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2014年9月26日金曜日

この〈オカマホリ〉!

@yoshimichi_bot: 私が道徳的に善いとされていることに従うのは、大多数が善いと思っていることに自分の行為を合わせたほうが、生きるのに便利だから、社会から排斥されないから、つまり快だからであり、それ以上の意味はない。(中島義道『生きるのも死ぬのもイヤなきみへ』)

――わるくない、なかなか巧みな剽窃だ。

さて、前にもいったように、実生活にとっては、きわめて不確実とわかっている意見にでも、それが疑いえぬものであるかのように従うことが、ときとして必要であると、私はずっと前から気づいていた。(……)けっきょくのところ、われわれに確信を与えているものは、確かな認識であるよりもむしろはるかにより多く習慣であり先例であること、しかもそれにもかかわらず少し発見しにく真理については、それらの発見者が一国民の全体であるよりもただ一人の人であるということのほうがはるかに真実らしく思われるのだから、そういう真理にとっては賛成者の数の多いことはなんら有効な証明ではないのだ、ということを知った。(デカルト『方法序説』)

すこしまえ次の文を拾ったのだが、こっちの「剽窃」よりもよい。

ナチスを最も熱心に支持したのは、公務員であり教師であり科学者であり実直な勤労者であった。当時の社会で最も真面目で清潔で勤勉な人々がヒトラーの演説に涙を流し、ユダヤ人という不真面目で不潔で怠惰な「寄生虫」に激しい嫌悪感を噴出させたのである。(『差別感情の哲学』中島義道)
ナチによる大量虐殺に加担したのは熱狂者でもサディストでも殺人狂でもない。自分の私生活の安全こそが何よりも大切な、ごく普通の家庭の父親達だ。彼らは年金や妻子の生活保障を確保するためには、人間の尊厳を犠牲にしてもちっとも構わなかったのだ。(ハンナ・アーレント)

二番目のほうは「剽窃」と言えるのかどうかさえ危うい。

剽窃は、自分の文に他人の文を溶け込ませてこれを消滅させようとする。希釈による掠め取りである。文体模写(パスティッシュ)は逆に他人の肉を纏って、その人に見せかける。こちらは役者の演技練習に似ている。しかしこの練習において自らが偽者であることを洩らすのは、パスティッシュの実践者ではなく、模作それ自体だ。この巧妙な文学的手管は、しかも、<文体>を模倣しようとすればするほど、気づかれやすくなる。つまり、剽窃による奪取とは違って、ジェラール・ジュネットが言うように(『パランプセスト』)、パスティッシュはつねに、これはXがYを真似たテクストであるという<契約>を暗黙の前提にしているのである。パスティッシュはなにがなんでもパスティッシュだと悟られなければならない。さもないと、著者が書いた正真正銘のテクスト、つまり手本となるテクストそのものになってしまう。(ジャン=リュック・エニグ『剽窃の弁明』)

どうも次のような気味もいささかある。

どこかで小耳にはさんだことの退屈な反復にすぎない言葉をこともなげに口にしながら、 なおも自分を例外的な存在であるとひそかに信じ、 しかもそう信じることの典型的な例外性が、 複数の無名性を代弁しつつ、 自分の所属している集団にとって有効な予言たりうるはずだと思いこんでいる人たちがあたりを埋めつくしている。(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』)

…………

マンフレート・エーガーは、ニーチェを「受容の天才」と呼んでいる。最近の著書『ニーチェとバイロイトの受難劇』においては、「盗みの天才」とも。ニーチェ自身、その遺稿には、《あらゆる『創造』の九九パーセントは、音楽であれ思想であれ、模倣だ。窃盗、多かれ少なかれ意識して》とある。

ニーチェとディオニュソス : ニーチェのバッハオーフェン受容』(谷本愼介)によれば、ニーチェの『悲劇の誕生』のディオニソス賛は、バッハオーフェンの影響下で書かれている。バッハオーフェンの「バッコス的世界観」は、ニーチェによって「ディオニュソス的世界観」と書き換えられている。バッコスはもちろんディオニソスのことであり、古代ギリシャ・ローマ人たちは、深夜に得体の知れない物音が通過したら「あ、バッカス(ディオニュソス)の楽隊が通る」とした。会話の不意の途切れを「あ、天使が通る」という伝である。どの程度ニーチェが「盗み」を働いているかは、バッハオーフェンとニーチェの論文を並べつつの比較対照がなされている。

で、こういうことを書いて何を言おうとするわけでもない。

コピペはやめて優雅に置きかえなさい」、大澤真幸がジジェクを置きかけえたようにーー、などと言うつもりもない。

《自分の曲があるとすると、たぶん僕のオリジナリティは5パーセントあればいい方じゃないか。》(坂本龍一 於シンポジウム「『倫理21』と『可能なるコミュニズム』」)ーーニーチェはオリジナリティは1パーセントと言っているが、坂本龍一は5パーセントと言っている。やや不遜気味だとはいえ今は喉頭癌治療のおりでもあり許さなくてはならない。

という次第で私はここに、現代のぶよぶよの大頭ども(ロートレアモンの言葉)に向けて手短な美学を、つまり剽窃のエロティシズムを素描したいと思う。というのも、私はこれまで剽窃し、また剽窃されてきたが、この〈オカマホリ〉! とか、よくも魂を奪ったな! とか、俺の実体を盗みやがって! とか、そんなくだらないことを叫んだためしはないからである。私は他人の傘下で、他人の傾きに沿って、他人の仕立てで(縫い子が言うような意味において)それぞれの本を書いてきた。しかしそこにはまた手当たり次第、気の向くままに耽った周辺的な読書の記憶が加わっている。そうした読書のなかで私は文の断片を、ときには語を掠め取ってきたが、こんどはその掠め取った文や語のほうが、知らぬがままに行きたがっている場所へと私を引っ張っていってくれた。こうして、すでに書かれた文が、私の未来のエクリチュールになっていったのである。というのも、文章はつねにそれ固有の意味以外にも無数のことを語っていて、剽窃とはアナモルフォーズ〔意図的に歪めて描いた絵画〕の技法以外のなにものでもないのだから。(ジャン=リュック・エニグ『剽窃の弁明』)

間違っても無粋に、この〈オカマホリ〉! などと叫んではならない。

でも、《剽窃とはアナモルフォーズ〔意図的に歪めて描いた絵画〕の技法以外のなにものでもない》だって? 

それにしては素直すぎる「剽窃」が多すぎる。

たとえばつぎの文は、ひどく素直な「剽窃」か。
いや他人の肉を纏ったパスティッシュに決まっている。

そもそもわたくしがわたくしと書くとき、いつも同じわたくしであるとはどうやって確信できよう。わたくしが素直にうけいれがたく思っているのは、昨日のわたくしと今日のわたくしがあっさりと同一人物だと信じこんでしまう、人びとの信じやすさなのである。ここでは和訳すれば閉じた眼という意味の仏語が当ブログの最初の行に大きく示されているだけであり、しかもそのあとには一人称単数の場合はなかば虚構と書かれているではないか。そこにはまた海外住まいとも書かれており、たとえばわたくしはすくなくとも日常会話としては使うことの稀になった日本語を懐かしみ忘れないようにするためだけに虚構の書き手として一人称単数代名詞の「わたくし」を使ってここでの日記を日課として強制しているのかもしれぬ。他のブログやSNSでみられるような夜郎自大の「自己主張」の言葉のつらなりから遠くはなれた書き物であること、自己同一性の無邪気な確信をたやすくは共有してほしくないために、わざわざ「なかば虚構」であるという言葉が示されているのではなかろうか。また他の可能性だってかんがえられる。日本語を学びつつある息子や妻がわたくしの代りにここに日本語で書かれた文章を写経していることだってありうるのだ。そこにときおりわたくしという一人称単数単数代名詞で感想というのか見解というのかが書かれていたら、それがこのわたくしではなく彼らが書いている可能性だってどうしてかんがえられないことがありえよう。


…………

わたくしは日常会話で一人称単数代名詞を使用するときーーいまは滅多に日本語を使うことはないのだがーー、「僕」という、たまには「私〔わたし〕」と言う。たまには「俺」と言った。

ーーところで、「常用漢字音訓表」(1981年10月1日内閣告示)によれば、私の読み方は次のごとくだそうだ。

「私」の読み方として、訓の「わたくし」と音の「シ」が掲げられています。「わたし」という読み方は認められていません。「わたし」と表したいときは、ひらがな表記になります。(「私」の読み方

で、何が言いたいわけでもない。

「僕」やら「私」という一人称単数代名詞を使わないようにしているだけだ。
使用するのは、「わたくし」であったり、「オレ」であったり
--「俺」とも書かないーー
「小生」であったり、「アタシ」であったりする。

「わたくし」としたり「オレ」としたりすれば、
わずかなりとも自分との距離がとれる気になる。
元来の気質「夜郎自大」がいささかでも隠蔽できるのではないか
という「錯覚」に閉じこもり得る。

ーーというのは古井由吉のパクリさ


わたしは聴く耳をもつ者たちに警告の歌をうたってきかせる」(ヘルダーリン)より

「私」という人称を使い出したんです。……そうしたらなぜだか書けるんです。今から考えてみると、この「私」というのはこのわたしじゃないんです。この現実のわたしは、ふだんでは「私」という人称は使いません。「ぼく」という人称を選びます。この現実のわたしは、ふだんでは「私」という人称は使いません。「ぼく」という人称を選びます。だけど「ぼく」という人称を作品中で使う場合、かえってしらじらと自分から離れていくんです。(中略)

…… この場合の「わたし」というのは、わたし個人というよりも、一般の「私」ですね。わたし個人の観念でもない。わたし個人というよりも、もっと強いものです。だから自分に密着するということをいったんあきらめたわけです。「私」という人称を使ったら、自分からやや離れたところで、とにもかくにも表現できる。で、書いているとどこかでこの「わたし」がでる。この按配を見つけて物が書けるようになったわけです。 (『「私」という白道』)
「私」が「私」を客観する時の、その主体も「私」ですね。客体としての「私」があって、主体としての「私」がある。客体としての「私」を分解していけば、当然、主体としての「私」も分解しなくてはならない。主体としての「私」がアルキメデスの支点みたいな、系からはずれた所にいるわけではないんで、自分を分析していくぶんだけ、分析していく自分もやはり変質していく。ひょっとして「私」というのは、ある程度以上は客観できないもの、分解できない何ものかなのかもしれない。しかし「私」を分解していくというのも近代の文学においては宿命みたいなもので、「私」を描く以上は分解に向かう。その時、主体としての「私」はどこにあるのか。(中略)この「私」をどう限定するか。「私」を超えるものにどういう態度をとるか。それによって現代の文体は決まってくると思うんです。 (古井由吉『ムージル観念のエロス』)

どうだい、そこの「夜郎自大」くん。
試してみたらどうだい?
はしたない自意識の尻尾がすこしは隠せるかもしれないぜ

私は、「私」という語を口にするたびに想像的なもののうちにいることになる。(ロラン・バルト『声の肌理: 1962-1980年の対談集』)

ツイート削除癖のある貴君たちの繊細さは認めるよ

(私はきのう書いたことをきょう読み直す)、印象は悪い。それは持ちが悪い。腐りやすい食物のように、一日経つごとに、変質し、傷み、まずくなる。わざとらしい《誠実さ》、芸術的に凡庸な《率直さ》に気づき、意気阻喪する。さらに悪いことに、私は、自分では全然望んでいなかった《ポーズ》を認めて、嫌気がさし、いらいらする。(痛みやすい果実

最近、記憶力減退が目立ってきたな
「腐りやすい果実」で検索してしまってなかなか見つからなかったのだな
でもそれはそれでいいさ
思いがけない果実に行き当たることが出来る場合もあるから。

ロマン主義的なるものとはこの世のなかでもっとも心温まるものであり、民衆の内面の感情の深処から生まれた、もっとも好ましいもの自体ではないでしょうか?疑う余地はありません。それはこの瞬間までは新鮮ではちきれんばかりに健康な果実ですけれども、並みはずれて潰れやすく腐りやすい果実なのです。適切な時に味わうならば、正真正銘の清涼感を与えてくれますが、時を逸してしまうと、これを味わう人類に腐敗と死を蔓延させる果実となるのです。ロマン主義的なるものは魂の奇跡です―― 最高の魂の奇跡となるのは、良心なき美を目にし、この美の祝福に浴したときでありましょうが、ロマン主義的なるものは、責任をもって問題と取り組もうとする生に対する善意の立場からすれば、至当な根拠から疑惑の目で見られるようになり、良心の究極の判決に従って行う自己克服の対象となってまいります。(トーマス・マンーー1924 ニーチェ記念講演)

