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2013年7月14日日曜日

柄谷行人の「構造と反復」をめぐって

Kojin Karatani,  "Revolution and Repetition"(「革命と反復」)UMBR(a) UTOPIA A Journal of the Unconscious 2008という論文がウェブ上にある。http://xa.yimg.com/kq/groups/19143263/185633726/name/Conferencia.pdf


この論が、マルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』平凡社2008に附記された評判の高い「表象と反復」と同じものなのか、ひょっとしてその日本文は、最初に英語で書かれたのかもしれないこの論文の和訳されたものなのか(事実、柄谷行人の『ヒューモアとしての唯物論』所収の最初のいくつかの文章はそういったものだ)、または『歴史と反復』(「定本 柄谷行人集 5」) の第一章序説に当たられた『ルイ・ボナパルトのブリューメル一八日』の変奏なのか、、さらにはまったく別のものなのかどうかは、それらの本が手元にないので判然としないが、いずれにせよ柄谷行人の主張が簡潔にして明晰に書かれた論文に相違ない。

柄谷行人の論文を英語で読むのもなかなかいいものだ、文体のある種の臭みが抜けている。

《晩年のゲーテは『ファウスト』を決してドイツ語では読まなかった。読んだのはもっぱらネルヴァルのフランス散文詩訳である。おそらく、おのれの書いた原文の迫るなまなましさから距離を置きたくもあり、翻訳による快い違和感を面白がりもしていたのであろう。》(中井久夫「訳詩の生理学」)

"Revolution and Repetition"(「革命と反復」)は、《I believe that there is a repetition of history, and that it is possible to treat it scientifically. What is repeated is, to be sure, not an event but the structure, or the repetitive structure. Surprisingly, when a structure is repeated, the event often appears to be repeated as well. However, it is only the repetitive structure that can be repeated.》ーー「反復されるのは出来事ではない、構造である(……)反復的構造のみが反復されうる」と書かれていることからも分るように、まずは、「構造主義者」としてのマルクスの影響のもとに書かれているとしてよい。構造主義の創始者のひとりとされるレヴィ=ストロースが、二人の真なる師としてマルクスとフロイトを挙げているのを想起しておこう(『悲しき熱帯』)。


ここで『ブリュメール』の翻訳者植村邦彦の論文から抜き出しておく。

エドワード・サイードは、文学批評の方法を論じたエッセイの中で小説と「情況的現実」との関係を論じながら、やや唐突に次のように述べている。「しかしながら、いかなる小説家も、『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』を書いたときのマルクスほどに現実的情況について明確な態度を取ることはできないだろう。私から見れば、現実的情況が甥[ルイ・ボナパルト]を革新者としてではなくて、偉大な叔父[ナポレオン]の笑劇的な反復者として仕立て上げたことを示すときの筆法の正確さがこれほどに才気あふれ、これほどに圧倒的な力をもって迫ってくる著作はない」。

サイードが強調する第一点は、「マルクスの方法にとって言語や表象は決定的な重要性を持って」おり、「マルクスがあらゆる言語上の工夫を活用していることが『ブリュメール18日』を知的文献のパラダイムたらしめ」ているということであり、第二は、ナポレオン伝説によって育まれた「実にひどい過ち」を修正するために、「書き換えられた歴史は再び書き換えることが可能であることを示」そうとするマルクスの「批評的意識」である。(植村邦彦『マルクスにおける歴史認識の方法――『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』をめぐって――』)

さらに、『ブリュメール』におけるもっとも有名な一節を抜き出そう。

ヘーゲルはどこかで、すべての偉大な世界史的事実と世界史的人物はいわば二度現れる、と述べている。彼はこう付け加えるのを忘れた。一度は偉大な悲劇として、もう一度はみじめな笑劇として、と。(マルクス『ブリュメール』)

ジジェクの『ポストモダンの共産主義 ――はじめは悲劇として、二度めは笑劇として』は、マルクスの文が和訳では副題となっているが、原題は、“First As Tragedy, Then As Farce2009である。

