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2014年11月9日日曜日

Swingle Singers&ボビー・マクファーリン バッハAir

……後年六人組やストラヴィンスキーに影響を与えたミュージック・ホールやジャズの好みをさきどりした《ミンストレル》とか《風変わりなラヴィヌ将軍》は、とびはねるようなリズムを生命とする《パックの踊り》やユーモラスな《ピックウィック殿礼賛》らとともに特別の私の好みというのでもない。同じようなことは《亜麻色の髪の娘》についてもいえる。これはまた、それにヴァイオリン独奏用に編曲されたりして感傷的にひかれすぎ、あまりにも通俗化されすぎてしまった。「名曲」の悲しい運命である。ちょうどショパンの《幻想即興曲》とか、モーツァルトの《Eine Kleine Nachtmusik》のように。こうなると、耳を新しくしてきき直すといっても、実際はちょっとやそっとのことでやれるものではない。というのは、曲自体の方にもーーいかに簡潔は芸術の美徳とはいえーー何かの原因があって、やたらと野外の公園や、家庭音楽会や通俗名曲の夕べでひかれすぎるようになる要素が存在しているのだ。(吉田秀和「ドビュッシー《前奏曲集》」『私の好きな曲』)

バッハのAirも、モーツァルトの《Eine Kleine Nachtmusik》と同じように、名曲の悲しい運命に遭遇したといってよいだろう。


まずSwingle Singers、あるいはMJQとのバッハのAirを貼りつけよう。


◆les swingle singer - JAZZ SEBASTIEN BACH 3/23 - Aria dalla Suite n°3 in ReM BWV 1068 (1963)




◆Bach:The Swingle Singers The Modern Jazz Quartet Air For G String1]




そして1990年の水戶室內管弦樂團との小澤征爾。




ーー小澤征爾は、カラヤン追悼1989でもWiener Philharmoniker で、この曲を演奏している。上の一年後の演奏は、日本におけるカラヤン追悼であるだろう。

◆Herbert Von Karajan - Johann Sebastian Bach - Air on the G String





だが、名曲の悲しい運命なんていっても、オレもバッハのAIRはSwingle Singers&MJQで最初に出会ったんだしな。気軽にきける曲だっていいさ。Bobby Mcferrinなんかその名曲の悲しい運命に抵抗した味わいだしてるしな。

…………


◆Air. J.S. Bach Bobby Mcferrin



◆Bach - Air on G String by Yo Yo Ma and Bobby Mcferrin





ナウモフ BWV106、BWV105

◆Naoumoff BWV 106「神の時は いとも ただしGottes Zeit ist die allerbeste Zeit」



◆György Kurtág BWV106



◆Karl Richter 1966




…………

◆Naoumoff  BWV 105




◆Gunthild WEBER 1952





“Wohin? どこへ?”(マタイBWV244とヨハネBWV245)

《昨日はマタイ受難曲を全部聴いたんだよ。いやぁバッハはすごいね。僕らはクリスチャンじゃないけどなんなんだろう……》(1996年2月19日)

武満徹はこう語って逝った(1996年2月20日)。武満徹は誰の指揮のマタイを最期に聴いたのだろう。

 いつだったか私は、『西洋の音楽では、バッハの《マタイ受難曲》がいちばん偉大な音楽だと思っている。西洋音楽から、ひとつだけとるというのなら、これをとるだろう』と書いたことがある。この考えは今も、変わらない。芸術(つまり、ものを考えてつくる営み)と芸術をこえた精神の最高のものに至るまでの間で西洋の音楽の成就したすべてが、あすこにはあるというのが、私の考えである。(吉田秀和『私の好きな曲』p7)
……私は《マタイ受難曲》は、これまでほんの数回しかきいたことがない。レコードでもはじめから終りまできいたのは、何度あったか。数はおぼえてはいないが、十回とはならないのは確かである。私は、それで充分満足している。私は、こんなすごい曲は、一生にそう何回もきかなくてもよい、と考えている。この曲は、私を、根こそぎゆさぶる。(同p172)
とにかく、《マタイ受難曲》の感動の中には恐ろしいものがあり、その迫真性という点からいっても、悲哀の痛烈さには耐えがたいものがある。(……)《マタイ受難曲》はおそろしい音楽だ。話はもちろんのこと、レチタティーヴォが多く、全曲としてはるかに長大なのも、きき通すことの困難さを増す。それから、また、単純にして痛切なコラールの表現性の峻厳さ。P173 
リヒターの指揮と曲のつかみ方は、一面では峻厳をきわめ、一面では驚くほど自由である。その棒で彼はどこを切っても鮮血のほとばしり出そうな生気に満ちた演奏を創りだす。それは復古的な姿勢を全然持たないくせに、個人的な恣意とは逆の、規範的な様式の樹立に向ってつきすすむ。(……)

合唱が、《マタイ》の「真に彼こそは神の子だった」で一瞬だがすごい漸強と漸弱の曲線を描いたり、あるいは《ヨハネ》でイエスの処刑を知らせるバスのアリアのまっただ中に割って入り「どこへ? どこへ?」と何回となく問いを投げてくる時は、音自体は囁きの微妙な段階的変化でしかないのに、その響きはきくものの意識の中で反転反響しながら棘のようにつきささる。ここでは対位法は技術であると同時に象徴にまで高められている。

こういう感動は私たち一生忘れられないだろうし、それを残していった音楽家は、天才と呼ぶ以外に何と呼びようがあるだろうか?(吉田秀和「カール・リヒターとバッハ」)

リヒターによる《マタイ》の「真に彼こそは神の子だった」の一分間は何度も貼り付けたので、ここでは割愛する。たとえば、「ナウモフ BWV244-BWV727 「血しおしたたる」」にある冒頭から二番目のものが「真に彼こそは神の子だった」である。

吉田秀和の文には「《ヨハネ》でイエスの処刑を知らせるバスのアリアのまっただ中に割って入」ってくる「どこへ?Wohin?」ともあるが、それは後述する。まずは《マタイ》である。マタイにも棘のようにつきささってくる「どこへ?Wohin?」がある。

それは、第 60 曲 アリア(マタイ受難曲 BWV.244 歌詞対訳)であり、そこには《kommt! 来なさい!Wohin? どこへ?》とある。この“Wohin?どこへ”ーー同時に”kommt! 来なさい!”もーーには、少年のころ強く衝撃をうけて、意味もわからず発音も正確に聴き取らず「ホギ! ホギ!」と頭のなかで鳴って囚われの身となっていた時期があるのだ。カール・リヒターのものは実に強烈であり、他の指揮者の”kommt!”あるいは”Wohin?”と、リヒターのものを聴きくらべてみるといいが、もちろん彼の指揮が強烈なのはここだけではない。

吉田秀和のいうように、マタイとは、《私は、こんなすごい曲は、一生にそう何回もきかなくてもよい、と考えている。この曲は、私を、根こそぎゆさぶる》、ーー 「血しおしたたる」、ーーまさにそういった気分になってしまう。だが、カール・リヒター指揮のものではなく、ほかの何人かの指揮者による演奏だったら、いまのわたくしにはやや穏やかな気分で今後も何回かは聴けそうだ。心理的土台が崩落する気分になることは少ない。快楽のテクストとして扱うことができる。カール・リヒターのものはあくまで、わたくしにとっては悦楽(享楽)のテクストなのだ。初老の軟弱な身にはほとんど堪え難い。

快楽のテクスト。それは、満足させ、充実させ、快感を与えるもの。文化から生れ、それと縁を切らず、読書という快適な実践に結びついているもの。

悦楽のテクスト。それは、忘我の状態に至らしめるもの、落胆させるもの(恐らく、退屈になるまでに)、読者の、歴史的、文化的、心理的土台、読者の趣味、価値、追憶の擬着を揺るがすもの、読者と言語活動を危機に陥れるもの。(ロラン・バルト『テクストの快楽』ーーベルト付きの靴と首飾り

《彼があとに残したあの無の彫刻からできるだけ離れていたいと思うことがある》と書いたのは、グールド論におけるミシェル・シュネデールだが、カール・リヒターのマタイはなおいっそうのことしばらく御免蒙る。今は遠ざけておくしかない。

彼の演奏について語ろうとしても、いくつかの言葉しか思い浮かばない。遠さ、戦慄、なにか異様なもの。彼はわれわれを試練に遭わせるーーあまりにも透明なあの音、昇華作用を経たあのピアノが耐えられないという人々をわたしは知っている。このピアノを聴くと彼らの皮膚はひきつり、指は痙攣するのだ。試練はときに恐ろしいものを含んでいる。わたしもまた、そのせいで、彼があとに残したあの無の彫刻からできるだけ離れていたいと思うことがある。(『Glenn Gould PIANO SOLO』ミシェル・シュネデール 千葉文夫訳)

…………

さて、これにてカール・リヒターのマタイとはしばらくお別れしようと思う。もうわたくしは齢を重ねた。あなたの演奏には堪え難い。今は快楽のテクストに逃げ込みたい。疲れきってしまったのだ。

お別れに、マタイ第60曲のアリア「Sehet,Jesus hat die Hand.見よ、イエスは手を差し伸べて」における《kommt! 来なさい!Wohin? どこへ?》を聴く。まずはカール・リヒターによる1958年の録音から。


◆BACH BWV244 Sehet, Jesus hat die Hand/Karl Richter(1958)





◆Sehet Jesus hat die Hand(Philippe Herreweghe





◆Bach - Matthäuspassion - Sehet, Jesus hat die Hand(Ton Koopman





…………

さて、次ぎは、ヨハネ受難曲の“Wohin? どこへ?”

第24曲の「Eilt, ihr angefochtnen Seelen 急げ、お前たち悩める魂よ」からである。こうやって並べて聴くと、冒頭の出足の管弦楽のフレーズの最後の二つの音の音型からすでに、マタイ受難曲の “Wohin? どこへ?”と同じ型(たぶん?)であることに気づく。いずれにせよ、どこもかしこも「ホギ!」だ、死にそうになる、--少年時代の癒着したはずのつもりのひどい傷口がパックリが開き血しおしたたるのだーー、パンドラの箱が開いてしまった。それではサヨウナラ! カール・リヒターよ、ヨハネも鈴木雅明の快楽のテキストに乗り換えることにする。ーーいや鈴木雅明でさえ堪えられるかどうか。ーー --


◆Kieth Engen "Eilt, ihr angefochtnen Seelen" Johannes-Passion(Karl Richter 1964)





◆Bach - St John Passion - Eilt ihr eingefocht'nen Seelen (bass aria)John Eliot Gardiner




◆Bach - St. John Passion BWV 245 (Masaaki Suzuki, 2000) - 8/12





24.
Arie (Baß) und Chor
24.
アリア(バス)と合唱
Baß solo: Eilt, ihr angefochtnen Seelen, 
Geht aus euren Marterhöhlen,
Eilt ― 
Chor: Wohin?
Baß solo: ― nach Golgatha!
Nehmet an des Glaubens Flügel,
Flieht ― 
Chor: Wohin?
Baß solo: ― zum Kreuzeshügel,
Eure Wohlfahrt blüht allda!
独唱:急げ、お前たち悩める魂よ、
逃れよ、お前たちの苦しみの洞窟から、
急いで行け---
合唱:どこへ?
独唱:---ゴルゴダへ!
信仰の翼をもって、
逃れ行け----
合唱:どこへ?
独唱:---十字架の丘へと!
お前たちの幸せはそこでこそ花咲くのだ!



