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2013年7月19日金曜日

アベノミクスと日本経済の形を決めるビジョン

【国債残高】


しばしば「国債残高は、1000兆円目前である」と語られる。


だが、次の図では、750兆円だ。(2013年度予算案・国債残高と利払い費 2013年1月ーー以下とくに断らない場合の図表は、このリンク先からの転載)



現在の残高が1000兆円といわれるとき、「国債及び借入金並びに政府保証債務」のことであって、つまりは国債残高ではなく政府債務の総計なのであり、それであるならば、トータルで1000兆円近く(2012年12月末997兆円)ということになる。

そして下記のように書かれるとき、国債残高は、借入金や政府保証債務を除いて語られているが、それにもかかわらず、21年度末には、1000兆円を超えるということのようだ。(消費税を10パーセント上げての試算)。(2011年1月27日 読売新聞


試算によると、国債残高(復興債を除く)は12年度末の696兆円から21年度末には311兆円増の1007兆円に達する見通し。利払い費も12年度の10兆円から21年度には20.7兆円にまで増える。経済成長率は1%台半ば、長期金利(新発10年物国債利回り)は現在より高い2%程度と仮定している。

消費税率を5%上げるのに伴って税収は15年度には12年度よりも約10.5兆円増える。これにより税外収入なども含めた収入は15年度に56兆円に増える。

 ところが社会保障費や地方交付税など政策的な経費は12年度の68.4兆円から15年度には73.9兆円まで増える。国債も毎年40兆円以上の新規発行で残高が積み上がるため、利払い費に国債の償還費などを足した国債費は12年度の21.9兆円から、15年度には27.5兆円に増えることになる。

【税収と支出】

上の文には、消費税率を5%増にともなって、「税収は15年度には12年度よりも約10.5兆円増える」、とある。現状、税収のトータルはどれほどか。


13年度に、税収が43兆円程度あったものから、消費税を5→10%にして、15年度には、10兆円ほど増えるということになる。歳出の93兆円超に届くためには、消費税だけでは20%になってもまだ足らない(単年度赤字のまま)。5%あげて10兆円の増収なのだから、40兆円の差(93-43-10=40)をまかなうためには、あと20%、つまり消費税を30%にしなければならない(もちろん消費税を上げたら買い控えがおこって実際にはそんな具合にはいかないとか、逆に、歳出の削減もあるだろし、景気回復に伴った税収増などは考慮に入れない話である)。



ところで、歳入と歳出の構成はこんな具合である。




この図から、歳出の削減のためには、まずは社会保障費29兆円と国債費22兆円に注目せざるをえないだろう(国債費内訳については、財務省平成25年度国債費概算額の内訳を参照)。アベノミクスの一環として「日銀による巨額の国債買入」の政策をとる政府・日銀が、長期金利の上昇に神経質になるのは当然である。



【アベノミクスと長期金利上昇の懸念】

今春からの長期金利 上昇が政府の国債利払い費を来年度3000億円以上押し上げる可能性がある。利払い費のための国債増発という財政悪化の悪循環に陥りかねず、日本銀行の黒田東彦総裁も長期金利の過度の変動に注意を払っている。(黒田総裁、長期金利抑制へ-国債利払い増大の懸念
──異次元緩和後の金利動向をどうみているか。

「金利に対しては2つの違う働きの効果が働いている。国債を大量に買い入れたため、名目金利やリスクプレミアムは下がる。一方、予想インフレ率が上がることで名目金利が上昇する要素もある。金融政策の結果、予想インフレ率が上昇し、実質金利が下がっているかどうかが一番大事だ。そうでなければ株や為替、実体経済に対する影響が出てこない。(現在の実質金利は)BEIでみるとマイナスだ」(岩田日銀副総裁インタビューの一問一答

このあたりのことは、池尾和人氏の説明がわかりやすい。

「日銀が大量の国債を買い取ることで、これまで民間部門が保有していた国債が減るために、国債の需給が引き締まり、長期国債の利回りは低下する要因となるはず。一方で他の資産市場にシフトして国債市場から離脱する市場参加者の方が多ければ、かえって需給が緩み、結局利回りは下がらない。何らかのストレスが市場に発生することで、財政に伝播してしまうリスクや、金利上昇の際のリスクが大きくなったともいえる」と不安を示す。

