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2014年7月8日火曜日

聾になるための訓練

作曲家というものは音楽のための耳を持っていると言われる。これは大抵、彼らが耳に届くものを何も聴いていないという意味だ。作曲家の耳は自身の想像上の音で塞がれてしまっている。(ジョン・ケージbot)

ケージが囀っている。いやケージ(籠)は小鳥を探す、かつてはわれわれの身近にあったのにいつもまにかいなくなってしまった「音楽」を探しもとめる、《鳥籠が鳥を探しに旅に出た》(カフカ)

あらゆる音に対して開かれた耳には、すべてが音楽的に聞こえるはずです。私達が美しいと判断する音楽だけでなく、生そのものであるような音楽。音楽によって生はますます意味深いものとなるでしょう。(『小鳥たちのために』)
かつて音楽は、まず人々の―特に作曲家の頭の中に存在すると考えられていた。音楽を書けば、聴覚を通して知覚される以前にそれを聞くことができると考えられていたんです。私は反対に、音が発せられる以前にはなにも聞こえないと考えています。ソルフェージュはまさに、音が発せられる以前に音を聞き取るようにする訓練なのです……。この訓練を受けると、人間は聾になるだけです。他のあれこれとかの音ではなく、決まったこの音あの音だけを受け入れられるよう訓練される。ソルフェージュを練習することは、まわりにある音は貧しいものだと先験的に決めてしまうことです。ですから〈具体音の〉ソルフェージュはありえない。あらゆるソルフェージュは必然的に、定義からして〈抽象的〉ですよ……。(同上)

《私はまず音を構築するという観念を捨てたい。私たちの生きている世界には沈黙と無限の音がある。私は自分の手でその音を刻んで苦しい一つの音を得たいと思う。そして、それは沈黙と測りあえるほどに強いものでなければならない。》(武満徹『音、沈黙と測りあえるほどに』)



ラカン派の向井雅明氏に、《音に関して言えば、音を感覚だけで聞くと世界は様々な騒音に満ちあふれている。知覚はフィルターを通すので静かな世界が可能となる。耳は閉じられないが知覚としての耳は閉じることができる。私たちの耳は聞かないためにある》とする文がある。

◆向井雅明「自閉症と身体」(『言語文化27号』 ――●「ラカン研究の現在」)より。

自閉症児は外界からの刺激に対して普通の子どもには見られないような特殊の反応を見せることがある。たとえば、痛みを感じなかったり、ローソクの上に手をかざしても平気で、手にやけどさえしなかったりなどである。

自閉症と身体をめぐって書かれた論だが、ここではその主題そのものをめぐってではなく、その過程で説明される「暗示」効果をめぐる箇所を抜き出す。

催眠術では術師が被験者に催眠状態で「あなたは今やけどをしている」と言うだけで、実際に被験者には水ぶくれなどのやけどの症状ができる。

ここでは自閉症における状況と逆の状況が再現されている。自閉症ではやけどをしたという知覚がないので情報が自律神経系に達せずに症状が生じないのに対して、催眠では言語による偽の情報が自律神経に作用してやけどの症状が生まれると考えられる。つまり言語による情報は知覚による情報と同じ作用を生み出すのだ。

感覚は知覚とは違う(……)。感覚が知覚になって初めてわれわれは意識的に何かを感じるようになる。(……)

モルヒネは痛みの伝達を遮って鎮痛効果を与えるとされる。しかしモルヒネは、実際は痛みを麻痺させるのではなく、逆に麻薬効果によって知覚のフィルターを弱め、原始的な感覚を増大させて痛みの知覚を無差別的な感覚のなかにおぼれさせてしまうのだ。

ここで重要なのは感覚と知覚を異なったものとして扱っていること。感覚は受動的なものでわれわれは単にそれを選択せずに受け取るだけなのに比べて、知覚は能動的で選択的。知覚があって初めて私たちは何かを差異的、具体的に感じることができる。それにたいして感覚は非差異的。感覚の世界は混乱しており構造化されていない。

音に関して言えば、音を感覚だけで聞くと世界は様々な騒音に満ちあふれている。知覚はフィルターを通すので静かな世界が可能となる。耳は閉じられないが知覚としての耳は閉じることができる。私たちの耳は聞かないためにある。(向井雅明 「心的装置の成立過程における二つの翻訳」より)

「やけど」の話がでてきているので次の文を附記しよう。



ニューヨークのコロンビア大学医学部のハーバート・スピーゲルが実験したことだ。彼はイマジネーションを利用する実験で、米国陸軍のある伍長を被験者にした。彼は、この伍長に催眠術をかけて催眠状態にしたうえで、その額にアイロンで触れる、と宣言した。しかし、実際には、アイロンのかわりに鉛筆の先端で、この伍長の額に触れただけだった。

その瞬間、伍長は、「熱い!」と叫んだ。そして、その額には、みるみるうちに火ぶくれができ、かさぶたができた。数日後にそのかさぶたは取れ、やけどは治った。この実験は、その後四回くり返され、いつもまったく同じ結果が得られた。

さて、五度目の実験の時には、状況はやや違っていた。この時には伍長の上官が実験に同席していて、この実験の信頼性を疑うような言葉をいろいろ発していた。被験者に迷いや疑惑を生じさせる状況のもとでおこなわれたこの時の実験では、もはや伍長にやけどの症状が現れることはなかった。

…………

冒頭のケージの文はもちろん音楽家だけの話ではないので、たとえば「理論」を学べば盲目になる、あるいは《勘を鈍らせるものがパラダイムである》(蓮實重彦『闘争のエチカ』)としたっていい。

まずトーマス・クーンのパラダイム概念を思い起してみよう。

ある一時期に おけるある分野の歴史を細かく調べてみると、いろんな理論が概念や観測や装置に応用される際に、標準らしき一連の説明の仕方が繰り返されていることに気付 く。これらがその専門家集団のパラダイムであって、教科書や講義や実験指導の際に現れてくるものである。(『科学革命の構造(The structure of scientific revolutions)』)

《T.S.クーンは、観察そのものが「理論」に依存していること、理論の優劣をはから客観的基準としての「純粋無垢なデータ」が存在しないことを主張する。つまり、経験的なデータが理論の真理性を保証しているのではなく、逆に経験的データこそ一つの「理論」の下で、すなわり認識論的パラダイムで見出される、とする。》(柄谷行人『隠喩としての建築』)

すなわち、これも冒頭のケージ文の変奏なのであって、パラダイムを学べば、その「窓枠」を通してしか経験的データを拾うことができない。蓮實重彦ならそれをあっさりと、《解釈する視線が解釈される風景による解釈をすでに蒙った解釈される視線でしかない》(『表層批判宣言』)という。すなわち音を聞く耳が、ソルフェージュ理論による音の分節化をすでに蒙った音を聞き取らされる耳でしかない、ということになる。

ここで《見ることは見ずにおくことの技術の体系》をめぐるフーコーのエピステーメ概念(『臨床医学の誕生』)を想起してもいい。

さらに言えば、これは専門「理論」だけではないので、われわれは人生においてある種の理論めいたものを学んで、盲になったり聾になったりする。

プルーストの「知った人に会う」知的行為とはそのことを語っている。われわれの愛情が、憎悪が、先入観が、知人の真の顔を見えなくしている。ふと写真をみてやっと、彼は(たとえば父は、妻は)ああこんなに面がわりをしていたのだと気づくことは誰にもであるだろう。

「知った人に会う」とわれわれが呼んでいる非常に単純な行為にしても、ある点まで知的行為なのだ。会っている人の肉体的な外観に、われわれは自分のその人についてもっているすべての概念を注ぎこむ。したがってわれわれが思いえがく全体の相貌のなかには、それらの概念がたしかに最大の部分を占めることになる。そうした概念が、結局相手の人の頬にそれとそっくりなふくらみをつくり、その鼻にぴったりとくっつけた鼻筋を通してしまい、その声に、それがいわば振動する二つの透明な膜にすぎないかのように、さまざまなひびきのニュアンスを出させることになるのであって、その結果、われわれが相手の人の顔を見、その声をきくたびに、目のまえに見え、耳にきこえているのは、その人についての概念なのである。(プルースト「スワン家のほうへ」)

 《カントは、経験論者が出発する感覚データはすでに感性の形式によって構成されたものであると述べた。》(柄谷行人『トランスクリティーク』P312

ーーこれはラカン派なら、想像界(感覚)はすでに象徴界によって(感性の形式によって)構成されている、という。

さらに言語を学べば、これも世界が見えなくなる。すくなくとも日本語だけを知っているひとと、英語だけを知っているひとでは、世界の見え方が異なる。

用語の抽象度の差異は知的能力によって左右されるものではなく、一民族社会の中に含まれる個別社会のそれぞれが、細部の事実に対して示す関心の差によってきまるのである。(……)「カシワ」、「ブナ」、「カバノキ」などが抽象語であることは、「樹木」が抽象語であるのと同じである。二つの言語があって、その一方には「樹木」という語だけしかなく、他方には「樹木」にあたる語がなくて樹木の種や変種を指す語が何十何百となるとしたら、いま述べた観点からすれば概念が豊富なのは前者の言語ではなく後者の方である。(レヴィ=ストロース『野生の思考』)
職業語の場合がそうであるように、概念が豊富であるということは、現実のもつ諸特性にどれだけ綿密な注意を払い、そこに導入しうる弁別に対してどれだけ目覚めた関心をもっているかを示すものである。このような客観的知識に対する意欲は、われわれが「未開人」と呼んでいる人びとの思考についてもっとも軽視されてきた面の一つである。それが近代科学の対象と同一レベルの事実に対して向けられることは稀であるにしても、その知的操作と観察方法は同種のものである。どちらにおいても世界は、欲求充足の手段であるとともに、少なくともそれと同じ程度に、思考の対象なのである。

