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2013年7月8日月曜日

存在が音を聴くのではない、音が存在を聴きとってゆく

存在が風景を読むのではない。風景が存在を読みとってゆく」のであれば、「存在が音を聴くのではない、音が存在を聴きとってゆく」もしかり。

視線が分節化する風景の物語は風景が分節化する視線の物語にそれと知らずに汚染しているということ、しかもその事実によって視線同士がた がいに確認しあう風景の解釈は、遂に風景が語る物語を超えることがないという視点(蓮實重彦

いささかくどいなることを懼れずに書き直せば、聴覚が分節化する音の物語は音が分節化する聴覚の物語にそれと知らず汚染しているということ、しかもその事実によって聴覚同士がたがいに確認しあう音の解釈は、遂に音が語る物語を超えることがない視点は、「文化」と呼ばれる「制度」のあらゆる領域で問題とされているごく退屈な議論にすぎないことは誰もが知っている。


ケージは、なんといっているのだったか。

かつて音楽は、まず人々の―特に作曲家の頭の中に存在すると考えられていた。音楽を書けば、聴覚を通して知覚される以前にそれを聞くことができると考えられていたんです。私は反対に、音が発せられる以前にはなにも聞こえないと考えています。ソルフェージュはまさに、音が発せられる以前に音を聞き取るようにする訓練なのです……。この訓練を受けると、人間は聾になるだけです。他のあれこれとかの音ではなく、決まったこの音あの音だけを受け入れられるよう訓練される。ソルフェージュを練習することは、まわりにある音は貧しいものだと先験的に決めてしまうことです。ですから〈具体音の〉ソルフェージュはありえない。あらゆるソルフェージュは必然的に、定義からして〈抽象的〉ですよ……。(『ジョン・ケージ 小鳥たちのために』 より)

「音自体にとってありのままの音」を聴くことのできる才能がこの世には存在はするという視点がないではない、「現実界」を真正面から見据える人びとの「強度」、「光」、魂の唯物論的な露呈 réel、その「輝き」を。

だが、それでさえ、ドゥルーズ=ベルグソンのイマージュ論における、《事物というのはどんな光によって照らされているわけでもない、すでにそれ自体が光なのである、と。では意識とは何かというと、この光を屈折させ、停止させ、遮断するもの、言わば光にとっての障害物にほかならない》を想起すれば、疑わしい。

そのことは保留しつつ、魂の唯物論的な露呈 réelにめぐりあえる稀な才能であっても、いつもというわけではない、「世界の裂け目」が垣間見られた「一瞬よりはいくらか長く続く間」であるはずだ。
もう一度、ほとんど永遠に近いくらい永く生きた人間を想像してみよう。それこそ大変な老人になって、皺だらけで縮こまっているだろうけれどもさ。その老人が、とうとう永い生涯を終えることになるんだ。そしてこう回想する。自分がこれだけ生きてきた人生で、本当に生きたしるしとしてなにがきざまれているか? そうやって一所懸命思い出そうとするならば、かれに思い浮かぶのはね、幾つかの、一瞬よりはいくらか長く続く間の光景なのじゃないか?……(大江健三郎『燃えあがる緑の木』第一部)

《一つの周期的リズムに多少とも結びつけられている音を聴くとき、私達は必然的に音そのものとは別のなにかを聞いているのです。音そのものではなく、音が組織されているという事実を聞くことになります。禅では非-組織、つまり音自体にとってありのままの音への回帰がありますね。―ジョン・ケージ》

《どこにいようと、聞こえるのはほとんどノイズだ。無視すると邪魔になる。耳を澄ますと魅力がわかる。》(同)

もっとも、《「 réel」と口にするひとは、そう口にしてしまった自分にその資格があるかどうかという疑いを持たねばなりません。ところが、「 réel」について語ることは、その資格もないひとたちがもっとも楽天的に戯れうる制度になってしまった。》(蓮實重彦ーー「ラカン派の現実(幻想)と現実界をめぐる」)ーーそれで、誰がその資格があるというのか、蓮實重彦自身にあるとでもいうのか、という問いを発してみることもできよう(もっとも蓮實重彦には、そんなことは分っている、括弧に括って挑発しているだけだ、という別の視点も存在する)。

