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2014年9月21日日曜日

咲き出でる樹木の白い「死」

ややメモが溜まってきたのでいくつかの下書きを吐き出す。

…………

@hoshinot: すごい言葉を見つけてしまった!「死んでる組織と生きてる組織があるのが木。生きてる組織だけなのが草花です。」ーいとうせいこう・竹下大学『植物はヒトを操る』より。木というのは中心が死んでいるのだそうだ。木は世界そのもの! http://t.co/hpOd63BYrI
@seikoito: 今日、星野智幸君が紹介してくれた「植物はヒトを操る」で竹下大学さんに教わったことは他にも色々あって、純白の花は自然界になく、突然変異でアルビノが出ても虫には見えない。だから虫媒されない。いわば人に好きにさせて人で増える。http://t.co/nxw1MKKCus
@seikoito: あと、前に森林専門家に聞いたら鹿が樹皮をぐるりと剥がして食べちゃうと、木は全血管を切られたように立ち枯れる。樹皮は「現在」の生命で、その内側はいわば樹木の「過去」が固化したもの。鹿は「現在」を断ち切るだけで、時間の堆積した森全体を素早く破壊してしまう。 (いとうせいこう)

木というのは中心が死んでいる》だって?
《樹皮は「現在」の生命で、
その内側はいわば樹木の「過去」が固化したもの》だって?

樹木の内側だって年々大きくなっていくんじゃないのか
年輪は年毎に変貌していくのじゃないのか

わたくしの「凡庸」な頭には理解できないところがある
にもかかわらず
草花よりは樹木のほうを「特権的」に愛する
そして白い花が咲く樹木をなによりも好むわたくしには
なんとも魅惑的な言葉だ

当地に来て最初に魅せられたのはインドソケイ(プルメリア)の樹だった





そうだな、まずあそこにはリルケがいる

死とは私たちに背を向けた、私たちの光のささない生の側面です。私たちは私たちの存在の世界が生と死という二つの無限な領域に跨っていて、この二つの領域から無尽蔵に養分を摂取しているのだという、きわめて広大な意識をもつように努めなければなりません。まことの生の形体はこの二つの領域に跨っているのであり、この二つの領域を貫いて、きわめて広大な血の循環がなされているのです。此岸というものもなければ彼岸というのもありません。あるのはただ大いなる統一体だけで、そこに私たちを凌駕する存在である『天使』が住んでいるのです。(富士川英郎・高安国世訳『リルケ書簡集2:1914–1926』――『ドゥイノの悲歌』の翻訳者への書簡らしい)

白い花とは樹木の体の中に宿る「神」や「天使」が咲き出でたのではなく
「死」が咲き出でたーー、それでどうしていけないわけがあろう


噴水の管(くだ)にも似ておんみのしなやかな枝々は、
樹液を下へ、上へと送り、それはほとんど醒めることなしに、眠りの中から
甘美な事業の幸福へとおどり入る。
さながら神があの白鳥に転身したように。(リルケ『ドゥイノの悲歌』第六 手塚富雄訳)

もっとも《純白の花は自然界になく》とあるように、
突然変異や人工的な花以外は
どの白も虫媒されない純粋な死の花ではない
ただ喚起されたイメージからの話である

そして花はなにも白でなくても、
すべて死のメタファーであるかもしれない、
という観点はここでは脇にやりつつの話だ。

例えばリルケが「薔薇の花、純粋な矛盾、おびただしい瞼の下で誰の眠りでもないその悦楽」と語るとき、薔薇という隠喩項は、死という抑圧物、すなわちそこでは眠りが帰属する主体が不在であるという冷酷な現実を再帰させ、しかし次の瞬間、その眠りを再び多くの者の瞳へと回収させ、そこに「悦楽」‐幻想を残していく。(樫村晴香『ドゥルーズのどこが間違っているか?』)
薔薇よ、あゝ、純然たる撞着、いや歓喜〔よろこ〕びよ、
それすなわち、あまた伏せられた瞼の下で、
誰しの眠りにもあらぬことの。

Rose, oh reiner Widerspruch, Lust,
Niemandes Schlaf zu sein unter
soviel Lidern.

— (in seiner letztwillige Verfügung, Oktober 1925.)

樫村晴香とはあまり知られていない名かもしれないが
オレとほぼ同年、かつては浅田彰との対談もある
今は仏で肉体労働?やったり、
ミャンマーの山奥で瞑想しているなどということもあるらしい
奥さんのラカン派である愛子さんは、
オレの故郷の私立大学で教師をやっている。





純白にみえる香高いジャスミンの花も
純粋の白ではないということなのだろう
突然変異でアルビノが出た花ではない
虫には見えない花ではない

庭にある何本かのジャスミンは多くの蝶が寄ってきて
油断をすると貪食な幼虫に一晩で葉を食い尽くされてしまう




チューリップの新品種「アルビノ」とは虫には見えないということなのか
ちょっとそのあたりがわたくしにはよくわからない





「ハクモクレン」が登場したところで、この文は、「逃げ水と海へ向かう道」の続きものでもあるのだが、その関連はあえて示さないでおこう。


…………

死というのは一点ではない、生まれた時から少しずつ死んでいくかぎりで線としての死があり、また生とはそれに抵抗しつづける作用である。(フーコー『臨床医学の誕生』(ビシャの言葉引用から)



女が孕んで、立っている姿は、なんという憂愁にみちた美しさであったろう。ほっそりとした両手をのせて、それとは気づかずにかばっている大きな胎内には、二つの実が宿っていた、嬰児と死が。広々とした顔にただようこまやかな、ほとんど豊潤な微笑は、女が胎内で子供と死とが成長していることをときどき感じたからではないか。(リルケ『マルテの手記』)

孕み女の腹を撫でさするように樹肌を愛撫するのは
樹木の「死」の、樹木の「過去」の、
ひそかなざわめきを、掌でまさぐる仕草であったとして、
どうしてわるいことがあろう

昔は誰でも、果肉の中に核があるように、人間はみな死が自分の体の中に宿っているのを知っていた。(同マルテ)

…………

鹿が樹皮をぐるりと剥がして食べてしまう、
すると木は全血管を切られたように立ち枯れる。
丸裸にされた樹木の「死」、あるいは「過去」!

――なんという豊かなイマジャリー
それはリルケの詩と同じくらい

……おお、幼年時代の日々よ
そのときわたしたちの見たもろもろの形象の背後には単なる過去
以上のものがあり、また、わたしたちの行手をおびやかす未来もなかった。
もちろんわれわれは刻々に生長した、ときにはより早く
生長しようと背のびした。。ひとつには成人であること以外には
なんの持ちあわせもない大人たちの喜びを買うために。
けれど、わたしたちがひとりで道を行くときには、
過去も未来もない持続をたのしみ、世界と
玩具とのあいだにある中間地帯の、
大初から、純粋なありかたのために設けられた
ひとつの場所に立ったのだ。
たれが幼いものを、そのあるがままの姿で示すことができよう。たれが
幼いものを星々のあいだに据え、遠隔の尺度をその手に
もたらすことができよう。たれがかたまりゆく灰いろのパンから
幼い死を形成することができよう。――またその死を
甘美な林檎の芯のように幼いもののまろやかな口に
含ませることができよう? ……殺害者たちを
見抜くのはたやすい。しかし死を、
全き死を、生の季節に踏み入る前にかくも
やわらかに内につつみ、しかも恨みの心をもたぬこと、
そのことこそは言葉につくせぬことなのだ。(ドゥイノ 第四の悲歌 手塚富雄訳)

…………

もっともいくら樹木を愛でても
次のような文に、若いうちからーーわたくしのように三十歳前後でーー
魅せられないほうがいいのかもしれないとは言っておこう。

だいたい章の心のなかには、古い大きな木の方が、 なまなかの人間よりよっぽどチャンとした思想を持っている、という考えがある。

厳密な定義は知らぬが、いま横行している思想などはただの受け売りの現象解釈で、 そのときどきに通用するように案出された理屈にすぎない。 現象解釈ならもともと不安定なものに決まってるから、ひとりひとりの頭のなかで変わるのが当然で、 それを変節だの転向だのと云って責めるのは馬鹿気たことだと思っている。

皇国思想でも共産主義革命思想でもいいが、それを信じ、それに全身を奪われたところで、 現象そのものが変われば心は醒めざるを得ない。敗戦体験と云い安保体験と云う。 それに挫折したからといって、見栄か外聞のように何時までもご大層に担ぎまわっているのは見苦しい。 そんなものは、個人的に飲み込まれた営養あるいは毒であって、 肉体を肥らせたり痩せさせたりするくらいのもので、精神自体をどうできるものでもない。

章は、ある人の思想というのは、その人が変節や転向をどういう格好でやったか、やらなかったか、 または病苦や肉親の死をどういう身振りで通過したか、その肉体精神運動の総和だと思っている。 そして古い木にはそれが見事に表現されてマギレがないと考えているのである。

章は、もともと心の融通性に乏しいうえに、歳をとるに従っていっそう固陋になり、 ものごとを考えることが面倒くさくなっている。一時は焼き物に凝って、 何でも古いほど美しいと思いこんだことがあったが、今では、 古いということになれば石ほど古いものはない理屈だから、 その辺に転がっている砂利でも拾ってきて愛玩したほうが余っ程マシで自然だとさとり、 半分はヤケになってそれを実行しているのである(藤枝静男「木と虫と山」)

中上健次の夏ふようの白い花に魅せられるくらいだったらいいさ。




空はまだ明けきってはいなかった。通りに面した倉庫の横に枝を大きく広げた丈高い夏ふようの木があった。花はまだ咲いていなかった。毎年夏近くに、その木には白い花が咲き、昼でも夜でもその周囲にくると白の色とにおいにひとを染めた。その木の横に止めたダンプカーに、秋幸は一人、倉庫の中から、人夫たちが来ても手をわずらわせることのないよう道具を積み込んだ。
光が撥ねていた。日の光が現場の木の梢、土に当たっていた。何もかも輪郭がはっきりしていた。曖昧なものは一切なかった。いま、秋幸は空に高くのび梢を繁らせた一本の木だった。一本の草だった。いつも、日が当たり、土方装束を身にまとい、地下足袋に足をつっ込んで働く秋幸の見るもの、耳にするものが、秋幸を洗った。今日もそうだった。風が渓流の方向から吹いて来て、白い焼けた石の川原を伝い、現場に上がってきた。秋幸のまぶたにぶらさがっていた光の滴が落ちた。汗を被った秋幸の体に触れた。それまでつるはしをふるう腕の動きと共に呼吸し、足の動きと共に呼吸し、土と草のいきれに喘いでいた秋幸は、単に呼吸にすぎなかった。光をまく風はその呼吸さえ取り払う。風は秋幸を浄めた。風は歓喜だった。(中上健次『枯木灘』)


2014年7月6日日曜日

「生きてても目ざわりになるから首でもくくって死ね」

インターネットで、金井美恵子や中上健次の真似をして、「バカ、死ね」と書いてはいけないのは、アラタメテ言うまでもない。で、引用ぐらいはいいだろう?