どの文明も、自己の思考の客観性志向を過大評価する傾向をもつ。それはすなわち、この志向がどの文明にも必ず存在するということである。われわれが、野蛮人はもっぱら生理的経済的欲求に支配されていると思い込む誤ちを犯すとき、われわれは、野蛮人の方も同じ批判をわれわれに向けていることや、また野蛮人にとっては彼らの知識欲の方がわれわれの知識欲より均衡のとれたものだと思われていることに注意をしていない。(同上)

もちろん、色彩についても次のようなことがいえる。

名辞による色彩の分割(色わけ)は民族と時代によって異なる。近代文化内でも英国、オランダ、日本の各々の100色以上の色鉛筆セットを比較すれば色名の文化的差異と色分布の違いは一目瞭然である。英国の標品が暗色、オランダのが褐色が多く、繊細な相違を強調し、逆に、100色以上においても日本の標品で「黄色」とされる「明るい菜種色」などを欠いていることが多い。

しかし、言語化困難だとはいえ、色や味覚や嗅覚は言語化がなければ、まったく個人の自閉的世界にとどまってしまうだろう。

言語化への努力はつねに存在する。それは「世界の言語化」によって世界を減圧し、貧困化し、論弁化して秩序だてることができるからである。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収)


さて、最後はラカンの「大文字の他者」だ。いやそのまえに『トランスクリティーク』からもう一度引いておこう。

彼(カント)が感性の形式や悟性のカテゴリーによって現象が構成されるといったのは、言語によって構成されるというのと同じことである。実際、それらは新カント派のカッシラーによって「象徴形式」といいかえられている。(柄谷行人『トランスクリティーク』P101)

「大文字の他者」、すなわち言語によって構成された世界、象徴界(象徴形式)の世界である。

「私はただ相対的に愚かに過ぎないよ、つまり他の人たちと同じでね。というのは多分私はいくらか啓蒙されてるからな」

“I am only relatively stupid—that is to say, I am as stupid as all people—perhaps because I got a little bit enlightened”?  (Lacan“Vers un signifiant nouveau” 1979)

啓蒙されているから愚かになってしまったというのは、象徴界の世界の住人だから、ということ。ただし前段の「相対的に愚か」というのは、《この「相対性」は、"完全には愚かではない"と読むべきだ、すなわち厳密な意味での非-全体の論理として。…ラカンの中には愚かでないことは何もない。愚かさへの例外はない。ラカンが完全には愚かでないのは、彼の愚かさのまさに非一貫性にある》(ジジェク「『LESS THAN NOTHIG』私訳)

というわけだが、われわれは共同体の「先例」と「慣習」を学ばないわけにはいかない。理論やパラダイムを学ばないわけにはいかない。ただそれを信じ込むなということだ。

もっと重要なことは、われわれの問いが、我々自身の“説明”できない所与の“環境”のなかで与えられているのだということ、したがってそれは普遍的でもなければ最終的でもないということを心得ておくことである。(柄谷行人『隠喩としての建築』)

現実をゆらめかすこと、現実の非一貫性を知ることだ。ラカンの幻想の横断traversée du fantasmeとは、そのことを言っている。

“Traversing the fantasy” does not mean going outside reality, but “vacillating” it, accepting its inconsistent non‐All. (ZIZEK"LESS THAN NOTHING")







2013年9月30日月曜日

「人びとは驚くほど馬鹿になっています」

性的な対象が、簡単に手に入るせいで──価値を高めるような障害がないせいで──どんどん価値を下げている時代である今日において、交接する欲望をどうよみがえらせるか。(ジジェク「仮想化された現実/仮想化しきれない残余」)

 などと引用したからといって、性的「交接」の話をするつもりはない

したいのは、音楽と交接する欲望をどうよみがえらせるか、という話だ

PCに比較的高音質なスピーカーをつないで
CDから変換したファイルやYouTube
音楽を聴くことがほとんどなのだが
手間暇かけずに
たとえばレコード時代の、
ジャケットから慎重にレコード盤を取り出し、
盤の表面や針の埃を払うなどの神聖な儀式を経ずに
(この儀式はヴェール機能、
アウラや対象aを生み出すことに貢献していたはずだ)
コンピュータや携帯端末の簡単な操作だけで
随意に気に入りの曲や好みの箇所だけを
聴くなどということになっている

以前よりも聴くことが減っているかどうか
それは判然としないが
集中して聴くことは間違いなく減っている
あるいはYouTubeなど音質は劣るにせよ
かつての少年なら宝の山のはずなのに
多くの宝を熱心に探し求めることなどもない
これはなにも音楽だけではない
あらゆる情報が簡単に入手可能なら
それらの情報の価値はかぎりなく低下する
「集められる情報量と情報の価値は反比例するらしい」

強迫的に映画を録画しまくるビデオ・マニア(私もそのひとりだ)ならほとんど誰もが知っているはずだ。--ビデオデッキを買うと、テレビしかなかった古き良き時代よりも観る映画の本数が減るということを。われわれは忙しくてテレビなど観ている暇がないので、夜の貴重な時間を無駄にしないために、ビデオに録画しておく。後で観るためだ(実際にはほとんど観る時間はない)。実際には映画を観なくとも、大好きな映画が自分のビデオ・ライブラリに入っていると考えるだけで、深い満足感が得られ、ときには深くリラックスし、無為(far niente)という極上の時を過ごすことができる。まるでビデオデッキが私のために、私の代わりに、映画を観てくれるかのようだ。ここではビデオデッキが<大文字の他者>、すなわち象徴的登録の媒体を体現している。今日ではポルノですらますます相互受動的な働きをしている。もはやポルノ映画はユーザーを興奮させ、孤独な自慰行為に駆り立てるための手段ではない。「行為がおこなわれている」スクリーンを観ているだけで充分であり、私の代わりに他人がセックスを楽しんでいるのを観察するだけで、私たちは満足する。(ジジェク『ラカンはこう読め』)

まずは、隣りに住むふたりの叔父たちの
収集したレコードを聴いて育ったのだが
叔父たちの世代はレコード一枚買うのに
月収の十分の一くらいの費用を払って購入したはずだ
そんなふうにした手に入れたレコードは
たとえ最初は気に入らなくても何度も聴いてみる
少年も奇妙な曲だと感じつつ何度も聴いた
こうして愛するようになった作品はたくさんある

……この音楽のなかで、くらがりにうごめくはっきりしない幼虫のように目につかなかったいくつかの楽節が、いまはまぶしいばかりにあかるい建造物になっていた。そのなかのある楽節はうちとけた女の友人たちにそっくりだった、はじめはそういう女たちに似ていることが私にはほとんど見わけられなかった、せいぜいみにくい女たちのようにしか見えなかった、ところが、たとえば最初虫の好かなかった相手でも、いったん気持が通じたとなると、思いも設けなかった友人を発見したような気にわれわれがなる、そんな相手に似ているのであった。(プルースト「囚われの女」井上究一郎訳)


いまではこういうことは少ないのではないか
はじめはみにくい女たちのようにしか見えなかったら
それでおしまい
次の曲に向かう
上っ面だけのうつくしい女を求めて

作り手のほうもそれがわかっているから
最初から上っ面のうつくしい女を作る
しまいにはそればかりの技術が磨かれる
長く付き合えば思いがけなく魅力的なうちとけた女
そんなものはうっちゃって

自分の耳や眼が先例と慣習によって汚されている
そして貴重なものを取り逃がしている
そんなことは思ってみもしない


「ガムランでは大きなゴング、雅楽では大きな太鼓が 
最後の拍に打たれるが、長い余韻やアクセントのために 
西洋音楽に慣れた耳はそれを最初の拍として聴く。」(高橋悠治

かつて音楽は、まず人々の―特に作曲家の頭の中に存在すると考えられていた。音楽を書けば、聴覚を通して知覚される以前にそれを聞くことができると考えられていたんです。私は反対に、音が発せられる以前にはなにも聞こえないと考えています。ソルフェージュはまさに、音が発せられる以前に音を聞き取るようにする訓練なのです……。この訓練を受けると、人間は聾になるだけです。他のあれこれとかの音ではなく、決まったこの音あの音だけを受け入れられるよう訓練される。ソルフェージュを練習することは、まわりにある音は貧しいものだと先験的に決めてしまうことです。ですから〈具体音の〉ソルフェージュはありえない。あらゆるソルフェージュは必然的に、定義からして〈抽象的〉ですよ……。(『ジョン・ケージ 小鳥たちのために』 より)