柄谷行人の『トランスクリティーク』では、『資本論』序文から引用され、次のように書かれる。

ひょっとしたら誤解されるかもしれないから、一言しておこう。私は資本家や土地所有者の姿をけっしてばら色に描いてはいない。そしてここで問題になっているのは、経済的範疇〔カテゴリー〕の人格化であるかぎりでの、一定の階級関係と利害関係の担い手であるかぎりでの人間にすぎない。経済的社会構成の発展を自然史的過程としてとらえる私の立場は、他のどの立場にもまして、個人を諸関係に責任あるものとはしない。個人は、主観的にはどれほど諸関係を超越していようと、社会的にはやはり諸関係の所産なのである。(『資本論』「まえがき」)

彼の「立場」は、社会的な構造を自然必然性としてみることである。ここでは「責任」が出てこない。だが、マルクスは、自然史的立場に立つことによって、すなわち、責任を括弧に入れることで、このような視点を獲得しているのだ。社会的な関係を「自然史的」過程として見るとき、彼は「理論的」態度をとったといってよい。これは、主観や責任の括弧入れであって、その否定ではない。(柄谷行人『トランスクリティーク』p182 岩波書店)


同じ文が『トランスクリティーク』p320にも引用され、《資本は自己増殖するかぎりで資本であり、それは人間的「担い手」が誰であろうと、彼らがどう考えようと、貫徹されなければならない。それは個々人の欲望や意志とは関係ない》とされており、要するに個々人はここでは主体でありえない、というマルクスの洞察をめぐる柄谷行人がいる。もちろん「構造主義」的思考は万能ではないのであり、構造主義の前提となっているメタレベル、つまり《構造主義は、場所がそれを占めるものに優越すると考える新しい超越論的哲学と分かちがたい。》(ドゥルーズ「構造主義はなぜそうよばれるのか」)を柄谷行人は忘れているわけではない。だがドゥルーズのいう「超越論的」や、上に挙げた柄谷行人のいうような「責任」を、マルクスは括弧に括って語っているだけなのだ(肝心なのは「出来事」に決っている、だが「出来事」でさえも「構造」から出てくる場合が多いのだ、《Surprisingly, when a structure is repeated, the event often appears to be repeated as well.》)。

「暗き先触れ」としての純粋な出来事は、ドゥルーズ(日本では蓮實重彦が最初期に紹介しているはずだ)やジジェクなど、バティウによる変奏もふくめて、再三語られてきた。《雷は相異なる強度の落差で炸裂するが、その雷には、見えない、感じられない、暗き先触れが先行しており、これが予め、雷の走るべき経路を、だが背面において、あたかも窪みの状態で示すかのように、決定する。》(ドゥルーズ『差異と反復』財津理訳)

ーーこの文を読むと、わたくしは中井久夫の、《予感というものは、……まさに何かはわからないが何かが確実に存在しようとして息をひそめているという感覚である。むつかしいことではない。夏のはげしい驟雨の予感のたちこめるひとときを想像していただきたい。》(「世界における索引と徴候」)をすぐさま想到してしまう。だが、その「予感」が、純粋な出来事=意味の発生器である無意味の「シーニュ」であるのかどうかは、ここでは保留しておく。


もちろん柄谷行人にも《けっして構造には還元できない出来事性》としての「出来事」の指摘がある。《「歴史」は、構造の外にある。いいかえれば、相称的(対称的)でないような関係のなかでの交通として生じる。実際は、ひとが言うような出来事のほとんどは、構造から作り出されたものである。だが、けっして構造に還元できない出来事性があり、それのみが歴史と呼ばれるべきである。》(「村上春樹の「風景」)

阿部) 語りの工夫や形式性の追求、何でそういうことを性懲りもなくやり続けてしまうのかというと、やはりフィクションにおけるリアリティーの問題に関係します。フィクションにおけるリアルというのは、現実の出来事を自然な形でかたどることではなくフィクションという形式を常に覆っている現実といいますか、その形式性を突き詰めるほどに浮き彫りになってしまうまがいものとしての不自然さをこそ指すのではないか。それはもちろん蓮實さんの著作を僕なりに読んできた中で考えついたことでもあるわけですが、自分にとっては創作上の基盤になっています。(……)フィクションを扱う創作において重要なのは、それぞれの表現形式に不可避的に備わっている不自然さ、その規則を忠実に守ることによって浮き彫りになってくる、これは現実ではないというリアリティーをこそ際立たせることなんじゃないかと思っています。蓮實重彦×阿部和重「特別対談 『ピストルズ』-小説という形式性の追求」