2014年11月8日土曜日

ナウモフ 平均律BWV862フーガ、あるいはシューマン

まず二人の名演奏家のBWV862(バッハ平均律第一巻十七番変イ長調)。

◆Richter plays Bach: WTC1 No. 17 BWV 862 Fugue




◆Edwin Fischer: Das Wohltemperierte Klavier, Book I BWV 862 (Bach)

ーープレリュードも含む。




そしてエミール・ナウモフによるフーガ。

◆Naoumoff plays Bach's fugue in A flat major from WTC 1





ーーさてどの演奏がお気に入りかどうかはどうでもよろしい。このフーガはすばらしい。シューマンが調性を短調にかえて見事にパクったことは、知る人ぞ知るである。






バッハ、フォーレへの執拗な愛、そして幼い頃からの教師であったナディア・ブーランジュNadia Boulanger(彼女はフォーレの生徒だった)へのノスタルジックな愛溢れる自作ワルツをママ・ナディアに捧げるなど(Valse pour Nadia for piano four hands)、いかにもおたく風のエミール・ナウモフであるが、次のようにマエストロ然としてシューマンを弾くNaoumoffもいる。






ナウモフよ、きみはこんな華麗な曲を無理してやる必要はないのではないか? とはいえシューマンだから許しちゃうが。でもこんな別な世界からやってきたような演奏があるからな→ Schumann - Carnaval op.9 - Michelangeli Lugano 1973ーーでも聴いてると、泣けるところいっぱいあるな……第18曲のAveuもいけるな、ピアニッシモの大家と呼ぶべきかーー、きみに惚れてるからな、オレ。

しかしこれに勝てるつもりかい?




どうせシューマンやるなら最晩年のOP.133やってくれないかな。〈母〉なるものへの愛のひとロラン・バルトが最も好んだ曲のひとつシューマンの最晩年の狂気直前に作った暁の歌を。どうもこれといった演奏に当らないから。マエストロ・ナウモフだったら、OP.133いけるんじゃないか、OP.9の第5曲Eusebius.でやった感じでさ。

ただ一度だけ、写真が、思い出と同じくらい確実な感情を私の心に呼びさましたのだ。それはプルーストが経験した感情と同じものである。彼はある日、靴を脱ごうとして身をかがめたとき、とつぜん記憶のなかに祖母の本当の顔を認め、《完璧な無意志的記憶によって、初めて、祖母の生き生きした実在を見出した》のである。シュヌヴィエール=シュル=マルヌの町の名も知れぬ写真家が、自分の母親(あるいは、よくわからないが、自分の妻)の世にも見事な一枚の写真を遺したナダールと同じように、真実の媒介者となったのだ。その写真家は、職業上の義務を超える写真を撮ったのであり、その写真は、写真の技術的実体)から当然期待しうる以上のものをとらえていたのだ。さらに言うなら(というのも、私はその真実が何であるかを言おうとつとめているのだから、この「温室の写真」は、私にとって、シューマンが発狂する前に書いた最後の楽曲、あの『朝の歌』(暁の歌)の第一曲のようなものだった。それは母の実体とも一致するし、また、母の死を悼む私の悲しみとも一致する。この一致について語るためには、形容詞を無限に連ねていくしかないだろう。…(ロラン・バルト『明るい部屋』)





ディスカウ 小川BACHへの言葉

フィッシャー・ディスカウ/バッハで検索して、種々を聴いてみるが、やはり「小川への言葉 Danksagung an den Bach」が最も美しい。


◆シューベルト『美しき水車小屋の娘』(Die schöne Müllerin)D795 第4曲 小川への言葉 Danksagung an den Bach Dietrich Fischer-Dieskau (Gerald Moore, piano)



…………

ここではあまりにも名高いディスカウのカンタータBWV82を掲げるのはやめにして、二人のバッハ歌いの女性歌手とのデュエットを貼付する。もっともElly Ameling をバッハ歌いとするのは語弊があるだろう、→ "Nacht und Träume" - Franz Schubertーー限りなく素晴らしいが、とはいえわたくしはさらにいっそう、Barbara Hendricks  Schubert "Nacht und Träume" を好む。そして二人ともわたくしの偏愛の対象フォーレ歌いでもある。


◆Elly Ameling & Dietrich Fischer-Dieskau"Herr, dein Mitleid" Weihnachtsoratorium



◆Agnes Giebel & Dietrich Fischer-Dieskau "Herr, dein Mitleid" Weihnachtsoratorium




…………

実は上の二人の歌手のマタイ「愛ゆえに 我が救い主は死に給う」( Aus Liebe will mein Heiland sterben )を並べてみるのがここでの目的である(Gundula JanowitzとDorothee Mieldsの二人の歌唱は「ナウモフ-マタイBWV244」に貼り付けた)。



◆Elly Ameling "Aus Liebe will mein Heiland sterben" Matthäus-Passion(これは冒頭に前曲が入っている、Aus Liebe will mein Heiland sterben は1.30あたりから)。




◆Agnes Giebel: Bach, Matthäuspassion - Aus Liebe will mein Heiland sterben



バーブラ・ストライサンド=グールド&The Swingle Singers  バッハ シンフォニア

かつて愛し、離れてしまったものへの、疼くようなやるせない思い」その三。
ここではそういい難いものも入っているが、ーーとくにシンフォニアーーこのところの流れのなかで、その三としておく。


◆The Swingle Singers - J.S. Bach - Sinfonia XI (Three Part Invention) BWV 797




この3声のインベンション11番は、わたくしの好みからすると、ほとんどの演奏家が速く弾きすぎる。タチアナ・ニコラーエワと、寡聞にして名の知らなかったCubusという名のピアニストぐらいだ、スウィングル・シンガーズとほぼ同じテンポでやってくれるのは。


◆Three-Part Invention no.11 in G minor BWV 797 - Tatiana Nikolayeva ( Bach )






◆Les Swinger Singers J S Bach Partita No2 Sinfonia 1969





◆Glenn Gould plays Bach's Partita No. 2 (BWV 826) - Sinfonia.





◆Glenn Gould - 02. Bach, Partita No.2 BWV 826, Sinfonia [ 1958 ]




…………

ところで、グレン・グールドはバーブラ・ストライサンドの大ファンだったというのは知っていたが、シュヴァルツコップと並び称しているのは知らなかった。(Swingle Singersにもストライサンド級の歌手がいたらもっとよかったのに)。

Streisand as Schwarzkopf

The voice that is "one of the natural wonders of the age" confronts The Masters

by Glenn Gould
I'M A STREISAND freak and make no bones about it. With the possible exception of Elizabeth Schwarzkopf, no vocalist has brought me greater pleasure or more insight into the interpreter's art.

グールドの冗句だというヤツがいるといけないので書いておくがーー、……別に何が言いたいわけでもない。ただグールドはマジにきまってる!


◆My Name Is Barbra - Happy Days Are Here Again (Live)




◆Schwarzkopf / Fischer: Auf Dem Wasser Zu Singen, D. 774 (Schubert)- Recorded October 4-7, 1952





グールド&Swingle Singers バッハ ラルゴ



◆Les Swinger Singers J S Bach Concerto in F Major largo 1969



◆Glenn Gould: Bach - Concerto No. 5 in F Minor, 'Largo'





◆Maria Joao Pires spielt Bach



◆David Fray Largo & Presto from Bach's Concerto No 5 in F Minor BWV 1056)





◆Nigel Kennedy - Bach - BWV 1060R - II - Largo




…………

◆Bach: Concerto In D Minor After Alessandro Marcello, BWV 974 - 2. Adagio Glenn Gould






たまにはアダージョ(2楽章)だけでなく、通して聴いてみよう。

◆Alessandro Marcello, Concerto in re minore per oboe e orchestra











オーレル・ニコレ&Swingle Singersのバッハ管弦楽組曲

かつて愛し、離れてしまったものへの、疼くようなやるせない思い」その一。

◆The Swingle Singers - Badinerie (Johann Sebastian Bach)




◆Bach - Bwv1067 Orchestral Suite - 07 - Badinerie (Ton Koopman, Amsterdam Baroque Orchestra)




40年前は日課のように聴いた頃もあったのだが、最近はまったくご無沙汰だった。いいねえ、ひさしぶりに聴くと。オーレル・ニコレで聴いたのだが、YouTubeには見当たらないな。

かわりにこのカール・リヒターとのフルート・ソナタ。いいなあ、これも。

◆J.S.Bach Sonata for Flute and Cembalo BWV 1031-Karl Richter and Aurele Nicolet




最近の連中はどうなんだろ? Emmanuel Pahudのがあるけど、アイツ生意気そうでなんだかキライなんだよな、出しゃばり過ぎだよ。渋みもないしな。


…………

◆J. S. Bach-Swingle Singers - Transcription of 1st Movement from Brandenburg Concerto n. 3 BWV 1048



◆Bach: Brandenburg Concerto No. 3 in G major, BWV 1048 (Freiburger Barockorchester)




◆J. S. Bach - Ricercare a 6 from "Musikalisches Opfer" BWV 1079 - Jazz-Voices transcription




この音楽の捧げ物のRicercare a 6は、カール・リヒターのアーノンクールのもチェンバロで面白くないので、かわりにオーレル・ニコレのフルートが聴ける第12曲トリオーラルゴTrio - Largoを貼り付けておく。


◆Trio - Largo BACH Musikalisches Opfer BWV 1079 /Karl Richter





…………

故郷の小都市にカフェ・バロックという小さな喫茶店があり、そこにはチェンバロが置いてあった。店主が古楽器のリコーダー好きで、一年に一度ほど、名の知れた演奏家を招いた。30人も入れないスペースである。

高校2年生のとき、小林道夫氏を招いて、バッハのゴールドベルグ変奏曲をチェンバロでやった。小林道夫氏はいまでも東京芸大でカンタータなどを教えているようだ。





40年ほど前の当時オーレル・ニコレの日本公演の伴奏者としても名高かった。いま調べてみるとこうある。

伴奏ピアニストとしても、過去に来日した多くの世界的ソリストと共演し、バリトン歌手ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ、テノール歌手エルンスト・ヘフリガー、チェロ奏者ピエール・フルニエ、ソプラノ歌手アーリーン・オジェー、フルート奏者オーレル・ニコレなど錚々たる演奏家の伴奏を勤め、どの演奏家からも高い評価を受け、信頼を得ている。(ウィキペディア)

