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2014年10月27日月曜日

ギリシャ人を装うこと

・・・おお、このギリシア人たち! ギリシア人たちは、生きるすべをよくわきまえていた。生きるためには、思いきって表面に、皺に、皮膚に、踏みとどまることが必要だった。仮象を崇めること、ものの形や音調や言葉を、仮象のオリュンポス全山を信ずることが、必要だったのだ! このギリシア人たちは表面的であった。深みからして! そして、わたしたちはまさにその地点へと立ち返るのではないか、--わたしたち精神の命知らず者、わたしたち現在の思想の最高かつ最危険の絶頂に攀じのぼってそこから四方を展望した者、そこから下方を見下ろした者は? まさにこの点でわたしたちはーーギリシア人ではないのか? ものの形の、音調の、言葉の崇め人ではないのか? まさにこのゆえにーー芸術家なのではないか。(ニーチェ KSA 3,S.352ーー『幻影の哲学者ニーチェ』山口誠一からの孫引きーー聖者と道化、あるいはニーチェとラカン

さて、ギリシヤ人になることとは、どういうことであろうか、ギリシア人の仮面を被ってみるということは? 《ふと何ごとかが起こりそうな気配を察知し、到来すべき「シーニュ」の予兆に身をまかせ》ることと蓮實重彦は書くが、これはすぐさま器官なき身体、蜘蛛になることを想起させもする。にもかかわらず、この仮面をかぶった元東大総長は、その同じドゥルーズ追悼文にて次のようにも言っている。

プラトン的でないものにプラトンを「接ぎ木」することを選び、哲学史を放棄すること。それがドゥルーズの一貫した姿勢であることは、ギリシャ哲学を深くきわめたことのない者の目にも明らかである。にもかかわらず、その事実があっさり無視され、「リゾーム」や「器官なき思考」、あるいは「戦争機械」だの「遊牧論」だの「襞」だのといった言葉ばかりで彼の思考が語られがちなのは、いったいどうしてなのか。人びとは、ドゥルーズに欺かれているのだろうか。そうではない。彼の思考の中に「一気に身をおく」ことだけが必要とされていながら、誰もがその身振りを自粛してしまうのだ。

おわかりだろうか、接ぎ木の姿勢を。その刻限をーー、《この小径は地獄へゆく昔の道/プロセルピナを生垣の割目からみる/偉大なたかまるしりをつき出して/接木している》(西脇順三郎)




もちろん巧みに接ぎ木をするには、「神々しいトカゲ」の舌のゆらめく閃光の刻限、「一瞬よりはいくらか長く続く間」、それなりの準備をする必要があるのはよく知られている。

《まだこの坂をのぼらなければならない/とつぜん夏が背中をすきとおした/石垣の間からとかげが/赤い舌をペロペロと出している》(西脇順三郎)




「ただ この子の花弁がもうちょっと/まくれ上がってたりら いうことはないんだがね」(ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』)

ジョルジョ・アガンベンによると、狂宴(サバト)のただなかにサタンの肛門に接吻をしたと審問官に訴えられた魔女たちは、「そこにも顔があるから」と応えたそうだ。

ところで、〈あなた〉がいくら謹厳居士であろうとも、いまどきこの程度の画像貼り付けるだけで、《驚愕した陶器の顔の母親の口が/赭い泥の太陽を沈めた》(吉岡実)ーーなどというたぐいの人物ではあるまい。母親が驚愕したのは《子供の臀に蕪を供え》られたせいであるが、それさえいまでは陳腐化してしまった。

そもそもひとは現役まっさかりなら、こんなものは貼り付けはしない。蕪の硬質さがめっきりおとろえた初老の男が玩味するたぐいのものである。わたくしにあるものは「距離のパトス」である。

ほしいままにエロスの中に浸りえ、その世界の光源氏であった男はそもそも詩を書かないのではないか。彼のエロス詩には対象との距離意識、ほとんどニーチェが「距離のパトス」と呼んだものがあって、それが彼のエロス詩の硬質な魅力を作っているのではないだろうか。(中井久夫「カヴァフィス論」)

で、何の話だったか。そう、器官なき身体の話である。器官なき身体やら蜘蛛やらをぐたぐた論じるのではなく、蜘蛛になること、蜘蛛の巣に一気に身をおくこと、《生きるためには、思いきって表面に、皺に、皮膚に、踏みとどまること》。それが〈あなた〉に求められることだ。

しかし、器官のない身体とは何であろうか。クモもまた、何も見ず、何も知覚せず、何も記憶していない、クモはただその巣のはしのところにいて、強度を持った波動のかたちで彼の身体に伝わって来る最も小さな振動をも受けとめ、その振動を感じて必要な場所へと飛ぶように急ぐ。眼も鼻も口もないクモは、ただシーニュに対してだけ反応し、その身体を波動のように横切って、えものに襲いかからせる最小のシーニュがその内部に到達する。(……)そのたびごとに、或る性質を持ったシーニュに対する器官のない身体の包括的で強度は反作用として存在する無意志的な感受性、無意志的な記憶作用、無意志的な思考。『失われた時を求めて』の粘着性のある糸にひっかかる小さな箱のそれぞれをなかば開けるか閉じるために動くのは、この身体=巣=クモである。語り手の奇妙な可塑性。……(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』「狂気の現存と機能――クモーー」の章)

とはいえ、蓮實重彦が《ものの形の、音調の、言葉の崇め人》、恩寵=音調のひとであるかどうかは、議論の余地があるだろう。が、彼の文章は、巷間に輩出する解釈のみに汲々とするのみの「誠実で真摯な」論文とは異質の言葉で成り立っていることは間違いない。

《知の領域における父性原理の権化ともいうべき論文形式、後年のバルトは終始痛烈な異議申し立てをおこなった。後年のバルトにとって、論文形式は「戯画」であり、「ファルス」なのである。》(花輪光『ロマネスクの作家 ロラン・バルト』)

ギリシャ人を装うことーーあえて「ギリシャ的」であることーーでドゥルーズの思考がまとうことになる豊かな拡がりがどんなものか、(……)だが、その豊かさ、哲学者としての彼が、ギリシャ人たちの思考をそっくり自分のものとしていたが故に可能になったものと理解してはなるまい。

たとえば、ヘーゲルもハイデッガーも、その時代のその土地にはぐくまれた思考に深く通じていたし、哲学の誕生とギリシャとの関係にも充分すぎるほど意識的だった。だが、ギリシャに投げかける視線を彼らと共有しあう意志などこれっぽちもないと『哲学とは何か』のドゥルーズはきっぱり宣言する。何かにつけて、ギリシャ哲学の起源を求めずにはいられない精神というものが、彼には我慢ならないのである。

(……)ギリシャ哲学との関係は、ドゥルーズにとって、「歴史としてというより、生成として、……本性においてというよりはむしろ恩寵として」考えられねばならない。そう口にする言表の主体が「マルクス主義者」であろうはずもない。

とはいえ、「恩寵」の一語を、世界を超越したものがもたらす願ってもない特典、予期せぬ喜ばしい報酬といった程度のことと理解してはなるまい。ふと何ごとかが起こりそうな気配を察知し、到来すべき「シーニュ」の予兆に身をまかせているとき、あたかもその姿勢が導きだしたかのように、ただその瞬間にのみ、嘘としか思えぬ身軽さで現前化するできごと、それだけが「恩寵」の名にふさわしいものなのだ。哲学がギリシャに生れたのは、「恩寵」のような瞬間をうけとめるにふさわしい大気の流れといったものが、その時代のその土地んいみなぎっており、それに進んで身をまかせる者がいてくれたからなのだ。「偶発的」なものを「絶対的」なものへと変容せしめるものがこの「恩寵」のほかならず、もちろん、そこにはいかなる神学的な色彩も影を落としてはいない。いずれにせよ、「起源」といった言葉で「生成」に背を向けるドイツの哲学者たちに、ドゥルーズはきっぱりと顔をそむける。

あたかもギリシャ人であるかのように振る舞うドゥルーズが、この二十世紀末のヨーロッパであれこれ思考をめぐらせていた姿を思い描こうとするとき、われわれもまた「恩寵」の一語を口にせずにはいられない。ドゥルーズとプラトンの出会いは、哲学の歴史が必然化する時空に位置づけられるものというより、それを遥かに超えたところで、あたりの大気の流れに触れた者が、その表層に走り抜ける感知し得ないほどの変化にも同調せずにはいられないときに出現するできごとにほかならない。そのとき、そこにみなぎっている朗らかさは、例えば、「ライプニッツ主義者」には微笑みかけないが、「ライプニッツとともにある」存在には微笑みかける。それは、「マルクス主義者」には微笑みかけはしまいが、「マルクスとともにある」存在にはあまねく微笑みかけるだろう。思考は、そのようにしてしかできごととはなるまい。そこには、文字通りの「襞」がいくえにもおりこまれてゆくのであり、そのかぎりにおいて、「われわれは、なおライプニッツ的な存在である」と口にできるのである。

「恩寵」としてのドゥルーズ。彼を哲学者と呼ぶべきか否かがもはや問題となりがたい時空に、「一気に身をおく」こと。だが、哲学は、その「恩寵」に向けて投げかけるべき視線に恵まれていたことなどあるのだろうか。(蓮實重彦 ドゥルーズ追悼文『批評空間』1996Ⅱ-10)


 この蓮實重彦の一見して、徹底的なドゥルーズ顕揚とでも読める文章を「額面通り」とる阿呆はいまどきいまいが、二十一世紀はフローベールの時代にもまして「愚かさは進歩する」(フローベール)の時代ではあり、やはり次のように同じ『批評空間』のに前号に掲載された談話を附記しておくことにする。

◆『批評空間』1996Ⅱ-9 共同討議「ドゥルーズと哲学」(財津理/蓮實重彦/前田英樹/浅田彰/柄谷行人)より

蓮實)孤島のロビンソンが、なぜきれいな奥さんと結婚して、子供をふたりもつくるの(笑)。これはもう無頼漢ですよ。それで、浅田さんはドゥルーズが「偉大な哲学者」だと、もちろん誠心誠意おっしゃているんだろうけれども、どこかずるいと思ってない?

浅田)そりゃ、思ってますよ(笑)。

蓮實)あんなことされちゃ困るでしょ。この20世紀末にもなって、いけしゃあしゃあとあのような著作を書いて、家族なんてものはなくていいというような死に方をする。あの図々しさというか、いけしゃあしゃあぶりというものは、哲学者に必須のものなんですか、それとも過剰に与えられた美点なんですか。だってあんな人が20世紀末にいるのは変ですよ。ぼくはデリダよりドゥルーズのほうが好きですけれども、その点では、デリダにはそういうところは全くなくて、一生懸命やっている。フーコーがいるというのもよくわかる。しかし……。

浅田)フーコーは同時代にドゥルーズがいるから自分が哲学者だとは決して言わなかった。哲学者はドゥルーズだから。

蓮實)いいんですか。ああいう人がいて、浅田さん。

浅田)あえて無謀な比較をすれば、ぼくはどちらかというとガタリに近いほうだから、ああいう人がいてくれたのはすばらしいことだと思いますよ。

蓮實)しかし、彼はそれなりにひとりで完結するわけですよ。許せますか、そういう人を(笑)。ぼくは、浅田さんがドゥルーズを「偉大な哲学者」だと言っちゃいけないと思う。そうおっしゃるのはよくわかりますよ。わかるけれども、やっぱり否定してくださいよ。

浅田)でも「彼は偉大な哲学者だった」というのは、全否定に限りなく近い全肯定ですよ。否定するというなら「最も偉大な哲学者」として否定すべきだろう、と。

蓮實)どうしてきっぱりと否定しないの? さっき言ったことだけど、とにかくドゥルーズは確実にある問題体系を避けているわけです。それを避けることで「哲学者」としてあそこまでいったわけですからね。そうしたらば、それは悪しき形而上学とはいいませんけれども……。

浅田)「偉大な哲学」である、と。

蓮實)浅田さんが「偉大な哲学者」とおっしゃることが全否定に近いということを理解したうえでならばいいけれども、その発言はやはりポスト・モダンな身ぶりであって、いまでははっきり否定しないと一般の読者にはわからないんですよ。

浅田)いや、一般の読者の反応を想定するというのがポスト・モダンな身ぶりなのであって、ぼくは全否定に限りなく近い全肯定として「ドゥルーズは偉大な哲学者だった」と断言するまでです。

ただ、たとえばこういうことはありますね。さっき言われたように、ドゥルーズとゴダールは、言葉のレヴェルにおいては非常によく対応する。ただ出来事だけがある(eventumtantum)というのは、たんにイマージュがある(juste une image)ということですよ。しかし、ドゥルーズは、ゴダールがそのイマージュを生きているようには、出来事を生きていない。ぼくはゴダールは絶対的に肯定しますけれど、ドゥルーズは哲学者として肯定するだけです。

蓮實)うん、そこを言わせたいのよ(笑)。

浅田)そんなの自分で言ってくださいよ(笑)。

蓮實)だから浅田さんにとっては、ドゥルーズは一般的に偉いけれども、特異なものとして見た場合はやはりゴダールを取るでしょう。

浅田)絶対にゴダールを取ります。

蓮實)そうしたらば、ドゥルーズに対してもう少し強い否定のニュアンスがあってもいいと思う。

浅田)でも「偉大な哲学者」というのは最高に強い否定のニュアンスでもあるわけですよ。たとえばニーチェは哲学者ではないが、ハイデガーは哲学者である。それで、ゴダールがニーチェだとしたら、ドゥルーズはしいてどちらかといえばハイデガーなんです。

蓮實)ただし、ドゥルーズにとっての美というのは、ハイデガーのそれと全く違いますけれどもね。それともうひとつ、やはり彼は20世紀の両対戦間からその終わりまでに至って哲学は負けたと思っているのは明らかです。何に負けたかというと、実はゴダールではなくて、ジャン・ルノワールに負けている。ジャン・ルノワールが、風の潜在性からこれを顕在化することをやってしまっている、と。

浅田)ベルグソンを超えてしまったんですね。

蓮實)そう、超えてしまった。ぼくがいちばんドゥルーズに惹かれるのは、そこまで見た人はいなかったということです。不意に不ノワールが出てくるでしょう。それでルノワールに負けているんですよ。おれの言ったことをもう全部やってしまている、と。

浅田)『物質と記憶』とほとんど同時に映画が生まれた。で、映画が哲学を完成してしまったんですね。

蓮實)そうです。それも、だれが完成したかというと、ゴダールではなくて、ルノワールなんです。それでもなお「偉大」ですか。

浅田)だから、たかだがそんな哲学だといえばそれまででしょう。でも、ほかにそんな哲学者がいます?(笑) フーコーは、自分は歴史家だと言わねばならなず、デリダだって、自分は物書きだと言わねばならない。しかし、ドゥルーズは単純に、私は哲学者であると言ってしまうんですからね。そして現にハイデガー以後はドゥルーズしかいないでしょう。



            (DELEUZE, GODARD, MARLON BRANDO)

さて、おわかりであろうか、この画像を貼り付けた意味合いが? ここでいささか親切心をだしてそれを明かすのなら、すなわち「なんでおまえらえらそうに言うわりになんの役にも立たないの?」であり、また次の如くの意味である。

何もしないなら黙ってろ、黙ってるのが嫌なら何かしろ、という性質の話の筈。偉そうにTwitterでどっちもどっち論を繰り返し、動いているのは指先のみ。いま大学人がいかに信用失墜しているか新聞でも眺めればわかる筈なのに、そのざまか。民衆は学び、君を見ているぞ、「ケンキューシャ」諸君。(佐々木中ツイート)




シツレイした、ケンキューシャ君だけでなく、学者センセたちをも含めた〈あなたがた〉を子ども扱いして。

その画面を指差して、ほら、このイメージをよく見なさいといった押しつけの姿勢が感じられることです。つまり、強調という作業が行われているわけで、それは、私にとっては、観客である人間の聡明さというものに対する信頼のなさをしめすものであるような気がする。観客を、ちょっと子供のようなものとして扱い、さあ、これに注目しなさいといっているようなものです。(テオ・アンゲロプロス 蓮實重彦インタヴュー集『光をめぐって』所収)


と、ここまでのところは、目新しい発見など何ひとつ含まぬごく貧しい日常の再確認にすぎない。物語は勝利するという物語の、一つの変奏を提示したまでのことであって、とりたてて詳述するにもおよぶまい退屈な現実であろう。というより、現実をいかにして回避しつつ生をなし崩しに消費してゆくかという退屈きわまりない自分自身の物語がくり返されているまでだ。この罠という善意の虚構装置が、時代によって、またその無意識の捏造者が属する文化形態によっていくつもの異なった名前を持っているという点も、また衆知の事実であろう。もう昔の話なので憶えている人もいまいあの「アイデンティティ」の危機だの確立だのといった神話も、そんな名前の一つであったはずだ。個人の生活史の上でも集団の歴史という側面においても、その危機的状況の克服の契機として「アイデンティティ」の概念が重要な役割を演ずるとまことしやかに語られていた時代はさいわい遠い昔のこととなってしまったが、しかしそれに類する物語は尽きることなく生産され続け、それとはまるで違った顔をした、たとえば「モラトリアム」などと称する神話としていまもしたたかに生きているのかもしれない。物語は、間違いなく勝利するのだ。

とはいえ、いまはもう忘れてしまったものからつい先刻覚えたばかりのものまで、そんな一連の名前を列挙しながら、いささか冷笑的に、あるいは道化のけたたましい闖入ぶりによって虚構の歴史をたどりなおして悦に入っていられる時代ではない。それぞれの虚構にはそれなりの有効性はそなわっていたし、だいいちそれはまごうかたなき現実として罠たりえもしたのだから、いまさら愚痴っぽくあれこれ批判めいた言葉をつぶやいてみてもはじまらないと思う。さしあたっての急務は、善意の虚構へのほとんど普遍化されたといってよい確信が、普遍的であることに見あった希薄さであたりに漂いでた結果、罠の捏造者自身をはじめその直接=間接の共犯者たちから何を奪ったか、またいまも奪いつつあるかを明らかにしてみることにある。罠でもない装置を罠として思い描き、それにだけは足をとられまいとして身がまえる仕草が希薄に連帯されることで捏造してしまった善意の装置は、邪悪なるものとして想定された装置が現実のものであった場合に持ちえたであろう残酷さにもおとらぬ残酷さで何ものかを奪うが故に罠なのだが、その装置が、欲望から何をかすめとっているかを生なましく触知することこそが問題なのである。なぜ欲望からなのかと問うものがいるなら、ごくぶっきらぼうに生からと呼びなおしてもかまわない。だが、呼び名などはこの際どうでもよろしい。善意のものであれ悪意のものであれ、とにかく虚構は、その構築の過程できわめて具体的に生きた何ものかを犠牲に供することなしには虚構たりえないのだから、いま、この瞬間、虚構が現実にいかなる犠牲を提供せよと迫っているのか、その力学を捉えることこそが必要なのだ。力学、といってもことはきわめて曖昧である。虚構を生きつつあるものが放棄せざるをえない自分自身の一部、それを無理にも手放すことの痛みを緩和し、犠牲を犠牲としては意識させない何やら麻薬めいたものまでがそこに含まれてもいるからだ。善意の罠の真の恐しさは、何よりもまず、それが大がかりな忘却装置として機能してしまう点にある。