訓練された耳ほど音がきこえなくなっている
そんな場合だってあるのだ
だが自らの感受性を疑ったこともない
そんな奴らばかり
「人びとは驚くほど馬鹿になっています」

連中は何もいうことがないので、名前だけでものをいうのです。テレビは、対話というか、そうした話題をめぐって話をする能力を確かに高めはしました。だが、見る能力、聴く能力の進歩に関しては何ももたらしていない。私が『リア王』にクレジット・タイトルをつけなかったのはそのこととも関係を持っています。

ふと、知らないメロディを聞いて、ああ、これは何だろうと惹きつけられることがあるでしょう。それと同じように、美しい映像に惹きつけられて、ああ、これは何だろうと人びとに思ってもらえるような映画を作ってみたいのです。しかし、名前がわからないということは人を不安におとしいれます。新聞やテレビも、一年間ぐらい絶対に固有名を使わず、たんに、彼、彼女、彼らという主語で事件を語ってみるといい。人びとは名前を発音できないために不安にもなるでしょうが、題名も作曲者もわからないメロディにふと惹きつけられるように、事件に対して別の接し方ができるかもしれません。

いま、人びとは驚くほど馬鹿になっています。彼らにわからないことを説明するにはものすごく時間がかかる。だから、生活のリズムもきわめてゆっくりしたものになっていきます。しかし、いまの私には、他人の悪口をいうことは許されません。ますます孤立して映画が撮れなくなってしまうからです。馬鹿馬鹿しいことを笑うにしても、最低二人の人間は必要でしょう(笑)。(ゴダール「憎しみの時代は終り、愛の時代が始まったと確信したい」(1987年8月15日、於スイス・ロール村――蓮實重彦インタヴュー集『光をめぐって』所収)



こんな時代に
交接する欲望を回復するのにはどうしたらいいのか
自己との距離をとること
なんとも厳しい途


「『偶像の黄昏』でしたか、ニーチェがおもしろいことを言っていて、ルネッサンスのような『強い』時代には、人と人との間、階級と階級との間に距離があり、その距離にパトスがみなぎっていた。そのパトスを通じてこそ、自分が自分自身になり、自分を他から卓越させたいという欲望が実現されたんだと。ニーチェ自身の生きていた十九世紀後半のドイツはそういう『強い』時代ではあり得ないという嘆きなんでしょうが、さらに時代がくだって、我々はそれよりさらにいっそう『弱い』時代を生きている。『距離のパトス』が失われているんですね。そうすると、結局、個人ひとりひとりが自分自身の内面に無理やり『距離』をつくり出していくしかない。これは何とも厳しい途ですよね。切羽詰った力業によって、そのつど捏造されるほかない文学の発生でしょう」。(松浦)(古井由吉・松浦寿輝『色と空のあわいで』)


続く→「大量の馬鹿が書くようになった時代



2013年9月26日木曜日

ピアノを弾くこと

長生きしたカザルスは、最晩年、次のように語ったそうだ。《これまでの 80年間、私は毎日毎日、その日を、同じように始めてきた。ピアノで、バッハの平均律から、プレリュードとフーガを、 2曲ずつ弾く。》

ーーまねしてみたこともあったが、オレには続かないな





カザルスと同じくカタルーニャ生まれのモンポウの「沈黙の音楽」第一曲。

◆高橋悠治のもの




◆モンポウ自身のもの




ーーオレがやってみると、次のフレーズに入るのが、速くなりすぎたり、待ちすぎて曲の流れが途絶えてしまったり、あるいはフレーズの最初の音に力が入ってしまうだよな。YouTubeに他の演奏家のものもあるが、専門家でも下手くそなやつのを聴くと安心するよ 響きに耳をすます才能がないぜ おまえら


どこを押しても 決った音だけなら
慣れた平均律の耳は 
共鳴のちがいをききとれないか
どこを押しても 揃った響が返るだけなら

鍵盤に固定された音階は
音の抑揚ではなく
ない色を一つだけのねいろに映し
不揃いな指 抑えたひびき
ずらしたリズム 崩した和音
すれあう余韻 逸れるふしまわし
かすめ取るふち 息づく空間

弱さに引き込まれ
揺れうごく余地を残した

窪みの陰 翳る


ーーピアノという  高橋悠治




この曲を作ったころ、武満はメシアンの楽譜をみたり、あるいはシェーンベルクやヴェーベルンの曲を学んだそうだ。響きはメシアンであり、音型は、ヴェーベルンの後期の作品(OP.27だったか?)を思い出させないでもない。

…………


昨年はブゾーニとモンポウを録音し
今年はアキといっしょに石田秀実のピアノ曲集を録音した
ブゾーニは夢のように変わりつづける音の流れに
モンポウは遠いざわめきのこだまに
石田は山水画のなかの空間に歩み去る後ろ姿に惹かれて
(……)

休止符と小節線を書かない楽譜にしてみる
拍を数えない 同期しない
それぞれの音が それぞれの時間で明滅する空間
断片を入れ替えて 流れを断ち切る
音をはずして つながりにくくする

書きながら時間をかけてためしているやりかたを
身体に染み付けて 演奏を解体していく
自然にうごいてしまうことから距離をとる
わずかな変化に注意を向けると ありきたりのうごきはしずまる
ほどけ ばらばらになっていく
こんなことで いいのだろうか

くりかえすたびに変化する
二度とおなじうごきはなく
はじまりの地点からはなれて 二度ともどることはない


ーー冷えとひらき  高橋悠治

高橋悠治が(……)体制に迎合するのでもなければ、反体制運動の前衛としてそれと真っ向からぶつかるのでもない、別な形のコミュニケーションの技法を模索している姿は、われわれにとってもきわめて示唆的だ。前衛音楽が退潮し、ありとあらゆる音楽を並列したマーケットがインターネットに乗って世界を覆ったかに見えるいま、そこに回収されない「別な音楽」は、そのような技法によって辛うじて生き延びていくのかもしれない。(浅田彰「高橋悠治 with 波多野睦美」
かつて触れた2011年の神戸でのコンサートを思い出せば、このディスクのようなレパートリーなら高橋悠治(ケージの傑作「プリペアード・ピアノのためのソナタとインタールード」は今もって彼の録音がベストだろう)と波多野睦美でずっといい録音ができるはずだ。日本にそういうことのやれるプロデューサーはもういないのだろうか…。(同「ラーンキ夫妻のドビュッシー」)

高橋悠治の水牛のエッセイを、日記のようにして読んでいくと(まずは2004年から一年ごとに2013年のものまでPDFファイルにしてiPadの画面で線を引きながら読んだのだが、そこから今度は逆に、逆行して2003→2000という読み方をした)、2008年前後に高橋悠治は変わったのではないか、と感じる。批判の舌峰鋭さが消えてゆき、模索の態度が前面に出るようになっている。2008年といえば、1938年生まれの高橋悠治は70歳。もっとも、その切りのいい年齢はとくには関係ないのかもしれないし、変わったというのも錯覚かもしれない。






《2012 年はケージ生誕 100 年で、ヨーロッパやアメ リカでは多くの記念行事がある。最近の作曲家は自 分の作品より長く生きて、晩年は忘 れられ、有名なだけで作品は演奏されないこともある。ストラヴィンスキーは最晩年にニ ューヨークのホテルで暮ら していた。入院したが酸素テントの下でロシア語しか話さず、 聞き取れるのはヴェラ夫人とバランシンだけだったと言われる。亡くなって1年間はすべ ての作品が演奏された。次の年には『春の祭典』と『兵士の物語』だけになった。武満の 最後 10 年間は、日本では演奏されなくなり、委嘱はアメリカ とヨーロッパだけだった。 亡くなって1年間はあらゆる作品が演奏され、それ以後は他の現代作品を演奏しないで済 むために、ポップソングばかりが演 奏されるようになった。クセナキスの最晩年もフランスでは演奏されず、委嘱はドイツとイギリスから来た。音楽は商品で、作曲家の名前は ブランドに なったようだ。音楽への興味や発見のためではなく、業界のアリバイのために使われるのだろうか。

ケージやクセナキスはいまでは研究者たちに解剖される死んだ音楽標本になっていく。で きあがった作品の細部まで分析しても、残された繭の構造のみ ごとさからは、飛び去っ た蝶の姿は見えないだろう。短い 20 世紀と言われる。1914 年までは 19 世紀ヨーロッパ の長い終わりだった。その後は戦 争と革命の時代で、伝統は破壊され、新しさを求めた 試行錯誤が続いたが、1920 年代の終わりから、実験の行き詰まりから引き返し、機械文 明への 素朴な信仰をもったままで「バッハ」や「原典に帰る」新しい権威主義が支配し、 1960 年代の終わりには失速したが、まったく崩壊するまでには 1990 年を待たなければな らなかった。その後の、先の見えない賭博経済と民族紛争しかないこんな時代の音楽の現 実からは、固定したカテゴリーや システムや方法を論じたり、すぎてしまった新しさに 価値や展望を求める態度には、縁遠いものを感じる。過去は技術だけではないだろう。規 則や定義 や理論としてはっきり限定されないままに、世代を越えて受け継がれる文化伝 統、音楽的身体や感情は、歴史の可能性とも言えるし、音楽的ふるまいの 環境でもあり、 呼吸する空気でもあるだろう。》(だれ、どこ     高橋悠治