カフェ・バロックでの演奏そのものはいささか失望した、グールドのゴールドベルグのようなものを聴くつもりでいったのだから。まあそれはこのさいどうでもよろしい。

カフェ・バロックの主人は相当年配のはずだが、あの店はいまでもあるのだろうか、と思い調べてみると今年11月に閉店予定とあった。




※「見すてられた石切場」より。

きょうの私自身は、見すてられた石切場にすぎず、その私自身はこう思いこんでいる、この石切場にころがっているものは、みんな似たりよったりであり、同一調子のものばかりだと。ところが、そこから、一つ一つの回想が、まるでギリシアの彫刻家のように、無数の像を切りだすのだ。私はいおう、――われわれがふたたび見る一つ一つの事物が、無数の像を切りだす、と。たとえば本は、その点に関しては、事物としてこんなはたらきをする、すなわち、その背の綴目のひらきかたとか、その紙質のきめとかは、それぞれそのなかに、りっぱに一つの回想を保存していたのであって、当時の私がヴェネチアをどんなふうに想像していたか、そこに行きたいという欲望がどんなだったか、といったことのその回想は、本の文章そのものとおなじほど生き生きしている。いや、それ以上に生き生きしているとさえいおう、なぜなら、文章のほうは、ときどき障害を来たすからで、たとえばある人の写真をまえにしてその人を思いだそうとするのは、その人のことを思うだけでがまんしているときよりも、かえってうまく行かないのである。むろん、私の少年時代の多くの本、そして、ああ、ベルゴット自身のある種の本については、疲れた晩に、それらを手にとることがある、しかしそれは、私が汽車にでも乗って、旅先の異なる風物をながめ、昔の空気を吸って、気を休めたいと思ったのと変わりはなかった。しかも、求めてえられるその種の喚起は、本を長くよみつづけることで、かえってさまたげられることがあるものだ。ベルゴットの一冊にそんなのがある(大公の図書室にあるそれには、極端にへつらった俗悪な献辞がついていた)、それを私は、ジルベルトに合えなかった冬の一日に読んだ、そしていまは、あのように私が愛していた文章を、そこからうまく見つけだすことができない。いくつかの語が、その文章の個所を私に確信させそうだが、だめだ。私がそこに見出した美は一体どこへ行ったのか? しかしその書物自身からは、私がそれを読んだ日にシャン=ゼリゼをつつんでいた雪は、はらいのけられてはいなくて、私にはいつもその雪が目に見える。(プルースト「見出された時」井上究一郎訳)

ナウモフ BWV244-BWV727 「血しおしたたる」

◆カール・リヒター1958(Münchener Bach-Orchester, Karl Richter, Münchener Bach-Chor, Münchner C - Matthäuspassion)







ーー少年の頃マタイにめぐり合って先ずは最初にひどく惹かれたのは、上の二つのコラールだったな。「血しおしたたる」なんて、中学生2年生のとき、スコアに音を拾って、ピアノで弾いてみるなどということもしたから。

上の第62曲と63Bの箇所が含まれるKoopmanのーー彼の指揮するカンタータはいまではリヒターより好む作品もあるのだけれどーーこのは、やはり失望してしまう(高校生のとき最初に生演奏で聴いたシェリング指揮も同様で、がっかりした)。




要するにこのあたりのことは浅田彰がほぼ完璧に指摘している。カラヤンの世代ーーまあオレは交響曲をたいして聴かないほうだから、カラヤンに嵌っていたわけではないがーーそうはいっても「聴取の退化」の世代として育ったからな。

当時、レオンハルトやアルノンクールがやり始めたのは、厳密な校訂を通じてバッハならバッハの元の楽譜をできるだけオリジナルに近い形で復元し、徹底的に研究した上で、当時の楽器、あるいはできるだけそれに近いものを使って、19世紀ロマン派以後に広まった妙な感情移入やドラマティックな演出(とくにテンポの伸縮)なしにザッハリッヒ(即物的)に演奏するということです。いわゆるピリオド楽器によるオーセンティックな奏法ですね。それが対立しているのは、ヴァーグナーから(指揮者だと)フルトヴェングラーを通じてカラヤンに至るようなロマン主義的な演奏のスタイル、どんな音楽でもヴァーグナーのように巨大なオーケストラを使ってドラマティックに演奏してしまうスタイルです。カラヤンに至ると、縦の線をほとんど無視してテンポを主観的に伸縮させながら音楽を流線型の華麗な流れと化し、半強制的な感情移入によって聴衆をそのなかに引きずり込んでいく、というようになる。ある種、ファシズム的な美学ですね。それは言い過ぎだといても、後期資本主義社会における「聴取の退化」(アドルノ)の典型です。それに対して「ノン」と言ったのがレオンハルトやアルノンクールといった人たちだった(古楽でも、カール・リヒターらの演奏は、むろんカラヤンとは違うとはいえ、どこかそれに通じる壮麗なドラマとして演出されていたので、それに対比しても彼らの新しさは明らかです)。要するに、大オーケストラや大コーラスはやめる。そもそもバッハの時代は10人、20人でやっていたのだから、それでいいではないか。縦の線を重視し、むしろ機械的なくらい速めで一定のテンポを保つ。強弱も、連続的なグラデーションで変化させるより、むしろ機械的に強弱を対立させる。ヴィブラートによる表情豊かな表現を排し、できるだけノンヴィブラートであっさり弾く。このように、カラヤンに極まるような、流線型の巨大なオーケストラ音楽で共同体の感情移入を誘うという方向に対し、むしろそれを異化する。ザッハリッヒに、言い換えれば風通しよくドライにいくというのが、この時代に始まったことです。これは古楽で始まったわけですが、アルノンクールなどの場合、その後モーツァルトやベートーヴェン、さらにはロマン派でもそういう形でやってみたらどうかということになってくる。60年代はマイナーだったのが、いまやメジャー化したとは言わないまでもずいぶん一般化してきた。実をいえば、昔の楽器や奏法をどんなに研究しても、録音はないんだし、当時本当にどんな演奏が行なわれていたかはわからないんで、僕なんかはピリオド楽器によるオーセンティックな奏法と称するものの流行がちょっと行き過ぎているんじゃないかと思ったりもする。それこそゴダール的に、たんに音楽があるので、正しい音楽なんてない、と言いたくなったりもする。ともあれ、それくらい、正しい音楽を可能なかぎり歴史的研究で裏付けて演奏しよう、ロマン派の時代にこびりついた余分な化粧は削ぎ落とそうという動きは、古楽の枠をこえて、かなり一般的になってきているんですね。(ちなみに、古楽的なアプローチではなく、現代のオーケストラを使った演奏でも、ストローブ=ユイレのシェーンベルクのシリーズで指揮者を勤めているギーレン[シェーンベルクの女婿のノーノから推薦された]などは、カラヤン的な演奏とはまったく違う、非情なまでにザッハリッヒな演奏スタイルを貫いてきました。ベルリンで彼がアドルノの小品とベルクのヴァイオリン協奏曲を振るのを聴いたことがあるのですが、後半のシューベルトの第8交響曲は、フルトヴェングラーの演奏だと「天国のように長い」はずが、その1.5倍はあるんじゃないかと思われる超高速でさーっと演奏され、さすがに唖然とさせられたものです。)(講演「ダニエル・ユイレ追悼――ストローブ=ユイレの軌跡 1962-2006」2006年12月9日 浅田彰ーー「カール・リヒターとメランコリー」)

…………

マタイ受難曲に調性を変えてくり返し要所にでてくるコラール「血しおしたたる」(O Haupt voll Blut und Wunden」をィリップ・ヘレヴェッヘ(Philippe Herreweghe)の指揮にてまとめたものがある。


◆Bach Matthew Passion Chorale Settings - O Haupt voll Blut und Wunden




◆血しお したたるの日本語版(O Haupt Voll Blut Und Wunden:Bach BWV244 Japanese ver.)




《昨日はマタイ受難曲を全部聴いたんだよ。いやぁバッハはすごいね。僕らはクリスチャンじゃないけどなんなんだろう……》(武満徹 1996年2月19日

※武満 徹(1930年10月8日 - 1996年2月20日

ーーマタイなんて体力衰えているとき(あるいは老いてきたら)、集中して全曲なんて聴かないほうがいいぜ、ボロボロになって、クタバっちまうから。


…………

ナウモフは少年のまま初老になったような男だ。夢中になった曲は、少年のときには誰しもこのように思い入れたっぷりに演奏してみるものだ。それに好悪はあるだろう。わたくしは彼の平均律のいくつかはほとんど聴くに耐えない(今のところ?)。だがコラールのたぐいは許す、許してしまう、いやこれでいいのだ、と思う。


Nadia Boulanger en Emile Naoumoff (Bruno Monsaingeon)

※「Nadia Boulanger teaching Emile Naoumoff age 10」の映像はグールドを撮り続けたBruno Monsaingeonによる映像作品。


◆Naoumoff plays his own piano transcription of Bach's organ Choral Prelude Herzlich thut mich verlangen BWV 727




◆J.S. Bach - Chorale 'Herzlich tut mich verlangen' BWV 727




Emile Naoumoff plays Bach on Organ in Jeu de Paume, Fontainebleau 1972などというものもある。ナウモフは1962年生まれであり、当時10歳ということになる。





※Fournier / Moore(2曲目)



ーーこんなフルニエのスタイルでも、いまの人は許せないのかもなあ。カール・リヒターがアルヒーフでレコード出していたのと同じように、フルニエもアルヒーフだったから、バッハのチェロ曲は、最初にフルニエで聴いたんだけど。








2014年11月7日金曜日

「諸君、それは女狂い、”可能なる昇華”以外の何であろう」

このブログは今後(すくなくとも当面は)、バッハあるいは祈りの音楽の話かエロの話しか書きません。おそらく大方の中庸な方々には縁がないことのメモに終始します。要するに数少ない読者のみなさんですが、その方々も少なくとも二週間ぐらいはーー二カ月か二年ぐらいかもーー明けてみないほうがいいと思います。しばらくは、あるひとりの若い女性への私信みたいなものです。彼女の名はアプリコットちゃんです。


ーーというわけでバッハ頭になってしまったので、軌道修正できるかどうかは別にして、ハゲマシのために以下の文を貼り付けておく。

そもそもバッハというのは、高橋悠治によれば性的においがぷんぷんする音楽なのであり、カンタータなどの祈りの音楽だって、そこからエロスのにおいを嗅がないヤツラってのは不感症なんじゃないか。

バッハはフランス組曲、イギリス組曲、パルティータなど組曲の6曲セットを作っている。当時のドイツは、ヨーロッパの田舎だった。文化の中心パリの流行は、周辺地の音楽家の手で古典性をおびる。それらはもう踊られるためのものではなく、むしろ音楽語法を身に着けるためのモデルであり、ヨーロッパ中心の音楽世界地図でもあった。その装飾的な線の戯れにはどこか、かつての性的身ぶりの残り香がある。若いバッハは、入念に粉を振った最新の鬘をつけ、若い女を連れ、パイプをくわえて街をそぞろ歩く伊達男だったと言われる。音楽がまだ化石になっていないのも、そこにただようエロティシズムの記憶のせいかもしれない。(踊れ、もっと踊れ  高橋悠治





乱交パーティ用の音楽だぜ。

バッハの最も崇高なコラールのひとつといわれるBWV12の2曲目=ロ短調ミサの合唱の起源は次の通り。→ バッハカンタータBWV12とヴィヴァルディPiango, gemo, sospiro e peno


(ヒエロニムス・ボス「快楽の園」)