人間は諸関係の中で死ぬのである限り、死ぬ自由などありはしないと思った。死のうとする意志がどうしようもなくあるのは認めるが、死ぬ自由などないのである。

その考えは、ぼくの倫理でもあるが、ぼくはその時、奇妙なことに、なにひとつまっとうな人間としてものを考えようとしないやつらは、生きてても目ざわりになるから首でもくくって死ね、そうすれば皮でもはいで肉を犬にでもくれてやる、と思ったのだった。おもしろい反応である。(中上健次『鳥のように獣のように』)

もうすこし穏和系も引用しとこう

私はまったく平和的な人間だ。私の希望といえば、粗末な小屋に藁ぶき屋根、ただしベッドと食事は上等品、非常に新鮮なミルクにバター、窓の前には花、玄関先にはきれいな木が五、六本―――それに、私の幸福を完全なものにして下さる意志が神さまにおありなら、これらの木に私の敵をまあ六人か七人ぶら下げて、私を喜ばせて下さるだろう。そうすれば私は、大いに感激して、これらの敵が生前私に加えたあらゆる不正を、死刑執行まえに許してやることだろう―――まったくのところ、敵は許してやるべきだ。でもそれは、敵が絞首刑になるときまってからだ。(ハイネ『随想』――フロイト『文化への不満』から孫引き)

…………

さて冒頭の話とはマッタクカンケイガナイ

@dongyingwenren: 正直、イデオロギー抜きで各論検証した場合、脱原発も秘密保護法反対も集団的自衛権反対もそれなり以上に主張する意味があると思えるのに、実際に支持する人を見ると「生理的に嫌になる(→消極的賛成を示さざるを得ないかと思えてくる)」この現象は何なんだろう。煽り抜きでヤバい気がするのだが。

などとソウメイな方がツブヤカレテオラレ、たくさんのRTやファボを集めてオラレル

ノンフィクション作家、多摩大学「現代中国入門」非常勤講師。著書『中国人の本音』(講談社) 、『独裁者の教養』(星海社)、『中国・電脳大国の嘘』(文藝春秋)ほか。近著に『和僑』(角川書店)amzn.to/YOIgIX 。講談社『COURRiER Japon』誌で「ダダ漏れチャイニーズ」好評連載中です。

マジョリティに好まれる呟きであるに相違ない

闘ってるやつらを皮肉な目で傍観しながら、「やれやれ」と肩をすくめてみせる、去勢されたアイロニカルな自意識ね。いまやこれがマジョリティなんだなァ。(浅田彰『憂国呆談』)

 しばしば見かける典型的な「インテリ」系譜の囀りでもある。一応、大学人でもあるらしい

何もしないなら黙ってろ、黙ってるのが嫌なら何かしろ、という性質の話の筈。偉そうにTwitterでどっちもどっち論を繰り返し、動いているのは指先のみ。いま大学人がいかに信用失墜しているか新聞でも眺めればわかる筈なのに、そのざまか。民衆は学び、君を見ているぞ、「ケンキューシャ」諸君。(佐々木中)

「消極的賛成を示さざるを得ないかと思えてくる」とは、ひょっとして《混乱に対して共感を示さずにおくことの演じうる政治性に無自覚であることの高度の政治的選択》(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』P582)かもな

自分には政治のことはよくわからないと公言しつつ、ほとんど無意識のうちに政治的な役割を演じてしまう人間をいやというほど目にしている(……)。学問に、あるいは芸術に専念して政治からは顔をそむけるふりをしながら彼らが演じてしまう悪質の政治的役割がどんなものかを、あえてここで列挙しようとは思わぬが、…… 同『凡庸』P461


…………

私化した個人は、原子化した個人と似ている(政治的に無関心である)が、前者では、関心が私的な事柄に局限される。後者では、浮動的である。前者は社会的実践からの隠遁であり、後者は逃走的である。この隠遁性向は、社会制度の官僚制化の発展に対応する。(中略)原子化した個人は、ふつう公共の問題に対して無関心であるが、往々ほかならぬこの無関心が突如としてファナティックな政治参加に転化することがある。孤独と不安を逃れようと焦るまさにそのゆえに、このタイプは権威主義リーダーシップに全面的に帰依し、また国民共同体・人種文化の永遠不滅性といった観念に表現される神秘的「全体」のうちに没入する傾向をもつのである。(「個人析出のさまざまなパターン」『丸山真男集』第九巻p385---丸山真男とジジェクのシューマ

《実際に支持する人を見ると「生理的に嫌になる」》とはなんだろう?

あれら原子化した個人の群衆のぶざまな醜態は「原始的集団における情緒の昂揚と思考の制止」ってわけでもあるまい?

集団内部の個人は、その集団の影響によって彼の精神活動にしばしば深刻な変化をこうむる(……)。彼の情緒は異常にたかまり、彼の知的活動はいちじるしく制限される。そして情緒と知的活動と二つながら、集団の他の個人に明らかに似通ったものになっていく。そしてこれは、個人に固有な衝動の抑制が解除され、個人的傾向の独自な発展を断念することによってのみ達せられる結果である。この、のぞましくない結果は、集団の高度の「組織」によって、少なくとも部分的にはふせがれるといわれたが、集団心理の根本事実である原始的集団における情緒の昂揚と思考の制止という二つの法則は否定されはしない。(フロイト『集団心理学と自我の分析』)

《フロイト自身、ここでは、あまりにも性急すぎる。(……)フロイトにとっては、あたかも“退行的な”原始集団、典型的には暴徒の破壊的な暴力を働かせるその集団は、社会的なつながり、最も純粋な社会的“死の欲動”の野放しのゼロ度でもあるかのようだ。

だが……)“退行的な”原始集団は最初に来るわけでは決してない。彼らは人為的な集団の勃興の“自然な”基礎ではない。彼らは後に来るのだ、“人為的な”集団を維持するための猥雑な補充物として。このように、退行的な集団とは、象徴的な「法」にたいする超自我のようなものなのだ。象徴的な「法」は服従を要求する一方、超自我は、われわれを「法」に引きつける猥雑な享楽を提供する。》(ジジェク『LESS THAN NOTHING』――デモの猥雑な補充物としての「享楽」


それとも連中は「賤民」ってわけかい? まさか!

権力をもつ者が最下級の者であり、人間であるよりは畜類である場合には、しだいに賤民の値が騰貴してくる。そしてついには賤民の徳がこう言うようになる。「見よ、われのみが徳だ」と(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第四部「王たちとの会話」手塚富雄訳)

憎悪だけで寄り集まった連中だってわけでもないだろ?

特定の個人や制度にたいする憎悪は、それらにたいする積極的な依存と同様に、多くの人々を一体化させるように作用するだろうし、類似した感情的結合を呼び起こすであろう。(フロイト『集団心理学と自我の分析』フロイト著作集6 P219)

なんにもしないよりなんかしたほうがマシじゃないのかい?

私は政治を好まない。しかし戦争とともに政治の方が、いわば土足で私の世界のなかに踏みこんできた。(加藤周一「現代の政治的意味」あとがき 1979)
私は、たとえば、ほんの少量の政治とともに生きたいのだ。その意味は、私は政治の主体でありたいとはのぞまない、ということだ。ただし、多量の政治の客体ないし対象でありたいという意味ではない。ところが、政治の客体であるか主体であるか、そのどちらかでないわけにはいかない。ほかの選択法はない。そのどちらでもないとか、あるいは両者まとめてどちらでもあるなどということは、問題外だ。それゆえ私が政治にかかわるということは避けられないらしいのだが、しかも、どこまでかかわるというその量を決める権利すら、私にはない。そうだとすれば、私の生活全体が政治に捧げられなければならないという可能性も十分にある。それどころか、政治のいけにえにされるべきだという可能性さえ、十分にあるのだ。(ブレヒト『政治・社会論集』ーー「涙もろいリベラルが「ファシズムへ の道」だと非難するなら、言わせておけ!」(ジジェク)

インテリくんたちは、どっちかしかないことぐらいワカッテルダロウナ?、権力の道具か権力を批判する道具か

けだし政治的意味をもたない文化というものはない。獄中のグラムシも書いていたように、文化は権力の道具であるか、権力を批判する道具であるか、どちらかでしかないだろう。(加藤周一「野上弥生子日記私註」1987)

岡崎乾二郎の昨日のツイート、削除してしまってるな

@kenjirookazaki: まさか、自分の国が道ならぬ道を歩むこといになるとは思ってもみなかった 花 でした。てっ!

ところで、《自分の国が道ならぬ道を歩むこといになるとは思ってもみなかった》という痛恨の思いに囚われている人でも、「脱原発も秘密保護法反対も集団的自衛権反対もそれなり以上に主張する意味があると思えるのに、実際に支持する人を見ると「生理的に嫌になる」なんて呟くもんだろううか?




いやいや、まだ若い人の囀りなのだ、なんのウラミもない、寡聞にして、はじめて知った名でね

《私はまったく平和的な人間だ。私の希望といえば、粗末な小屋に藁ぶき屋根、ただしベッドと食事は上等品、非常に新鮮なミルクにバター、窓の前には花、玄関先にはきれいな木が五、六本……》、犬が四匹、人間の皮をはいで肉をあたえたことはまだない








2014年5月26日月曜日

五月廿六日 フロイトの『Why War?』における愛と憎悪

前回の「『ヒトはなぜ戦争をするのか』におけるBemächtigungstrieb」の補遺であり、フロイトの『ヒトはなぜ戦争をするのかーアインシュタインとフロイトの往復書簡』(Warum Krieg? 1933)におけるBemächtigungstrieb(征服欲動)ではなく、ここでは「愛と憎悪」をめぐる。すなわち、フロイトの《エロスと破壊欲動は、愛と憎悪を言い換えたに過ぎない》という叙述をめぐって。

…………

愛と憎悪をめぐっては、最晩年のフロイトの著作『終りある分析と終りなき分析』(1937)‘Die endliche und die unendliche Analyse’にて、「Philia 愛とNeikos闘争」と言い換えている。この論文は、ラカンがフロイトの「遺言」と呼んだことでも有名である。

アクラガス(ギルゲンティ)のエンペドクレスは、ギリシア文化史中もっとも偉大な注目すべき人物の一人のようである。(……)彼は事物がそれぞれにみな異なったものであるという事実を、四つの元素、地・水・火・風の組合せによって説明し、自然のすべてに生命があるということと魂の輪廻とを信じていた。(……)

……この哲学者は、世俗の生活の中の出来事にも、魂の生活の中の出来事にも、互いに永遠の闘争を行っている二つの原理があると教えている。彼はその二つを 愛philia – Liebe と闘争 neikos – Streitと呼んだ。彼にとっては根柢において「本能的にtriebhaft作用する自然力であり、けっして目的を意識した知性ではない」これらの力のうちの一つ、すなわち愛は、四つの元素の原子を集めて一つの統一体をなそうとするものであり、他の一つ、すなわち闘争は反対にこれらの組合せを元に戻して元素の原子をばらばらに分離しようとするものである。彼はこの世界の時間的な発展過程を、さまざまの時期の持続的な、けっして熄むことのない交替と考えている。そして各時期においては二つの基本的な力のうちのいずれかが勝利を得て、あるときは愛が、あるときは闘争がその意図を完全に遂行して世界を支配するのであるが、その後、他の屈服した方の力がその持ち前を発揮して今度は相手を屈服させてしまうというわけである。

エンペドクレスの二つの根本原理――philia 愛とneikos闘争 ――は、その名称からいっても機能からいっても、われわれの二つの根源的本能(欲動;引用者)、エロスと破壊beiden Urtriebe Eros und Destruktionと同じものである。その一方は現に存在しているものをますます大きな統一に包括しようと努め、他のものはこの統一を解消し、統一によって生れたものを破壊しようとする。フロイト『終りある分析と終りなき分析』人文書院 旧訳

ここにも『Why War?』において愛と憎悪がエロスと破壊衝動とされたのと同じように、「philia 愛とneikos闘争」が、エロスと破壊(タナトス)とされているが、注目したいのは、《その一方は現に存在しているものをますます大きな統一に包括しようと努め、他のものはこの統一を解消し、統一によって生れたものを破壊しようとする》という表現だ。エロスがなにか大きなものへの融合の働きであり、タナトスがその融合を破壊する働きとされていること。

とすればBemächtigungstrieb(征服欲動)をタナトスに側に位置づけるのはいささか矛盾があるのではないか。征服とは、融合を破壊することというより、融合を求める側にあるといえるのではないか。もしそうなら、征服欲動はエロスの側にある。だがもちろん他者によって既に融合されている(占有されている)場に割り込んでその他者を排除しようとするのが征服なら、これはタナトスの側になる。

前回も引用した漱石の「断片」の冒頭にはこうあった、《二個の者がsame spaceヲoccupyスル訳には行かぬ。甲が乙を追い払うか、乙が甲をはき除ける二法あるのみぢや。》(夏目漱石「断片」 明治38−39年)

このあたりがフロイトが「欲動融合Triebmischung」(エロスとタナトスが殆ど常に融合して現れること)を語るひとつの大きな理由でもあるのだろう。

このように〈same space〉の占有、あるいは愛の〈対象〉との所有という観点を導入すると、たちまち二つの欲動は混じりあってしまう(そもそも「欲動」にとって対象は重要ではない、というフロイトの『性欲論三篇』の叙述はその論文のBemächtigungstriebの検討に俟つ。ここではただ目的endではなく目標aimが肝要だというラカンの欲動論だけを想起しておく)。だがエロスが、永遠の生、あるいは母なる大地との融合を目指す働きとすればどうだろう。

The loss of eternal life, which paradoxically enough is lost at the moment of birth, that is, birth as a sexed being, because of meiosis (LACAN Seminar XI).