ピアノを弾くこと  高橋悠治

ピアノは生活の手段だった。オペラの練習や歌の伴奏から、前衛音楽の演奏家になり、そこにバッハのようなクラシックのレパートリーを入れてきたので、ピアニストとしての教育は受けなかった。家が貧しかったのでピアニストとしての教育を継続して受けることはできなかったこともある。19世紀的な名人芸はできもしないし、やる気もなかった。1950年代の前衛音楽では点としての音のタイミングと強度を指定された通りに区別するのがすべ てだったのか。それに対してオペラ的なものは身振りとしてのパターンを過剰に提示すればよかったのか。必要な身体技術を身につけるだけでピアノを弾くことはできる。作曲家だから作品を分析することができて、その知識の上で演奏を構成していると思われているかもしれないが、演奏している時に考えることは妨げにしかならない。同じメロディーが再現するからと言って同じ演奏はできないどころか、時間が経てば同じ音符もちがう響きがするのでなければ、演奏する意味がない。

書かれた音符のちがいをはっきり聞かせるだけの楽譜に忠実な演奏は、1930年代から数十年続いた演奏スタイルにすぎなかった。そうだからと言っ てそれ以前の個性的な表現や技術や感情に支配された演奏スタイルに帰るわけではない。

ピアニストとみなされると、人が聞きたがるものを弾くことになる。バッハを弾いているとそればかり求められるが、日本では数十年前のグレン・グー ルドの代用品にすぎないから、弾くだけむだと最近は思うようになった。19世紀音楽はだれでも弾くから競争になるだけだし、音楽がもう死んでいて、経済的価値しか残っていない

20世紀の構成主義や技術主義的な音楽観はバッハやベートーヴェンからシェーンベルクまでのエリートのものだった。音楽が制度であるかぎり、作曲 や作品の権威はなくならないのかもしれない。でも、何を弾くかが問題であるうちは、音楽の歴史は作曲家の歴史で、楽譜に書けるようなピッチや時間 の長さといった数量が中心である音楽は、市場経済の一部になっていくのだろう。

ピアノを弾くのがいやだった時期が長かった。シンセサイザーやコンピュータ、アジアの伝統楽器に惹かれていたこともあった。電子音には自発的変化がない、擬似ランダムな操作で変化を加えてもそれはほんとうの偶然ではなく、発見がない。伝統楽器は伝統のなかに入らなければ何もできない。残っ たのはピアノだけだった。この19世紀の音楽機械、力と速度と量を操作する技術の楽器を異化することができないだろうか。

ちがう原理による音楽を作ることはできる。だが、「何」の限界にとらわれないためには、「どのように」からはじめるのがよいかもしれない。

音楽は音が聞こえるという「聞こえ」がすべてだ。聞こえるものの背後に音楽の本質があるというベートーヴェン的思い込みは耳の現実ではないように 思える。音は聞こえたときは消えていて。音の記憶にすぎない。『印象がすでに表現だ(馬にとってのように)』(クラリセ・リスペクトール)。『見 えること、それこそあることかもしれない、そのように、太陽は見えているなにか、そのものである』(ウォレス・スティーヴンス)。楽譜の上で左と 右に見える模様は、右から左へ見ていくことはない。時間を横軸とし音の高さを縦軸とする格子のなかの模様を耳は聞いていない。音はすぎていき、次 の音は前の音とはちがって聞こえるのを時間と呼ぶなら、時間は規則的に区切られた線のように連続してはいないだろう。記憶される音楽は録音された音楽とはちがう。

ピアノを弾くときは低く座る。ほとんどのピアニストは鍵盤を見下ろす位置に高く座り、背を前に倒しているが、これでは背だけでなく肩や腕にむだな力がかかるし、タッチが浅くなるような気がする。キーを見ながら弾くと、手や指の位置に関する固有感覚がにぶくなる。ピアノを弾いて疲れるのはま ともではない。弾けば弾くほど身体から余分な力がぬけてらくになるはずなのに。と言っても身体は静止してはいない。静止させた身体から手や指だけを動かすのは部分的な運動でストレスが大きくなる。じっさいには、身体が静止しているときはない。いつもうごいているからうごかすこともできる。 全身がいつも円を描くように運動しているから、それにのせて力を分散させれば、わずかな動きだけで大きな変化を作ることができる。聴覚神経も固有振動があるから音がきこえるのと似ている。

メロディーはさまざまな粒子の相互干渉の流れを無視して、音楽を一本の連続線に均す。近代和声は連続を求心性の周期に翻訳していた。ところが演奏 はメロディーを音色の時差のグループに断片化し、和声を点滅する響きの距離空間に解体する。音色、音質、リズムの揺らぎは楽譜に書くことはむつか しいし、あらかじめ決めることができないから、指定することには意味がない。廃墟に残された道標のように何ものも指していない無意味な指定は、無 視することができるばかりか、構造主義的な音楽観に特徴的な二項対立のように、取り除くことによって音楽は解放されるだろう。同時性、周期性は見 かけの要約だから、乾物をもどすように指のうごきがこわばりを取り除いてしなやかさをとりもどす誘い水になる。ピアノの均質な音色は、強弱の差異 を小さくしながらタイミングをすこしずらすことによって翳りを帯びる

ここに書いていることには個人的な好みもあるが、時代のスタイルの現われでもある。その有効性ははじめから限られている。表現や構成や綜合をめざ してはいないし、それらからはむしろ解放された方向にひらいたものでありたいとは思うが、じっさいそうなっているかどうかはわからない。こうあり たいと努力するようなことではなく、努力やよけいな緊張のない、なにかちがうものであろうとするストレスのない、うごいている身体がそれ自体とそ れを撹乱する外側の両方に注意を向けている夢の持続のようなありかた。それはことばの本来の意味で練習とも言えるが、楽器の練習と言うときによく ある反復ではなく、いつもちがうやりかたの実験でありつづけるという意味の練習と言ってもよいだろう。

ピアノ練習には音はあまり必要ない。聞くことに連動する身体のうごきを意識すればよいのだから。次の音の位置にあらかじめ手があるように、見ないでその位置を感じ、それからそれを音にする、そしてそこから離れる、それをグループごとに沈黙で区切りながらためしてみる、それだけのこと。音はすでに記憶だから、音のイメージはあり、じっさいの音にすこしさきだってあり、音をみちびいていく。知覚は感覚に約半秒遅れて起こるといわれる が、イメージは音を作る身体運動の半秒先を行くように思われる。それが楽譜を読む眼のうごきでもあり、初見の方法でもある。

音のイメージとじっさいの音との落差あるいは乖離は知覚の時差がある限りなくならない。音には思い通りに操作できない部分が残る。それは偶然でも あり時間を遡って修正することはできないから、それに応じて次の音のイメージが修正され、さらなる乖離が続く。完全な方法はありえない。演奏は不 安定なもので、いままで書いたこともガイドラインにすぎないし、それだって保証されたものではない。

それなのに、確信をもっていつも同じ演奏をくりかえす演奏家がいる。この確信は現実の音を聞くことを妨げる障害になるのではないかと思うが、感性のにぶさと同時に芸の傲慢さをしめしているのだろう。演奏が商品でありスポーツ化している時代には、演奏家の生命は短い。市場に使い捨てられない ためには、いつも成長や拡大を求められているストレスがあるのかもしれない。

…………

最後に、ちょっとした長男の悪戯(オレに誰の演奏か当てろ、という)。三人の演奏家によるショパンの最後のマズルカ。演奏家不記載だが、最初のポーランドの女流演奏家は、「あなたたち、マズルカは、あたしの国の民族舞踊なのよ、そんなに気取って演奏しないで!」と語っているかのようだ。とはいっても、19世紀、ポーランド貴族(シュラフタ)のあいだで流行した踊りらしい。だが、シュラフタの数は西欧の貴族と比較すると多いため、時に日本の武士との対比で「士族」と訳されることもあるそうだ。













2013年7月8日月曜日

存在が音を聴くのではない、音が存在を聴きとってゆく

存在が風景を読むのではない。風景が存在を読みとってゆく」のであれば、「存在が音を聴くのではない、音が存在を聴きとってゆく」もしかり。

視線が分節化する風景の物語は風景が分節化する視線の物語にそれと知らずに汚染しているということ、しかもその事実によって視線同士がた がいに確認しあう風景の解釈は、遂に風景が語る物語を超えることがないという視点(蓮實重彦

いささかくどいなることを懼れずに書き直せば、聴覚が分節化する音の物語は音が分節化する聴覚の物語にそれと知らず汚染しているということ、しかもその事実によって聴覚同士がたがいに確認しあう音の解釈は、遂に音が語る物語を超えることがない視点は、「文化」と呼ばれる「制度」のあらゆる領域で問題とされているごく退屈な議論にすぎないことは誰もが知っている。


