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2014年11月9日日曜日

ナウモフ BWV106、BWV105

◆Naoumoff BWV 106「神の時は いとも ただしGottes Zeit ist die allerbeste Zeit」



◆György Kurtág BWV106



◆Karl Richter 1966




…………

◆Naoumoff  BWV 105




◆Gunthild WEBER 1952





2014年11月8日土曜日

ナウモフ 平均律BWV862フーガ、あるいはシューマン

まず二人の名演奏家のBWV862(バッハ平均律第一巻十七番変イ長調)。

◆Richter plays Bach: WTC1 No. 17 BWV 862 Fugue




◆Edwin Fischer: Das Wohltemperierte Klavier, Book I BWV 862 (Bach)

ーープレリュードも含む。




そしてエミール・ナウモフによるフーガ。

◆Naoumoff plays Bach's fugue in A flat major from WTC 1





ーーさてどの演奏がお気に入りかどうかはどうでもよろしい。このフーガはすばらしい。シューマンが調性を短調にかえて見事にパクったことは、知る人ぞ知るである。






バッハ、フォーレへの執拗な愛、そして幼い頃からの教師であったナディア・ブーランジュNadia Boulanger(彼女はフォーレの生徒だった)へのノスタルジックな愛溢れる自作ワルツをママ・ナディアに捧げるなど(Valse pour Nadia for piano four hands)、いかにもおたく風のエミール・ナウモフであるが、次のようにマエストロ然としてシューマンを弾くNaoumoffもいる。






ナウモフよ、きみはこんな華麗な曲を無理してやる必要はないのではないか? とはいえシューマンだから許しちゃうが。でもこんな別な世界からやってきたような演奏があるからな→ Schumann - Carnaval op.9 - Michelangeli Lugano 1973ーーでも聴いてると、泣けるところいっぱいあるな……第18曲のAveuもいけるな、ピアニッシモの大家と呼ぶべきかーー、きみに惚れてるからな、オレ。

しかしこれに勝てるつもりかい?




どうせシューマンやるなら最晩年のOP.133やってくれないかな。〈母〉なるものへの愛のひとロラン・バルトが最も好んだ曲のひとつシューマンの最晩年の狂気直前に作った暁の歌を。どうもこれといった演奏に当らないから。マエストロ・ナウモフだったら、OP.133いけるんじゃないか、OP.9の第5曲Eusebius.でやった感じでさ。

ただ一度だけ、写真が、思い出と同じくらい確実な感情を私の心に呼びさましたのだ。それはプルーストが経験した感情と同じものである。彼はある日、靴を脱ごうとして身をかがめたとき、とつぜん記憶のなかに祖母の本当の顔を認め、《完璧な無意志的記憶によって、初めて、祖母の生き生きした実在を見出した》のである。シュヌヴィエール=シュル=マルヌの町の名も知れぬ写真家が、自分の母親(あるいは、よくわからないが、自分の妻)の世にも見事な一枚の写真を遺したナダールと同じように、真実の媒介者となったのだ。その写真家は、職業上の義務を超える写真を撮ったのであり、その写真は、写真の技術的実体)から当然期待しうる以上のものをとらえていたのだ。さらに言うなら(というのも、私はその真実が何であるかを言おうとつとめているのだから、この「温室の写真」は、私にとって、シューマンが発狂する前に書いた最後の楽曲、あの『朝の歌』(暁の歌)の第一曲のようなものだった。それは母の実体とも一致するし、また、母の死を悼む私の悲しみとも一致する。この一致について語るためには、形容詞を無限に連ねていくしかないだろう。…(ロラン・バルト『明るい部屋』)





ナウモフ BWV244-BWV727 「血しおしたたる」

◆カール・リヒター1958(Münchener Bach-Orchester, Karl Richter, Münchener Bach-Chor, Münchner C - Matthäuspassion)







ーー少年の頃マタイにめぐり合って先ずは最初にひどく惹かれたのは、上の二つのコラールだったな。「血しおしたたる」なんて、中学生2年生のとき、スコアに音を拾って、ピアノで弾いてみるなどということもしたから。