…………

芸術家が制作――すなわち自分の空想の所産の具体化――によって手に入れる喜び、研究者が問題を解決し真理を認識するときに感ずる喜びなど、この種の満足は特殊なもので、将来いつかわれわれはきっとこの特殊性を無意識真理の立場から明らかにすることができるであろうが、現在のわれわれには、この種の満足は「上品で高級」なものに思えるという比喩的な説明しかできない。けれどもこの種の満足は、粗野な一次的欲動の動きを堪能させた場合の満足に比べると強烈さの点で劣り、われわれの肉体までを突き動かすことがない。(フロイト『文化への不満』フロイト著作集3 P444)

「上品で高級な満足」に没頭するのもいいが、やっぱり「一次的欲動の動き」も堪能もしとかないとな。

……さまざまの欲動は、満足の条件をずらせたり、他の方法をとるよう余儀なくされる。これは、大部分の場合には、われわれに周知の(欲動目標)昇華と一致するが、まだ昇華とは区別されうる場合もある。欲動の昇華は、文化発展のとくにいちじるしい特色の一つで、それによってはじめて、学問的・芸術的・イデオロギー的活動などの高級な心理活動が文化生活の中でこれほど重要な役割を占めることが可能になっている。第一印象にしたがうかぎりわれわれは、「昇華こそはそもそも文化に無理強いされて欲動がたどる運命なのだ」と主張したい誘惑を押えかねる。けれども、この件はもう少し慎重に考えたほうがよい。そして最後にーーしかもこれこそ一番大事と思われるがーー、文化の相当部分が欲動断念の上にうちたてられており、さまざまの強大な欲動を満足させないこと(抑圧、押しのけ、あるいはその他の何か?)がまさしく文化の前提になっていることは看過すべからざる事実である。この「文化のための断念」は人間の社会関係の広大な領域を支配している。そして、これこそが、いかなる文化も免れえない文化にたいする敵意の原因であることは、すでにわれわれが見てきたところである。この「文化のための断念」は、われわれの学問にもさまざまの困難な問題を提起するであろうし、われわれにとしては、この点に関し多くのことを解明しなければならない。ある欲動にたいし、その満足を断念させることなどがどうしてできるのかを理解するのは容易ではない。それに、欲動にその満足を断念させるという作業は、かならずしも危険を伴わないわけではなく、リビドーの管理配分の上からいって、その補償をうまく行わないと重大な精神障害の起こる恐れがある。(『文化への不満』p458)

このあとエロスとタナトスの議論が展開されていく。

人類の共同生活は、外部からの苦難によって生まれた労働への強制と、愛の力 ――男性の側からいえば性欲の対象である女性を、そして、女性の側からいえば自分の分身である子供を、手許にとどめておこうとする愛の力 ――という二重の楔によって生まれたのだ。すなわち、エロス(愛)とアナンケ(宿命)は、人間文化の生みの親ともなったのだ。(『文化への不満』P460)

だがここではその議論のいっそうの展開を追うことはやめ、冒頭の「昇華」の話に留まることにする。

フロイトによれば、芸術も学問も政治(イデオロギー)も、欲動断念によるーーその代表的なものは性欲動だーー「昇華」であり、「昇華」で胡麻化してもいずれ始原の欲動に支配されるか、胡麻化し続けていたら精神障害になるかもな、ということを言っている。最も「高級な」昇華と思われている芸術や学問も、オマンコ(あるいはオチンチン)の「仮面」だよ、と。いわゆる「スフィンクスの謎」探求の仮装なのだ。

スフィンクスの謎とは、女性性、父性、性関係に関してであり、フロイト的に言えば、母のジェンダー(女のジェンダー)、父の役割、両親の間の性的関係。

「ママにもおちんちんあるの?」
「もちろんよ、なぜ?」
「ただそう思っただけなの」
(……)
あるとき彼は就寝前に脱衣するのを固唾をのんで見まもる。母親が尋ねる。「何をそんなに見ているの?」
「ママにもおちんちんがあるかどうか、見ているだけよ」
「もちろんあるわよ。あなた知らなかったの?」
「うん。ママは大きいから、馬みたいなおちんちんをもっていると思ったの」(フロイトの『ある五歳男児の恐怖症分析』(少年ハンス(フロイトとラカン)

より一般的に言えば、Das ewig Weibliche (永遠に女性的なるもの)、Pater semper incertuus est( 父性は決して確かでない)、Post coftum omne animal tristum est (性交した後どの動物でも憂鬱になる)の三つ。ラカンの変奏なら、La Femme n'existe pas, 〈女〉は存在しない、L'Autre de l'Autre n'existe pas, 〈他者〉の〈他者〉は存在しない、Il n'y a pas de rapport sexuel,性関係はない。

ここから逃れて昇華による代償満足に専念してても無駄さ。いずれ露顕してくるよ。

サリヴァンは、フロイトがあれほど讃美した昇華を無条件な善ではないとして、それが代償的満足である以上、真の満足は得られず、つのる欲求不満によって無窮動的な追及に陥りやすいこと、また「わが仏尊し」的な視野狭窄に陥りやすいことを指摘している。それは、多くの創造の癒しが最後には破壊に終る機微を述べているように思われる。(中井久夫 「「創造と癒し序説」 ――創作の生理学に向けて」『アリアドネからの糸』所収)

晩年のヴァレリーの「女狂い」ってのも、ようやく最近知ることができるようになった。

外傷は破壊だけでなく、一部では昇華と自己治癒過程を介して創造に関係している。先に述べた詩人ヴァレリーの傷とは彼の意識においては二十歳の時の失恋であり、おそらくそれに続く精神病状態である(どこかで同性愛性の衝撃がからんでいると私は臆測する)。二十歳の危機において、「クーデタ」的にエロスを排除した彼は、結局三十年を隔てて五十一歳である才女と出会い、以後もの狂いのようにエロスにとりつかれた人になった。性のような強大なものの排除はただではすまないが、彼はこの排除を数学をモデルとする正確な表現と厳格な韻律への服従によって実行しようとした。それは四十歳代の第一級の詩といして結実した。フロイトならば昇華の典型というであろう。しかし、彼の詩が思考と思索過程をうたう下にエロス的ダブルミーニングを持って、いわば袖の下に鎧が見えていること、才女との出会いによって詩が書けなくなったことは所詮代理行為にすぎない昇華の限界を示すものであり、昇華が真の充足を与えないことを物語る。彼の五十一歳以後の「女狂い」はつねに片思い的で青年時の反復である(七十歳前後の彼が一画家に送った三千通の片思い的恋文は最近日本の某大学が購入した)。他方、彼の自己治癒努力は、生涯毎朝書きつづけて死後公開された厖大な『カイエ』にあり、彼はこれを何よりも重要な自己への義務としていた。数学の練習と精神身体論を中心とするアフォリズム的思索と空想物語と時事雑感と多数の蛇の絵、船の絵、からみあったPとV(彼の名の頭文字であり男女性器の頭文字でもある)の落書きが「カイエ」には延々と続く。自己治癒努力は生涯の主要行為でありうるのだ。(中井久夫「トラウマとその治療経験」『徴候・記憶・外傷』所収 P111-112)

たとえば西脇順三郎の晩年の詩だって、《エロス的ダブルミーニング》の詩ばかりさ。『近代の寓話』に《形而上学的神話をやつている人々と/ワサビののびる落合でお湯にはいるだけだ》とあるのを西脇順三郎自ら、《これは実は「猥談」をしている同僚のことだ》と解説したそうだが。

《鶏頭の酒を/真珠のコップへ/つげ/いけツバメの奴/野ばらのコップへ。/角笛のように/髪をとがらせる/女へ/生垣が/終わるまで》(西脇順三郎)

ーーこんなのワカメ酒に決まってるだろ、そら、いけよツバメくん、野ばらの生垣が終わる処まで啜り舐めゆけ、ほら、真珠の栗と栗鼠めがけて! 嘴は「森林限界を越えて火口へと突き進む」(俊 『女へ』)。石灰質だらけの死火山と侮っていても突然激烈に噴火することがあるからな、御嶽山のように。

でも、あそこには実は「原初的な空無」があるのさ

昇華(=崇高化)はふつう非・性化と同じことだと考えられている。非・性化とはすなわち、リビドー備給を、基本的な欲動を満足させてくれそうな「野蛮な」対象から、「高級な」「洗練された」形の満足へと置き換えることである。われわれは女に直接に襲いかかる代わりに、ラヴレターや詩を書いたりして誘惑し、征服する。敵を気絶するまでぶん殴る代わりに、その敵を全面否定するような批判を含んだ論文を書く。通俗的な精神分析的「解釈」によれば、詩を書くことは肉体的欲求を満足させるための崇高にして間接的な方法であり、精巧な批判を書くことは肉体的攻撃衝動の崇高な方向転換ということになろう。 ラカンの出発点は、直接的で「野蛮な」満足とされているものの対象ではなく、その反対、すなわち原初的な空無である。原初的な空無とは、そのまわりを欲動がぐるぐる回っている空無であり、<物自体 the Thing>(フロイト的な das Ding。不可能にして獲得不能な享楽の実体)の形のない形としてポジティヴな存在形態をとる欠如である。崇高な対象とはまさしく「<物自体>の気高さまで高められた対象」である。(ジジェク『斜めから見る』)

このジジェク=ラカンの説く「原初的空無」ーーフロイト的な性欲とかオマンコというのじゃなくて、ーーがラカン派的には肝なのだろう。

原初の喪失とはなにか? 永遠の生の喪失、それは、ひどく逆説的だが、性的存在としての出産の刻限に失われる。Meiosis(分裂)によるのだ。(ラカン「セミネールⅩⅠ」私訳ーーEncore, encore ! --快・不快原理の彼岸=善悪の彼岸

まあでも、いまはそんなややこしい話はやめとくよ、ここでは杏子と真珠貝の話に収斂しよう。






《夕顔のうすみどりの/扇にかくされた顔の/眼(まなこ)は李(すもも)のさけめに/秋の日の波さざめく》(西脇)




川の瀬の岩へ
女が片足をあげて
「精神の包皮」
を洗っている姿がみえる
「ポポイ」
わたしはしばしば
「女が野原でしゃがむ」
抒情詩を書いた
これからは弱い人間の一人として
山中に逃げる

ーー吉岡実「夏の宴」--西脇順三郎先生に)


《ああ すべては流れている/またすべては流れている /ああ また生垣の後に /女の音がする》(西脇)

ーーこれ読んで、アンモニア臭感じない連中を不感症っていうんだよ


《みんなは盗み見るんだ/たしかに母は陽を浴びつつ/ 大睾丸を召しかかえている/……/ぼくは家中をよたよたとぶ/大蚊[ががんぼ]をひそかに好む》(吉岡実「薬玉」)



亜麻色の蜜蜂よ きみの針が
いかに細く鋭く命取りでも、
(……)
刺せ この胸のきれいな瓢を。
(……)
ほんの朱色の私自身が
まろく弾む肌にやってくるように!