ほとんどの小説には、「純粋な出来事」がない。 構造から生まれた「出来事」しかない。パロディしかない。パロディだったらまだよい、最近ではバスティッシュしかない。

ここにおいて、パスティッシュが登場し、それとともにパロディは不可能となってしまう。パスティッシュとは、確かにパロディと同様に、特異なあるいはユニークなスタイルを模倣するものであり、文体という仮面をかぶって、死せる言葉で語ることである。しかし、パスティッシュとはそうした物真似を中立的な立場で実践することなのであり、パロディのもっていたような秘められた動機、つまり諧謔的な刺激や、嘲笑や、模倣されるものがそれに比較して滑稽に見えるようなノーマル(規範的な)何かが存在するという気分を、もってはいないのである。パスティッシュとは無表情なパロディ、つまりユーモアのセンスを失ったパロディなのである。パロディがウェイン・ブースによって、たとえば一八世紀の、安定した滑稽なアイロニーと呼ばれたものであるとするなら、パスティッシュとは一つの奇妙な実践、無表情なアイロニーの現代的な実践ということになろう。(フレドリック・ジェイムソン「ポストモダニズムと消費社会」)

こうやって、柄谷行人の挑発的エクリチュールや発言が生まれることになる。

もはや「純文学」などという者はいない。しかも、純文学を軽侮することがアイロニーとしてあった時代もとうに終っている。今や新人作家がその二冊目のあとがきにつぎのように書く始末なのだ。《良いもの、つまんないかもしれないものも、ちゃんと読んでくれる人がいて、ごまかしがきかないくらい丸ごと伝わってしまうことはプロの喜び、幸せ、大嬉しいことです。しっかり生きて、立派な職人になりたい。いい仕事をしよう》(『うたかた/サンクチュアリ』)。

「立派な職人になる」と言うのは、一昔前なら、「大問題」を相手にする戦後派的な作家に対して身構えた作家の反語的な台詞としてありえただろう。それは、実際はひそかに“芸術家”を意味していたのである。そういうアイロニーはまだ村上春樹まではある。しかし、吉本ばななは、これを自信満々でいっているのではないかと思われる。それは文字どおり芸能人のファン・クラブ会誌にふさわしい言葉である。そもそも「職人」や「芸人」がどこにもいなくなった時代に、こういう言葉が吐かれていることは、知識人や芸術家が死語にひとしいことを端的に示している。(柄谷行人「死語をめぐって」1990)

《――近代文学が終わったということ、旧来の知識人の文化が終わったということは、どこでも見られる現象ですね。ヨーロッパではアニメやマンガが流行しています。

柄谷)(日本発の)マンガやアニメが(世界的に)流行しようとも、少しもかまわないのです。それが日本文化であるとしたら、世界中が「日本化」しているといってもいいかもしれない。

しかし、実際には、世界は別に「日本化」していないのです。日本では、知的・倫理的な要素が死に絶えてしまった。それを嘲笑する人たち(動物化した人間達)が、幅を利かせている

サブカルチャーはいい、マンガはいい、アニメはすばらしいというようなことは、かつてはイロニーとしていわれていた。その限りで、一応の批評性があった。ところが、今の日本ではもうイロニーはありません。たんに夜郎自大の肯定があるだけです。はっきりいって、現在の日本には何も無い。そして回復の余地も無い。》(柄谷行人「イロニーなき終焉」「近代文学の終り」2005より)

文学の地位が高くなることと、文学が道徳的課題を背負うこととは同じことだからです。その課題から解放されて自由になったら、文学はただの娯楽になるのです。それでもよければ、それでいいでしょう。どうぞ、そうしてください。それに、そもそも私は、倫理的であること、政治的であることを、無理に文学に求めるべきでないと考えています。はっきりいって、文学より大事なことがあると私は思っています。それと同時に、近代文学を作った小説という形式は、歴史的なものであって、すでにその役割を果たし尽くしたと思っているのです。(……)

