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2014年8月16日土曜日

「同じ空間で」

カヴァフィス「同じ空間で」(中井久夫訳)

家々、カフェ、そのあたりの家並み。
歳月の間にけっきょく歩き尽くし、眺めおおせた。

喜びにつけ悲しみにつけ、私は刻んだ、きみたち家々のために、
数々の事件で多くの細部を。

私のためでもある。私にとってきみたちすべてが感覚に変わった。







ウンベルト・サバ「トリエステ」(須賀敦子訳)

……
活気に満ちた おれの町には
おれだけのための 片隅がある
憂愁のある 引込み思案な
おれの人生のための 片隅が




サイゴンの街を歩き廻っていたときは
フォーレのメロディばかりを聴いていた
Barbara Bonneyの歌唱ではないけれど

シクロに王侯のようにふんぞりかえる
若く貧しい娘たちがひどく美しかった

白いTシャツに亜麻色の短パン
ひどく暑い国なのにイッセイミヤケの
麻のカーディガンを肩に洒落る
こげ茶の革サンダルに黄色のフレームのサングラス
日本の無印で手に入れたストローハット
このいでたちで街をさ迷い歩いた
少女デュラスの中年男風変装
ラマンの物真似というわけさ

(アクセサリーかい?
四十年代のゴールドロレックスに
伊で手に入れたまがいグッチの二十四金ネックレス
というひどく「シンプル」なふたつだけさ
こっちの女はゴールドに目がないのでね)

さあてとなんの話だったか

長方形の殺風景のアパート
コロニアル様式のやたらに天井が高い部屋
天井扇がカラカラ鳴るのが珍しかった

ベニヤ張りの薄っぺらいベッドと机のみの
独りで住むには広すぎる伽藍堂の部屋

扉と窓が不調和にがっしりしていた
バスルームのドアの五倍ほどの厚み
古材の紫檀扉の四隅の角は
長年の使用で円くなっている
磨耗した真鍮ノブを握るのが心地よい

グリーンとクリームを混ぜた色調で塗られた鎧戸
朝そこから斜めに漏れ入る光の筋
床に描く模様のゆらめく焔
沈黙のなかの叫び
それはフォーレの内気な詩趣と抑制
夢幻と超脱にとてもよく共鳴した