素早い拷問が大いに必要だ。

 ーーヴァレリー「蜜蜂」中井久夫訳




Bach - Cantate BWV 127 「魂はイエスの手にて憩う Die Seele ruht in Jesu Händen」

もう30年ほど前にもなるけれど、BWV127の3曲目「魂はイエスの手にて憩う Die Seele ruht in Jesu Händen」を聴いていなかったわけではない、カール・リヒターの指揮の録音で。

※Antonia FahbergソプラノーーBACH - CANTATE BWV 127 " Herr Jesu Christ, wahr' Mensch und Gott " - KARL RICHTER ( 1957 )の第3曲は、8.52あたりから。






だが、ほとんど印象に残らず数回聴いた切りでその後聴きなおすということはしていなかった。おそらく30年以上は聴いていなかったのではないか。かすかな記憶で、当時このオーボエの旋律に惹かれたということはあるから、まったく耳に新しいわけではない。だがバッハにはほかにもすばらしいオーボエの使い方の曲がたくさんある。このリヒター指揮のBWV127は、全体的にテンポがゆっくりのレガート気味で、なおかつ途中で入る弦のピチカートの驚きがない。長いあいだリヒターを絶対視していたから、リヒターの演奏でたいした魅力を感じないのなら、他の指揮者の演奏を聴いてみることは、偶然の機会がなければーーラジオからとかのーーなかった。この曲への不感症はリヒターさんのせいだな……

という訳で、少し前掲げた次のShalev Ad-El指揮、ソプラノBarbara Schlick演奏のピチカートには驚いた。ひとによっては不自然だというかもしれないが、まるで別の世界から突然音が跳ねてきたかのようだ(3.50あたりから)。






次のおそらく同じbarbara schlickソプラノだと思われる次の演奏は上のようなピチカートの驚きはない。自然に入っている。これが標準的な演奏なのだろう(上のはTV録音であり録音技術の稚拙さもあるのかもしれない)。


◆Bach, Cantates BWV 127, Aria [Soprano], Die Seele ruht in Jesu Händen  (barbara schlick おそらく?)



◆Bach - Cantate BWV 127 Dorothee Mields、Herreweghe



◆Hélène Le Corre sings "Die Seele ruht in Jesu Händen"(Luca Pianca)



◆Eileen Farrell sings Bach - Cantatas 79 and 127 (Robert Shaw)



…………

久しぶりに熱狂というか、散歩している間でさえ、耳について離れない。こうなるともういけない、結局、スコアまで手に入れて、ピアノでポロポロやってみることになる。だがこのHarold Bauerの編曲はやや大時代的すぎるな。

2014年11月6日木曜日

ナウモフ-マタイBWV244:「愛ゆえに 我が救い主は死に給う」

バッハを聴き続ける、ピアニストとしては二流かもしれないナウモフのバッハへの愛を拠り所にして(とはいえ、こんなものもあるのだが→ Prats, Queffélec, Naoumoff, Berman, Koroliov - Live Concert)。

◆Naoumoff「愛ゆえに 我が救い主は死に給う」( Aus Liebe will mein Heiland sterben )





◆ Gundula Janowitz. From the 1973 recording by Herbert von Karajan 





◆Dorothee Mields Herrewege





…………

◆フィシャー・ディスカウDietrich Fischer-Dieskauによる

第64曲 Am Abend, da es kühle war 夕暮れの涼しいときに、
第65曲 Mache dich, mein Herze, rein おのれを潔めよ、私の心よ







ナウモフ バッハカンタータBWV12,127,202




…………


◆BWV 127  Naoumoff





◆BWV127-3  Barbara Schlick






…………

◆BWV202 Naoumoff





◆BWV202  Dorothee Mields






…………

◆BWV12-1,2  Naoumoff




◆BWV12-1 Ton Koopman




◆BWV12-2 Ton Koopman





…………


◆BWV 21 Barbara Schlick 







2014年9月5日金曜日

平均律の演奏家たち




名手たちの聴き比べだが、アンドラーシュ・シフ(András Schiff )は、こうやって断片だけ取り出すと水際立っているように感じるときがある、ーー新鮮な果実を果汁を滴らせながらかぶりついている感覚とでもいったらいいのだろうかーー、そうかといって全曲を聴き通すと、わたくしの場合、ゴールドベルグだけでなく、他の演奏でも、退屈してしまうことが多い(エロスが足りないのじゃないか、シフには。性戯は不得手そうだからなあ)。平均律などシフの演奏で通して聴いてみようとは思わない。いま通してしばしば聴くのはアファナシェフだ。この二週間ほどはこうやってブログなどを書いているときは、ピアノ演奏なら彼のバッハを聴いていたのだか、さすがにそろそろ飽きてこないでもない(そもそも平均律を通して聴くというのは邪道なのだろうが)。上のゴールドベルグを聴けば分かるようにバレンボイムも、あるいはポリーニの平均律も、--この男根主義者たちめ!ーーバッハは向かないぜ。

この平均律のニ長調のプレリュードを聴き比べたって、シフの演奏はすばらしい(まてよ、何度も聴いていると、最初最も退屈だったRosalyn Tureckがなぜかよくなってくるのだな……)。






グールドのバッハ演奏を聴いて育ったようなところがあるのだが、平均律だけは、最初にスヴャトスラフ・リヒテルのレコードーーわたくしの少年時代はレコードの時代だーーを購入している。それと殆ど同時に、たぶん、三ヶ月も経ずに、グレン・グールドのものを手に入れた。このグールドの平均律の録音演奏は全体としては、正直リヒテルのものほど魅了されなかった。むしろいくつかの曲については失望さえ覚えた。そしてその反動か、当時、リヒテルとグールドの録音とともに評判の高かったフリードリヒ・グルダの演奏録音をも手に入れた。この三者の演奏で、四十八曲あるプレリュードとフーガのどれが気に入ったのかというのはそれほど熱心にききくらべたわけではないので言いがたいが、よく聴いた順序は、リヒテル、グルダ、グールドの順ではあった。もっとも平均律に限らなければバッハのピアノ演奏のなにかを聴くというのではグールドのCDを聴くのが突出しているし、それはその後も、この現在まで、変わらない。たとえばグールドの平均律二巻の九番ホ長調フーガのレコード版とのちほど演奏されたヴィデオ版のなんという魅力の違うこと! →「バッハ平均律2巻第9番フーガの構造分析(グレン・グールド)

グレン・グールド、「バッハのもっとも偉大な演奏者」。

グレン・グールドは自分のバッハを発見した。そしてその意味ではそのような讃辞を受けるに値する人物だ。彼の主たる美点は音色面にあると思える。それはまさにバッハに相応しいものだ。

とはいえ、バッハの音楽は私に言わせればもっと深く、もっと厳しいものを要求する。然るにグールドにおいては、一切がちょっとばかり輝かしすぎ、外面的すぎる。その上、一切の繰り返しを行わない。これは許せない。つまりはバッハの音楽をそれ程愛してはいないということなのだ (リヒテル)

リヒテルのいう輝かしすぎ、外面的すぎるのが、グールドの平均律のいくつかの演奏では、もっとも気になったということかもしれない。ーーなどとグールドを貶したままではいられないので、ここはシュネデールの言葉を引用して、反作用としてのグールド賛をしておこう。

… ピアノを愛するというなら、そのためには、別の時代からやってきて、つねに完了形で語っているようなアルトゥーロ・べネデッティ=ミケランジェリのピアノがあるだろう。あるいはまた近年のリヒテルのようにある種の期待が告げられるようなピアノがある。期待、すなわち近頃リヒテルが登場すると、一緒にそこにあらわれるあの未来のノスタルジーだ(ドアはそのときひとりでにひらき、そこにあるのがわからなかった部屋が見える。)しかしながら現在形で演奏するグールドの姿は決定的な光をもたらし、無垢あるいは天使という使い古された語を唇にのぼらせる。(『グレン・グールド 孤独のアリア』 ミシェル・シュネーデル千葉文夫訳)

 平均律といえば第一巻の最終曲ロ短調が当時はひどく崇められており、少年時のことでわたくしもその尻馬に乗り至宝を扱うように熱心に聴いたのだが、リヒテルグルダに比べてグールドはいまでもわたくしにはちょっといけない。少年時リヒテルの沈潜した演奏に魅了されたのだが、たとえばさらに沈みこんだような演奏ユーリー・エゴロフーー彼は若くしてエイズで逝っているーー彼のものは最近になって初めて聴いたのだが、驚くべき、だが息が詰るような演奏だ。今のわたくしにはおそらく何度も繰り返して聴くのに耐えられそうもない。




《何度も繰り返して聴くのに耐えられそうもない》とは、もちろん修辞学的誇張である。音への、パートナーへの愛撫の仕方をよくわきまえた男の演奏だ。

エロスは、美しい肢体(てあし)を楽しく揃え、
すんなりと伸びた背丈の型をこね、
やさしいかんばせを整え、
さて、眉と眼と唇に指先を触れて
特別の触れ跡を残したのではないか。

ーーカヴァフィス「カフェの扉にて」 中井久夫訳


あるいは、音と沈黙は、どちらが地で図なのだろう、という問いを発してみたくなる演奏だ。
そして《答がある問いは ほんとうの問いではない》

沈黙は音と限りなく接していて、 音が次第に微かになり、消えていくとき、 音がすべりこんでいく沈黙はその音の一部に繰り込まれている。 逆に、音の立ち上がる前の沈黙に聴き入るとき、 ついに立ち上がった音は沈黙の一部をなし、それに含まれている。(高橋悠治


ここでは一息入れて、多くのバッハ演奏でそのペダル多用が気にならないでもない旧世代のエトヴィン・フィッシャーの、だが平均律ロ短調のすばらしく軽やかな演奏を聴いてみる。少なくともこのプレリュードはわたくしにはとても新鮮だ(フーガは? ノーコメント)。





内田光子は、「もし70歳まで生きたらバッハの前奏曲とフーガを全48曲を観客の前で演奏したい」と語っているが、さて、ある種の演奏ではその抒情過多が鼻につく気味がないでもないーーシツレイ!ーーその彼女が演奏する平均律はどんなぐあいの演奏になるのだろうか。

ピアニストにはわたしのようにショパンを弾くタイプとリストを弾くタイプがあります。ショパンの美しさは例えようもないものです。詩的な感性のみならず明確な方向性を持っていて、緻密さも兼ね備えています。ショパンの明確さと緻密さは、モーツァルトの作品と通じるところがありますね。見過ごしがちなことですが、各音符は然るべき場所に存在し重要な意味があります。単に美しい旋律が浮かんでくるのではありません。彼はバッハの音楽を細部まで暗記していました。ショパンはまことの音楽の源はバッハだと信じていたのです。ベートーヴェンは支持しませんでしたが、モーツァルトについては高く評価し尊敬していました。

 この先古い音楽と現代音楽の距離は縮まるでしょうか・・・半ば冗談で言わせてください。〝もし70歳まで生きたらバッハの前奏曲とフーガを全48曲を観客の前で演奏したい〟とね。

 私は一人で弾いたり室内楽団と一緒に演奏することが好きです。また声楽家との共演を好み、シューベルトやシューマンの歌曲を愛しています。何よりリートの伴奏者としての演奏は私に向いているでしょう。(内田光子インタヴュー

…………

バッハのフーガは存在の主観外的な美を凝視させることによって、私たちに自分の気分、情熱と悲哀、自分自身を忘れさせたがるのに反して、ロマン派の旋律は私たちを自分自身のなかに沈みこませ、恐るべき強度で私たちの自我を感じさせ、外部にあるいっさいのものを忘れさせたがる。(クンデラ『裏切られた遺言』)





