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2014年9月5日金曜日

平均律の演奏家たち




名手たちの聴き比べだが、アンドラーシュ・シフ(András Schiff )は、こうやって断片だけ取り出すと水際立っているように感じるときがある、ーー新鮮な果実を果汁を滴らせながらかぶりついている感覚とでもいったらいいのだろうかーー、そうかといって全曲を聴き通すと、わたくしの場合、ゴールドベルグだけでなく、他の演奏でも、退屈してしまうことが多い(エロスが足りないのじゃないか、シフには。性戯は不得手そうだからなあ)。平均律などシフの演奏で通して聴いてみようとは思わない。いま通してしばしば聴くのはアファナシェフだ。この二週間ほどはこうやってブログなどを書いているときは、ピアノ演奏なら彼のバッハを聴いていたのだか、さすがにそろそろ飽きてこないでもない(そもそも平均律を通して聴くというのは邪道なのだろうが)。上のゴールドベルグを聴けば分かるようにバレンボイムも、あるいはポリーニの平均律も、--この男根主義者たちめ!ーーバッハは向かないぜ。

この平均律のニ長調のプレリュードを聴き比べたって、シフの演奏はすばらしい(まてよ、何度も聴いていると、最初最も退屈だったRosalyn Tureckがなぜかよくなってくるのだな……)。






グールドのバッハ演奏を聴いて育ったようなところがあるのだが、平均律だけは、最初にスヴャトスラフ・リヒテルのレコードーーわたくしの少年時代はレコードの時代だーーを購入している。それと殆ど同時に、たぶん、三ヶ月も経ずに、グレン・グールドのものを手に入れた。このグールドの平均律の録音演奏は全体としては、正直リヒテルのものほど魅了されなかった。むしろいくつかの曲については失望さえ覚えた。そしてその反動か、当時、リヒテルとグールドの録音とともに評判の高かったフリードリヒ・グルダの演奏録音をも手に入れた。この三者の演奏で、四十八曲あるプレリュードとフーガのどれが気に入ったのかというのはそれほど熱心にききくらべたわけではないので言いがたいが、よく聴いた順序は、リヒテル、グルダ、グールドの順ではあった。もっとも平均律に限らなければバッハのピアノ演奏のなにかを聴くというのではグールドのCDを聴くのが突出しているし、それはその後も、この現在まで、変わらない。たとえばグールドの平均律二巻の九番ホ長調フーガのレコード版とのちほど演奏されたヴィデオ版のなんという魅力の違うこと! →「バッハ平均律2巻第9番フーガの構造分析(グレン・グールド)

グレン・グールド、「バッハのもっとも偉大な演奏者」。

グレン・グールドは自分のバッハを発見した。そしてその意味ではそのような讃辞を受けるに値する人物だ。彼の主たる美点は音色面にあると思える。それはまさにバッハに相応しいものだ。

とはいえ、バッハの音楽は私に言わせればもっと深く、もっと厳しいものを要求する。然るにグールドにおいては、一切がちょっとばかり輝かしすぎ、外面的すぎる。その上、一切の繰り返しを行わない。これは許せない。つまりはバッハの音楽をそれ程愛してはいないということなのだ (リヒテル)

リヒテルのいう輝かしすぎ、外面的すぎるのが、グールドの平均律のいくつかの演奏では、もっとも気になったということかもしれない。ーーなどとグールドを貶したままではいられないので、ここはシュネデールの言葉を引用して、反作用としてのグールド賛をしておこう。

… ピアノを愛するというなら、そのためには、別の時代からやってきて、つねに完了形で語っているようなアルトゥーロ・べネデッティ=ミケランジェリのピアノがあるだろう。あるいはまた近年のリヒテルのようにある種の期待が告げられるようなピアノがある。期待、すなわち近頃リヒテルが登場すると、一緒にそこにあらわれるあの未来のノスタルジーだ(ドアはそのときひとりでにひらき、そこにあるのがわからなかった部屋が見える。)しかしながら現在形で演奏するグールドの姿は決定的な光をもたらし、無垢あるいは天使という使い古された語を唇にのぼらせる。(『グレン・グールド 孤独のアリア』 ミシェル・シュネーデル千葉文夫訳)

 平均律といえば第一巻の最終曲ロ短調が当時はひどく崇められており、少年時のことでわたくしもその尻馬に乗り至宝を扱うように熱心に聴いたのだが、リヒテルグルダに比べてグールドはいまでもわたくしにはちょっといけない。少年時リヒテルの沈潜した演奏に魅了されたのだが、たとえばさらに沈みこんだような演奏ユーリー・エゴロフーー彼は若くしてエイズで逝っているーー彼のものは最近になって初めて聴いたのだが、驚くべき、だが息が詰るような演奏だ。今のわたくしにはおそらく何度も繰り返して聴くのに耐えられそうもない。