エロスが永遠の生、あるいは母なる大地に回帰する動きであるなら、他者を排除する必要はない。ただし融合が完遂してしまえば、個としての生命は死滅する。タナトスはその死滅を忌避するため、融合から分離する働きとすれば、フロイトの叙述、《その一方は現に存在しているものをますます大きな統一に包括しようと努め、他のものはこの統一を解消し、統一によって生れたものを破壊しようとする》という文の説明になる。

ポール・ヴェルハーゲが、《生の欲動(エロス)は死を目指し、死の欲動(タナトス)は生を目指す》とするのはこのことを言い表わそうとしている。

life drive aims towards death and the death drive towards life (Paul Verhaeghe『Phallacies of binary reasoning: drive beyond gender』

漱石の「〈same space〉の占有、あるいは愛の〈対象〉との所有」における「占有」、「所有」などの語彙はヴェルハーゲによれば快原則の此岸の言語の差異のシステム、象徴界における語彙群にすぎず、欲動、すくなくともエロスは、快原則の彼岸(現実界)にあるとする。

《The whole contains the not-whole, which ex-sists in this whole》.(Paul Verhaeghe "Mind your Body ")ーーすなわち象徴界の全体は非-全体を含んでいる。その非-全体は象徴界の全体の中に外-存在する。それが快原則の彼岸である。


ところで、ヴェルハーゲの論には、タナトスをビオスbios欲動,そしてエロスをゾーエーZoë欲動とする叙述がみられる。

Freud's Thanatos drive ensures the continuation of individual life against its disappearance in the other. Interpreted in this way, the death drive is a bios drive, bios being the ancient Greek name for the individual life that dies but also for how an individual conducts his or her own life. Zoë, on the other hand, is eternal life itself: the thread that runs through the limited bios and is not broken when the particular perishes. Read in this way, Freud's Eros is a Zoë drive, and Thanatos is a bios drive.(Paul Verhaeghe『Phallacies of binary reasoning: drive beyond gender』)

ビオスとゾーエーは古代ギリシャ人が語った概念であり、フロイト派ならぬユング派のカール・ケレーニイの著作に次のように書かれている。

ゾーエーはすべての個々のビオスをビーズのようにつないでいる糸のようなものである。そしてこの糸はビオスとは異なり、ただ永遠のものとして考えられるのである。(カール・ケレーニイ『ディオニューソス.破壊されざる生の根源像(Dionysos.Urbilddesunzerst・rbarenLebens)』1976)

『ディオニューソス.破壊されざる生の根源像』という書名にあるように、ディオニソスは、ゾーエー(破壊されざる生)、エロスの神ということになる。とすれば、ディオニソス/アポロンの対立は、エロス/タナトスの対立となるのか。無限の生(ゾーエー)/一回性の生(ビオス)と。だが前回みたように、フロイトがBemächtigungstrieb(征服欲動)と殆ど同じものとするーー(《破壊欲動とか征服欲動とか権力への意志》(Destruktionstrieb, Bemächtigungstrieb, Wille zur Macht)ーー”Wille zur Macht”(権力の意志)はフロイトの言うようにタナトスだとしたら?

『ツァラトゥストラ』のグランフィナーレの「酔歌」を、だれがタナトスの歌として聴くことができよう。だれがビオスの歌として聴くことができよう。

――いっさいのことが、新たにあらんことを、永遠にあらんことを、鎖によって、糸によって、愛によってつなぎあわされてあらんことを、おまえたちは欲したのだ。おお、おまえたちは世界をそういうものとして愛したのだ、――「悦楽(享楽)と永劫回帰」より

《糸によって、愛によってつなぎあわされてあらんこと》だって? ケレーニイの《ゾーエーはすべての個々のビオスをビーズのようにつないでいる糸のようなもの》は、ニーチェからの剽窃ではないのか? パクリではないのか? 

ーーというのはこの際どうでもよろしい。

さて、ケレーニンによって、女性はゾーエーの象徴であり、男性はビオスの象徴である、という言い方がされる。女性は「無限の生」(zoe)の体現者であり、男性は[一回的な生](bios)の体現者でしかない、と。ゾーエーとは、ひとつかぎりの真珠(ビオス)のビーズを繋げる糸なのであり、《破壊を受け容れず遺伝子のように固体を越えて連続する生》であるとされる。

女たちは、生み、育て、そして老いて死ぬ。「創造→維持→破壊」の循環、「死と再生」の体現者である女性は、「無限の生命zoe」の象徴であり、男性は一回限りの「有限の生命bios」でしかないコンプレックスを持っていたなどという見解もある。《当時の男たちの「去勢」の試みは、ゾエzoeへの憧憬からなされた》と(「古代母権制社会研究の今日的視点―神話と語源からの思索・素描」松田義幸・江藤裕之ーー参照:バッハオーフェンの「母権制」と、ニーチェ、あるいはドゥルーズ=マゾッホ)。

ビオスは《タナトス(死)に対置された特徴ある一回的な生》であり、ゾーエーとは《破壊を受け容れず遺伝子のように固体を越えて連続する生》とするケレーニイに依拠するヴェルハーゲのエロスとタナトス解釈は、ジジェクにみられるタナトス(死の欲動)解釈とは一見大きく相反する。

フロイトの「死の欲動」(……)。ここで忘れてはならないのは「死の欲動」は、逆説的に、その正反対のものを指すフロイト的な呼称だということである。精神分析における死の欲動とは、不滅性、生の不気味な過剰、生と死、生成と腐敗という(生物的な)循環を超えて生き続ける「死なない」衝動である。フロイトにとって、死の欲動とはいわゆる「反復強迫」とは同じものである。反復強迫とは、過去の辛い経験を繰り返したいという不気味な衝動であり、この衝動は、その衝動を抱いている生体の自然な限界を超えて、その生体が死んだ後まで生き続けるようにみえる。(ジジェク『ラカンはこう読め!』)

敢えて図式化して言えば、ヴェルハーゲの解釈ではエロス(無限の生であるゾーエー)の掌に乗って活動するのがタナトス(一回性の生ビオス)であり、ジジェクに叙述によれば、循環を超えて生き続けるタナトスの掌に乗って活動するのがエロスということになる。ジジェクは、《すべての欲動は実質的に死の欲動である》(Ec, 848)とするラカンに大きく依拠しているに相違ない。

ジジェクの考え方を、エロスはタナトスの掌に乗って(反復)活動する、としたのは、ジジェクは反復欲動に関しては、ドゥルーズの『差異と反復』の叙述を全面的に受け入れているからだ。

eros and thanatos differ in that eros has to be repeated, can be experienced only in repetition, while thanatos (as the transcendental principle) is that what gives repetition to eros, what submits eros to repetition.”ーー「ドゥルーズとジジェクの死の欲動」より

ジジェクは、フロイトは自らの発見の視野を誤解してしまっている、とさえ書いている、《he himself misunderstood the scope of his own discovery》


いずれにせよ「死の欲動」という言葉に騙されてはならない。それは「死」とはあまりかかわりがない。ジジェクに言わせれば「死なない欲動」なのであり、ヴェルハーゲに言わせれば、融合によって個が死滅してしまうことを忌避する分離欲動なのだ。「死の欲動」の「死」は死ぬことではないという点ではふたりの見解は一致する。

ラカン理論の精力的な紹介者でもあるヴェルハーゲは、エロスとタナトスにかんしては、フロイトに戻って考えている。ヴェルハーゲのエロス融合から分離しようとする欲動をタナトスとする考え方は、たとえば『文化への不満』におけるフロイトの叙述にもある。

文化は、最初は個々の人間を、のちには家族を、さらには部族・民族・国家などを、一つの大きな単位――すなわち人類――へと統合しようとするエロスのためのプロセスである。われわれにわかるのは、それがエロスの仕業だということだけで、なぜぜひともそうでなければならないのかの理由はわからない。これらの人間集団は、リピドーの力によってたがいに結びつけられなければならない。(……)ところが、人間に生まれつき備わっている攻撃欲動――万人がたがいに抱いている敵意――がこの文化のプログラムに反対する。この攻撃欲動は、われわれがエロスと並ぶ二大宇宙原理の一つと認めたあの死の欲動から出たもので、かつその主要代表者である。ところで、ここまでくれば、文化の発展の持つ意味はすでに明らかと言ってよいだろう。文化とは、人類を舞台にした、エロスと死のあいだの、生の欲動と死の欲動とのあいだの戦いなのだ。この戦いこそが人生一般の本質的内容であるから、文化の発展とは、一言で要約すれば、人類の生の戦いあのだ。それなのにわれわれの乳母たちはこれら両巨人のこの争いを「来世についての子守歌」(ハイネ)を歌ってなだめようとするのだ。(フロイト『文化への不満』フロイト著作集3 P477)

エロスのプロセスが、大きな単位へと統合しようとすること、攻撃欲動(敵意)がそれに反対することとある。これはまさにヴェルハーゲのエロスとタナトス解釈と同じ内容である。繰りかえせば、彼の解釈は、母なる大地へと個が統合しようとするのがエロス、その統合の完遂してしまえば個が消滅してしまうので、そこから分離しようとするのがタナトスというものであった。無限の生ゾーエーへの融合/一回性の生ビオスへの分離ということである。

この統合と分離の現象は、われわれの日常的な印象にもある。友愛と同一化の日本植民地政策は、被支配民に不分明な憎悪を生んだ。ヨーロッパ共同体が統合に向えば、分離のナショナリズムの衝動が芽生える。

もっとごく一般的に言ってしまえば、ヘーゲル流の「人間の社会的欲望には、他人を模倣して他人と同一の存在であると認めてもらいたい模倣への欲望と、他人との差異を際立たせ自己の独自性を認めてもらいたい差異化への欲望とのふたつ」があり、これも統合/分離の対比である。


さて、ここでドゥルーズのマゾッホ論における三人の女の叙述を想い起しておこう。

マゾッホによる三人の女性は、母性的なるものの基本的イメージに符号している。すなわちまず原始的で、子宮としてあり古代ギリシャの娼妓を思わせる 母親、不潔な下水溝や沼沢地を思わせる母親がある。―――それから、愛を与える女のイメージとしてのエディプス的な母親、つまりあるいは犠牲者として、あ るいは共犯者としてサディストの父親と関係を結ぶことになろう女がある。―――だがその中間に、口唇的な母親がいる。ロシアの草原を思わせ、豊かな滋養を さずけ、死をもたらす母親である。(……)滋養をさずけ、しかも無言であることによって、彼女は他を圧する……。彼女は最終的な勝利者となる。(ドゥルーズ『マゾッホとサド』蓮實重彦訳ーーエロスとゆらめく閃光

このドゥルーズの叙述はフロイトのシェイクスピア論の三人の女たち、《母それ自身と、男が母の像を標準として選ぶ愛人と、最後にふたたび男を抱きとる母なる大地》((フロイト『小箱選びのモティーフ』1913)にも依拠しているのだが、マゾッホ自身はニーチェの師でもあったバッハオーフェンに依拠しているはずである(ニーチェの『悲劇の誕生』の「ディオニュソス的世界観」はバッハオーフェンの「バッコス的世界観」の剽窃ーーとまでは言いたくないが、BakkhosはDionȳsosの別名である)。

ーー「あ、バッカス(ディオニュソス)の楽隊が通る」(古代ギリシャ・ローマ人たちは、深夜に得体の知れない物音が通過したらこのように言った)。

ドゥルーズはマゾッホ論のなかでわざわざ次のように記している、《マゾッホは、偉大な人類学者でヘーゲル派の法律学者でもある同時代人のバッハオーフェンを読んでいた。》(ゾーエーとビオスを語るユング派ケレーニイにもバッハオーフェンの臭いがしてくるのは、ユングが熱心なバッハオーフェン読みであったことから当然であろう)。

問題は、ドゥルーズの書く口唇的な母親、《ロシアの草原を思わせ、豊かな滋養を さずけ、死をもたらす母親》に回帰しようとするのが、エロスなのか、タナトスなのか、ということだろう。フロイトやヴェルハーゲは、この大地の母に回帰しようとするのをエロスとする。ドゥルーズやジジェクならば、ここに死の欲動(タナトス)の永遠の反復運動をみる。いやタナトスの反復の隠れた力に促されたエロスの動きをみる。エロスはタナトスの掌に乗った動きでしかない。すなわち一元論なのだ。《there is only one drive, libido, striving for enjoyment》


このジジェクの欲動(死の欲動)の考え方は90年代初めから変わってはいない。

……ラカンが言わんとしたのは、欲動の真の目的はその終点(充分な満足)ではなく、その目標である。欲動の究極的目標は、たんに欲動それ自身が欲動として再生産されること、つまりその循環的な道に戻り、いつまでも終点に近づいたり遠ざかったりしつづけることである。享楽の真の源泉はこの閉回路の反復運動である。(ジジェク『斜めから見る』)

ところで、『枯木灘』の秋幸は、ある欲動に衝き動かされて大地をつるはしで掘る官能のうちに「死」を垣間見る。

秋幸はまた働いた。自分が考えることもない一本の草の状態にひたっていたかった。過去も未来もない。風を受けとめ、光にあぶられて働く。土がつるはしを引くと共に捲れ、黒く水気をたくわえた中を見せる。それは土の肉だった。土の中に埋まって掘り出された石はさながら大きな固い甲羅を持つ動物が身を丸めて眠っている姿だった。いや死体に見えた。土の中の石は死そのものだ。肉も死も日に晒され、においを放ち、乾いた。掘り出され十分もすればそれらは風景の中に同化した。(中上健次『枯木灘』)