2014年7月29日火曜日

ヒエロニムス・ボスの御居処(おいど)

良心はその持主が行いの正しい人であればあるほどますます厳格かつ疑い深い態度をとり、その結果、ついには聖なるものの領域に一番深く足を踏み入れた人々こそが一番酷く罪の意識に悩むことになるのだ。こうなると、正しい行いをしても、それにたいする報いの一部は帳消しになってしまうわけで、超自我の命ずるままに自分を抑えてきた自我は、超自我の信頼を博するどころか、信用を得ようといくら努力しても無駄に終わるかに見えるのである。こういうと、そんな苦情はわざとでっち上げたものだという反論が出ることだろう。すなわち、良心が平均より厳格で敏感であることこそ行いの正しい人間の特色で、聖者たちが自分は罪人だという場合それは、欲動を満足させたいという誘惑のことを考えると、あながち嘘ではないというのである。なぜなら、周知のように誘惑は、折に触れて満足させてやれば少なくとも当座は力が弱まるのにたいし、いつも撥ねつけてばかりいるとその力を増すだけだから、聖者たちはとくに強い誘惑に曝されているわけなのだ。(フロイト『文化への不満』人文書院 著作集3 P480)

ーーとごく標準的な引用から始めたが、こう引用してもよい。

「美」という概念が性的な興奮という土地に根をおろしているものであり、本来性的に刺激するもの(「魅力」die Reize)を意味していることは、私には疑いないと思われる。われわれが、性器そのものは眺めてみればもっとも激しい性的興奮をひきおこすにもかかわらず、けっしてこれを「美しい」とはみることができないということも、これと関連がある。(フロイト『性欲論三篇』フロイト著作集5 人文書院 P26)

これは比較的初期の(1905年)の論文であるというなら、冒頭に引用した『文化への不満』にもこうある。

残念なことに、精神分析もまた、美については、他の学問にもまして発言権がない。ただ一つ確実だと思われるのは、美は性感覚の領域に由来しているにちがいないということだけである。おそらく美は、目的めがけて直接つき進むことを妨げられた衝動の典型的な例なのであろう。「美」とか「魅力」とかは、もともと、性愛の対象が持つ性質なのだ。(フロイト『文化への不満』著作集3 P446~ 原著1930年)

《美は性感覚の領域に由来している》という表現に違和を感じる向きでも、美はエロスの領域に由来しているとすれば、なんの齟齬もなくなるだろう。そしてこの「エロス」を、融合欲動ーー大文字の母、母なる大地との、〈神〉との、〈女〉とのーー統合を求める欲動とすれば、いっそう違和は消え失せる。

フロイトの快原則の彼岸の発見はエロスとタナトスの対立に終結する。それを理解するには愛と闘争のタームで理解すべきだ。エロスはより大きな統合へのカップリング、合同、合併を追い求める(自我の主要な機能としての合成を考えてみよ)、反対に、タナトスは切断、分解、破壊を追い求める。(Paul Verhaeghe『BEYOND GENDER. From subject to drive』ーー部分欲動と死の欲動をめぐる覚書





Hieronymus Bosch painted sheet music on a man's butt and now you can hear it



ーーと聴けば、ここでは本来ルネッサンス期の音楽やらさらに遡ってグレゴリオ聖歌などのYouTubeでも貼り付けるのが、「論理的」であろうが、バッハ好きのわたくしとしては、歴史をやや前方に進んでバッハを貼り付けることにする。

十代の半ば過ぎにバッハのコラールやオルガン曲をよく聴いたのだが、
あれは性欲盛んな年齢向きだろうよ
最近は昔ほど特権的に熱愛するってわけでもないからな





ああでもなんと「清らかで崇高」であることよ




サリヴァンは、フロイトがあれほど讃美した昇華を無条件な善ではないとして、それが代償的満足である以上、真の満足は得られず、つのる欲求不満によって無窮動的な追及に陥りやすいこと、また「わが仏尊し」的な視野狭窄に陥りやすいことを指摘している。(中井久夫「「創造と癒し序説」 ――創作の生理学に向けて」)





まさか歌ったあと、乱交してたんじゃないだろうな





昇華(=崇高化)はふつう非・性化と同じことだと考えられている。非・性化とはすなわち、リビドー備給を、基本的な欲動を満足させてくれそうな「野蛮な」対象から、「高級な」「洗練された」形の満足へと置き換えることである。われわれは女に直接に襲いかかる代わりに、ラヴレターや詩を書いたりして誘惑し、征服する。敵を気絶するまでぶん殴る代わりに、その敵を全面否定するような批判を含んだ論文を書く。通俗的な精神分析的「解釈」によれば、詩を書くことは肉体的欲求を満足させるための崇高にして間接的な方法であり、精巧な批判を書くことは肉体的攻撃衝動の崇高な方向転換ということになろう。(ジジェク『斜めから見る』)





イタリアバロックのなかでは品が欠けるという評価を受けることもあるヴィヴァルディの愛のカンタータの崇高化の至高の例だぜ





わたくしはかつてこの寺で、いかにもこの観音の侍者にふさわしい感じの尼僧を見たことがあった。それは十八九の色の白い、感じのこまやかな、物腰の柔らかい人であった。わたくしのつれていた子供が物珍しそうに熱心に廚子のなかをのぞき込んでいたので、それをさもかわいいらしくほほえみながらながめていたが、やがてきれいな声で、お嬢ちゃま観音さまはほんとうにまっ黒々でいらっしゃいますねえ、と言った。わたくしたちもほほえみ交わした。こんなに感じのいい尼さんは見たことがないと思った。――この日もあの尼僧に逢えるかと思っていたが、とうとう帰るまでその姿を見なかったので何となく物足りない気がした。(和辻哲郎『古寺巡礼』)





あなたとぼくは
大草原のすみっこにもぐりこんで
着ているものをみな脱いで
ていねいにおじぎして
一つ一つ差し上げた
むかしは尼僧のようだったあなた
あなたもくれた
激しくたたきつけて来る太陽の中で
めらめらと焔が燃えた
光が光にかさなった
けれども二つの火が燃えていた

ーー吉増剛造「プレゼント」より




「僕はある美しい女性に夢中になっている。彼女に結婚を申し込んだが、断られた。それでも僕は彼女の事が世界中の何より好きなんだ。彼女と一緒にいるどんな僅かなひと時でも僕にとってはまさに天国にいる気分なんだ…お願いだよ、今度いつ彼女に会えるのか教えてくれないか?」(グレン・グールドの秘められた恋

もっと聴く? かなり長いけど




せっかくですが遠慮します

ーーこのモンサンジョンとの対話、グールドがすべてシナリオを書いていたらしいぜ







2014年7月27日日曜日

失敗者としてのバッハ




いいなあ、久しぶりにバッハの『フーガの技法』聴くのだけれど。
Contrapunctus 13いいなあ
グールドどんなふうにやってるんだっけ





ああやっぱりグールドってのはたまらんなあ

1972年、アムスコ・ミュージック・カンパニーから出版された《平均律クラヴィーア曲集》第一巻の楽譜に寄せたグールドの序文「フーガの技法」(Art of Fugue)の抄訳(宮澤淳一訳)でも貼り付けておくか。ただしこれはバッハの最晩年の作品(The Art of Fugue)の解説ではないよ。

バッハはいつもフーガを書いていた。これほど彼の気質に合った探究の対象はなかったし、彼の技法の発展がこれほど的確に評価できるものはほかにない。

彼は常に自分の書いたフーガによって判断されてきた。晩年、当時の前衛作曲家たちがもっとメランコリーなものを志向するようになってからもフーガを書いていたため、彼は昔のあまり啓蒙されていない世代の生き残りとして斥けられた。偉大なる草の根のバッハ復興運動が19世紀初頭に始まったとき、それを担ったのは善意あるロマン派の人たちだった。彼らが《マタイ受難曲》や《ロ短調ミサ》のがっしりとした氷に覆われたような合唱に見たのは、演奏不可能ではないにしろ、解明不可能な謎の数々だった。彼らがそこに身を奉ずべき価値を認めたのは、それらの謎から誇らしげな信仰心が立ちのぼっていたからである。忘れ去られた文化の眠る下層土を掘り起こす考古学者のように、彼らは自分たちの発見したものに感銘を受けた。だが彼らにとっては何よりも、この発見において主導権を発揮したことが喜びだった。(……)

今日のわれわれもバッハの作品の意味するところと彼の創造的な衝動の多様性を理解したつもりでいるかもしれないが、とにかくわれわれは彼の全音楽活動の中心がフーガにあることを認めている。バッハの手法は常にフーガと隣り合わせにある。彼の磨いたあらゆるテクスチャは結局はフーガに向かう運命にあった。実に何気ない舞曲の調べであれ、きわめて厳粛なコラールの主題であれ、それらは応答を求めているかのようで、フーガ的な手法において十二分に実現しうる対位法的な飛翔を熱望しているように思える。彼が実例を示したあらゆる響きも、声楽と器楽のあらゆる組み合わせも、幾多の応答が行われるのを許し、またそうした応答がなければ完全性を欠く作り方になっているかのようだ。カンタータでコーヒーを出すときや、アンナ・マグダレーナのためのアリアを走り書きするときのような、この上なくゲミュートリヒな、つまりこの上なく居心地のよい瞬間さえ、フーガの始まりそうな気配が漂っている。(……)

なるほどバッハはフーガの手法を誰よりもたやすく身につけたかもしれない。だがフーガとは一晩で習得できる技能ではない。その証拠としてバッハ初期のフーガが残っており、その中には20歳前後に書かれたトッカータ風のぎこちないフーガもある。いつ果てるともなく反復し、稚拙な継起を繰り返し、編集者の赤鉛筆が絶望的なほど入るであろうそうしたフーガは、大袈裟な和声に幾度となく屈している。これこそが若き日のバッハが闘うべきものであった。当時のバッハは自己批判能力に欠けていて、主題と応答さえあれば満足だった。チェンバロのためのトッカータニ短調に含まれる2つのフーガのうち、先のものは、基本主題の提示を、主張においてだけで何と15回も延々と繰り返すのである。(……)素材の要求に見合った形式を確立するフーガは稀であった。

ここにフーガの歴史的な課題がある。つまりフーガとは、ソナタ(少なくとも古典派のソナタの第1楽章)が形式であるという意味での形式ではない、むしろフーガとは、作品それぞれの奇妙な要求に見合った形式を発明するための誘発剤なのである。よいフーガが書けるかどうかは、形式を生み出すことへの興味において紋切り型をどれほど手放せるかにかかっている。だからこそフーガという音の冒険は、どうしようもなくマンネリ化したものにも、きわめて挑発的なものになりうるのだ。