絶望と饒舌

では、誰もが驚くべき執着のなさで放置することでその忘却装置を機能させてしまう自分自身の一部とは、 何なのか。欲望から、あるいは生から不断にかすめとられつつありながらその痛みする感ずることのないものとは、いったい 何なのか。

何か 。その何かをこれ だと口にすることほど容易なはなしはないし、同時にそれほど困難なこともまたとあるまい。では、なぜ容易であり、かつまた困難なのか。まず、その何ものかをこれだとあっさり指摘しうるものは、指摘しつつある自分が虚構の物語の語りつがれる圏域の外部に位置していると確信しなけれならないということがある。つまり、自分はその物語に醜く汚染してはいないが故に装置にはいかなる犠牲をも提供してはおらず、したがって多くのものが信じがたい素直さで譲りわたしているものが 何であるかを明確に識別することができるという確信が存在する。この確信を共有することはきわめて容易であろう。事実、多くの人が口にする「批判」とか「分析」なるものはその種の確信から生まれ落ちてくるものだ。だが、汚染せざる自分への確信があたりにばらまく「批判」的言辞や「分析」的思考、それが、いま「批判」し「分析」しつつある物語の言葉によってしか語られえないという点を便利に無視しているという意味で、この圏外者の指摘ははじめから抽象たるべく運命づけられているといえる。しかもこの手あいの抽象にもそれなりの物語がそなわっていて、間違いなくあの偉大なる忘却装置の中枢に据えられた歯車としてせっせとまわり続けているのだから、それは何もいわずにおくことと選ぶところがないわけだ。にもかかわらず あれだ、これだと指摘してまわらずにいられない言葉たちを、無償の饒舌と名付けよう。忘却装置の円滑なる機能ぶりを促進すべく放棄する自分自身の一部を これだと名付けることが、容易さと困難さとをともに生きざるをえないとしたら、それが無償の饒舌たるほかはないとあらかじめ決定されているからである。だから何かと問うことそのものが、そもそも無効なのである。

無償の饒舌を避けるにはどうするか。問うことの無効性を自覚するに至ったものは、まず絶望を選ぶだろう。それが真剣なやり方というものだ。だが、実はその真剣な絶望すらが装置の潤滑油にすぎないのである。いま、欲望から、生から、かけがえのないものが不断にかすめとられている。そのかすめとられた貴重なる 何かを目指そうとして、いくつもの言葉を口にしてもそれは言葉であることをやめてしまう。その失語意識、その記憶喪失は文字通り絶望的といってよい。こうしているうちにも奪われてゆくかけがえのない自分自身の一部を的確に言語化しようとすると、その言葉さえが奪われてしまうという二重三重の困難。だが、人はこの困難にたやすく絶望するみちを選んでしまってはならないのだ。

絶望を回避すること。それには希望を持つといったことが有効な手段とはなりがたい。希望などと口にして新たな罠に陥ることなく、何でもよろしい、ただあっけらかんとした風情で適当な一語をつぶやいてみる。それが、真に奪われた言葉であるかどうかは問題ではない。とりあえず一言、たとえば 肯定することとでも口にしてみるだけで充分だ。そして、かれにその一語が人から言葉を奪うあの忘却装置にこそふさわしいと思われようと、奪われかすめとられた一語がまさに 肯定の一語にほかならなかったかのように振舞えばよろしい。人が絶望するのは、いま、 肯定することが禁じられているからだと思い込むふりをすること。口実はなんでもよろしい。 価値の多元化とやらがその元凶だとでも信ずるふりをしておけばよい。それが無償の饒舌にいささか類似し、すんなりと装置に吸いこまれてしまいそうでも気にすることはない。そもそも世にいう記憶回復の儀式など貧しい抽象にすぎないし、その記憶という奴にしてからが、完璧な再現などを自分からこばむもっともいいかげんで荒唐無稽なものなのである。嘘だと思うならマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』を読んでみるがよい。欠落した記憶の切れはしを難儀しながら拾いあつめ、それで総体としての記憶が回復するなどと信じている人がいたとするなら、この小説は、そんな人間の鼻さきに、ただもう荒唐無稽というほかはない充実した過剰としての記憶が、畸型の動物めいたけもの臭さをふっとはきかけてくれるにちがいない。だから、いまはさしあたって、欠落した記憶を回復せんとする試みにならって失われた言葉を生真面目に探し求めたりせず、とりあえず選ばれた 肯定の一語こそがそれだと信じ込む演技を徹底的に演じきってみることだ。そうすることで真剣な絶望をひとまずかわし、物語に汚染しきった無償の饒舌をも模倣したりしながら、まさに物語自身の言葉で、忘却装置の機能のために自分が犠牲にしたものが何であるかを口にすればよい。肯定の一語が物語の秩序に従って自分になりかわり次の一語をつぶやいてくれるだろう。で、その次の一語とは 何であろうか。

その一語は何であろうか。それを耳にするには、何も物語の圏外に身を置く自分を確信する必要はない。むしろ積極的に装置の一部として機能しながら物語の圏域にとどまり、その続きを心待ちにする様子などしてみればもう充分だ。装置にさからうには、間違ってもその総体を破壊しようなどと目論んではならない。その総体がますます円滑に連動しかねぬ歯車のようなものへと自分を畸型化させても涼しい顔をしていること。肝腎なのは、戦略的に倒錯すること、そして倒錯に耐えうるだけの柔軟さを見失わずにおくことだ。倒錯すべき正統的な理由など求めてはならない。とりあえずの契機さえありさえすれば、もう心配はいらないだろう。ザッヘル=マゾッホを想起してみるまでもなく、倒錯とは、きまって戦略的なものではなかったか。(蓮實重彦「倒錯者の「戦略」」『表層批判宣言』所収)


まさか、わたくしにその一語を書け、というほどには、〈あなた〉は阿呆ではあるまい。その一語がなにであるかわからないなどというほど不感症ではあるまい。ここではその一語を書き記すなどというはしたない振舞いは避けるのが〈あなた〉を信頼するひとつの礼儀正しいあり方だろう。そんな厚顔無恥な仕草に身をさらすのではなく、もっともらしく無償の饒舌に耽るのみの手合いーー彼らには戦略的倒錯に身をまかせることにも、ギリシア的時空に一気に身をおくことにもまったく無縁であるかにみうけられるがーーそういった連中への嘲弄の言葉を「世間を真に受けぬための積極的な方法」より再掲して並べておくだけにする。

みずから言説を担っているつもりの「主体」が、より大きな時代の言説の一部ともいうべきものの一部としてほどよく分節化されてしまうという事態が、いたるところで起きている(……)。実際、率先して自分の言葉を語っているはずなのに、実はそれが他人の言葉の反復にすぎず、しかも、そのことに無自覚なまま、みずからを言説の「主体」だと勘違いしてしまうという滑稽な錯覚が広く共有され、誰ひとりとして、そのことを滑稽だと思わなくなっているのです。それは、権利の行使と思われていたものが、知らぬ間に大がかりな義務の達成に貢献してしまうという近代独特の皮肉な表現に他なりません。(「知性のために」 蓮實重彦)
どこかで小耳にはさんだことの退屈な反復にすぎない言葉をこともなげに口にしながら、 なおも自分を例外的な存在であるとひそかに信じ、 しかもそう信じることの典型的な例外性が、 複数の無名性を代弁しつつ、 自分の所属している集団にとって有効な予言たりうるはずだと思いこんでいる人たちがあたりを埋めつくしている。(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』)
すでに書かれた言葉としてあるものにさらに言葉をまぶしかける軽業師ふうの身のこなしに魅せられてであろうか。さらには、いささか時流に逆らってみせるといった手あいのものが、流れの断絶には至らぬ程度の小波瀾を戯れに惹起し、波紋がおさまる以前にすでに時流と折合いをつけているといったときの精神のありようが、青春と呼ばれる猶予の一時期をどこまでも引き伸ばすかの錯覚を快く玩味させてくれるからであろうか。(蓮實重彦『表層批評宣言』)
・同じ主題をめぐり、同じ言葉を語りうることを前提として群れ集まるものたちのみが群衆といいうやつなのだ。彼らが沈黙していようと、この前提が共有されているかぎり、それは群衆である。P7

・説話論的な磁場。それは、誰が、何のために語っているのかが判然としない領域である。そこで口を開くとき、人は、語るのではなく、語らされてしまう。語りつつある物語を分節化する主体としてではなく、物語の分節機能に従って説話論的な機能を演じる作中人物の一人となるほかはないのである。にもかかわらず、人は、あたかも記号流通の階層的秩序が存在し、自分がその中心に、上層部に、もっとも意味の濃密な地帯に位置しているかのごとく錯覚しつづけている。P27

・制度とは、語りつつある自分を確認する擬似主体にまやかしの主体の座を提供し、その同じ身振りによってそれと悟られぬままに客体化してしまう説話論的な装置にほかならない。それは、存在はしないが機能する不可視の装置なのである。あるいは、きわめて人称性の高い個体としてあったはずの発話者を、ごく類型的な匿名者に変容させてしまう磁場だとしてもよい。この磁場に織りあげられては解きほぐされてゆく言葉、それがこの章に冒頭で触れておいた現代的な言説なのである。その担い手たちは、知っているから語ろうとする存在ではない。だからといって知らないことを饒舌に語ってみせる香具師のたぐいでもない。知ることも語ることもできるはずの主体を装置に譲りわたし、みずから説話論的な要素として分節化されることをうけいれながら、それを語ることだと錯覚する擬似主体こそが現代的な言説の担い手なのであって、誰もが、『紋切型辞典』の編纂者たる潜在的な資格を持つその匿名の複数者たちは、それを意図することもないままに善意の連帯の環をあたり一帯におし拡げてゆく。おそらくはわれわれもまた、その波紋の煽りを蒙りながら思考し、語りつづけているのだろう。P50(『物語批判序説』)

おわかりだろうか、これらの振舞いだけはやめにしなければならぬ。ギリシア人であることを装うーーわれわれはニーチェやゴダールのように真のギリシヤ人ではありえないとしたら、次善の策は、ドゥルーズや蓮實重彦のようにギリシア人の「仮面」を倒錯的につけることだ。





樫村晴香がいみじくもドゥルーズ批判の論文で最後にポツリとドゥルーズ顕揚の言葉を語っているように、「音楽を聴くように」対象と接すること。それが蜘蛛になることである。

例えばニーチェの永劫回帰は、 Dz の「理論構造」から判断する限り、永劫回帰の隠喩として受容‐処理されているが、現 実には、Dz はすべての言説を、隠喩ではなくそれこそ「音楽を聴くように」、または小説の エクリチュールを読むように、「半覚醒的に」受信していたのだろう。そしてその感覚があれ ばこそ、意味作用を完全に確定することなく宙吊りにし、理論的分節を半ば未確定に開い たまま次々進み、個々の論点相互の差異へは鷹揚なまま、すべてを取り入れ絶え間なく 移動していく、増殖するエクリチュール‐小説のごとき彼の記述スタイルが可能になる。こ の半覚醒性において、意味作用は言葉が記憶=意味内容に十全に回付=変換される過程 にではなく、言葉に次の言葉が重なり、ずれ合い、その相互の差異が直接に生み出す共 鳴に、帰属する。子供が泣き、豚が叫び(キャロル)、Kの分身の学生が走り、廷丁が走る (カフカ)。意味はそれぞれの言葉がもつ記憶にではなく、言葉(セリー)相互の間の表層 にあり、それは反復される音楽のテーマ間の差異‐変奏、揺れる木の枝の一瞬ごとの差異 ‐移動と同じである。それは差異というより「微分」であり、その概念にこそ Dz の内発的感覚がある。(「dyssyntagmatismus者」たち、あるいはニーチェと樫村晴香

ロラン・バルトも言っているではないか。学者さんたちよ、「器官なき身体」について、がたがたピントはずれのことをもうこれ以上書かないでほしいと願う。

愛する者と一緒にいて、他のことを考える。そうすると、一番よい考えが浮かぶ。仕事に必要な着想が一番よく得られる。テクストについても同様だ。私が間接的に聞くようなことになれば、テキストは私の中に最高の快楽を生ぜしめる。読んでいて、何度も顔を挙げ、他のことに耳を傾けたい気持ちになればいいのだ。私は必ずしも快楽のテキストに捉えられているわけではない。それは移り気で、複雑で、微妙な、ほとんど落ち着きがないともいえる行為かもしれない。思いがけない顔の動き。われわれの聞いていることは何も聞かず、われわれの聞いていないことを聞いている鳥の動きのような。(バルト『テクストの快楽』)

だが、「とはいえ」とする樫村晴香の言葉を、ここで〈あなた〉のためにつけ加えておくぐらいの親切心は、わたくしにはある。これが凡庸さというものだ、--《それを意図することもないままに善意の連帯の環をあたり一帯におし拡げてゆく。おそらくはわれわれもまた、その波紋の煽りを蒙りながら思考し、語りつづけているのだろう。》

……とはいえ現実にニーチェを直接読解しない者がおり、社会のほとんどの者が神経症者であるとすれば、哲学教師風の解説書はやはり必要なのだろうか? しかし事態はそのように単純でなく、Dz のある種の啓蒙的スタイル(確かにそのせいで彼の本はクロソフスキーの数倍読まれたが)は、彼が幻想(永劫回帰)に対してもつ、ニーチェとは異なる固有の位置関係に由来する(そしてこの問題の責は、結局ベルグソンに帰せられるべきように思われる)。(『ドゥルーズのどこが間違っているか? 強度=差異、および二重のセリーの理論の問題点』)





事実そのとおりにあれらケンキューシャ諸君の不感症ぶりのなんというさま! なによりもまず解説書を書くことを書くことと勘違いしておられる! 《私たち他の者、私たち静穏なる者がヴァーグナーに欠けているのに気づくものに、どうして彼らが気づくことができようかーー悦ばしき知識 la gaya scienzaに、軽やかな足に、機智、熱火、優雅に、大いなる論理に、足の舞踏に、気力あふれる精神性に、南方の光のわななきに、滑らかな海にーー完全性に・ ・ ・》(ニーチェ『ヴァーグナーの場合』)


ところで冷感症の女性は、男たちをわたり歩くそうだ。あのケンキューシャくんたちの好奇心の旺盛ぶりもそのたぐいではなかろうか、すなわち、あれやこれやと好奇心でいろんなことに頭をつっこむのは、オーガズムの経験がないせいではないか。

性興奮不全の冷感症のタイプの女性たちは、飽くことを知らない性的な欲求を持っているように見える。もし彼女らが超自我の抑圧に打ち勝つのなら、ひとりのパートナーから他のパートナーたちに渡り歩いていく、だが、ああ、なんという空しく! すなわち新しい経験が熱望されたオーガズムを齎してくれるのではないか、というわけだ。稀なケースでは、レイプ、鞭打や暴力の無理強いの様相を想定する限定されたファンタジーに拘わってのみ膣によるオーガズムが実現されることがある。(冷感症と支配欲動Bemächtigungstrieb

わたくしはここで親切心をさらに露わにして、鞭打ちや緊縛の画像は貼り付けるべきだろうか。いやいまはそこまでしてまで「恩寵」やら「オーガズム」を促すつもりはない。

学者というものは、精神上の中流階級に属している以上、真の“偉大な”問題や疑問符を直視するのにはまるで向いていないということは、階級序列の法則から言って当然の帰結である。加えて、彼らの気概、また彼らの眼光は、とうていそこには及ばない。(ニーチェ『悦ばしき知識』)

蛇足ながら、これらの文はわたくしが語っているのではない、ニーチェその人が、現代の温和な仔羊たち、〈あなたがた〉に--それはわたくしも含めたければそうしたらよいーー言っているのだ。

真に偉大な哲学者を前に問われるべきは、この哲学者が何をまだ教えてくれるのか、彼の哲学にどのような意味があるかではなく、逆に、われわれのいる現状がその哲学者の目にはどう映るか、この時代が彼の思想にはどう見えるか、なのである。(ジジェク『ポストモダンの共産主義  はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』)

ところでラカンの娘婿であるジャック=アラン・ミレールもわたくしと同様、荒木経惟ファンであるのか、『A New Kind of LoveJacques-Alain Miller』なる記事に、アラキの画像が貼り付けてある。





ああ、こうやってその一語を口に出してしまった、しかも緊縛画像をも。これは、わたくしの凡庸さのなせる技である。

さて、ところでひょっとしてJudith Miller Lacanは、冷感症タイプなのではないか、とわたくしは疑わないでもない。








2014年10月23日木曜日

犬猫の降参のポーズ

裏庭に大型の黒い野良猫がはいり込んで、わが家に四匹いる犬のうちの猛犬一匹が猫を血だらけのずた袋にしてしまったので、マンゴスチンの樹の根もとを掘って埋めた。

果物の女王樹は植えて十年以上たつのに、まだ結実しない。二匹の犬の屍も埋めてあるのに。果物の王ドリアン七年、マンゴスチン十年とはいうものの、ドリアンの樹は六年で実をつけた。

ああ女王の根も貪婪な蛸のように屍を抱き、水晶のような液をたらたら垂らす猫の軀に、いそぎんちゃくの食糸の毛根を聚めて、腐乱して蛆が湧いた屍の養分を吸い、女王の娘のための花弁や蕋を作り出さないものか。

我が庭から出現したアフロディアの深紅の鮮やかな衣裳をぱっくり割って、ふくよかな白いお尻の裂け目に舌を絡めて、官能に酔った口もとから果汁を滴らせつつ、果実を貪りかぶりつく夢は徒花なのか、わたしは未来の空しい煙を吸っていただけか。

果実が溶けて快楽(けらく )となるように、
形の息絶える口の中で
その不在を甘さに変へるやうに、
私はここにわが未来の煙を吸ひ
空は燃え尽きた魂に歌ひかける、
岸辺の変るざわめきを。(ヴァレリー 若きパルク 中井久夫訳)


ところで犬と猫の喧嘩は、猫がいくら降参のポーズをとっても通じないよようだが、猫同士の降参のポーズはどんな具合のものか、と検索してみれば、犬と似たようなものらしい。







とはいえ猫は不遜な女王様のような姿態で、こんな恰好ではバカにされている気分にならないでもない。やはり犬の降参のポーズとはかなり印象が異なる。





ーーなどとウェブサーフィンしていたら、懐かしい名に行き当たった。言語学者の鈴木孝夫先生である。少年時代、岩波新書で鈴木先生の本を読んで感心した記憶があるのだが、書名は覚えていないし、内容も失念した。調べてみると『ことばと文化』(岩波新書、1973年)とあり、たぶんこれだろう。その後はいっこうご無沙汰しているので、四十年ぶりの再会である。1926年生まれだそうで、今年88歳になられる。

以下の文は講演録のようでいつのものかはわからないが、たぶん最近になってのものだろう。


……「殺さない本能」と言うのは、文字通り本能であって理性ではありません。(……)オオカミとかセイウチとか、いかにも獰猛な動物がたくさんいますけれど、相手と時に激しく喧嘩するのは、どっちが強いかという優位性の序列を決めるだけで、序列を決めれば深追いしないのです。

ところが人間は深追いするのです。相手が「降参」と言っても殺すことを今でもやっています。その意味では人間というのは生半可な肉食獣というべきでしょう。もともとはアフリカの密林で果物とネズミと鳥の卵ぐらい食べていたものが、いろんな理由で地上に降りたわけですね。で、そうしたなかで共同で狩りということになって、弱い人間が強い動物を狩るためにお互いにことばを使って連絡し合うようになったのです。(……)

……人間は、草食獣にはない「殺す」本能をもつというところまではいっているけれど、本当の肉食獣ならたいてい持っている「不必要に殺さない」という、その絶対の歯止めの仕組みをまだ持っていないのです。オオカミにも犬にも降参のシグナルがあって、ひっくり返っておなかを出せば、それが降参。勝者はその無防備なおなかを噛めばトドメをさせるのに、そこまではしないのです。

人間も何かのシグナルを出せば、降参で、そうしたら絶対に攻撃できないという仕組みをつくれば、かなり状況は違ってくるはず。たとえば、女の人が降参と言ったら強姦できないというようなサインがあれば、ものすごく性犯罪が減るのですが、人間には無理なのでしょうね。どんなことをしても本質的に賢くはなれない。「No!」と言っている人間も無視して強姦したり殺したりするわけです。

さて、あなたはこの文を読んでどう思うだろうか。わたくしは少年時代のように額面通りに感心してしまうことはできない。

《人間だけが深追いする》、要するに人間だけがアウシュビッツやコソボがある、そこまではいい。だが、《人間は、草食獣にはない「殺す」本能をもつというところまではいっているけれど、本当の肉食獣ならたいてい持っている「不必要に殺さない」という、その絶対の歯止めの仕組みをまだ持っていないのです》などという文は、四十年たってヒネクレてしまったわたくしの頭には、どうあっても受け入れがたい。

わたくしが、ヒネクレてしまったのは、きみたちのせいだよ、蓮實センセ、浅田彰や、ジジェクよ。どうしてくれる?

