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2013年7月31日水曜日

「二十一世紀は灰色の世界…働かない老人がいっぱいいつまでも生きておって」渡辺美智雄1986

以下は、中井久夫の『時のしずく』(2005)所収の「「祈り」を込めない処方は効かない(?)――アンケートへの答え」というエッセイからだが、当エッセイの末尾に、『新潮45』(一九九九年五月)への寄稿とあり、「死ぬための教養」について、というアンケートだったかと記憶する、とある。

死ぬための教養」がなぜ今問題になるのであろうか。なるほど、江戸期の支配階級である武士には「死ぬための教養」が要請された。私の友人には、祖父から切腹の作法を教わった水戸っぽの教授がいるが、私は切腹を遂行する自信などない。私は私なりに、死の作法を考えないわけではないが、どういう状況で訪れてくるか分らないのが死である。人に話し、まして、雑誌に書いて死に恥をかきたくない。

他方、死は他人事になりつつある。そして金銭の問題に。「国民が年金年齢に達した時に皆死んでくれたら大蔵省は助かる」とある大蔵大臣が言った時、これは「貧乏人は麦を食え」どころではないぞと思ったが、この一派閥の領袖の発言を誰も問題にしなかった。その大蔵大臣は年金年齢に入ってから比較的早く亡くなった。しかし、それは別の問題である。この国が世界一の長寿国であるかどうかとは関係がなく、国民の早世を願う国は卑しい国である。国民を大切にしない国で長く栄えたためしはなく、現に、国民を奴隷に売ったり、国民の大量死を歯牙にもかけなかった国は外国の侮りを受けてきた。国民の命を粗末にした戦争で敗北したのはつい最近である。この発言は亡国の兆しではないか。

以後、私は「死の教養」とか「死と生を考える」とか「死生学」を素直に聞けなくなった。善意が利用されている気がする。……(中井久夫「「祈り」を込めない処方は効かない(?)――アンケートへの答え」)

 ーー《「国民が年金年齢に達した時に皆死んでくれたら大蔵省は助かる」とある大蔵大臣が言った》、とある。これはどこかで読んだはずだ、と探していたものだ。

そう、少し前いささか「偽悪的に」次のように書いたときに、この文の記憶をもとにしている。

官僚のホンネはひとびとが年金受給年齢になったら死んでくれることだ
健康保険金を食いつぶす病者たちははやくお陀仏してくれることだ
生活保護だと? 税金払わないやつらは野垂れ死んでくれることだ
国の経営者だったらそう願うのは当たり前だ



ところで、一派閥の領袖の大蔵大臣とある。中曽根派閥を引き継ぎ、大蔵大臣、通産大臣、外務大臣、副総理などを歴任した「ミッチー」こと渡辺美智雄氏のことだろう(1995915日 満72歳没)。

そこで伺いたいのですが、問題の渡辺という人物は現在通産大臣をしておりますが、この間有名な毛針発言というのをやりました。本会議できょう陳謝が行われるようですから、毛針発言については私は聞きません。しかし、案外世間には知られてないことですが、もう一つ重大な発言をしております。(……)

二十一世紀は灰色の世界、なぜならば、働かない老人がいっぱいいつまでも生きておって、稼ぐことのできない人が、税金を使う話をする資格がないの、最初から」、こう言ったわけであります。渡辺通産大臣は、それ以外にも、八三年の十一月二十四日には、「乳牛は乳が出なくなったら屠殺場へ送る。豚は八カ月たったら殺す。人間も、働けなくなったら死んでいただくと大蔵省は大変助かる。経済的に言えば一番効率がいい」、こう言っておられます。(第104回国会 大蔵委員会 第7号 昭和六十一年三月六日(木曜日) 委員長 小泉純一郎君……

…………


上記の渡辺美智雄氏の発言は、まだ冷戦時のものである。当時の第14回参議院議員通常選は、1986年(昭和61年)7月6日に行われた選挙結果は次の通り。





ーーー野党は、三分の一弱の議席を占めていたとしてよいだろう。



ある意味では冷戦の期間の思考は今に比べて単純であった。強力な磁場の中に置かれた鉄粉のように、すべてとはいわないまでも多くの思考が両極化した。それは人々をも両極化したが、一人の思考をも両極化した。この両極化に逆らって自由検討の立場を辛うじて維持するためにはそうとうのエネルギーを要した。社会主義を全面否定する力はなかったが、その社会の中では私の座はないだろうと私は思った。多くの人間が双方の融和を考えたと思う。いわゆる「人間の顔をした社会主義」であり、資本主義側にもそれに対応する思想があった。しかし、非同盟国を先駆としてゴルバチョフや東欧の新リーダーが唱えた、両者の長を採るという中間の道、第三の道はおそろしく不安定で、永続性に耐えないことがすぐに明らかになった。一九一七年のケレンスキー政権はどのみち短命を約束されていたのだ。