ケージは、なんといっているのだったか。

かつて音楽は、まず人々の―特に作曲家の頭の中に存在すると考えられていた。音楽を書けば、聴覚を通して知覚される以前にそれを聞くことができると考えられていたんです。私は反対に、音が発せられる以前にはなにも聞こえないと考えています。ソルフェージュはまさに、音が発せられる以前に音を聞き取るようにする訓練なのです……。この訓練を受けると、人間は聾になるだけです。他のあれこれとかの音ではなく、決まったこの音あの音だけを受け入れられるよう訓練される。ソルフェージュを練習することは、まわりにある音は貧しいものだと先験的に決めてしまうことです。ですから〈具体音の〉ソルフェージュはありえない。あらゆるソルフェージュは必然的に、定義からして〈抽象的〉ですよ……。(『ジョン・ケージ 小鳥たちのために』 より)

「音自体にとってありのままの音」を聴くことのできる才能がこの世には存在はするという視点がないではない、「現実界」を真正面から見据える人びとの「強度」、「光」、魂の唯物論的な露呈 réel、その「輝き」を。

だが、それでさえ、ドゥルーズ=ベルグソンのイマージュ論における、《事物というのはどんな光によって照らされているわけでもない、すでにそれ自体が光なのである、と。では意識とは何かというと、この光を屈折させ、停止させ、遮断するもの、言わば光にとっての障害物にほかならない》を想起すれば、疑わしい。

そのことは保留しつつ、魂の唯物論的な露呈 réelにめぐりあえる稀な才能であっても、いつもというわけではない、「世界の裂け目」が垣間見られた「一瞬よりはいくらか長く続く間」であるはずだ。
もう一度、ほとんど永遠に近いくらい永く生きた人間を想像してみよう。それこそ大変な老人になって、皺だらけで縮こまっているだろうけれどもさ。その老人が、とうとう永い生涯を終えることになるんだ。そしてこう回想する。自分がこれだけ生きてきた人生で、本当に生きたしるしとしてなにがきざまれているか? そうやって一所懸命思い出そうとするならば、かれに思い浮かぶのはね、幾つかの、一瞬よりはいくらか長く続く間の光景なのじゃないか?……(大江健三郎『燃えあがる緑の木』第一部)

《一つの周期的リズムに多少とも結びつけられている音を聴くとき、私達は必然的に音そのものとは別のなにかを聞いているのです。音そのものではなく、音が組織されているという事実を聞くことになります。禅では非-組織、つまり音自体にとってありのままの音への回帰がありますね。―ジョン・ケージ》

《どこにいようと、聞こえるのはほとんどノイズだ。無視すると邪魔になる。耳を澄ますと魅力がわかる。》(同)

もっとも、《「 réel」と口にするひとは、そう口にしてしまった自分にその資格があるかどうかという疑いを持たねばなりません。ところが、「 réel」について語ることは、その資格もないひとたちがもっとも楽天的に戯れうる制度になってしまった。》(蓮實重彦ーー「ラカン派の現実(幻想)と現実界をめぐる」)ーーそれで、誰がその資格があるというのか、蓮實重彦自身にあるとでもいうのか、という問いを発してみることもできよう(もっとも蓮實重彦には、そんなことは分っている、括弧に括って挑発しているだけだ、という別の視点も存在する)。

あるいは、さらに、「感覚」と「知覚」の区別をも念頭におく必要もあるのだろう。
ここで重要なのは感覚と知覚を異なったものとして扱っていること。感覚は受動的なものでわれわれは単にそれを選択せずに受け取るだけなのに比べて、知覚は能動的で選択的。知覚があって初めて私たちは何かを差異的、具体的に感じることができる。それにたいして感覚は非差異的。感覚の世界は混乱しており構造化されていない。

音に関して言えば、音を感覚だけで聞くと世界は様々な騒音に満ちあふれている。知覚はフィルターを通すので静かな世界が可能となる。耳は閉じられないが知覚としての耳は閉じることができる。私たちの耳は聞かないためにある。向井雅明「心的装置の成立過程における二つの翻訳」


もちろん、こういったレベルだけではなく、ひとはその育った環境、受けた教育の物語に汚染している。

時代の、文化の「美しさ」という標準的理念から与えられる規則(カノン)があって、対象は「美しい」のであり、「美」は対象の性質ではない(参照:「美しい」といふ事)。


また、「わたしはあの作品をすばらしいと思う」は、「わたしはあの作品をすばらしいと考えていると思っている」とすることができる、あたかも「彼女は私を愛していると私は思う」とするかのように。


ラカンはなんと言っているのだったか。

「我思う」に「私は嘘をつく」と同じだけの要求をするのなら次の二つに一つが考えられる。まず、それは「私は考えていると思っている」という意味。これは想像的な、もしくは見解上の「私は思う」、「彼女は私を愛していると私は思う」と言う場合に-つまり厄介なことが起こるというわけだが-言う「私は思う」以外の何でもない。デカルトの「省察」の中でさえ、「我思う」を、彼の言う根源的明証性はなにも保証することできない、まさに想像的次元でしかないものにする遇有的事柄の多さに驚かされる。もう一つの意味は「私は考える存在である」である。この場合はもちろん、「我思う」から自分の存在に対して思い上がりも偏見もない立場をまさに引き出そうとすることをそもそも台無しにすることになる。私が「私はひとつの存在です」と言うと、それは「私は存在にとって本質的な存在である」ということで、ただのおもいあがりである。デカルトの「我思う」と「私は嘘をつく」  (ラカン)

もちろん、日常的にはこんなことを顧慮してひとは語りはしない。のべつまくなしにやりだせば、「思考の遊戯」として敬遠される。ただ、ケージやラカンの言うところを「括弧に括って語っているかどうか、まったく括弧なしでやっているか」は、片言隻語に窺われないわけではない、--いやときにその錯覚に閉じこもることができる、とだけしとこう。

蓮實) 括弧に括る部分というのは、 いずれにしても見えてこないから、 それなしでやっている人とそれを方法的に括弧に括ってやっている人との違いが見えてこない。 編集者は本当はそこを感じとらねばいけないのに、 その能力がない。 そうすると、 蓮實はあれでやっているんだから、 その筋のものでも大丈夫だろうという気になってしまう。 柄谷行人もあれで批評家なんだから、 これで大丈夫だということになる。 本当は括弧に括る部分の違いが文章に出ているはずですが、それは読まない。(『闘争のエチカ』)


ところで、ひとが老人性痴呆症になりつつあるとする。

さる薬が発明されて、頭のなかに音楽が三分間だけは、死ぬまで記憶できることになったと仮定してみよう。

どの曲を選んでもよい、あなたはどの曲が残ることを希望するだろうか。この問いは、無人島になにをもっていきますか、のヴァリエーションであり、脳のなかの無人島には、三分間だけの音楽しかもっていけない、という設定だ。

「わたしはあの作品をすばらしいと考えていると思っている」作品なら、わたくしの場合、バッハのマタイ受難曲、その「真に彼こそは神の子だった」で一瞬だがすごい漸強と漸弱の曲線の一分間ばかりの合唱か、オルガンコラールのなかの、「くらがりにうごめくはっきりしない幼虫」のざわめきを感じさせる曲だ。
……この音楽のなかで、くらがりにうごめくはっきりしない幼虫のように目につかなかったいくつかの楽節が、いまはまぶしいばかりにあかるい建造物になっていた。そのなかのある楽節はうちとけた女の友人たちにそっくりだった、はじめはそういう女たちに似ていることが私にはほとんど見わけられなかった、せいぜいみにくい女たちのようにしか見えなかった、ところが、たとえば最初虫の好かなかった相手でも、いったん気持が通じたとなると、思いも設けなかった友人を発見したような気にわれわれがなる、そんな相手に似ているのであった。(プルースト「囚われの女」)


他方、ふとした弾みに唐突に囁き流れ、痛み、傷、棘、遠さ、戦慄、なにか異様なものを齎すのは、わたくしの場合、バッハのいくつかの曲以上に、ふたつの「童謡」だ。わたくしが三歳前後、あるいはそれより前に、母がしばしば歌うのを聴いた「かあさんが夜なべをして」であり、これも母が口ずさんだロシア民謡の「赤いサラファン」ーーそれが、<わたくし>を突き刺し、あざをつけ、私の胸をしめつける。


中井久夫は、外傷性記憶の特徴が、二歳半から三歳半前後までの幼児期記憶の特徴と一致するとしている。

1)断片的であり、(2)鮮明で静止あるいはそれに近く、主に視覚映像であり、(3)それは年齢を経てもかわらず、(4)その映像の文脈、すなわちどういう機会にどういういわれがあって、この映像があるのか、その前後はどうなっているかが不明であり、(5)複数の映像間の前後関係も不明であり、(6)それらに関する画像以外の情報は、後から知ったものを綜合して組み立てたものである。(「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』46頁)

そう、「夜なべ」と「赤いサラファン」の歌は、薄暗い部屋の親密な雰囲気の「視覚映像」とともに、きこえてくる。いまの住まいであれば、鎧戸を閉めて午睡をして夕暮れ近くに目覚めるなどということがあればーーこれは滅多にないのだけれどーー、少し前、病に臥していたときの夕暮れ、鎧戸から洩れる西日の光と翳の感覚が、幼少期の「視覚映像」に近く、あの歌がきこえて来るなどということが起こる。

