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2014年11月10日月曜日

密封した千の瓶の亀裂の肉体を顕示せよ

密封した千の瓶

とたいした意図もなく前回の表題にしたが
あらためて眺めると美しい字面だなあ
吉岡実の詩句と同じぐらい

…………

美しい魂の汗の果物

誠実な重みのなかの堅固な臀

洗濯物は山羊の陰嚢

母親の典雅な肌と寝間着の幕間で

いまは緑の繻子の靴に踏まれる森の季候

賢い母親は夏の蝉の樹木の地に

数ある仮死のなかから溺死の姿を藉りる

驚愕した陶器の顔の母親の口が

赭い泥の太陽を沈めた

くらい鏡の割目からもりあがってくる水

女はもろもろの疑似割れ目を表現し

恥らう楕円のなかの裂け目で

亀裂の肉体を顕示せよ


…………

吉岡実の詩句は横書きにしても美しいのだけれど
(西脇順三郎は縦書きなんだよなあ)
なぜだろ?


ある人は、わたしの詩を絵画性がある、または彫刻的であるという。それでわたしはよいと思う。もともとわたしは彫刻家への夢があったから、造型への願望はつよいのである。

詩は感情の吐露、自然への同化に向かって、水が低きにつくように、ながれてはならないのである。それは、見えるもの、手にふれられるもの、重量があり、空間を占めるもの、実在―――を意図してきたからである。だから形態は単純に見えるにしても、多岐な時間の回路をもつ内面構成が必然的に要求される。能動的に連繋させながら、予知できぬ断絶をくりかえす複雑さが表面張力をつくる。

だからわたしたちはピカソの女の顔のように、あらゆるものを同時に見る複眼をもつことが必要だ。中心とはまさに一点だけれども、いくつもの支点をつくり複数の中心を移動させて、詩の増殖と回転を計るのだ。暗示・暗示、ぼやけた光源から美しい影が投射されて、小宇宙が拡がる。(吉岡実「わたしの作詩法?」より)



2014年8月6日水曜日

自転車の女たち

こし前方に、べつの一人の小娘が自転車のそばにひざをついてその自転車をなおしていた。修理をおえるとその若い走者は自転車に乗ったが、男がするようなまたがりかたはしなかった。一瞬自転車がゆれた、するとその若いからだから帆か大きなつばさかがひろがったように思われるのだった、そしてやがて私たちはその女の子がコースを追って全速力で遠ざかるのを見た、なかばは人、なかばは鳥、天使か妖精かとばかりに。(プルースト「囚われの女」)




―――ゴダール=ナタリー・バイ「勝手に逃げろ/人生」


生きつづける欲望を自己の内部に維持したいとねがう人、日常的なものよりももっと快い何物かへの信頼を内心に保ちつづけたいと思う人は、たえず街をさまようべきだ、なぜなら、大小の通は女神たちに満ちているからである。しかし女神たちはなかなか人を近よせない。あちこち、木々のあいだ、カフェの入り口に、一人のウェートレスが見張をしていて、まるで聖なる森のはずれに立つニンフのようだった、一方、その奥には、三人の若い娘たちが、自分たちの自転車を大きなアーチのように立てかけたそのかたわらにすわっていて、それによりかかっているさまは、まるで三人の不死の女神が、雲か天馬かにまたがって、神話の旅の長途をのりきろうとしているかのようであった。(プルースト「花咲く乙女たちのかげに」)




「ただ この子の花弁がもうちょっと
まくれ上がってたりら いうことはないんだがね」(ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』)

一台の自転車
その長い時間の経過のうちに
乗る人は死に絶え
二つの車輪のゆるやかな自転の軸の中心から
みどりの植物が繁茂する
美しい肉体を
一周し
走りつづける
旧式な一台の自転車
その拷問具のような乗物の上で
大股をひらく猫がいる
としたら
それはあらゆる少年が眠る前にもつ想像力の世界だ
禁欲的に
薄明の街を歩いてゆく
うしろむきの少女
むこうから掃除人が来る