いや、今も文学はある、という人がいます。しかし、そういうことをいうのが、孤立を覚悟してやっている少数の作家ならいいんですよ。実際、私はそのような人たちを励ますためにいろいろ書いてきたし、今後もそうするかもしれません。しかし、今、文学は健在であるというような人たちは、そういう人たちではない。その逆に、その存在が文学の死の歴然たる証明でしかないような連中がそのようにいうのです。(同「近代文学の終り」)
《今も文学はある、という人がいます。しかし、そういうことをいうのが、孤立を覚悟してやっている少数の作家ならいいんですよ。》--この文の「文学」にいくつかの別の語を当てはめてみることもできるだろう。


ジジェクがドゥルーズの「暗き先触れ」、その純粋な出来事を顕揚する文を引用しようと思ったのだが、寄り道が長くなった。ここではドゥルーズ研究者の小泉氏によって簡潔にまとめられている文を取り出すだけにする。

……「もう一人別なるドゥルーズ、精神分析とヘーゲルにより近いドゥルーズ、その帰結がより破壊的なドゥルーズ」を際立たせること、これがジジェクの賭け金である。

別なるドゥルーズとは、とりわけ『意味の論理学』のドゥルーズである。ジジェクの解釈によれば、純粋な出来事=意味の発生器である無意味、言いかえるなら、不毛な場としての潜勢的なものを静的に発生させる準原因や暗き先触れ、これはヘーゲルの否定性やラカンのファルス=身体なき器官に相当するのであって、これが構造化する「影の劇場」こそが、昨今の政治左翼以上に、現実の変革においては決定的に重要なのである。ドゥルーズ自身はそのことに気づいていなかったからこそ、「内的に行き詰まって」ガタリの下へ走ったというわけである。(書評:スラヴォイ・ジジェク『身体なき器官』小泉義之より)


さて、ここで、ドゥルーズの最晩年のインタヴュー「思い出すこと」より抜き出すことにしよう。

マルクスは間違っていたなどという主張を耳にする時、私には人が何を言いたいのか理解できません。マルクスは終わったなどと聞く時はなおさらです。現在急を要する仕事は、世界市場とは何なのか、その変化は何なのかを分析することです。そのためにはマルクスにもう一度立ち返らなければなりません。(……)

次の著作は『マルクスの偉大さ』というタイトルになるでしょう。それが最後の本です。(……)私はもう文章を書きたくありません。マルクスに関する本を終えたら、筆を置くつもりでいます。そうして後は、絵を書くでしょう。

ところで、そもそも「構造」とはなんなのか、そして「形式」とはどう違うのか。

私は仕事のための場をふたつもっている。ひとつはパリに、そしてもうひとつはいなかに。二ヶ所に、共通の品物はひとつもない。何ひとつとして運んだことがないからだ。それにもかかわらず、これらふたつの場所は同一性をもっている。なぜか? 用具類(用紙、ペン、机、振子時計、灰皿)の配置が同じだからである。空間の同一性を成立させるのはその構造なのだ。この私的な現象を見ただけでも十分に、構造主義というものがはっきりわかるだろう。すなわち、体系は事物の存在より重要である、ということだ。(『彼自身によるロラン・バルト』)

 《それは人間的「担い手」が誰であろうと、彼らがどう考えようと、貫徹されなければならない。それは個々人の欲望や意志とは関係ない》(マルクス=柄谷行人)--構造は主体よりも重要なのであり、たとえばいまわたくしはブログという構造の場で書いている。あるいは、ひとはSNSという構造の場(ツイッター、フェイスブックなど)で語る(ほとんどの場合、発酵のない条件反射的なパロールとして)。そこではひとはなによりも機能する形式(=構造)に囚われてしまう。資本家=インテリが情報を流し、消費者=非インテリが情報を受けとる。消費者もときには小商人として(つまり「にわか知識人」として)、情報を売ってみたくなる。SNSはほとんどの場合、「承認欲求」という資本(貨幣)を獲得するための守銭奴の情報の売り買いの場となっていることはないか。もちろん「承認欲求」などはいつでもある、だがSNSにおいては、情報の「形式的な」売買がすこぶる安易な「構造」を持っている。二一世紀十年が経って、かりに80年代の「ニュー・アカデミズム」の「笑劇としての反復」が窺われるのならば(ようするに当時は浅田彰の『構造と力』やらドゥルーズの本を抱えて街を歩くのがファッションになっていたのだがその「反復」があるとすれば)、SNSの「機能する形式」が大いに貢献しているのではないか。