上の第62曲と63Bの箇所が含まれるKoopmanのーー彼の指揮するカンタータはいまではリヒターより好む作品もあるのだけれどーーこのは、やはり失望してしまう(高校生のとき最初に生演奏で聴いたシェリング指揮も同様で、がっかりした)。




要するにこのあたりのことは浅田彰がほぼ完璧に指摘している。カラヤンの世代ーーまあオレは交響曲をたいして聴かないほうだから、カラヤンに嵌っていたわけではないがーーそうはいっても「聴取の退化」の世代として育ったからな。

当時、レオンハルトやアルノンクールがやり始めたのは、厳密な校訂を通じてバッハならバッハの元の楽譜をできるだけオリジナルに近い形で復元し、徹底的に研究した上で、当時の楽器、あるいはできるだけそれに近いものを使って、19世紀ロマン派以後に広まった妙な感情移入やドラマティックな演出(とくにテンポの伸縮)なしにザッハリッヒ(即物的)に演奏するということです。いわゆるピリオド楽器によるオーセンティックな奏法ですね。それが対立しているのは、ヴァーグナーから(指揮者だと)フルトヴェングラーを通じてカラヤンに至るようなロマン主義的な演奏のスタイル、どんな音楽でもヴァーグナーのように巨大なオーケストラを使ってドラマティックに演奏してしまうスタイルです。カラヤンに至ると、縦の線をほとんど無視してテンポを主観的に伸縮させながら音楽を流線型の華麗な流れと化し、半強制的な感情移入によって聴衆をそのなかに引きずり込んでいく、というようになる。ある種、ファシズム的な美学ですね。それは言い過ぎだといても、後期資本主義社会における「聴取の退化」(アドルノ)の典型です。それに対して「ノン」と言ったのがレオンハルトやアルノンクールといった人たちだった(古楽でも、カール・リヒターらの演奏は、むろんカラヤンとは違うとはいえ、どこかそれに通じる壮麗なドラマとして演出されていたので、それに対比しても彼らの新しさは明らかです)。要するに、大オーケストラや大コーラスはやめる。そもそもバッハの時代は10人、20人でやっていたのだから、それでいいではないか。縦の線を重視し、むしろ機械的なくらい速めで一定のテンポを保つ。強弱も、連続的なグラデーションで変化させるより、むしろ機械的に強弱を対立させる。ヴィブラートによる表情豊かな表現を排し、できるだけノンヴィブラートであっさり弾く。このように、カラヤンに極まるような、流線型の巨大なオーケストラ音楽で共同体の感情移入を誘うという方向に対し、むしろそれを異化する。ザッハリッヒに、言い換えれば風通しよくドライにいくというのが、この時代に始まったことです。これは古楽で始まったわけですが、アルノンクールなどの場合、その後モーツァルトやベートーヴェン、さらにはロマン派でもそういう形でやってみたらどうかということになってくる。60年代はマイナーだったのが、いまやメジャー化したとは言わないまでもずいぶん一般化してきた。実をいえば、昔の楽器や奏法をどんなに研究しても、録音はないんだし、当時本当にどんな演奏が行なわれていたかはわからないんで、僕なんかはピリオド楽器によるオーセンティックな奏法と称するものの流行がちょっと行き過ぎているんじゃないかと思ったりもする。それこそゴダール的に、たんに音楽があるので、正しい音楽なんてない、と言いたくなったりもする。ともあれ、それくらい、正しい音楽を可能なかぎり歴史的研究で裏付けて演奏しよう、ロマン派の時代にこびりついた余分な化粧は削ぎ落とそうという動きは、古楽の枠をこえて、かなり一般的になってきているんですね。(ちなみに、古楽的なアプローチではなく、現代のオーケストラを使った演奏でも、ストローブ=ユイレのシェーンベルクのシリーズで指揮者を勤めているギーレン[シェーンベルクの女婿のノーノから推薦された]などは、カラヤン的な演奏とはまったく違う、非情なまでにザッハリッヒな演奏スタイルを貫いてきました。ベルリンで彼がアドルノの小品とベルクのヴァイオリン協奏曲を振るのを聴いたことがあるのですが、後半のシューベルトの第8交響曲は、フルトヴェングラーの演奏だと「天国のように長い」はずが、その1.5倍はあるんじゃないかと思われる超高速でさーっと演奏され、さすがに唖然とさせられたものです。)(講演「ダニエル・ユイレ追悼――ストローブ=ユイレの軌跡 1962-2006」2006年12月9日 浅田彰ーー「カール・リヒターとメランコリー」)

