、敬愛し、服従していた。


――これらは、いわゆるアルカイック期、父権制のまえにあったとされる母権制におけるいくつかの説明である。


以前、「戦争と性欲処理」をめぐっての簡単なメモをしたとき、「母権制」について調べてみようと思ったことがある。といっても、身近なところに文献があるわけでもなく、インターネット上でいくつかの小論を読んだ程度なのだが、以下は、それにかかわる。


多分、「母権制」について研究されている方には、児戯に類するとみえるものが多いにちがいなく、しかし、わたくしにとって「初山踏み」に近い。

参照文献:
1、「古代母権制社会研究の今日的視点―神話と語源からの思索・素描」(松田義幸・江藤裕之)

2、 回文/擬態としての聖なるもの<と>批判理論(上野俊成)

3、ニーチェとディオニュソス:ニーチェのバッハオーフェン受容(谷本愼介)
 
…………

人類の歴史上、「父権制」のまえに、「母権制」社会があったことを指摘したのは、バッハオーフェンの著『母権制』が嚆矢となるらしい。彼はバーゼル大学の法学者、古代学者であり、ニーチェの年上の同僚でもあった。

ニーチェが若干二十四歳で教授に抜擢されたバーゼル大学は、当時学生総数百人前後(最大で116名だったらしい)の小規模な大学だったことが知られている。だがその大学の教授には歴史学・美学者として高名なブルクハルトがおり、そしてバッハオーフェンがいた(バーゼルはワーグナーの暮すトリュープシンから百キロほどの場でもある)。

二十九歳年上のバッハオーフェンとの交遊については、しばしば昼食に招待されたりしており、バッハオーフェンの若妻ルイーゼ(ニーチェより一歳年下)と、連弾でピアノを演奏したり、コンサートにも一緒に出かけたらしい。

ところでニーチェの処女作『悲劇の誕生』(1872)には、その決定稿にいたるまでに「ディオニュソス的世界観」と「悲劇的思想の誕生」という手稿があり、1870年のクリスマスに、ワーグナーの妻コージマの誕生日プレゼントとして捧げられている。

このおなじ日、《ジークフリート牧歌》が初演された。

《ジークフリート牧歌》は純粋に器楽用のものとしてヴァーグナーの書いた、ごく少数の曲の一つである。これは彼の息子ジークフリートの誕生を祝って、妻コジマの誕生日に当たる18701225日の朝、当時彼らが世間を避けて静かに暮らしていたトリプシェンの家で、初演された。(吉田秀和『私の好きな曲』)

ニーチェがワーグナーから離れたのちも、唯一の例外とした愛し続けられた別名《トリプシェン牧歌》。――家族の内輪の音楽として、世間に公開するなど夢にも考えていなかった、という見解もあるようだ(E・ニューマン)。だが、それはさておき、《今日この曲をきくものには、(……)ヴァーグナーの「室内楽」がききたい時、私たちはこれをきくのだ》(吉田秀和)。


「老いたる魔術師」、その熱狂、熱烈、完全にすべての音を支配する、しかも最高度のニュアンスを失わず、繊細さ、隠微なこまやかさの極致であるワーグナーの巨大建造物のなかでは異例な、清冽な小品、ジークフリート牧歌。

――なおひとこと、選り抜きの耳をもつ人々のために言っておこう、わたしが本来音楽に何を求めているかを。それは、音楽が十月のある日の午後のように晴れやかで深いことである。音楽が独特で、放恣で、情愛ふかく、愛想のよさと優雅さを兼ねそなえた小柄のかわいい女であることである。……わたしは、ドイツ人が音楽とは何かであるかを知りうる力のあることを、断じて認めないだろう。世にドイツの音楽家と呼ばれている者たち、とくにその最大の者たちはみな外国人だ。スラヴ人、クロアチア人、イタリア人、オランダ人――もしくはユダヤ人である。そうでなければ、協力な種族に属するドイツ人、いまは死に絶えたドイツ人、たとえばハインリヒ・シュッツ、バッハ、ヘンデルなどである。わたし自身は、依然としてポーランド人であることが抜けきらないので、ショパンを残すためには他の音楽を全部放棄してもよいという気持はある。ただし、三つの理由から、ワーグナーのジークフリート牧歌は例外としたい。おそらくはまた、すべての音楽家にまさって高貴なオーケストラ的アクセントをもつリストの作若干をも例外としよう。なお最後に、アルプスのあちら側でーー(いまのわたしから言えば)こちら側でーー育った音楽一切も、そのなかに加えよう……わたしは、ロッシーニなしではすまされまい、……(ニーチェ『この人を見よ』(手塚富雄訳)