彼等は相異なる生産物を交換において等価物として等置することにより、相異なる労働を人間的労働として等置する。彼らは意識していないが、しかしそう行なうのである。

だから、価値なるものの額(ひたい)には、それが何であるかということは書かれていない。むしろ価値が、どの労働生産物をも一つの社会的象形文字に転化する。のちにいたって、ひとびとは、この象形文字の意味を解こうとし、彼ら自身の社会的産物――けだし、価値としての諸使用対象の規定は言語と同じように彼らの社会的産物であるーーの秘密を探ろうとする。(マルクス『資本論』)
「意識しないが、しかしそう行なう」に注目しよう、そして「言語と同じように」に。ここで、マルクスはフロイトの「無意識」を先行して語っている、あるいは「無意識は言語と同じように構造化されている」(ラカン)を。つまるところ、言語(あるいは情報)の交換も、「守銭奴」の論理、マルクスの価値形態論の傘下なのだ。
マルクスが資本の考察を守銭奴から始めたことに注意すべきである。守銭奴がもつのは、物(使用価値)への欲望ではなくて、等価形態に在る物への欲動――私はそれを欲望と区別するためにフロイトにならってそう呼ぶことにしたいーーなのだ。別の言い方をすれば、守銭奴の欲動は、物への欲望ではなくて、それを犠牲にしても、等価形態という「場」(ポジション)に立とうとする欲動である、この欲動はマルクスがいったように、神学的・形而上的なものをはらんでいる。守銭奴はいわば「天国に宝を積む」のだから。(柄谷行人『トランスクリティーク』)

情報の使用価値への欲望ではない、等価形態という「場」に立とうとする欲動(承認欲求という「貨幣」への無限の欲動)のため「情報」はフェティシュ=対象aとして機能していることはないか。《そんなに情報集めてどうするの/そんなに急いで何をするの/頭はからっぽのまま》(茨木のり子「時代おくれ」)

《ヘーゲルの他者は欲望する者として主体も同様の欲望をもつことを必要とします。主体から承認を受けるためです。他者が欲するものはaです。ここにあらゆる袋小路の元凶があります。》(ラカン「不安」セミネール)ーーもっとも、ここでのaは、厳密に言えば、objet (petit) aのaではなく、i(a)=イマジネールな他者の小文字のaであるだろうが、今は不問にする。
どんな対象もーーそれがもつ魅力がその直接的属性ではなく、それが構造内で占める場所によって生まれたものであるかぎりーー欲望の対象=原因として機能しうるが、われわれは構造的必然性から、その魅力は対象そのものに属しているのだという幻想の犠牲にならなければならない。(ジジェク『斜めから見る』)

小商人たちがリツイートやらファヴォやらを織り交ぜ、自らもなにやらつぶやいてみせるのは、《ぜひともその作品に接したいという欲望とはまったく別の理由からである。それは、みずからも、記号の記号としての固有名詞の流通に加担したいという意志にほかならない。/この意志は、隣人の模倣に端を発する群集心理といったことで説明しうるものではない。そこに、流行という現象が介在していることはいうまでもないが、実は流行現象そのものでもない。問題は、欠落を埋める記号を受けとめ、その中継点となることなのではなく、もはや特定の個人が起源であるとは断定しがたい知を共有しつつあることが求められているのである。新たな何かを知るのではなく、知られている何かのイメージと戯れること、それが大衆化現象を支えている意志にほかならない。それは、知っていることの確認がもたらす安心感の連帯と呼ぶべきものだが(……)、そこにおいて、まがりなりにも芸術的とみなされる記号は、読まれ、聴かれ、見られる対象としてあるのではない、ともにその名を目にしてうなずきあえる記号であれば充分なのである。だから、それを解読の対象なのだと思ってはならない。》(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』)

日本的スノビズムとは、歴史的理念も知的・道徳的な内容もなしに、空虚な形式的ゲームに命をかけるような生活様式を意味します。それは、伝統指向でも内部指向でもなく、他人指向の極端な形態なのです。そこには他者に承認されたいという欲望しかありません。たとえば、他人がどう思うかということしか考えていないにもかかわらず、他人のことをすこしも考えたことがない、強い自意識があるのに、まるで内面性がない、そういうタイプの人が多い。最近の若手批評家などは、そういう人ばかりです。(柄谷行人『近代文学の終り』より)