…………

マタイ受難曲に調性を変えてくり返し要所にでてくるコラール「血しおしたたる」(O Haupt voll Blut und Wunden」をィリップ・ヘレヴェッヘ(Philippe Herreweghe)の指揮にてまとめたものがある。


◆Bach Matthew Passion Chorale Settings - O Haupt voll Blut und Wunden




◆血しお したたるの日本語版(O Haupt Voll Blut Und Wunden:Bach BWV244 Japanese ver.)




《昨日はマタイ受難曲を全部聴いたんだよ。いやぁバッハはすごいね。僕らはクリスチャンじゃないけどなんなんだろう……》(武満徹 1996年2月19日

※武満 徹(1930年10月8日 - 1996年2月20日

ーーマタイなんて体力衰えているとき(あるいは老いてきたら)、集中して全曲なんて聴かないほうがいいぜ、ボロボロになって、クタバっちまうから。


…………

ナウモフは少年のまま初老になったような男だ。夢中になった曲は、少年のときには誰しもこのように思い入れたっぷりに演奏してみるものだ。それに好悪はあるだろう。わたくしは彼の平均律のいくつかはほとんど聴くに耐えない(今のところ?)。だがコラールのたぐいは許す、許してしまう、いやこれでいいのだ、と思う。


Nadia Boulanger en Emile Naoumoff (Bruno Monsaingeon)

※「Nadia Boulanger teaching Emile Naoumoff age 10」の映像はグールドを撮り続けたBruno Monsaingeonによる映像作品。


◆Naoumoff plays his own piano transcription of Bach's organ Choral Prelude Herzlich thut mich verlangen BWV 727




◆J.S. Bach - Chorale 'Herzlich tut mich verlangen' BWV 727




Emile Naoumoff plays Bach on Organ in Jeu de Paume, Fontainebleau 1972などというものもある。ナウモフは1962年生まれであり、当時10歳ということになる。





※Fournier / Moore(2曲目)



ーーこんなフルニエのスタイルでも、いまの人は許せないのかもなあ。カール・リヒターがアルヒーフでレコード出していたのと同じように、フルニエもアルヒーフだったから、バッハのチェロ曲は、最初にフルニエで聴いたんだけど。








2014年11月7日金曜日

ナウモフ Byrd - アヴェ・ヴェルム・コルプスAve Verum Corpus

◆Byrd(ウィリアム・バード) - Ave Verum Corpus (The Tallis Scholarsタリス・スコラーズ)




◆Naoumoff plays Byrd's Ave Verum




◆Glenn Gould - William Byrd "First Pavan and Galliard"





2014年11月6日木曜日

ナウモフ-マタイBWV244:「愛ゆえに 我が救い主は死に給う」

バッハを聴き続ける、ピアニストとしては二流かもしれないナウモフのバッハへの愛を拠り所にして(とはいえ、こんなものもあるのだが→ Prats, Queffélec, Naoumoff, Berman, Koroliov - Live Concert)。

◆Naoumoff「愛ゆえに 我が救い主は死に給う」( Aus Liebe will mein Heiland sterben )





◆ Gundula Janowitz. From the 1973 recording by Herbert von Karajan 





◆Dorothee Mields Herrewege





…………

◆フィシャー・ディスカウDietrich Fischer-Dieskauによる

第64曲 Am Abend, da es kühle war 夕暮れの涼しいときに、
第65曲 Mache dich, mein Herze, rein おのれを潔めよ、私の心よ