ただし「何が起こるかは、民間金融機関の行動次第だ。買えるだけの国債は買った上で買えない部分だけ外債投資に移すのか、あるいは、国債市場から離脱して他の投資先を本格的に求めていくのかによって、生じる結果も変わる。確定的なことはわからない」として、今後の市場の動きを見極める必要性を指摘する。

さらに大きなリスクとみているのは、デフレから脱却して景気が回復すれば、金利が上昇し、利払い負担が膨らむこと。「これまでは、デフレのもとで財政が奇妙な安定を保ってきたが、デフレから脱却して金利が上昇すると、財政の安定が崩れるというリスクがある。その際、成長率上昇による税収増と利払い費の比較になる。税収に比べて利払いが大きくなっているので、成長率が1%上がった場合、金利も1%上がると、税収増より利払い増が大きくなり、資金繰りが苦しくなる」というものだ。

そのうえで、デフレ脱却を目指す以上、財政リスクへの備えが欠かせないと指摘。「これだけの公的債務を抱えている国の首相が、金利上昇方向の政策を推進し、大胆な緩和策をとる以上は、それに見合った財政のコンティンジェンシープランが必要だ」と強調する。(インタビュー:利払い負担で資金繰り苦しく、財政不安定化も=池尾教授

後半箇所の「大きなリスク」をめぐっては、池尾氏は、アベノミクス以前、リフレ談義が巷間で賑わったころより(あるいはそれ以前から)、再三同じようなことを主張し続けている(参照:「財政破綻」、「ハイパーインフレ」関連)。


ここでは野村総研の大崎貞和氏との対談(「経済再生 の鍵は 不確実性の解消 」 野村総合研究所 金融ITイノベーション研究部 ©2011 Nomura Research Institute, Ltd. )よりひとつだけ抜き出しておく。http://www.nri.co.jp/opinion/kinyu_itf/2011/pdf/itf_201111_2.pdf
デフレから脱却しなければいけないのだけれども、そのプロセスについてはかなり慎重に考えなければいけません。

 インフレになれば債務者が得をして債権者が損をするという感覚があります。しかしそれは、例えば年収と住宅ローンのように、所得1に対して抱えている負債がせいぜい2、3ぐらいのときの話です。

 日本の置かれている状況は、 一般会計の税収40兆円ぐらいに対し、 グロスで1,000兆円ぐらいの政府債務があるわけです。 そうすると、 1対25です。 景気がよくなって税収が増えたとしても、 利払いの増加のほうがその上をいく構造になっています。 ですから、 景気が好転するときが一番用心すべきときになります。

 デフレ脱却を叫ぶのであれば、デフレを脱却しても困らない体制をつくる必要があります。所得税の累進構造をもう少し高めるのも一つですし、景気が回復に向かった際、ある種の増税措置を速やかに発動できる体制をつくるのも一つです。要するに、そこまで日本の財政問題は困難化しているわけです。

 やはり政治にちゃんと機能してもらわないと絶対よくなりません。財務省や日本銀行に責任を丸投げしている場合ではありません。


【消費税増と社会保障費削減】


ところで、2012/1/30の時点で、財務省は、次のような試算をしている。

消費税率を15年10月に10%に引き上げても国債残高は21年度末に1000兆円を超えるまで増え続け、21年度の国債の利払い費は20兆円へと倍増する見込みだ。先進国で日本の債務残高が突出している状態は変わらず、社会保障費の抑制など歳出削減が急務であることが改めてわかった。(……)

試算によると、国債残高(復興債を除く)は12年度末の696兆円から21年度末には311兆円増の1007兆円に達する見通し。利払い費も12年度の10兆円から21年度には20.7兆円にまで増える。経済成長率は1%台半ば、長期金利(新発10年物国債利回り)は現在より高い2%程度と仮定している。

消費税率を5%上げるのに伴って税収は15年度には12年度よりも約10.5兆円増える。これにより税外収入なども含めた収入は15年度に56兆円に増える。

ところが社会保障費や地方交付税など政策的な経費は12年度の68.4兆円から15年度には73.9兆円まで増える。国債も毎年40兆円以上の新規発行で残高が積み上がるため、利払い費に国債の償還費などを足した国債費は12年度の21.9兆円から、15年度には27.5兆円に増えることになる。

ーーこうやって、財政再建のためには、社会保障費の削減が鍵と語られることになる(あわせて消費税増)。


ところで、13年度予算案を家計にたとえた図がある。




月収とへそくり40万円の収入の家庭において、社会保障費が24万円、ローン返済が18万円、つまりこの二つを合わせて42万円の支出となり、収入を超えてしまう。これが国家の財政状況だ。