こうしたフーガへの10代のぎこちない試みからまるまる半世紀後、フーガにおける明らかに時代錯誤的な究極の試みがなされた。《フーガの技法The Art of Fugue》である。バッハはこの作品を完成することなく世を去ったが、フーガの巨大化の試みをそれなりに楽しんだ。これは、少なくとも時代的にみれば、フェルッチョ・ブゾーニがネオバロック的な誇張を行うまでは誰も手を出さなかったものである。記念碑的な大きさの作品だが、撤退しようという雰囲気が全体を包んでいる。確かにバッハは作曲の実践的な関心から撤退し、妥協を許さぬ創作の理念的な世界へと足を踏み入れつつあった。この撤退の一面として、旋法的とも呼べるような転調概念への回帰がある。最初の調へ必ず戻っていくという調性の帰巣本能は、彼の作品のうち、比較的説教臭くないものに発揮されていたが、この曲集の中でそれが行われている箇所はいくつもない。《フーガの技法》に用いられている和声法は、はなはだしく半音階的だが、初期のフーガよりも同時代性に欠けるし、そして調性の地図をあてもなくさまよううちに、私はチブリアーノ・デ・ローレやドン・カルロ・ジェズアルドの曖昧な半音階主義の精神的な子孫なのだとしばしば宣言してしまうのだ。(……)

ワイマール時代の未熟な作品と、自己の立場を堅持するような強烈な集中力を発揮した《フーガの技法》との間にも、バッハは文字どおり数百のフーガを書いた。明示の有無はともかく、あらゆる楽器編成のために書き、ほとんど完璧な対位法を、実によどみない形で示している。そうした作品すべてにとって、そしてその後に現れる同じ形式の作品すべてにとって、尺度となるのが、それぞれに24の前奏曲とフーガを収めた全2巻の《平均律クラヴィーア曲集》である。驚くほど多種多様なこの作品集は、線的な継続性と、和声的な安定感との調和を成し遂げている。これはバッハが初期に徹底的に避けてきたものであると同時に、《フーガの技法》では時代錯誤的な傾向のため、本当に小さな役割しか担わされていないものである。この《平均律》でバッハが調性に示す才能は、素材と堅く結ばれており、主題と対主題の動機的な気まぐれを強調できる転調の自由に駆り立てられているように思われる。このように素材と調性を同じ次元で実現することにおいて、バッハは様式的に束縛されなかったばかりか、ほとんど一曲ごとに別個の和声を用いることができた。





いいなあこれも
フーガの技法がやっぱり一番飽きないんじゃないか
ただ最初から通して聴こうなんて気になっちゃいけない
そんなことしたら疲れてボロボロになっちまうからな

「バッハは失敗した。かれはしばらくわすれられていた。・・・(中略)・・・失敗であったというもうひとつの理由は、作品にまとまりのないことだ。<平均律クラヴィア>はたいへんムラだし、<フーガの技法>は未完成で、<ゴールドベルク変奏曲>はとても注意ぶかく計画されたが、全体をききとおすのは不可能だ。・・・(中略)・・・かれは完全な作品をつくることができずに失敗したが、それはよいことでもある。完全な作品はとじたへやのようなもので、きき手の想像力にはたらきかけない。未完成にのこすのは、全体に風をあてる窓をあけるようなもので、その方がよいのだ。」(高橋悠治『失敗者としてのバッハ』)

悠治いいこというねえ

ところでこのパルティータいつの録音なんだろ
たぶん若い頃かなんだろうけど巧いなあ






こんな録音していて代用品だと思われたら
やっぱり頭くるんだろうよ




ピアノは生活の手段だった。(……)ピアニストとみなされると、人が聞きたがるものを弾くことになる。バッハを弾いているとそればかり求められるが、日本では数十年前のグレン・グー ルドの代用品にすぎないから、弾くだけむだと最近は思うようになった。(……)

確信をもっていつも同じ演奏をくりかえす演奏家がいる。この確信は現実の音を聞くことを妨げる障害になるのではないかと思うが、感性のにぶさと同時に芸の傲慢さをしめしているのだろう。演奏が商品でありスポーツ化している時代には、演奏家の生命は短い。市場に使い捨てられない ためには、いつも成長や拡大を求められているストレスがあるのかもしれない。(高橋悠治「ピアノを弾くこと」




まいったなあこの写真
男前だねえ
エロティシズムの記憶だなあ
パルティータの演奏だぜ
性のかおりがいっぱいだよ

たとえば、古典組曲は、17世紀にイギリスで、アルマンド、クーラント、サラバンドが定番となり、フランス宮廷に輸入されたとき、ジーグが加わった。アルマンドはドイツ舞曲、クーラントはイタリー・フランス起原、サラバンドはスペイン、ジーグはイギリスのものだった。それぞれ異国の民俗舞踊を洗練したということになる。逆に言えば、外国で洗練されたものを逆輸入するのはさしつかえなかった。ジーグのように自国の先住民ケルト人に由来する「野蛮な」踊りは、宮廷では取り上げられなかった。それらはどんな踊りだったのだろうか。音楽史はほとんどそれには触れない。だが舞踊史はちがう。それは音楽のように精神性を気取ろうとしても、あまりに身体的なものだ。以下の記述はSonny Watson's StreetSwing.com による。そこには2000ページにおよぶダンスとダンサーの記録がある。

アルマンドは男女のペアが列を作って踊るもので、男が女の腰をつかまえて目がまわるほど速く回転させるのが特徴だったと言われる。クーラントは走るという意味で、3人の女を壁際に立たせ、3人の男が部屋の反対側から求愛の身ぶりで近寄るが、女たちはそっぽを向いてしまう。だが最後はいっしょになって踊りくるう。

サラバンドは、グァテマラの木製の笛の名前だったと言われる。踊り自体はイスラームからスペインに輸入されたもので、女2人、後には男女のペアによる速い踊りとなり、みだらなものとしてフェリペ二世に禁止されたこともあったが、しばらくしてフランス宮廷に登場した。しかし太り過ぎのルイ十四世が踊れるように、テンポを落とした荘重なものになったとされる。ジーグは16世紀の3弦のヴァイオリンの名前でもあった。それで伴奏される踊りは、胴を動かさず、足を急速に動かすもので、やがてフランスで大流行する。

バッハはフランス組曲、イギリス組曲、パルティータなど組曲の6曲セットを作っている。当時のドイツは、ヨーロッパの田舎だった。文化の中心パリの流行は、周辺地の音楽家の手で古典性をおびる。それらはもう踊られるためのものではなく、むしろ音楽語法を身に着けるためのモデルであり、ヨーロッパ中心の音楽世界地図でもあった。その装飾的な線の戯れにはどこか、かつての性的身ぶりの残り香がある。若いバッハは、入念に粉を振った最新の鬘をつけ、若い女を連れ、パイプをくわえて街をそぞろ歩く伊達男だったと言われる。音楽がまだ化石になっていないのも、そこにただようエロティシズムの記憶のせいかもしれない。(踊れ、もっと踊れ  高橋悠治)






※附記:作曲家の生活


雨の朝きみは武満徹を思い出している。
かれが亡くなって一月たった。
きみはかれのピアニストだった。
作曲の助手だったこともある。そこできみは
細かく書き込まれたスケッチから
映画のためのオーケストラ・スコアを作り、
楽器について、映画と音楽の関係についてまなんだ。
ながいあいだのように思っていたが、それは
ただ3年ほどの、しかし密度のある時間だった。
それからかれの友人となり、つぎに批判者となった。
そのことでかれはきずついた。
だが、きみとちがって、かれは
きみのことを悪くいうことはなかった。
きみは別な道を行った。
しばらく会うこともなかった。
何年もたって、ある町でかれの楽譜が売られていた。
崇拝者の列が、かれのサインを待っていた。
きみは、昔きみのために書かれた曲の楽譜を買って
列に加わった。
冗談のつもりだったが、あれは冗談だったのか。
そしてまた友人となり、十年がすぎた。

しばらくかれの姿を見なかった。
病気といううわさだった。
ひとに会わないようにしているのだと思って
たずねることもしなかったが、
きみは何にこだわっていたのか。
そのあいだに季節はめぐり、きみは
友人を二度うしなうことになった。

記憶はもろいものだ。
かれとはじめて話したのは嵐の夜だった。
台風で電車が止まり、古い旅館に泊まった。
やかましい雨の音のなかで、何を話したのか。
かれの娘が生まれた夜も、きみはかれの家に泊まっていた。
知らせを待ちながら、何を話したのか。
ことばは浮かんでこない。
ありありと感じられるのは、かれの声の響だけだ。
かれを思い出すとき、かれの音楽は響いてこない。

半年以上たってるのに
再生回数400程度じゃないか
最近の若いのは悠治なんて興味ないのかねえ






2014年4月3日木曜日

バッハ平均律17番とシューマンOP.72

Jill Crossland、--といっても初めて聴くのだがーーのバッハの平均律十七番変イ長調BWV862。




ーー実はこちらを先に聴いて、どんなピアニストなのかと調べてみたら、バッハ弾きとのこと→Rameau - Jill Crossland (2012) Various clavier works

冒頭のラモー「鳥のさえずり」はギレリスの至高の演奏がよく知られているがーーというかほとんどそれしか知らなかったがーー、10 great pianists perform Rameau, Le Rappel des oiseauxの比較などというものもある。誰が演奏しているかが書かれていないところがなかなかよい。

連中は何もいうことがないので、名前だけでものをいうのです。テレビは、対話というか、そうした話題をめぐって話をする能力を確かに高めはしました。だが、見る能力、聴く能力の進歩に関しては何ももたらしていない。私が『リア王』にクレジット・タイトルをつけなかったのはそのこととも関係を持っています。

ふと、知らないメロディを聞いて、ああ、これは何だろうと惹きつけられることがあるでしょう。それと同じように、美しい映像に惹きつけられて、ああ、これは何だろうと人びとに思ってもらえるような映画を作ってみたいのです。しかし、名前がわからないということは人を不安におとしいれます。新聞やテレビも、一年間ぐらい絶対に固有名を使わず、たんに、彼、彼女、彼らという主語で事件を語ってみるといい。人びとは名前を発音できないために不安にもなるでしょうが、題名も作曲者もわからないメロディにふと惹きつけられるように、事件に対して別の接し方ができるかもしれません。

いま、人びとは驚くほど馬鹿になっています。彼らにわからないことを説明するにはものすごく時間がかかる。だから、生活のリズムもきわめてゆっくりしたものになっていきます。しかし、いまの私には、他人の悪口をいうことは許されません。ますます孤立して映画が撮れなくなってしまうからです。馬鹿馬鹿しいことを笑うにしても、最低二人の人間は必要でしょう(笑)。(ゴダール「憎しみの時代は終り、愛の時代が始まったと確信したい」(1987年8月15日、於スイス・ロール村――蓮實重彦インタヴュー集『光をめぐって』所収)

(10名のピアニスト名は、コメント欄にほかの人が演奏者名を書いているので、安心して聴きたまえ!)