あるいは、さらに、「感覚」と「知覚」の区別をも念頭におく必要もあるのだろう。
ここで重要なのは感覚と知覚を異なったものとして扱っていること。感覚は受動的なものでわれわれは単にそれを選択せずに受け取るだけなのに比べて、知覚は能動的で選択的。知覚があって初めて私たちは何かを差異的、具体的に感じることができる。それにたいして感覚は非差異的。感覚の世界は混乱しており構造化されていない。

音に関して言えば、音を感覚だけで聞くと世界は様々な騒音に満ちあふれている。知覚はフィルターを通すので静かな世界が可能となる。耳は閉じられないが知覚としての耳は閉じることができる。私たちの耳は聞かないためにある。向井雅明「心的装置の成立過程における二つの翻訳」


もちろん、こういったレベルだけではなく、ひとはその育った環境、受けた教育の物語に汚染している。

時代の、文化の「美しさ」という標準的理念から与えられる規則(カノン)があって、対象は「美しい」のであり、「美」は対象の性質ではない(参照:「美しい」といふ事)。


また、「わたしはあの作品をすばらしいと思う」は、「わたしはあの作品をすばらしいと考えていると思っている」とすることができる、あたかも「彼女は私を愛していると私は思う」とするかのように。


ラカンはなんと言っているのだったか。

「我思う」に「私は嘘をつく」と同じだけの要求をするのなら次の二つに一つが考えられる。まず、それは「私は考えていると思っている」という意味。これは想像的な、もしくは見解上の「私は思う」、「彼女は私を愛していると私は思う」と言う場合に-つまり厄介なことが起こるというわけだが-言う「私は思う」以外の何でもない。デカルトの「省察」の中でさえ、「我思う」を、彼の言う根源的明証性はなにも保証することできない、まさに想像的次元でしかないものにする遇有的事柄の多さに驚かされる。もう一つの意味は「私は考える存在である」である。この場合はもちろん、「我思う」から自分の存在に対して思い上がりも偏見もない立場をまさに引き出そうとすることをそもそも台無しにすることになる。私が「私はひとつの存在です」と言うと、それは「私は存在にとって本質的な存在である」ということで、ただのおもいあがりである。デカルトの「我思う」と「私は嘘をつく」  (ラカン)

もちろん、日常的にはこんなことを顧慮してひとは語りはしない。のべつまくなしにやりだせば、「思考の遊戯」として敬遠される。ただ、ケージやラカンの言うところを「括弧に括って語っているかどうか、まったく括弧なしでやっているか」は、片言隻語に窺われないわけではない、--いやときにその錯覚に閉じこもることができる、とだけしとこう。

蓮實) 括弧に括る部分というのは、 いずれにしても見えてこないから、 それなしでやっている人とそれを方法的に括弧に括ってやっている人との違いが見えてこない。 編集者は本当はそこを感じとらねばいけないのに、 その能力がない。 そうすると、 蓮實はあれでやっているんだから、 その筋のものでも大丈夫だろうという気になってしまう。 柄谷行人もあれで批評家なんだから、 これで大丈夫だということになる。 本当は括弧に括る部分の違いが文章に出ているはずですが、それは読まない。(『闘争のエチカ』)


ところで、ひとが老人性痴呆症になりつつあるとする。

さる薬が発明されて、頭のなかに音楽が三分間だけは、死ぬまで記憶できることになったと仮定してみよう。

どの曲を選んでもよい、あなたはどの曲が残ることを希望するだろうか。この問いは、無人島になにをもっていきますか、のヴァリエーションであり、脳のなかの無人島には、三分間だけの音楽しかもっていけない、という設定だ。