今から振り返ると、両体制が共存した七〇年間は、単なる両極化だけではなかった。資本主義諸国は社会主義に対して人民をひきつけておくために福祉国家や社会保障の概念を創出した。ケインズ主義はすでにソ連に対抗して生まれたものであった。ケインズの「ソ連紀行」は今にみておれ、資本主義だって、という意味の一節で終わる。社会主義という失敗した壮大な実験は資本主義が生き延びるためにみずからのトゲを抜こうとする努力を助けた今、むき出しの市場原理に対するこの「抑止力」はない(しかしまた、強制収容所労働抜きで社会主義経済は成り立ち得るかという疑問に答えはない)。

(……)

冷戦が終わって、冷戦ゆえの地域抗争、代理戦争は終わったけれども、ただちに古い対立が蘇った。地球上の紛争は、一つが終わると次が始まるというように、まるで一定量を必要としているようであるが、これがどういう隠れた法則に従っているのか、偶然なのか、私にはわからない。(中井久夫「私の「今」」1996.8初出『アリアドネからの糸』所収

《歴代の経団連会長は、一応、資本の利害を国益っているオブラートに包んで表現してきた。ところが米倉は資本の利害を剥き出しで突きつけてくる……》

《野田と米倉を並べて見ただけで、民主主義という仮面がいかに薄っぺらいもので、資本主義という素顔がいかにえげつないものかが透けて見えてくる》(浅田彰 『憂国呆談』2012.8)


浅田彰)……東西の冷戦の終結にともなって、南北の緊張が高まり、また冷戦構造によって抑え込まれていた民族紛争や宗教紛争があちこりで火を噴いている。

ジジェク)……ヘーゲルが繰り返し強調しているのは、ある政治システムが完成されて勝利をおさめる瞬間は、それがはらむ分裂が露呈される瞬間でもあるということなのです。

実際、勝ちをおさめたかに見える自由民主主義の「世界新秩序」は、「内部」と「外部」の境界線によってますます暴力的に分断されつつあります。「新秩序」の なかにあって人権や社会保障などを享受している、「先進国」の人々と、そこから排除されて最も基本的な生存権すら認められていない「後進国」の人々を分か つ境界線です。しかも、それはもはや国と国との間にとどまらず、国の中にまで入り込んできています。かつての資本主義圏と社会主義圏の対立に代わり、この「内 部」と「外部」の対立こそが現在の世界情勢を規定していると言っていいでしょう。このように、とことんヘーゲル的に言うなら、自由民主主義は構造的にみて普遍化され得ないのです。

(……)

リオ・デ・ジャネイロのような都市には何千というホームレスの子供がちがいます。私が友人の車で講演会場に向っていたところ、私たちの前の車がそういう子供をはねたのです。私は死んで横たわった子供を見ました。ところが、私の友人はいたって平然としている。同じ人間が死んだと感じているようには見えない。「連中はウサギみたいなもので、このごろはああいうのをひっかけずに運転もできないくらいだよ。それにしても、警察はいつになったら死体を片づけに来るんだ?」と言うのです。左翼を自認している私の友人がですよ。要するに、そこには別々の二つの世界があるのです。海側には豊かな市街地がある。他方、山の手には極貧のスラムが広がっており、警察さえほとんど立ち入ることがなく、恒常的な非常事態のもとにある。そして、市街地の人々は、山の手から貧民が押し寄せてくるのを絶えず恐れているわけです。……

浅田彰)こうしてみてくると、現代世界のもっとも鋭い矛盾は、資本主義システムの「内部」と「外部」の境界線上に見出されると考えられますね。

ジジェク)まさにその通りです。だれが「内部」に入り、だれが「外部」に排除されるかをめぐって熾烈な闘争が展開されているのです。(浅田彰「スラヴォイ・ジジェクとの対話」1993.3『SAPIO』初出『「歴史の終わり」と世紀末の世界』所収)

これがジジェクがしきりに語る、冷戦後、あらゆるところで「新しい形態のアパルトヘイト=新しい〈壁〉とスラム」が生み出されている参照:猟場の閉鎖という現実の一例なのであり、もちろん、日本にも「内部」と「外部」、たとえば、労働組合が、経営者と結託して非正規労働者を差別している、とはしばしば語られてきた。つまりはそこでは、「左翼」はみずからの既得権を守るための加害者であるのだ。

「小泉時代が終わって安部が首相になったね。何がどう変るのかな」
「首相が若くて貴公子然としていて未知数で名門の出で、父親が有名な政治家でありながら志を得ないで早世している点では近衛文麿を思わせるかな。しかし、近衛のように、性格は弱いのにタカ派を気取り、大言壮語して日本を深みに引きずり込むようなことはないと信じたい。総じて新任の首相に対する批判をしばらく控えるのは礼儀である」
「しかし、首相はともかく、今の日本はいやに傲慢になったね。対外的にも対内的にもだ
「たとえば格差是認か。大企業の前会長や首相までが、それを言っているのは可愛くない。“ごくろうさま”ぐらい言え。派遣社員もだけど、正社員も過密労働と低収入で大変だ。……」(中井久夫「安部政権発足に思う」2006『日時計の影』所収ーー「無能な主人」より)