《何度も繰り返して聴くのに耐えられそうもない》とは、もちろん修辞学的誇張である。音への、パートナーへの愛撫の仕方をよくわきまえた男の演奏だ。

エロスは、美しい肢体(てあし)を楽しく揃え、
すんなりと伸びた背丈の型をこね、
やさしいかんばせを整え、
さて、眉と眼と唇に指先を触れて
特別の触れ跡を残したのではないか。

ーーカヴァフィス「カフェの扉にて」 中井久夫訳


あるいは、音と沈黙は、どちらが地で図なのだろう、という問いを発してみたくなる演奏だ。
そして《答がある問いは ほんとうの問いではない》

沈黙は音と限りなく接していて、 音が次第に微かになり、消えていくとき、 音がすべりこんでいく沈黙はその音の一部に繰り込まれている。 逆に、音の立ち上がる前の沈黙に聴き入るとき、 ついに立ち上がった音は沈黙の一部をなし、それに含まれている。(高橋悠治


ここでは一息入れて、多くのバッハ演奏でそのペダル多用が気にならないでもない旧世代のエトヴィン・フィッシャーの、だが平均律ロ短調のすばらしく軽やかな演奏を聴いてみる。少なくともこのプレリュードはわたくしにはとても新鮮だ(フーガは? ノーコメント)。





内田光子は、「もし70歳まで生きたらバッハの前奏曲とフーガを全48曲を観客の前で演奏したい」と語っているが、さて、ある種の演奏ではその抒情過多が鼻につく気味がないでもないーーシツレイ!ーーその彼女が演奏する平均律はどんなぐあいの演奏になるのだろうか。

ピアニストにはわたしのようにショパンを弾くタイプとリストを弾くタイプがあります。ショパンの美しさは例えようもないものです。詩的な感性のみならず明確な方向性を持っていて、緻密さも兼ね備えています。ショパンの明確さと緻密さは、モーツァルトの作品と通じるところがありますね。見過ごしがちなことですが、各音符は然るべき場所に存在し重要な意味があります。単に美しい旋律が浮かんでくるのではありません。彼はバッハの音楽を細部まで暗記していました。ショパンはまことの音楽の源はバッハだと信じていたのです。ベートーヴェンは支持しませんでしたが、モーツァルトについては高く評価し尊敬していました。

 この先古い音楽と現代音楽の距離は縮まるでしょうか・・・半ば冗談で言わせてください。〝もし70歳まで生きたらバッハの前奏曲とフーガを全48曲を観客の前で演奏したい〟とね。

 私は一人で弾いたり室内楽団と一緒に演奏することが好きです。また声楽家との共演を好み、シューベルトやシューマンの歌曲を愛しています。何よりリートの伴奏者としての演奏は私に向いているでしょう。(内田光子インタヴュー

…………

バッハのフーガは存在の主観外的な美を凝視させることによって、私たちに自分の気分、情熱と悲哀、自分自身を忘れさせたがるのに反して、ロマン派の旋律は私たちを自分自身のなかに沈みこませ、恐るべき強度で私たちの自我を感じさせ、外部にあるいっさいのものを忘れさせたがる。(クンデラ『裏切られた遺言』)





2014年7月25日金曜日

「自分の声をさがしなさい」

《自分の声をさがしなさい》(須賀敦子)

文章が表現しようとする内容の混濁と、にもかかわらず文章そのものの音調の明解さというのがありますね。僕は還暦の頃になってようやく、ひとつの極端な例だけど、わかったんですよ。マラルメです。

何を言っているのかわからないんだけど、その言葉の音調だけがきわめて明晰なものとして残るでしょう。そこまで表現として極端にはできないけど、僕は同じようなことを下のレベルでやっていたんじゃないかなと思いましたね。

僕の口調の明澄さを保証するものは何なのか。努めて音調を練ってできるだけ明澄さをつくり出そうとした覚えが、実はないんです。どこかでインプットされたものなのでしょうが、とにかく人間としてもそうだけど、作家としてもいちばんわからないのは自分の本質なんですね。(古井由吉「文藝」2012年夏号)





中井久夫ならこう言う。

「文体」を獲得して初めて、作家は、机に向かわない時も作家でありうる。なぜなら、「文体」を獲得した時、言語は初めて、書かず語らずとも、散策の時も、友人との談話の時も、電車の中でも、まどろみの中でも、作家の中で働きつづけるからである。