……『閉ざされた言語・日本語の世界』の著者の鈴木孝夫氏は、オットー・イェスペルセンやブルームフィールド、さらにはJ・B・キャロルという欧米の代表的な言語学者の学説を紹介しながら、(……)おそらくわれわれ日本人が漠然と感じている気持を代弁しておられる。これは、はなはだ心強い味方を得たものだと、人は一瞬うれしくなる。また、それと同時に心から心配にもなる。というのは、(……)この書物の言語的知識があまりにも貧弱だからである。(……)鈴木氏の希望的観測に心情的に同調しながらも、この種の書物にありがちな科学者の信じがたい杜撰さに、あらためて驚くことから始めなければならない。

(……)まるでブルームフィールドより一世紀以上も前の言語観でブルームフィールドを攻撃しようというわけではないか。(……)

しかし、鈴木氏のいかにも杜撰な「文字」顕揚の試みを嘲笑することが重要なのではない。また、大学の教師なり研究者なりが、英語のLanguageとwordといった基本的な単語の意味をとり違えるといった現象を介して、日本の言語的環境の曖昧さを改めて指摘することもさして重要ではない。問題は、鈴木氏のような専門家でも、「音声」的帝国主義の真の恐ろしさにいまだ無自覚であるという点にあるのだ。……(蓮實重彦『反=日本語論』1977)

この『反=日本語』は、数多くの著名な学者への罵倒が書かれているのだが、この書を読んだせいで、大学教師や専門家という人種の書き物の瑕瑾を見出しては嘲弄する悪癖がついてしまった。でも、まあそれはこの際どうでもよろしい。引用された鈴木孝夫の文にまっこうから対立する二十四歳の浅田彰の文を掲げよう。

フォン・ユキステルの示した、有機体と環境世界の相互的・円環的統一というヴィジョン。これを人間の世界にあてはまることの拒否から、人間学が始まったと言ってもいいだろう。シェーラーは、有機体が環境世界被拘束性を特徴とするのに対し、固有の環境世界をもたない人間は世界開放性を特徴とする定式化を行い、プレスナーは、環境世界の原点に安住している有機体を中心的、中心からズレてしまい自己との間にする距離をもたずにはいられない人間を離心的と呼んで、そこから各々の人間学を展開したのである。シェーラーが人間を「おのれの衝動不満足が衝動満足を超過してたえず過剰であるような(精神的)存在者」(『宇宙における人間の地位』)と呼んでいるのは興味深い。この延長上に、衝動解除と、社会制度を通じたその回路付けによる負担免除を中核とするゲーレンの人間学があることは、よく知られた通りである。

ここで衝動と呼んだものは正確に言うと何なのか。ここの問いに答えるためには、人間学と遠からぬ所から出発し、遥か先まで到達した精神分析に、目を移した方がいいだろう。そこでは、有機体と人間の対比は、Instinkt/TreibないしInstinkt/pulsionの対比に集約される。最近の慣例に従って、これに本能/欲動という訳語をあてよう。本能という語は、有機体を生のサンスにかなった行動に導くガイドとして機能する内的な情報機構を指し示している。これに対し、過剰なサンスを孕むことによって錯乱してしまった本能が欲動である。例えば、性本能が種の保存のために、「正しい」相手に対する、時宜にかなった、「正しい」性行動を導くのに対し、性欲動は時と場所を選ばずありとあらゆる対象に向かって炸裂する。フロイトが喝破した通り、本来、人間は多形倒錯なのである。「正しい」異性愛のパターンが社会制度として課されねばならないのは、まさにこのためである。また、攻撃本能が適当なシグナルによって解除され、同類の無用な殺し合いが避けられるのに対し、攻撃欲動は見境なしに発動され、恐るべきジェノサイドを現出する。人間の歴史はまさしく血塗られた歴史であり、いかなる社会的規制も、より大きな暴力をもたらしこそすれ、永続的に平和を築くことができなかったというのは、周知の事実である。

自然からのこのようなズレは、一体どうして生じたのだろうか。最近援用されることの多いボルクのネオテニー(幼態成熟)説やポルトマンの早産説が重要なポイントのひとつを突いていることは疑いない。彼らの理論とシェーラーやゲーレンの人間学との相互関連はよく知られているが、精神分析家ラカンもまたボルクを援用しつつ、「胎児化」による「発達のおくれの結果」として「視知覚の早すぎる成熟がその機能的さきどりの価値をもつ」(『エクリ』)という事実を根拠に、先に「鏡の地獄」と呼んだ鏡像段階の理論を展開していることを付け加えておこう。

しかし、ネオテニーはひとつの契機であっても唯一の原因ではない。ホモニゼーション(人間化)は多くの契機から成る多元的プロセスとしてとらえなれなばならないだろう。そして、そのプロセスの「震央」と目されるべきは、脳の「爆発的進化」(ケストラー)であり、その結果としての、大脳の「超複雑化」(モラン)である。実際、ノイロン(ニューロン)の膨大の数とシナプスの恐るべき錯綜ぶりは、コンピューター時代にあってもなお驚異の的であり、しかも、かなり未完成な状態で誕生を迎えるため、多くのシナプスが後から形成されるという事情が、それに加わるのである。これらは、進化の現段階において出現した全く新しい現象である。

元来、エントロピーを増大させる環境の中で局所論的な秩序を維持していく存在である生物が、情報による制御の高次化という道を辿るのは当然であった。このプロセスは、頭化(cephalisation)ないし頭脳化(cerebralisation)、即ち、神経系の階層的樹状〔トゥリー〕構造と中枢の形成という形をとった。目的性に対し機能分担のハイアラーキーで応ずるという、極めて一般的な解決である。ところが、このプロセスが極限的に進行するとき、いわば情報の過剰が生み出され、それらの情報は本来の目的を離れて空回りし始める。レヴィーストロース風に言えば、浮遊する情報群(informations flotantes)の洪水が出現するのである。生の方向=目的性によって要請された樹状〔トゥリー〕構造の高次化過程としての頭化は、その極限において、シナプスの横断的な網目状連結(リゾーム!)に基づく「無頭」(acephale)のカオスを生み出す。進化における最大の逆説。今や、この「焼けつく大頭」の中では「屋内の火災」が猛威をふるっている(バタイユ「松果体の眼」)。(浅田彰『構造と力』p33-36 1981年2月 執筆 1981-1982『現代思想』掲載)


わたくしにとっては以来、これが「常識」なのだが、鈴木孝夫先生は、きっと晩年になってこの「常識」を覆すことをオッシャッテイルに違いない。とても聡明な顔貌をした方なのだから。まさか蓮實センセの嘲弄を浴びた《一世紀以上も前の言語観》で語る癖を繰り返して、プレフロイトの一世紀以上前の人間観で語っておられるのではあるまい。

やはりある程度年齢をへたら男は顔で勝負しなくちゃいけない。キレキレのさすがに二十ヶ国語がぺらぺららしい鈴木孝夫先生の顔である。そんなお方が《人が漠然と感じている気持を代弁して》、共同体への慰めの言葉を呟くなどということはアリエナイ……。しかもかの神話的な井筒俊彦の弟子筋らしいのだから。

黃入谷のいふことに、士大夫三日書を讀まなければ理義胸中にまじはらず、面貌にくむべく、ことばに味が無いとある。いつの世からのならはしか知らないが、中華の君子はよく面貌のことを氣にする。(……)

本を讀むことは美容術の祕藥であり、これは塗ぐすりではなく、ときには山水をもつて、ときには酒をもつて内服するものとされた。(……)

隨筆の骨法は博く書をさがしてその抄をつくることにあつた。美容術の祕訣、けだしここにきはまる。三日も本を讀まなければ、なるほど士大夫失格だろう。人相もまた變らざることをえない。町人はすなはち小人なのだから、もとより目鼻ととのはず、おかげで本なんぞは眼中に無く、詩の隨筆のとむだなものには洟もひつかけずに、せつせと掻きあつめた品物はおのが身の體驗にかぎつた。いかに小人でも、裏店の體驗相應に小ぶりの人生觀をもつてはいけないといふ法も無い。それでも、小人こぞつて、血相かへて、私小説を書き出すに至らなかつたのは、さすがに島國とはちがつた大國の貫祿と見受ける。……(石川淳「面貌について」『夷齋筆談』所収)

フーコーも《すべての個人の生は、ひとつの芸術作品でありうる》と言っているからな。やっぱり面貌を磨かなくちゃいけない。

私を驚かせることは、私たちの社会において、芸術がもはや事物 objets としか関係しておらず、諸個人または生と関係していないということです。そしてまた、芸術が特殊なひとつの領域であり、芸術家という専門家たちの領域であるということも私を驚かせました。しかしすべての個人の生は、ひとつの芸術作品でありうるのではないでしょうか。なぜ、ひとつの画布あるいは家は芸術の対象 objets であって、私たちの生はそうではないのでしょうか。(フーコー「倫理の系譜学についてーー進行中の作業の概要」)

やっぱりフーコーのように生を芸術作品にするには、本だけじゃだめさ。

ーコーの死後、その自室から性具・猿ぐつわ等のSM性癖関係の拘束具が数多く出てきたことが伝えられている(出典:ギベール著『ぼくの命を救ってくれなかった友へ』訳者あとがき)。

《フーコーが部屋に入ってくるとします。そのときのフーコーは、人間というよりも、むしろ大気の状態の変化とか、一種の<事件>、あるいは電界か磁場など、さまざまなものに見えたものです。かといって優しさや充足感がなかったわけでもありません。しかし、それは人称の序列に属するものではなかったのです》(ドゥルーズ

で、面貌の話はどうでもいいが、いやここで思い出したから、世紀の男前であるジャコメッティをめぐるボーヴォワールの話をもうひとつ引いておこう。

サルトルやオルガとしゃべっている時には、私は出たり入ったりする人を眺めるのが大好きだった。(……)とりわけ私たちの興味をそそり、何者だろうと思った男がいた。ごつごつした美しい顔に、髪はぼさぼさ、貪るようなまなざしの男で、彼は毎夜、ひとりきり、または非常に美しいひとりの女性と連れだって、通りを徘徊していた。彼は岩のように強固な、同時に妖精よりも自由な様子をしていた。あんまりすばらし過ぎる。私たちは外見に騙されてはならないことを知っていたし、彼の風貌はあまりにも魅力に溢れていて、見かけ倒しではないかと思いたくなるほどだったのである。彼はスイス人で彫刻家、その名はジャコメッティといった。(ボーヴォワール『女ざかり』上

ーーというわけで、この記事の流れに戻って、最後にジジェクさんのお出まし願うことにしよう。

……こうした詩と暴力のつながりは偶然によるものなのだろうか? いかにして言語と暴力 は接続するのだろうか? 「暴力批判論」において、ヴァルター・ベンヤミンは次のように問 題提起している。「係争をなんとかして非暴力的に解決することは可能なのか?」 彼の出 した答えは、そのような係争の非暴力的な解決が可能なのは、礼儀、共感、そして信頼の ある「内輪の人間どうしの関係において」である、というものだ。「暴力を行使せず人間同 士が合意する領域というものが存在するのは、それが隈なく暴力を受けつけない場である 場合だ。すなわち、「理解」(悟性)に固有の領域、言語である。」このテーゼは主流の伝統に掉さしている(則っている:引用者)。その伝統では、言語や象徴界という広く普及した発想は、和解や仲裁の 媒体となる発想のことであり、無媒介かつ剥き出しのまま対峙させる暴力的な媒体の発想 とは対極にある、争いを好まない共存共栄の発想のことだ。言語のなかでは、互いに直接 暴力をふるうのではなく、われわれは畢竟するに、議論をぶつけ、言葉を交換する定めに ある。――そんなやりとりは、それが人の攻撃に向かう場合でさえ、最小限、相手の立場を 〔事前に〕承認するという前提に基づいている。

とはいえ、人間が動物を凌駕するのは暴力の能力の点においてであり、それがほかなら ぬ言葉を使うせいだとすればどうだろう。数多ある言語の暴力的特性を中心的なテーマに したてた哲学者・社会学者には、ブルデューからハイデガーまでいる。しかしながら、ハイ デガーが見落とした言語の暴力的特性がある。それこそラカンによる象徴界の理論の焦 点である。その象徴界の理論を通じて、ラカンは存在の家としての言語、つまり言語は人 間の創造物でも道具でもなく、人間のほうが言語の中に「暮らし」ている、というハイデガー のモチーフを変奏している。「精神分析は、その主体となるものがなかに住まう言語の科 学であるべきです」。ラカンが「パラノイア的な」加えたひねり、ラカンがフロイトのようにして 加えたねじの回転は、この〔ハイデガーの〕家に折檻の家という特徴を与えた点に求めら れる。「フロイトの視点に立てば、人間は言語に囚われ、折檻を受ける主体なのです」。(スラヴォイ・ジジェク 「詩に歌われる言語の折檻所ーーいかにして詩は民族浄化と関係するのか」







2014年10月15日水曜日

「権力への意志Wille zur Macht」と「死の欲動Thanatos」

ニーチェの妹」記事にて、『権力への意志』の編集版によって《ハイデガーとドゥルーズが騙された》と書いたが、どう騙されたのかの内容は下記の通りであり、すくなくともドゥルーズの捉え方はたいした問題ではないようだ。

ふたたび、『思想の歪曲としての「力への意志」 : エリーザベト・ニ ーチェの場合』(須藤訓任 2012)より。

ハイデガーがニーチェ解釈において『力への意志』617 番をきわめて重要視したことはよく知 られていよう。 そこには「生成に存在の性格を刻印すること―これが最高の力への意志である」 および「いっさいが回帰するということが、生成の世界を存在の世界に極限まで近づけることで ある。考察の頂点」という二文章が含まれるとともに、全体は「要旨再録Recapitulation」と題 されている。

手元には英訳しかないのだが、WALTER KAUFMANN & R. J. HOLLINGDALEの英訳では、この617番の注にこうある。《Gast entitled this section "Recapitulation," and al1 printed versions retain this title.

このアフォリズムはハイデガーによれば、 「ニーチェ哲学の主要点を数文章で総覧 したもの」であって、それが「ただならぬ明澄さ」をもって表現する「強調された表題」の意味 するところでもある。それだけ、この題名自身がまたハイデガーにとって重要なものであった。

ところがこの題名は現行の全集には見当たらない。それはニーチェ自身ではなく、P・ガストの 手になるものである。ガストは体系的配慮のもと、同書第三部の第一章(ミュラー=ラウターは 最終章と書いているが手違いだろう)の最後を飾るこのアフォリズムにかかる表題を付したので ある。しかるに、ハイデガーも所有していた『力への意志』全集版(1911)の編集者Otto Weißの注には、それがガストの手になる表題であることが明記されているのである。 (なお、このア フォリズムは1901 年版では正確に再現されている。 )ハイデガーは一方で、 『力への意志』とい う書物の問題点をいろいろ指摘しながらも、 同書にはニーチェが書いたものしか含まれていない、 という誤った前提に縛られていたように思われる。

他方、G・ドゥルーズのニーチェ解釈( 『ニーチェと哲学』 )において、 『力への意志』の次の619 番のアフォリズムが一つのキーポイントとなっていた。 「 「力」 という勝ち誇った概念には (…) 補完が必要である。それには内的意志が付与されねばならないのであり、その意志を私は「力への意志」と表示するのである。Der siegreiche Begriff „Kraft“ (...) bedarf noch einer Ergänzung: es muß ihm ein innerer Wille zugesprochen werden, welchen ich bezeichne als „Willen zur Macht“.」

ドルーズは このアフォリズムを、 (概念としての) 「力への意志」を理解するための最も重要なテクストの一 つとみなし、これによって「力への意志der Wille zur Macht」と「諸力die Kräfte」の違いが説明 されるとして、 「力はなしあたうものであり、力への意志は意欲するものであるLa force est ce qui peut, la volonté de puissance est ce qui veut」と対比付ける。

ミュラー=ラウターはこの理解を、 ニーチェの力の一元論を二元論にするものだと批判するとともに、実はテクスト自身がニーチェ の記した文章の正確な再現でないことを明らかにする。というのも、 「内的意志ein innerer Wille」 なる語は現行の全集では「内的世界eine innere Welt」となっているからである(したがって関係詞welchen もwelche となっている) 。これまたガストによる変更である(似たような変更は他に もあるという) 。この場合―ニーチェの自筆原稿に当たったミュラー=ラウターによると― ニーチェの筆跡ははっきりしていて、解読に逡巡はあり得ない。

619番の英訳は次の通り。

《The victorious concept "force," by means of which our physicists have created God and the world, still needs to be completed: an inner will must be ascribed to it, which I designate as "will to power," i.e., as an insatiable desire to manifest power; or as the employment and exercise of power, as a creative drive, etc. Physicists cannot eradicate "action at a distance" from their principles; nor can they eradicate a repellent force (or an attracting one). There is nothing for it: one is obliged to understand all motion, all "appearances," all "laws," only as symptoms of an inner event and to employ man as an analogy to this end. In the case of an animal, it is possible to trace all its drives to the will to power; likewise all the functions of organic life to this one source.》