ナウモフ バッハカンタータBWV12,127,202




…………


◆BWV 127  Naoumoff





◆BWV127-3  Barbara Schlick






…………

◆BWV202 Naoumoff





◆BWV202  Dorothee Mields






…………

◆BWV12-1,2  Naoumoff




◆BWV12-1 Ton Koopman




◆BWV12-2 Ton Koopman





…………


◆BWV 21 Barbara Schlick 







2014年3月27日木曜日

主よ深きふちの底より

主よ深きふちの底より」--マルティン・ルターが1523年に作詞作曲し、ルターの協力者ヨハン・ワルターが1524年に編曲したコラール。ヨハン・ゼバスティアン・バッハの教会カンタータBWV38「深き悩みの淵より、われ汝に呼ばわる」に取り入れられている。オルガンBWV686、BWV687。

ーーということは知らなかった。


クルターグ・ジェルジュ(Kurtág György)編曲(ジェルジュ夫妻演奏)





◆Aus tiefer Not schrei ich zu dir BWV 687 (G. Leonhard)




◆BWV 38 "Aus tiefer Not schrei ich zu Dir" (Nikolaus Harnoncourt)



ーー最初の合唱は、カール・リヒターの指揮のものは(今のわたくしには)ちょっといけない(CDはこれしかなく、長い間これしか聴いていなかったのだが。もっともいまだ第五曲の魅惑はリヒターにある)。

ヘレヴェッヘ指揮の合唱も捨てがたい。というか何度も聴けば、アーノンクールの清澄な合唱よりもこの沈潜した歌声に魅されるようになるのは、実は今から分かっている。アーノンクールのボーイソプラノ好みは、初回の印象の快さあるにしろ、飽きが早く来てしまうのだ。



◆Mendelssohn & Brahms Sacred Motets - Aus Tiefer Noth Schrei'ich Zu Dir Op. 23 #1




…………


クルターグ・ジェルジュの編曲が、いまのわたくしには限りなく美しく聴こえる、そして夫妻の演奏が。「深きふちの底より」より湧き上がる老夫妻の輝く歌声。





ーー途中でクルターグが笑みを浮かべつつも奥さんになにか囁こうとする、なにを言ったのだろう…急がないで、もう少しゆっくり! などとは彼はけっしていわないだろう…「メモ:クルターグ・ジェルジュ(Kurtág György)」に貼り付けた別のリサイタル(0.21.55と1.22.30と二回演奏される)ではもうすこしテンポが遅いように感じないでもない(とくにフレーズの入り方)。だが、こういったオシドリ夫婦にいったん愛着をもってしまえば、どんな演奏をされても好感を抱いてしまうところが、わたくしにはある。


もっとも、このBWV106は、ついこの間まで、エミール・ナウモフEmile Naoumoffの編曲演奏ばかり聴いていたせいで、彼の演奏のテンポ感に引き摺られているのかもしれない。






…………


少年期のロマンティシズムによる「深いふちの底より」のヴァリエーション。

ぼくは見ることを学んでいる。どういうものか、見るものすべてがいっそう深くぼくの内部へはいり込んで来て、いつもおしまいになるところへ来てもいっこうに止まろうとしない。ぼくの内部には、自分でもわからない深い淵があるらしい。今はすべてがそこへ向けて落ちて行く。そこで何が起こっているのか、ぼくは知らない。(リルケ『マルテの手記』)





低く降りてゆけ、ひたすら降りて
永遠なる孤独な世界
世界ではない世界、まさしく世界でないものに向かってゆけ
内部の闇、……(T.S.エリオット『四つの四重奏』千葉文夫訳)

それは認知しがたいほどかすかな裂目である。空間と時間との裂目である。このかすかに見える割れ目をこえて一方から他方に行くのに一人の人間の全生涯を必要とするのである。あるいはそれ以上のものが必要なのだとさえ言いたい。あるいは一人の人間の生涯とはそういうものなのだと定義できるのかも知れない。この裂目を歩み出すと、それが限りなく幅の広い、深い淵なのだということに気がつくだろう。(森有正『定義集』