「文体」とは何であるか。古くからそれは「言語の肉体」であるといわれてきた。「言語の肉体」とは何であるか。それは、言語のコノテーションとデノテーションとの重層だけではない。歴史的重層性だけでもない。均整とその破れ、調和とその超出(……)だけでもない。言語の喚起するイメージであり、音の聴覚的快感だけではない。文字面の美であり、音の喚起する色彩であり、発声筋の、口腔粘膜の感覚であり、その他、その他である。(中井久夫「「創造と癒し序説」——創作の生理学に向けて」)

…………

女は笑って、どうしてそんな暮らしをしているのかを話してくれなかった。もうすこし待って。そうしたら、ふたりでどこかに行ってしまいましょう。あたしのことを信じて。これ以上話せないんだから。それから窓ぎわですっぽりはだかになって、月を見ながら、言った。あんたの呼び唄、歌ってよ。でも、そっと、よ。おれが歌ってやると、女はたずねた。あたしのことを愛している? 突っ立ったまま、なにかを待っているみたいに夜を眺めている女を、おれは窓際に押しつけて、抱いた。(ダブッキの『ビム港の女』(邦題『島とクジラと女をめぐる断片』)須賀敦子訳)

四方田犬彦が原典と読み比べて驚愕し呆然とした須賀敦子の訳である。《文体と語彙の豊かさのみならず、より根源的なところで詩的言語の凝縮性をめぐって、彼なり彼女なりはこれまでのテクストの記憶に、意識的・無意識的に動かされることになる。わたしは須賀敦子に、その典型的な例を見るような気がする。》と(参照:おれの心はムクロ(カヴァフィス=中井久夫))。

四方田氏が仮に試訳してみたという訳文なら次の通り。

女はあんな暮らしのわけなど自分でわかるでしょという感じで笑うと、私にいった。もうちょっと待ってから、いっしょに出ましょ、私を信じてくれなくちゃ、いえるのはそれだけ。それから窓のところで裸になると、月を見て私にいった。誘惑の唄をやってよ、でも声はたてないでね。そこで私が歌を歌ってみせると、抱いてよと頼んできた。それで私は立ったまま、窓のところに凭れかかっている女を抱いたのだが、その間ずっと彼女は何かを待っているかのように夜を眺めているばかりだった。(四方田犬彦 試訳)
…………

言語と身体に共通にあるのは声である。しかし声は言語でも身体のいずれの部分でもない。声は身体から生じる。だがその部分ではない。声は言語に属することなく、言語を支える。このパラドックストポロジー。この場のみが言語と身体が共有するものだ。これは対象aのトポロジーである。(ムラデン・ドラー Dolar, Mladen 『A Voice and Nothing More』 eng7007.pbworks.com/f/Dolar.pdf 私訳)

標準的なラカン派であっても、あるいは一般的な研究者の人間把握においても、さらに文学への接近方法においてさえも、声はあまりにもないがしろにされている。視線(まなざし)、あるいは視覚的領野だけが注目されがちなのだ。音楽家や一部の映像作家たち(ビクトル・エリセやストローブ=ユイレなど)はさておき、エクリチュールの領野に限るなら、ごく限られた詩文のすぐれた書き手や読み手のみが、声の秘密を知っているかのようである。





ジジェク曰く、欲動のタームでは、声と眼差しはエロスとタナトス、生の欲動と死の欲動に関係している。《眼差しー恥ー自我理想》と《声ー罪ー超自我》。

《In terms of the drives, the voice and the gaze are thus related as Eros and Thanatos, life drive and death drive……gaze–shame–Ego Ideal, and voice–guilt–superego.》(ジジェク『LESS THAN NOTHING』)

ラカンは後年、眼差しと声を対象aの主要な化身として分離した。しかし彼の初期理論は眼差しが疑いようもなく特権化されている。だが声はある意味ではるかに際立ち根源的である。というのは声は生命の最初の顕現ではないだろうか?自身の声を聴き、人の声を認知する経験、これは鏡像における認知に先行するのではないか?そして母の声は最初の〈他者〉との問題をはらむつながりではないか?臍の尾に取って換わる非物質的な絆であり、最初期の生のステージの運命の多くを形作るものではないか?(ムラデン・ドラー  『Gaze and Voice as Love Objects』私訳)



《あ、こいつ、粒々しているぞ。しゅうしゅういっている。くすぐっている。こすっている。傷つけている。》

声の《きめ》は響きではない――あるいは、響きだけではない――。それが開いてみせる意味形成性は、音楽と他のもの、すなわち、音楽と言語(メッセージでは全然ない)との摩擦そのものによって定義するのが一番いい。歌は語る必要がある。もっと適切にいえば、〈書く〉必要がある。なぜなら、発生としての歌のレベルで生み出されるのは、結局、エクリチュールだからである。(ロラン・バルト「声のきめ」)