さてなんの話だったか
「つけひげ」の話だな
一人称単数代名詞などに過敏になっても
どうせ「つけひげ」ははがれちまうかもな

私は、発表のはじめに、大きなつけひげをつける。しかし、私自身のパロールの波(……)に少しずつひたされて、私はひげが皆の前でぼろぼろとはがれていくのを感ずる。何か《洒落た》考察によって聴衆をほほえませるや否や、何か進歩主義的な常套句で聴衆を安心させるや否や、私はこうした挑発の迎合性を感ずる。私はヒステリー的欲動を遺憾に思う。遅まきながら、人に媚びる言述よりいかめしい言述の方が好ましく思われ、ヒステリー的欲動を元に戻したいと思う(しかし、逆の場合には、ヒステリー的に思えるのは、言述の《厳しさ》の方である)。実際、私の考察にある微笑が応じ、私の威嚇にある賛意が応じると、私は、ただちに、このような共犯の意思表示は、馬鹿者か、追従者によるものと思い込む(私は、今、想像上の過程を描写しているのだ)。反応を求め、つい反応を挑発してしまう私だが、私が警戒心を抱くには、私に反応するだけで十分である。

そして、どのような反応をも冷まし、あるいは、遠ざけるような言述を続けていても、そのために自分が一層正確である(音楽的な意味で)とは感じられない。なぜなら、そのときは、私は自分のパロールの孤独さを自賛し、使命を持った言述(学問、真理、等)というアリバイをそれに与えなければならないからである。(ロラン・バルト「作家・知識人・教師」『テクストの出口』所収)

おのれの発話が他人にウケてしまったとき
つまり、「何か《洒落た》考察によって聴衆をほほえませ」てしまったとき
なにか莫迦なこと言ったんじゃないか、あれは媚態だったんじゃないか、
雄鶏のマネやったんじゃないか
 《coquet という語がある。この語は coq から来ていて、一羽の雄鶏が数羽の牝鶏に取巻かれていることを条件として展開する光景に関するものである。すなわち「媚態的」を意味する》(九鬼周造)

ーーなどと疑念をいささかも抱かない厚顔無恥な輩
ばかりが棲息するネット上の発話には馴染み過ぎるなよ

わたくしは、もともと一人称単数を主語とした文章を書くのが苦手で、『ゴダール マネ フーコ― 思考と感性とをめぐる断片的な考察』で一箇所だけ「わたくし」と書いたほかは、一人称単数を主語とした文章だけは書くまいとして、日本語の慣行と真正面から向かいあうのを避けてきました。古井由吉さんの小説を読むと、一人称単数を主語とした文章を避けようとする姿勢がけしからんと思うほど見事で、思わずため息がでてしまう。( 蓮實重彦+川上未映子対談

ーー厳密に言えば、これはそうではないのだけれど、まあそれはそれでいいさ。

《わたくしは、と、いまこの文章を綴りつつあるものは「作者」たることを怖れずに自分自身をあえて一人称単数の代名詞で呼ぶことにする。……》(『物語批判序説』)

一人称単数?
いや二人称単数や三人称だってヤバイ、「貴君」とか「彼」、「彼女」のね

人称代名詞と呼ばれている代名詞。すべてがここで演じられるのだ。私は永久に、代名詞の競技場の中に閉じこめられている。「私〔je〕」は想像界を発動し、「君〔vous〕」と「彼〔il〕」は偏執病を発動する。……『彼自身によるロラン・バルト』)

前回、このように引用したのだけれど

どこにいようと、彼が聴きとってしまうもの、彼が聴き取らずにいられなかったもの、それは、他の人々の、彼ら自身のことばづかいに対する難聴ぶりであった。彼は、彼らがみずからのことばづかいを聴きとらないありさまを聴きとっていた。

しかし彼自身はどうだったか。彼は、彼自身の難聴ぶりを聴き取ったことがないと言えるのか。彼は、みずからのことばづかいを聴き取るために苦心したのだが、その努力によって産出したものは、ただ、別のひとつの聴音場面、もうひとつの虚構にすぎなかった。(『彼自身によるロラン・バルト』)

このあと次のように続くのだな

だからこそ、彼はエクリチュールに自分を託す。エクリチュールとは、《最終的な返答》をしてみせることをあきらめた言語活動のことではないか。そして、他人にあなたのことばを聴き取ってもらいたいという願いをこめて、自分を他人に任せることによって生き、息をする、そういう言語活動ではないか。(『彼自身によるロラン・バルト』)

エクリチュールというのは修業がいるからねえ
オレには手強いな

彼はいかなる点においても、自分の書物を述語とする主語にはならない。(『作者の死』)
作者、語り手、主人公のいずれを指すのか決定し難い一人称代名詞《私》を用いた独特な言表行為(「マガジーヌ・リテレール」誌〔1979年1月〕のプルースト論)
エクリチュールによって私は、きびしい除外作用に支配されることを余儀なくされる。それは、エクリチュールによって私が世間の常用の(「民衆の」)ことばづかいから分け距てられてしまう、という理由のみによるのではない。もっと本質的な理由は、エクリチュールが私に「自分を表現する」ことをさまたげるというところにある。だいいち、エクリチュールは《誰か》を表現しうるものだろうか。主体の非固形性、そのアトピー〔場所を問わないこと〕を裸かにしてさらし、想像界の疑似餌を撒きちらすことによって、それは、叙情表現(中心的な「心の動揺」をあらわす語法として)いっさいをなりたたなくさせてしまう。エクリチュールは、乾いた、禁欲的な、およそ心情の吐露といったもののない、享楽である。(『彼自身によるロラン・バルト』)

一時期有名になり過ぎた「引用の織物」もいまでは引用しておくべきか

テクストとは、無数にある文化の中心からやってきた引用の織物である。プヴァールとペキッシュ、この永遠の写字生たちは崇高であると同時に喜劇的で、その深遠な滑稽さはまさしくエクリチュールの真実を示しているが、この二人に似て作家は、常に先行するとはいえ決して起源とはならない、ある〔記入の〕動作を模倣することしかできない。彼の唯一の権限は、いくつかのエクリチュールを混ぜあわせ、互いに対立させ、決してその一つだけに頼らないようにすることである。仮に自己を実現しようとしても、彼は少なくとも、つぎのことを思い知らずにはいないだろう。すなわち、彼が《翻訳する》つもりでいる内面的な《もの》とは、それ自体完全に合成された一冊の辞書にほかならず、その語彙は他の語彙を通して説明するしかない、それも無限にそうするしかないということ。(ロラン・バルト『作家の死』) 

ーーとすればエクリチュール至上主義のように思われるかもしれないから
長くなるがやっぱりネット上ではつけ加えておかなくちゃならない

・『作家の死』を書くという曖昧さと浅く戯れているが故に犯さざるをえない軽率さは、それじたいが浅さの美徳につながるバルトの最大の魅力を構成する。だから、こうした軽率さをいたるところに指摘してまわり、そのことでバルトの理論的な欠陥を批判したつもりになることほど滑稽な振舞いもまたとないだろう。それは、自分を「作者」として登録せずにはいられない「批評家」の、コードへの執着を露呈するのみである。また、バルトに倣って、「作者」はいまや死に絶え、白々とした地平に拡がり出すエクリチュールの時代が始まっていると主張するのも愚かなことだろう。それは二重の意味で愚かな主張である。まず、「作者」はいつでも存在可能だし、エクリチュールもまたつねに存在しているからだ。バルトは、エクリチュールの支配を深く確信してなどいはしない。ごく浅く、それを遊戯に導入してみる楽しみを提案しているまでにすぎない。そもそも、かつて「作者」が支配したようにこんどはエクリチュールの支配する時代が到来するなどといったことが起ろうはずもないのである。支配しないことこそが、エクリチュールのあり方にほかならぬからだ。

・人がエクリチュールに言及しうるのは、それがごく浅い環境として存在と触れあっているからにすぎない。かりに、エクリチュールなるものが濃密な環境として文学の全域に充満していたなら、バルトは間違いなく『作者の死』ではなく『エクリチュールの死』を書いていたことだろう。それは文学の未来を約束する絶対的な善なのではなく、それとごく浅く戯れることでかろうじてコードの「《裏をかく》」ことがありえるかもしれぬ虚構の楽しみの一つなのである。バルトはただ、「作者」を確信する人びとにこの楽しみの共有を慎ましく提起しているのだが、それとて深い意図からでたものではあるまい。

・足首のところまではコードに浸り、いくぶんか「作者」の役を演じ、しかも深みへの埋没をおのれに禁じつつ遊戯を演じつづけようとするとき、その曖昧な虚構をどこまでも維持するために必然的に分泌する汗のようなものとして、軽率さが存在の表皮を保護することになる。(蓮實重彦『物語批判序説』)

ところで次の文を読んでみよう。

長いこと、バルトについて語ることを自粛していた。パリ街頭での自動車事故で呆気なく他界してから、その名前を主語とする文章をあえて書くまいとしてきたのである。いきなり視界にうがたれた不在を前にしての当惑というより、彼自身の死をその言葉にふさわしい領域への越境として羨むかのような文書を綴ったのが一九八〇年のことだから、もう二五年の余も、バルトを論じることなくすごしていたことになる。とはいえ、その抑制はあくまで書くことの水準にとどまり、バルトを読むことの意欲が衰えたことなどあろうはずもない。(蓮實重彦「バルトとフィクション」

上の『物語批判序説』は、一九八五年に上梓されており(この箇所の初出は『海』昭和五十九年三月号)、ここでは厳密に言わなくても、「バルトとフィクション」に書かれた言葉は「嘘」であることが知れる。

で、「嘘」が多い人ね、蓮實さんって、ーーなどとは言わないでおこう、「はったり」屋? そんなことはとっくの昔からわかってる。《知ったかぶりさえできないのはまあ批評のプロじゃないよ》(『闘争のエチカ』P144)

とはいえ、そもそも文章にどうして「嘘」を書いていけないというのか?

ここでまた余談になるが、「野球」評論において、一世を風靡した謎の覆面野球評論家「草野進」女史が実は蓮實重彦のペンネームであったのではというのはそれなりの信憑性のある噂であろう。

・三塁打は今日のプロ野球にあって一つの不条理であるが故にその存在理由があるのだ。

・権利としての走塁を阻止する送球の殺意が試合をおもしろくする。

・セーブはどこか堕胎を思わせて不愉快である。

・爽快なエラーはプロ野球に不可欠の積極的プレーである。

(『世紀末のプロ野球』角川文庫より)

この勇ましい「女性」の言葉と、次のように言う「後期高齢者」のぼやきに同じひとの語りを見ないのは難しい。

「国民や国の期待を背負うと、どれほどスポーツがスポーツ以外のものに変化していくか。それを見せつけられた何とも陰惨なW杯でした。サッカーとは本来『ゲーム』であり、運動することの爽快感や驚きが原点のはずですが、W杯は命懸けの『真剣勝負』に見えてしまう。お互いもう少しリラックスしなければ、やっている選手もおもしろいはずがないし、見ている側も楽しめない」(インタビュー)W杯の限界 仏文学者・蓮實重彦さん 2014.7.19)

ーーで、やっぱり最近の若い人は「真面目で行儀よくて誠実」すぎるんじゃないかい?

…………

ところで、「賞賛」されると、照れてしまうタイプのひとがいるのであって
下手な称賛は慎むべきなのだろうな

賞讃の効果。 ――ある人たちは、大きな賞讃によってはにかみ、他の人たちは、あつかましくなる。(ニーチェ『曙光』 525番)

このあたりも「繊細さ」の問題さ、わかるかい、お嬢さん?