これはエロスの涯の「個」の死滅の象徴なのか、それとも母なる大地との性交を果たした後の反復される「小さな死la petite mort」のひとつなのか。ここで私見を語ることは敢えて慎むが、今、束の間に過ぎないにしても、どのように考えているのかは、下記に続く叙述におそらく露顕せざるをえないだろう。

…………

フロイトには、エロスとタナトス、愛と憎悪、愛と闘争の二項対立以外にも、愛とアナンケANANKEの二項がある。

人類の共同生活は、外部からの苦難によって生まれた労働への強制と、愛の力 ――男性の側からいえば性欲の対象である女性を、そして、女性の側からいえば自分の分身である子供を、手許にとどめておこうとする愛の力 ――という二重の楔によって生まれたのだ。すなわち、エロス(愛)とアナンケ(宿命)は、人間文化の生みの親ともなったのだ。(『文化への不満』P460)
「文化過程とは、生過程が、エロスによって与えられアナンケーー現実の苦難ーーによって触発された使命の影響によって変形を蒙って生れたもので、この使命とは、個々の人間を統合し、たがいにリピドーによって結び合わされた共同体を作ることである」と。(同 P491)

ーーこう書いた後、「けれども……」と続けるフロイトがいる(「けれども」の後はここでは敢えて割愛する)。また『自我とエス』で次のように書くフロイトもいる。

完全な性的満足の後の状態と死は類似しているし、下等動物では死と交尾とが一致する。これらの生物が生殖行為の中で死ぬのは、満足によってエロスが後退してしまったのちに、死の衝動が自由になって、その目的を遂行することができるからである。(フロイト『自我とエス』)

《le chemin vers la mort n'est rien d'autre que ce qui s'appelle la jouissance》 (Lacan"Le Séminaire, livre XVII)

すなわち、《死への道は享楽と呼ばれるものに他ならない》(私訳)だが、ヴェルハーゲはこれを次のように解釈するのだ。

Eros belongs to the other jouissance, but kills the individual; Thanathos belongs to the phallic enjoyment, which ends in la petite mort (Verhaeghe, P. (2001). Subject and Body. Lacan's Struggle with the Real. )

すなわち、エロスは〈他者〉の享楽、--快原則の彼岸にある享楽(現実界の享楽)ーーであり、〈個〉を殺す。タナトスはファリックな享楽(快楽)ーー典型的には性交によるオーガズムで、快原則の此岸にある快楽(象徴界の享楽)ーーであり、小さな死la petite mortに終る。

この2001年に上梓された論の叙述は、「標準的な」タナトス解釈からは、一見ひどく懸け離れているように見える。これを額面通り受け取ると、エロスが現実界サイドの欲動であり、タナトスは象徴界サイドの欲動ということになるのだから。もちろん、ここで非ー全体の論理、《象徴界の全体は非-全体を含んでいる。その非-全体は象徴界の全体の中に外-存在する。それが快原則の彼岸である。》や「欲動融合Triebmischung」(エロスとタナトスが融合して現れること)想い起こさねばならない。

だが、こうも言える。われわれは社会的存在として〈母〉との融合を拒絶する能動的なかつ自立的な、(エロスの融合欲動ではなく)タナトスの分離欲動に促された日常を送っている。それは象徴界の存在、快原則の此岸の存在である。だがその快原則の彼岸の現実界には、常に母なる大地との受動的融合を願う絶え間ないエロス欲動に囚われた衝動がある、と。

現実、それは言語(シニフィアン)の差異の体系(象徴界)によって歪められた現実界である。《現実は現実界のしかめっ面》(ラカン『テレヴィジョン』)であり、そこには《裂け目の光のなかに保留されているもの》(ラカン)の出現―消滅がある。世界の罅割れがある。《愛するという感情が不意に訪れるとしたら、それはどのようにしてなのか、とあなたは訊ねる。彼女は答える-たぶん、世界の論理の突然のひびわれから。彼女はいう-たとえば、ひとつの過ちから。彼女はいう-意志からは決して》(マルグリット・デュラス「死の病い」 )

現実は象徴界によって多かれ少なかれ不器用に飼い馴らされた現実界である。そして現実界は、この象徴的な空間に、傷、裂け目、不可能性の接点として回帰する。

reality is the Real as domesticated—more or less awkwardly—by the symbolic; within this symbolic space, the Real returns as its cut, gap, point of impossibility(François Balmès, Ce que Lacan dit de l'être)――ジジェク『LESS THAN NOTHING』 より孫引きであり、邦訳は私訳

ファリックな享楽、あるいは性的享楽は象徴界の領域のものである。象徴界の彼方には、ノンファリックな享楽、〈他者〉の享楽、精神病的な享楽がある。

there is a jouissance beyond the pleasure principle; on the other hand, we have a pleasure within the pleasure principle. According to Lacan, the pleasure principle is a phallic principle, and the phallic or sexual jouissance always stays within the realm of the signifier. The phallic signifier is what introduces the dimension of gender to both sexes, and thus induces a concentration on signified parts of the body. In contrast to this, there is non-phallic jouissance, the "other" jouissance, the "psychotic jouissance", "jouissance of the being" or "jouissance of the Other". This jouissance lies outside of language and thus beyond the gender differentiation; it belongs to the body as an organism.(Paul Verhaeghe, "SUBJECT AND BODY. Lacan's Struggle with the Real.")

ヴェルハーゲのこれらの叙述には、すこし前に引用した文には《phallic or sexual jouissance》とあり、ここでは《phallic enjoyment》とあって表現の混在がある。また別に《phallic pleasure》ともある。

・Phallic pleasure is, first of all, a pleasure through the signifier

・On the one hand there is a jouissance through the signifier, meaning the pleasure principle, meaning phallic. On the other hand something has to be situated beyond this but at the same time incorporated in it, providing jouissance to the Other.

これらの表記の混在は、意図的であるのだろうがーー文脈の流れのなかでの表現なのか、あるいは非-全体の論理を念頭に置いたものなのか、あるいはまた別の理由なのかーーこのあたりは瞭然としない。

なお、このヴェルハーゲの『SUBJECT AND BODY』は、もともと『Byond Gender』(2001)の第五章であり、すこし前に掲げた『Subject and Body』は同じ書の第六章である。この第六章が、ブルース・フィンク他の編集による『Reading Seminar XX Lacan's Major Work on Love, Knowledge, and Feminine Sexuality』(Editor Suzanne Barnard& Bruce Fink 2002)にそのまま変更なしに掲載されている。他の論文の著者は、フィンクの論も含め、Colette Soler、Slavoj Zizek、Renata Saleclほか錚々たる執筆群の八人である(フィンクは、最近二十年近く前の著書『後期ラカン入門:ラカン的主体について』(1996)が漸く邦訳され、日本でも少しはその名が知られるようになったはず。かなり前に書かれたジジェクのこの書の書評を読むことができる→  Love beyond Law •Slavoj Zizek)。







2014年1月15日水曜日

エロスとゆらめく閃光

備忘:ドゥルーズとジジェクの死の欲動」から引き続く。

生の欲動(エロス)は死を目指し、死の欲動(タナトス)は生を目指す。

life drive aims towards death and the death drive towards life (Paul Verhaeghe『Phallacies of binary reasoning: drive beyond gender』ーーポール・ヴェルハーゲ(Paul Verhaeghe)とジジェクをめぐる備忘より)

いっけん奇妙な言い方だ。エロスとタナトスにはいろいろな見解がある。すぐれたフロイト・ラカン読みであることは明らかなベルギーの精神分析医ポール・ヴェルハーゲの見解もそのまま受け取る必要はない。


ところでエロスが死をめざす、というとき、ヴェルハーゲはなにを言おうとしているのか。

◆『Love in a Time of Loneliness THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE』(Paul Verhaeghe)より(私意訳)。
エロスとタナトスは切り離された欲動ではない。その二つは、生の過程を逆の方向を言い表わす。明らかにされることは、次の典型的な特徴である。二つの方向の一方がより現前化し優勢になると、他の方向がより強くなるということだ。それはエロスとタナトスの二組だけのことではない。ヨーロッパが統合すればするほど、ナショナリストへの傾き、さらには地域主義者さえへの誘因がより強くなる。

Eros and Thanatos are not separate drives: they indicate opposing directions for the course of life. This accounts for a typical characteristic—the more one of the two directions is present and predominates, the stronger the other will become as well. This does not only apply to couples. The more a united Europe is achieved, the stronger nationalist and even regionalist trends become.
女性、享楽、不安はエロスの部分である。男性、ファリックな快楽、悲哀はタナトスの部分である。この性向が意味する分岐は、快楽はあまりにも大きな喪失を生み出すということだ(Tristis post Coitum 性交後の悲しみ)。不安は自我の消滅にかかわり、それが享楽の条件である(たとえば性的融合によってエゴは消え去る刻限がある)。悲哀はファリックな快楽(たとえばオーガズム)の結果による共生の喪失にかかわる。この観点から言えば、男性と女性の対立は、まったく相対的なものであり、それは能動性と受動性の対立として捉えなおすべきだ、すなわち、どの主体も他者に相対するときに取り得る態度として。

woman, jouissance and anxiety are part of Eros; man, phallic pleasure and sadness are part of Thanatos. The affect indicates the break where pleasure results in too great a loss: anxiety relates to the disappearance of the ego that is a condition for jouissance. Sadness relates to the loss of symbiosis as a result of phallic pleasure. In this respect, the opposition between man and woman is extremely relative and should be interpreted more as an active versus a passive position, which any subject can adopt vis-a-vis the other.

どうやら、オーガズムの瞬間の「小さな死」が、エロスとタナトス概念の重要なヒントのようらしい。

生の欲動/死の欲動を峻別しているかのように読まれもするフロイトの後期欲動論のもうひとつの鍵言葉は、 drive fusion (Triebmischung)だ。すなわちエロスとタナトスの欲動の融合であり、別々に現われるのは稀である、とされている。

エロスが死をめざす、という意味は、〈母〉との融合を目指すということであり、だがそのとき個体は消滅する。不安とはその消滅の怖れの不安だ。

タナトスが生をめざす、という意味は、エクスタシーの瞬間の個体の消滅から逃れだし、しかしながらつねにエロスの欲動と合体して、ファリックな快楽(性交に代表される)の反復衝動をするということだ。灯火にむれる蛾の、灯りを目ざしてはそれてゆく、その反復運動。

ラカンの『セミネールⅩⅩ』(『アンコール』)の、”ENCORE”は、もっと、もっと何度も、という意味だ。すなわち反復衝動。ラカンはそのセミネールで、ふたつの享楽を示す、男性的なファリックな享楽と女性的な〈他者〉の享楽。後者は「快原則の彼岸」にあるものとされる。

あるいはセミネールⅩⅠには、次のような言葉もある、
The loss of eternal life, which paradoxically enough is lost at the moment of birth, that is, birth as a sexed being, because of meiosis (Seminar 11, 205; Seminar XI, 187).

母との出産時の分裂により、永遠の生が失われる。エロスとはその永遠の生に回帰したいという衝動であるということになる。だがそれは不可能であり、タナトスはエロスの衝動と融合して、永遠の反復運動をする。どうやらヴェルハーゲの主張はそういうことらしい。

もっとも〈母〉との融合の永遠の生というが、いろんな母がいる。

フロイトは、シェイクスピアの『リア王』の叙述を引用して次のように書いている。

ここに描かれている三人の女たちは、生む女、性的対象としての女、破壊者としての女であって、それはつまり男にとって不可避的な、女にたいする三通りの関係なのだ。あるいはまたこれは、人生航路のうちに母性像が変遷していく三つの形態であることもできよう。

すなわち、母それ自身と、男が母の像を標準として選ぶ愛人と、最後にふたたび男を抱きとる母なる大地である。

そしてかの老人は、彼が最初母からそれを受けたような、そういう女の愛情をえようと空しく努める。しかしただ運命の女たちの三人目の者、沈黙の死の女神のみが彼をその腕に迎え入れるであろう。(フロイト『三つの小箱』)

ドゥルーズのマゾッホ論なら次の如し。

マゾッホによる三人の女性は、母性的なるものの基本的イメージに符号している。すなわちまず原始的で、子宮としてあり古代ギリシャの娼妓を思わせる 母親、不潔な下水溝や沼沢地を思わせる母親がある。―――それから、愛を与える女のイメージとしてのエディプス的な母親、つまりあるいは犠牲者として、あ るいは共犯者としてサディストの父親と関係を結ぶことになろう女がある。―――だがその中間に、口唇的な母親がいる。ロシアの草原を思わせ、豊かな滋養を さずけ、死をもたらす母親である。(……)滋養をさずけ、しかも無言であることによって、彼女は他を圧する……。彼女は最終的な勝利者となる。(ドゥルーズ『マゾッホとサド』蓮實重彦訳)