《異郷感からこっそりと忍び込む分身(ドッペルゲンガー)の不快さ》、痛みであり傷であるもの。聴取活動を危機に陥らせる悦楽(享楽)の音楽。《私が精神の陶酔と呼ぶものは、享楽が、欲望によって垣間見られていた可能性を越えてしまう、あの状態である》(ライスブルック)。

快楽のテクスト。それは、満足させ、充実させ、快感を与えるもの。文化から生れ、それと縁を切らず、読書という快適な実践に結びついているもの。

悦楽のテクスト。それは、忘我の状態に至らしめるもの、落胆させるもの(恐らく、退屈になるまでに)、読者の、歴史的、文化的、心理的土台、読者の趣味、価値、追憶の擬着を揺るがすもの、読者と言語活動を危機に陥れるもの。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)


……この音楽のなかで、くらがりにうごめくはっきりしない幼虫のように目につかなかったいくつかの楽節が、いまはまぶしいばかりにあかるい建造物になっていた。そのなかのある楽節はうちとけた女の友人たちにそっくりだった、はじめはそういう女たちに似ていることが私にはほとんど見わけられなかった、せいぜいみにくい女たちのようにしか見えなかった、ところが、たとえば最初虫の好かなかった相手でも、いったん気持が通じたとなると、思いも設けなかった友人を発見したような気にわれわれがなる、そんな相手に似ているのであった。(プルースト「囚われの女」)


音楽こそ人生の苦悶の精華ではないか。どこかで血が流れていると、響きがいよいよ冴える。

ところがたった一人の恍惚者は果てた後の沈黙を心の静かさと取り違えて、祭司みたいな手つきでレコードを替えて塵を払い、また始める。これにはよほどの神経の鈍磨が必要だ。そうそう自らを固く戒めてきたはずなのに、近頃私はまた、夜中にステレオの前に坐りこんでレコードを取っ替え引っ替え回す悪癖に馴染んでしまった。 ただ、音の流れが跡切れると、間がもてない。音が消えたとたんに、自分を囲む空間のまとまりがつかないような、物がひとつひとつ荒涼とした素顔を見せて、私を中心にまとまるのを拒むような、そんな所在なさを覚える。

しかしさいわい、音楽と私とは、相変らず折合いが良くない。一節がこちらの身体の奥へすこしく深く響き入って来ると、私の神経はたちまちざわめき立ち、音楽のほうもなにか耳ざわりすれすれのところまで張りつめ、両者は互いを憎むことにならぬようあっさり別れる。(古井由吉『哀原』赤牛)



アファナシェフは、ある種の作品の演奏で吃るのだ、唐突にどもりだす。《文体とは、自らの言語のなかでどもるようになること。難しい。なぜなら、そのようにどもる必要がなければならないのだから。発語(パロール)でどもるのではない、言語活動(ランガージュ)そのものによるどもりなのだ。自国語そのものの中で異邦人のごとくであること。逃走の線をひくこと。》(ドゥルーズ『ディアローグ-』)

◆シューベルトの最後のピアノソナタ第21番変ロ長調D.960について(アファナシエフ『ピアニストのノート』より)

それに私も、どうすればこのソナタの心理的な重みに耐えることができるだろう。たとえウィークデーの夜、小さなホールで演奏するだけとしても。このソナタをわが家で弾いたら何が起こるだろう?大文字の「他者」がそのまったき光輝と恐怖とともに出現する。ある意味において、このソナタは私の不俱戴天の敵なのだ。弾けば弾くほど、私は具合が悪くなる。私を傷つけ、私の苦痛をいつまでも引きのばすことを知りながら―――今回も、とどめの一撃を与えてはくれないのだ―――私はこの他者を抱きしめ、接吻する。日常生活の中でなら、こんなにひどいカタストロフに襲われれば命を落としていただろう。





《このソナタは私の不俱戴天の敵なのだ》、あるいは《私を傷つけ、私の苦痛をいつまでも引きのばす》とも言う。


彼の演奏は、吃るというだけでは足りない。音が流れてしまうことを拒絶し(いわゆる華麗な演奏にあるような)、その一音一音を刻み込むさま。「耳で聞く」のではなくて、ほとんど読まねばならないこれらの音。華麗な演奏が流暢な演説口調のパロールであるならば、ここには《二行を探し求めて二日》のフローベールのようなエクリチュールがある。それは異質の聴き手に語りかけているかのようであり、あるいは聴くのではなく読まなければならないかのようなのだ。あるいはこう言ってもいい、アファナシェフは、音のなまなましい抵抗感に犯されることの苦痛が倒錯的な快楽に反転する瞬間を辛抱強く待ちつづけているかのようだ、と。