ーー吉岡実「自転車の上の猫」






亀の剥製のサドルをもつ自転車
その艶やかな甲羅に跨り
しきりと汗を流す内股
しだいに窄まり挟み込みゆく
スカートの股裾を押上げ屹立する
若々しく精悍な亀頭のファルス
汗はほのかなバルトリン腺の匂いと混じりあい
恥らいがちに腰をよじる少女
がいるとしたら
それはあらゆる倒錯者をしずまり輝かせる
「美しい魂の汗の果物」
輝く涎の犬は夢みる
鼈甲サドルに媚薬を塗りこむまでもない
少女の匂い立つ白い太腿は
甘い先験の夏を輝かす」







「夏の回廊を一廻りして」も
「買つてくれたお客をよろこばす
ために閨房のまねをする梨売り女」
大股開きの洗濯女
「たおやめが横になり
女同士で碁をうっている」
のにわずかに慰められるのみ
「触らないで、というものを身に纏っている」
乙女はどこにもいない

むなしい初老の男の声の泡


私はそれを引用する
他人の言葉でも引用されたものは
すでに黄金化する

ーー吉岡実「楽園」『夏の宴』所収






砂浜にまどろむ春を堀りおこし
おまえはそれを髪に飾る おまえは笑う
波紋のように空に散る笑いの泡立ち
海は静かに草色の陽を温めている

おまえの手をぼくの手に
おまえのつぶてをぼくの空に ああ
今日の空の底を流れる花びらの影

ーー大岡信「春のために」より   






「デートのときおれは彼女にいつも、自転車で来てくれって要求しました。おれは歩きです。高校時代に一緒に帰ってたときこのパターンだったんで。家近い彼女が自転車でオレが駅まで歩きで。彼女は高校時代のノスタルジーでオレがそんな要求するのかと思ってたようで、セーラー服着てくれって言われるよりマシってことで毎回自転車に乗って来てくれました。でも自転車押して並んで歩くってのは街中なんかじゃたるいでしょ。で彼女には自転車に乗ってもらうことにね。オレが歩いてる傍らを彼女が自転車で並走ってのはきついんで、どんどん走ってもらいます。で、ブロックをぐるりと回ってオレに追いついて、追い越して、また後ろから追いついて追い越して、また……ってパターン。追い越すときに会話するわけだけど、オレは『自然な追い越され方がいい』ってことで、無言でシカトしあいながら追い越される、ってことにしてもらったんです。彼女はひたすらオレを追い越しつづける。何度も何度も。どうしてオレが「自然」にこだわったかっていうと、追い越すとき振り向いたりしてほしくなかったわけ。ていうのは自然に通りすがりみたいにして追い越してってほしかったわけ。それでどこに目が向くか。サドルに接した彼女のヒップが天然震動っていうかね、あ、そうそう、彼女にはスカートじゃなくていつもズボンはいてきてもらってたんです。しかもジーパンとかじゃなくてなるべく薄地の。でくっきり輪郭のプルんと丸いお尻サドルにかぶさるというか谷間にサドルがぴっちり挟まって、ペダルを漕ぐにつれて右左、交互にサドルがお尻に揉まれるというか逆にお尻がサドルに食い込まれるというか、じんわり体温というか摩擦というかいかにも密着熱が、ああ、それ見てオレは天にも昇る幸福感を味わっていたんでした。で、それをじっくり味わうためにはゆっくりと追い越してもらう必要があるわけなんですけど、いやぁ、オレ自身は彼女のお尻に顔でも体でも乗っかられたことはなかったんで、自転車尻を見て疑似体験して喜んでるってのも倒錯っちゃ倒錯もいいとこですが、従順な彼女は理由も質さずに自転車に乗りつづけ追い越しつづけてくれましたっけ。ま、うすうすオレの尻フェチぶりには気づいてたんでしょうけどね。