精神分析的なエロスとタナトスをめぐる覚書をめぐっては、ここでいったん離れる。小説家や詩人の言葉に耳を傾けてみよう。

川は光っていた。水の青が、岩場の多い山に植えられた木の暗い緑の中で、そこだけ生きて動いている証しのように秋幸には思えた。明るく青い水が自分のひらいた二つの眼から血管に流れ込み、自分の体が明るく青く染まっていく気がした。そんな感じはよくあった。土方仕事をしている時はじょっちゅうだった。汗を流して掘り方をしながら秋幸は、自分が考えることも判断することもいらない力を入れて堀りすくう動く体になっているのを感じた。土の命じるままに従っているのだった。硬い土はそのように、柔らかい土にはそれに合うように。秋幸はその現場に染まっている。時々、ふっとそんな自分が土を相手に自瀆をしていた気がした。いまもそうだった。(中上健次『枯木灘』)

究極のエロスとは〈母〉なる大地との合体のことだ。エロス欲動によって惹きおこされる高揚感は、母なる大地に吸いこまれるような感覚であり、なにものかか大きなものへの融合感覚のめまいだ。エロスは決して主体の能動性から生じるものではない。受動性からだ。襲われるものであり、刺し貫ぬかれるものだ。見るのではなく見られる、聞くのではなく聞かれる、触れるのではなく触れられるのであり、では嗅覚はといえば、においとはそもそも襲われるものだろう。その意味で嗅覚は触覚とともに、もっともエロスを呼びおこすことの多い感覚だ。


いやプルーストのマドレーヌの味覚はどうだというのか。刺し貫かれるのがどの感覚によるのかは、ひとによるのだろう。運動感覚、振動感覚、視覚の場合は色彩感覚がことさらエロスを齎すのは、中上健次が書くとおり。染まる、日に染まる、青い水の色彩が血管に流れ込む。

秋幸は単につるはしを土にふりおろす掘り方が好きだった。日は秋幸を風景の中の、動く一本の木と同じように染めた。風は秋幸を草のように嬲った。秋幸は土方をやりながら、自分が考えることも知ることもない、見ることも口をきくことも言葉を聴くこともないものになるのがわかった。いま、つるはしにすぎなかった。土の肉の中に硬いつるはしはくい込み、ひき起こし、またくい込む。なにもかもが愛しかった。秋幸は秋幸ではなく、空、空にある日、日を受けた山々、点在する家々、光を受けた葉、土、石、それら秋幸の周りにある風景のひとつひとつへの愛しさが自分なのだった。秋幸はそれらのひとつひとつだった。土方をやっている秋幸には日に染まった風景は音楽に似ていた。さっきまで意味ありげになむあみだぶとともなむほうれんぎょとも聴こえていた蝉の声さえ、いま山の呼吸する音だった。

つるはしはもちろん母なる大地に向かう性器だ。秋幸のファリックな享楽は、大地を犯す、永遠の生を目ざして。〈母〉との融合を目ざして。

秋幸はまた働いた。自分が考えることもない一本の草の状態にひたっていたかった。過去も未来もない。風を受けとめ、光にあぶられて働く。土がつるはしを引くと共に捲れ、黒く水気をたくわえた中を見せる。それは土の肉だった。土の中に埋まって掘り出された石はさながら大きな固い甲羅を持つ動物が身を丸めて眠っている姿だった。いや死体に見えた。土の中の石は死そのものだ。肉も死も日に晒され、においを放ち、乾いた。掘り出され十分もすればそれらは風景の中に同化した。

〈母〉との融合感覚は束の間のものだ。そこで〈死〉にめぐり会う。タナトスの衝動が繰り返される。この長篇の言葉にただならぬ震えや脈動を与えているのは、エロスとタナトスの至高のエクリチュールがあるからだ。

梢の葉は柔らかく若く、両腕に道具をかかえ倉庫とダンプカーの間を行き来する秋幸の頭に触れた。その感触が短かく刈った髪を上から撫ぜおろす女の手を思い出させた。

光が、風が、自然が、秋幸を愛撫する。そして中上の震えた言葉がわれわれを刺し貫く。

《丘のうなじがまるで光つたやうではないか/灌木の葉がいつせいにひるがへつたにすぎないのに》(大岡信「春 少女に」より)

だれもも知っているはずだ、この「ゆらめく閃光」(ロラン・バルト)の感覚の襲撃を。
触れえないものに何とか触れようとして虚空をまさぐる宙吊りの時間のもどかしさに耐えながら、「わたし」は言葉を欲望する。言葉という他者に刺し貫かれることで豊かになりたいと願うのだ。そんなとき、言葉は、まさしくあの「わたし」をうっとりさせる春宵の風の正確な等価物となる。むしろ、受精の機会を求めて風に乗って飛散する花粉のような何ものかと言うべきかもしれぬ。そして、よそよそしさともどかしさそのものを快楽に転じながら「わたし」が辛うじて声に出したり紙に書きつけたりしえた発語の軌跡とは、あたかもこの濃密な花粉を顔いっぱいに浴びてしまった人体に現われる過剰な免疫反応としての花粉症の症状にでも譬えられるかもしれぬ。他者のシステムとしての言語を前にした発語のもどかしさの快楽とは、眼の痒さやくしゃみを堪えながらしかし鼻孔をくすぐる花の香に陶然とすることをやめられずにいる者の、甘美なジレンマに似ている。(松浦寿輝『官能の哲学』より)

いや評論文ではなく、松浦寿輝の「実践」をみよう。

一人称の物語はここで終る もう手袋のほころびやテーブルの上の焼け焦げをかすめては消えてゆく 曇った眼差しだけしか残っていない 濡れた壜の口のあたりをたゆたう 倦み疲れた冬の光だけしか残っていない 波のざわめき 鳥の声 石灰がにおう世界の夕暮 書かれたものはもう声にはのらないから「うしろへ」とか「あとで」といったつつましい嘘をひっそり呟くだけだ「蒼ざめた女の薫る髪」や「唾液に光る山狼の白い牙」を裏側からなぞりかえし 消しつくし 眼前をよぎって無意味に堕ちてゆく濡れた光景から目を逸らすだけだ 寝台の上に降り出す雪の翳った白さに耐えながら 充血した性器を押しひらく 欲望もなく 熱もなく 掃海作業のようにすすむ さめた劇 牛乳がしたたる小さな尻 掘り起こされたばかりの百合の球根 何ひとつ口にせずただひらいた両手を暗い天候の愛撫にゆだねる 濁った時間 媚薬のように 浚渫機はゆっくりとまわり 静脈のなかに朽ちた溺死者を探す 骨と骨とが響きあう つめたい透視図法 魚のひれ 藻 息 彼は彼女が彼らの 彼女に彼らを彼と あるかなきかの明るみに目を凝らす 修辞は狂い 構文も曖昧にただよいはじめ よどんだ室内が窓の外に流れ出し すべてが無色に溶けてゆく 手と足は相殺しあい 髪は水にそよぎ 失墜や遭遇や別離といった熱すぎる文字が削り落とされてゆく 歌ってはならぬ楽譜 投げてはならぬ石 揺れる吊り橋 視界を埋めつくす水母の死骸 それは物語の終焉ではなくて 終焉の物語のはじまりにすぎないのか 愛しています あなたを愛しています あなたを愛しています あなたを愛しています あなたを(松浦寿輝『ウサギのダンス』より)

あるいは、中井久夫のエッセイはときに驚くほどのエロスとタナトスの混淆から生じる官能、その震えと脈動を伝えてくれる。次の文は、まずは「におい」だ。それは死臭でもある。--《花の腐敗臭のまじる甘く重たく崩れた香り》、《すれちがう少女の残す腋臭のほのか》なにおい。そして、《ひしひしとひとを包む透明な気配》の無形の力に吸い込まれていく、中上健次が大地に吸いこまれたように、日の光を浴びたように。

ふたたび私はそのかおりのなかにいた。かすかに腐敗臭のまじる甘く重たく崩れた香りーー、それと気づけばにわかにきつい匂いである。

それは、ニセアカシアの花のふさのたわわに垂れる木立からきていた。雨あがりの、まだ足早に走る黒雲を背に、樹はふんだんに匂いをふりこぼしていた。

金銀花の蔓が幹ごとにまつわり、ほとんど樹皮をおおいつくし、その硬質の葉は樹のいつわりの毛羽となっていた。かすかに雨後の湿り気がたちのぼる。

二週間後には、このあたりは、この多年生蔓草の花の、すれちがう少女の残す腋臭のほのかさに通じる、さわやかな酸味をまじえたかおりがたちこめて、ひとは、おのれをつつむこの香の出どころはどこかととまどうはずだ。小さい十字の銀花も、それがすがれちぢれてできた金花の濃い黄色も、ちょっと見には眼にとまらないだろう。

この木立は、桜樹が枝をさしかわしてほのかな木下闇をただよわせている並木道の入口にあった。桜たちがいっせいにひらいて下をとおるひとを花酔いに酔わせていたのはわずか一月まえであったはずだ。しかし、今、それは遠い昔であったかのように、桜は変貌して、道におおいかぶさっているのはただ目に見える葉むらばかりでなく、ひしひしとひとを包む透明な気配がじかに私を打った。この無形の力にやぶれてか、道にはほとんど草をみず、桜んぼうの茎の、楊枝を思わせるのがはらはらと散らばっていた。(中井久夫「世界の徴候と索引」より)

さらにまた、《女体を思わせる地形がかすかにしかし確実にエロスを感じさせる陰影の地に直立して立つ優雅な姿》と書かれる次の文はどうだろう。

……山桜の大木はかならずといってよいほど、二つの丘の相会うところ、やわらかにくぼんでやさしい陰影を作るところ、かすかな湿りを帯びたあたりにある。

(…… )本居宣長は、けっして散る桜を歌わなかった。「敷島の大和心をひと問はば朝日に匂ふ山ざくら」 ――。匂いは、嗅覚だけのことではない。花咲く山桜の大樹の周りの風景へのみごとなとけこみを「匂う」と表したにちがいない。実際、私の家の背山、向山にも、周囲の春の浅みどりに、あるいはまだ山肌を透けてみせる樹々の裸の枝のあいだに、ひっそりと、ほのかな淡い桜色のしずかなほのおをにじませている山桜の一もと二もとが、みうけられる。

そのとおり。山ざくら、この日本原種の桜は、けっして群がって咲きはしない。山あいの窪に、ひっそりと、かならず一もとだけいるのである。そして、女体を思わせる地形がかすかにしかし確実にエロスを感じさせる陰影の地に直立して立つ優雅な姿のゆえに、桜は、古代の人の心を捉えたのであろう。(中井久夫「桜は何の象徴か」)

《私が名指すことのできるものは、事実上、私を突き刺すことができないのだ。名指すことができないということは、乱れを示す良い徴候である。》(ロラン・バルト)--快原則の彼岸にあるものとはこういうことだ。たとえば西脇順三郎の詩は、そのことばかりを謳っているようにみえる。束の間の永遠、その垂直に立つ刻限を。

《とつぜん夏が背中をすきとおした/石垣の間からとかげが/赤い舌をペロペロと出している》

《柿の木の杖をつき/坂を上っていく/女の旅人突然後を向き/なめらかな舌を出した正午》

ーー「正午」?!