称賛することには、非難すること以上に押しつけがましさがある。(ニーチェ『善悪の彼岸』 170番)
思い上がった善意というものは、悪意のようにみえるものだ。(『善悪』 184番)

このところ喋りすぎだな
貴嬢貴君の病気がうつったかな
デュラスは「書くことは語らないこと」っていっているわけだしさ
ツイッターやらブログやらはどうしても「語る」ことになりがちなのさ

全然黙っているっていうのも悪くないね
つまり管弦楽のシンバルみたいな人さ
一度だけかそれともせいぜい二度
精一杯わめいてあとは座っている

ーー谷川俊太郎「夜中に台所でぼくはきみに話しかけたかった」より





2014年9月18日木曜日

クーによる身体の欲動の噴出

ナチによる大量虐殺に加担したのは熱狂者でもサディストでも殺人狂でもない。自分の私生活の安全こそが何よりも大切な、ごく普通の家庭の父親達だ。彼らは年金や妻子の生活保障を確保するためには、人間の尊厳を犠牲にしてもちっとも構わなかったのだ。(ハンナ・アーレント)

ーーと、ツイッターにて拾ったのだが、何度か引用した中島義道の次の言葉はアーレントのパクリなんだな。

ナチスを最も熱心に支持したのは、公務員であり教師であり科学者であり実直な勤労者であった。当時の社会で最も真面目で清潔で勤勉な人々がヒトラーの演説に涙を流し、ユダヤ人という不真面目で不潔で怠惰な「寄生虫」に激しい嫌悪感を噴出させたのである。(『差別感情の哲学』中島義道)
魔女裁判で賛美歌を歌いながら「魔女」に薪を投じた人々、ヒトラー政権下で歓喜に酔いしれてユダヤ人絶滅演説を聞いた人々、彼らは極悪人ではなかった。むしろ驚くほど普通の人であった。つまり、「自己批判精神」と「繊細な精神」を徹底的に欠いた「善良な市民」であった。(中島義道『差別感情の哲学』)

パクリというのは何の問題もない。もちろん自らの体験から出てきた言葉が尊いには決っているが。

耐え難いのは差異ではない。耐え難いのは、ある意味で差異がないことだ。サラエボには血に飢えたあやしげな「バルカン人」はいない。われわれ同様、あたりまえの市民がいるだけだ。この事実に十分目をとめたとたん、「われわれ」を「彼ら」から隔てる国境は、まったく恣意的なものであることが明らかになり、われわれは外部の観察者という安全な距離をあきらめざるをえなくなる。(ジジェク『快楽の転移』)


ーーというわけで、「自己批判精神」と「繊細な精神」を徹底的に欠いた「善良な市民」であるのだけはやめとけよ、なあ、おい!

…………

総統のピアニスト(ヒトラーのお気に入りだった)Elly Neyエリー・ナイのシューマンのEtudes Symphoniques, Variations Posthumes, No. 5に少し前びっくりして、彼女の他の録音をYouTubeでときどき聴いているのだが、わたくしには、ベートーヴェンの演奏はちょっと抵抗があるものが多い。

後期ベートーヴェンを、中期ベートーヴェンみたいにやられたら、オレの耳には我慢できないぜ、それがヒトラー好みだったら、趣味わるいな、やっぱりアイツ。もっともヒトラーが好んだワーグナーのオペラは,露骨にドイツ的な《マイスタージンガー》でも、東方の野蛮な遊牧民からドイツを防衛するために武器を取ることを訴える《ローエングリン》でもなくて、名誉や恩義などの象徴的義務にみちた日々の生活という昼を捨て去り、人を夜に埋没させて自己の死を恍惚として受容させる傾向をもつ《トリスタン》だったらしいが。

ところで、ヒトラーを「理解を超えた悪魔」として捉えるのではなく戦争神経症者(毒ガストラウマ)として捉えようとする立場もある。

第二次世界大戦におけるフランスの早期離脱には、第一次大戦の外傷神経症が軍をも市民をも侵していて、フランス人は外傷の再演に耐えられなかったという事態があるのではないか。フランス軍が初期にドイツ国内への進撃の機会を捨て、ドイツ国内への爆撃さえ禁止したこと、ポーランドを見殺しにした一年間の静かな対峙、その挙げ句の一ヶ月間の全面的戦線崩壊、パリ陥落、そして降伏である。両大戦間の間隔は二十年しかなく、また人口減少で青年の少ないフランスでは将軍はもちろん兵士にも再出征者が多かった。いや、戦争直前、チェコを犠牲にして英仏がヒトラーに屈したミュンヘン会議にも外傷が裏で働いていたかもしれない。

では、ドイツが好戦的だったのはどういうことか。敗戦ドイツの復員兵は、敗戦を否認して兵舎に住み、資本家に強要した金で擬似的兵営生活を続けており、その中にはヒトラーもいた。ヒトラーがユダヤ人をガスで殺したのは、第一次大戦の毒ガス負傷兵であった彼の、被害者が加害者となる例であるからだという推定もある。薬物中毒者だったヒトラーを戦争神経症者として再検討することは、彼を「理解を超えた悪魔」とするよりも科学的であると私は思う。「個々人ではなく戦争自体こそが犯罪学の対象となるべきである」(エランベルジェ)。(中井久夫 「トラウマとその治療経験」『徴候・記憶・外傷』所収 P88))

ーーで、何の話だったか?

エリー・ナイはシューマンがよい。すばらしくよい。




ひと月半ほど前、Schumann, Kinderszenen Op 15,Elly NeyがUPされており、昨晩気付いたのだが、これも、--上の演奏ほどではないがーー、とてもよい。





たまたま耳新しく聴いたのでことさら新鮮なのかもしれないが、今のわたくしには著名なハスキルやアルゲリッチの録音より、ずっと魅惑される(第十二曲Kind im Einschlummernの、やや速いテンポもいいなあ、ゆったりとした抒情過多の演奏きかされ過ぎだからなあ、--ところで、ゴダールの『映画史』の3Aでは、シューマンの「子供の情景」の二曲目が流れる。しばらくすると「ミス/クララ・ハスキル/と/一緒/に」との字幕がはいって、すぐに微笑したアルゲリッチの俯いた画像がCDの輪のなかに現われる、CDの上下には赤字で「エラー/マルタ・アルゲリッチ」と)。

エリー・ナイの演奏の魅惑は、ひょっとして打鍵(クー)によるところも大きいのではないか。

バルトは声について「きめ」(グラン)を間うたようにピアノについて「打つこと」(クー)を問う。

ルービンシュタインは打つことができない。許し難く凡庸な優等生アシュケナージはもちろん、時にすぱらしく重いピアニシモを聴かせる老練なブレンデル、そしておそらくポリーニさえ、打つことができないと言うべきだろう。

彼らは音楽の制度に余りにも見事に適合しているため、分節構造の内部のしかるベき位置に音を置いていくことしかできないのだ。

ナットやホロヴィッツは打つことを知っている。いや、打つというのは知ってできることでほない、彼らは音楽の制度から何ほどかずれているがゆえに、分節構造からはみ出るような音をどうしようもなく打ち出してしまうのである。(浅田彰『ヘルメスの音楽』

若い浅田彰ーー「ヘルメスの音楽」は1985年出版だから、28歳だなーー思い切ったこというねえ、アシュケナージやブレンデルはまだしも(ブレンデルだって、許し難く凡庸な優等生さ)、ポリーニさえ、打つことができないって言ってんだから。もちろんここで「敢えて」名前を外しているグールドは、クーのひとという評価に決まってるし(浅田彰の偏愛の対象だからな)、では「完璧主義者」のーー最近、老いのせいか人の名前を忘れることが多くなったよ、一分間ほど名が出てこないぜーーミケランジェリってのは、さあて、どういう評価してんだろ。ツイッターで音楽のこと書くなら、このくらいのこと書けよな、そこの若いの。ミケランジェリは、打つことができない、とかさ。

誤解されると困るから書いておくが、ステージで脳溢血で倒れた後の、ミケランジェリは、少なくとも完全にクーの人だぜ




ーーポリーニも脳溢血やるべきじゃないのかね

さて寄り道が長くなった。
ホロヴィッツはここでは脇にやり(Kinderszenenの話だぜ)、
イヴ・ナットの演奏を聴いてみよう。

まず、1930年の録音。




打つことにおいて身体の欲動が分節構造の只中に噴出する。だからといって、打つことを分節構造と双対をなす連続体の側に帰属させるようなことがあってはならない。

打つことはその両者の<間>であり境界点なのであって、打つ音のつらなりは連続体の側にも分節構造の側にも属さない独自のリズミックな運動体を形作るのである。

中沢新一は(「チベットのモーツァルト」の中で)連続体にポツンと点が打たれるときにもれる禅の笑いについて語っている。その点は連続体に属さないのと同様に分節構造にも属さず、あくまでも両者の<間>のパラドキシカルな場所にあってゆらめいている。ただそれだけのことが何ともいえずユーモラスな笑いを誘うのだ。

ひとたびそういう点のつらなったリズミックな運動体として世界をとらえることを知れば、硬直したニ元論や弁証法を持ち出す必要はさらになくなるだろう。バルトが「打つ音」と言うのも、まさにそのような点のことだと考えてよい。

半ば連続体に身をひたしつつそこからとび出そうとする点、自らのうちにずれや複数性を孕んだ点が、振動しながらつらなってレース模様を織りなしていくとき、そこに音楽が生まれる。(浅田 彰)

今のわたくしの耳には、次の1954年の録音よりも、上の1930年のほうが好ましい。そこではバルト=浅田彰のいう《打つことにおいて身体の欲動が分節構造の只中に噴出する》ことが目覚しい。





ーーホロヴィッツ、なんで外したんだって?
芸術家気取りのきみたち、ホロヴィッツきらいだろ、だからさ
「許し難く凡庸な優等生」をなんとかはずそうと
「不良」を気取っているそこの〈きみ〉もだよ

スヴャトスラフ・リヒテルBOT
(ホロヴィッツについて①)
……驚くべき人物、
それでいて不快極まりない、
それでいて卓越したうまさ(「音楽院」的な意味で)、
それでいて夢幻的な音色、という具合に何もかもが矛盾している。
何という才能!それでいて何という下卑た精神……。
(ホロヴィッツについて②)
これほどに気さくで、これほどに芸術家気質で、これほどに限界のある人物とは(いたずらっぽい笑い方を聞いてみよ、彼の姿を見よ)。
それでいて何という巨大な影響を若いピアニストたち(音楽家ではない)の感性に及ぼしたことか。
すべてがあまりにも不可思議だ……。
(ホロヴィッツについて③)
加えてあの「陰険な」ワンダ[ホロヴィッツ夫人]が、例のいわゆる「寛容」にして助力を惜しまぬ女性がいつも傍らに待機して、何事にも目を光らせている。
ほかに何と言ったらよいかわからない。(11月13日



2014年6月30日月曜日

「人間嫌い」と「人間大好き」

昼食後の息抜きの時間なり。ツイッターをいつものように眺める。

このごろ、だんだんわかってきたことですが、「人間嫌い」とはじつは自分が嫌いな人ではなかろうか。そして、その底には「人間大好き」が潜んでいるのではなかろうか。(中島義道『人生を<半分>降りる』)

その著書を読んだこともないカント学者の中島義道ツイッターbot (@yoshimichi_bot)から。

なかなか「共感」したくなるbotであり、わたくしもどちらかと言えば「人間嫌い=人間大好き」なのだが、たとえば次のようなのもある。

最近、人間として最も劣悪な種族は鈍感な種族ではないかと思うようになった。この種族は、(いわゆる)善人にすこぶる多い。それも当然で、善人とはその社会における価値観に疑問を感じない人々なのだから。『人生に生きる価値はない』中島義道
社会的成功者とは傲慢かつ単純な人種が多いので、自分の成功を普遍化したがる。こんな自分でも成功した、だからみんなも諦めずにやってみたら、という「謙虚な」姿勢の裏には、臭いほどの自負心が渦巻いている。しかも、底辺から自力でのし上がって来た人ほどこの臭気は強い。『私の嫌いな10の言葉』中島義道

さて、手元にある資料を附記しておこう。

◆《「人間嫌い」とはじつは自分が嫌いな人》から、中井久夫による「己との折り合いと他者との折り合い」。

「私が自分と折り合いをつけられる尺度は私が他者と折り合いをつけられる、その程度である」(……)

こういう眼で人をみているとなかなか面白い。ひとが自分とどれほど折り合いをつけているかは内心の問題で、それを眼で直接見ることはできないが、そのひと以外の人間との折り合いをつけうる程度というものは、眼に見えるものから多少推し量ることができる。

私は精神科医をもう長年やってきたが、その領域から例を持ち出すのはいくらでもできるし、実際、ほとんど絶対に他者と通じ合えないようにみえる患者は何よりもまず自分と通じ合えていない。私が思い合わせるのは分裂病の一時期――決して全時期ではない!――にかんしてのものである。しかし、ここでは、そういう職業的な体験を持ち出すのはフェアではあるまい。それに、この命題はもっと一般的なものであり、ひょっとすると倫理というものの基本の一つであるかもしれない。

非常にありふれた例として、荒れている少年とか、些細な違反を咎めてとめどなくなる教師の内部をかりに覗き込むことができるとすれば、自分との折り合いが非常に難しく、自分と通じ合えなくなっているはずだと私は思う。

性というものにかんしてもそういうことができる。自分のセクシュアリティと「通じ合う」、すなわち折り合いをつけられるのは、他者のセクシュアリティを認め、それとのやさしいコミュニケーションができる限度においてである。「片思い」の全部とはいわないが、その多くは自分と自分の肥大した幻想とが通じ合えなくて実はみずから「片思い」を選んでいるのである。さいわい多くの場合、それは一時的な通過体験であるが、もっとも「純粋」な片思いも「ストーカー」と紙一重の危ない面がある。(中井久夫「感銘を受けた言葉」ーーヴァレリーのカイエと中井久夫