奇態な両義性ということについていえば、メキシコの広大な空のもと微光が瀰漫しているところへ、しだいに赤っぽい粉のような気配がただよいはじめて、そしてついに日が昏れるまでの、長い長い時間、僕は決して当の時間の進行のゆったりさ加減に苛立つことはなかった。時間の汐溜りのなかに、プランクトンさながら漂っている気分だったわけだ。ヒカリが障害を持って生まれて以来、自分とかれの情動のどこかが癒着しているようにしてずっと生きて来たのに、ヒカリのこともその弟妹のことも、かれらの母親のこともまた、まったく考えず一日を終えたことに気がついたりしていた。むしろ僕は、四国の森のなかの谷間ですごした子供の時分に、長い時のゆっくりした進行をいささかも苦にせず、底の深い淵にでもひたっているような気持だった時期の、その再現を経験している思いでもあったのである。(大江健三郎『懐かしい年への手紙』)






鳩歩む この静かな屋根は
松と墓の間(ま)に脈打って
真昼の海は正に焔。
海、常にあらたまる海!
一筋の思ひの後のこの報ひ、
神々の静けさへの長い眺め

細かな燦めきの清らかな働きが
見えぬ飛沫(しぶき)のダイヤを費ひ(つかい)尽くし、
何たる平和のはらまるるかに見ゆることよ!
一つの陽の影が深い淵の上に休らふ時
「永遠の動因」の純粋な所産――
「時」は輝き、「夢」はただちに「知」! (ヴァレリー「海辺の墓地」中井久夫訳)







ーーもちろんDinu Lipattiの名演や、あるいはNikolayevaの深い淵の底で吃るような演奏があるのを知らないわけではない。だがたまに異なった演奏で聴いてみようではないか。Vladimir HorowitzEdwin Fischerのものだってある。

Peter Profant? 初耳だな、この名前。えっ? 高音が甘美になりすぎるだって? でも少年のころだったら惚れただろう…Jacqueline du PréのBWV564を想い出すな…







2014年2月16日日曜日

バッハカンタータBWV12 第一曲、第二曲

◆第一曲シンフォニア




エミール・ナウモフ 編曲演奏(第一、二曲)




※BWV12第二曲→ バッハカンタータBWV12とヴィヴァルディPiango, gemo, sospiro e peno


◆リスト編曲第二曲(ホロビッツ演奏)






…………

◆ナウモフ編曲(フォーレ弦楽四重奏曲OP.121 アンダンテ)




◆OP.121 アンダンテ(演奏カルテット名不明)






◆プルーストの「囚われの女」より

……この音楽のなかで、くらがりにうごめくはっきりしない幼虫のように目につかなかったいくつかの楽節が、いまはまぶしいばかりにあかるい建造物になっていた。そのなかのある楽節はうちとけた女の友人たちにそっくりだった、はじめはそういう女たちに似ていることが私にはほとんど見わけられなかった、せいぜいみにくい女たちのようにしか見えなかった、ところが、たとえば最初虫の好かなかった相手でも、いったん気持が通じたとなると、思いも設けなかった友人を発見したような気にわれわれがなる、そんな相手に似ているのであった。





2013年10月15日火曜日

音楽メモ(エミール・ナウモフEmile Naoumoffとナディア・ブーランジュNadia Boulanger)

◆エミール・ナウモフEmile Naoumoffのバッハ編曲演奏





そもそも、わたくしは、バッハの受難曲やカンタータ、コラール変奏曲などをひどく愛しているのが明らかなひとたちの演奏を聴くと、ほとんど批評力を失ってしまう。少年時代に愛したそれらの曲から今後も逃れることはできそうもない。要するにほとんどなにを聴いても、ひどく共鳴してしまう。

ナウモフよ、「いくら何んでも、こんなに枯れてしまい、ヤマも起伏もない曲ばかりやっていたら、聴衆には愛想を尽かされるだろうよ」などという感慨を抱かないでもないが。

《人好きのする音楽になってくせに、反面、先方からなれなれしく近づいてくることのない、節度ある控え目ーーニーチェなら「距離のパトス」と呼んだであろうところの、一種の気位の高さーーが感じられるのであった》--これはフォーレのある曲にたいする吉田秀和の評言であるが、最近では先方からなれなれしく近づいてこないと、聴衆は歓びはしないのさ……



◆かつての天才少年ナウモフとナディア・ブーランジュNadia Boulanger





◆ナウモフによるナディア・ブーランジュLux Aeterna編曲






フォレの弟子であったナディアの真骨頂だろう(「Fauré」は「フォレ」と読まなければ、海外では通じない)。