さて寄り道はやめて平均律に戻り、リヒテルのフーガだけ聴いてみよう。






そして、シューマンOP 72のフーガ(一曲目)。リヒテルの演奏もあるが、ここでは楽譜付きのイェルク・デムスの演奏で(この時期シューマンはバッハにことさら惚れこんでいたらしい)。






《あらゆる『創造』の九九パーセントは、音楽であれ思想であれ、模倣だ。窃盗、多かれ少なかれ意識して。》(ニーチェ遺稿)










2014年3月27日木曜日

主よ深きふちの底より

主よ深きふちの底より」--マルティン・ルターが1523年に作詞作曲し、ルターの協力者ヨハン・ワルターが1524年に編曲したコラール。ヨハン・ゼバスティアン・バッハの教会カンタータBWV38「深き悩みの淵より、われ汝に呼ばわる」に取り入れられている。オルガンBWV686、BWV687。

ーーということは知らなかった。


クルターグ・ジェルジュ(Kurtág György)編曲(ジェルジュ夫妻演奏)





◆Aus tiefer Not schrei ich zu dir BWV 687 (G. Leonhard)




◆BWV 38 "Aus tiefer Not schrei ich zu Dir" (Nikolaus Harnoncourt)



ーー最初の合唱は、カール・リヒターの指揮のものは(今のわたくしには)ちょっといけない(CDはこれしかなく、長い間これしか聴いていなかったのだが。もっともいまだ第五曲の魅惑はリヒターにある)。

ヘレヴェッヘ指揮の合唱も捨てがたい。というか何度も聴けば、アーノンクールの清澄な合唱よりもこの沈潜した歌声に魅されるようになるのは、実は今から分かっている。アーノンクールのボーイソプラノ好みは、初回の印象の快さあるにしろ、飽きが早く来てしまうのだ。



◆Mendelssohn & Brahms Sacred Motets - Aus Tiefer Noth Schrei'ich Zu Dir Op. 23 #1




…………


クルターグ・ジェルジュの編曲が、いまのわたくしには限りなく美しく聴こえる、そして夫妻の演奏が。「深きふちの底より」より湧き上がる老夫妻の輝く歌声。





ーー途中でクルターグが笑みを浮かべつつも奥さんになにか囁こうとする、なにを言ったのだろう…急がないで、もう少しゆっくり! などとは彼はけっしていわないだろう…「メモ:クルターグ・ジェルジュ(Kurtág György)」に貼り付けた別のリサイタル(0.21.55と1.22.30と二回演奏される)ではもうすこしテンポが遅いように感じないでもない(とくにフレーズの入り方)。だが、こういったオシドリ夫婦にいったん愛着をもってしまえば、どんな演奏をされても好感を抱いてしまうところが、わたくしにはある。


もっとも、このBWV106は、ついこの間まで、エミール・ナウモフEmile Naoumoffの編曲演奏ばかり聴いていたせいで、彼の演奏のテンポ感に引き摺られているのかもしれない。






…………


少年期のロマンティシズムによる「深いふちの底より」のヴァリエーション。

ぼくは見ることを学んでいる。どういうものか、見るものすべてがいっそう深くぼくの内部へはいり込んで来て、いつもおしまいになるところへ来てもいっこうに止まろうとしない。ぼくの内部には、自分でもわからない深い淵があるらしい。今はすべてがそこへ向けて落ちて行く。そこで何が起こっているのか、ぼくは知らない。(リルケ『マルテの手記』)





低く降りてゆけ、ひたすら降りて
永遠なる孤独な世界
世界ではない世界、まさしく世界でないものに向かってゆけ
内部の闇、……(T.S.エリオット『四つの四重奏』千葉文夫訳)

それは認知しがたいほどかすかな裂目である。空間と時間との裂目である。このかすかに見える割れ目をこえて一方から他方に行くのに一人の人間の全生涯を必要とするのである。あるいはそれ以上のものが必要なのだとさえ言いたい。あるいは一人の人間の生涯とはそういうものなのだと定義できるのかも知れない。この裂目を歩み出すと、それが限りなく幅の広い、深い淵なのだということに気がつくだろう。(森有正『定義集』




奇態な両義性ということについていえば、メキシコの広大な空のもと微光が瀰漫しているところへ、しだいに赤っぽい粉のような気配がただよいはじめて、そしてついに日が昏れるまでの、長い長い時間、僕は決して当の時間の進行のゆったりさ加減に苛立つことはなかった。時間の汐溜りのなかに、プランクトンさながら漂っている気分だったわけだ。ヒカリが障害を持って生まれて以来、自分とかれの情動のどこかが癒着しているようにしてずっと生きて来たのに、ヒカリのこともその弟妹のことも、かれらの母親のこともまた、まったく考えず一日を終えたことに気がついたりしていた。むしろ僕は、四国の森のなかの谷間ですごした子供の時分に、長い時のゆっくりした進行をいささかも苦にせず、底の深い淵にでもひたっているような気持だった時期の、その再現を経験している思いでもあったのである。(大江健三郎『懐かしい年への手紙』)






鳩歩む この静かな屋根は
松と墓の間(ま)に脈打って
真昼の海は正に焔。
海、常にあらたまる海!
一筋の思ひの後のこの報ひ、
神々の静けさへの長い眺め

細かな燦めきの清らかな働きが
見えぬ飛沫(しぶき)のダイヤを費ひ(つかい)尽くし、
何たる平和のはらまるるかに見ゆることよ!
一つの陽の影が深い淵の上に休らふ時
「永遠の動因」の純粋な所産――
「時」は輝き、「夢」はただちに「知」! (ヴァレリー「海辺の墓地」中井久夫訳)







ーーもちろんDinu Lipattiの名演や、あるいはNikolayevaの深い淵の底で吃るような演奏があるのを知らないわけではない。だがたまに異なった演奏で聴いてみようではないか。Vladimir HorowitzEdwin Fischerのものだってある。

Peter Profant? 初耳だな、この名前。えっ? 高音が甘美になりすぎるだって? でも少年のころだったら惚れただろう…Jacqueline du PréのBWV564を想い出すな…







2014年2月16日日曜日

バッハカンタータBWV12 第一曲、第二曲

◆第一曲シンフォニア




エミール・ナウモフ 編曲演奏(第一、二曲)




※BWV12第二曲→ バッハカンタータBWV12とヴィヴァルディPiango, gemo, sospiro e peno


◆リスト編曲第二曲(ホロビッツ演奏)






…………

◆ナウモフ編曲(フォーレ弦楽四重奏曲OP.121 アンダンテ)




◆OP.121 アンダンテ(演奏カルテット名不明)






◆プルーストの「囚われの女」より

……この音楽のなかで、くらがりにうごめくはっきりしない幼虫のように目につかなかったいくつかの楽節が、いまはまぶしいばかりにあかるい建造物になっていた。そのなかのある楽節はうちとけた女の友人たちにそっくりだった、はじめはそういう女たちに似ていることが私にはほとんど見わけられなかった、せいぜいみにくい女たちのようにしか見えなかった、ところが、たとえば最初虫の好かなかった相手でも、いったん気持が通じたとなると、思いも設けなかった友人を発見したような気にわれわれがなる、そんな相手に似ているのであった。





2014年2月5日水曜日

ああ、ツマンネエ!

左膝が張れてきた
一週間ぐらいかかりそうだ
食事も二階の書斎兼寝室に運んでもらう
寝ころがって音楽を聴きつづける
ああ、ツマンネエ!
フォレやショパンは飽きた
ベートーヴェンやモーツアルトなんて
とっくの昔からウンザリだ
シューベルトやシューマンも飽きた




読めば読むほどよいかというと、これにも限度がある。文章というものにはすべて、一定時間内にある程度以上の回数を反復して読書すると「意味飽和」という心理現象が起こる。つまり、いかにすばらしい詩も散文もしらじらしい無意味・無感動の音の列になってしまう。これはむしろ生理学的現象である。音楽で早く知られた現象である。詩というものは一定時間内には有限の回数しか読めない。つまり詩との出会いはいくらかは一期一会である。それだけではない。無意味化するよりも先に、その詩人の毒のようなものが読む者の中に溜まってきて、耐えられなくなる。ヴァレリー詩の翻訳の際に、彼のフランス語の「イディオシンクラシー」(医学でいえばまさに体質的特異性!)が私の中で煮詰まってきて、生理的な不快感となった時期があった。(中井久夫「訳詩の生理学」 『アリアドネからの糸』所収)

グールドだって「意味飽和」だ
めったに聴かない
単純な曲だけがすくいだ




グールドのCD版なんてのもウンザリだ


◆ブルーノ・モンサンジョンとの An Art of the Fugue DVD版より(おそらく1979年製作)




◆CD版(1964年録音)





…………

グールド1957年モスクワ・ライヴ録音シンフォニア(ここではハ長調は演奏されていない)。





彼のスタジオ擁護論は、同一楽曲をコンサート録音で聴く人間を納得させるにはいたらない。一九五九年八月二十五日ザルツブルグでの<ゴールドベルク変奏曲>、一九五七年五月十二日モスクワで演奏されたベルクのピアノ・ソナタ、あるいは一九五八年六月十日ストックホルムで演奏された同じ曲、ストックホルムでのベートーヴェンのピアノ・ソナタ作品110などはスタジオ録音によるそれらの姉妹よりもはるかに美しい。

スタジオ録音が絶対的にすぐれているとするグールドの主張は間違っていた。ストックホルムでのピアノ・ソナタ作品110の実況録音には厚みがある。時間に対してどこか緊張したところ、なにか奪われたもの、最後のシカゴ・コンサートで同じ曲目の演奏がどのようなものだったかを想像させるに足るなにかが存在する。時間の切迫が動作を鋭くし思考の速度をはやめるチェスの勝負のように、ある種の絶対的必然性があるのだ。スタジオの場合、時間はじゅうぶんにある。あらゆる方向で時間をたどりなおすことができる。自由だともいえるが、それなりの代価を払わねばならない。

同じようにグールドはつねに同一例をもちいてコンサート演奏が外面的なものに終わる点を批判する。バッハの<パルティータ>第五番の例であり、この曲は一九五七年にソ連各地で彼が演奏し、その年の夏の終りに帰国して録音されたものだ。彼の主張によれば、<パルティータ>の録音のなかでこの曲が一番ひどい出来であり、「ことさらピアニスティックで」あり、「バッハではなくリスト編曲のバッハ」だというのだ。

欠点はまさにコンサートが演奏におよぼす変形作用によるものだった。カデンツァはあまりにも奔放であり、元の楽譜にフレーズとパラグラフの切れ目をたどれないほどであり、強弱の急速な変化、クレッシェンドとデクレッシェンドが演奏に「侵入」している。というのも「チャイコフスキー・ホール二階のバルコニー席まで音楽を届かせる」必要があったからだ。たしかに演奏は場所によって変化するわけであり、たとえばホロビッツは彼のピアノのテクニックの大部分(ことにペダルの使用法)は大ホールでの演奏の必要から生み出されたものだとみずから認めている。

しかしながらグールドがマイクに托したこの二種類の演奏を数小節ばかり聞きくらべてみると呆然とせざるをえない。たしかに「冷たい」ヴァージョンでは構造がよりはっきりと浮き彫りにされている。だが、「実況録音」ヴァージョンでは息づかい、時間の呼び声、不可抗力などによって独特の緊迫した感じが生まれている。(ミシェル・シュネデール『グレン・グールド 孤独のアリア』)
…………

【三種類のパルティータ五番】


◆1957年ライブ録音




◆1954年トロントラジオ放送(it's a radio broadcast, June 7, 1954 - "Distinguished Artists". CBC)





◆1957年12月、ニューヨークスタジオ録音