◆《「人間嫌い」の底には「人間大好き」が潜んでいる》からは、プルーストによる「絶対的な蟄居の群集への度外れな愛」。

堤防に沿って歩いているそんな人たちは、まるで船の甲板を歩いているように、みんなひどくからだをゆすぶっていて(……)、ならんで歩いてゆく人たちや反対の方向からくる人たちと衝突しないように心がけながら、相手をこっそりながめ、しかも相手に無関心だと思わせるために、見て見ないふりをするのだが、そんなふうにして衝突を避けながら、やはり相手にぶつかったり突きあたったりするのは、おたがいに表面で軽蔑を装っていても、その底では、どちらからも相手にひそかな好奇心をよせているからで、群集にたいするそうした愛情は―――したがってまた恐怖は―――他人をよろこばせようとするときでも、おどろかせようとするときでも、軽蔑していることを示そうとするとこでも、あらゆる人間の内部のもっとも強い動機の一つなのであり、孤独者にあって、生涯のおわりまでつづくほどの、絶対的な蟄居でも、その根本は、しばしば群集への度外れな愛にささえられていることが多く、それが他のどんな感情よりもまさっているので、外出したとき、住まいの入口の番人や、通行者や、呼びとめた馭者などから、感心されることがないと、今度はもう彼らに見られたくない、そのためには、外出を必要とするどんな活動も断念したほうがいい、と思うようになるのだ。(プルースト「花咲く乙女たちのかげに」井上究一郎訳)


◆「人間大好き」にもかかわらず「迷路に踏み込んでしまう」、とするトーマス・マン。

認識と創造の苦悩との呪縛から解き放たれ、幸福な凡庸性のうちに生き愛しほめることができたなら。…もう一度やり直す。しかし無駄だろう。やはり今と同 じことになってしまうだろう。-すべてはまたこれまでと同じことになってしまうだろう。なぜならある種の人々はどうしたって迷路に踏み込んでしまうから だ。(……)

私は、偉大で魔力的な美の小道で数々の冒険を仕遂げて、『人間』を軽蔑する誇りかな冷たい人たちに目をみはります。-けれども羨みはしません。なぜならも し何かあるものに、文士を詩人に変える力があるならば、それはほかならぬ人間的なもの、生命あるもの、平凡なものへの、この私の俗人的愛情なのですから。 すべての暖かさ、すべての善意、すべての諧謔はみなこの感情から流れ出てくるのです。(トーマス・マン「トニオ・クレーゲル」)


◆人間嫌いでないひと、人間観察を好まないひと、「無私の人」は、実は「人間軽蔑者」ではないかい?

心理学者の決疑論。――この者は一人の人間通である。いったい何のために彼は人間を研究するのであろうか? 彼は人間に関する小さな利益を引っとらえようと欲する、ないしは大きな利益をも。――彼は政略家にほかならない!・・・あそこのあの者もまた一人の人間通である。だから諸君は言う、あの者はそれで何ひとつ自分の利益をはかろうとしない、これこそ偉大な「無私の人」であると。もっと鋭く注意したまえ! おそらく彼はさらにそのうえ“いっそう良くない”利益を欲している、すなわち、おのれが人々よりも卓越していると感じ、彼らを見くだしてさしつかえなく、もはや彼らとは取りちがえられたくないということを欲しているのである。こうした「無私の人」は”人間軽蔑者”にほかならない。だからあの最初の者の方が、たとえ外見上どうみえようとも、むしろ人間的な種類である。彼は少なくとも同等の地位に身をおき、彼は“仲間入り”する。(ニーチェ『偶像の黄昏』「或る反時代的人間の遊撃」十五 原佑訳 ちくま学芸文庫)
身ぶり、談話、無意識にあらわされた感情から見て、この上もなく愚劣な人間たちも、自分では気づかない法則を表明していて、芸術家はその法則を彼らのなかからそっとつかみとる。その種の観察のゆえ、俗人は作家をいじわるだと思う、そしてそう思うのはまちがっている、なぜなら、芸術家は笑うべきことのなかにも、りっぱな普遍性を見るからであって、彼が観察される相手に不平を鳴らさないのは、血液循環の障害にひんぱんに見舞われるからといって観察される相手を外科医が見くびらないようなものである。そのようにして芸術家は、ほかの誰よりも、笑うべき人間たちを嘲笑しないのだ。(プルースト「見出されたとき」井上究一郎訳)


《自分が愛するからこそ、その愛の対象を軽蔑せざるを得なかった経験のない者が、愛について何を知ろう》(ニーチェ『ツァラトゥストラ』第一部「創造者の道」手塚富雄訳)


もっとも、礼儀や信頼の象徴的効果を侮ってはならないだろう。礼儀や信頼関係に騙されないひとは間違える(参照:騙されない人は彷徨うLes non-dupes errent)。軽蔑やいじわるな態度をとれば、相手はいっそう悪くなる。

悪く考えることは、悪くすることを意味する。 ――情熱は、悪く陰険に考察されると、悪い陰険なものになる。 (ニーチェ『曙光』76番)

これは通俗道徳ではあるが、この通俗道徳で、われわれの生は99%やっていける。隠遁していてすむような職業でなければ、ひとはニーチェやプルーストの態度をいつもとっているわけにはいかない。ただその通俗道徳を超えた「極地が存在する」。そのことに意識的でなければならない。

現代ではストオリイは小説にあるだけではない。宗教もお話であり、批評もお話であると私は書いたが、政治も科学も歴史もお話になろうとしている。ラジオや テレビは一日中、料理や事件や宇宙について、甘いお話を流し続け、われわれは過去についてお話を作り上げ、お話で未来を占っている。

これらのお話を破壊しないものが、最も慰安的であるが、現実にもわれわれの内部にもお話の及ばない極地は存在する。人間はそこに止ることは出来ないにしても、常にその存在を意識していなければならない。だからこの不透明な部分を志向するお話が、よいお話である、というのが私の偏見である。(大岡昇平『常識的文学論』)


《幸せだから笑うのではない、笑うから幸せなのだ》(アラン)


私が信頼を寄せれば、彼は正直な人間でいる。私が心のうちで彼をとがめていると、彼は私のものを盗む。どんな人間でも、私のあり方次第で私にたいする態度をきめるのである。(アラン「オプチミスム」

2014年6月28日土曜日

「汝が人にしてもらいたくないようなことを、他人に対してなすなかれ」

百万もの法律のかわりに、ただ一つの法律だけで十分である。この法律とはどのようなものであろうか? 汝が人にしてもらいたくないようなことを、他人に対してなすなかれ。汝が他人にしてもらいたいように、他人に対してなせ。これがその法律であり、予言者である。

だが明らかに、それはもはや一つの法律ではなくて、まさに正義の基本的方式、すべての準則である。(プルードン『一九世紀における革命の一般理念』)

中島義道botの「叫び」に出会ったので、記念に並べておく。

彼らは、「自分がされたくないことを他人にするな」と真顔でお説教する。自分がされたくないことでも、他人はされたいかもしれず、自分がされたいことでも、他人はされたくないかもしれないじゃないか!『私の嫌いな10の人びと』中島義道

…………

自由な、ないし民主的な統治の組織は、君主政治のそれよりも複雑であり学問的であり、より勤勉ではあるがより電光石火的ではない実践を伴っており、したがってそれはより大衆的ではないのである。ほとんど常に自由の統治の諸形態は、それよりも君主制的な絶対主義を好む大衆によって貴族政治と見なされてきた。ここから進歩的な人間が陥っており、これからも長い間陥るであろう一種の循環作用が生じる。もちろん共和主義者たちがさまざまな自由と保証とを要求しているのは、大衆の運命の改善である。したがって、彼らが支持を求めなければならないのは大衆に対してであるが、民主的諸形態への不信ないし無関心によって、自由の傷害となるのも民衆なのである。(プルードン『連合の原理』)

ーー自由よりも権威を好む「民衆」? これは悪くない。

間違ってばかりいる大衆の小さな意識的な判断などは、彼には問題ではなかった。大衆の広大な無意識界を捕えて、これを動かすのが問題であった。人間は侮蔑されたら怒るものだ、などと考えているのは浅墓な心理学に過ぎぬ。その点、個人の心理も群集の心理も変わりはしない。本当を言えば、大衆は侮蔑されたがっている。支配されたがっている。獣物達にとって、他に勝とうとする邪念ほど強いものはない。それなら、勝つ見込みがない者が、勝つ見込みのある者に、どうして屈従し味方しない筈があるか。大衆は理論を好まぬ。自由はもっと嫌いだ。何も彼も君自身の自由な判断、自由な選択にまかすと言われれば、そんな厄介な重荷に誰が堪えられよう。ヒットラーは、この根本問題で、ドストエフスキーが「カラマーゾフの兄弟」で描いた、あの有名な「大審問官」という悪魔と全く見解を同じくする。言葉まで同じなのである。同じように孤独で、合理的で、狂信的で、不屈不撓であった。(小林秀雄「ヒットラーと悪魔」)

2013年9月11日水曜日

寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか

相手の気持ちを考えることは、じつはたいへん過酷なことです。いじめられる者は、相手の気持ちを考えるのならいじめる者の「楽しさ」も考えねばならない。暴走族に睡眠を妨害される者は相手の気持ちを考えるのなら、暴走族の「愉快さ」も考えねばならない。(『私の嫌いな10の言葉』)

ーーカント学者でありいささか厭人癖もあるらしい中島義道ツイッターbotから。


これは極論のようにみえるかもしれない、だが相手の気持ちを考えるのが「優しさ」であるとするならば、どこでだれが、その「優しさ」の適用範囲内外の線引きをするのだろう。共同体の規範があるではないか、というのが、まずは「正しい」答えなのだろう。だが共同体の規範とは、共同体の「先例と慣習」(デカルト)に過ぎない。


ここで、渡辺一夫の「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」というアポリアの問いを想起してみよう。

……僕の結論は、極めて簡単である。寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容たるべきでない、と。繰り返して言うが、この場合も、先に記した通り、悲しいまた呪わしい人間的事実として、寛容が不寛容に対して不寛容になった例が幾多あることを、また今後もあるであろうことをも、覚悟はしている。しかし、それは確かにいけないことであり、我々が皆で、こうした悲しく呪わしい人間的事実の発生を阻止するように全力を尽くさねばならぬし、こうした事実を論理的にでも否定する人々の数を、一人でも増加せしめねばならぬと思う心には変わりがない。(渡辺一夫『狂気について』所収)

これは基本だろう。だが、次の文章を読んでみよう。

秩序は守られねばならず、秩序を乱す人々に対しては、社会的な制裁を当然加えてしかるべきであろう。しかし、その制裁は、あくまでも人間的でなければならぬし、秩序の必要を納得させるような結果を持つ制裁でなければならない。

更にまた、これは忘れられ易い重大なことだと思うが、既成秩序の維持に当たる人々、現存秩序から安寧と福祉とを与えられている人々は、その秩序を乱す人々に制裁を加える権利を持つとともに、自らが恩恵を受けている秩序が果たして永劫に正しいものか、動脈硬化に陥ることはないものかどうかということを深く考え、秩序を乱す人々のなかには、既成秩序の欠陥を人一倍深く感じたり、その欠陥の犠牲になって苦しんでいる人々がいることを、十分に弁える義務を持つべきだろう。(同 渡辺一夫「寛容は自らを守るために不寛容に対して不寛容になるべきか」)


既成秩序の維持に当たる人々は、現存秩序から安寧と福祉とを与えられている人々ーーつまり既得権者なのであり、彼らは、既存秩序を疑うことなど殆んどない動脈硬化の連中ばかりだったらどうする?