筆者ミュラー=ラウターは明言していないが、ガストのこうした訂正は「分かりやすさ」を意図してのものだといってよい。そして、それが場合によってニーチェ理解にとっていかに致命的 な結果をもたらすか、とおそらく示唆したいのだろう。ただし、私としては、筆者が言うほど、 ドゥルーズの場合決定的な違いがもたらされるのかは、少し疑問がないでもない。

たしかに、ニ ーチェの文言が無断で「訂正」されたのは、論外である。しかし、eine innere Welt のままでも、 十分ドゥルーズの解釈は導出可能に思われるからである。とくに、上述の619 番の引用の続きを 見るとその観を強くする。 「 (…)それには内的世界が付与されねばならないのであり、その世界 を私は「力への意志」と表示するのである。すなわち、力の誇示への倦むことなき欲求として、 あるいは、力の使用・行使への欲求として、創造的衝動等々として。es muß ihm eine innere Welt zugesprochen werden, welche ich bezeichne als „Willen zur Macht“, d. h. als unersättliches Verlangen nach Bezeigung der Macht; oder Verwendung, Ausübung der Macht, als schöpferischen Tieb usw.」

ここで「内 的世界」とは「意志」的なもの、欲求や衝動に類するものと考えられていることは疑問の余地が ない。この点で、ミュラー=ラウターは自身の多元主義的な「力への意志」解釈を基準としてド ゥルーズを指弾している趣がないでもない。 (このように自分の理解を基準に他人の理解を寸断 するというのが、ある意味で問題の根源をなすとも言えよう。とはいえ、自己を基準とした他者 理解はあらゆる理解の基本型なのであって、それを完全に禁欲することなぞ求めるべくもない。 そのかぎり、「内的意志」 と「内的世界」の差異の強調はミュラー=ラウターからするなら、当 然のことなのかもしれない。 この差異が言うほど重要なものなのかどうかは、 いま述べたように、 疑念も提示可能である。

この箇所における、ドゥルーズの読みは、大きな問題はない、とすることができるだろう。

そしてクロソウスキーの'impulse'についても齟齬はない。

Nietzsche himself had recourse to a varied vocabulary to describe what Klossowslu summarizes in the term 'impulse': 'drive' (Triebe), 'desire' (Begierden), 'instinct' (Instinke), 'power' (Machte), 'force' (Krafte), 'impulse' (Reixe, Impulse), 'passion' (Leidenschaften), 'feeling' (Gefiilen), 'affect' (Afekte), 'pathos' (Pathos), and so on.
(”Translator’s Preface” Nietzsche and the Vicious Circle PIERRE KLOSSOWSKI Translated by Daniel W. Smith)

「ニーチェの妹」で書いたことを繰り返せば、クロソウスキーとドゥルーズを混淆させて、「権力への意志Willen zur Macht」は、「〈力〉puissanceへの衝動impulse」と言うことが可能である。

そしてそのとき、フロイトが『マゾヒズムの経済問題』で書いた次の言葉のつらなりをどう捉えるか。

破壊欲動とか征服欲動とか権力への意志》
(Destruktionstrieb, Bemächtigungstrieb, Wille zur Macht)

その箇所の邦訳をもう少し長く引用すれば次の如し。

(多細胞)生物においてリピドーは、細胞中に支配する死あるいは破壊の欲動にぶつかる。この欲動は、細胞体を破壊し、個々一切の有機体単位を無機的静止状態(たといそれが単に相対的なものであるとしても)へ還元してしまおうとする。リピドーはこの破壊欲動を無害なものとし、その大部分を、しかもやがてある特殊な器官系、すなわち筋肉の活動の援助のもとに外部に放射し、外界の諸対象へと向わせる。それが破壊欲動とか征服欲動とか権力への意志とかいうものなのであろう。この欲動の一部が直接性愛機能に奉仕させられ、そこである重要な役割を演ずることになる。これが本来のサディズムである。死の欲動の別の一部は外部へと振り向けられることなく、有機体内部に残りとどまって、上記の随伴的性愛興奮作用によってリピドーに奉仕する。これが本来の、性愛的マゾヒズムである。(『マゾヒズムの経済的問題』におけるBemächtigungstrieb

こういうわけで当面、「権力への意志Wille zur Macht」は、死の欲動として類似したものと扱うことができるという仮説が成り立つ(やや詳しくは「ニーチェの妹」を参照のこと)。

欲動とせずに死の欲動としたのは、すべての欲動は潜在的には死の欲動であるのだから。

《…toute pulsion est virtuellement pulsion de mort.》 (Lacan Ecrit 848)

快感原則はすべてに支配権をふるいはするが、それを統禦するものではないというべきなのだ。快感原則に例外はないが、その原則には還元しがたい残滓が存在するのである。快感原則に逆らうものは何もないが、その原則の外部にあるもの、異質な何ものかーーつまり彼岸……が存在するということなのである。(……)

まず、一領域を統轄するものを人は原則と呼ぶ。その場合は、原則とは経験的な原理または法である。かくして快感原則は、<エス>にあって心的生活を統轄する(例外なしに)。だが、その領域を原則に従属せしめるものが何かを知ることは、まったく別の問題なのである。それとは違った別の原理、次元が一段上の原則が必要であり、それが、経験的原理へと領域が従属する必然性を説明することになるのだ。超越的とはこの別の原理のことである。快感は、心的生活を統轄する限りにおいて原則なのである。(ドゥルーズ『マゾッホとサド』蓮實重彦訳)
エロスとタナトスは二つの相反する欲動ではない。それらは競合し、(エロス化されたマゾヒズムとしての)二つの力を結合させるものではない。ただ一つの欲動、リビドーがあるだけでありそのリピドーはただひたすら享楽を追い求める。(ドゥルーズ『差異と反復』英訳からの私訳)
eros and thanatos are not two opposite drives that compete and combine their forces (as in eroticized masochism); there is only one drive, libido, striving for enjoyment(Jouissance)ーー「ドゥルーズとジジェクの死の欲動」より

ニーチェには、すでに「快原則の彼岸」を語っているとして読める文章がある。

人間は快をもとめるのでは《なく》、また不快をさけるのでは《ない》。私がこう主張することで反駁(はんばく)しているのがいかなる著名な先入見であるかは、おわかりのことであろう。快と不快とは、たんなる結果、たんなる随伴現象である、──人間が欲するもの、生命ある有機体のあらゆる最小部分も欲するもの、それは《権力の増大》である。この増大をもとめる努力のうちで、快も生ずれば不快も生ずる。あの意志から人間は抵抗を探しもとめ、人間は対抗する何ものかを必要とする──それゆえ不快は、おのれの権力への意志を阻止するものとして、一つの正常な事実、あらゆる有機的生起の正常な要素である。人間は不快をさけるのではなく、むしろそれを不断に必要とする。あらゆる勝利、あらゆる快感、あらゆる生起は、克服された抵抗を前提しているのである。──不快は、《私たちの権力感情の低減》を必然的に結果せしめるものではなく、むしろ、一般の場合においては、まさしく刺戟としてこの権力感情へとはたらきかける、──阻害はこの権力への意志の《刺戟剤》なのである。(ニーチェ「権力への意志・第三書・二・三・権力への意志および価値の理論 ちくま学芸文庫)
しかし、快を感ずるのは誰か?…しかし、権力を意欲するのは誰か?…不合理極まる問い!生物自身が権力意志であり、従って快・不快を感ずる働きであるとすれば!それにも関わらず、対立が、抵抗が、それゆえ相対的には、侵害する統一体が必要なのである…。(同上)

フロイトは、その『自己を語る』1925のなかで次のように書いている。

私は思弁のみに身を任せてしまったのではなく、逆に分析による資料を重視し、臨床的な技法的テーマを取り扱うことをやめなかった。私は哲学に近づくことは避け、大切な点ではフェヒナーに頼ることにしていた。精神分析がショーペンハウアーの哲学と広汎な一致があるとしても(彼は感情の優位性と性愛の意義を重視し、抑圧のメカニズムも知っていた)、私が彼の本を読んだのはずっと後になってからだ。ニーチェの洞察も精神分析の成果と驚くほど合致するのだが、だからこそ公正さを保持するために避けてきた。

1914年にも、ニーチェを読むとあまりにも影響を受けすぎて、臨床観察の印象を損なってしまうという意味のことをフロイトは言っている。

さて、二人の偉大な思想家による「死の欲動」と「権力への意志」が、ほとんど同一なものだと仮に分かっただけでは、これでは何の意味もない。その人間の根源的な衝動ーーここでは仮に攻撃的な欲動としておくーーをどうやって飼い馴らすかが問題となるであろう。


超自我は「死の欲動」という概念の結果として考えられたのではない。逆に、欲動を自己規制するような自律的な超自我を説明するためにこそ、フロイトは「死の欲動」を想定したのだ。それによって、攻撃性は「死の欲動」の一部であると考えられる。そして、攻撃性を抑えるのは(内に向けられた)攻撃性である。そうだとすれば、攻撃性を抑制することは不可能ではない。そして、それが文化=文明化にほかならない。一言でいえば、文化=文明化とは、攻撃性を自己抑制するような社会的装置である。(柄谷行人「超自我と文化=文明化の問題」)

フロイト自身は次のように書いている。

倫理は、一つの治療の試みであり、これまでのいかなる文化作業によっても手に入れることができなかったものを超自我の命令によって手に入れようとする努力であると考えられる。われわれがすでに知っているように、ここでの問題は、文化にとって最大の障害である人類に生れる区の相互攻撃欲動をいかにして除去するかであり、まさにそれゆえにこそ、文化の超自我が出す命令の中では一番新しいものと思われる「お前の隣人をお前自身のように愛せ」という、あの命令がとくにわれわれの興味を惹くのである。(『文化への不満』最終章 著作集3 P494)

この論文のなかほどでは、「お前の隣人をお前自身のように愛せ」という命令をさんざん貶していたフロイトだがここにきて(最終章になって)、攻撃欲動を飼い馴らすのは「超自我」しかないと呟くことになる。

私の見るところ、人類の宿命的課題は、人間の攻撃ならびに自己破壊欲動による共同生活の妨害を文化の発展によって抑えうるか、またどの程度まで抑えうるかだと思われる。(同 P496)

そもそもフロイトは「超自我」を敵に廻して、個人の治療をしてきた。

神経症を研究してその治療をしているうちにわれわれは、個々の人間の超自我を二つの点で非難せざるをえないようになった。すなわち超自我は、厳しい命令や禁令を出すばかりで、それらの命令や禁止にしたがうことにたいする抵抗ーーエスの欲動エネルギーの強さおよび現実の外界からのさまざまな障害ーーを充分考慮に入れないため、自我の幸福をあまりにも等閑視する。(同 P494)

フロイトの精神分析運動のおかげかどうか、われわれは超自我の斜陽の時代、象徴的権威の崩壊の時代に生きている。とすれば、自由に攻撃欲動が猖獗する時代であるともいえる。

権威が崩壊すれば、権力が自由に振舞う。

権威は権力と同じ意味ではない。実際、権力とは権威に対抗するものだとさえ主張したい。

Authority is not synonymous with power. In fact, I would even argue that power is directed against authority(『Love in a Time of Loneliness THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE』)

さてここでラカン派による「享楽の父」概念を捕捉しておこう。それは「母なる超自我」とも命名される。

今日の世界が「<エディプス>の斜陽」(父性的な象徴権威の弱体化)の時代であると叫ばれるとき、その批判の内実が何を指しているのかを問えば、答えはまさに、「全体主義」国家の政治的<指導者>像から、自分の娘へのセクシャル・ハラスメントに手を汚す父親像まで、「原初の父」の論理に従って機能する人物像への回帰現象となるのである――それは、なぜか?「穏やかな顔」を覗かせる象徴の権威が機能不全に陥ってしまったとき、先細りする欲望が中途で頓挫する事態を回避する、つまり、本性的な欲望の不可能性を隠蔽する唯一の方法として残されているのは、欲望が達成できない根本原因を、原初の享楽者を意味する専制的な人物像に特定することなのだ。われわれが愉しむことができないのは、あの男が享楽の一切合切を独り占めしてしまうからに他ならないから、と……。(ジジェク『厄介なる主体』)

ここで、ジジェクは、「エディプスの父/原初の享楽の父」の対照を示しているが、それは「権威/権力」の対比のことなのであり、ラカン派では、この剥き出しの権力としての「原初の享楽の父」の審級を、「母なる超自我」とも呼ぶ。


リアルな(現実界的)超自我の側面(「享楽の父」、あるいは「母なる超自我」)をめぐって、ラカンの娘婿でもあるジャック・アラン=ミレールは次のように語っている。([PDF]The Archaic Maternal Superego-Leonardo S. Rodriguez - Jcfar.org

“The superego as senseless law is very close to the desire of the mother before that desire becomes metaphorised, and even dominated, by the name-of-the-father. The superego is close to the desire of the mother as a capricious whim without law.”

ようするに、「享楽の父」やら「母なる超自我」とは、欲望が隠喩化(象徴化)される以前の「父」の欲望の体現者なのであり、そこにあるのは、猥雑な、獰猛な、限度を弁えない、言語とは異質の、そしてNom-du-Père(父の名)を与り知らない超自我であり、無法の勝手気ままな「母」の欲望と近似する。そして象徴的権威の失墜の時代とは、この「享楽の父」やら「母なる超自我」の至上命令が席巻する時代ということだ。

楽しみを強制するものはない。超自我を除いて。超自我は享楽の命令である。「楽しめ!」(ラカン『セミネールⅩⅩ』)

どんな無法の勝手気ままが起こっているかと言えば、ここでは排外主義やネオナチの猖獗などといわないまでも次の浅田彰の言葉がそれを端的に示す。

・歴代の経団連会長は、一応、資本の利害を国益っていうオブラートに包んで表現してきた。ところが米倉は資本の利害を剥き出しで突きつけてくる……

・野田と米倉を並べて見ただけで、民主主義という仮面がいかに薄っぺらいもので、資本主義という素顔がいかにえげつないものかが透けて見えてくる。(浅田彰 『憂国呆談』2012.8より)

オブラートの時代とはまがりなりにも象徴的権威が機能した時代なのであり、いまはオブラートなしで、むきだしの「権力への意志」の勝手気ままが自由に振舞う時代だということだ。


ーーという具合であり、ラカン派女流分析家の第一人者であるコレット・ソレールは、「われわれの世紀は「父」をその役割に教育しなおさなければならない時代だ」と言うことになる。(参照:ナイーブなフェミニストたち、あるいは権威と権力


浅田彰がある時期からやっていることが機能しているかどうか別にして、彼の「王様を笑い続ける少年」から「頑固親父」への変身はこのあたりに関わるものと見なすことが出来る。

あらゆる理念がついえ去ったのであればもはやホンネに居直るしかないというシニカルなホンネ主義に抵抗するために、それまで「王様を笑い続ける少年」だった彼が、今や、不本意で面白くないのを重々承知でゴリゴリの「頑固親父」という役割を演じようとしていること……(自主講座「ゲスト浅田彰」

これはモダンにおける「理念」、そしてモダン批判の「王様を笑う」、そしてもう一度モダンの「頑固親父」の役割を担うという流れなのだが、そこらへんの人間が「頑固親父」として振舞うと前近代(プレモダン)となってしまう、--こういった頑固親父がツイッターの発話者には多いーー、というわけで、貧乏人は浅田彰の真似をするなよ。

柄谷行人)蓮實さんが共同体のなかでやるというとき、それをいわば保証している外部性があると思うんですね。これは浅田彰がうまい言い方をしたと思うんですが、「貧乏人は蓮實の真似をするな」と(笑)。「貧乏人」というのは、いわば外部性をもたない共同体の人間のことですね。そういう者が真似をすると、まさに蓮實さんがさっき言われたような否定面しか出てこない。(『闘争のエチカ』)

オレかい? だから「貧乏人としての頑固親父」的なことを書くときは、「表題」外してんだよ、つまり「リベラル・アイロニスト」に読まれないようにな。

・リベラル=「残酷さこそ私たちがなしうる最悪のことだと考える」手合、

・アイロニスト=「自分にとって重要な信念や欲求が、時間と偶然の範囲を超えた何ものか、つまり〈真理〉に関連しているのだという考えを捨て去る」連中

ーーこういった阿呆たちに読まれないようにな。


※「Homo homini lupus、あるいは攻撃欲動(ニーチェとフロイト)」へと続く

2014年10月2日木曜日

「沖合いはるかな遠い未来のなかに」

人が私に同意するときはいつも、私は自分が間違っているに違いないと感じる。

Whenever people agree with me I always feel I must be wrong. (オスカー・ワイルド)

ははあ、ワイルドの言葉のなかに、すでにロラン・バルトがいるな。

何か《洒落た》考察によって聴衆をほほえませるや否や、何か進歩主義的な常套句で聴衆を安心させるや否や、私はこうした挑発の迎合性を感ずる。私はヒステリー的欲動を遺憾に思う。遅まきながら、人に媚びる言述よりいかめしい言述の方が好ましく思われ、ヒステリー的欲動を元に戻したいと思う(しかし、逆の場合には、ヒステリー的に思えるのは、言述の《厳しさ》の方である)。実際、私の考察にある微笑が応じ、私の威嚇にある賛意が応じると、私は、ただちに、このような共犯の意思表示は、馬鹿者か、追従者によるものと思い込む(私は、今、想像上の過程を描写しているのだ)。反応を求め、つい反応を挑発してしまう私だが、私が警戒心を抱くには、私に反応するだけで十分である。

そして、どのような反応をも冷まし、あるいは、遠ざけるような言述を続けていても、そのために自分が一層正確である(音楽的な意味で)とは感じられない。なぜなら、そのときは、私は自分のパロールの孤独さを自賛し、使命を持った言述(学問、真理、等)というアリバイをそれに与えなければならないからである。(ロラン・バルト「作家・知識人・教師」『テクストの出口』所収)

遡ればデカルトだっているさ。

人が二十年もかかって考えたことのすべてを、それについて二つ三つのことばを聞くだけで、一日でわかると思いこむ人々、しかも鋭くすばやい人であればあるほど誤りやすく、真理をとらえそこねることが多いと思われる。(デカルト『方法序説』)

すぐさま理解されたら引退という規約の集団だってあったらしい。

フランスにブルバキという構造主義数学者集団があった。この匿名集団の内密の規約は、発表が同人にただちに理解されれば己の限界を悟って静かに退くというものであった。出版と同時に絶賛される著者には、時にこの自戒が必要であろう。(中井久夫「書評の書評」『リテレール』創刊号 1992)

どうして、いまでは大量ハテブされたり、ツイッターで大量RTされたりなどしても、恥じない手合いばかりなんだろ? 