だけどこういうデート重ねているうち曲がり角とか入り組んでる路地で彼女が一周してきたときオレの進路とずれちゃってはぐれちゃったことが三四回あって、まあそれも原因だったんですが、なんやかんや追い抜かれっこしてるうちにたまたま理想的な坂道を見つけましてね。西武線の東久留米とひばりヶ丘の中間ぐらいんとこの小さな商店街に、ただの坂道ならぬ曲がり坂道、ぐーっとこう九十度近く曲がってるのがありましてね、自転車にとっちゃ適度の難所で、そこを自転車漕いで登る人はまあ、立ち漕ぎをせざるをえないんですね。で、坂がゆるくなるところまで立ち漕ぎして、おもむろにサドルに座る。これが、これがたまらない! 空中を泳いでいた女性のズボン尻がゆっくりサドルに降りて密着する瞬間、その直後に立ち会えたときの勃起度といったら! 立位後向きにすぼまっていた緊張尻がゆっくり下向きに割れ広がって一挙くつろいでサドルを挟み潰す瞬間ってばもうサイコーッすよ。てわけで彼女にはもう何度その曲がり坂道を自転車で立ち漕ぎそして腰降ろしを繰り返してもらったことか。ちょうど坂がゆるくなる境目でオレを追い越さなきゃならないんでタイミングが微妙で、もうあの坂道挟んだサーキットを何周も何周も、もうぐるぐるぐるぐるやってたことがありました。さすがに彼女も疲れたらしくですね、いや歩いてるオレの方が足痛くなってましたがね、もーうこんなデートたくさん! って彼女、こんなにまでしてオレと付き合いつづける必要はないんだって突如気づいたみたいで唐突に振られちゃいました。あ~あ、貴重な彼女失いましたよ。しかしなんで合わせてくれなかったですかね、いかがわしいタイの痩せ薬とかに手を出したりしてた彼女ですから、デートしながら坂道ダイエット出来りゃ本望だったと思うんだが。ともかくそれ以後はこんなかったるいデートしてくれる女にはめぐり合わなかったですし。(三浦俊彦小説『偏態パズル』)






 ま、それでも今、街を歩いててそこそこ満足ですよ。目覚めるって素晴らしいことですよね。理想の坂道にはそうは行き当たらないけど、自転車の女に追い抜かれることってけっこうあるんで、むこうから自転車女がやってきてすれ違いそうなときはそりゃもう、何か思い出したふりして手前で方向転換して歩き出して、追い抜かれる按配にもってくわけです。ときにはわざわざ道の反対側に渡って間近に尻景色をね。彼女失ったおかげで街の色とりどりのお尻に意識が目覚めるようになりましたってば。ズボンや坂道にもこだわらなくなりました。もちろんスカートってのはインターフェイスがあいまいなぶんサドルとの相性悪いんで興奮いまいちというか基本的には残念なわけで、ときどき女子高生なんかスカートの裾を全周サドルの外へ垂らしてやがったりしてね、あれ困りますよね、密着面が隠れちまって輪郭まるっきしなんでほんっと頭きてましたけど、むしろそのパターンって、パンツ尻が直接サドルにぴったり接してるってことでしょ、ぐいぐい熱くくわえ込んで揺れてるってことでしょ、そのこすり色が香りほのかにずくずくしみ拡がってゆくさまをじっと頭ン中で透視してですね、勃起できるほどになりました。好みは変わるもんで全周垂れ下がりスカートに大恍惚のこの頃ってわけです。あぁ彼女今頃どうしてるかなぁ、まだあの自転車使ってるかなぁ……」(ただしこの直後、アロマ企画のヤラセ・盗撮混合マニアックビデオ『自転車のお姉さんのお尻』がDVD版(ARMD21)として一般普及し、同類の自転車フェチが全国ひしめいていることを知った吉岡明之は即座にサドル尻マニアを辞めてしまった。マニアの自負であるが、まさざま名マイナー倒錯者がカミングアウトし直ちに市場を形成していく現在、種類的に孤高のマニアであることは難しくなっていることは確かだ……)。




腰を浮かして力いっぱいペダルを踏み、それからスピードが落ちるのをそのままにして、けだるそうな姿勢でサドルに腰をおろす彼女。それからまた、家の郵便箱の前で自転車をとめ、サドルにまたがったまま、送られてきた雑誌にさっと目を通して、もとへ戻し、舌で上唇の端をなめ、足で地面を蹴って、ふたたび淡い影と光のなかへ飛びだす彼女。(ナボコフ「ロリータ」)