「わたしはあの作品をすばらしいと考えていると思っている」作品なら、わたくしの場合、バッハのマタイ受難曲、その「真に彼こそは神の子だった」で一瞬だがすごい漸強と漸弱の曲線の一分間ばかりの合唱か、オルガンコラールのなかの、「くらがりにうごめくはっきりしない幼虫」のざわめきを感じさせる曲だ。
……この音楽のなかで、くらがりにうごめくはっきりしない幼虫のように目につかなかったいくつかの楽節が、いまはまぶしいばかりにあかるい建造物になっていた。そのなかのある楽節はうちとけた女の友人たちにそっくりだった、はじめはそういう女たちに似ていることが私にはほとんど見わけられなかった、せいぜいみにくい女たちのようにしか見えなかった、ところが、たとえば最初虫の好かなかった相手でも、いったん気持が通じたとなると、思いも設けなかった友人を発見したような気にわれわれがなる、そんな相手に似ているのであった。(プルースト「囚われの女」)


他方、ふとした弾みに唐突に囁き流れ、痛み、傷、棘、遠さ、戦慄、なにか異様なものを齎すのは、わたくしの場合、バッハのいくつかの曲以上に、ふたつの「童謡」だ。わたくしが三歳前後、あるいはそれより前に、母がしばしば歌うのを聴いた「かあさんが夜なべをして」であり、これも母が口ずさんだロシア民謡の「赤いサラファン」ーーそれが、<わたくし>を突き刺し、あざをつけ、私の胸をしめつける。


中井久夫は、外傷性記憶の特徴が、二歳半から三歳半前後までの幼児期記憶の特徴と一致するとしている。

1)断片的であり、(2)鮮明で静止あるいはそれに近く、主に視覚映像であり、(3)それは年齢を経てもかわらず、(4)その映像の文脈、すなわちどういう機会にどういういわれがあって、この映像があるのか、その前後はどうなっているかが不明であり、(5)複数の映像間の前後関係も不明であり、(6)それらに関する画像以外の情報は、後から知ったものを綜合して組み立てたものである。(「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』46頁)

そう、「夜なべ」と「赤いサラファン」の歌は、薄暗い部屋の親密な雰囲気の「視覚映像」とともに、きこえてくる。いまの住まいであれば、鎧戸を閉めて午睡をして夕暮れ近くに目覚めるなどということがあればーーこれは滅多にないのだけれどーー、少し前、病に臥していたときの夕暮れ、鎧戸から洩れる西日の光と翳の感覚が、幼少期の「視覚映像」に近く、あの歌がきこえて来るなどということが起こる。

だが、それだけではない、朝早く、テニスコートに向かう途次、路上市場で、――といっても道の曲がり角にある家々の前に、簡単な木の支えを立てて、そこにビニール状の屋根を張ったという形式のものだけれどもーー、暁闇から藍色に少しずつその透明の度を増していく中、天井から吊るされた裸電球の灯の下の三十歳くらいの整った顔立ちの女性の売り子が、野菜や果物を陳列棚に並べている、その俯いた顔の陰影をふと見やったときに唐突にーー衝撃のようにーー、あの「歌」が耳のなかで湧き起こるなどということがある。

私の仮説は、非文脈的な幼児記憶もまた、絶対音感記憶のような絶対性を持っているのではないかということである。幼児の視覚的記憶映像も非文脈的(絶対的)であるということである。

ここで、絶対音感がおおよそ三歳以前に獲得されるものであり、絶対音感をそれ以後に持つことがほとんど不可能である事実を思い合わせたい。それは二歳半から三歳半までの成人型文法性成立以前の「先史時代」に属するものである。(……)音楽家たちの絶対音感はさまざまなタイプの「共通感覚性」と「原始感覚性」を持っている。たとえば指揮者ミュンシュでは虹のような色彩のめくるめく動きと絶対音感とが融合している。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収 P59-60)

 もっともここで「絶対音感」の話をするつもりはない、焦点をあてたいのは、「先史時代」の記憶、あるいは「共通感覚性」と「原始感覚性」のことだ。(参照:原始感覚性、共通感覚性、絶対性


実際、アルツハイマーの老人は、多くの記憶が失われても、幼児から馴染んだ童謡は最後まで覚えているということがあるようだ。先史時代の共通感覚性と原始感覚性、――それは、「わたしが最も愛すると考えていると思っている」作品よりもいっそうわたくしの心を突き刺す。