こうして、音楽の未来の扉が開くかすかな予感ーー何かはわからないが何かが確実に存在しようとして息をひそめているこの感覚、ーーがあたりに瀰漫しはじめる。そして、いつのまにか未来のドアがわずかに開き、隙間のなかに保留されていた光が漏れ入るかのような瞬間がある。そこにあるのがわからなかった部屋が見えるのだ。

…………

ケロールは作家や詩人たちの視覚的感受性の代わりに正真正銘の声の想像力を持っている。第一に、声はどこからか現れ、流れ出ることができる。だが、一旦発せられると、その声はどこかには存在する。あなたの周囲に、あなたのうしろに、あなたの横に。しかし、結局、決してあなたの前にはいない。声の真の次元は、間接的、側面的次元なのである。声は脇から他者に接し、軽く触れ、去っていく。声は自分の出自を名乗らず触れることができる。したがって、声は名づけられないものの記号である。それは、身体の物質性、顔の特徴、あるいは、視線の人間味を取り除いてもなお、人間から生まれ、存在し続けるものである。それは最も人間的であると同時に非人間的な実体である。声がなければ、人間同士のコミュニケーションもないが、声があると、また、冥界にせよ天界にせよ、超=自然から、つまり異郷感からこっそりと忍び込む分身(ドッペルゲンガー)の不快さをも生ずる。よく知られたテストによると、皆(テープレコーダーで)自分自身の声を聞くのを嫌がり、自分の声だということがわからないことさえしばしばあるという。それは、声というものは、その出所から切り離しても、つねに、一種の奇妙な親密さを生み出すからであるが、この親密さこそ、ケロールの世界、すなわち、その正確さによって識別され、しかし、その起源消失によって識別されることを拒む世界の親密さである。声はまた別の記号でもある。つまり、時間の記号である。どのような声もじっとしていない。絶えず過ぎ去る。さらには、声が示す時間は穏やかな時間ではない。声はどんなにむらがなく、慎ましくとも、その流れに何の切れ目がなくとも、声は皆脅かされている。人間の生の象徴的な実体である声は、つねに始めには叫びがあり、終わりには沈黙がある。この二つの契機の間に、パロールの頼りない時間が広がるのである。流動的で、しかも、脅かされている実体である声は、したがって、生そのものである。そして、おそらく、ケロールの小説は、つねに、純粋で孤独な声の小説であるからこそ、それはまた、つねに、頼りない生の小説でもあるのだ。(ロラン・バルト「削除」『テクストの出口』所収 沢崎浩平訳)

そしてもうひとつ、ニーチェの音調、文である思想、という歌唱。

『批評的エッセー』の中によく見てとれるように、エクリチュールの主体は「進化する」のである(荷担〔アンガーシュマン〕の道徳から、記号表現の道徳性へと移行して)。彼は、みずからが対象として扱う著作者たちに応じて、順を追って進化する。けれどもそれを導くものは、私がそれについて語る著作者自身ではなく、むしろ、《その著作者によってしむけられて私がその人について語るにいたることがら》である。つまり、私は《その人の認可のもとに》私自身から影響を受ける。私が彼について語ることがらによって、私は、私自身についてその同じことを考えさせられる(あるいは、そのことを考えないようにさせられる)、と、そんなふうに言ってもいい。

だから二種類の著作者たちを区別しなければならない。第一は、人がある著作者たちについて書く、そういう対象としての著作者たちであり、彼らからの影響は、人が彼らについて語ることがらの外にはなく、そのことがらに先立つものではない。そして第二は(もっと古典的な考えかたであり)、人が読む対象としての著作者たちである。ところで、第二の著作者たちから私に及ぼされるものはいったい何だろうか。一種の音楽、一種思索的な音の調子、程度の差はあるがともかく厳密なアナグラムのゲームである。(私の頭はニーチェでいっぱいであった。読んだばかりだったのである。しかし私が欲していたもの、私が手に入れたがっていたものは、文である思想、という歌唱であった。影響は純粋に音調上のものであった。)(『彼自身によるロラン・バルト』)