ニーチェの『悲劇の誕生』のディオニソス賛は、バッハオーフェンの影響下で書かれている。バッハオーフェンの「バッコス的世界観」は、ニーチェによって「ディオニュソス的世界観」と書き換えられている。バッコスはもちろんディオニソスのことであり、古代ギリシャ・ローマ人たちは、深夜に得体の知れない物音が通過したら「あ、バッカス(ディオニュソス)の楽隊が通る」とした。会話の不意の途切れを「あ、天使が通る」という伝である。

マンフレート・エーガーは、ニーチェを「受容の天才」と呼んでいる。最近の著書『ニーチェとバイロイトの受難劇』においては、「盗みの天才」とも。ニーチェ自身、その遺稿には、《あらゆる『創造』の九九パーセントは、音楽であれ思想であれ、模倣だ。窃盗、多かれ少なかれ意識して。》とある。


日本におけるバッハオーフェンの研究者グループとしては、京都大学の上山安敏教授のグループがよく知られており、それによれば、バッハオーフェンの影響は、ニーチェだけでなく、ボードレール、ヴェルレーヌ、マラルメ、ヘッセ、トーマス・マン、リルケ、ホフマン・スタールなどの文学者たち、そしてエンゲルス、ハウプトマン、ベンヤミン、ユング、フロム、ホイジンガなどの思想家たちにに広く行き渡ったとのこと。

こう並べれば、なんらかの形で「女性」や「母性」、あるいはその崇拝をめぐる散文や詩を書いた人々が多いのに気づく。太古の世界における「大地母神」、「グレートマザー」「月明神」、「聖なる母」を讃美するのと同時に、ニーチェのアポロン的光の秩序とディオニソス的闇と陶酔の二項の後者に注目する人びとたち。

ディオニソス(バッカス)は、葡萄酒と演劇の神であり、酒神祭は乱交(オルギア/オージー)にかかわり、「聖なる娼婦」のイメージをも生む。乱交と雑婚の「娼婦性」、それはバタイユやクロソウスキーを思い起させるが、バッハオーフェンの著書は、前ファシズム期によく読まれており、ファシズムの美学ともかかわる。

ファシズムの儀式愛好癖や儀礼規則、ユニフォーム、あらゆるまやかしの非合理的な道具立ての意味は、ミメーシス的な行為を可能にすることである。あらゆる反革命的運動につきものの、人工的にしたてられたさまざまのシンボル、どくろや覆面、野蛮な太鼓の響き、言葉や身振りの単調な反復といったものは、ひとしく魔術的行為の組織的模倣であり、ミメーシスのミメーシスである。(ホルクハイマー&アドルノ『啓蒙の弁証法』)

アフロディテ・ミュリッタ崇拝においては、乙女たちの神聖なる売春を含む淫らで頽廃的な祭礼が行われた。この祭礼は……女神を演じる聖なる娼婦が、その相手役の神ベロス=ヘラクレスの役を演じる奴隷と共に民衆の前に登場し、神聖なる売春の交接儀礼が行われる際に、最大の山場を迎えることになった。この男神を演じる奴隷は、ヘラクレスと同じように、祭りの最後には火刑に処された。(クロソウスキー『古代ローマの女たち』)


ところで、ドゥルーズによれば、マゾッホもバッハオーフェンを読んでいたようだ。

マゾッホは、偉大な人類学者でヘーゲル派の法律学者でもある同時代人のバッハオーフェンを読んでいた。(……)バッハオーフェンは、発展段階を三つ識別していたのだ。第一のものは、古代ギリシャの娼婦的な段階、アフロディテ的な段階であって、繁茂した沼の渾沌のうちにかたちづくられ、女と男たちとの入り乱れ気分まかせな関係からなっているが、そこでは父親は「人格」を持たなかったので、女性的原理が支配していた(とりわけアジアの女王として扱われる娼妓が代表するこの段階は、神聖なる売春という制度のうちに生き伸びることになるだろう)。第二期は、大地の女神デメテール的なもので、アマゾーヌ的社会にその黎明期を迎える。それは、女権的秩序、苛酷な農耕的秩序を創設するが、その秩序の支配下では沼沢地は感想しきっている。父親なり夫なりも一定の地位を獲得しはしたものの、女性の専制下におけれつづけていたことにはかわりがない。最後に、家父長的な、もしくはアポロン的な体系が力を帯びるが、それがアマゾーヌ的な堕落形態、あるいはディオニソス的でさえある堕落形態のうちに母権制を退化させることもままあったのである。(ドゥルーズ『マゾッホとサド』p68