私たちはまた坂をくだっていった、すると、一人また一人とすれちがうのは、歩いたり、自転車に乗ったり、田舎の小さな車または馬車に乗って坂をのぼってくる娘たちーー晴天の花、ただし野の花とはちがっている、なぜなら、どの娘も、他の花にはない何物かを秘めていて、彼女がわれわれの心に生まれさせた欲望を、彼女と同種類の他の花でもって満足させるというわけには行かないからーーであって、牝牛を追ったり、荷車の上になかば寝そべったりしている農場の娘、または散歩している商店の娘、または両親と向かいあってランドー馬車の腰掛にすわっている上品な令嬢などであった。(プルースト「花さく乙女たちのかげに」)






@orverstrand: @ynytk 横浜で女性が所有する自転車の革のサドルばかり盗んでいた男が逮捕されました。サドルに染みついた女性の匂いがかぎたかったとのこと。匂いだけで女性のものかどうか分ったそうです。そのニュースに触れた刹那、火花のように君のことを、しかも懐かしく思い出したのでご報告する次第。(矢作俊彦)





女性の自転車のサドルばかりを狙い、窃盗を繰り返していた男が24日、神奈川県警山手署に逮捕された。盗んだサドルがちょうど200個に達したタイミングで“御用”となった。同署によると「残っている女性のにおいを嗅ぎたかった」と容疑を認めている。
(……)

 200個はすべて女性のものだった。近藤容疑者は「においで完全に判別できる」と豪語しているという。

 同署によると、「サドルの質感やにおいが好きで、感触を楽しんだり、なめたり嗅いだりした」と供述。革製のサドルしか満足できなかったといい「レザーオイルで磨いてピカピカにさせてから楽しんだ」と話している。(サドルフェチ男逮捕「女性のにおいを嗅ぎたかった」で200個窃盗

ーーほとんど一年前の記事だがいまだに強い印象が残っているのだよな
なぜだかわかるだろ?
新潮の名編集長だけじゃないさ




2014年6月21日土曜日

「わたしに何事が起ったのだろう。聞け!」

Bibiana Nwobilo



Elisabeth SchwarzkopfKirsten FlagstadAulikki RautawaaraCloe ElmoRosa Olitzka





《水べを渉る鷭の声に変化した女の声を聴く》(吉岡実)

まさに、ごくわずかなこと。ごくかすかなこと、ごく軽やかなこと、ちょろりと走るとかげ。一つの息、一つの疾駆、一つのまばたきーーまさに、わずかこそが、最善のたぐいの幸福をつくるのだ。静かに。

――わたしに何事が起ったのだろう。聞け! 時間は飛び去ってしまったのだろうか。わたしは落ちてゆくのではなかろうか。落ちたのではなかろうか、――耳をこらせ! 永遠という泉のなかに。(『ツァラトゥストラ』第四部「正午」)


ーー同じ曲の歌唱ではないが、他の時期の彼女の歌声を聴いても、このほとばしるアンテンシテ(強度)は、わたくしにはきこえてこない。彼女は激しい恋をしていたのではないか? そんな憶測をしたくなるほどの絶唱である。

もっとも、ひとは齢を重ねれば技術は向上するだろうが、ほとんど誰もが萌芽期にあった「ビロードの肌ざわり」を失ってしまう。

理知が摘みとってくる真実――この上もなく高次な精神の理知であっても、とにかく理知が摘みとってくる真実――透かし窓から、まんまえから、光のただなかで、摘みとってくる真実についていえば、なるほどその価値は非常に大きいかもしれない。しかしながらそのような真実な、より干からびた輪郭をもち、平板で、深さがない、というのは、そこには、真実に到達するために乗りこえるべき深さがなかったからであり、そうした真実は再創造されたものではなかったからだ。心の奥深くに神秘な真実があらわれなくなった作家たちは、ある年齢からは、理知にたよってしか書かなくなることが多い、彼らにはその理知が次第に力を増してきたのだ、それゆえ、彼らの壮年期の本は、その青年期の本よりも、はるかに力強くはあるが、そこにはもはやおなじようなビロードの肌ざわりはない。(プルースト「見出された時」)