だが、それだけではない、朝早く、テニスコートに向かう途次、路上市場で、――といっても道の曲がり角にある家々の前に、簡単な木の支えを立てて、そこにビニール状の屋根を張ったという形式のものだけれどもーー、暁闇から藍色に少しずつその透明の度を増していく中、天井から吊るされた裸電球の灯の下の三十歳くらいの整った顔立ちの女性の売り子が、野菜や果物を陳列棚に並べている、その俯いた顔の陰影をふと見やったときに唐突にーー衝撃のようにーー、あの「歌」が耳のなかで湧き起こるなどということがある。

私の仮説は、非文脈的な幼児記憶もまた、絶対音感記憶のような絶対性を持っているのではないかということである。幼児の視覚的記憶映像も非文脈的(絶対的)であるということである。

ここで、絶対音感がおおよそ三歳以前に獲得されるものであり、絶対音感をそれ以後に持つことがほとんど不可能である事実を思い合わせたい。それは二歳半から三歳半までの成人型文法性成立以前の「先史時代」に属するものである。(……)音楽家たちの絶対音感はさまざまなタイプの「共通感覚性」と「原始感覚性」を持っている。たとえば指揮者ミュンシュでは虹のような色彩のめくるめく動きと絶対音感とが融合している。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収 P59-60)

 もっともここで「絶対音感」の話をするつもりはない、焦点をあてたいのは、「先史時代」の記憶、あるいは「共通感覚性」と「原始感覚性」のことだ。(参照:原始感覚性、共通感覚性、絶対性


実際、アルツハイマーの老人は、多くの記憶が失われても、幼児から馴染んだ童謡は最後まで覚えているということがあるようだ。先史時代の共通感覚性と原始感覚性、――それは、「わたしが最も愛すると考えていると思っている」作品よりもいっそうわたくしの心を突き刺す。


先史時代でなくてもよい、わたくしの心的外傷性記憶にかかわるものが、実は、どんなにすぐれた作品よりも生き長らえる。それを、観察主体の心的外傷性記憶や、幼少期の記憶が、対象に書き込まれているとして<対象a>にかかわる、としたことがある。
(参照:「人間的主観性のパラドックス」覚書


わたくしの「石鹸の広告」は、「夜なべ」と「赤いサラファン」であると「私は考えていると思っている」。
われわれも相当の年になると、回想はたがいに複雑に交錯するから、いま考えていることや、いま読んでいる本は、もう大して重要性をもたなくなる。われわれはどこにでも自己を置いてきたから、なんでも肥沃で、なんでも危険であり、石鹸の広告のなかにも、パスカルの『パンセ』のなかに発見するのとおなじほど貴重な発見をすることができるのだ。(プルースト「逃げさる女」)


「スワンのオデットへの愛、主人公のアルベルチーヌへの愛、反復される山間の農家の牛乳売りの娘への夢想…。プルーストが繰り返し書いたのは、「愛する理由は、愛の対象となっているひとの中には決して存在しないこと」だった。

彼らが愛しているのでびっくりするような凡庸な女が、知的な女よりもはるかに彼らの世界を豊かにする。」

もちろん、この立場ではなく(芸術作品の場合はことさら)、他人を、あるいは他人の作品をダシにおのれを語る連中ばかりが跳梁跋扈しているなかでは、「自分は単なる明晰にすぎない」という「貧しい領土」(浅田彰)にとどまって、形式的にいけるところまではいくプロフェッショナルがまずは求められるのだろう。

バーンスタインは、音楽における意味を四種のレベル、すなわち1)物語的=文学的意味 2)雰囲気=絵画的意味 3)情緒反応的意味 4)純粋に音楽的な意味 に分類したうえで、 4)だけが音楽的な分析を行うに値すると述べて、「音楽を説明すべきものは音楽そのものであって、その周囲に寄生虫のように生じた、音楽以外のもろもろの観念ではない」とした。(見すてられた石切場


だが、そこから毀れ落ちるものが、「世界の論理の突然のひびわれ」による「愛」、あるいは<対象a>なのだ。
愛するという感情が不意に訪れるとしたら、それはどのようにしてなのか、とあなたは訊ねる。彼女は答える-たぶん、世界の論理の突然のひびわれから。彼女はいう-たとえば、ひとつの過ちから。彼女はいう-意志からは決して。(マルグリット・デュラス「死の病い」ーー「魂の非安」 )

そしてこの主張じたい安易に語れば、パラダイム、制度から零れ落ちるものを語ることがパラダイム、制度になってしまった、という批判を与えることができる。つまりは、《「 réel」について語ることは、その資格もないひとたちがもっとも楽天的に戯れうる制度になってしまった》とすることができる。

※附記:わたくしの「石鹸の広告」は、「夜なべ」と「赤いサラファン」であると「私は考えていると思っている」としたのは、あるいはもっと別の起源による「愛」の可能性は、当然あるわけであり、たとえば次の如し。

触覚や圧覚は、確実性の起源である。指を口にくわえることは、単に自己身体の認識だけではない。その時、指が口に差し入るのか、指が口をくわえるのかは、どちらともいえ、どちらともいえない状態である。口―身体―指が作る一つの円環が安心感を生むもとではないだろうか。それはウロボロスという、自らの尾を噛む蛇という元型のもう一つ先の元型ではないだろうか。

聴覚のような遠距離感覚でさえ、水の中では空気中よりもよく通じ、音質も違うはずだ。母親の心音が轟々と響いていて、きっと、ふつうの場合には、心のやすらぎの妨げになる外部の音をシールドし、和らげているに違いない。それは一分間七〇ビートの音楽を快く思うもとになっている。児を抱く時に、自然と自分の心臓の側に児の耳を当てる抱き方になるのも、その名残りだという。母の心音が乱れると、胎児の心音も乱れるのは知られているとおりである。いわば、胎児の耳は保護を失ってむきだしになるのだ。(中井久夫「母子の時間、父子の時間」 『時のしずく』所収ーーうぬぼれとナルシシズム




2013年6月21日金曜日

なぜ口を閉じ耳を開けておかないのだろうか。馬鹿なんだろうか(ジョン・ケージ)

なぜ口を閉じ耳を開けておかないのだろうか。馬鹿なんだろうか。(ジョン・ケージ @jcbotjp



《閉じた眼と謂う言葉が、私に 開かれた耳 と謂う言葉を聯想させる》(武満徹)

――開かれた口という言葉は、閉ざされた耳という言葉を聯想させる


《どこにいようと、彼が聴きとってしまうもの、彼が聴き取らずにいられなかったもの、それは、他の人々の、彼ら自身のことばづかいに対する難聴ぶりであった。彼は、彼らがみずからのことばづかいを聴きとらないありさまを聴きとっていた。》(ロラン・バルト


あれらひとりでいられない者たち。

《芸術家が本当の意味で仕事をやれるのはまさに孤独のなかでしなかない。外的世界についてのその人の知識がつねに制限されていて、異物の侵入のせいで彼自身の想念とその実現を結び付ける一体性が破壊されたりしないような環境においてでしかない……ちょうどよい配分がどの程度なのかはわからないが、それでも、いわば直感から、ほかの人間と一時間一緒にいれば、x倍の時間はひとりでいる必要があると感じる……》(グレン・グールド)

人が芸術的なよろこびを求めるのは、芸術的なよろこびがあたえる印象のためであるのに、われわれは芸術的なよろこびのなかに身を置くときでも、まさしくその印象自体を、言葉に言いあらわしえないものとして、早急に放置しようとする。また、その印象自体の快感をそんなに深く知らなくてもただなんとなく快感を感じさせてくれものとか、会ってともに語ることが可能な他の愛好者たちにぜひこの快感をつたえたいと思わせてくれるものとかに、むすびつこうとする。それというのも、われわれはどうしても他の愛好者たちと自分との双方にとっておなじ一つの事柄を話題にしようとするからで、そのために自分だけに固有の印象の個人的な根源が断たれてしまうのである。(プルースト「見出された時」)


あれら「外で吠える犬」たち。

ひとりでいることは孤独のなかにあることとは違う。孤独という言葉は、たしかにほかに誰も一緒にいる人間がいなくとも、自分を相手としている状態を語るものとしたい。ひとりでいようが、それともほかの人間と一緒にいようが、自分を相手としていない時間、「誰かの不在が意識される」としても、それがほかの誰かというよりも自分自身の不在であるような瞬間が自己喪失と呼びたい(その逆に、愛とは、ほかの誰かがいるのに、まるでいないような意識が生じる場合だ)。孤独のなかにあること、それは他者がそこに、わたしの内部にいるという確実さの体験である。そのほかに孤立ということがある。この場合は他者も自己も不在なのだ。


思惟は孤独の営みである。世界は少しばかり沈黙しなければならない。だが自己喪失は思考のはたらきに致命傷を与える。想像するに、グールドがどうしようもなく孤独だったのは、「イン・オン・ザ・パーク」の部屋でフーガの対主題の開始のフレージングをどのようにやるべきかひとりで考えているときではなくて、コンサートの終わった後、満足したファンがいい気になって楽屋に押し寄せるのを迎えるときだったと思う。たぶんそのときの彼は、悪を「外で吠える犬だ」と呼んだ聖女テレサと同じように、悪霊に対して苛立っていたにちがいない。(ミシェル・シュネデール)