まさに、ごくわずかなこと。ごくかすかなこと、ごく軽やかなこと、ちょろりと走るとかげ。一つの息、一つの疾駆、一つのまばたきーーまさに、わずかこそが、最善のたぐいの幸福をつくるのだ。静かに。

――わたしに何事が起ったのだろう。聞け! 時間は飛び去ってしまったのだろうか。わたしは落ちてゆくのではなかろうか。落ちたのではなかろうか、――耳をこらせ! 永遠という泉のなかに。(『ツァラトゥストラ』第四部「正午」)

この「ゆらめく閃光」。
その効果は切れ味がよいのだが、しかしそれが達しているのは、私の心の漠とした地帯である。それは鋭いが覆い隠され、沈黙のなかで叫んでいる。奇妙に矛盾した言い方だが、それはゆらめく閃光なのである。(ロラン・バルト『明るい部屋』)

ポルノグラフィにはエロスもタナトスもない。肝腎なのは「ゆらめく閃光」である。

身体の中で最もエロティックなのは衣服が口を開けている所ではないだろうか。倒錯(それがテクストの快楽のあり方である)においては、《性感帯》(ずい分耳ざわりな表現だ)はない。精神分析がいっているように、エロティックなのは間歇である。二つの衣服(パンタロンとセーター)、二つの縁(半ば開いた肌着、手袋と袖)の間にちららと見える肌の間歇。誘惑的なのはこのちらちら見えることそれ自体である。更にいいかえれば、出現ー消滅の演出である。

それはストリップ・ショーや物語のサスペンスの快楽ではない。この二つは、いずれの場合も、裂け目もなく、縁もない、順序正しく暴露されるだけである。すべての興奮は、セックスを見たいという(高校生の夢)、あるいは、ストーリーの結末を知りたいという(ロマネスクな満足)希望に包含される。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)
バルトが『テクストの快楽』で巧みに表現している「出現=消滅の演出」、つまり、最終的な真相の暴露へと向けて衣裳を脱ぎすててゆくストリップ・ショーの観客を捉える欲望ではなく、衣服の縁と縁とが間歇的にのぞかせる素肌の誘惑、ほとんど偶発的といえる裂け目の戯れ、距離でも密着でもなく、それじたいが不断の運動である「出現=消滅の演出」。それを肯定することを快楽と呼ぶことも、おそらくはとりあえずの命名法でしかないだろう。それは苦痛と呼ばれてもよかろうし、受難と名指されることさえ不自然とも思われぬほどに致命的な体験である。「出現=消滅」の戯れを組織する演出とは、傍観者としての観客が享受しうる距離を廃棄し、距離でもあり密着でもあるための不断の変容を要請するものであるからだ。その点において、いったん秩序に順応しさえすれば露呈の瞬間へと導かれる物語の欲望とはまったく異質の欲望が、「テクスト」の快楽を煽りたてていることがわかる。その体験は、たしかに誰もが気軽に試みてみるわけにはゆくまいが、だからといって特権的な個体だけに許されているわけでもない。原理的にはあらゆる存在に向けて開かれていさえいるはずなのに、現実には、その受難=快楽に進んで身をまかせようとする者はごく稀である。それが権利だとは思われていないからだ。誰もが真実の露呈という永遠の儀式にたどりついて終りとなる物語を欲望し、その欲望を漸進的に満足させる説話論的な秩序に埋没することこそが快楽なのだと確信している。受難=快楽としての浅さは、かくして、いたるところで回避されることになるだろう。(蓮實重彦『物語批判序説』)
…………


ほかにも触感の作家谷崎潤一郎ならば、羊水に全身を浸して暗闇を漂うかのごとき視力の喪失による、無意識的な乳幼児期における乳首と唇との至福の交合の不意の再現、《私をしっかりと抱きしめたまゝ立ちすくんだ。私も一生懸命に抱き附いて離れなかつた。甘い乳房の匂が暖かく籠もっていた》(『母を恋ふる記』)――このようなエロス感覚がある。次の吸い物椀は、母の乳房に違いない。

私は、吸い物椀を手に持った時の、掌が受ける汁の重みの感覚と、生あたゝかい温味(ぬくみ)とを何よりも好む。それは生れたての赤ん坊のぷよぷよした肉体を支えたような感じでもある。吸い物椀に今も塗り物が用いられるのは全く理由のあることであって、陶器の容れ物ではあゝは行かない。第一、蓋を取った時に、陶器では中にある汁の身や色合いが皆見えてしまう。漆器の椀のいゝことは、まずその蓋を取って、口に持って行くまでの間、暗い奥深い底の方に、容器の色と殆ど違わない液体が音もなく澱んでいるのを眺めた瞬間の気持である。人は、その椀の中の闇に何があるかを見分けることは出来ないが、汁がゆるやかに動揺するのを手の上に感じ、椀の縁(ふち)がほんのり汗を掻いているので、そこから湯気が立ち昇りつゝあることを知り、その湯気が運ぶ匂に依って口に啣(ふく)む前にぼんやり味わいを豫覚する。その瞬間の心特、スープを浅い白ちゃけた皿に入れて出す西洋流に比べて何と云う相違か。それは一種の神秘であり、禅味であるとも云えなくはない。(……)

 私は、吸い物椀を前にして、椀が微かに耳の奥へ沁むようにジイと鳴っている、あの遠い虫の音のようなおとを聴きつゝこれから食べる物の味わいに思いをひそめる時、いつも自分が三昧境に惹き入れられるのを覚える。茶人が湯のたぎるおとに尾上の松風を連想しながら無我の境に入ると云うのも、恐らくそれに似た心特なのであろう。日本の料理は食うものでなくて見るものだと云われるが、こう云う場合、私は見るものである以上に瞑想するものであると云おう。そうしてそれは、闇にまたゝく蝋燭(ろうそく)の灯と漆の器とが合奏する無言の音楽の作用なのである。(谷崎潤一郎『陰翳礼讃』)


長くなった。次の「部分欲動と死の欲動をめぐる覚書」へ引き続く。



2013年12月11日水曜日

コビトの国の王様

……現実はむしろ夢魔に似ていたのかもしれない。GHQに挨拶に出かけた天皇が、マッカーサーと並んで立っている写真は、まるでコビトの国の王様のようであった。かと思うと、そのマッカーサー司令部のある皇居と向い合せのビルの前で、釈放された共産党員その他の政治犯たちが、「マッカーサー万歳」を唱えたというような記事が新聞に出ていた。(安岡章太郎『僕の昭和史 Ⅱ』 講談社文庫 P24)




「コビトの国の王様」は、戦後日本において「抑圧されたもの」としてよいだろう。もちろんマッカーサーとの会見の約一年後に米国からいわゆる「押しつけられた」とされる現行憲法もその影を大きく背負っている。

経済発展期や議会運営などがまがりなりにも上手くいっているときは、抑圧されたものはある意味で忘れ去ることができた。なにかが上手くいかなくなったとき、ーーたとえば国内に大きな事故や消費税値上げ、あるいは財政逼迫、少子化などの将来にわたっての「引き返せない道」の苦難が瞭然とすれば、さらには二大大国の狭間で「見栄えのしない課題」に汲々とせざるをえないのならば、ーー「天皇」が直接回帰するだけでなく(天皇制論)、その隠喩としての「現行憲法」も否応なしに回帰する。

……われわれはこういうことができようーー要するに被分析者は忘れられたもの、抑圧されたものからは何物も「思い出す」erinnernわけではなく、むしろそれを「行為にあらわす」 agierenのである、と。彼はそれを(言語的な)記憶として再生するのではなく、行為として再現する。彼はもちろん、自分がそれを反復していることを知らずに(行動的に)反復wiederholenしているのである。

たとえば、被分析者は、「私は両親の権威にたいして反抗的であり、不信を抱いていたことを想い出しました」とはいわないで、(その代わりに)分析医にたいしてそのような反抗的、不信的な態度をとってみせるのである。(フロイト『想起・反復・徹底操作』)

コビトの国の王様にとっての、権威としての親への反撥は、米国だけではないだろう。今後、かつて土足で上がりこんだ本来の「親」の家、中国への気遣いもますます増してゆく。

ブルジョワ的民主国家においては、国民が主権者であり、政府がその代表であるとされている。絶対主義的王=主権者などは、すでに嘲笑すべき観念である。しかし、ワイマール体制において考えたカール・シュミットは、国家の内部において考えるかぎり、主権者は不可視であるが、例外状況(戦争)において、決断者としての主権者が露出するのだといっている(『政治神学』)。シュミットはのちにこの理論によって、決断する主権者としてのヒトラーを正当化したのだが、それは単純に否定できない問題をはらんでいる。たとえば、マルクスは、絶対主義王権の名残をとどめた王政を倒した一八四八年の革命のあとに、ルイ・ボナパルドが決断する主権者としてあらわれた過程を分析している。マルクスが『ブリュメール一八日』で明らかにしたのは、代表制議会や資本制経済の危機において、「国家そのもの」が出現するということである。皇帝やヒューラーや天皇はその「人格的担い手」であり、「抑圧されたもの(絶対主義王権)の回帰」にほかならない。(柄谷行人『トランスクリティーク』p418)

武藤国務大臣 (……)

 そのオーストラリアへ参りましたときに、オーストラリアの当時のキーティング首相から言われた一つの言葉が、日本はもうつぶれるのじゃないかと。実は、この間中国の李鵬首相と会ったら、李鵬首相いわく、君、オーストラリアは日本を大変頼りにしているようだけれども、まああと三十年もしたら大体あの国はつぶれるだろう、こういうことを李鵬首相がキーティングさんに言ったと。非常にキーティングさんはショックを受けながらも、私がちょうど行ったものですから、おまえはどう思うか、こういう話だったのです。私は、それはまあ、何と李鵬さんが言ったか知らないけれども、これは日本の国の政治家としてつぶれますよなんて言えっこないじゃないか、確かに今の状況から見れば非常に問題があることは事実だけれども、必ず立ち直るから心配するなと言って、実は帰ってまいりました。(第140回国会 行政改革に関する特別委員会 第4号 平成九年五月九日
『断腸亭日乗』昭和二十(1945)年 荷風散人年六十七


昭和二十年九月廿八日。 昨夜襲来りし風雨、今朝十時ごろに至つてしづまりしが空なほ霽れやらず、海原も山の頂もくもりて暗し、昼飯かしぐ時、窓外の芋畠に隣の人の語り合へるをきくに、昨朝天皇陛下モーニングコートを着侍従数人を従へ目立たぬ自動車にて、赤坂霊南坂下米軍の本営に至りマカサ元帥に会見せられしといふ事なり。戦敗国の運命も天子蒙塵の悲報をきくに至つては其悲惨も亦極れりと謂ふ可し。南宋趙氏の滅ぶる時、其天子金の陣営に至り和を請はむとして其儘俘虜となりし支那歴史の一頁も思ひ出されて哀なり。数年前日米戦争の初まりしころ、独逸摸擬政体の成立して、賄賂公行の世となりしを憤りし人々、寄りあつまれば各自遣るか たなき憤惻の情を慰めむとて、この頃のやうな奇々怪々の世の中見やうとて見られるものではなし、人の頤を解くこと浅草のレヴユウも能く及ぶところにあらず、角ある馬、雞冠ある烏を目にする時の来るも遠きにあらざるべし。是太平の民の知らざるところ、配給米に空腹を忍ぶ吾等日本人の特権ならむと笑ひ興ぜし ことありしが、事実は予想よりも更に大なりけり。我らは今日まで夢にだに日本の天子が米国の陣営に微行して和を請ひ罪を謝するが如き事のあり得べきを知ら ざらりしなり。此を思へば幕府滅亡の際、将軍徳川慶喜の取り得たる態度は今日の陛下より遥に名誉ありしものならずや。今日此事のこゝに及びし理由は何ぞ や。幕府瓦解の時には幕府の家臣に身命を犠牲にせんとする真の忠臣ありしがこれに反して、昭和の現代には軍人官吏中一人の勝海舟に比すべき智勇兼備の良臣 なかりしが為なるべし。我日本の滅亡すべき兆候は大正十二年東京震災の前後より社会の各方面に於て顕著たりしに非ずや。余は別に世の所謂愛国者と云ふ者に もあらず、また英米崇拝者にもあらず。惟虐げられらるゝ者を見て悲しむものなり。強者を抑へ弱者を救けたき心を禁ずること能ざるものたるに過ぎざるのみ。 これこゝに無用の贅言を記して、穂先の切れたる筆の更に一層かきにくくなるを顧ざる所以なりとす。

…………

だいたい僕は天皇個人に同情を持っているのだ。原因はいろいろにある。しかし気の毒だという感じが常に先立っている。むかしあの天皇が、僕らの少年期の終りイギリスへ行ったことがあった。あるイギリス人画家のかいた絵、これを日本で絵ハガキにして売ったことがあったが、ひと目見て感じた焼けるような恥かしさ、情なさ、自分にたいする気の毒なという感じを今におき僕は忘れられぬ。おちついた黒が全画面を支配していた。フロックとか燕尾服とかいうものの色で、それを縫ってカラーの白と顔面のピンク色とがぽつぽつと置いてあった。そして前景中央部に腰をまげたカアキー色の軍服型があり、襟の上の部分へぽつんとセピアが置いてあった。水彩で造作はわからなかったが、そのセピアがまわりの背の高い人種を見あげているところ、大人に囲まれた迷子かのようで、「何か言っとりますな」「こんなことを言っとるようですよ」「かわいもんですな」、そんな会話が――もっと上品な言葉で、手にとるように聞こえるようで僕は手で隠した。精神は別だ。ただそれは、スケッチにすぎなかったが描かれた精神だった。そこに僕自身がさらされていた。(中野重治『五勺の酒』)
これは文芸時評ではないが無関係ではない─天皇の生まれてはじめての記者会見というテレビ番組を見て実に形容しようもない天皇個人への怒りを感じた。哀れ、ミジメという平生の感情より先にきた。いかに『作られたから』と言って、あれでは人間であるとは言えぬ。天皇制の『被害者』とだけ言ってすまされてはたまらないと思った。動物園のボロボロの駝鳥を見て『もはやこれは駝鳥ではない』と絶叫した高村光太郎が生きていてみたら何と思ったろうと想像して痛ましく感じた。三十代の人は何とも思わなかったかも知れぬ。私は正月がくると六十八歳になる。誰か、あの状態を悲劇にもせず喜劇にもせず糞リアリズムで表現してくれる人はいないか。冥土の土産に読んで行きたい。(藤枝静男(「東京新聞」「中日新聞」文芸時評 昭和五十年十一月二十八日夕刊)
志賀氏が、天皇を天皇制の犠牲者として、自由にものを云うことを奪われた、残念ではあるが気が弱い、人間的には好い人と…見ていたことは…明白である。中野氏の『五尺の酒』を読めば…あの繰り人形さながらの動作とテープ録音そっくりのセリフを棒たらに繰り返す天皇への憐れさへの何とも処理しがたい心持ちと焦立ちを…描いていることもまた明白である。(藤枝静男、「志賀直哉・天皇・中野重治」昭和五十年「文藝」七月号)
今度の戦争で天子様に責任があるとは思はれない。 然し天皇制には責任があると思ふ。‥‥  天子様と国民との古い関係をこの際捨て去つて了ふ 事は淋しい。今度の憲法が国民のさういふ色々な不安 を一掃してくれるものだと一番嬉しい事である。  (志賀直哉  「昭和21. 4.『婦人公論』)
…………