【日本の岐路】

日本を代表するケインジアンのひとり、岩井克人は『月刊マスコミ市民』2012年7月号にて、次のように語っているそうだ(要約)。

1.日本国債が国内で消化されているから心配ない論は誤り。日本経済の状況が悪いことの裏返しである。

2.消費税問題は、日本経済の形を決めるビジョンの問題。北欧型=高賃金、高福祉、高生産性か。英米型=低賃金、自助努力、労働者の生産性期待せずか。日本は岐路にある。

3.日銀のデフレ対策は臆病。インフレターゲット論を明確に打ち出すべし。

4.デフレをめぐり世代間の対立の発生。社会保障による所得再分配で若者を優遇し、子供を生めるようにすべきだ。

5.日本のリベラルは増税と財政規模拡大に反対する。世界にない現象で不思議だ。高齢化という条件を選び取った財政拡大を。

6.所得不平等への対処。日本の所得再分配は遅れている。厚い社会保障による再分配が世界の動き。

7.資本主義以外に選択肢はない。資本主義を守るには自由放任主義を捨てるしかない。

8.民主党のマニフェストは社会保障重視だったが、国民の負担を語るのを避けた。負担はパイを増やすための生産性向上についての方策が要る。その視点の欠落が現在の混乱を呼んだ。

岩井克人は、現在の日銀のあたらしい施策については肯定的な捉え方をしている(期待が根拠、それがお金 経済学者の岩井・東大名誉教授)。

――アベノミクスでも期待に働きかけることが注目されています。お金の価値を下げることを意味するインフレは、緩やかな限り「よいこと」とされている意味とは? 

「資本主義とは、お金があるがアイデアはない人が、アイデアはあるがお金がない人にお金を貸すことによって、アイデアを現実化していくシステムです。デフレの時は、お金を持っているだけで得する。人々はお金それ自体に投機し、貸し渋りが起こった。インフレの期待は、人々をお金それ自体への投機から、アイデアに対する投機、さらにはモノに対する投資に向かわせるのです」

 「そういう意味で『期待』によって、お金がお金になるだけではなく、経済そのものに大きな影響を与える。経済政策を巡って『期待だけで実体が伴っていない』と言われますが、貨幣を伴う経済にとって、期待とは本質そのものとすら言えます」(聞き手・高久潤)

この「貨幣を伴う経済にとって、期待とは本質そのものとすら言えます」をめぐっては、「ケインズの「美人投票」理論  (岩井克人)」を参照。


【デフレとインフレ、あるいはハイパーインフレ】

上記のリンク先に、《貨幣にかんするパニックとは、逆に、貨幣の価値を人びとが疑い始めることである。はやく貨幣を手離してモノに換えようとすることが、インフレに火を付け、貨幣価値を下げてしまうという悪循環を生み出す。さらなるインフレが予想されると、「貨幣からの遁走」が始まってしまう。その極限状態が、誰も貨幣を貨幣として受け入れず、物々交換に戻ってしまうハイパーインフレなのである。》とあるように、岩井克人はハイパーインフレをおそれていないわけではない。


だが、デフレはすべて悪であるが、インフレはすべて善ではない。それは、さらなるインフレを予想させてインフレをさらに強めるという悪循環に転化する可能性を常に秘めている。その行き着く先であるハイパーインフレこそ、貨幣の存立構造それ自体を崩壊させる最悪の事態である。
 好況は多数の人が永続することを願っている。その多数の声に逆らって、善きインフレが最悪のハイパーインフレに転化するのを未然に防ぐ政策を実行すること、それが中央銀行の独立性の真の理由である。しかし、その心配をするのはまだ早い。いまはインフレ基調の確立により総需要が刺激され、日本経済が長期にわたる停滞から解放されることを切に望むだけである。

※吉川洋(東京大学教授)などの異なった角度からの指摘のまとめ(見たいものを見る岩田日銀副総裁


さて、ここでは、《善きインフレが最悪のハイパーインフレに転化するのを未然に防ぐ政策を実行すること》を中央銀行に「期待」して、それ以外に、岩井克人の主張による今の現状での政策的な課題として、<主な問題提起>で上げられた、二番目の「消費税」、五番目の「増税と財政規模拡大」にもう一度注目してみよう。