あるいは、そもそも、《寛容と無関心はいつの時代でも紙一重だ》(ジャワハルラール・ネルー)としたら? 寛容であり続けるには、「見たくないもの」を見ない〈心の習慣〉(丸山真男)の鎧を纏い続けたり、他者から安全な距離を保つことでしかありえなかったらどうだろう。

他者に対して寛容でなければならないという私の義務は、実際には、その他者に近づきすぎてはいけない、その他者の空間に闖入してはいけない、要するに、私の過度の接近に対するその他者の不寛容を尊重しなくてはいけない、ということを意味する。これこそが、現代の後期資本主義社会における中心的な「人権」として、ますます大きくなってきたものである。それは嫌がらせを受けない権利、つまり他者から安全な距離を保つ権利である。(ジジェク「ラカンはこう読め!」p173)


「ジジェク自身によるジジェク」から、過激な見解を引用しておこう。


《私たちがますますもって必要としているのは、私たち自身に対するある種の暴力なの だということです。イデオロギー的で二重に拘束された窮状から脱出するためには、ある種の暴力的爆発が必要でしょう。これは破壊的なことです。たとえそれが身体的な暴 力ではないとしても、それは過度の象徴的な暴力であり、私たちはそれを受け入れなけ ればなりません。そしてこのレヴェルにおいて、現存の社会を本当に変えるためには、 このリベラルな寛容という観点からでは達成できないのではないかと思っています。お そらくそれはより強烈な経験として爆発してしまうでしょう。そして私は、これこそ、 つまり真の変革は苦痛に充ちたものなのだという自覚こそ、今日必要とされているので はないかと考えています


要するに、ジジェクの過激さは、われわれに寛容をうながす力自体が暴力によって支えられているという認識から出てきている。

資本主義社会では、主観的暴力((犯罪、テロ、市民による暴動、国家観の紛争、など)以外にも、主観的な暴力の零度である「正常」状態を支える「客観的暴力」(システム的暴力)がある。(……)暴力と闘い、寛容をうながすわれわれの努力自体が、暴力によって支えられている。(ジジェク『暴力』)

《私が言いたいのは、このことがある種のイデオロギー的に困難な状況に当てはまる、ということです。そうした状況においてダブル・バインドがあるのです。

即ち、公的レベルにおいてシステムはあなたにお決まりのメッセージを与えます。しかし、同時により深い、暗黙のレベルにおいては全く異なるメッセージが与えられるのです。

再び、寛容についての今日的言説を取り上げてみましょう。あるレベルにおいて、この言説は普遍的寛容を説きます。

しかし、より細かく見ると一連の隠された諸条件があるのです。その条件が示すのは、人は他の皆と同様である限りにおいてのみ、恕されるというものです。その言説は何が恕されるべきかを規定しています。

つまり、実際のところ、今日の寛容の文化は、どんなものであれ真の他者性へのラディカルな不寛容を通して存続するのです。真の他者性とは即ち、どんなものであれ現存の慣行への現実的脅威なのです。》(「ジジェク自身によるジジェク」)



ああ、渡辺一夫!
偉大なるヒューマニストたちの系譜
「天から降ってきたような渡辺助教授」(加藤周一『羊の歌』)
「ぼくの人生の目的!」(大江健三郎)


文学部のなかで、長い戦争に対して疑問をもつ、あるいは反対だということをはっきりとした姿勢で考えていた人は教員80人近くいたと思いますが、ふたりだけ。渡辺一夫先生と、それから言語学科の神田先生。そのふたりは、はっきりと戦争全体に反対。ぼくも、そうですけれどね。あとは、いわゆる日支事変段階ではね「この戦争は一体どこまで泥沼に入ってしまうのか」と懸念をもっている人はいくらかいた。しかし日米戦争で空気はがらっと変わります。ハワイ真珠湾攻撃の日に、たまたま大学へ行ったんです。ある研究室のドアからね、教授、助教授の興奮した声が聞こえました。戦争の性格が変わった、この戦争はアジアの植民地解放戦争なんだ、これで戦争目的ははっきりしたと。そういう声が聞こえてきた。なるほど、これがこれからの日本政府の宣伝のポイントになるだろうという感じを受けました。/僕はアジアの植民地解放のためというスローガンを出すならば、なぜ朝鮮と台湾の問題に触れないのか。朝鮮の自主独立を許す、台湾を中国へ返すということを、日米戦争が始まったときにすぐに宣言していたら、アジアの解放もいいですよ。しかし、自分の植民地はそのままにしておいて、これはアジア解放戦争だと言っても通用しませんよ。(日高六郎『映画日本国憲法読本』2004年)

………… 


高校時代、 私は渡辺一夫さんの 『フ ラ ンス ・ ルネサンス断章』 という岩波新書を読んで 「この人に習おう 」と決めました。 それまでは大学に行く意思はなかったんです。 うちは母子家庭ですしね。 でも、東大に行って渡辺さんに習いたかったので、 高等学校の勉強をすべてなげうって、 受験勉強を始めました。 1年目は落ちましたが 、翌年合格して20歳の時に渡辺一夫さんの集中講義を初めて駒場で聞きました。 100 分の講義を2回聞いて、 私は 「人生の目的を達した」と思いましたよ。 「こんなに素晴らしい人がいるんだな」 と感じた。 渡辺一夫さんを一言で言う と「知識人」という言い方が正しいと思う んです 。 フランス文学の専門家であ る渡辺さんと一体をなす 「知識人としての渡辺一夫」 があって、 その人に習ったこ とが私の一生を決めました。 私に「生きていく上での思想」 があるとすれば、 それは渡辺さんに教わってきたのだと思っています。(……)

大学を卒業する頃、 私は 「小説家になるので大学院には行き ません」 と渡辺先生に言いに行ったんです。 当時、 私は友人の妹と結婚しよ う と思っ ていて 「お金が要るので小説を書こ う 」 という邪な志で仕事を始めた頃でした (笑) 。 大学院に行かないこ と を話した ら先生は初め不機嫌で したが 、 やがて機嫌を直さ れて 「小説家になっ て綺麗な方と結婚さ れるのも よろ しいでし ょ う 」 と言われたんですね。 私がニコニコ したと先生はその後よ く言われたけど (笑) 。 まあニコニコ したんでしょ う(笑) 。 続けて、 先生はこ うおっ しゃったんです。「小説だけ書いて一生を過ごすと君は退屈するに違いない。 退屈しないためには3年毎に主題を決めて、 それを読むこ とにすればいい」 。 その次が重要なんです。「3年経った ら読むのをやめる よ う に。 なぜな ら ば、 3年経てば、 ある詩人、 ある作家、ある思想家の輪郭は掴める。 しかし3年では絶対に専門家になれない。 も し専門家になろう とするなら、 次の3年もその主題の読書を続けなければいけない。 そうする と君の視野はまず狭く なっ てく る。 専門家が狭く 深いのはいい。 しか し、 小説家が生半可な独学の勉強を して専門家になったつも りでいるのが一番いけない。 君の先輩の仏文出身の小説家を見ろ」 と言われた (笑) 。 私が外に対し て このこ と を話したのは今日が初めてですけどね (笑) 。 あの時、 渡辺先生が言われた 「3年間だけ読む方法」 は、 「知識人をつく るための教育」だったと思うんです。ーー知識人に な る と い う こ と ― 大学と 教養教育 ― ゲス ト 大江健三郎 /古田元夫 (東京大学副学長)http://www.u-tokyo.ac.jp/gen03/pdf/tansei17_s.pdf)

 …………


ところで、もう一度冒頭に戻って、死体臓器移植者と屍体愛好者の相違はどうだろう。つまり屍体愛好者には「優しく」あるべきだろうか。

最近アメリカのいくつかの集団で再浮上してきたある提案(……)。その提案とは、屍姦愛好者(屍体との性交を好む者)の権利を「再考」すべきだという提案である。屍体性交の権利がどうして奪われなくてはならないのか。現在人々は、突然死したときに自分の臓器が医学的目的に使われることを許諾する。それと同じように、自分の死体が屍体愛好者に与えられるのを許諾することが許されてもいいのではないか。(ジジェク『ラカンはこう読め!』p172


あるいは、インターネット上のルサンチマン(怨恨)的書き込みの頻発。彼らの「愉快さ」も考えねばならない、――のだろうか。《言論の自由には「言論の自由の場の尊厳を踏みにじる自由」「呪詛する自由」は含まれないと私は思う》(内田樹)というのが「常識的な」見解だ。だがその発話の攻撃性の発露が彼らを救っている(たとえば自殺から)としたらどうだろう。

私たちの中には破壊性がある。自己破壊性と他者破壊性とは時に紙一重である、それは、天秤の左右の皿かもしれない。先の引き合わない犯罪者のなかにもそれが働いているが、できすぎた模範患者が回復の最終段階で自殺する時、ひょっとしたら、と思う。再発の直前、本当に治った気がするのも、これかもしれない。私たちは、自分たちの中の破壊性を何とか手なずけなければならない。かつては、そのために多くの社会的捌け口があった。今、その相当部分はインターネットの書き込みに集中しているのではないだろうか。(中井久夫「「踏み越え」について」『徴候・記憶・外傷』所収)

「ひきこもり」者の攻撃性の飼い馴らしは、インターネットへの書き込み以外になにがあるというのか。《抗議や横車やたのしげな猜疑や嘲弄癖は、健康のしるしである。すべてを無条件にうけいれることは病理に属する。》(ニーチェ『善悪の彼岸』 154番)

――わたくしも海外に「ひきこもっている」人間のひとりである。そして口先で、大久保のヘイトスピーチをほうっておくのはおかしい、とか、きみたち消費税のことどう考えているのかい、と語っている人間だ。《かつて消費税導入して景気停滞し税収が下がっただと? それでは税収を上げるために、消費税ゼロにしてみたらどうだろう。》(「引き返せない道」)

ただ口先で「世の中おかしい」と言っているだけの人は、じつのところ悪徳商法の大家より、振り込め詐欺のプロより、道徳的に悪い。なぜなら、あらゆるスリや泥棒やサギ師は少なくとも自分が「悪い」と自覚しているが、彼らはそういう最低の善悪の自覚さえないのだから。(『善人ほど悪い奴はいない』中島義道)

しかしながら次の程度の認識はあるつもりだ、--《すべての「他者」に対して優しくありたいと願い、「他者」を傷つけることを恐れて何もできなくなるという、最近よくあるポリティカル・コレクトな態度(……)そのように脱―政治化されたモラルを、柄谷さんはもう一度政治化しようとしている。政治化する以上、どうせ悪いこともやるわけだから、だれかを傷つけるし、自分も傷つく。それでもしょうがないからやるしかないというのが、柄谷さんのいう倫理=政治だと思う》(『NAM生成』所収 シンポジウム「『倫理21』と『可能なるコミュニズム』」における浅田彰発言)


ーー傷つけて悪かったな、そこの「優しい人」よ(優しい人たちによる魔女狩り)。



最後にもうすこし中島義道botから引用しておこう。


・すべての行為に差別感情がこびりついていることを認めない限り、自分は差別していないという確信に陥っている限り、自分は「正しい」と居直る限り、人は差別感情と真剣に向き合うことはないであろう。いかなる「聖域」もない。『差別感情の哲学』中島義道


・この国では「他人を傷つけず自分も傷つかない」ことこそ、あらゆる行為を支配する「公理」である。したがってわれわれ日本人は他人から注意されると、その注意の内容がたとえ正しいとしえも、注意されたことそのことをはげしく嫌う。『<対話>のない社会』中島義道


・根本悪とは卑劣極まる・血の凍るような・人間業とは思えない極限的悪行のことではない。それは、信用を得るために人を援助するとか、けちと思われたくないから寄付をするとか、他人を傷つけたくないために真実を伝えないという些細な行為のうちに巣くっている。『悪について』中島義道





2013年9月4日水曜日

優しい人たちによる魔女狩り

「われらのうちなるヒットラー」(ピカート)
「あなたのうちなる医局」(中井久夫)
「われわれ自身の中のオウム」(大澤真幸)

そして、あなたのうちなる原子力村。

そこの頓珍漢な頭脳の持主、短いエッセイ文をも誤読する「優しい人」。
次の「抵抗的医師とは何か」(楡林達夫)も誤読するのだろう。

医局での安易な連帯は、必ずや一度はなつかしくなるものです。暗やみに一歩一歩をすすめてゆくとき、遠ざかりゆく街の灯の何となつかしいことでしょう。たとえ、その灯のもとへ行ってみれば、なげかわしいことが演じられていることを重々承知していようとも。(……)

「医局」の連帯が疑似的なものであると認識できるような、真の連帯を知り、その中に生きることがまず必要です。さしあたり、あなたが、妻、友人、恋人などによって、真の連帯の味わいをすでに知っているならば、それはよいことです。知らなければ、知るようにつとめてください。

 なぜなら、「医局」はすでにあなたの裡にもあるのであり、医学生時代の「たのしさ」の一部は、それをあなたの中にこめるための詐術だったのであって、ドイツ人たちが、まず、「われらのうちなるヒットラー」(ピカート)とたたかわねばならなかったと同じように、真の連帯を知ることは、「あなたのうちなる医局」とのたたかいになるのです。

 あなたの中にすでに「医局」が住んで、思わぬところで頭をもたげ、そのたびに意識によってそれを克服せねばあなたをくじくことのみでなく、まだ戦っている人たちを深くうら切ることになる――このことは忘れないで下さい。


 すべては相互投射的閉域にかかわる。すべては共感の共同体にかかわる。
《だれも、ひとりひとりみると/かなり賢く、ものわかりがよい/だが、一緒になると/すぐ、馬鹿になってしまう》(シラー フロイト『集団心理学と自我の分析』より)