日本は天皇によつて終戦の混乱から救はれたといふが常識であるが、之は嘘だ。日本人は内心厭なことでも大義名分らしきものがないと厭だと言へないところがあり、いはゞ大義名分といふものはさういふ意味で利用せられてきたのであるが、今度の戦争でも天皇の名によつて矛をすてたといふのは狡猾な表面にすぎず、なんとかうまく戦争をやめたいと内々誰しも考へてをり、政治家がそれを利用し、人民が又さらにそれを利用したゞけにすぎない。

日本人の生活に残存する封建的偽瞞は根強いもので、ともかく旧来の一切の権威に懐疑や否定を行ふことは重要でこの敗戦は絶好の機会であつたが、かういふ単純な偽瞞が尚無意識に持続せられるのみならず、社会主義政党が選挙戦術のために之を利用し天皇制を支持するに至つては、日本の悲劇、文化的貧困、これより大なるはない。(坂口安吾『天皇小論』)
たえがたきを忍び、忍びがたきを忍んで、朕の命令に服してくれという。すると国民は泣いて、外ならぬ陛下の命令だから、忍びがたいけれども忍んで負けよう、と言う。嘘をつけ! 嘘をつけ! 嘘をつけ!

我々国民は戦争をやめたくて仕方がなかったのではないか。竹槍をしごいて戦車に立ちむかい、土人形のごとくにバタバタ死ぬのが厭でたまらなかったのではないか。戦争の終わることを最も切に欲していた。そのくせ、それが言えないのだ。そして大義名分と云い、また、天皇の命令という。忍びがたきを忍ぶという。何というカラクリだろう。惨めともまたなさけない歴史的大欺瞞ではないか。しかも我等はその欺瞞を知らぬ。天皇の停戦命令がなければ、実際戦車に体当たりをし、厭々ながら勇壮に土人形となってバタバタ死んだのだ。最も天皇を冒涜する軍人が天皇を崇拝するがごとくに、我々国民はさのみ天皇を崇拝しないが、天皇を利用することには狎れており、その自らの狡猾さ、大義名分というずるい看板をさとらずに、天皇の尊厳の御利益を謳歌している。何たるカラクリ、また、狡猾さであろうか。我々はこの歴史的カラクリに憑かれ、そして、人間の、人性の、正しい姿を失ったのである。(坂口安吾 「続堕落論」)
我々は靖国神社の下を電車が曲がるたびに頭を下げさせられる馬鹿らしさには閉口したが、ある種の人々にとっては、そうすることによってしか自分を感じることが出来ないので、我々は靖国神社についてはその馬鹿らしさを笑うけれども、外の事柄にについて、同じような馬鹿げたことを自分自身でやっている。そして自分の馬鹿らしさには気がつかないだけのことだ。(坂口安吾 「堕落論」)

…………

昭和63年、昭和天皇が病床に就かれ、多くの人が陛下のご平癒を祈って宮城を訪れ、記帳した。その光景を見た浅田彰曰く、『連日ニュースで皇居前で土下座する連中を見せられて、自分はなんという「土人」の国にいるんだろうと思ってゾッとするばかりです(「文学界 平成元年二月号)』)
さて、高度成長と、それによる高度大衆社会の形成は、共同幻想の希薄化をもたらした。 いいかえれば、国家のレヴェルが後退し、家族のレヴェルが、それ自体解体しつつも、前 面に露呈されてきたのだ。......そもそも対幻想を対幻想たらしめていた抜き差しならぬ他 者との「関係の絶対性」の契機がそれ自体著しく希薄化し、対幻想は拡大された 自己幻想に限りなく近付いていく。そうなれば、そのような幻想の共振によって共同体を構成することも不可能ではなくなる。公的というより私的、言語的(シンボリック)というより前言語 的(イマジナリー)、父権的というより母性的なレヴェルで構成される共感の共同体。......それ はむしろ、われわれを柔らかく、しかし抗しがた い力で束縛する不可視の牢獄と化している。それがハードな国家幻想に収束していく可 能性はたしかに小さくなったかもしれないとしても、だからといってソフトな閉塞に陥らない という保証はどこにもないのである。」浅田彰「むずかしい批評」(『すばる』1988 年 7 月号)


◆『柄谷行人 中上健次全対話』(講談社文芸文庫)より

中上)…しかし、西洋史のあなた達柄谷さんと浅田彰さんが、対談(「昭和の終焉に」・文学界1989年2月号)して、天皇が崩御した日に人々が皇居の前で土下座しているのを、「なんという”土人”の国にいるんだろう」と思った、と言う。

柄谷)でも、あの”土人”というのは北一輝の言葉なんだよ。(笑)

…だから天皇って何かというと、…女文字・女文学と切り離せない。つまり母系制の問題というところにいくと思う。

中上)…何故ここで被差別部落のような形で差別が存在するか、被差別部落が存在するか、と問うのと、なぜここに天皇が存在するのかと問うのとは、同じ作業ですよ。

柄谷)…あれは、あの対談の前に僕が北一輝の話をしていたんですよ。北一輝は、明治天皇をドイツ皇帝のような立憲君主国の君主だと考えていた。それ以前の天皇は土人の酋長だ、と言っているわけす。

《実のところ、私は最低限綱領のひとつとしての天皇制廃止を当時も今も公言しているし、裕仁が死んだ日に発売された『文學界』に掲載された柄谷行人との対談で、「自粛」ムードに包まれた日本を「土人の国」と呼んでいる。それで脅迫の類があったかどうかは想像に任せよう。……》(図像学というアリバイ 浅田彰


北一輝は、明治以前の天皇は「土人の酋長」と変わらないといっている。事実、先にのべたように、元号も明治までは自然を動かす呪術的な機能であった。「一世一元」とはそれを否定することであり、天皇を近代国家の主権者とみなすことである。北一輝にとって、明治天皇は立憲君主であり「機関」としてある。つまり、天皇個人もその儀礼的本質も、彼にとっては本質的にはどうでもよかったのである。ヘーゲルもいっている。≪君主に対し客観的な諸性質を要求するのは正当ではない。君主はただ「イエス」といって最後の決定を与えるべきなのだ。そもそも頂点とは、性格の特殊性が重要でなくなるようにあるべきものだからである≫(『法哲学』280補遺)。(柄谷行人「一九七〇年=昭和四十五年」『終焉をめぐって』所収P27-28)

◆柄谷行人『倫理21』より抜粋
1970年天皇をかついだクーデターを訴えて自決した三島由紀夫のような人は、死ぬ前のインタビューでも、昭和天皇に対する嫌悪と軽蔑を隠していません。また、天皇の戦争責任を認めて右翼から襲撃された長崎市長本島等は、左翼どころか、どちらかといえば「右翼的」な人物です。総じて、天皇の戦争責任を認める者は、蜷川新のように「明治気質」の人間です。日本国家の戦争責任を認めるならば、天皇の責任を認めるべきであり、そうでないなら、戦争責任を全面的に否定すべきだ、その二つに一つしかありません。
今日において史料的に明らかなことは、戦争期において、天皇がたんなる繰り人形でもなく、平和を愛好する立憲君主でもなく、戦争の過程に相当積極的に加担していたということです。さらに、天皇自身がその地位の保全のために画策したということです。戦争末期にそれは「国体の維持」という言い方をされたのですが、つまりは天皇制および天皇個人の地位の護持ということが、当時の権力の最大の目的でした。
イタリアはいうまでもなく、ナチス・ドイツが降伏した後でさえ日本が戦争を続けたのは、なんら勝算や展望があったからではなく、降伏の条件として天皇制の「護持」をはかって手間取ったのです。その結果として、何百万人の兵士、市民が戦場や都市爆撃、さらに二度の原子爆弾によって死ぬことになりました。
にもかかわらず、敗戦の決定は、天皇自身の「御聖断」によってなされたという神話ができています。そのような神話づくりには、占領軍のマッカーサー将軍も加担しています。彼は「国民が救われるなら、自分はどうなってもいい」と語った天皇に感動したということを伝記に書いていますが、これは明らかに虚構です。「自分はどうなってもいい」のなら、もっと前に終戦をいうべきだったし、もし「立憲君主」のためにそのような介入ができない立場にあるなら、敗戦においてもそれはできなかったはずです。
実際には、天皇制を保持し天皇を免責することを決めたのは、ソ連あるいはコミュニズムの浸透をおそれたアメリカ政府です。また、マッカーサーは、東京裁判のあと天皇が退位することを当然とする日本の識者の意見に対して、それを抑えました。

※参考:三島由紀夫の天皇論


浅田彰の共感の共同体批判、《公的というより私的、言語的(シンボリック)というより前言語 的(イマジナリー)、父権的というより母性的なレヴェルで構成される共感の共同体。......それ はむしろ、われわれを柔らかく、しかし抗しがた い力で束縛する不可視の牢獄と化している》という文章は、ラカン用語で仮装されているが、丸山真男や、あるいは加藤周一らのモダニスト系譜のものだろう。


◆加藤周一『日本文化における時間と空間』より

日本社会には、そのあらゆる水準において、過去は水に流し、未来はその時の風向きに任せ、現在に生きる強い傾向がある。現在の出来事の意味は、過去の歴史および未来の目標との関係において定義されるのではなく、歴史や目標から独立に、それ自身として決定される。(……)

労働集約的な農業はムラ人の密接な協力を必要とし、協力は共通の地方心信仰やムラ人相互の関係を束縛する習慣とその制度化を前提とする。この前提、またはムラ人の行動様式の枠組は、容易に揺らがない。それを揺さぶる個人または少数集団がムラの内部からあらわれれば、ムラの多数派は強制的説得で対応し、それでも意見の統一が得られなければ、「村八分」で対応する。いずれにしても結果は意見と行動の全会一致であり、ムラ全体の安定である。

加藤周一が89歳でとうとう亡くなったね。全共闘以後、「朝日・岩波文化人」はもう古いなんて言われたけど、若い世代が好きなことを言えたのも、基準となる文化人がいてのことだった。最後の大知識人だった加藤周一の死で、そういう基準がなくなったことをあらためて痛感させられる。実際、もはや「朝日・岩波文化人」と呼ぶに足る人なんて朝日を見ても岩波を見てもほとんどいないもん。戦前・戦中の日本が情緒に引きずられたことへの反省から、加藤周一はとことん論理的であろうとした。老境の文化人がややもすれば心情的なエッセーに傾斜する日本で、彼だけは最後まで明確なロジックと鮮やかなレトリックを貫いた。晩年になっても、日本料理よりは西洋料理や中華料理、それも血のソーセージみたいなものを選ぶわけ。で、食べてる間はボーッとしてるようでも、いざ食後の会話となると、脳にスイッチが入って、一分の隙もない論理を展開してみせる。彼と宮脇愛子と高橋悠治は約10年ずつ違うけれど、誕生日が並んでるんで何度か合同パーティをした、そんなときでも彼がいちばん元気なくらいだったよ。とくに国際シンポジウムのような場では、彼がいてくれるとずいぶん心強かった。英語もフランス語もそんなに流暢ではないものの、言うべきことを明晰に言う、しかも、年齢相応に威厳をもって話すんで海外の参加者からも一目置かれる、当たり前のことのようで実はそういう人って日本にほとんどいないんだよ。むろん、ポスト全共闘世代のぼくらからすると、加藤周一は最初から過去の人ではあった。でも、先月号(2009年1月号/talk13)で触れた筑紫哲也の場合と同様、死なれてみるとやっぱり貴重な存在だったと思うな。(加藤周一の死

2013年9月16日月曜日

9月16日

お父さんの名前は、健次という。おじいちゃんか、おばあちゃんが、つけてくれた。第2次世界大戦、つまりアメリカやイギリスという民主主義の国相手に、日本が引き起こした無謀な戦争、その戦争の敗北の後に、お父さんは生まれた。

だからなのだろう。健次の健は健康という意味、次は2番目という意味。二番目の健康な息子である。健康に育ってほしい。そんな両親の意味がこもった名前だ。戦争に苦しみ、次々と無意味な死を迎えた人々を見たら、天に祈るような気持ちで子供を名づけるのは、よく分かる。

菜穂という名はお父さんが名づけた。温暖な日本は瑞穂(みずほ)の国と言われる。みずみずしく稲が実る国という意味。その稲の実る稲穂という意味。菜穂の菜とは野菜の菜。稲穂と野菜。私たちが日常に食するものだが、二つ並べると豊かなイメージが浮かび上がる。

が、この地上に、今、何万、何十万、何百万の人々が飢えているのを知っているだろうか。

お父さんは、お前の名前を菜穂と名づけるとき、この子と、この子の生きる世界に、稲穂と野菜があまねく行き渡りますように、天にいのって、名づけた。

お父さんの祈りは天に通じているだろうか?