この叙述からすれば、バッハオーフェンの「母権制」は、性交的なものに限っても、ただたんに娼婦的な乱交、あるいは雑婚だけを意味しているのではないことがわかる。


ドゥルーズによるバッハオーフェンの三段階説は、実際には、その中間段階の過程があり、次の如くである。


第一段階:Aphrodite的女性支配

中間段階:Amazon的男性排除

第二段階:Demeter的女性支配

中間段階:Dionysus的女性解放

第三段階:Apollon的男性支配


ドゥルーズ曰く、《この三つの段階のうちには、マゾッホの三つの女性的典型がたやすく認められる。その第一と第三のタイプは、それを両極として第二のタイプが人目をあざむく壮麗さと完璧さをまといつつ揺れ動く限界点として、マゾッホに捉えられている。》p68

 第一のタイプは、古代ギリシャの娼妓を思わせる母親、不潔な下水溝や沼沢地を思わせる母親であり、第三のタイプとは、家父長的なアポロン的な体系が力を帯びた「エディプス的な母親」とされている。マゾッホの理想とする第二段階の女性的典型は、大地の女神デメテールDemeter的な女性ということになる。

もっとも語源的には、《De m e t e rはオリンポス神話では農耕の女神と言われているが、母権制社会では、女陰を通じての「創造→維持→破壊」 「処女(Ko r e )→母親(De m e t e r )→老婆(P e r s e p h o n e ) 」の三相 あった。Deはギリシア語の De l t a の三角形で「女陰」を表わしていた。De l t a はサンスクリット d w r 、ケル d u i r 、ヘブライ語 d a l e t h で、誕生、死、性的楽園の入り口を意味した。m e t e rは「母親」の意味である。》(参照文献1より)


マゾッホによる三人の女性は、母性的なものの基本的イメージに符合している。すなわちまず原始的で、子宮としてあり古代ギリシャの娼妓を思わせる母親、不潔な下水溝や沼沢地を思わせる母親がある。――それから、愛を与える女のイメージとしてのエディプス的な母親、つまりあるいは犠牲者として、あるいは共犯者としてサディストの父親と関係を結ぶことになろう女がある。――だがその中間に、口唇的な母親がいる。ロシアの草原を思わせ、豊かな滋養をさずけ、死をもたらす母親である。この第二番目の母親も、また最後に姿をみせるもののように思われる。滋養をさずけ、しかも無言であることによって、彼女は他を圧するものだからである。彼女は最終的な勝利者となる。それ故フロイトは、『三つの箱の選択』の中で、このタイプの母親を、多くの神話的・民族伝承的な主題に従って提示しているのである。「それはまさしく母性そのものであって、そのイメージに従って男性が選ぶ恋する女性なのであり、煎じつめれば、改めて男性を迎え入れる<母親>としての<大地>なのである……。宿命的な娘たちのうちで、この第三番目のもののみが、すなわち沈黙する死の女神だけが、男をその胸の中に迎え入れることになるだろう」。だが、この母親が占めるべき真の位置は、避けがたい展望図のもたらす幻想によって必然的に転移させられているとはいえ、なお両者の中間にすえられるべきものなのだ。そうして視点に立ってみると、ベルグレールの次のごとき概括的問題提起は完全に根拠のあるものだと思われる。すなわち、マゾヒスムに固有の要素は、口唇的な母親――子宮的母親とエディプス的母親の中間に位置する冷淡で、何くれとなく気を配り、そして死をもたらしもするあの理想像なのだというのである。……p71-72


――ここで、冷淡という言葉が出てきて、これだけ読めは奇妙だろうが、ドゥルーズのマゾッホ論の原題は『冷淡なものと残酷なもの le froid et le cruel』であり、あるいはこうも書かれる。