《最初、わたしの青空の中に あなたは白く浮かび上がった塔だった。あなたは初夏の光の中で大きく笑った。わたしはその日、河原に降りて笹舟を流し、あふれる夢を絵の具のように水に溶いた。空の高みへ小鳥の群れはひっきりなしに突き抜けていた。空はいつでも青かった。わたしはわたしの夢の過剰で一杯だった。白い花は梢でゆさゆさ揺れていた。》(大岡信「青空」より)


Je-t-aimeは能動的である。自身を力として確認するーー他の諸力に逆らって。いかなる力か。世間に存在する無数の力(科学、通念、現実、理性、など)、Je-t-aimeの価値を低めようとするすべての力。あるいはまた、言語に逆らって。(……)発語としてのJe-t-aimeは記号ではない。記号の負けに賭けるものなのだ。Je-t-aimeを言わぬ者(唇の間をJe-t-aimeが通過することを望まぬ者)は、多様で、不確実で、疑わしく、かつ貪欲な愛の諸記号を、その標識を、その「証拠」を、つまりは、身振り、視線、ほほえみ、ほのめかし、省略などを、とめどもなく発しつづけるほかない。彼は解釈されるがままになるしかない。愛の諸記号の反動的要求に支配され、すべてを言わぬことによって言語の隷属的世界に譲渡されてしまうのだ(奴隷とは舌を切られた者、態度、身振り、表情でしか語れぬ者である)。

恋愛の諸「記号」は広範な反動的文学を養っている。愛は表象され、外観の美学に委ねられている(要するに、恋愛小説を書くのはアポロンなのだ)。反記号としてのJe-t-aimeはディオニューソスの側になる。苦痛は否定されない(嘆きも、嫌悪も、怨念さえも)。ただし、発語によって苦痛が内化されるのではない。Je-t-aimeを言うこと(それをくりかえすこと)は、反動的なものを放逐すること、それを、記号の、ことばの迂路(ただし、わたしはたえずそこを通過しつづけている)の、音のない悲しい世界へ送り返すことなのである。(ロラン・バルト「わたしは・あなたを・愛しています」『恋愛のディスクール・断章』)


Barbara Hendricks  Schubert "Nacht und Träume"



人は忘れ得ぬ女たちに、偶然の機会に、出会う、都会で、旅先の寒村で、舞台の上で、劇場の廊下で、何かの仕事の係わりで。そのまま二度と会わぬこともあり、そのときから長いつき合いが始まって、それが終ることもあり、終らずにつづいてゆくとこもある。しかし忘れ得ないのは、あるときの、ある女の、ある表情・姿態・言葉である。(……)

その眼や指先、その髪や胸や腰、その衣裳や姿勢……その一瞬の表情には、――それは歓びに輝いていたり、不安に怯えていたり、断乎として決意にみちていたり、悲しみにうちひしがれていたりするのだが、――私の知らない女の過去のすべてが凝縮され、当人にさえもわからない未来が影を落としている。(加藤周一『絵のなかの女たち』)

2014年4月4日金曜日

蕾の割れた梅の林

たとえば、《瑞香の花満開なり。夜外より帰来つて門を開くや、香風脉として面を撲つ。俗塵を一洗し得たるの思あり》と、断腸亭日乗大正十年三月三十日にある。荷風四十歳のおりの日記だが、こうやって荷風の日記を繙くのは季節の変わり目のことが多い。ああ梅の季節が過ぎいまは桜の季節なのだな、と日本に住まうひとたちの言葉を目にして荷風の文を読み返すということもある。《四月四日。天気定まらず風烈し。梅花落尽して桜未開かず》。
                                        