T. S. Eliot The Four Quartets(エリオット『四つの四重奏』第一部の詩篇「バーント・ノートンBurnt Norton」より)

Descend lower, descend only
Into the world of perpetual solitude,
World not world, but that which is not world,
Internal darkness, deprivation
And destitution of all property,
Dessication of the world of sense,
Evacuation of the world of fancy,
Inoperancy of the world of spirit;


低く降りてゆけ、ひたすら降りて
永遠なる孤独の世界
世界ではない世界、まさしく世界ではないものに向かってゆけ
内部の闇、
すべては財産の剥奪と没収
感覚世界は乾燥し
想像世界は中身が抜かれ
精神世界は活動がやむ

親しさではなく人混みへの愚かな愛。

孤独のなかに存在する、そこに困難がある。存在しつづけ、おのれの存在感情――もはや他者がいなくなっても存在し、そして存在しつづけるーーをたもちつづける、そして自分が誰であるかの意識、つまり自分であって、他者ではないという意識をたもちつづける。単純な事柄だと思う人々もいる。そう思う人々は自分たちの真の部分が間断なく存在しつづけ、しかも他者から離れることでたぶんそれがはじまるとさえ信じている。こうしてひとりになるとは、彼らの言い方にしたがえば、私生活、書きもの机、自分の寝室などの意味になるのだ。しかしながら多くの人々の場合、他者がいなくなれば、存在は解体し変質を遂げる(だが、他者がいなくなれば自分が無のなかに落ち込んでゆかざるをえないというなら、そのときこの他者なるものは果たして他者といえるのだろうか)。彼らは孤独でないかぎりにおいて存在するにすぎないのだ(親しさではなく人混みなのだ)。(シュネデール)

あれら、ホモ・センチメンタリス(ホモ・ヒステリクス)たち。

ホモ・センチメンタリスは、さまざまな感情を感じる人格としてではなく(なぜなら、われわれは誰しもさまざまな感情を感じる能力があるのだから)、それを価値に仕立てた人格として定義されなければならない。感情が価値とみなされるようになると、誰もが皆それをつよく感じたいと思うことになる。そしてわれわれは誰しも自分の価値を誇らしく思うものであるからして、感情をひけらかそうとする誘惑は大きい。(クンデラ)

 ………

“それはふつう〈音楽的〉と考えられているものに音が隷属させられている状態を拒否することです.(…)

1つの周期的リズムに多少とも結びつけられている音を聴くとき,私達は必然的に音そのものとは別のなにかを聞いているのです.音そのものではなく,音が組織されているという事実を聞くことになります.(…)

感情は,嗜好や記憶と同じように,あまりにも密接に自分自身に,自我(エゴ)に結びついています.感情は私たちが自らの内部に触れられたことを表し,嗜好は外部に触れられたことを各自のやり方で示すわけです.私たちは自我(エゴ)によって壁を築きます.しかしこの壁には,内部と外部が通じ合えるようなたった1枚の扉さえない.(…)

私は自分の感情から自由になろうとつとめています.そして自分の感情を殆ど主張しない人のほうが,感情がなんであるかを他の人々よりずっとよく知っていることに気づいたのです.”— ジョン・ケージ『小鳥たちのために』

音楽を聞くには隠れなければならないと思うことがある。音楽は手袋の内と外をひっくり返すようにわたしを裏返してしまう。音楽が触れ合いの言葉、共同体の言葉となる。そんな時代がかつてあったし、いまも人によってはそんな場合があるのはもちろん知っているが、わたしの場合は、ほかの人々と一緒に音楽は聞けない。誰かと一緒に音楽を演奏するとなれば話は別だ。(……)


だが、なぜ一緒に聞くことができないのだろう。なぜ音楽は孤独で身動きできない状態にあるときのわたしたちをとらえるのか。一緒に聞けば、他人の目の前で、そして他人とともにいながら、自己をあくまでも自分ひとりきりのものでしかない状態に投げ出してしまうことになるからなのか。それぞれの人間によってたがいに異なるはずの遠くの離れたものを共有することになるからなのか。子供時代も死も共有できはしないからなのか。


音楽、それは身体と身体のぶつかりあいであり、孤独と孤独のぶつかりあいであり、交換すべきものがなにもないような場での交換である。ときにそれは愛だと思われもしよう。演奏する者の身体と聴く者の身体がすっかり肉を失い、たがいに遠く離れ、ほとんどふたつの石、ふたつの問い、ふたりの天使を思わせるものとなって、どこまでも悲しい狂おしさを抱いて顔を向き合わせたりしないならば。(シュネデール)

 なぜ口を閉じ耳を開けておかないのだろうか。馬鹿なんだろうか。退屈しているのか、それとも孤独を失い自己喪失したいのか。あれら感情をひけらかそうとする「ホモ・センチメンテリス」、人混みへの愛、「外で吠える犬」の悪。それともたんなる「難聴者」なのだろうか。


いや、捏造された疑問符はやめにしよう。観客目当ての「演技」に決っている。

サビナにとっては真実に生きるということ、自分にも他人にもいつわらないということは、観客なしに生きるという前提でのみ可能となる。われわれの行動を誰かが注目しているときには、望むと望まないにかかわらず、その目を意識せざるをえず、やっていることの何ひとつとして真実でなくなる。観客を持ったり、観客を意識することは嘘の中で生きることを意味する。(クンデラ『存在の耐えられない軽さ』

そして、ひとは多かれ少なかれ、誰かの視線を求めることから免れない。だがその視線はいくつかのカテゴリーに分けられる。

クンデラ曰くは、

①限りなく多数の無名の目による視線(大衆の視線)
②数多くの知人の目という視線
③愛している人たちの視線
④想像上の視線(死者の視線、理念の視線など)


これ以外にもあるだろう…(参照:「金儲け」の論理、あるいは守銭奴


少なくとも①②の観客目当ての演技によって失うものがある(③だって場合によってはそうだ)のを知らぬわけではあるまいに。
……というのは、彼といっしょにしゃべっているとーーほかの誰といっしょでもおそらくおなじであっただろうがーー自分ひとりで相手をもたずにいるときにかえって強く感じられるあの幸福を、すこしもおぼえないからであった。ひとりでいると、ときどき、なんともいえないやすらかなたのしい気持に私をさそうあの印象のあるものが、私の心の底からあふれあがるのを感じるのであった。ところが、誰かといっしょになったり、友人に話しかけたりすると、すぐ私の精神はくるりと向きを変え、思考の方向は、私自身にではなく、その話相手に移ってしまうので、思考がそんな反対の道をたどっているときは、私にはどんな快楽もえられないのであった。ひとたびサン=ルーのそばを離れると、言葉のたすけを借りて、彼といっしょに過ごした混乱の時間にたいする一種の整理をおこない、私は自分の心にささやくのだ、ぼくはいい友達をもっている、いい友達はまたとえられない、と。そして、そんなえがたい宝ものにとりまかれていることを感じるとき、私が味わうのは、自分にとって本然のものである快感とは正反対のもの、自分の薄くらがりにかくれている何かを自分自身からひきだしてそれをあかるみにひきだしたというあの快感とは正反対のものなのであった。(プルースト「花さく乙女たちのかげに Ⅱ」)


※参照:John Cage quotes

2013年6月19日水曜日

「声」と「沈黙」

武満徹が瀧口修造への追悼曲「閉じた眼Ⅱ」の題名について問われて、《閉じた眼と謂う言葉が、私に 開かれた耳 と謂う言葉を聯想させたから……》(瀧口修造と武満徹)、と.。


瀧口修造の「地上の星」にはこうある、《鳥、千の鳥たちは/眼を閉じ眼をひらく/鳥たちは/樹木のあいだにくるしむ。/(……)/盲目の鳥たちは光の網を潜る。》

………

どこにいようと、彼が聴きとってしまうもの、彼が聴き取らずにいられなかったもの、それは、他の人々の、彼ら自身のことばづかいに対する難聴ぶりであった。彼は、彼らがみずからのことばづかいを聴きとらないありさまを聴きとっていた。

しかし彼自身はどうだったか。彼は、彼自身の難聴ぶりを聴き取ったことがないと言えるのか。彼は、みずからのことばづかいを聴き取るために苦心したのだが、その努力によって産出したものは、ただ、別のひとつの聴音場面、もうひとつの虚構にすぎなかった。

だからこそ、彼はエクリチュールに自分を託す。エクリチュールとは、《最終的な返答》をしてみせることをあきらめた言語活動のことではないか。そして、他人にあなたのことばを聴き取ってもらいたいという願いをこめて、自分を他人に任せることによって生き、息をする、そういう言語活動ではないか。(『彼自身によるロラン・バルト』)

柄谷)僕は明快な人間ではない。だから不明快さに対する苛立ちがあるわけです。なにか明快さというのは倫理的な問題だと思っている。たとえばロゴサントリスムと言っても、これも倫理なんですね。ロジックの根底には倫理がある。つまり倫理的であれという命令がひそんでいる。それを拒否するのはかまわない。しかし、一方に論理があって、他方に倫理や美があるというのはおかしい。もし対決するなら、論理そのものにひそむ倫理と対決すべきです。ところが、それはほとんど論理を選ぶことと同じことになる。ウィトゲンシュタインがそうですね。ニーチェもそうだと思う。しかし、たとえば小林秀雄は「二足す二は四である。それ以外は文体の問題だ」という。彼は「二足す二は四である」が論理で、それ以外は美や倫理の問題だと言いたいわけでしょうが、僕は「二足す二は四である」というのは倫理的な問題ではないかと考えるわけね。