女性は、反省的思考の前では感情的となり、粗野なものに対しては苛酷になったのである。冷淡さ、氷のような冷たさが、すべてのつとめを遂行してしまった。つまり感情性を男性の反省的思考の対象とし、残酷さを男性の粗暴さへの懲罰をとしてしまったのだ。冷たさを介して朋約を結ぶことによって、女性の感情性と残酷さとが男性に思考を強い、マゾッホ的理想像を構築するのだ。P70


おそらく、家父長的なアポロン的な体系が力を帯びた「エディプス的」反省的思考と、古代ギリシャの娼婦的な段階、女と男たちとの入り乱れ気分まかせな関係からなっている「粗暴さ」とに対して、それぞれ冷淡になり残酷になる、と読んでいいだろう。

ここにディオニソス賛歌を歌うニーチェとも、サドの「普遍的売春」の夢とも異なるマゾッホの女性像がある。


ドゥルーズによれば、クロソウスキーは、その鋭い分析によって、サド的幻想の基盤を、《娘をそそのかして母親をせめ苛み、娘の手で母親を殺戮せんとする家庭破壊者としての父親、という主題》として抽出した。(p76


マゾッホが理想とする口唇的母親は、《子宮的母親からその古代の娼妓的機能(売春行為)を奪う必要があり、それと同様に、エディプス的母親からそのサディスム的機能(懲罰行為)を奪う必要がある》(p85

サディスムとマゾヒスムのあいだには、深い非対称性が明らかにされる(……)。サディスムが母親の能動的な否定と父親の膨張(法則を超えた次元に置かれることによって)を提示するというのが正しいとするなら、マゾヒスムは、二重の否認、つまり積極的で、理想的で、家長的な母親の否認(法と一体化した)と、父親(象徴的秩序から放逐されて)の無効的否認を遂行するのである。P87-88


ここで「否定」と「否認」という語句が出てくる。このマゾッホ論の翻訳(蓮實重彦)をそのままとれば(今、原文に当ることはしていない)、否定と否認はフロイト用語であり、やや詳しくは、次を参照:(フロイトの四つの「否Ver‐」( 排除、抑圧、否定、否認)



さて、少し前に戻って、フロイトの、『三つの箱の選択』、手元の旧訳では『三つの小箱』を想い出してみよう。

この論はシェイクスピアの『ヴェニスの商人』と『リア王』をめぐって書かれている。

美人で賢いボーシャは、父君の意志によって、求婚者の中から、差し出された三つの小箱のうち正しい小箱を選んだ男を夫とすることになっている。三つの小箱はそれぞれ金、銀、鉛でつくられていて、正しいのは、中に彼女の肖像が入っている小箱である。

……『ヴェニスの商人』の場合には、なにかモティーフの裏返しのようなものが現れている。

つまりここではひとりの男が三つの小箱を選ぶ。

これが夢のことならば、ただちにわれわれは小箱や小容器やボール箱や籠などと同様、その小箱もまた女性であり、女性における本質的なものの象徴、だから女性そのものなのだと考えたことであろう。(……)

(そうすれば)いまや一箇の人間的なモティーフ、すなわちひとりの男が三人の女たちのどれかを選ぶということが問題になっていることを知るわけである。(フロイト『三つの小箱』)

ドゥルーズの叙述を援用して、おそらく、子宮的(娼婦的)母親が「金」、エディプス的母親が「銀」とするなら、口唇的な大地の女神デメテール的母親が「鉛」としてよいだろう。

フロイトは『リア王』との類似性を指摘する。《老いたるリア王はまだ存命中に領土を三人の娘に、娘たちが彼に向かって表明する愛情に比例して分割する決心をする。》だが、ここではリア王は、上の二人の娘のうわべの愛情の過剰な誇示、そして末娘の無言の愛のあいだで、誤まった決断をし、上の二人の娘だけに領土を分けてしまい、それがリア王の不幸の因となる。
  
リア王がコーディリアの死体を舞台に運んでくる、あの震撼的な最終場面を思い出していただきたい。コーディリアは死である。状況を逆にしてみれば、彼女はわれわれに理解しうるもの、親しいものとなる。すなわちそれは、ドイツ神話の『ワルキューレ』のように、死せる英雄を戦場から運び去る死の女神なのである。原始神話の衣をまとった永遠の叡智が、老人に愛を断念し、死を選べ、死ぬという必然性と和解せよ、と勧告しているのである。(『三つの小箱』)