ーーというのは捏造されて疑問符だよ、そんなことは分かってる。

ただ「承認欲求」という言葉は使用したくなくてね、
ああ使っちまった、消去線引いとかなくちゃな

《誰もが、誰かに見られていることを求める》。(クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

クンデラはこう書き、四つの視線のカテゴリーをあげる。

①限りなく多数の無名の目による視線(大衆の視線)
②数多くの知人の目という視線
③愛している人たちの視線
④想像上の視線(死者の視線、理念の視線など)

ーー③か④にしとけよな、「承認」されたいのなら。


ここでなぜかシュネデールのグールド論の言葉を引用しておこう。

実際コンサート・ホールという場にあっては、音楽はめったに人の心に届かないと彼はすでに感じていた。うとうとしている人々、終わったあとの食事を思い浮かべている人々、翌日になって演奏会に行ったと語るのが目的で来ている人々、彼らを除いてしまえば、ほとんど誰もいなくなる。ぬるま湯につかったような態度で音楽に接する人々や、音楽を聞きながら夢想や計算をやめずにいられる人々に比べれば、音楽に恐れをなして逃げ出してしまう人々のほうがよかった。p7


これは演奏会の話だが、ネット上の読者なんてのもーーいや「文化人」の書き物をあり難がる手合いももちろんーーこういった連中がほとんどなんだからさ。

深遠に見せかけた挑発的な気の利いたジョークのガラクタに、道義的な義憤というスパイスを加えている(……)。真実など、ここでは重要ではない。重要なのは影響力である。これこそ今日のファストフード的な知的消費者が望んでいたものだ。道義的な義憤を織り交ぜた、単純で分かりやすい定式である。人々を楽しませ、道徳的に気分を良くさせるのだ。(ジジェク

「わかりやすさのファシズム」の時代だからな。

結局今の時代ってさ、テレビを観てても、お笑いの奴が喋ってる言葉がわざわざ吹き出しテロップで出てくるじゃない? 耳の不自由な方は別だけどさ、「え? そこまで丁寧なの?」っていう感じがあるんだよね。そういう時代だから、後姿や背中でものを言うなんて時代じゃないのかな、って思うよね。

登場人物が相手をじっと睨んでて、映画を観てる人に「あ、こいつ絶対復讐を考えてんだな」なんて思わせるような間を作ることができなくなってきてる。「てめえ、殺すぞ」って言った方がいい。(北野武

…………

……天才の作品がただちに賞賛をえることの困難なのは、それを書いた天才その人が異例であり、ほとんどすべての人々が彼に似ていないからである。天才を理解することができるまれな精神を受胎させ、やがてその数をふやし、倍加させてゆくのは、天才の作品それ自身である。ベートーヴェンの四重奏曲(第12、第 13、第14および第15番の四重奏曲)は、それを理解する公衆を生み、その公衆をふくれあがらせるのに五十年を要したが、そのようにして、あらゆる傑作の例にもれず、芸術家の価値にではなくとも、すくなくとも精神の社会に―――最初この傑作が世に問われたときには存在せず、こんにちそれを愛することができる人々によってひろく構成されている精神の社会―――一つの進歩を実現したのは、ベートーヴェンの四重奏曲なのである。人々がいう後世とは作品の後世で ある。作品自身が(……)その後世を創造しなくてはならないのだ。したがって、作品が長くとっておかれ、後世によってしか知れれなかったとしたら、その後世とは、その作品にとっては、後世ではなくて、単に五十年経ってから生きた同時代人のあつまりであるだろう。だから、芸術家は自分の作品にその独自の道を たどらせようと思えば(……)その作品を十分に深いところ、沖合いはるかな遠い未来のなかに送りださなくてはならない。(プルースト「花咲く乙女たちのかげにⅠ」より)

なんてのは芸術家のみなさんも生活かかってるんだから
「沖合いはるかな遠い未来のなかに」なんて

こんな物言いも無視したらよろしい。
せいぜいレスポンスをもらうことに専念したらよろしい。
なあ、ソウダロウ?

蓮實重彦)なぜ書くのか。私はブランショのように、「死ぬために書く」などとは言えませんが、少なくとも発信しないために書いてきました。 マネやセザンヌは何かを描いたのではなく、描くことで絵画的な表象の限界をきわだたせた。フローベールやマラルメも何かを書いたのではなく、書くことで言語的表象の限界をきわだたせた。つまり、彼らは表象の不可能性を描き、書いたのですが、それは彼らが相対的に「聡明」だったからではなく、「愚鈍」だったからこそできたのです。私は彼らの後継者を自認するほど自惚れてはいませんが、この動物的な「愚鈍さ」の側に立つことで、何か書けばその意味が伝わるという、言語の表象=代行性(リプレゼンテーション)に対する軽薄な盲信には逆らいたい。

浅田彰)  …僕はレスポンスを求めないために書くという言い方をしたいと思います。 東浩紀さんや彼の世代は、そうは言ったって、批評というものが自分のエリアを狭めていくようでは仕方がないので、より広い人たちからのレスポンスを受けられるように書かなければいけないと主張する。… しかし、僕はそんなレスポンスなんてものは下らないと思う。

蓮實重彦) 下らない。それは批評の死を意味します。

――中央公論 2010年1 月号、「対談 「空白の時代」以後の二〇年」(蓮實重彦+浅田 彰)


蓮實重彦なんて、サルトルまで貶しているわけだからな

…………

サルトルは第二次世界大戦終結後の五日後、『大戦の終末』という文を発表している。《一発で十万人もの人間を殺すことのできる小さな爆発》が導きだした大戦の終末、この武器は《明日ともなれば、二百万人もの生命を奪うこと》にもなろうから《これが突如として我々の人間の責任と、我々とを対決させることになったのだ》。そのとき人は《自己の死滅の鍵》を握って茫然とする、と。

この次の機会には、地球は破裂するかもしれぬし、この不条理な結末は一万年も前から我々人間の心にかかっていた様々な問題を、宙ぶらりんにしてしまうだろう。

もし明日また新しい事変が起ったと告げられても、我々は、あきらめたように肩ををびやかせながら、「予定どおりさね」と言うに違いない。(「大戦の終末」)

――なにやら2011年の極東の島国での「想定外」の事態をめぐって、ある種の「知識人」によって同じようなことを呟かれてもおかしくない文であるし、実際、いくらかの語句修正を施された《聡明、かつ反射神経鋭敏な》評論家連によって語られたともいえる。

蓮實重彦はその『物語批判序説』のなかで、上記のサルトルの文を引用して《世界の表層を不条理というほかない亀裂が走りぬけたとき、みずからのもっとも神経過敏な部分をその痕跡に重ね合わせるほとんど反射的といえる身体反応の美しさ》と語りながらも、《ある種の身体的な聡明さとは、あくまで相対的なものでしかなく》、《誰もが否定しえない知的聡明さと、人間的な誠実さにもかかわらず、この爽快なまでに短い論文を綴ったサルトル》の言説への齟齬感をめぐって書き進める。
……大洪水前の虚無からは幾世代にもわたる祖父たちによって守られており、未来の虚無に対しては、何代にもわたる甥孫によって守られており、つねに時間の流れの中間にあって、決してその末端にはいなかったのだ。しかし、今や我々は、この「世界終末の年」へ戻ってしまったのであり、朝起きる度毎に、時代の終焉の前日にいることになるだろう。(同サルトル)


蓮實氏は、《サルトルのもっともできの悪い文章をとりあげて、作家サルトルの文学的資質をことさら軽視しようとしてこの一節を引いたのではない》、としながらも、《終りという事態を前にした場合、サルトルさえもがこうした貧しい比喩に逃れるほかないという点が問題》であるとするのだ。

「世界終末の年」への逆戻りという表現は、サルトルのいわんとすることの表現であるより、むしろその思考の運動を出来合いの言葉の方へと招きよせ、語りつつある主体を、それが喚起するもろもろの象徴へと、検証を欠いた安易さで同調させる機能を演じているように思う。
……『大戦の終末』はきわめて素直な文章だといえるかもしれない。素直な、というのは誰かに教えこまれたのでもないのに、昔からひそかにくりかえし暗記していた台詞が、ふと口から漏れてしまったような印象を与えるからだ。事実、人間の死の予言は、神の死という言葉が流通しうる文化的な圏域にあっては、いずれ誰かが口にすべき言葉として予定に組みこまれていたもののはずである。あからさまに言明されることはなくとも、そうした命題が論じられて何の不思議でもない文脈が用意されていたのであり、それにふさわしいきっかけが与えられればたちどころに顕在化するはずの、潜在的な主題でさえあったといえるだろう。

もちろん、サルトルは、いちはやくその事実を察知する聡明さに恵まれていた、それは日本の2011年の早春における何人かの[知識人」も同様だっただろう。彼らは《聡明さのみならず、ある大胆さと、そしておそらくはいくぶんかの通俗性にも恵まれていたので、誰よりもさきに予定されていた言葉を口にしてしまったのである》。

このようにして、『物語批判序説』の作者によって、『大戦の終末』の文章は、「説話論的な権利に従った自然さ」、あるいは「物語の罠に陥る甘美さ」があると指摘されることになる。つまりは、

しかるべき文化圏に属するものであれが、誰もが暗記していつでも口にする用意が整っていた台詞であり、その意味で、それをあえて言説化してみることはほとんど何も言わずにおくことに等しい。

この後、同じ「人間の死」を語りながらも、つまり《思考が人間の顔を描きえたのはたかだか過去百五十年ほどのことでしかなく、その人間の横顔も、とうぜん、知の配置が体験するだろう新たな変容とともに「波打ちぎわの砂の上に描かれた顔のように消滅する」ほかあるまい》と語るフーコーとの言説的戦略の差を語ることになるのだが、それはここでは割愛する。




2014年9月29日月曜日

ドストエフスキーの《非ユークリッド》的語り

おまえ、馬鹿だなあ
騙されるなっていっただろう
コメントへの応答だって架空かもしれねえじゃないか
ドストエフスキーの《非ユークリッド》的語りのバクリだとか、な

《いや諸君、諸君はこう思ってるんじゃないかな、わたしがなにか諸君のまえに懺悔し、しかも許しを乞うているとね……諸君はそう思っているに違いない……ところが、言っておきますがね、諸君がどう思おうと、わたしにはどうでもいいんだ》

ーー以前、削除してしまった記事、貼り付けておくよ

…………

◆『ドストエフスキー』[著]山城むつみ [評者]奥泉光(作家)より。

本書で著者が分析の主要な武器としたのは、バフチンの「ラズノグラーシエ」なる概念である。「異和」と訳してよいこのロシア語こそがドストエフスキーを読み解く鍵であると著者はいう。では「ラズノグラーシエ」とは何か?

 たとえば、ここに死の床にある男がいる。彼は自分の人生は満足すべきものであったと考えている。そこへ誰かがやってきて、「あなたの人生は満足できるものだった」という。もちろん男はそう思っているわけだし、その声に当然唱和するはずである。ところが、自分でそう思っているにもかかわらず、他人から同じことをいわれたとたん、男は激しい異和に襲われてしまう。他者の声で言葉が響くとき、同じ言葉であるのに、まるで違う、むしろ正反対の意味を帯びて聴こえてしまうのだ。ドストエフスキーの小説の人物たちは、たえずこの「異和=ラズノグラーシエ」にさらされる。つまり自己と他者の間には越え難い閾(しきい)があって、言葉の意味は閾の強烈な磁場のなかでねじ曲がり、言葉が予想のつかぬ運動をして渦巻くのが、ドストエフスキーの小説のあの熱感の秘密だと著者は解析する。

 さらに興味深いのは、小説作者のかたりですら、この異和を引き起こす事実である。死の床にある男。彼の内面を作者はもちろん描ける。透明なかたりでもって、「自分の人生は満足すべきものだった」と男に内語させることは容易だ。ところがドストエフスキーの人物たちは、そうしたニュートラルな作者の声にすら異和を覚える! 彼らは「違う」と作者に向かって反発する。作家が人物の内心を描くという行為そのものが、人物のありかたを揺るがしてしまうのだ。結果、小説はどこへ向かうか分からぬものになり、作家は自己の創造した人物たちとの「対話」をひたすら続けるほかなく、目指す場所へと至る奇跡を祈り願いながら言葉の秘境をさまよい歩く。


◆バフチン「ドストエフスキイ論」(柄谷行人『探求Ⅰ』より)。

この予想して先廻りすることには独特の構造上の特徴がある。それは悪しき無限となる。相手の応答に先廻りするということは結局自分のために最後の言葉を保留すると同じことである。最後の言葉とは主人が他者の視線や言葉から完全に独立している、他者の意見や評価に全く無関心であるということを現わすものでなければならぬ。ところが主人公は、自分がひとの前で懺悔し、ひとの許しを乞い、ひとの判断や評価に頭をさげ、自分の確信はひとの是認や承認を必要していると、ひとが考えはすまいかということをなによりも恐れているのである。こういう傾向を持っているので彼は他者の応答に先廻りする。ところが答えを予想し、その先をこすことによって彼は新たに相手(と自分自身)にむかって自分は相手から独立していないのだということを示しているわけだ。彼は自分がひとの意見を恐れていると、ひとが思いはしないかと恐れる。だがこの恐れによって彼は自分が他者の意識に依存し、自分自身の判断に安んじることはできないことを示しているに他ならない。彼は自分の反駁によって自分が反駁しようとしたことを肯定していることになり、しかしそのことを自分で承知している。ここからきりのない堂々廻りが始まり、そのなかへ主人公の自己意識と言葉がまきこまれていう。《いや諸君、諸君はこう思ってるんじゃないかな、わたしがなにか諸君のまえに懺悔し、しかも許しを乞うているとね……諸君はそう思っているに違いない……ところが、言っておきますがね、諸君がどう思おうと、わたしにはどうでもいいんだ》である。(バフチン「ドストエフスキイ論」新谷敬三郎訳)

《これは過剰な自意識というものとはちがっている。また、サルトルがいったように、対自存在に対して抗おうとすることともちがっている。《他者》は、「地獄とは他者」(サルトル)よいうような他者ではない。バフチンが、ドストエフスキーの人物たちは他者によってモノ化されてしまう意識の「自由」をぎりぎりのところで確保しようとするのだというとき、どうもサルトル的にみえてくることは否定しがたい。

しかし、実際はその逆のように思われる。彼らが「語る」のは、他者を「説得する」(教える)ことにほかならない。たんに事実言明的constantiveな語りは、彼らにはありえない。《他者》とは、いわば、言語ゲーム(規則)を異にする者のことである。彼らは、何かをしゃべればそれが他者に或る意味(規則)で理解(誤解)されてしまうということを惧れている。だが、彼ら自身のなかに、明示しうるような規則(意味)もないのである。ドストエフスキーの人物たちを緊張させているのは、「教える」ことに存するパラドックスなのだ。

ドストエフスキーの小説が対話的なのは、人物たちが対立しあい多様な意見を「語る」からではなく、そんな意味ではもはや「語り」えないからである。われわれは、言語ゲームを共有するかぎりで語り合うことができ、対立することさえできるだろう。が、もしそうでないとしたら、「他者に語る」ことは戦慄すべき事柄である。ドストエフスキーの人物たちは、誰もが相互にこのような《他者》に直面しあっている。ここでは、客観的な言明も、私的な内面もありえない。むろん、そこから生じる涯しない饒舌の対極に、沈黙(ソーニャ、ムイシキン、ゾシマ長老)がある。だが、この沈黙も、饒舌と同様に、“他者”とのあいだにひらかれた「深淵」(キルケゴール)を飛びこえようとする言語行為なのである。

「人間を他者の言葉、他者の意識との関係において設定することが実にドストエフスキイの全作品を貫く根本テーマである」と、バフチンはいう。「他者の言葉」とは、くりかえしいうが、異なった言語ゲームである。同一の言語ゲームに立つかぎり、どんな対立や葛藤があろうと、モノローグ(独我論)的である。逆にいえば、ダイアローグ、あるいはポリフォニックなものとは、声や視点を多数化することによって得られるのではなく、もはやいわゆる対話が不可能な地点において「他者に語る」ことから生じるのである。逆に、そのような他者の前でのみ、自己の単独性が存する。》(柄谷行人『探求Ⅰ』P168-170)


……今日まで批評家や研究者はドストエフスキーの主人公たちの思想にとらわれてきた。作家の創作の意志は明確な理論的認識にまで達していない。思うにポリフォニイ小説の迷宮に入りこんだ人びとはみんなそこに道を発見できず、個々の声たちの背後に全体を聞きとれないでいる。しばしば全体の漠然たる輪郭すら捉えられず、声たちを結び合わす芸術の原理は全く耳に入らない。ひとはそれぞれ勝手にドストエフスキイの最後の言葉をあげつらい、しかもみんな一様にそれをひとつの言葉、ひとつの声、ひとつの抑揚〔アクセント〕だと思いこんでいる始末だが、そこに根本の間違いがある。ポリフォニイ小説の言葉を超え、声を超え、アクセントを超えた統一の世界は未開拓のままに残されている。(バフチン『ドストエフスキイ論』)

《ぼくはドストエフスキーのなかに、人間の魂の、度はずれに深い、だがあちこちの地点に孤立している、いくつかの井戸を見出します……あの道化役者たちも、『夜警』の人間とおなじように、照明と服装の効果でしか幻想的ではなく、ほんとうはどこにでもいる普通の人間なのかもしれません。……ただぼくをうんざりさせるのはね、人がドストエフスキーについて語ったり書いたりしているあの肩肘をいからせたいかめしさですよ。あなたは彼の諸人物の内面で演じている自尊心と誇の役割に注意したことがある? 彼にとっては、愛と過度のにくしみも、善意とうらぎりも、内気と傲岸不遜も、いわば自尊心が強くて誇が高いという一つの性質をあらわす二つの状態にすぎないのです。そんな自尊心と誇が、グラーヤや、ナスターシャや、ミーチャが顎ひげをひっぱる大尉や、アリョーシャの敵=味方のクラソートキンに、現実のままの自分の《正体》を人に見せることを禁じているというわけなのです……ドストエフスキーといえばね、さっきはぼくはあなたが思うほど彼から一転してトルストイのことを話しているわけではなく、トルストイはじつは大いにドストエフスキーをまねているのですよ。ドストエフスキーのなかには、やがてトルストイのなかで満面のほころびを見せるものが、まだしかめっ面をした、不平そうな顔で、たくさん詰まっているのです。ドストエフスキーのなかには、やがて弟子たちによって晴れやかにされる、プリミティヴ派のもつさきがけの不機嫌さがあるのでしょうね。》(プルースト「囚われの女」井上究一郎訳)

……それはカーニバル独特の時間であり、まるで歴史の時間から飛び出し、カーニバル独特の法則によって流れ、急激な転換と変身とを無限に内包しているところの時間である。かかる時間――もっとも、厳密にいうとカーニバルの時間ではなく、カーニバル化した時間――こそドストエフスキーが彼独自の芸術的課題を解決するのに必要だったのである。彼がその内部の深い意味を描き出したところの閾のうえや広場での事件、あるいはラスコリニコフ、ムイシュキン、スタヴローギン、イワン・カラマーゾフといった主人公たちは日常の生物学的、歴史的時間では明らかにすることのできないものであった。いやポリフォニイそのものが、それぞれ全権を有し、しかも内的に完結することのない意識たちの相互作用の事件として、時間や空間の全く別な芸術的概念、ドストエフスキイ自身の表現を用いると、《非ユークリッド》的概念を要求したのである。(同バフチン『ドストエフスキイ論』)