SNSの発話をすこしでも垣間見れば、さいきんではクラスタというらしいローカル・ヴィレッジがおびたたしく分立して、その内部で馴れ合っているあれらの連中も同じ穴の狢だ。


「世界は黒魔術の城塞である」(アルトー)にもかかわらず、「見たくないものを見ない〈心の習慣〉」(丸山真男)に根から絡みとられ、自らの振舞いのなかの「悪」にまったく気づかない精神、《完全に不埒な「精神」たち、いわゆる「美しい魂」ども、すなわち根っからの猫かぶりども》(ニーチェ)が現在の「悪魔」の典型であろう。


《ナチスを最も熱心に支持したのは、公務員であり教師であり科学者であり実直な勤労者であった。当時の社会で最も真面目で清潔で勤勉な人々がヒトラーの演説に涙を流し、ユダヤ人という不真面目で不潔で怠惰な「寄生虫」に激しい嫌悪感を噴出させたのである。》『差別感情の哲学』中島義道

《一見聡明で穏やかな一般市民が、「魔女」を告発し、その悶え苦しむ姿を楽しむのだ。中世においてそうであったように、そういう逸楽に耽っている者は、極悪人や犯罪予備軍ではない。むしろ「善良な市民」という名の「優しさ」にあふれた怪物である。》『狂人三歩手前』中島義道

《現代日本の精神構造は、中世の魔女裁判のときやヒットラーのユダヤ人迫害のときの精神構造とそれほど隔たったものではない。ほとんどの人は安心してみんなと同じ言葉をみんなと同じように語る。同じ人に対して同じように怒りをぶつける。同じ人に対して同じように賞賛する。》『醜い日本の私』中島義道

耐え難いのは差異ではない。耐え難いのは、ある意味で差異がないことだ。サラエボには血に飢えたあやしげな「バルカン人」はいない。われわれ同様、あたりまえの市民がいるだけだ。この事実に十分目をとめたとたん、「われわれ」を「彼ら」から隔てる国境は、まったく恣意的なものであることが明らかになり、われわれは外部の観察者という安全な距離をあきらめざるをえなくなる。(ジジェク『快楽の転移』)


もちろん実態は違ったという見解もあるのだろう。だが精神分析的には、あれら「美しい魂」たちは、ヒトラーを「自我理想」のポジションにおいて想像的同一化を果たした存在である、というのは「常識」である。

想像的同一化とは、われわれが自分たちにとって好ましいように見えるイメージへの、つまり「われわれがこうなりたいと思う」ようなイメージへの、同一化である。

象徴的同一化とは、そこからわれわれが見られているまさにその場所への同一化、そこから自分を見るとわれわれが自分にとって好ましく、愛するに値するように見えるような場所への、同一化である。(ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』)

ジジェクの説明では、「想像的同一化」が「理想自我」に、「象徴的同一化」が「自我理想」にかかわる。

フロイトの『集団心理学と自我の分析』からひいてみる(古い訳なので、「同一視」は「同一化」として読もう)。

同一視の場合は、対象は失われているか、放棄されてしまっている。そのとき対象は自我の中で再建され、自我は失われた対象の手本にしたがって、部分的に変化する。ほれこみの場合には、対象は保たれており、そのまま自我によって、自我を犠牲にして過大評価(過剰備給)される。しかしこれについても疑念がある。同一視が対象備給の放棄を前提とするのは、いったい確実なことなのだろうか、保持された対象にたいする同一視はありえないのだろうか、この微妙な問題の論議に入る前に、われわれには、すでに次のような洞察がほのぼのと開けてくる。つまり、他の二者択一、すなわち、対象は自我のかわりになるのか、それとも自我理想のかわりになるのか、という問題がこの事態の本質をふくんでいるという洞察である。(「フロイト著作集 6」P229)

このあと、指導者の選択をめぐって、次の図が示され、《一次的な集団とは、同一の対象を自我理想とし、その結果おたがいの自我で同一視し合う個人の集りである》とされる。




この集団とは、象徴的同一化で「指導者」を選択し、その結果、想像的同一化しあう個人の集まり、ということになる。

この「指導者」の箇所にはヒットラーなどの人間でなくてもよい、「理念」やら「思想」、「芸術」でもよい。「優しい人」たちは、同じ趣味によって湿った瞳を交し合い、想像的同一化の「交接」に心地よく耽る。

この精神分析的「常識」を疑いたい人は疑ったらいい。わたくしは頭脳の具合がナイーヴに出来ているせいか、いまだ疑うところまでいっていないだけだ。

特定の個人や制度にたいする憎悪(愛、嫉妬、羨望などでもよいだろう:引用者)は、それらにたいする積極的な依存と同様に、多くの人々を一体化させるように作用するだろうし、類似した感情的結合を呼び起こすであろう。(フロイト「集団心理学と自我の分析」 p219 フロイト著作集6 人文書院)

憎悪や嫉妬、羨望による感情的結合はいたるところにある。


だが、優しい人たちの「愛」による感情的結合が、他者を傷つけないかどうかをも疑ってみる必要はないとでもいうのか(ここでの「優しい人たち」は、すなわち、「事を荒立てる」かわりに、「『仲良し同士』の慰安感を維持することが全てに優先している」連中)。

愛は、人間が事物を、このうえなく、ありのままには見ない状態である。甘美ならしめ、変貌せしめる力と同様、幻想の力がそこでは絶頂に達する。(ニーチェ『反キリスト者』)

 《愛しているときのわたしはいたって排他的になる》(フロイト『書簡集』)のであるならば、愛とは「差別」することである。


 「魔女狩り」はいたるところにある、そした「愛」による魔女狩りだってあるだろう、自己愛によるものだけではなく、自分の愛する人を脅威から守るための。


キリスト教世界の基盤を掘り崩しつつあるのがサタンの賄賂に目のくらんだ魔女の大群であり、魔女は手当り次第に秩序を破壊しつつサタンの世界支配を推進しつつあるーーこの想像は明らかに加害者のものである。このような想像は強迫症者にみられる、ステロタイプの想像に対応している。彼らは目に見えない汚染によって自分の存在が脅かされていると思い込み、その対策として汚染除去(洗浄や焼却)の儀式に耽り、しかもこれらの対抗手段の励行にもかかわらず汚染の原因は限りなく増殖してゆくと観念するのである。これは魔女狩り裁判官の想像そのものではないだろうか。

(……)

二十世紀において私たちはよく似たセッティング(魔女狩り期の:引用者)がにわかに復活するのに出会った。不吉な予感に敏感となり、これにおののく支配階級、経済的・精神的フラストレーションーーエネルギー問題、経済計画の失敗、貨幣制度の不安定化、社会の目的にかんする幻滅、社会主義国にもみられる政治的分裂、多数の難民――があり、大衆の暗黙の合意がある。いわゆる発展途上国の政府の多くはルースで無能力なことルネサンス宮廷並みであるのに気づく。超大国の指導者でさえ(賢人と学者〔マギ〕)に囲まれた存在であり、巨大化しすぎた自国の官僚制度との連絡をうまくいっていない。不可視の病毒汚染という哲学を固守している迫害者が世界のあちこちにいる。また、ありもしない罪を、ありもしない共謀者の名とともに告白し、自分の有罪を肯定しつつ処刑されてゆく犠牲者がいる。……(中井久夫「アジアの一精神科医からみたヨーロッパの魔女狩り」『徴候・記憶・外傷』所収)

そして「優しい人」たち、共同体の規範に忠実な人たち、ーーあるいはニーチェ流に「美しい魂」といってもいいーー彼らの、ことあるごとの上っ面の正義感の表白。

……被害者の側に立つこと、被害者との同一視は、私たちの荷を軽くしてくれ、私たちの加害者的側面を一時忘れさせ、私たちを正義の側に立たせてくれる。それは、たとえば、過去の戦争における加害者としての日本の人間であるという事実の忘却である。その他にもいろいろあるかもしれない。その昇華ということもありうる。

社会的にも、現在、わが国におけるほとんど唯一の国民的一致点は「被害者の尊重」である。これに反対するものはいない。ではなぜ、たとえば犯罪被害者が無視されてきたのか。司法からすれば、犯罪とは国家共同体に対してなされるものであり(ゼーリヒ『犯罪学』)、被害者は極言すれば、反国家的行為の単なる舞台であり、せいぜい証言者にすぎなかった。その一面性を問題にするのでなければ、表面的な、利用されやすい庶民的正義感のはけ口に終わるおそれがある。(中井久夫「トラウマとその治療経験」『徴候・外傷・記憶』所収)

彼らは自らの暴力性におそろしく鈍感であり、自らの魔女狩りには気づかない。

「優しい」人は他人の加害性に関しては恐ろしく敏感である。だが、こういうかたちでたえず他人を裁き他人に暴力を振るっているという自分の加害性に関しては、都合よく鈍感である。『うるさい日本の私』中島義道
ただ口先で「世の中おかしい」と言っているだけの人は、じつのところ悪徳商法の大家より、振り込め詐欺のプロより、道徳的に悪い。なぜなら、あらゆるスリや泥棒やサギ師は少なくとも自分が「悪い」と自覚しているが、彼らはそういう最低の善悪の自覚さえないのだから。『善人ほど悪い奴はいない』中島義道

優しい人のうちなる魔女、そのお上品な猫っかぶりぶり、「見たくないものを見ない〈心の習慣〉」の囚人たち。

……全世界の者 ――通俗哲学者や道学者、その他のからっぽ頭、キャベツ頭は全く問題外としてーーが根本において一致して認めているような諸命題が、わたしの著書においては、単純きわまる失策として扱われている。たとえば、「没我的」と「利己的」とを対立したものとするあの信仰である、わたしに言わせれば、自己〔エゴ〕そのものがひとつの「高等いかさま」、ひとつの「理想」にすぎないのだ ……およそ利己的な行動というものも没我的な行動というものもありはしないのだ。どちらの概念も、心理学的にはたわごとである。あるいは「人間は幸福を追う」という命題 ……あるいは「幸福は徳の報いである」という命題 ……あるいは「快と不快は相反するものである」という命題など、みなそうである ……これらは、人類をたぶらかす道徳という魔女が、本来みな心理学的事実であるものに、徹底的に、まやかしのレッテルを貼りつけたのであるーーつまり道徳化したのであるーーこれが昂じてついには、愛とは「没我的なもの」であるべきだと説く、あのぞっとするナンセンスにまで至りついたのである ……われわれはしっかり自己の上に腰をすえ、毅然として自分の両脚で立たなければ、愛するということはできるものではないのだ。(ニーチェ『この人を見よ』手塚富雄訳)


最後に、数カ月まえの若い大学生のツイートを掲げておこう。せめてこれぐらいのことは認識しておけ! そこの優しいメフィストフェレスよ、からっぽ頭、キャベツ頭め。

大切なのは、自身の暴力性を「仕方ない」と肯定して傍若無人に振る舞うことでも、暴力性自体を否定して目を背けることでもなく、自分の欲望が他者を傷つける危険があることをよく自覚し、それを制御することです。これは倫理として当たり前のことでしょう。

…………

追記:

〈かつては、もし俺がちゃんと覚えているなら、俺の生活は祝宴であり、全ての心が開かれ、すべての酒が流れていた。〉

ある晩、俺は「美」を膝の上に座らせた。ーーそしてそれを苦々しい奴だと思った。ーーそれで俺はそいつを罵倒した。

俺は正義に対して武装した。

俺は逃げた。おお、魔女達よ、おお、悲惨よ、おお、憎しみよ、お前達にこそ俺の宝は託されたのだ!

俺はようやく自分の精神の中からあらゆる人間的希望を消し去る事に成功した。あらゆる喜びを絞め殺してやろうと、 俺はそいつに猛獣の様に音も無く飛びかかった。

くたばりながら、奴らの鉄砲の銃床に噛み付いてやろうと、俺は死刑執行人共を呼んだ。砂や血で窒息してやろうと、 俺は災いを呼んだ。不幸は我が神だった。俺は泥の中に横たわった。罪の風にあたって、からだを乾かした。そして 俺は狂気に一杯食わせてやったのだ。

そして春が白痴のぞっとするような笑いを俺に運んで来た。

ところが、ごく最近の事だが、もう少しで最後の「ぎゃあ」 という声を上げそうになったので、俺は昔の祝宴の鍵を探してみようと思ったのだ、そこでならたぶん食欲を取り戻せる かもしれないと。

隣人愛がこの鍵である。ーーこんなことを思いつくのは、俺が夢を見ていた証拠なのだ!