荷風の日記には花や樹木の記述がふんだんにある。《五月廿六日。庭に椎の大木あり。蟻多くつきて枝葉勢なし。除虫粉を購来り、幹の洞穴に濺ぎ蟻の巣を除く。病衰の老人日庭に出で、老樹の病を治せむとす》と読めば、庭木の木蓮三株のうちの一株が葉がことごとく落ちてしまってあれはなんのせいなのだろうと思いを馳せることになる。

この時期の荷風は自ら雑草を抜いていたようだ。

四月十九日。風冷なり。庭の雑草を除く。花壇の薔薇花将に開かむとす。
五月三日。半日庭に出でゝ雑草を除く。
六月廿六日。雨の晴れ間に庭の雑草を除く。

いまこの大正十年の日記からのみを無作為に抜き出しても、次の如く如何に荷風が自然の風物を愛でていたかが瞭然とする。

去年栽えたる球根悉く芽を発す。
細雨糸の如し。風暖にして花壇の土は軟に潤ひ、草の芽青きこと染めたる如し。
毎朝鶯語窗外に滑なり。
雨中芝山内を過ぐ。花落ちて樹は烟の如く草は蓐の如し。
四月十五日。崖の草生茂りて午後の樹影夏らしくなりぬ。
新樹書窗を蔽ふ。チユリツプ花開く。
五月九日。日比谷公園の躑躅花を看る。深夜雨ふる。
五月二十日。夕刻雷鳴驟雨。須臾にして歇む。
五月廿五日。曇りて風冷なり。小日向より赤城早稲田のあたりを歩む。山の手の青葉を見れば、さすがに東京も猶去りがたき心地す。
六月六日。正午頃大雨沛然たり。薄暮に至るも歇まず。
清夜月明かにして、階前の香草馥郁たり。
桐花ひらく。
松葉牡丹始めて花さく。
門前の百日紅蟻つきて花開かず。
石蕗花ひらく。
久雨のため菊花香しからず。
暮雨瀟瀟たり。
夜、雨ふりしきりて門巷寂寞。下駄の音犬の声も聞えず。山間の旅亭に在るが如し。


もっともここで坂口安吾の「通俗作家 荷風」から引用しておくべきだろう。

荷風の人物は男は女好きであり女は男好きであり、これは当然の話であるが、然し妖しい思ひや優しい心になつてふと関係を結ぶかと思ふと、忽ち風景に逃避して、心を風景に托し、嗟嘆したり、大悟したり、諦観したり荷風の心の「深度」は常にたゞそれだけだ。

 男と女とのこの宿命のつながり、肉慾と魂の宿命、つながり、葛藤は、かく安直に風景に通じ風景に結び得るものではない。荷風はその風景の安直さ、空虚なセンチメンタリズムにはいさゝかの内容もなくたゞ日本千年の歴史的常識的な惰性的風景観に身をまかせ、人の子たる自らの真実の魂を見究めようとするやうな悲しい願ひはもたないのだ。

 風景も人間も同じやうにたゞ眺めてゐる荷風であり、風景は恋をせず、人間は恋をするだけの違ひであり、人間の眺めに疲れたときに風景の眺めに心をやすめる荷風であつた。情緒と道楽と諦観があるのみで、真実人間の苦悩の魂は影もない。たゞ通俗な戯作の筆と踊る好色な人形と尤もらしい風景とが模様を織つてゐるだけである。

だがすこしは容赦してもらおう、そもそも安吾は志賀直哉も夏目漱石も貶しているのだから(「志賀直哉に文学の問題はない」)。

志賀直哉の一生には、生死を賭したアガキや脱出などはない。彼の小説はひとつの我慾を構成して示したものだが、この我慾には哲学がない。
夏目漱石も、その博識にも拘らず、その思惟の根は、わが周囲を肯定し、それを合理化して安定をもとめる以上に深まることが出来なかった。然し、ともかく漱石には、小さな悲しいものながら、脱出の希いはあった。彼の最後の作「明暗」には、悲しい祈りが溢れている。志賀直哉には、一身をかけたかゝる祈りは翳すらもない。