…………

◆ジャック=アラン・ミレール『エル・ピロポ El Piropo』より

人間の伝達においては、受信者がメッセージを後からそれを発信する者に送るのです。受信者が送るのというのは根本的には彼がメッセージの意味を決定するからです。他者に話すということは決して我々自身が言っていることを我々が分かっているということではありません。他者だけが我々にそれを知らせてくれるのです。そしてそれゆえに我々は互いに話し合うのです。それも常に内容のある情報を伝えるためとは限りません。むしろ相手から我々自身が何であるかを教わるためなのです。こういう理由からディスクールにおいて はつねに喚喩および隠喩が混じり合い、語るにおいて我々はいつも自分自身を越えたとこ ろに追いやられるのです。誰かの言うことを文字通りに取ることは大変失礼にさえ当たり ます。 というのは、 意味 sens は、 意味があるのは常にその彼方ですから、 むしろその人が 言うことの奥を聞き取らなければいけないのです。
主体、語る主体は自分自身で言っていることの主人ではありません。彼が語るとき、彼が言語を使用していると考えるときは、実は言語が彼を使用しているのです。彼が語るときには常に彼自身が言う以上のことを言います。自分が欲している以上のことを言うのです。そしてそのうえ、常に他のことを言います。こういう理由からディスクールにおいてはつねに喚喩および隠喩が混じり合い、語るにおいて我々はいつも自分自身を越えたところに追いやられるのです。誰かの言うことを文字通りに取ることは大変失礼にさえ当たります。というのは、意味sensは、意味があるのは常にその彼方ですから、むしろその人が言うことの奥を聞き取らなければいけないのです。


◆柄谷行人『探求Ⅰ』より

言葉が話し相手に向けられていることの意味は、はかりしれないほど大きい。実際、言葉は二面的な行為なのである。それは、それが誰のものであるかということと、それが誰のためのものであるかということの、二つに同等に規定されている。それは、言葉として、まさに、話し手と聞き手の相互関係の所産なのである。あらゆる言葉は、《他の者》に対する関係における《ある者》を表現する。言葉のなかでわたしは、他者の見地にみずからに形をあたえる。と言うことは結局、みずからの共同体の見地からみずからを表現する。言葉とは、私と他者とのあいだに渡されたかけ橋なのである。もしそのかけ橋の片方の端が私に立脚しているとすれば、他方の端は話し相手に立脚している。言葉とは、話し手と話し相手の共通の領土なのである。

だが話し手とはいったいなにものであろうか? たとえ言葉が全面的にはその者に属さないーー、いわば、彼と話し相手の境界ゾーンであるーーにしても、やはりたっぷり半分は言葉は話し手に属している。(パプチン「マルクス主義と言語哲学」桑野隆訳)

いうまでもなく、彼は、話し手と話し相手の両方が同時にみえるような「客観的」立場に立っているのではない。むしろ、“対話”とは「命がけの飛躍」であり、「私と他者とのあいだに渡されたかけ橋」は、それを渡るというより飛びこえるほかないものだといわねばならない。「言葉が話し相手に向けられているということ」は、話し手自身にとって「意味している」という特殊な内的経験などは存在しない、ということを意味する。フッサールがいうような「孤独な心的生活」においては、意味というものが“意味をなさない”のだ。そのかぎりで、“対話”は、独我論(方法的独我論=現象学)に対する決定的な批判の視点となりうるだろう。それは、われわれが「教える」側の視点と読んだものにほかならない。

パプチンは、近代の哲学・言語学・心理学・文学などは、すべてモノローグ的であり、単一体系性のなかに閉ざされているといっている。それに対して、彼は、ポリフォニックな、多数体系性を対置する。個人の意識に問いただすかぎり、われわれが見出すのは、きまって単一(均衡)体系である。ニーチェがいうように、「私たちが意識するすべてのものは、徹頭徹尾、まず調整され、単純化され、図式化され、解釈されている」(『権力の意志』)からだ。しかし、多数(不均衡)体系を、たんにそれに対置するだけでは、何もいったことにならない。P21-22

柄谷行人は後年、次のように書いている。

前期ウィトゲンシュタインは、「語りえないものについては沈黙しなければならない」と書いている(『論理哲学論考』)。その場合、「語りえないもの」とは、宗教と芸術である。この点で、ウィトゲンシュタインがカント的であることは容易に指摘しうる。(……)

しかし、後期ウィトゲンシュタインはどうか。『哲学探究』における言語ゲーム論では、科学・道徳・芸術といった領域的区分が廃棄されている。それは彼がカント的なものから遠ざかったように見えさせる。しかし、すでに述べてきたように、カントの「批判」の核心がそのような区分に関係なく、他者を持ち込むことにあったとすれば、むしろ後期ウィトゲンシュタインのほうがはるかにカント的なのだ。その「他者」は、経験的にありふれているにもかかわらず、超越論的に見いだされたものである。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

これはカントの「無限判断」、ヴィトゲンシュタインの「家族的類似性」、さらにはジジェクによればラカンの非-全体の論理に関係する(参照:「密閉した全体じゃない」)。

ドストエフスキーの「他者」が超越論的な他者であるなら、ドストエフスキー小説の語り口は超越論的であるといえるだろうし(もちろんそれだけではない)、それは「無限判断」、「家族的類似性」、「非-全体の論理」にもかかわる。

カントの哲学は超越論的――超越的とは区別されるーーと呼ばれている。超越論的態度とは、わかりやすくいえば、われわれが意識しないような、経験に先行する形式を明るみにだすことである。(柄谷行人『トランスクリティーク』P17)

「超越論的」とは、すなわち、《自分が暗黙に前提している諸条件そのものを吟味にかけるということ》であり、《超越的、つまりメタレヴェルに立って見下すものではなく、自己自身に関係していくもの》(柄谷発話 『闘争のエチカ』P53)ということになる。

ここで浅田彰の発言を挿入しよう(共同討議『トラウマと解離』 2001)。

メディア環境がどんどん解離的な状況を作り出す方向に向かっているのは、よく言われるとおりで、かなりの程度まで事実だろうと思います。メディアに接続することで、ここにいる自分とメディア空間の中の自分が多数多様なペルソナーー場合によっては性を年齢も異なったーーを演じ分けることができる、云々。

また逆に、そこから人間自身の捉え方も変わってくるんですね。統一性のもった心身で手ごたえのある世界を体験する、それこそがリアリティだと言うけれど、哲学的に反省してみれば、実はそれもヴァーチュアル・リアリティのひとつに過ぎない、と。

そもそも、人工知能のパイオニアのミンスキーが『心の社会』という表現を使っているように、心というのは多数のモジュールないしエージェントが統一的なプログラムなしに並列して走っているようなもので、その中には意識としてドミナントになるものもあるけれど、それとは別のリズムで意識には上らないまま動いているものもある、その総体が心なんだ、と。(……)人口知能で複数のモジュールを並列的に走らせる実験から逆に類推して、人間だって同じようなものだと考えるわけです。

こうした流れが、フロイトからジャネへの退行にもつながるわけでしょうし、柄谷行人流に言えばカントからヒュームへの退行につながるわけでしょう。ヒュームは、自己というのは多数の知覚の束だ、いわば蚊柱のようなものだ、と考えている。自己の一貫性と言ったって、選挙で内閣が替わっても外国との約束は引き継ぐという程度のものだ、と。ヒュームによるそういう徹底的な解体の後に、カントが、超越論的統覚Xという、いわばどこにもないものを持ってきて、新たな統合を図るわけですね。(……)

まあ、ヒュームからプラグマティズムに至るアングロ=サクソン的な伝統が再び優位になっているということでしょう。およそ、ファウンデーショナリズム(基礎付け主義)というのは、いわば神学の世俗化に過ぎず、有害でしかない。そのようなファウンデーションを自己言及的なパラドクスに追い込んで脱構築するなどと言っても、いわば否定神学的な観念の遊戯を出ない。そもそも、ファウンデーションなしに、複数の独立したゲームを並列的にプレイしてみて、それぞれがそこそこうまくいけばいいではないか、と。そういうローティ流のプラグマティズムが、いまもっとも支配的な哲学――というか反哲学でしょう。それが人工知能論などから見た「心の社会」論などともフィットするわけですね。

しかし、多少とも哲学的な立場からすると、それですべてが片付くとはとても思えません。もちろん、いまさら超越論的なものを天下り式に持ってくることはできない。けれども、カントの言った超越論的統覚だって、予定調和的に与えられているのではなく、あくまでXとしてあるわけですからね。あるいは、時代は下るけれど、ジャネが水平の解離を強調したのに対して、フロイトは強引に垂直も抑圧によって無意識まで含めた統合を図ろうとし、ラカンはそれをされに徹底して体系化しようとした、それを思弁的に過ぎると言って批判するのは簡単だけれど、逆にそれなしではものすごく単純な経験論とプラグマティズムに戻ってしまうという危惧があるわけです。


木村敏『時間と自己』より

われわれはドストエフスキーから多くのことを学ぶことができる。彼の作品に登場する多数の人物は、ムイシュキンやキリーロフのような癲癇患者だけでなく、全員がこの「現在の優位性」とでもいうべき特徴をそなえている。作中の人物がすべて作家の分身であってみれば、これはちっとも不思議なことではない。一例だけをあげれば、『悪霊』に登場する美貌の令嬢リザヴェータ……彼女にとって、過去・現在・未来の一貫した流れとしての一つの人生などというものは「見たくもない」ものなのである。彼女はスタヴローギンと駆け落ちして一夜の情事を経験した翌朝、「ぼくはいま、きのうよりもきみを愛している」というスタヴローギンに向って、「なんて奇妙な愛情告白かしら!きのううだのきょうだのと、なんでそんな比較が必要なの?」という。彼女は「自分がほんの一瞬間しか持続できない女だとわかっているので、」思いきって決心して「全人生をあの一時間きっかり〔の情事〕に賭けてしまった」のである。

一般に、ドストエフスキーの描く人物はいずれも他人に対して、ときには自分の生命を脅かすような危険な相手に対してすら不思議に無警戒で、分裂病親和者にみられるような他者の未知性に対する恐怖感は稀薄である。また、メランコリー親和者に特徴的な、既成の型の中での役割的対人関係も、彼の作品のどこを探しても見当たらない。彼の描く対人関係は、すべて現在眼の前にいる人との現在の瞬間における直接的な深い連帯感によって支えられている。

ドストエフスキーの意識における現在のこの豊かさは、彼がアウラ体験において死の側から生を眺めたときの壮麗な光景と、どこかで深くつながっているのではあるまいか。死は、生の側から未知の可能性として眺められたときには、身を縮まる恐怖の源となるだろう。しかしもし死を現在直接に生きることができるなら、それはこの上なく輝かしいものであるに違いない。(木村敏『時間と自己』P150)







2014年9月19日金曜日

言葉の独走

クーによる身体の欲動の噴出」で引用した若き浅田彰の言葉を若干編集して、そのいくらかを再掲してみよう。

・許し難く凡庸な優等生は、音楽の制度に余りにも見事に適合しているため、分節構造の内部のしかるベき位置に音を置いていくことしかできない

・打つことを知っている者は、――打つというのは知ってできることではないーー、彼らは音楽の制度から何ほどかずれているがゆえに、分節構造からはみ出るような音をどうしようもなく打ち出してしまう

・打つことにおいて身体の欲動が分節構造の只中に噴出する

・半ば連続体に身をひたしつつそこからとび出そうとする点、自らのうちにずれや複数性を孕んだ点が、振動しながらつらなってレース模様を織りなしていくとき、そこに音楽が生まれる


これはなにも音楽だけの話じゃないはずだ。
たとえば詩や散文でもこういうことはある。
そして「許し難く凡庸な優等生」は、知ってできることではない。

たとえば次の蓮實重彦の文は、「物語」と「小説」をめぐって書かれているのだが、ここにはエクリチュールの定義めいたものが読みとれる。

波瀾万丈の物語とは一つの語義矛盾である。あらゆる物語は構造化されうるもので、思ってもみないことが起るのは、その構造に弛みが生じ、物語がふと前面から撤退したときに限られる。挿話の連鎖に有効にかかわらない細部がときならぬ肥大化を見せるような場合に、かろうじて事態は波瀾万丈と呼びうる様相を呈するにいたる。物語を見捨てた言葉の独走といったことが起るとき、構造の支配が遠ざかって小説が装置として作動し始めるといったらいいだろうか。(蓮實重彦『小説から遠く離れて』)

ーー細部がときならぬ肥大化を見せ、《自らのうちにずれや複数性を孕んだ点が、振動しながらつらなってレース模様を織りなして》いき、言葉の独走といったことが起るとき、《そこに「エクリチュール」が生まれる》

もっとも「言葉の独走」とされているとしても誤解はしてはならない。

波瀾万丈とは、本来、そうした驚きの構造化されがたい衝突を意味しているはずなのだが、言葉が独走するときに起るその種の衝突は、必ずしも迅速さの印象を与えるとは限らない。それは停滞としても、迂回としても、無方向な横滑りとしても起りうる。(同蓮實)


以下は、《なるほど彼(石川淳)は、当代きっての巧みな日本語遣いというべきで、ときには威勢よく啖呵を切り、きわどい冗談をさらりと言ってのけ、下世話な題材を繊細な比喩でもっともらしい語り口に仕立てあげてみせたあたり、その小気味よさに思わずうっとしもしてしまう》としつつの蓮實重彦の「ボロクソ」芸の冒頭である。

何やら微妙な複雑さを身にまとい、理屈では解明しがたい神秘さをたたえているのが小説だとする視点は、文学に無償の価値を捏造して特権的に享受しようとする者たちの悪しき思い込みにすぎないし、その種の捉えどころのなさなど小説はいささかも必要としておらず、文学的な才能というものもその種の曖昧さによって擁護されたりはしないだろう。小説とは、漠たる曖昧さにとらえられた定義しがたい何かなのではなく、優れて厳密なものなのであり、しかも、厳密さとは、形式の問題ではなく、運動の問題にほかならないのである。小説とは、なによりもまず、厳密に作動する装置なのであり、物語があからさまなのは、それが厳密に作動することを回避し、もっぱら形式を踏みはずすことを恐れているだけの言葉だからなのだ。(写経:石川淳『夷齋筆談』と蓮實重彦の「ボロクソ」芸


ーーとすれば若いころ書いた自らの言葉が跳ね返って(「言葉の独走」に縁がない「許し難く凡庸な優等生」であることを自覚して)、書くのをやめたんだろうか、浅田彰。

子どもの頃、『ツァラトゥストラはこう言った』でニーチェが侮蔑を込めて描いている「最後の人間(末人)」の像に触れて、「これはまさに自分のことだ」と思ったのを覚えている。もはや想像と破壊の ドラマは終わり、すべてが平準化された中にあって、「最後の人間」たちは退屈な幸福を生きるだろう。

あらゆる情報を記録したテープがリミックスを加えて反復されるのを瞬きして眺めながら、(後の章に出てくる「小人」のように)「およそすべては円環をなして回帰する」などと小賢しく呟いてみせもするだろう・・・。

『早稲田文学』11月号に出た鎌田哲哉の私に宛てた公開書簡は、そのような「最後の人間」であることに居直る私に対し、「安直なニヒリズムを捨て、人間としてまともに生きよ」と呼びかけるものである と言ってよい。

その書簡は石川啄木の日記にならってローマ字で綴られている。 「僕は啄木のようにまともに生きる、あなたもまともに生きるべきだ」ということだろう。

その純粋な熱意は(ありがた迷惑とはいえ)ありがたいと思うし、そこに書かれた私への批判も(いくつかの点で異論があるとはいえ)おおむね受け入れる。
だが、残念ながら、私はその呼びかけに動かされることがなかった。

ひとつだけ、私の言葉に対する誤解と思われる部分に触れておこう。鎌田哲哉が部分的に引用している通り、西部すすむに「浅田さんがほとんど 書かなくなったのは世界や人類を馬鹿にしてのことですか」と問われて、私は「いや単純に怠惰ゆえにです。しいていえば、矮小な範囲で物事が明晰に見えてしまう小利口かつ小器用な人間なので、おおいなる盲目をもてず、したがってどうしても書きたいという欲望ももてない。要するに、本当の才能がないということですね。書くことに選ばれる人間と、選ばれない人間がいるんで、僕は選ばれなかっただけですよ。と、今言ったことすべてが逃げ口上にすぎないということも、明晰に認識していますけど」と答えている (『批評空間』Ⅱ-16)。

これは、私が本格的なものを書く力がないということ(私の「弱さ」)を、私が明晰に意識しているという意味ではない。書こうとする努力もせずに自分には書けないのだと前もって居直ってしまうことが逃げ口上にすぎないということを、明晰に意識しているという意味だ。
その意味で、私の立場に論理的な問題はないと思う。
では、倫理的な問題としてはどうか。

そのような早すぎる断念は卑怯な逃避として否定されるべきか。
むろん、私は、自分自身がそうできないだけにいっそう、断念を拒否してなんとか努力しようとする人(鎌田哲哉を含めて)を眩しく見上げ、可能なら助力しようとしてきたが、断念したい人に対して断念するなと言う気はさらさなないし、自分に対してそう言われたくもない。
努力したい人は努力し、断念したい人は断念する。
それでいいではないか。

ここで飛躍を厭わずフランシス・フクヤマが『人間の終り』で論じるバイオテクノロジーの問題ともからめて言えば、20世紀が限りない延命を目指した世紀だったのに対し、21世紀の課題はそれへの反省であり、具体的にいって、たとえば安楽死施設、さらには自殺(幇助)施設の合法化であると思う。

生きたい人は生き、死にたい人は死ぬ。それでいいではないか。

ニーチェは「最後の人間」について「少量の毒をときどき飲む。それで気持ちのいい夢が見られる。そして最後には多くの毒を。それによって気持ちよく死んでいく」と書いている。
かれの侮蔑にもかかわらず、私はそれも悪くない選択肢だと思わずにはいられないのだ。

もちろん、私はいますぐ死にたいというのではない。大江健三郎の『憂い顔の童子』で「母親が生きている間は自殺できない」という主人公の強迫観念が主題化されていたが、これはすでに父を喪った私にも大変よくわかる。

幸い、私はきわめて凡庸な常識人なので、倫理と言うより礼節の問題として。母より先に自殺するつもりはない。

そうやって生き延びている間は、「最後の人間」を気取って暇つぶしをしながら「i-modeかなにかでくだらないお喋りを続けること」があってもいいのではないか。
また生きて努力しようとする人々にささやかながら助力することがあってもいいのではないか。

だが、鎌田哲哉が、そのようなおせっかいは生の意思を死の病毒で汚染するだけだというのなら、私はそれを断念し、彼の後姿にむけて静かに幸運を祈るばかりである。

ーーと以前拾ったのだが、リンク切れになっている。http://www.fastwave.gr.jp/diarysrv/realitas/200512c.html


まあ浅田彰のことはどうでもいいというひとがいまでは多いし、
そうであるべきかもしれないけど、
オレは浅田彰と一年違いでね、
彼の若書きの文章読んで、
(雑誌に発表され始めたのは、1981年の『現代思想』)
ああ、これは「思想」やらなんやらから早々に「引退」しなくちゃな、
と観念した口なんだな。

浅田彰は東京生まれではないけれど
やっぱりオレのような田舎者は、中学・高校で決定的に遅れてるのさ
(頭のできぐあいは、ここでは割愛しておくよ、なあ、そうだろ?)