〈おまえなどずっとハイエナのままでいるがいい、云々…。〉と俺にかつてとても愛らしい芥子の冠をかぶせてくれた 悪魔が叫び声をあげる。〈おまえのあらゆる欲求、それにおまえのエゴイズムとすべての大罪もろとも、死を背負い込むのだ。〉

ああ!そんなものはうんざりするほど手に入れたさ!だが、親愛なる魔王よ、お願いだから、そんなに怒った目つきをしないで ほしい。そして遅ればせのけちな臆病風を吹かせたりしないうちに、物書きには描写や教訓を垂れる才能などないのがお好きな あなたの事だろうから、俺は地獄落ちの自分の手帖から幾葉かのこれらのおぞましい紙片をあなたに切り取ってやるとしよう。(ランボー「地獄の季節」 鈴木創士訳)

※ウェブ上から拾ったので、行わけは不明。

2013年8月8日木曜日

反吐と同情

見も知らぬ奴がいきなりヘドを吐きながら
きみに向かって倒れかかってきたら
きみはそいつを抱きとめられるかい
つまりシャツについたヘドを拭きとる前にさ

ぼくは抱きとめるだろうけど
抱きとめた瞬間に抱きとめた自分を
ガクブチに入れて眺めちまうだろうな
他人より先に批評するために
……

――谷川俊太郎『夜中に台所でばくはきみに話しかけたかった』より

「もはや私のことを思わない。」――まあ本当に徹底的にとくと考えてもらいたい。眼の前で誰かが水の中に落ちると、たとえ彼が全く好きでないにもせよ、われわれがそのあとから飛びこむのは、なぜか? 同情のためである。そのときわれわれはもう他人のことだけを思っている。――と無思慮がいう。誰かが血を吐くと、彼に対して悪意や敵意さえ持っているのに、われわれが苦痛と不快を感じるのは、なぜか? 同情のためである。われわれはその際まさしくもはや自分のことは思っていない。――と無思慮が言う。

真実は、同情というときーー私は間違ったやり方で通常同情と呼ばれるのが常であるもののことを考えているのだが、――われわれはなるほどもはや意識的にわれわれのことを思っていないけれども、極めて強く無意識的にわれわれのことを思っているのである。ちょうど足がすべったとき、われわれにとって現在意識されていないが、最も目的にかなった反射運動をし、同時に明らかにわれわれの知性全体を使用しているように。

他人の不幸は、われわれの感情を害する。われわれがそれを助けようとしないなら、それはわれわれの無力を、ことによるとわれわれの卑怯を確認させるであろう。言いかえると、それはすでにそれ自体で、他人に対するわれわれの名誉の、またはわれわれ自身に対するわれわれの名誉の減少を必然的にともなう。換言すれば、他人の不幸と苦しみの中にはわれわれに対する危険の指示がある。そして人間的な危うさと脆さ一般の目印としてだけでも、それらはわれわれに苦痛を感じさせる。

われわれは、この種の苦痛と侮辱を拒絶し、同情するという行為によって、それらに報復する。この行為の中には、精巧な正当防衛や、あるいは復讐さえもありうる。われわれが根底において強くわれわれのことを思うということは、われわれが苦しむもの、窮乏するもの、悲嘆するものの姿を避けることのできるすべての場合に、われわれの行なう決心からして推測される。われわれが一層強力なもの、助けるものとしてやって来ることができるとき、喝采を博することの確実であるとき、われわれの幸福の反対のものを感じるのを望むとき、あるいはまたその姿によって退屈から脱出することを期待するとき、われわれは避けることをしまいと決心する。そのような姿を見るときわれわれに加えられ、しかも極めて多種多様でありうる憂苦を同情と名づけることは、間違った道に導く。なぜなら、どんな事情があっても、それは、われわれの前で苦しんでいる者とは関係がない憂苦であるからである。……(ニーチェ『曙光』第133番)


谷川俊太郎 不可避な汚物との邂逅

路上に放置されているその一塊の物の由来は正確に知り得ぬが、それを我々は躊躇する事なく汚物と呼ぶだろう。透明な液を伴った粘度の高い顆粒状の物質が白昼の光線に輝き、それが巧妙に模造された蝋細工でない事は、表面に現れては消える微小だが多数の気孔によっても知れる。その臭気は殆ど有毒と感じさせる程に鋭く、咄嗟に目をそむけ鼻を覆う事はたしかにどんな人間にも許されているし、それを取り除く義務は、公共体によって任命された清掃員にすら絶対的とは言い得ぬだろう。けれどそれを存在せぬ物のように偽り、自己の内部にその等価物が、常に生成している事実を無視することは、衛生無害どころかむしろ忌むべき偽善に他ならぬのであり、ひいては我々の生きる世界の構造の重要な一環を見失わせるに至るだろう。
その物は微視的に見れば、分子の次元にまで解体し、他の有機物と大差ない一物質として科学の用意する目録の中に過不足ない位置を占めるだろうし、巨視的に見れば生物の新陳代謝の、また食物連鎖の一過程として、既に成立している秩序の内部に或る謙虚な機能を有しているとも言い得るだろう。事実そこには何匹かの蛆が生存を始めているし、如何なる先入観もなく判断し得ると仮定すれば、その臭気すら我々の口にする或る種の嗜好物のそれと必ずしも距たってはいないのだ。
光にさらされ、風化し、分解し、塵埃となって大気に浮遊し、我々が知らずにそれを呼吸するに至るまでの間は、その存在に我々が一種の畏怖を覚える事は否定できぬ事実であって、そのような形でのその物と向かいあう人間精神は、その畏怖のうちにこそ、最も解明し難い自らの深部を露わにしていると言えよう。




いかに献身的な医師も、どこか「いつわりのへりくだり」がある。ある高みから患者のところまでおりて行って“やっている”という感覚である。シュヴァイツァーでさえもおそらくそれをまぬかれていない。むしろ、神谷さんに近いのはらい者をみとろうとして人々、すなわち西欧の中世において看護というものを創始した女性たちである。その中には端的に「病人が呼んでいる」声を聞いた人がいるかも知れない。神谷さんもハンセン氏病を選んだ。神谷さんの医師になる動機はむしろ看護に近いと思う。この方の存在が広く人の心を打つ鍵の一つはそこにある。医学は特殊技能であるが、看護、看病、「みとり」は人間の普遍的体験に属する。一般に弱い者、悩める者を介護し相談し支持する体験は人間の非常に深いところに根ざしている。誤って井戸に落ちる小児をみればわれわれの心の中に咄嗟に動くものがある。孟子はこれを惻隠の情と呼んで非常に根源的なものとしているが、「病者の呼び声」とは、おそらくこれにつながるものだ。しかし多くの者にあっては、この咄嗟に動くものは、一瞬のひるみの下に萎える。明確に持続的にこれを聞くものは例外者である。医師がそうであっていけない理由はないが、しかし多くの医師はそうではない。(中井久夫「精神科医としての神谷美恵子さんについて」『記憶の肖像』所収)

【書評『神谷美恵子』江尻恵美子著】

神谷美恵子が精神病の恐怖を秘めていたとしても当然であり、実際、多くの精神病患者が挫折したところで辛くも成功したということさえできる。それは両側が断崖である痩せ尾根を走りとおすことである。神谷美恵子が生前すでに「何ともかかがやしかった」とも「とてもさびしく見えた」とも評され、本書の読後にも「不幸なひとではなかったか」という感想を聞いたのはこのきわどさゆえであろう。

ポーはその不幸な生涯のどん底から「この世で到達可能な幸福」の四条件として「困難であるが不可能でない努力目標」「野心の徹底的軽蔑」「愛するに足る人の愛」「野外での自由な身体運動」の四つを挙げている。彼女をこれらの点についてみるならばポーよりもはるかに幸福であろう。第一についてはいうまでもなかろう。第二に、もし世俗的権力欲にいささかでも誘われたらすべては空しかったであろう。彼女が進んで辺縁に身を置き、もっとも疎外された人々とともにあろうとし、もっとも些細な仕事をも喜んで引き受けたのは図らずも自身の精神健康への大きな貢献であった。第三に「神谷美恵子の子どもであることはメイワクなことです」と御子息の一人が口走ったように、彼女の家族であることも希有な難行である。彼女を聖女から分かつものは結婚して出産してなお彼女でありつづけたことである。彼女の夫君であることに成功しつつ、自身すぐれた生物学者である夫君の存在も「才能は単独ではありえない」とする定理の例証であろう。(中井久夫『時のしずく』所収)
※神谷美恵子と美智子妃の関係はいろいろ語られるが、ここでは熊田一雄氏のブログをリンクしておこう。

……ところが阪神・淡路大震災である。私が聞いた話では、奈良女子大学では外国からの留学生が早速飛び出していって、はっと気づいた日本人学生が二、三日後にあとに続いたということである。留学生にはボランティアは当たり前のことであった。

私は当時、災害の中心にある大学医学部精神科の教授だった。気がついてみると、私はボランティアたちの渦の中にいた。精神科医が休暇をとってやってきた。ありとあらゆる層から来た人たちが走り回っていた。私自身も、だれからの指図も受けず、自分でそのときどきに最善と思うことをしていた。人々の観察と自己観察とから、私はボランティアというものが何かを考えてみる機会を得た。

私は私なりに理詰めなところがあるから、ボランティアの倫理的根拠というものをたどってみた。私は孟子の「惻隠の情」に行き着いた。「忍びざるのこころ」とも言われるこの情は、孟子の人間性善説の基礎になっている。井戸に落ちようとしている子供を見たときには、だれもがはっとして駆け寄って助けようとする。この、反省意識や理性的判断以前の心の動きに、孟子は人間の本性は善である証拠の一つを見た。

私にはこういう覚えがある。例えば、乗り物の中で、「この中に医師がいないか」という放送がある。そういうときに感じる何かである。ではすっと立てるかというと、そうではない。専門が違う、だれかが立ってくれるだろう、いまから急ぎの用がある、などなど、こういう言い訳はつねにわいてくる。結局、立たないままでいる口実は必ずあるので、その口実を無視するかしないかが決め手になる。もう一つは、恥をかかないかどうかである。いざ立って役に立たなかったり、間違ったことをしたら恥ずかしいということである。小学校のときに手を挙げて当たられたとたんに答えを忘れてしまった恥ずかしさは、生涯抜けないものだ。

ところで、私が思い切って立つと、わらわらと立つ人が出てくる。仲間がいる心強さがあるのだろう。やはり、最初に立つのは、学会で最初に質問するのと同じ、二番手とは違う、大変なエネルギーがいる。

「座視するのに忍びない心」というものは、確かにだれにでもあるのだろうけれども、それが発動するまでには葛藤があるということだ。いじめを見過すかどうかになると、その葛藤は大変だ。震災の場合には、返り討ちに遭うということはないし、一人だけということはないけれども、やはり、布団をかぶって寝てしまうか、立って走り回るかを分ける最初の一瞬というものがある。どちらになるかは最初は紙一重であると思う。いったんどちらかに踏み切れば、どんどんそちらのほうに行く、どうも、そういうふうに人間の心はできているらしい。(中井久夫「ボランティアとは何か」『時のしずく』所収)

…………


《「優しい」人は他人の加害性に関しては恐ろしく敏感である。だが、こういうかたちでたえず他人を裁き他人に暴力を振るっているという自分の加害性に関しては、都合よく鈍感である。》(中島義道『うるさい日本の私』)

他者に対して寛容でなければならないという私の義務は、実際には、その他者に近づきすぎてはいけない、その他者の空間に闖入してはいけない、要するに、私の過度の接近に対するその他者の不寛容を尊重しなくてはいけない、ということを意味する。これこそが、現代の後期資本主義社会における中心的な「人権」として、ますます大きくなってきたものである。それは嫌がらせを受けない権利、つまり他者から安全な距離を保つ権利である。(ジジェク「ラカンはこう読め!」p173)




些細な詩  谷川俊太郎

もしかするとそれも些細な詩
クンデラの言うしぼられたレモンの数滴
一瞬舌に残る酸っぱさと香りに過ぎないのか
夜空で月は満月に近づき
庭に実った小さなリンゴはアップルパイに焼かれて
今ぼくの腹の中
この情景を書きとめて白い紙の上の残そうとするのが
ぼくのささやかな楽しみ
なんのため?
自分のためさ




オレかい?