フロイトはこのように叙述し、最終的には次のように書かれることになる(この箇所は、その一部が上に引用したドゥルーズの文のなかにもある)。


……ここに描かれている三人の女たちは、生む女、性的対象としての女、破壊者としての女であって、それはつまり男にとって不可避的な、女にたいする三通りの関係なのだ。あるいはまたこれは、人生航路のうちに母性像が変遷していく三つの形態であることもできよう。

すなわち、母それ自身と、男が母の像を標準として選ぶ愛人と、最後にふたたび男を抱きとる母なる大地である。

そしてかの老人は、彼が最初母からそれを受けたような、そういう女の愛情をえようと空しく努める。しかしただ運命の女たちの三人目の者、沈黙の死の女神のみが彼をその腕に迎え入れるであろう。(同上)


ここでジョイスの「父なる時間、母なる空間、あるいは種」を引用して、「母なる時間」www.courtauld.ac.uk/.../kristeva_womenstime.pdf を書いたクリスティヴァ、――《"Father's time, mother's species," as Joyce put it; and, indeed, when evoking the name and destiny of women, one thinks more of the space generating and forming the human species than of time, becoming, or history.……》を想起しつつ、クリスティヴァの夫であるソレルスの言葉を抜き出しておこう。

問題となるのは死だ。世界は死である。そして彼女たちが死をもたらすのだから、世界は女たちのものだ、彼女たちは生ではなく、死をもたらす …これ以上に基本的な真実はない …これ以上に体系的に隠蔽され、認められていない明証性はない …きみたちはせいぜいこいつをぼくから書き写すがいい …空しく… なんて奇妙なことだろう …盗まれた手紙… 鏡のなかの自分の姿を見たまえ …いや、きみたちは自分を見たりはしない …いや、きみたちは自分たちの生まれながらのひきつった笑いに気づかない …きみたちにショックに耐えるチャンスがあるのは、時には夢の一番どん底にいるとき、あるいはあっという間のことだが目覚めたときなんだ …十分の三秒… それさえない …きみたちは自分に、自分の中味につまずく …虚無の唾… 諸世紀の鼻汁 …究極の糞… 時間の膿 …持続の血膿… ページの下の汚いどろどろの液 …累積… 没落…幕 …もしきみたちががつがつ詰め込んだ、腐った個人的なやり方に何の口出しもしなかったのなら、黙ってろ …沈黙あるのみだ、この荘厳な穹窿の下では、ぼくは震えながらそこにきみたちを通してやる! p177


次に、「フェミニズムのユダヤ嫌悪」、あるいは聖書がずっと戦っているものは「母性崇拝」と書かれるとき、ユダヤや聖書は、「エディプス的なもの」「家父長制」としてよいだろう。

フェミニズムというのは一種のユダヤ嫌悪じゃないか、という …あほらしい!… そんなことは火を見るよりも明らかだったが、もっと若くて、もっと知識があって、もっと大胆な幾人かのユダヤ女性たちはそいつが耳障りになりだしたにちがいなかった  P410

彼女は反ユダヤ主義者ではない、ちがうさ、いやはや、でもやっぱり聖書によって踏みつぶされたのが何かを見出すべきだろう …別のこと… 背後にある …もうひとつの真実を…

「それなら、母性崇拝よ」、デボラが言う、「明らかだわ! 聖書がずっと戦っているのはまさにこれよ …」

「そうよ、それに何という野蛮さなの!」、エドウィージュが言う。「とにかくそういったことをすべて明るみに出さなくちゃならないわ …」

「結局のところ」、彼女の夫が諦め顔で言う、「フェミニズムは反ユダヤ主義じゃないが、ユダヤ教をそれ自身から救うことを提案しているんだろ?」 P476

…………



以下は補遺として、「古代母権制社会研究の今日的視点―神話と語源からの思索・素描」(松田義幸・江藤裕之)http://campus.jissen.ac.jp/seibun/archives/contents/etext/papers/matsuda/MithEtim.pdfより、バッハオーフェンの『母権制』の簡潔なまとめ。


母権制社会から父権制社会へ移行するまでに、どのような構造上の変遷があったのか。バハオーフェンは、この変遷過程を三段階に分けて説明し、第一と第二、そして第二と第三段階の間に、2つの中間段階を挙げている。