菜穂は飢えてはいない。ではどうして、他から飢えた子供の泣き声が聞こえるのか。菜穂はその矛盾を考えてほしい。問題があるなら、それを解いてほしい。もし不正義があり、そのためだというのなら不正義と戦ってほしい。

しかし戦いは、暴力を振うことだろうか?違う。人間の存在の尊厳を示すことだ。そのためには、英知が要る。豊かな感受性が要る。菜穂が、この学校で学ぼうとしていたことは、不正義と戦う本当の武器、つまり人間の存在の尊厳を示す方法だったのだ。頑張れ。心から愛を込めて、声援を送る。(中上健次が次女の菜穂に宛てた手紙―高山文彦『エレクトラ 中上健次の生涯』)


そうだな
オレの反復欲動か
多くの投稿はきみにむけて書いてるんだよ
研究活動のかたわらピアノと歌にぞっこんのきみにね
「ききたいことがある」っていわれて
答えていないけれどね
きみのお母さんにはまだ恨まれているらしいな
説明するとフィクションになりそうでね
メールで返答すると端的さ
すくなくともこうさ

過去を変えることは不可能であるという思い込みがある。しかし、過去が現在に持つ意味は絶えず変化する。現在に作用を及ぼしていない過去はないも同然であるとするならば、過去は現在の変化に応じて変化する。過去には暗い事件しかなかったと言っていた患者が、回復過程において楽しいといえる事件を思い出すことはその一例である。すべては、文脈(前後関係)が変化すれば変化する。(「統合失調症の精神療法」『徴候・記憶・外傷』所収  P264)

うまく書けないな、やっぱり

公開にしても私信にしても


2013年4月27日土曜日

エクリチュールをめぐってのいくつか



 《声の現前を欠いた書かれた記号は、その「間隔化」によって、話された記号とは区別されなければならない》とするのは、『署名、出来事、コンテクスト』のデリダだが、そこでは、《書かれた記号は、そのコンテクストと断絶する力、すなわち、それが書き込まれる瞬間を組織する諸現前の総体と断絶する力を含んでいる》と書かれ、これがデリダによるエクリチュールの簡潔な定義だ。

蓮實重彦はそのデリダ小論「「本質」、「宿命」、「起源」」(初出「新潮」2005.1)において、デリダの初期の「力と意味」を引きつつ、次のように書く。

「《思想》とか《内的構想》が書物に先立って、書物は単にそれを書き表すだけだ、と考える単純な先行論」の一般化された形式を、「イデアリズムと呼ばれる伝統批評」にほかならぬと彼(デリダ)は断じている(……)。だが、「神学」的たることをまぬがれぬこの「伝統批評」の観念論――そこには、私はこう思うとのみ宣言して解釈さえ放棄する無邪気な「無神論者」も含まれようーーは、彼にとって文学の批評の名に値するものとはいいがたい。なぜなら、それは「神学」的な解釈手段を無自覚に文学に適用したものでしかなく、そこには批評など成立しようもないからである。

われわれ凡人は、デリダのように、書かれた物が書き手に先行すると見てとることに、いまだ疎い。ついうっかり、「《思想》とか《内的構想》が書物に先立ってあり、書物は単にそれを書き表」したものだと見てしまう。

だがこのデリダの考え方は彼の特許でもなんでもなく、たとえば柄谷行人のヴァレリー論においてこう書かれる。

作者がある考えや感覚を作品にあらわし、読者がそれを受けとる。ふつうはそう見え、そう考えられているが、この問題の<神秘的>性格を明らかにしたのはヴァレリーである。彼は、作品は作者から自立しているばかりでなく、“作者”というものをつくり出すのだと考える。作品の思想は、作者が考えているものとはちがっているというだけでなく、むしろそのような思想をもった“作者”をたえずつくり出すのである。たとえば、漱石という作家は幾度も読みかえられてきている。かりに当人あるいはその知人が何といおうが、作品から遡行される“作家”が存在するのであり、実はそれしか存在しないのである。客観的な漱石像とは、これまで読んだひとびとのつくった支配的イメージにほかならないのだ。(柄谷行人『マルクスその可能性の中心』)

――そして、このヴァレリーの考え方も、柄谷行人によればマルクスの価値形態論から来る(ヴァレリーは、マルクスの熱心な読者だったらしい)。

そしてその後は、ヴァレリー系譜のブランショ、あるいはバルト、デリダ…、ということになるのだろう。


われわれの多くは、書かれた文の向うにすぐさま書き手を見てしまう。もちろん書き手の方も、自分の考え、見解を書き物に表わしていることに疑念を抱くこと少ない。

ところでロラン・バルトに言わせれば、学者や知識人の書く文はエクリチュールではない。

パロールの側にいる教師に対して、エクリチュールの側にいる言語活動の操作者をすべて作家と呼ぶことにしよう。両者の間に知識人がいる。知識人とは、自分のパロールを活字にし、公表する者である。教師の言語活動と知識人の言語活動の間には、両立しがたい点はほとんどない(両者は、しばしば同一個人の中で共存している)。しかし、作家は孤立し、切り離されている、エクリチュールはパロールが不可能になる(この語は、子供についていうような意味に解してもいい〔つまり、手に負えなくなる〕)所から始まるのだ。(「作家、知識人、教師」)

ではエクリチュールとはなんなのか。そもそも英語圏では“writing”と訳されるだけだ。書かれたものは、すべてエクリチュールではないのか。

いかなる絶対的な責任からも最終審級の権威としての意識から切り離され、孤児としてその誕生時より自らの父の立会いから分離されたエクリチュールーーーこうしたエクリチュールによる本質的な漂流……(「署名、出来事、コンテクスト」)

《自らの父の立会いから分離された》、すなわち書き手から分離され、「書かれた言語記号は本質的に無責任な漂流性を生きるもの」として書かれ読まれるものがここではとりあえずエクリチュールであるとしておこう。

これはなにも難しいことではない、《つねにいまここにありながら、 ある種の錯覚から見えなくなってしまっているものに改めて視線を注ごうとしているだけ》なのだ。

バルトの『作者の死』を引きつつ蓮實重彦は『物語批判序説』でこう書く、
……まぎれもなく一人の人間によって書かれた文章の中に、 それが日常的な伝達とは異質の水準に展開される言葉である場合、 誰がそのように語っているのか識別が困難となるいくつもの指摘がまぎれこむことによってもたらされる、 語る主体の曖昧化といったもの(……)。 書きつつある本人の生身の肉体はいうに及ばず、 あらゆる種類の自己同一性への言及が不可能となるそうした言語的環境がエクリチュールにほかならず、 それはどんな時代にも存在していたのだが、近代の登場人物としての「作者」の概念が誇大視された結果、あたかも「作者」がその言葉の起源であるかに考えられてしまった……。


ここでフーコーを挿入しよう。

周知のように、ある語り手による物語というかたちをとった小説では、一人称代名詞、直接法現在、時間的・空間的な位置決定の記号はけっして正確には作家にも、彼が現に書いている時点にも、彼の書くという動作そのものにも送り返しはしない。それらは、もうひとつの自己へ-そこから作家までのあいだに程度の差はあれ距離が介在するばかりか、その距離が作品の展開してゆく経緯そのものにおいても可変的でありうるようなもうひとつの自己へ、と送り返すのです。作者を現実の作家の側に探すのも、虚構の発話者の側に探すのも同様に誤りでしょう。機能としての作者はこの分裂そのもののなかで、-この分割と距離のなかで作用するのです。(フーコー『作者とは何か?』清水徹・豊崎光一訳)
デリダ、バルト、フーコーを引用したのだ、ドゥルーズ/ガタリからも付記する。

 書くことは〔エクリチュール〕とは意味することとは縁もゆかりもなく、測量すること、地図化すること、来るべき地方さえも測量し、地図化することにかかわるのだ。(『千のプラトー』)
…………


「他者」としての言葉を書き連ねるうちに、突如その細部が艶かしい運動ぶりを示してしまう、筋の持続を散逸させかねない描写の自己増殖、因果論的な意味の開花を超えたイメージの喚起性。訳知らず細部がときならぬ肥大化を見せ、言葉の独走が起ってしまう。もちろん言葉が独走するといっても常に迅速さを齎しわけではない、それは停滞としても、迂回としても、無方向な横滑りとしても起る。

世界を所有するには言語の媒介によるほかないのだが、にもかかわらず言語そのものを所有しみずからに同化し尽くすことはどうしてもできないという逆説的な事態。象徴体系としての言語との関係を生きるにあたって、日々刻々「わたし」を引き裂き続けているのはこのパラドックスである。  言葉を発するとは、しかじかの順序に従って既知の単語を並べてゆくという単調な身振りにすぎない。だが、たかだがそれだけのものでしかないこの日常的な営みは、実のところ「わたし」にとって、そのつど統御しがたい匿名の衝動によってひとたび攪拌され、断片化と拡散の運動による新たな生成を受け入れることなしには切り抜けることのできない困難な試練としてある。発語は、程度の差こそあれそのつどつねに、「わたし」ならざるものへ向かって溢れ出してゆくことを「わたし」に強いるのだ。(松浦寿輝『官能の哲学』より)

ひとは紋切型の発話に終始していないかぎり、書いている最中、《統御しがたい匿名の衝動によってひとたび攪拌され、断片化と拡散の運動》に驚くことはないか。

夏目漱石の『三四郎』におけるエクリチュールを、大根と活塞でみたが、中上健次の文は、その小説だけでなくノンフィクションにおいてでさえ、統御しがたい匿名の衝動の慄きが伝わって来る。

<吉野>に入ったのは夜だった。吉野の山は、闇の中に浮いてあった。吉野の宿をさがして、車を走らせる。道路わきの闇に、丈高い草が密生している。その丈高い草がセイタカアワダチソウなる、根に他の植物を枯らす毒を持つ草だと気づいたのは、吉野の町中をウロウロと車を走らせてしばらく過ってからだった。車のライトを向けると、黄色の、今を盛りとつけた花は、あわあわと影を作ってゆれる。私は車から降りる。その花粉アレルギーをひき起こすという花に鼻をつけ、においをかぎ、花を手でもみしだく。物語の土地<吉野>でその草の花を手にしている。(『紀州』)

まあこういったことは優れた書き手だけに起こることで、われわれ凡人はそんなことは稀にしか起こらず、せいぜい、どこかの文を読んでの無自覚な「要約」を自分の意見として提示したり、あるいは昔からひそかにくり返し暗記していた台詞がふと口から洩れてしまっただけであることが多いのだろう。よくても学者たちのような「自分のパロールを活字にし、公表する者」(バルト)でしかないのであれば、そんな書き物の向うに書き手をみる読者ばかりであっても致し方ない。ヴァレリーでさえ、書き手の生活上の消息に《相当な好奇心を抱くことがある》と書いているわけだから、「勝手にしたらいい」。

またときには、そうせざるを得ない性格をもった書き物だってあるかもしれない。

……私にとっては、或る人間について重要に思われることは彼の生涯における偶発的な諸事件ではなく、彼の生れとか、彼の恋愛事件とか、種々の不幸とか、その他、彼について実地に観察することができる事実の殆どすべては、私には何の役にも立たない。すなわちそれらの事実は、或る人間にその真価を与え、彼と彼以外のあらゆる人間との、また彼と私との決定的な相違を生ぜしめている事柄について、私に何事をも教えてはくれない。

そして私としてもしばしば、この種類の、我々の認識を実質的には少しも深めはしない生活上の消息について、相当な好奇心を抱くことがあるのだが、私の興味を惹く事柄が必ずしも私にとって重要なものであるとは限らないのであって、これは私だけでなく、だれの場合にしても同じことが言える。要するに、我々は、我々を面白がらせることに対して常に警戒していなければならない。(ヴァレリー『ドガ・ダンス・デッサン』 吉田健一訳)