咄嗟に動くものは、一瞬のひるみの下に萎えるタイプだな

立たないままでいる口実を見つけてさ

他人が立ったら、「はっと気づいた」ふりをして立つだろうかな

それでも知らんぷりして、「見たくないものを見ない〈心の習慣〉」(丸山真男)を保ってすましこむほどには洗練もされていないし、「優しい人」でもないつもりだが、これも実際に<出来事>に直面したらなんともいえないな

ロラン・バルトの「冒険」の定義は、「不意にやって来るもの」だが、不意打ちに弱いタイプでね

些細な変化に敏感で案外大変化に強いとか不意打ちにすごく弱いタイプというのは徴候的認知者らしくて、中井久夫はこのタイプだが、オレは大変化にも弱そうだな、布団をかぶって寝てしまうかも

「言葉を失う」という紋切型表現だけは、最近は敬遠しているけれどね


私自身、言葉に迷うことが増えた。「絆」「寄り添う」など、安易に使えない、使いたくない言葉が増えていく。「頑張って」は誰かを傷つける、「被災者」や「被災地」と十把ひとからげにしたくない、福島を「フクシマ」と記号にしていいのか……。どんな言葉も軽過ぎて、でも「言葉を失う」という常とう句も嫌だった。(「言葉」は変わったのか 谷川俊太郎さんから返信)




2013年4月27日土曜日

ニーチェの骨抜き


中島義道氏がインタヴュー記事のなかで次のように語っている。

超人ニーチェによる超人のための書『ツァラトゥストラ』。だが、中島さんは「この本は、ニーチェが自戒するため、理想像を描いたように見える。現実の彼は超人とは最も対極的。ルサンチマン(嫉妬、恨み)を克服せよと言いつつ、自身は最もルサンチマンにまみれていたのです」と人間像を語り始めた。

裕福な牧師の家に生まれ、天才と呼ばれて育ち、弱冠二十四歳でバーゼル大学の教授に就任。だが、最初の著作『悲劇の誕生』が批判され、学会から追放同然の扱いを受けたことで歯車が狂った。スイスのルツェルンやシルス・マリアなど、ニーチェの滞在地に足を運んで人物像を探った中島さんは断じる。「それまで、ニーチェはどんな批判を受けても、格下の“畜群”の嫉妬とみなして相手にしなかったけど、この時はそうはいかず、生涯、恨み続けた。立派な人でも何でもありません」。誠実で傷つきやすいが故に、猛烈に弱者=善人を批判するニーチェについては、著書『善人ほど悪い奴はいない』(角川oneテーマ21)に詳しい。(超人と対極の俗物性  甘口ニーチェ論を蹴散らす 中島義道さん(哲学者)



この短い記事では詳しいことは分からないが、ニーチェ超訳のたぐいに苛立つ人の言のひとつなのだろう、ーー《ナチスはニーチェの思想を「編集」したが、超訳はそれに類したことあるいはもっとひどいかもしれない。なぜならこの行為の眼目はニーチェを骨抜きにして、ただの口当たりのいい、人に説教ばかり垂れている内容空疎な文化人、わかりやすさのファシズムに迎合する大衆受けの間抜けにすることにあるからだ》(鈴木創士twitter)


――まあしかしなんという「はしたない」連中の多いことよ。これはニーチェとは関係ないが、たとえば、ブロガー出身の評論家Uなる人物が、ロラン・バルトのエクリチュールを語りつつ、いつのまにかそれをリーダビリティなどという話にしてしまう。これもバルトの考え方を骨抜きにすることでなくてなんだろう(参照:U氏ブログ、エクリチュールについてエクリチュールについて(承前)リーダビリティについて)。これを《わかりやすさのファシズムに迎合する大衆受けの間抜けにすること》としなくてどうしよう。
わたしには自分のことを書くことができない。それでも自分のことを書こうとするわたしとは、いったい何者であるのか。彼がエクリチュールの中へ入りこむにつれて、エクリチュールは彼を収縮せしめ、空虚なものにしてしまうだろう。漸進的な破壊が起り、あの人のイメージまでが少しずつ巻き込まれてゆくだろう(なにかについて書くとは、それを無効にすることなのだ)。やがて嫌悪感が生じ、ゆきつくところは、なんの役に立とうでしかないだろう。愛のエクリチュールを閉塞せしめるのは、表現可能性についての幻覚である。作家として、自分が作家だと思っている者として、わたしは、言語の効力について自分をあざむきつづけている。「苦痛」という語はいかなる苦痛をも表現しないのだということ、したがって、そのような語を用いたところでなにひとつ伝達できないばかりか、たちまちにいらだちのもとになるのだということ(ばかばかしさは別にしても)が、わたしにはわかっていない。自分の「誠実」さを埋葬せずして書くことはできないのだと、誰かがわたしに教えてくれなければなるまい(常にオルペウスの神話、振り返ることなかれ)。エクリチュールが要求するのは、恋する者がおのれの「想像界」をいくばくか犠牲にして、そのかわりにいくばくかの現実を、自分の言語を通じて引き受けることなのである。かかる要求を認めようとすれば断腸の思いを禁じえない。わたしに産み出せるのは、せいぜいが「想像界」についてのエクリチュールであり、しかもそのためには、エクリチュールについての「想像界」を放棄しなければならないだろうーーおのが言語に悩まされつづけなければならないだろう。恋する者とその相手という二重の「イメージ」に加えられる不正(侮蔑)を、耐え忍ばなければならないだろう。(ロラン・バルト『恋愛のディスクール』) 



さて冒頭のニーチェについては、すこしまえ引用した吉田秀和の反響が聞こえてくる、ここに再掲してみよう。

ニーチェを読むと、彼はこのキリスト教的美徳〔すなわち同情〕を口を極めて排撃しているけれど、それはつまりは、彼がどんなに自分の中のその能力のために悩み苦しんだかの証拠に他ならない。( 神崎繁『ニーチェ――どうして同情してはいけないのか』より) 
――この文がいつ書かれたのはいまは判然としないが、かなり前のことでないか。(吉田氏の師匠格であった小林秀雄が語っていてもよさそうだ)。


もちろん反ルサンチマン、反同情だけでなく、反キリスト、反フェミニズム的ニーチェも同様。

《書物はまさに、人が手もとにかくまっているものを隠すためにこそ、書かれるのではないか。(……)すべての哲学はさらに一つの哲学を隠している。すべての意見はまた一つの隠れ家であり、すべてのことばはまた一つの仮面である。》(ニーチェ『善悪の彼岸』289番)

――そもそも強烈に何度も反復される批難というものは、《それを語った当人に戻してみることこそ、必要なのである。》(フロイト)


ニーチェが、女性にたいして終生無器用だったからこそ、性欲の処理に困惑を極めたからこそ、あるいは妻を求めて空しかったからこそ、たとえば、次のように語られたのではないかと一時でも疑ってみよう。

真理が女である、と仮定すれば-、どうであろうか。すべての哲学者は、彼らが独断家であったかぎり、女たちを理解することにかけては拙かったのではないか、という疑念はもっともなことではあるまいか。彼らはこれまで真理を手に入れる際に、いつも恐るべき真面目さと不器用な厚かましさをもってしたが、これこそは女っ子に取り入るには全く拙劣で下手くそな遣り口ではなかったか。女たちが籠洛されなかったのは確かなことだ。(ニーチェ『善悪の彼岸』序文) 

寡聞にしてその信憑性が明らかではないが、次のようなエピソードなどもある。

ニーチェはワーグナーと交際していたとき、ワーグナーはニーチェの健康を心配し、彼の体の不調は過度のマスターベーションにその 原因があるのではないかと考えて彼に結婚をすすめた。1876年31歳のニーチェは結婚しようという考えを抱くようになる。体調が悪く 大学の講義を中止し保養旅行にでかける。ジュネーブに滞在中に若いオランダ女性と出会い、わずか4時間一緒に散歩しただけで、彼女に 手紙で求婚した。異性との交際の経験がないニーチェは交際のノウハウなど持っていないのであっさり断られる。(ニーチェの恋


「全く拙劣で下手くそな遣り口」のため、「女たち=真理は籠洛されなかったのではないか」、――この文は、ときには、《それを語った当人に戻してみることこそ、必要》なのではないか。

ここでラカンの『同一化』セミネールからニーチェの谺を抜き出そう。

真理は乙女である。真理はすべての乙女のように本質的に迷えるものである。「我思う」にしても同様である。教授連中にとって「我思う」が簡単に通用するのは、彼らがそこにあまり詳しく立止まらないからにすぎない。(ラカン『同一化』)

――私はこう思う、私の意見では、私はこれこれが好きです、などとも同様。

《「我思う」というのは、論理的には幾人かの論理学者を困らした「私は嘘をつく」以上に確固としてものではない。》(ラカン「同一化」)

《「我思う」は、「私は考えていると思っている」と捉えることができる、そしてそれは、「彼女は私を愛していると私は思う」以外の何ものでもない。》(同上)

ーー安易に語られる「私は思う」、「私は好きです」、などいう発話は、ただひたすらその人物の過剰なナルシシズムを振りまいているだけにしか見えず、その臭気に鼻を抓むよりほかない。ーーああ、ツイッターなどにこの手合いのなんと多いこと!


いずれにせよ、ニーチェに対してだって、《……なぜなら、私の興味をひくのは、人々のいおうとしている内容ではなくて、人々がそれをいっているときの言いぶりだからで、その言いぶりも、すくなくともそこに彼らの性格とか彼らのこっけいさがにじみでているのでなくてはいけなかった》(プルースト「見出された時」)であるべきなのであり、《誰かが何かを言うときには、文章あるいは主張が議論に載せられますが、言っていることに対して主体がとっている位置に注目することもできま す。いいかえれば、彼のメタ-言語学的位置に注意を向けるのです。彼は自分の言っていることをどうみているだろうか?》(ミレール「ラカンの臨床的観点への序論」)なのだ。


…………

《人生への愛、それはわれわれに疑惑をいだかせる女への愛なのだ……》(ニーチェ対ワーグナー・エピローグ)


さてもうひとつ、ニーチェの語り口を耳をすまして聞いてみよう。

ここでついでに、わたしは女というものが何かをよく知っていると、あえて仮説的に主張してようだろうか? この知識は、ディオニュソスがわたしに持ってきてくれた財産の一端である。ことによったら、私は、「永遠の女性」の本質に通じた最初の心理学者なのかもしれない。女という女はわたしを愛するーーいまさらのことではない。もっとも、かたわになった女たち、子供を産む器官を失った例の「解放された女性群」は別だ。 ――幸いにしてわたしには、八つ裂きにされたいという気はない。完全な女は、愛する者を引き裂くのだ ……わたしは、そういう愛らしい狂乱女〔メナーデ〕たちを知っている ……ああ、なんという危険な、足音をたてない、地中にかくれ住む、小さな猛獣だろう! しかも実にかわいい! (『この人を見よ』手塚富雄訳) 



ーー《語りたまえ、そうすればすべてが明らかになる。出来事と諸力に対するきみたちの位置、きみたちの盲目性、きみたちの操作の範囲、きみたちの暗黙の信仰、鏡のなかの自分自身を見るきみたちの仕方が …語りたまえ、そうすればいまにもきみたちは思わず本心を洩らすだろう。叙述したまえ、そうすればきみたちは、自分の思考で考えていることよりずっと多くを言うだろう。悪と関わるきみたちのやり方。ただひとつの悪、実存することの悪だ。全能なる羨望と嫉妬のなかで。一般化された大人の稚拙さのなかで。》

もうすこしソレルス『女たち』から引用を続けよう。

(…… )わかりきったことだ。そいつは前面に出てくる。哲学者は旅の逸話のなかで馬脚をあらわす。政治家は物語の色合いの秩序のなかで。さあ、耳をそばだててよく聞くがいい。ヒステリーはその後ろ、すぐ後ろにある、聴診器なんかいらない、それはどんなにささいな文章をも際立たせ、最もささいな形容詞のなかでもそれがふつふつと沸き立っているのが聞こえる。途方もない無意識の退廃、そしてぼく、ぼくが、ぼくが、ぼくが。純粋な思考、それは私だ。絶対への暗示、それは私だ。超越性、それは私、またしても私だ。歴史の意味、それは私だ。異論の余地のない善、それはつねに私、私でしかあり得ない。

(……)ナルシシズムのあの無限の機織り(……)、このナルシシズムにあっては、誰ひとり誰にも耳を傾けず、各々の生きた小片は一般化された夢遊病の性質を帯びている。眠りや死のそれ以外に、共通の場所、共同体の場所はないのだ。「人は理解し合っている」 …いや、理解なんかまったくしていない! これっぽちも! ……ぼくが、ぼくが、ぼくが …私が自分以外の存在を受け入れる振りをするのは、いまこの存在が腐敗しつつあり、私の望むとおりに霧散しつつあるような印象を私が抱いているからである

(……) …耳をかっぽじってよく聞くがいい …それはつねに女の問題なんだ、とどのつまり …人の語り合うことすべてが …女「なるもの」を伝えるため …問いのなかの問いから逃れるためだ …to beではなく……not to be でもなく …「父」… 禁断の核 …(ソレルス『女たち』鈴木創士訳)


――というわけで、この<わたくし>の度重なる「私は思う」「私は好きです」批判も《それを語った当人に戻してみることこそ、必要なのである。》(フロイト)