《東京に生まれるのはひとつの才能》(蓮實重彦)なのは間違いないから
大都市生まれの若いきみたち、頑張ってくれ

というわけでこの文章は何度読んでも、
ボカってやられる気分になるぜ

きみらの世代はいいねえ
おそらくそれなりに「有能」であるのだろう「思想家」の処女作出るのは
早くて三十前後だし、通常、三十半ばだから。

いや「引退」を観念するには遅すぎて引くに引けなかった輩が
多数、批評家や学者として棲息している時代じゃないか
とも言えるかもな

知識も基礎学力もない人たちが、こうまで簡単に批評家になれるとはどういうことですかね。最近の文芸雑誌をパラパラと見ていると、何だか多摩川の二軍選手たちが一軍の試合で主役を張っているような恥ずかしさがあるでしょう。ごく単純に十年早いぞって人が平気で後楽園のマウンドに立っている。要するに芸がなくてもやっていけるわけで、こういう人たちが変な自信をまでもっちゃった。(『闘争のエチカ』蓮實重彦)

ーーと蓮實重彦が語ったのは、すでに二十年以上前で
最近こんなことを語っているようだが
《結局20年経って思うのは、何も驚くべき事はないということで、これが一つの驚きだった》

ところで浅田彰のグールドをめぐるすばらしい映像と解説が
以前YouTubeにあったのだが消えているな

かわりに次の映像貼り付けておく
坂本龍一、小沼純一、浅田彰でさえ「寄生虫」のことしか殆ど語っていない
という言い方ができるかもしれないが、
バッハの啓蒙番組だからやむ得ないさ
そもそも音楽というのはバーンスタインのいうようには
なかなか語り難いものだよ

バーンスタインは、音楽における意味を四種のレベル、すなわち1)物語的=文学的意味 2)雰囲気=絵画的意味 3)情緒反応的意味 4)純粋に音楽的な意味に分類したうえで、 4)だけが音楽的な分析を行うに値すると述べて、「音楽を説明すべきものは音楽そのものであって、その周囲に寄生虫のように生じた、音楽以外のもろもろの観念ではない」とする。(見すてられた石切場





有名な曲・演奏の紹介が多いのだけれど
そのため逆にむしろあまり聴かなくなってしまった演奏録音であり
(オレにとってだけだけれどさ)
あらためて久しぶりに聴くのだけれど
いいねえ、懐かしいなあ
フルトヴェングラーの「まことに、この人こそ神の子であった
Wahrlich, dieser ist Gottes Sohn gewesen」まで挙げてるな
まさにオレと同年代のバッハ愛好者たちだね

熱中した少年時代の記憶さえ蘇ってくるな

私のなかに三、四度にわたってよみがえった存在は、そんなわけで、たったいま、時からまぬがれたともいうべき人生の断片を味わったのであったが、それを観想しようとすると、その観想は、永久的なものであるにもかかわらず、つかのまに逃げさって行くのだった。それでも、やはり私に感じられたのは、これまでの生活で、めずらしい間隔を置いて、そのような観想が私にあたえた快感こそ、みのりある、真実な、唯一のものであった、ということだ。(プルースト「見出された時」井上究一郎訳)

三人はオレと同世代ということもあるのだけれど
バッハを愛してSwingle Singersを聴かないってのはマガイだぜ

とは言いすぎだがね、
中学生のときスウィングル・シンガーズのシンフォニアを聴いて
幼い頃すこし習ったきりの、バッハのインベンションとシンフォニアの曲集を
あらためて練習しだしたな
そのとき惚れていた少女の顔まで浮かんで来るな
まさに「時からまぬがれたともいうべき人生の断片」だね





いまでもシンフォニアはこの第十一曲のト短調と
それに第六曲のホ長調を特権的に好むな
当時、ト短調が右手と左手の線を出すのがひどくむずかしくて
かわりにホ長調から練習しだしたのだな


ーーというわけで「知識も基礎学力もない」初老のディレッタントの戯言だぜ、この文章は




2014年9月13日土曜日

ネオナチ完全無視のすずしい顔の手合い

そもそもオレはなぜ日本のネオナチの醜悪さ・猥雑さに
こんなに不快と苛立ちをこんなに覚えるんだろ?
完全無視してすずしい顔の手合いも多いよな
あるいは嘆かわしく恐ろしい事態として憂う連中
すなわち本気で憂慮するわけではなく、
いつでも身を引くことができる身構えしてるヤツラだな
オレの苛立ちはそうじゃなさそうなんだな
どうだい? フロイトせんせ

…他人に対する一連の非難は、同様な内容をもった、一連の自己非難の存在を予想させるのである。個々の非難を、それを語った当人に戻してみることこそ、必要なのである。自己非難から自分を守るために、他人に対して同じ非難をあびせるこのやり方は、何かこばみがたい自動的なものがある。(フロイト『あるヒステリー患者の分析の断片』(症例ドラ))

オレもナチの資質をもってるのかいな
あいつらにオレの「否認された」内面のどろどろした部分をみせつけられるってわけかな
オマエな、追い討ちかけんなよ

自己を語る一つの遠まわしの方法であるかのように、人が語るのはつねにそうした他人の欠点で、それは罪がゆるされるよろこびに告白するよろこびを加えるものなのだ。それにまた、われわれの性格を示す特徴につねに注意を向けているわれわれは、ほかの何にも増して、その点の注意を他人の中に向けるように思われる。(プルースト『花咲く乙女たちのかげに』井上究一郎訳)

まあいいさ、オマエらふたり完全無視するぜ
ーーというわけにもいかないのか

ここでふたたび、反ユダヤ主義、反ユダヤ人妄想を思い返してみよう、この幻想(ファンタジー)の根源的な間主観的な性質の例として。ユダヤの陰謀という社会的幻想は、“社会は私から何を欲しているのか?”という問いにたいして返答を与える試みなのである。それは私が余儀なく参加させられる後ろ暗い出来事の意味を明るみに出す。この意味で、“投射”の標準的な理論、すなわち反ユダヤ主義者は、ユダヤ人の姿に自らの否認された部分を“投射する”という考え方では不充分である。“概念としてのユダヤ人”の姿は、反ユダヤ主義者の“内面的な葛藤”の外面化に帰すことはできない。逆に、それは次の事実(あるいはこの事実をなんとか処理しようとする)証拠である。すなわち主体はもともと非中心化されており、その意味と論理がコントロールを逃れてしまう不明瞭なネットワークの部分であるという事実である。

この理由で、幻想の横断traversée du fantasmeの問い(ひとびとの享楽を組織する幻想的な枠組みから最小限の距離をとるにはどうしたらいいのか? その効力を宙吊りにするにはどうしたらいいのか?)は精神分析的な治療とその終結にとって決定的なことだけではなく、われわれのこの時代、レイシストの高揚が再活性化された、あるいは世界的な反ユダヤ主義のこの時代において、おそらくまた最前線の政治的な問いでもある。伝統的な啓蒙主義的態度の不能ぶりは、反レイシスト運動の連中がもっともよい例になる。彼らは理性的な議論のレベルでは、レイシストの〈他者〉を拒絶する一連の説得力のある理由を掲げる。しかし、それにもかかわらず、彼らは自らの批判の対象に明らかに魅せられている。結果として、彼らのすべての防衛は、現実の危機が発生した瞬間(たとえば、祖国が危機に瀕したとき)、崩壊してしまう。それはまるで古典的なハリウッド映画のようであり、そこでは、悪党は、――“公式的には”、最終的に非難されるにしろ、――それにもかかわらず、われわれの(享楽の)リビドーが注ぎ込まれる(ヒッチコックは強調したではないか、映画とは、ただひたすら悪人によって魅惑的になる、と)。

最も重要な課題は、敵を弾劾し打ち負かすことではない。その仕事は容易に、敵のわれわれを把持を強めてしまう結果に終わる。肝要なのは、われわれを魅了させる(幻想的な)呪縛をどうやって中断させるかということだ。幻想の横断traversée du fantasmeのポイントは、享楽から免れることではない(旧式の左翼の清教徒気質モードのような)。むしろ、幻想にたいして最小限の距離をとるということは、いわば、幻想的な枠組みから享楽を“鉤から外し取る”ということであり、かつまた享楽は、非決定的な、分割的ない残余であることに気づくことである。すなわちそれは、歴史的な慣性の支持をする固有に“反動的”なものでもなく、かつまた既存の秩序の束縛を掘り崩す解放的な勢力でもないのだ。(ジジェク『LESS THAN NOTHING』私テキトウ訳)

ネオナチという悪役にじつは魅了されてるだって?
で幻想にたいして最小限の距離をとる?
ーーそんな厄介にも穿ったこというなよ、ジジェクさんよ

まあここではレベルを落としてちょっと疑ってみるだけにするよ
反ファシズムを声高に言い募る「正義」のひとたちは
たとえば実は「権力欲」の強いヤツではないかと

われわれは、権力志向という「人間性」が変わることを前提とすべきでなく、また、個々人の諸能力の差異や多様性が無くなることを想定すべきではない。(柄谷行人『トランスクリティーク』)
差別は純粋に権力欲の問題である。より下位のものがいることを確認するのは自らが支配の梯子を登るよりも楽であり容易であり、また競争とちがって結果が裏目に出ることがない。差別された者、抑圧されている者が差別者になる機微の一つでもある。(……)

些細な特徴や癖からはじまって、いわれのない穢れや美醜や何ということはない行動や一寸した癖が問題になる。これは周囲の差別意識に訴える力がある。何の意味であっても「自分より下」の者がいることはリーダーになりたくてなれない人間の権力への飢餓感を多少軽くする。(中井久夫「いじめの政治学」)

もちろんこれだけではない
次のような「トラウマ」の経験者という側面もあるさ

……心的外傷には別の面もある。殺人者の自首はしばしば、被害者の出てくる悪夢というPTSD症状に耐えかねて起こる(これを治療するべきかという倫理的問題がある)。 ある種の心的外傷は「良心」あるいは「超自我」に通じる地下通路を持つのであるまいか。阪神・淡路大震災の被害者への共感は、過去の震災、戦災の経験者に著しく、トラウマは「共感」「同情」の成長の原点となる面をも持つということができまいか。心に傷のない人間があろうか(「季節よ、城よ、無傷な心がどこにあろう」――ランボー「地獄の一季節」)。心の傷は、人間的な心の持ち主の証でもある(「トラウマとその治療経験――外傷性障害私見」『徴候・記憶・外傷』所収P93)

それに戦争トラウマがなかったら、戦争のにおいを嗅ぎつける嗅覚も弱いに決まってるさ


戦争を知る者が引退するか世を去った時に次の戦争が始まる例が少なくない。(中井久夫「戦争と平和についての観察」ーー「政治からは顔をそむけるふりをしながら彼らが演じてしまう悪質の政治的役割」)

たとえばヘイトスピーチの「ファシスト」猖獗に
孟子の「惻隠〔みてしのびざる〕の情」なんてことは言わないでおくよ
「理念」で対抗とかな
むしろ《同情は同一化から生まれる》(フロイト『集団心理学と自我の分析』)だな
想いだしておくのは。
同情するから同一化して心配するのではない
同一化が先にあるというヤツだ

ところで、だいたいネオナチなんてヨーロッパで席巻してんだから
それに苛立つことすくなく日本のネオナチに頭に血がのぼるってのは
「愛国者」なんだろうか
だったら「愛国保守議」員と同じ穴の狢じゃねえか、はあ?
西田昌司議員、稲田朋美議員、高市早苗議員さんたちとさ

それとも日本独自のネオナチが不快なんだろか

ヒットラーが羨望したといわれる日本のファシズムは、いわば国家でも社会でもないcorporatismであって、それは今日では「会社主義」と呼ばれている。(柄谷行人「フーコーと日本」)

「母性的な共感の共同体」ってヤツだな

公的というより私的、言語的(シンボリック)というより前言語的(イマジナリー)、父権的というより母性的なレヴェルで構成される共感の共同体。......それ はむしろ、われわれを柔らかく、しかし抗しがたい力で束縛する不可視の牢獄と化している。それがハードな国家幻想に収束していく可能性はたしかに小さくなったかもしれないとしても、だからといってソフトな閉塞に陥らない という保証はどこにもないのである。(浅田彰「むずかしい批評」(『すばる』1988 7 月号ーーおみこしの熱狂と無責任」気質(中井久夫)、あるいは「ヤンキー」をめぐるメモ

これだってオレにはまったく馴染めなかった会社主義や共感の共同体
それに見事に馴染み切って人生泳いでいる手合いへの羨望ってわけかな

ラカンは、ニーチェやフロイトと同じく、平等としての正義は羨望にもとづいていると考えている。われわれがもっていない物をもち、それを楽しんでいる人びとに対する羨望である。正義への要求は、究極的には、過剰に楽しんでいる人を抑制し、誰もが平等に楽しめるようにしろという要求である。(ジジェク『ラカンはこう読め!』)


まあいいさ、オレは海外住まいの暇人だからな
暇だといろいろ「余分なこと」で苛立ってみせるのさ
自分の食べることで精一杯で余裕なんてなかったら
ネオナチなんてどこ吹く風なんだろうよ

排外主義にしろ戦争準備政権にしろ、つまりは「我われの問題」としてはとらえていない、ということだ。自分たちとは関係ない別世界のお話し。リアリティへの眼差し以前の、無関心と無知と無自覚。

でも、それも仕方ないことだとも思う。例えば、アベノミクスで経済の上向き期待感を与えてくれるならば、起きるかどうか不確かな戦争への傾斜の怖れなんかに気をとめるだろうか。この政策なら明日の給料がすこしでも上がって、すこしでも生活が楽になるかもしれないと思わせてくれるなら、安倍政権の欺瞞と虚偽に目が向くだろうか。

みんなみんな自分の食べることで精一杯。余裕なんてありゃしない。無関心と無知と無自覚なんて言われたら腹が立つ。だってみんな精一杯生きてるんだから。甘く見てはならないとか高をくくってはならないとか、「日常」をねつ造するメディアに流されないようになんて言われても、財布の中身のほうが大切に決ってる。(「甘く見てはならないとか高をくくってはならないとかなんて言われても」)

要するにそれぞれ「歯痛」を抱えている輩ばかりなんだろうよ


器質的な痛苦や不快に苦しめられている者が外界の事物に対して、それらが自分の苦痛と無関係なものであるかぎりは関心を失うというのは周知の事実であるし、また自明のことであるように思われる。これをさらに詳しく観察してみると、病気に苦しめられているかぎりは、彼はリピドー的関心を自分の愛の対象から引きあげ、愛することをやめているのがわかる。(……)W・ブッシュは歯痛に悩む詩人のことを、「もっぱら奥歯の小さな洞のなかに逗留している」と述べている。リビドーと自我への関心とがこの場合は同じ運命をもち、またしても互いに分かちがたいものになっている。周知の病人のエゴイズムなるものはこの両者をうちにふくんでいる。われわれが病人のエゴイズムを分かりきったものと考えているが、それは病気になればわれわれもまた同じように振舞うことを確信しているからである。激しく燃えあがっている恋心が、肉体上の障害のために追いはらわれ、完全な無関心が突然それにとってかわる有様は、喜劇にふさわしい好題目である。(フロイト『ナルシシズム入門』フロイト著作集5 p117)


やっぱり日本は貧しくなったんだろうな
引き返せない道」(中井久夫)歩んでるんだよ

@hazuma: ぼくは第二次大戦については、戦争悪いとかとは別に、いちどあれだけリベラルでモダンになった日本が急速に竹槍とかモンペ一色になっていく、その文化的墜落にいつも衝撃を受けるのよね。その点では、この15年ほど似たような墜落が生じていると感じていて、このあと戦争がなかったとしても嫌だ

@hazuma: いまはバブル世代や団塊ジュニアって評判悪いけど、95年までの日本はどうのこうのいいながら余裕があって、嫌韓本がベストセラーになったりすることはなかった。それは単純にいいことなんじゃないですかね。「戦わなければ生き残れない!」とか、そりゃそうかもしれないけど、基本下品ですよ。 (東浩紀)


2014年9月8日月曜日

農夫/水夫の間の機敏なフットワーク(商人=観光客)

そうだなあ
昨日の投稿はそこまで書かなかったけれど
きみの言うとおり、東浩紀氏は
《村人/旅人/観光客は、思想用語で言うと、共同体/他者/両者のあいだをパートタイムで行き来する人です。》と言っているのだから
柄谷行人の
《経験論/合理論/経験論と合理論の「間」で機敏なフットワークの駆使》そのままかもな
そして、それが、農夫/水夫/商人となるのかもな
しかもいたずらに観光客=商人を顕揚するのはまずいってのは、
最後に柄谷行人引用して書いたこれだよな
まあオレは東浩紀氏の著書を読んでないからそこまでは書けないのだよ

…………

芸術家でも職人でもないタイプ、職人に対しては芸術家といい、芸術家に対しては職人というタイプである。それは「枠」を自覚し越えるようなふりをするが、実際は職人と同じ枠のなかに安住しており、しかも職人のような責任をもたない。中野は、これを「きわめて厄介なえせ芸術家」と呼んでいる。なぜなら、彼らを芸術家の立場から批判しようとすれば、自分は職人であり大衆に向かっているのだというだろうし、職人の立場からみれば、彼らは自分は芸術家なのだというだろうから。(柄谷行人「死語をめぐって」)

この文の「芸術家」と「職人」に、「水夫」と「農夫」を代入してみよう。あるいは合理論者と経験論者でもいい。《彼らを水夫(合理論者)の立場から批判しようとすれば、自分は農夫(経験論者)であるというし、農夫の立場からみれば、彼らは自分は水夫だというだろう》--このきわめて厄介なヌエのような存在が、実際の「商人」の実態なのだ。


…………

これだと観光客はヌエのような存在になりかねないということになるな
でもこのあたりは東浩紀氏もわかっていてそれにもかかわらず
キャッチフレーズ的な「観光客」の顕揚のはずだよ

たとえば、これも読んでいない本の断片を拾ったのだがね

千葉雅也(動きすぎてはいけない)@ 逃走は、少なくとも二度、加速されなければならない。一度目は、しがらみを笑い飛ばすイロニー的な初速として。二度目は、そこから伸びるリゾームを、《この》加/減でよしと、笑って済ませるユーモア的なトップ・ギアとして。

農夫からの逃走は、一度は水夫=合理論者のイロニーだな
二度目は、商人=観光客のユーモアということになる
水夫=合理論者のイロニーなしの
商人=観光客のユーモアなんてのはプレモダンさ