第一段階はAphrodite的女性支配である。バハオーフェンはどの民族においても、無秩序な両性関係と娼婦性的生活の存在した痕跡のあったことを指摘している。正確に言えば、バハオーフェンは、この第一段階を母権制以前の低次の段階と位置づけ、第二段階以降を紀律化された高次の段階と区別している。人類の始原において無秩序な両性関係と神殿娼婦が存在していたことを記述している。(……)

中間段階はAmazon的女性支配である。始原の無秩序な両性関係は、いずれ、男性の横暴な性欲によって品位を奪われることになる。女性たちは安定した地位と純粋な生活を求め絶望の果てから武器を取り、抵抗とへ駆り立てられた。これがAmazon的女性支配にならざるを得なかった背景である。Amazon的女性支配は、月女神に従い、永遠に満ちかける月の表情は、まさに死をもたらす恐ろしいGorgonの三姉妹の表情であった。しかし、Aphrodite的女性支配、Amazon的女性支配を支えた食料事情は、野性的・自然的生産に依存し、「母なる大地」から成長する「野生生物」頼りの泥土的沼沢地生活であったが、やがて農耕生産に移行していく。

第二段階は、Demeter的女性支配である。穂や穀粒、根菜、果樹などの植物を中心にした農耕生活は、農耕神のDemeterと女家長の女性支配の下での紀律ある婚姻制度を生み出すことになった。農耕生活には男手を必要とする。そこで、厳格な紀律に従う婚姻制度ができたのである。仕事の手順はすべて女性が決める。それは、季節、月、週がすべて、「宇宙原理=自然原理=女性原理」でとらえることができるからである。しかし、バハオーフェンによれば厳しい紀律のDemeter的女性支配と自由で自然なAphrodite的女性支配との間に長い対立があったのであり、葡萄栽培の普及と葡萄酒の祭りのDionysus宗教が広がるにつれて、女性たちを再びAphrodite的性の解放に目覚めさせたのである。

中間段階はDionysus宗教支配である。Demeter的女性支配は、婚姻制度を敷くことにより、男性に家族、社会における役割を与え、男性もよくその期待に応えた。しかし、Dionysus宗教は、女性たちをAphrodite的原理に回帰させることになり、男性たちの尊厳を奪いさってしまったのである。ここに紀律あるDemeter的母性を象徴する麦穂とパンが、再び生殖の神の豊かな果実を象徴する葡萄酒の前に屈したのである。AphroditeとDionysusらが手を結んだミルクと蜜と水が再び官能的なトランス・エクスタシーの境地を与えてしまったのである。男性たちは、Demeter的原理の下で得た幸せをいかにして取り戻すか。そこで第三のApollon的段階への移行が始まるのである。

第三段階はApollon的男性支配の原理である。紀律を遵守するということは精神性、道徳性の問題である。男性たちは男神を創造し、男神に支えられながら精神性の高い「父性的―天界的」原理を立てて父系で家父長制(patriarchy)の父権制社会への転換を企てたのである。


最後に、バッハオーフェンの『母権制』に対する反論の説明のひとつを掲げておこう。

この書物への実証主義的批判は、事実認識に無数の誤りを発見していった。まず、古代における、家族制度や法律上の女性優位はきわめて限定された局面以外には存在が否定されてきた。母権制と母系制、母方居住制は別の概念だと整理されてきた上で、母系制では財産が母から娘へと相続されるが財産管理権は娘の兄弟にあるなど女性の力への限定が発見された。また、原始乱婚制社会も、実在は否定された。学問諸分野の分化以前の時代らしいともいえる、家族制度=法=思想世界という諸領域の混同は、後代の実証主義的批判には耐えられないものであった。  これらの批判にも拘らず、この著は「ファンタジー」として退けることのできない、見るべき点をもっている。これは詩人、芸術家を含め多方面に深い影響を与えてきた書物である。(平山満紀「母権制とはいかなる概念か」)


いずれにせよ、母権制が、ファンタジーであろうがなかろうが、それをAphrodite的女性支配、無秩序な両性関係と娼婦性的生活の第一段階(そこにはオルギア(距離のない狂宴)が横溢する)のみをイメージされてはならないだろう。


ーーということで、ほとんど資料の列記に過ぎないが、とりあえずここまで。