蓮實)僕がいう倫理もほぼそれに近いものだと思うけど、柄谷さんは、少なくともある段階まではそれを形式的に追いつめることができるという確信で書いていますね。僕のはやや違って、自分が自分でなくなるかもしれない自家撞着というか二律背反をエクリチュールとして背負い込むというほどの意味です。

柄谷さんの言った意味での倫理を見失わずに書くと、必ずある種の二律背反に追いこまれる。それは論理的な明晰さを体験したいという意志と、その意志を貫徹した場合に絶対に明晰さには到達しえないという感じとが解消しがたく筆を捉え続けているからです。僕は必ずしも明晰さの方向には向かわないんだけれど、書くことを通して生きることのプロフェッショナルでありたいという気持と生きることのプロであってはならないという気持との二律背反になってくる。(蓮實重彦/柄谷行人対談集『闘争のエチカ』)


………


かつてジョージ・バランシンは、ウェーベルンの作品を次のように演出したそうだ。

Georges Balanchine staged a short orchestral piece by Webern (they are all
short) in which, once the music is over, the dancers continue to dance for some time in complete silence, as if they had not noticed that the music providing the substance for their dance was already over. Like the living dead who dwell in the interstices of empty time: their movements, lacking vocal support, allow us to see not only the voice but silence itself.(zizek "LESS THAN NOTHING" )

その映像はインターネット上には見当たらない。かわりにいくつか。
















「声」の哲学者、ムラデン・ドラー「His Master’s Voice Mladen Dolar」より。

Ultimately, it is not even the voice that can be heard. In order to conceive its function as the object of the drive, one must deprive it of sonority, divorce it from the empirical voices to be heard. Inside the voices heard there is a voice unheard of, the silent voice. One has to detach the object voice from sonority, one has to devise an aphonic voice. For what Lacan called objet a, to put it simply, is not an object of this world. It is not an existing thing that could be the object of a “sense certainty.” To be sure, it is always evoked only by bits of materiality, attached to them as an invisible appendage, yet not coinciding with them, it is both evoked and covered, enveloped by them, for “in itself” it is just a void. So sonority both evokes and conceals the void of the voice.

One could put it in these terms: the drive reaches its aim without attaining its goal, it is satisfied through its being thwarted, without attaining its end, it is “inhibited in its goal,” zielgehemmt, but nevertheless not missing its aim; the aim is merely the path taken, and the drive is entirely “on the way.” So if the goal of the utterance is the production of meaning, then the voice, the mere instrument, is the aim attained on the way, the side-product of the way to the goal, the object around which the drive turns. Hence, the problem with music is that it tries to turn the aim into the goal, it takes the object of the drive as the object of immediate enjoyment, and thus misses it—it obtains aesthetic pleasure and runs the risk of being stuck with a fetish instead of the object. One can make a brief remark here that the entire work of Adorno is a massive warning against this—Adorno’s wager is that there is an object other than the fetish, a musical object has to undo the ties of the fetish-object.


《私はまず音を構築するという観念を捨てたい。私たちの生きている世界には沈黙と無限の音がある。私は自分の手でその音を刻んで苦しい一つの音を得たいと思う。そして、それは沈黙と測りあえるほどに強いものでなければならない。》(武満徹『音、沈黙と測りあえるほどに』)

この作品は特定の宗教のために書かれたものではないが、私の想像──厳密には私の聴覚的な創造世界──のうえでのひとりの神に捧げられている。


Chant と題したのはそのためであり、私は音楽の形は祈りの形式に集約されるものだと信じている。私が表したかったのは静けさと、深い沈黙であり、それらが生き生きと音符にまさって呼吸することを望んだ。(武満徹のエラボレーション


≪一撥(いちばち)、一吹きの<一音>は論理を搬ぶ役割をなすためには、あまりに複雑complexityでありそれ自体ですでに完結している。<一音>として完結しえるその音響の複雑性が、<間>という定量化できない力学的に緊張した無音の形而上的持続をうみだしたのである。たとえば能楽の一調べにおけるように、音と沈黙の<間>は、表現上の有機的関係としてあるのではなく、それらは非物質的な均衡のうえにたって鋭く対立している。繰りかえせば、<一音>として完結しえる音響の複雑性、その洗練された<一音>を聴いた日本人の感受性が<間>という独自の観念をつくりあげ、その無音の沈黙の<間>は、実は、複雑な<一音>と拮抗する無数の音の犇く<間>として認識されているのである。つまり、<間>を生かすということは、無数の音を生かすことなのであり、それは、実際の<一音>(あるいは、ひとつの音型)からその表現の一義性を失わした。音は無音の<間>にたいして、表現上(この言葉はきわめて一般的な意味としてうけとってほしい。)の優位にたつものではない。音は演奏表現を通して無名の人称を超えた地点へ向かう。尺八の名人がその演奏のうえで望む至上の音が、風が朽ちた竹薮を吹きぬけ鳴らす音であるということは、こうした日本の音楽のありようを直截に示している。音は表現の一義性を失い、いっそう複雑に洗練されながら、朽ちた竹が鳴らす自然の音のように、無に等しくなってゆくのだ。・・・私は沈黙と量りあえるほどに強い、一つの音に至りたい。私の小さな個性など気にならないような―――。≫
(『小沢=武満 69』)


かつて音楽は、まず人々の―特に作曲家の頭の中に存在すると考えられていた。音楽を書けば、聴覚を通して知覚される以前にそれを聞くことができると考えられていたんです。私は反対に、音が発せられる以前にはなにも聞こえないと考えています。ソルフェージュはまさに、音が発せられる以前に音を聞き取るようにする訓練なのです……。この訓練を受けると、人間は聾になるだけです。他のあれこれとかの音ではなく、決まったこの音あの音だけを受け入れられるよう訓練される。ソルフェージュを練習することは、まわりにある音は貧しいものだと先験的に決めてしまうことです。ですから〈具体音の〉ソルフェージュはありえない。あらゆるソルフェージュは必然的に、定義からして〈抽象的〉ですよ……。(『ジョン・ケージ 小鳥たちのために』 より)


《私は想像することができる。すなわち、武満が、ひとつの月にさまざまの眺めを見ようとするためにではなく、いわば、さまざまな樹木にただひとつの風の音を聴こうとして、日本を旅してまわっていることを――。それから、かれは贈り物の数かずをたずさえて都市にかえってくる。それらの贈りものとは、自然を芸術に変形することにほかならない。われわれは感謝せねばならぬ。》(ジョン・ケージ)


《If we make music and listen to it,. . . it is in order to silence what deserves to be called the voice as the object a".( Jacques-Alain Miller, 1989 cited in Dolar, 1996)》-- Mladen Dolar,”The Object Voice”

"Why do we listen to music?": in order to avoid the horror of the encounter of the voice qua object. What Rilke said for beauty goes also for music: it is a lure, a screen, the last curtain, which protects us from directly confronting the horror of the (vocal) object.

(……)
The true object voice is mute, "stuck in the throat," and what effectively reverberates is the void: resonance always takes place in a vacuum—the tone as such is originally a lament for the lost object.— ---Zizek"I Hear You with My Eyes"

………


ジョン・ケージの「ソルフェージュ」批判をめぐって、ごく個人的なメモを附記。

私たちは、外傷性感覚の幼児感覚との類似性を主にみてきて、共通感覚性coenaesthesiaと原始感覚性protopathyとを挙げた。

もう一つ、挙げるべき問題が残っている。それは、私が「絶対性」absolutenessと呼ぶものである。(……)

私の臨床経験によれば、絶対音感は、精神医学、臨床医学において非常に重要な役割を演じている。最初にこれに気づいたのは、一九九〇年前後、ある十歳の少女においてであった。絶対音感を持っている彼女には、町で聞こえてくるほとんどすべての音が「狂っていて」、それが耐えがたい不快となるのであった。(……)

私は自閉症患者がある特定の周波数の音響に非常な不快感を催すことを思い合わせる。

絶対性とは非文脈性である。絶対音感は定義上非文脈性である。これに対して相対音感は文脈依存性である。音階が音同士の相対的関係で決まるからである。

私の仮説は、非文脈的な幼児記憶もまた、絶対音感記憶のような絶対性を持っているのではないかということである。幼児の視覚的記憶映像も非文脈的(絶対的)であるということである。

ここで、絶対音感がおおよそ三歳以前に獲得されるものであり、絶対音感をそれ以後に持つことがほとんど不可能である事実を思い合わせたい。それは二歳半から三歳半までの成人型文法性成立以前の「先史時代」に属するものである。(……)音楽家たちの絶対音感はさまざまなタイプの「共通感覚性」と「原始感覚性」を持っている。たとえば指揮者ミュンシュでは虹のような色彩のめくるめく動きと絶対音感とが融合している。

視覚において幼児型の記憶が残存する場合は「エイデティカー」(Eidetiker 直観像素質者)といわれる。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収 P59-60)