ところで、ある時期から、構造主義批判があり、ポスト構造主義の言説が流通しているのは周知だろう。

「構造」は、はじめのうちは良き価値であったのに、あまりにもおおぜいの人びとの念頭で動きのない形式(「設計図」、「図式」、「モデル」)として考えられているということがあきらかになったとき、信用を失う羽目となった。が、幸いにも「構造化」ということばがそばにあった。そしてそれが、役わりを引き継ぎ、飛切の有力な価値を含意することとなったのだ。すなわち《つくり、おこなうこと》、倒錯的な(「何のあてもない」)費用支出、という価値である。(『彼自身によるロラン・バルト』)

構造は作用する形式であることを忘れてはならない。もしそれを忘却しないなら、思考するためにはだれもが(――としておこう)まずは構造主義者でなくてはならない。

構造主義者、いったい誰がいまだにそうであろうか。ところが、彼はそうなのだ、少なくとも次のような点では。均等にさわがしい場所は、彼には構造性をもたないものに見える。なぜなら、その場所ではもはや沈黙か発言を選ぶ自由がないからだ(バーで、隣り合って人に彼は何回言ったことがあるだろう、《話ができませんね、あんまり音がうるさくて》)。構造とは、私にすくなくとも二項を提供するものであり、そこで私は自分の望むとおりにその一方にマークをつけ、他方を捨て去ることができる。それゆえ構造とは、つまることろ自由の(控えめな)担保である。あの日の私の沈黙にどうやってひとつの意味を与えてやれるだろうか、《どのみち》私は話ができない以上。(『彼自身』)

柄谷行人と蓮實重彦の対話をも抜き出そう。

蓮實)それにも、こっちはやや責任がないわけではないけれども、構造主義が定着しなかったのは、そもそも構造というものが思考しがたいというのが、ひとつあるわけでしょう。構造は図式ではなく機能する形式だという点で、思考の対象たりがたい。それはやはり歴史的な体験の欠如からくるものでしょうね、たぶん。だから機能する構造の歴史を見てゆけば、構造主義になるはずだということがあると思うわけ。

ただし、もうひとつ機能する形式に対する感性の不在ね。三島由紀夫だってそうした形式に対しての感性はまったくないと思うわけ。

柄谷)ないね。

蓮實)形とかフォルムとか、そういうものに対する感性が彼には欠けている。彼が持っているのは、機能を停止したあとの形式のイメージにすぎない。だからせいぜい安保の対応をどうかするという程度のことでしょう。形式は生きられていないですよね。

その形式に僕は魅かれます。だからレヴィ・ストロースを読んで、いろんな不満があったって、最終的にはやっぱり偉い人だ。三島を読むより、文学的に高度な興奮を与えてくれますもの。しかし、なぜ批評がフォルムを括弧に括った形で平気でいられるんだろう。

いわば形式に眩惑されていないわけね、眩惑されれば恐ろしくて逃げるやつが出てくると思う。それはいいのです。フォルムなんて怖くてやってられないっていって。ところが怖くて逃げているわけじゃなくて、それはそういうものもあるだろうけれども、適当にそれなしでやっていけると高を括って無感覚に安住する形で避けているだけなんですね。(『闘争のエチカ』)

あるいは。

柄谷)いま言われた形式のことでも、アリストテレスが形式と内容の区別をしたわけね。これはよく考えれば、すごく大きな問題なんですね。これをどう読むかでずっと批評がつづいてきたといってもよい。いろんな言い方をしても、この二元論は残っていますね。シニフィアンとシニフィエというような議論もその中にある。よく西欧の思考は二元論だから、それをこえなければならないというけれども、僕はそうは思わないんですね。「形式と内容」の区別が、形式主義を生みだすわけですからね。日本の思考においては、はじめから二元論が忌避される傾向がありますね。


蓮實)さっきの話に戻ると、二元論はだめだと、誰かが言ったらみんな信じちゃったわけですよ、結局は。なるほど形式と内容というのは、現実かどうかわからない。ただし概念としては機能するわけですよ、絶対に。それを機能させることが、形式というものに対する感性を養うことになるわけでしょう。