先史時代でなくてもよい、わたくしの心的外傷性記憶にかかわるものが、実は、どんなにすぐれた作品よりも生き長らえる。それを、観察主体の心的外傷性記憶や、幼少期の記憶が、対象に書き込まれているとして<対象a>にかかわる、としたことがある。
(参照:「人間的主観性のパラドックス」覚書


わたくしの「石鹸の広告」は、「夜なべ」と「赤いサラファン」であると「私は考えていると思っている」。
われわれも相当の年になると、回想はたがいに複雑に交錯するから、いま考えていることや、いま読んでいる本は、もう大して重要性をもたなくなる。われわれはどこにでも自己を置いてきたから、なんでも肥沃で、なんでも危険であり、石鹸の広告のなかにも、パスカルの『パンセ』のなかに発見するのとおなじほど貴重な発見をすることができるのだ。(プルースト「逃げさる女」)


「スワンのオデットへの愛、主人公のアルベルチーヌへの愛、反復される山間の農家の牛乳売りの娘への夢想…。プルーストが繰り返し書いたのは、「愛する理由は、愛の対象となっているひとの中には決して存在しないこと」だった。

彼らが愛しているのでびっくりするような凡庸な女が、知的な女よりもはるかに彼らの世界を豊かにする。」

もちろん、この立場ではなく(芸術作品の場合はことさら)、他人を、あるいは他人の作品をダシにおのれを語る連中ばかりが跳梁跋扈しているなかでは、「自分は単なる明晰にすぎない」という「貧しい領土」(浅田彰)にとどまって、形式的にいけるところまではいくプロフェッショナルがまずは求められるのだろう。

バーンスタインは、音楽における意味を四種のレベル、すなわち1)物語的=文学的意味 2)雰囲気=絵画的意味 3)情緒反応的意味 4)純粋に音楽的な意味 に分類したうえで、 4)だけが音楽的な分析を行うに値すると述べて、「音楽を説明すべきものは音楽そのものであって、その周囲に寄生虫のように生じた、音楽以外のもろもろの観念ではない」とした。(見すてられた石切場


だが、そこから毀れ落ちるものが、「世界の論理の突然のひびわれ」による「愛」、あるいは<対象a>なのだ。
愛するという感情が不意に訪れるとしたら、それはどのようにしてなのか、とあなたは訊ねる。彼女は答える-たぶん、世界の論理の突然のひびわれから。彼女はいう-たとえば、ひとつの過ちから。彼女はいう-意志からは決して。(マルグリット・デュラス「死の病い」ーー「魂の非安」 )

そしてこの主張じたい安易に語れば、パラダイム、制度から零れ落ちるものを語ることがパラダイム、制度になってしまった、という批判を与えることができる。つまりは、《「 réel」について語ることは、その資格もないひとたちがもっとも楽天的に戯れうる制度になってしまった》とすることができる。

※附記:わたくしの「石鹸の広告」は、「夜なべ」と「赤いサラファン」であると「私は考えていると思っている」としたのは、あるいはもっと別の起源による「愛」の可能性は、当然あるわけであり、たとえば次の如し。

触覚や圧覚は、確実性の起源である。指を口にくわえることは、単に自己身体の認識だけではない。その時、指が口に差し入るのか、指が口をくわえるのかは、どちらともいえ、どちらともいえない状態である。口―身体―指が作る一つの円環が安心感を生むもとではないだろうか。それはウロボロスという、自らの尾を噛む蛇という元型のもう一つ先の元型ではないだろうか。

聴覚のような遠距離感覚でさえ、水の中では空気中よりもよく通じ、音質も違うはずだ。母親の心音が轟々と響いていて、きっと、ふつうの場合には、心のやすらぎの妨げになる外部の音をシールドし、和らげているに違いない。それは一分間七〇ビートの音楽を快く思うもとになっている。児を抱く時に、自然と自分の心臓の側に児の耳を当てる抱き方になるのも、その名残りだという。母の心音が乱れると、胎児の心音も乱れるのは知られているとおりである。いわば、胎児の耳は保護を失ってむきだしになるのだ。(中井久夫「母子の時間、父子の時間」 『時のしずく』所収ーーうぬぼれとナルシシズム