だが肝要なのは声だけではない。においやフェロモンがさらに根源的であるという視点がある。

……無時間的なものの起源は、胎内で共有した時間、母子が呼応しあった一〇カ月であろう。生物的にみて、動く自由度の低いものほど、化学的その他の物質的コミュニケーション手段が発達しているということがある。植物や動物でもサンゴなどである。胎児もその中に入らないだろうか。生まれて後でさえ、私たちの意識はわずかに味覚・嗅覚をキャッチしているにすぎないけれども、無意識的にはさまざまなフェロモンが働いている。特にフェロモンの強い「リーダー」による同宿女性の月経周期の同期化は有名である。その人の汗を鼻の下にぬるだけでよい。これは万葉集東歌に残る「歌垣」の集団的な性の饗宴などのために必要な条件だっただろう。多くの動物には性周期の同期化のほうがふつうである。(中井久夫「母子の時間、父子の時間」ーー不安のにおい
成人世界に持ち込まれる幼児体験は視覚映像が多く、稀にステロタイプで無害な聴覚映像がまじる。嗅覚、味覚、触覚、運動覚、振動感覚などはほとんどすべて消去されるのであろうか。いやむしろ、漠然とした綜合感覚、特に母親に抱かれた抱擁感に乳の味覚や流れ入る喉頭感覚、乳頭の口唇触覚、抱っこにおける運動感覚、振動感覚などが加わって、バリントのいう調和的渾然体harmonious mix-upの感覚的基礎となって、個々の感覚性を失い、たいていは「快」に属する一つの共通感覚となって、生きる感覚(エロス)となり、思春期を準備するのではなかろうか。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』p57)

2013年8月9日金曜日

青空のさなかで耐えること

Patience, patience.
Patience dans l'azur
chaque atome de silence
est la chance d'un fruit mûr !

耐えること 耐えること
青空のさなかで耐えること
もの言わぬ瞬間(原子)の一つ一つが
成熟への機会である。

ーーPatience dans l'azur Paul Valéry  ヴァレリー(中井久夫訳)


それに私も、どうすればこのソナタ(シューベルト D.960)の心理的な重みに耐えることができるだろう。たとえウィークデーの夜、小さなホールで演奏するだけとしても。このソナタをわが家で弾いたら何が起こるだろう?大文字の「他者」がそのまったき光輝と恐怖とともに出現する。ある意味において、このソナタは私の不俱戴天の敵なのだ。弾けば弾くほど、私は具合が悪くなる。私を傷つけ、私の苦痛をいつまでも引きのばすことを知りながら―――今回も、とどめの一撃を与えてはくれないのだ―――私はこの他者を抱きしめ、接吻する。日常生活の中でなら、こんなにひどいカタストロフに襲われれば命を落としていただろう。(ヴァレリー・アファナシエフ『ピアニストのノート』)

 さして美しくも醜くもない一人の女性が―――リストの『ピアノソナタ ロ短調』のビデオクリップを製作する。(……)このカリスマ的女性ピアニストは、衣装を替えたり付けたりひげをつけたりパイプを吹かしたりして、ファウスト、メフィストフェレス、マルガレーテの三役を演じ分けてみせる。すると聴衆は言う。「何という個性、何という大胆さ、何という芸術家、何というピアニストなんだろう!」。ソナタの演奏がへたくそなことは言わずもがなだが、誰もそんなことは気にもしない。そもそも、ほとんど曲を聴いてはいないのだ。(同上)



ある日のこと、さながら地獄界に降るようにしてアトリエの階段をきたのは、あの「詩人」だった。いつも何か怒ったような顔をしている彼だ。しかし不機嫌はたちまちほぐれ、彼はにこやかになった。( ……)

こうするうちに、自分の技倆に深くたのむところのある詩人は、詩作というあの長期労働を引き合いに出した。必要なのは、辛抱づよさということだ。不成功におわることがいくらでもあるということ、半成功は不成功よりなおはるかに危険なものだということ、彼はそういった点を説明してくれた。「まさに一歩ごとに、あの何ひとつ書かれていない丸い表面をふり返らねばならない。そうしてあの表面にぴっちり貼りついているような装飾の軌跡を作り出すことは、まずむつかしい。だからこそ、厳密な定型詩でなければ、仕事というものも案出というものも、私には考えられない。定型詩というものを、私は海のあの水位というものにたとえたい。海水は諸大陸のあいだをめぐり、諸海洋を区分しているのに、海の水位は、何物とも一致しない。しかも水位がすべてを決定している。規則に寸分たがわぬ定型詩などというものは、一行たりともありはしないのだ。しかし規則というものは、あの切れ目なく、また歪めようもない海の表面にもひとしい。その表面にわれわれがちっぽけな山々を、つまり語というものになった第二の素材を肉付けするわけだ。それにまた、何もかも詩によって言いつくされるわけでもない。というのも、あの上塗りが、何か意味をおびぬことには、詩にはならないのだから。必要なのは、ただ辛抱づよさだけだ、そう痛感したことが私には何度もあった。しかも、そう痛感したのは、きまって自分に辛抱が掛けているときだった」(アラン『彫刻家との対話』杉本秀太郎訳)
※あの「詩人」とは、もちろんヴァレリーのこと。






マラルメとドガ(ヴァレリー『ドガに就いて』吉田健一訳より)