丸山圭三郎によると、アリストテレス的な単純な形式と内容は、シニフィアンとシニフィエではない。ソシュールには確かにもっと複雑な何かがある。しかし、それを先に言っちゃうと、概念として機能する二元論を消しちゃうわけですよ。一般には僕は二元論を回避する人間だと言われておりますけれどもね。そんなことないわけなんですよ。


僕も、どこかで形式と内容というのは、現実としては抽象でしかないという感じがしているわけです。ただし概念操作としては、明らかに機能しているし、僕もその機能に従って批評を書いたりするわけだし、ソシュールにしたってそうなんです。たぶん形式と内容といったものは、それ自体が大きなものとして括られて、ひとつの記号になっちゃうだろうということはわかっているけど、そのことを括弧に入れて仕事をせざるをえないわけですよ。こっちは二元論の罠に好んで落ちているわけで、べつに二元論を永遠に回避しようなんて思っているわけじゃない。二元論を回避するというのは、なんかのお終いであるわけですよ。そのなんかのお終いを自ら自分で演じて見せるほど、僕は図々しくもないし、またそれほど達観してもいないつもりです。


浅田君が二元論はいけないと言っているけれどもね。概念操作としては二元論というものは絶対必要なんですよ。(同上)

 …………

さてここで冒頭に戻って、"Revolution and Repetition"から、もうすこし引用する。

《Representation becomes actual repetition only when there is a structural similarity between the past and the present, that is to say, only when there is a repetitive structure inherent to the nation that transcends the consciousness of each individual.》

 《For instance, Giovanni Arrighi predicts that China will be the next hegemon in place of the Unites States. But I don't agree with him. No doubt China and India will be economic giants overwhelming the other empires, but as to whether China or India becomes a hegemon, that is another story.》

 《When capitalism is in crisis, the state will attempt to shore it up by all means. In this case, what is most likely is the world war.

Then, our most important and imminent task will be to create the transnational system to deter war, which is caused by the crisis of capitalism.》


柄谷行人=マルクスの歴史の反復的構造論は、基本的な部分では限りなく正しいのだろう(繰り返せば、超越論的主観の括弧入れをときに外してみる態度があるならば)。だが、柄谷行人によるその反復的構造論を周期説までに演繹して語ってしまうとき、その内実はひどく揺れ動くのであり(構造に還元できない出来事性によって逆に反復的構造が生まれるときもあるはずなのだが、おのれの発想に酔ってしまい--確かに示唆するところは大きいのだがーー、その観点が抜け落ちていはいないか、と疑いたくなるときがある)、それはかくの如し。

「歴史と反復」(『定本 柄谷行人集5』)の60年周期説は、近年120年周期説へと転回、1848年ヨーロッパ革命の1968年における反復構造など、世界資本主義の諸段階に即した対応関係が開示されつつあります第二回長池講義 高澤講義レジュメ)。


柄谷行人の周期説はわたくしの知る限り(いま憶い出す限り)、明治十年(西南戦争)と昭和十年(実際には昭和十一年 2.26事件)を対比させた「一九七〇年=昭和四十五年」1990という論文に始まる(『終焉をめぐって』)

明治十年は、1878年、昭和十年は、1935年なのだから、次の周期説は、そこからの「移動」である(いやこれは「移動」というより別の反復的構造なのだろう)。



このあと120年周期説への「移動」があるわけで、かつて、岩井克人との対談で、《コジューヴなんかも、歴史の終焉後はアメリカ的となるだろうと言ったり、次に日本的んいなるだろうと言ったり、しょっちゅう変えている。じつにいいかげんで(笑)。》(『終わりなき世界』p172)と語ったわけだが、これだけみると似たようなもので、「じつにいいかげん」と呟きたくなる。

もっともこの対談と同時期に、《コジューヴが「アメリカ」とか「日本」といっているのは、もともと実際のものではなく、ヘーゲルがそうしたように哲学的に反省された「原理」なのであって、そうでなければ滑稽な代物である。たとえば、「日本化」を「消費社会化」といいかえれば、コジューヴの考察はある妥当性と予見性をもっている。》(「歴史の終焉について」)と書いている。柄谷行人の洞察も「原理」として読む必要がある。そうであるならば、その妥当性と予見性は否定し難いものがある。