日本経済の形を決めるビジョンの問題。北欧型=高賃金、高福祉、高生産性か。英米型=低賃金、自助努力、労働者の生産性期待せずか。日本は岐路にある。》

《日本のリベラルは増税と財政規模拡大に反対する。世界にない現象で不思議だ。高齢化という条件を選び取った財政拡大を》


ーーこれらは、現在の日銀の施策が上手くいっても、避けられるものではない。


※参照:付加価値税率(標準税率)の国際比較



【過剰な債務の解決策】

ジャック・アタリーー「国家債務がソブリンリスク(政府債務の信認危機)になるのは物理的現象である」とし、「過剰な公的債務に対する解決策は今も昔も8つしかない」。すなわち、増税、歳出削減、経済成長、低金利、インフレ、戦争、外資導入、そしてデフォルトである。そして、「これら8つの戦略は、時と場合に応じてすべて利用されてきたし、これからも利用されるだろう」。

社会保障費削減や消費税増を否認しつづけるならば(ラカン派文脈では「わかっているが、それでも……」というフェティシズム的否認の態度という)、そして《英米型=低賃金、自助努力、労働者の生産性期待せず》をも拒絶するならば(実際には既にそうなりつつあるといってよいのかもしれない)、アタリ氏のいう選択肢のなかで残されており実現性のあるものは、そう多くはない。



※附記:(資本主義と倫理について ―世界経済危機を契機に「第 5 話 企業家精神―シュンペーター『経済発展の理論』」.―財務総合政策研究所研究部長 田中 修 www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f03_2009_11.pdfから上にあげた吉川洋東京大学教授がシュンペーターを引きつつ語っている箇所を抜き出しておく。
一人っ子家庭が増加するにつれ、若者たちは 「結局は年老いてからひどい扱いを受け、蔑ま れることになるのに、若い時分に自分の望みを 押さえ生活を窮乏にしなければならない理由が どこにあろうか」と考えはじめる。また「なに よりも女房と子供のために働きかつ貯蓄せん」 という動機は失われ、個人主義的功利主義が支 配するようになり、人々は「ただ将来のために 働くことを命ずる資本主義的倫理をも喪失する に至る」とする。吉川は、 「シュンペーターによれば、優良な 投資機会が少なくなるということで資本主義は滅びはしない。それは家族の変容を伴いながら 企業家精神が喪失されることにより自壊するのである」と結論づけている。

※補遺:アベノミクスの博打


…………

※追記(2014.3.22):「アメリカがアベノミクスに味方する理由〔2〕 - 岩井克人」より

これまで日本は、GDP比200%以上という巨額の債務残高にもかかわらず、長期金利がほとんど上がらなかった。その理由は、失われた20年で良い融資先を失った日本国内の金融機関が国債を保有していることもあるが、同時に「消費税率を上げる余地がある」と市場から見られていたことも大きい。社会保障を重視する欧州では20%を超える消費税が当たり前なのに、日本はわずか5%。いざ財政破綻の危機に瀕したら、いくら何でも日本政府は消費増税で対応すると考えられてきたのだ。

 消費増税は、もちろん短期的には消費に対してマイナスだろうが、法人税減税などと組み合わせれば、インパクトを最小限に抑えることができる。重要な点は、消費増税によって財政規律に対する信頼を回復させ、長期金利を抑制することだ。実際、消費増税の実施が決定的となった昨年9月には、長期金利は低下した。

現在、2015年に消費税率を10%に上げることの是非が議論されているが、私は毎年1兆円規模で肥大するといわれる社会保障費の問題を考えても、10%への増税は不可避であり、将来的にはそれでも足りないと思っている。むしろ、アベノミクスの成功に安心して10%への増税が見送りになったときこそ、長期金利が高騰し、景気の腰折れを招くことになるだろう。

このような議論をすると、「1997年に消費税を3%から5%へ引き上げたあと、日本経済は不況に陥ったのではないか」との反論が上がる。しかし当時の景気減退は、バブル崩壊後の不良債権処理が住専問題騒動で遅れ、日本が金融危機になったことが主因である。山一證券や北海道拓殖銀行の破綻は、小さな規模のリーマン・ショックだったのである。

また、「消費税は弱者に厳しい税だ」という声も多い。だが、消費額に応じて負担するという意味での公平性があり、富裕層も多い引退世代からも徴収するという意味で世代間の公平性もある。たしかに所得税は累進性をもつが、一方で、「トーゴーサン(10・5・3)」という言葉があるように、自営業者や農林水産業者などの所得の捕捉率が低いという問題も忘れてはいけない。