この二人の交渉は決して簡単な性質のものではなく、またそうある筈がなかった。というのは、ドガの残忍なまでに無遠慮な意識的に邪慳な性格ほど、マラルメの意識的な性格と異なっているものはなかった。

マラルメは或る思想の下に生きていたのであって、彼が想像していた或る最高の作品が彼の生涯の究極の目標であり、それは彼にとって彼の存在を正当化するものであると同時に、宇宙そのものが包含する唯一の意味でもあった。彼はこの、宇宙の本質たる純粋な概念を保存し、それをますます明確にしていく目的の下に、彼の外面的な生活とか、人や出来事に対する彼の態度とかを根本的に建て直し、変換して、この概念を規準としてすべてのことを評価したのだった。敢て言えば、彼にとって人とか作品とかは、彼が発見したことの真理がどの程度に其処に明確に感知されるかということによって整理され、それによってそれらの人とか作品とかの価値が決定されるのだった。ということは、彼が彼の脳裡において多数の存在を容赦なく処分し、抹殺し去ったことを意味するのであって、彼が何人に対しても、礼儀を重んじ、忍耐強く、また真に驚歎すべき優しさを以て彼らを迎えたということの根柢には、常にこの非情さが横たわっていたのである。彼は誰が彼を訪問しても必ず面会し、すべて彼の所にくる手紙に、常に典雅な、そして絶えず新しい言い廻しで満たされた文章で答えた……。彼のそういう洗練された応対の仕方や、相手が誰であるかを問わない鄭重さはしばしば人を驚かせ、私にしても、極めて素朴な意味でそれを不愉快に思ったことがあるが、彼はこの普遍的に礼儀正しい態度によって、何人も侵すことができない一つの武装区域を設定し、その圏内に彼の稀有の矜持は、それが彼のものであることにおいて少しも損なわれることなく、彼と彼自身の特異さとの親密な対決の、無類の結実として存在する場所を与えられたのだった。

これに反してドガは一歩も人に譲ることがなく、事情を斟酌したりするには余りにも性急で、専らはったりで物事を批判し、まったく弁解の余地を残さないような辛辣な言葉ですべてを片づけてしまうことを好み、そういう彼の苦々しい気持が、何事も彼の何処かに潜んでいることが感じられ、事実彼は些細なことで機嫌を悪くし、たちまち激昂するのだった。そしてそれはマラルメの少しも変わることのない、滑かな、他人に対する気遣いに掛けて実に微妙な、そして絶えずこの上もない皮肉を裡に含んでいる態度とは似ても似つかぬものだった。

マラルメもドガのそういう、自分とは正反対の性格には幾分辟易していたように私には思われる。

ドガの方では、マラルメのことを常によく言っていたけれど、彼は主としてマラルメの人物に好意を寄せていたのだった。そして彼にマラルメの作品は、一人の卓越した詩人の精神がほんの少し変になった結果であるとしか考えられなかった。しかもそういう誤解は芸術家の間にはありがちなことなのであって、むしろ彼らは、お互いに理解し合うことが全然ないように出来ているということさえも容易に想像されるのである。殊にマラルメの書いたものはその性質からして、あらゆる種類の諧謔や嘲笑の的となるのに適していた。その点でドガの意見は、マラルメも時々寄ることがあったゴンクールの家の常連がやはりマラルメの作品について考えていたことと少しも異る所がなかった。彼らはマラルメの人物に魅せられて、彼らと話している時は極めて明晰な頭脳の持主であり、常に無類の正確さと純粋さで豊富に暗示しつつ話をする人間が、何か書くと、全然意味が取れない、煩雑さそのもののような作品がその結果として出来上るのを、まったく不思議なことに思っていたのだった。殊に彼らには、彼ら自身は努めてその歓心と顧慮とを獲得しようとしている公衆というものをマラルメが完全に無視しているのが、どういう訳なのか少しも理解することが出来なかった。そしてもしその時、自分の著作の法外な出版部数を第一義のことに考え、同じ文学者として互いに激烈に嫉妬しあっていたこれらの大作家たちに、五十年立たないうちに彼らの言説に対する信頼や、彼らが書いた有名な小説の売れ行きがまったく衰えて、その代わりに、長い期間に亙って極度に意識的に練磨された形式の効果によって流行や読者数の影響を絶した、マラルメの僅少な、秘教的な作品が優れた精神の持主たちの裡に、完璧さというものの強大な諸能力を発揮することになることを予言したら、彼らはどれほど驚いたことだろう。

或る日ゴンクールの家に集まった人たちが議論をしている時、ゾラがマラルメに、彼の考えでは糞とダイヤモンドは同じ値打ちだと言った。「そうね、――しかしダイヤモンドはそうざらにあるものじゃないな」とマラルメが答えた。