※コジューヴの有名な「日本的スノビズム」指摘の箇所は、ヘーゲル読解入門」の注にあり、たまたまウェブ上にその全文があるので、肝要な箇所を抜粋しておこう。
私がこの点での意見を根本的に変えたのは、最近日本に旅行した(一九五九年)後である。そこで私はその種において唯一の社会を見ることができた。その種において唯一のというのは、これが(農民であった秀吉により「封建制」が清算され、元々武士であったその後継者の家康により鎖国が構想され実現された後)ほとんど三百年の長きにわたって「歴史の終末」の期間の生活を、すなわちどのような内戦も対外的な戦争もない生活を経験した唯一の社会だからである。ところで、日本人の武士の現存在は、彼らが自己の生命を危険に晒すことを(決闘においてすら)やめながら、だからといって労働を始めたわけでもない、それでいてまったく動物的ではなかった。  「ポスト歴史の」日本の文明は「アメリカ的生活様式」とは正反対の道を進んだ。おそらく、日本にはもはや語の「ヨーロッパ的」或いは「歴史的」な意味での宗教も道徳も政治もないのであろう。だが、生のままのスノビズムがそこでは「自然的」或いは「動物的」な所与を否定する規律を創り出していた。これは、その効力において、日本や他の国々において「歴史的」行動から生まれたそれ、すなわち戦争と革命の闘争や強制労働から生まれた規律を遙かに凌駕していた。なるほど、能楽や茶道や華道などの日本特有のスノビスムの頂点(これに匹敵するものはどこにもない)は上層富裕階級の専有物だったし今もなおそうである。だが、執拗な社会的経済的な不平等にもかかわらず、日本人はすべて例外なくすっかり形式化された価値に基づき、すなわち「歴史的」という意味での「人間的」な内容をすべて失った価値に基づき、現に生きている。このようなわけで、究極的にはどの日本人も原理的には、純粋なスノビスムにより、まったく「無償の」自殺を行うことができる(古典的な武士の刀は飛行機や魚雷に取り替えることができる)。この自殺は、社会的政治的な内容をもった「歴史的」価値に基づいて遂行される闘争の中で冒される生命の危険とは何の関係もない。


まあ、どんな作家にも毒のようなものがあるわけで、それが読む者の中に溜まってきて、耐えられなくなることはあるのだけれど、柄谷行人にも、その毒に耐えつつ読む必要があるといえるかもしれない。


柄谷行人が、足尾銅山事故と福島原発事故を重ねてみているのは周知の通り。

柄谷行人氏「足尾銅山鉱毒事件は(略)水俣病などとは異質な系列にある。それはむしろ福島原発事件に類似している。(略)類似するのは何よりも、足尾銅山が東京電力と同様に、国策民営企業だったということである」文藝春秋臨時増刊『3.11から一年 100人の作家の言葉』より

周期説が正しければ、足尾銅山暴動事件から、三年後に「大逆事件」であり、60年代の反復的構造からいえば70年の三島由紀夫自決がある。つまり福島原発事故から三年後の来年、「大逆事件」、もしくは「三島由紀夫自決」が起こるはずだ。原発再稼動があるとすれば、たとえばノーベル賞作家がハンガーストライキをして「自決」し(「自決」といっても、今は二一世紀なのだから、いろんな自決がある、あるいは二度目どころかなんども反復されて起こるなら、いっそうのみじめな笑劇としての「自決」かもしれない)、世界に注目されるなどということが起こらないとは限らない。

若者たちがこの一劃をひと廻りする間に、水のいらない鬚剃道具一式を差し入れに来た、昨日の段階であまりにムサクルシイふうだったので、という挨拶。その結果、鬚を剃った僕は、記者会見の模様がうつったこの夜のテレヴィ・ニュースで、鬚を伸ばしてやつれている参加者たちのうち、ひとり生き生きしているようで、妙に場ちがいなのだった。

ーーハンガー・ストライキの間はズルをして、どこかにひそんでいたのが、記者会見の場にはチャッカリあらわれている、という印象ねえ。……(大江健三郎『人生の親戚』)