このあたりは彼らにはほとんど「常識」なんだよ
上のイロニーとユーモアはほぼドゥルーズのマゾッホ論のほぼパクリだがね
それにもうひとつドゥルーズの超越論的経験論だな
オレはこのあたりはよく知らないけれど
浅田彰の説明する超越論的経験論にぴったりだよ


ドゥルーズは「超越論的経験論」という一見逆説的なことを言っている。ただちに経験論につく前に、いちど徹底的に超越論的であれねばならない、というわけです。

その立場から見たときに、カントはたしかに超越論的領野を発見したけれども、それを経験的領野の引き写しにしてしまうことで、超越論的な探求を中途半端に終えてしまった、ということになる。

つまり、「私とは一個の他者である」というランボーの言葉を先取りするような形で、超越論的な自己と経験的な自己の分裂、見方を変えれば自己の諸能力の分裂を発見しながらも、経験的領野において前提されていたデカルトの「良識(ボン・サンス)」につながるような「共通感官(コモン・サンス)」における諸能力の調和を密輸入することで、そのような分裂をあまりに性急に縫い合わせてしまった、ということになるわけです。

ただし、カント自身、晩年の『判断力批判』において、「美」の共通感官を論じたあと、「崇高」を論じたところで、それを超える方向を示している。その方向を徹底的に突き進めなければならない。

諸能力を、超越論的というより、超越的に使用すること、つまり、それぞれの能力がそれぞれの原理に従って行くところまで行くようにに仕向けてやることで、「ボン・サンス」や「コモン・サンス」の閉域を突き破り、やはりランボーが「あらゆる感覚の錯乱」と呼んだような非人称的な高次の経験へと突き抜けていかなければならない。そのような経験に定位するのが、高次の経験論、つまり超越論的経験論だということになるわけです。(『批評空間』1996Ⅱー9 共同討議「ドゥルーズと哲学」(財津理/蓮實重彦/前田英樹/浅田彰・柄谷行人)より)


――というわけでたいした「発見」じゃないさ
農夫どもは気がつかないだけだな


2014年8月29日金曜日

「卑しいごますり作家どもに災いあれ」

@cbfn: ・・・或るシンポジウムで、文学の危機を口にするフランス人文学研究者に対して蓮實さんは、「場所を特定し得ぬものに危機の診断を下すことを私は一切する気は御座いません」というような応答をしたそうです。伝聞ですから正確な表現は知りませんが、見事に正当な応答だと思います(丹生谷貴志)

とはいえ、文学だけに限らず、書くだけで喰っていけた作家という職業の危機というものはあるのだろう。もちろんそんな作家はかつてから稀ではあったのだろうが、今は芥川賞を取っても、小説だけ書いて生活できる者は一握りしかいないわけで、大学で教師などとの兼任がどうしても必要となる。

詩人? 詩人ならなおいっそうのこと。

《基本的に生活をかけて仕事をしてきたから、ずっと書きつづけてきたってことはあると思います。 もちろん詩を書く仕事だけじゃありませんですけどね。 僕の同世代の詩人たちは、大学の先生とか定職を持っていた人も多かった。僕は書いて稼ぐしかなかったんです》 (谷川俊太郎

…………


《自分の作品が「新潮」に掲載されたときの原稿料が一枚八百円(当時は日給がちょうど八百円くらい)》との北方謙三の発言に対し、《卵の値段と原稿料は変わらない》(川上弘美)。


そもそも小説家というのは、ヤクザや売春婦にもなれない人間が、最後の寄る辺としてなるものであって、なろうとしてなるものじゃないですね。(矢作俊彦

古井由吉のように大学教師を辞めて原稿料一本で生活するなどということはいまでは滅多にないはずだ。

古井由吉は、手取りの月給が10万円に届いていない時代の大学教師を辞めて書いた第一作は240枚の『杳子』であり、当時の文芸雑誌の原稿料は600円から1000円なので、当分の計算は立った、と語っている(『人生の色気』)。

僕は、大江健三郎にせよ村上春樹にせよ、まともな文学が読まれなくなり、『ハリー・ポッター』が世界を制覇するような状況に、敏感に反応してるとは思う。(……)かつてのような文学はある意味で終わったんだから、どんどん攻めていかないとダメだっていう危機感が作家たちにあるんじゃないか。(……)

古井由吉みたいに衰弱を衰弱として見せるみたいな本当に高級な芸の境地に達しちゃえば、本が一〇〇〇部しか売れなくてもすごいって言ってられるかもしれない。でも、ある程度社会的に発信しようと思った場合、いわゆる純文学なんて言ってられないんじゃないか、と。(浅田彰「憂国呆談」)

やはり作家たちの危機感というものはあるはずで、冒頭の蓮實重彦の発言は、そのことについて「文学の危機」と抽象的に言ってしまってはいけないといういう含みもあるのではないか。

…………

哲学書としては異例の2万部を記録した『動きすぎてはいけない』で思想界を震撼させた千葉雅也さんが『別のしかたで ツイッター哲学』を上梓した。千葉さんの日頃のツイートをまとめたこの本、ページをめくると、哲学、トンカツ、学問論、ダチョウ倶楽部、精神分析など、話題は多様だ。ツイート同士に繋がりがあるものもあれば、ないものもある。時系列もバラバラで、白紙のページもある。(「ツイッターによる哲学書とは」)

――とあり、『動きすぎてはいけない』は《異例の2万部》とのことだが、浅田彰の『構造と力』が《難解な哲学書としては異例の15万部を超すベストセラーとなり、ある種の社会現象にまでなりました》ことに思いを馳せれば、いかにも2万部は少ない。日本からの情報はほとんどツイッターから得ているだけなのだが、あれだけの作家名・作品名の露出があるのだから、5万部ぐらいは売れているのではないか、となんとなくーー要するに旧世代の時代錯誤的感覚でーー憶測していたのだが。

「別のしかたで」とは、これは千葉雅也氏の書の内容とは別にして、ある程度社会的に発信しようと思った場合、思想書なんて言っていられないことによる「啓蒙書」分野への殴りこみでもあるはずで、これは國分功一郎氏の『暇と退屈の倫理学』も同様なのだろう。

(この二人の作家の書物を読んだことがない者が書いていることを断わっておく。國分氏のものをウェブ上でその断片を読んだ程度だ)

もっともドゥルーズは、「別の仕方で」を次のように使っており、本来はおそらくこっちの意味なのだろう。

現在に抗して過去を考えること。回帰するためでなく、「願わくば、来たるべき時のために」(ニーチェ)現在に抵抗すること。つまり過去を能動的なものにし、外に出現させながら、ついに何か新しいものが生じ、考えることがたえず思考に到達するように。思考は自分自身の歴史(過去)を考えるのだが、それは思考が考えていること(現在)から自由になり、そしてついには「別の仕方で考えること」(未来)ができるようになるためである。(ドゥルーズ『フーコー』「褶曲あるいは思考の内(主体)」宇野邦一訳)

あるいは、「別のしかたで」とは、「非現働的な仕方で」とも読み替えてみたい誘惑にかられる。

能動的に思考すること、それは、「非現働的な仕方でinactuel、したがって時代に抗して、またまさにそのことによって時代に対して、来るべき時代(私はそれを願っているが)のために活動することである」。(ドゥルーズ『ニーチェと哲学』江川隆男訳)

これは、ニーチェの『反時代的考察』unzeitgemässe Betrachtungからの引用であるが、「非現働的な仕方でinactuel」とは、ニーチェ訳文だとおおむね「反時代的に」となっている(『反時代的考察』の仏旧訳は”Considérations intempestives”、新訳では ”Considérations inactuelles”)。「啓蒙的」であることは、現在の読者に向けてへの教育という面があるのだから、啓蒙的であることと、反時代的(季節外れ、流行遅れ)であることは、いささか両立しがたい態度ではないだろうか。ーーと書けば、ドゥルーズやフーコー、あるいはニーチェだって、啓蒙的な書はあるという反論はあるだろうし、そもそもこういう考え方とは、また「別の仕方」の考えをとらざるをえないのが現代という時代なのかもしれない。


以下の蓮實重彦の語りは、氏がつねにこの態度であったかどうかは別にして、学生や読み手に背中を向けた「反啓蒙的な」姿勢を表現している。もっともこの態度が非現働的であるのかどうかは充分に議論の余地があるだろうが、《むなしい「恋文」のよう》に書く態度が、現在の書き手のなかでどれほど見られるものだろうか。

私は、まだ撮ったことのない映画を撮るようにして、作家と向かい合っていたのではないかと思います。要するに、徹底した観客無視です。見る者を代表するかたちで、一般観客向けに、この作品はこう理解すべきだといったことはいっさい口にしてない。おそらく、そんな批評は、これまであまりなかったのかも知れません。自分ではそうは思わないのですが、初期の私の映画批評がしばしば難解だといわれたのは、おそらくそのことと関係しています。澤井さんもいわれるように、私の批評は、見る人のことなどまったく考えず、もっぱら撮る人のことばかり考えて書かれたむなしい「恋文」のようなものだったのかも知れません。日本語を読むことのない外国の監督たちに触れている場合もそうした姿勢を貫いてきたので、翻訳で私の書いたものを読んで、それを介して親しくなる監督の数も増えてきました。考えて見ると、私は、外国の映画研究者よりも、外国の映画作家たちとずっと話が合うのです。

そうしたことが、教師としての私の姿勢にも現れていたのでしょう。この作品はこう読めといったことはいっさい無視し、勝手に映画作家たちへの「恋文」めいたことをまくしたてていた私の授業を聞いておられた若い人たちを、映画を語る方向ではなく、多少なりとも映画を撮る方向に向かわせることができたのは、そうしたことと無縁ではないのでしょう。(蓮實重彦インタビュー「作り手たちへの恋文」)


いずれにせよ、一時的には「啓蒙的」であることを選択せざるをえないとき、本来、非現働的な仕方で(inactuelに、であるならば、非現勢的、すなわち潜在的virtuelに)書かれるべき思想書の質の低下をどのように歯止めるかが問われるところだ。

「非現働的」とはプルースト流に言えば、《沖合いはるかな遠い未来のなかに》でもあるだろう。

自分の作品にその独自の道を たどらせようと思えば(……)その作品を十分に深いところ、沖合いはるかな遠い未来のなかに送りださなくてはならない。(プルースト「花咲く乙女たちのかげに」)

さらにはまた何年もかけて仕上げた「思想書」よりも、わずかの期間で仕上げた啓蒙書ーーここでの「わずかの期間」とは語弊を惧れるがーーのほうが数倍も売れてしまったとき(いや同じ程度でもよい)、本来の「思想書」に回帰する書き手はそれほど多くないはずだ。

お金があらゆる善の根源だと悟らない限り、あなたがたは自ら滅亡を招きます。(アイン・ランド『肩をすくめるアトラス』)

金にある程度かたがついても(あるいは金銭欲がもともとなくても)、「名声」というよりいっそう厄介なものが待っている。

ロダンは名声を得る前、孤独だった。だがやがておとずれた名声は、彼をおそらくいっそう孤独にした。名声とは結局、一つの新しい名のまわりに集まるすべての誤解の総体にすぎないのだから。(リルケ『ロダン』)

金と名声とは、すなわち市場と名声であり、そこでは市場の蠅が待っている。

民衆は、真に偉大であるもの、すなわち創造する力に対しては、ほとんど理解力が無い。市場と名声とを離れたところで、全ての偉大なものは生い立つ。市場と名声を離れたところに、昔から、新しい価値の創造者たちは住んでいた。
 
逃れよ、私の友よ、君の孤独の中へ。
 
私は、君が毒ある蝿どもの群れに刺されているのを見る。逃れよ、強壮な風の吹くところへ。
 
逃れよ、君の孤独の中へ。君は、ちっぽけな者たち、みじめな者たちの、あまりに近くに生きていた。目に見えぬ彼らの復讐から逃れよ。君に対して彼らは復讐心以外の何物でもないのだ。
 
彼らに向かって、最早腕をあげるな。彼らの数は限りが無い。蝿たたきになることは、君の運命ではない。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』「市場の蝿」(手塚富雄訳)


もちろんこれだけではない。評判となった作家の第一作とその後の第一作とは、かねてから、このようであろう。

芥川賞を初め、文学賞受賞作と受賞後第一作との相違を次のように定式化することができる。受賞作にあるあらゆる萌芽的なもののうち、受賞第一作においては、受賞によって光を当たられた部分が突出しているとーー。しばしば、受賞作にある豊穣さは第一作においては単純明快化による犠牲をこうむっている。(中井久夫「創造と癒し序説」『アリアドネからの糸』所収)

サドは、《卑しいごますり作家どもに災いあれ》とかつて書いたが、作家たちは、その多寡、意識的/無意識的な相違はあるにしろ、ごますりを免れるのは難い、とくに社会的に発信しようと思えば、それはどうしても避けがたくなる。だが現在はなおいっそうのことそうなのだろう。


…………

※附記:いまではほとんど通用しなくなってしまった言葉たちを並べておこう。

作家というものはその職業上、しかじかの意見に媚びへつらわなければならないのであろうか? 作家は、個人的な意見を述べるのではなく、自分の才能と心のふたつを頼りに、それらが命じるところに従って書かなければならない。だとすれば、作家が万人から好かれるなどということはありえない。むしろこう言うべきだろう。「流行におもねり、支配的な党派のご機嫌をうかがって、自然から授かったエネルギーを捨てて、提灯持ちばかりやっている、卑しいごますり作家どもに災いあれ」。世論の馬鹿げた潮流が自分の生きている世紀を泥沼に引きずりこむなどということはしょっちゅうなのに、あのように自説を時流に合わせて曲げている哀れな輩は、世紀を泥沼から引き上げる勇気など決して持たないだろう)。(マルキ・ド・サド「文学的覚書」、『ガンジュ侯爵夫人』)
公衆から酒手をもらうのとひきかえに、彼ぱ己れの存在を世に知らしむるために必要な時間をさき、己れを伝達し、己れとは本来無縁な満足を準備するためにエネルギーを費消する。そしてついには栄光を求めて演じられるこうしたぶざまな演技を、自らを他に類例のない唯一無二の存在と感じる喜ぴ――大いなる個人的快楽―――になぞらえるにいたるのだ。(ヴァレリー『テスト氏との一夜』)
文学の地位が高くなることと、文学が道徳的課題を背負うこととは同じことだからです。その課題から解放されて自由になったら、文学はただの娯楽になるのです。それでもよければ、それでいいでしょう。どうぞ、そうしてください。それに、そもそも私は、倫理的であること、政治的であることを、無理に文学に求めるべきでないと考えています。はっきりいって、文学より大事なことがあると私は思っています。それと同時に、近代文学を作った小説という形式は、歴史的なものであって、すでにその役割を果たし尽くしたと思っているのです。(……)

いや、今も文学はある、という人がいます。しかし、そういうことをいうのが、孤立を覚悟してやっている少数の作家ならいいんですよ。実際、私はそのような人たちを励ますためにいろいろ書いてきたし、今後もそうするかもしれません。しかし、今、文学は健在であるというような人たちは、そういう人たちではない。その逆に、その存在が文学の死の歴然たる証明でしかないような連中がそのようにいうのです。(柄谷行人「近代文学の終り」
20世紀の歴史的事実をなかったことにしたり、既に相対化されてしまったと割り切ったりするわけにはいかない。例えば文化的には、モダニズムということで文学でも、ジョイスやベケットがいて現代文学があった。日本でも大江健三郎や中上健次がいて今がある。しかし、特にここ10年くらい、そうした現代文学がなかったかのようにして、大正時代のような小説が平気で書かれる。確かに、ジョイスとかベケットの後では書けないとか、大江健三郎、中上健次の流れだけが現代日本文学だとかいうのは一方的過ぎるけれども、それは一回知っておくべきだし、それを知ってしまうとナイーブに物語は書けないはず。ところが、書き手自身がジョイスやベケットも読まないし、大江健三郎も中上健次も読まない、そして、なんか大正時代の文学が好きだからなんか書いてみたらこうなりましたとなる。それが芥川賞を取ったりする。これは驚くべきこと。(浅田彰氏講演録「知とは何か・学ぶとは何か」2001)

…………

◆蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』

(凡庸さ)はたんなる才能の欠如といったものではない。才能の有無にかかわらず凡庸さを定義しうるものは、言葉以前に存在を操作しうる距離の意識で あり方向の感覚である。凡庸な芸術家とは、その距離の意識と方向の感覚とによって、自分が何かを代弁しつつ予言しうる例外的な非凡さだと確信する存在なの だ。
語るべき根拠を持たぬままに語ること。知の欠如という消極的な無知を何とか埋めながら、ほどよい物語を語ってみせるというのではなく、無知に徹することで物語を宙に迷わせること。この凡庸な時代に文学たりうる言葉は、何らかの意味でその種の愚鈍さを体現している。

あるいは書くことへの不断の信仰を仰々しく述べるマクシム・デュ・カンの言説にたいして、

……安堵と納得の風土の中に凡庸さが繁殖する。そこに語られる言葉が紋切型というやつだ。(……)どこかしら正当な根拠のようなものと戯れ続けることで日々の執筆を習慣化したマクシムには、ギュスターブ(フローベール)のように書くことの無根拠と戯れる愚鈍さが欠けていたというべきだろう。
マクシムは、ただひたすら筆を走らせていたわけではなく、きまって何かを書くために、情熱的にペンを握り続けていたのだ、書くにふさわしい根拠を発見したときのみ、筆を走らせていたというマクシムの「情熱」は、もっぱら、その書くべき何かに向けられていたにすぎない。そのとき言葉は、素直に筆に従属するのみで、書き手を脅かす薄気味悪い環境へと変貌したりはしないようだ。ただ、書くことの無根拠さをきわだたせることは避けようとする配慮だけが、その筆を支えていたのである。

マクシムにとって、書くという「職人」的な「勤勉」さは、必然性を欠いた愚鈍な振る舞いであったためしがない。(……)マクシムにとっての書くことは、書かないでいることとは異質の特権的ないとなみにほかならず、「職人」的な「勤勉」さによってよく書くことへの善意がきまって報われるだろうと信じている。そして、不幸にして、その事実を信じて疑おうとはしない。みずからの犯した説話論的な錯誤のかずかずが、ことによったら、よく書くことへと誘う不実な言葉の裏切りによるものだとはまるで考えてもみないようだ。それが、無根拠に言葉と戯れうる愚鈍さを欠いたものの不幸にほかならない。

文学は、マクシムとともに、その不幸の別名となる。書くことが、書かずにいることとは異質の意味あるいは振舞いだと教えられてしまった相対的に聡明な者たちが支えあう文学の中で、マクシムは典型的な文学者の表情を獲得する。徹底した根拠の不在と進んで戯れうる無暴な愚鈍さに恵まれない作家たちは、はからずも知ってしまったことを正当な理由に仕立てあげ、多くの物語を不断に語り続ける。晩年のマクシムの信仰告白がふと洩らしているのは、そうした文学の不幸にほかならない。多くのことを知りながら、その不幸の凡庸さだけは知るまいとして、文学は百年に及ぶ歴史を刻んでしまったのだ。