ドガは平気でマラルメの詩を種々の笑い話の種に使った。マラルメの詩は、


Victime lamentable à son destin offerte …

(その宿命に捧げられたる憐むべき供物、……)

だった。

例えばドガの話によると、マラルメが或る日彼が作った十四行詩を弟子たちに読んで聞かせた。弟子たちはそれにすっかり感心してしまってそのあげく、各々その解釈を試みた。或るものは、其処には夕焼けの空が歌われているのだと言い、また或るものは、其処には荘厳な日の出が詠まれているのだと言った。そうするとマラルメは、「そんなことはないよ……。これは私の箪笥の歌なんだ」と言ったそうである。

ドガはこの話をマラルメの面前でもしたことがあるらしく、その時マラルメは微笑したが、それは少し無理な微笑だったということである。



            ーーーPortrait of Mery Laurent 1888-1889


マラルメのメリへの誕生祝の四行詩(愛人メリ・ローランの47回目の誕生日1886 保苅瑞穂訳)

Méry, l'an pareil en sa course
Allume ici le même été
Mais toi, tu rajeunis la source
Où va boire ton pied fêté.

メリよ、年はひとしく運行を続けて
いまここで、同じ夏を燃え立たせる
しかし、君は泉を若返らせて
祝福される君の足がそこへ水を飲みに行く




ーーーStéphane Mallarmé et Mery Laurent (1896) par Nadar


この詩には異本がある。それもあわせて。

L'an pareil en sa course au fleuve qua voici
S'écoule vers la fin d'un été sans merci
Où le pied altéré, fêté par l'eau, se cambre
Pour le taquiner mieux au bout d'un ongle d'ambre.

年はここを流れる川と同じ運行を続けて
夏の終りへ向かって容赦なく流れ去る
喉の渇いた足はそこで水に祝福されて、琥珀色の爪先で
水をもっと、からかおうとして、指を反らす。



-----{Blog} Philippe Sollers

メリ・ローランは、かつてマネの愛人だった。
…………


附記:中央公論 2010年1 月号、「対談 「空白の時代」以後の二〇年」(蓮實重彦+浅田 彰)より、メモ。

蓮實重彦)なぜ書くのか。私はブランショのように、「死ぬために書く」などとは言えませんが、少なくとも発信しないために書いてきました。 マネやセザンヌは何かを描いたのではなく、描くことで絵画的な表象の限界をきわだたせた。フローベールやマラルメも何かを書いたのではなく、書くことで言語的表象の限界をきわだたせた。つまり、彼らは表象の不可能性を描き、書いたのですが、それは彼らが相対的に「聡明」だったからではなく、「愚鈍」だったからこそできたのです。私は彼らの後継者を自認するほど自惚れてはいませんが、この動物的な「愚鈍さ」の側に立つことで、何か書けばその意味が伝わるという、言語の表象=代行性(リプレゼンテーション)に対する軽薄な盲信には逆らいたい。

浅田彰)  …僕はレスポンスを求めないために書くという言い方をしたいと思います。 東浩紀さんや彼の世代は、そうは言ったって、批評というものが自分のエリアを狭めていくようでは仕方がないので、より広い人たちからのレスポンスを受けられるように書かなければいけないと主張する。… しかし、僕はそんなレスポンスなんてものは下らないと思う。

蓮實重彦) 下らない。それは批評の死を意味します。

浅田彰) 例えば、デリダ論の本を書いたとして、十年後に知らない誰かがそれを読むというのが、本当のレスポンスであり、大文字の他者の承認なのであって、いま流行っているアニメについてブログに書いたら、その日のうちに 100個くらいレスポンスが来たと言っても ……。… そういう小文字の他者からのレスポンスは一週間後には最早なかったに等しいでしょう。即時的なレスポンスのやりとりがコミュニケーションだという誤った神話に惑わされてはいけない。

蓮實重彦)それを嘲笑すべく、ドゥルーズは「哲学はコミュニケーションではない」と書いたわけじゃないですか。

浅田彰) そうですね。ドゥルーズは、哲学者でありながら、あるいはまさにそれゆえに、論争(はやりの英語で言えばディベート)は何も生み出さないから嫌いだと明言した。そう言いながら、彼はガタリと二人で本を書き、いろいろ長いインタビューに答えてもいる。それは、しかし、ディベートではないわけです。 …ドゥルーズは、その新哲学派を徹底批判するために自費出版のパンフレットを出す一方、メディアにおけるレスポンスを求めないために書く。そのためなら二人で書いたっていい、そういう立場であって、その姿勢は今こそ学ぶべきものだと思います。( 2009年9 月18日)