…………

荷風を繙くきっかけになったのは直接には暁方ミセイの《蕾の割れた梅の林から、糸のように漂いやってくる、》という詩行だった。糸のように漂いやってくるのは、次の行に、《五百年前の我が兄子、千年前の我が妹子、》とあるので、過去の記憶だと「誤読」することもできるだろう。

…………

蕾の割れた梅の林、――今からほぼ三十年前から十年ほどのあいだ、京都の西にある梅宮大社の近処に住んでおり、そこには手入れのわるい寂れた梅園があった。散歩がてら、あるいは煙草を買いにいくついでに、お社の傍らの道を通り抜ける。梅の季節であれば境内にはいって、梅園の入口に一株ある形のよい白梅の蕾が綻びかけたのを愛でる。そもそもそれ以前は梅などに目もくれない不粋な人間だったが、これ以来桜よりも梅を愛す。

もっとも梅の木を観賞するために境内に入ったといったら嘘になる。お社に奉納された酒がほとんどつねに枡酒で飲めその無料の冷酒が目当てだったが、日本酒の芳香と梅の香との記憶がいまでも、《糸のように漂いやってくる》。ああ、アリアドネの糸! 《迷路の人間は、決して真実を求めず、ただおのれを導いてくれるアリアドネを求めるのみ》(ニーチェ) 当時なんの迷路に嵌っていたかは敢えて書くことはしない。

京都のふたつの梅の名所の一処とはいうが、北野神社の整備された梅園とは段違いであり、社そのものも慎ましい住宅街のなかにあり、観光客も梅の季節になってさえまばらで、神主一家は、鳥居と楼門のあいだの駐車場の賃貸収入で、生計を立てているとしか思えなかった。

もっとも由緒は正しく檀林皇后、いつの時代の皇后かといえば、延暦5年(786年) - 嘉祥354日(850617日)などとあるその皇后が梅宮大社の砂を産屋に敷きつめて仁明天皇を産んだらしく、子授け・安産の神として、「またげ石」なるものがあり、男女のカップルが訪れ、その石をまたげば子が授かるということになっている。あるいは古来から酒造の神として名高く、すぐそばの桂川にかかった松尾橋を渡って正面にある著名な松尾神社の酒造の神よりも、由緒が正しいと聞いたことがある。松尾神社にはただ酒はなく、お社も味気ない。湧き水を汲んでその効験を尊ぶ習慣はあるが、わたくしはそれを飲んでお腹をこわした。

《蕾の割れた梅の林から、糸のように漂いやってくる、》とはエロスの詩行としても読めるだろう。少女の割れ目から糸が引く、などと書くまでもなく。

もし私がここで
ロンサールの“朱色の割れ目”とか
レミ・ベローの“緋色の筋のまわりにひろがる繊細な苔におおわれた丘”
などと引用したら<あなた>はなんというだろうか

――とはナボコフ『ロリータ』のほぼパクリである。

「ただ この子の花弁がもうちょっと
まくれ上がってたりら いうことはないんだがね」(ルイス・キャロル『鏡の国のアリス』)

――というのは、わが国至高の少女愛詩人吉岡実からの孫引きだ。

またぎ石とすれば吉岡実の詩句を想い起こさずにはいられない。

《一人は川へ魚の姿で女中の股をのぞきにゆく》

《大股びらきの洗濯女を抱えた》

《夏草へながながとねて
ブルーの毛の股をつつましく見せる》

《紅顔の少女は大きな西瓜をまたぎ》

《姦淫された少女のほそい股が見せる焼かれた屋根》

…………


半病人の少女の支那服のすそから
かがやき現われる血の石(〈珈琲〉)

ぼくがクワイがすきだといったら
ひとりの少女が笑った
それはぼくが二十才のとき
死なせたシナの少女に似ている(〈恋する絵〉)

コルクの木のながい林の道を
雨傘さしたシナの母娘
美しい脚を四つたらして行く
下からまる見え(同上)

吉岡実のエロティック・グロテクスな詩は次のような起源があるようだ。

或る別の部落へ行った。兵隊たちは馬を樹や垣根につなぐと、土造りの暗い家に入って、チャンチュウや卵を求めて飲む。或るものは、木のかげで博打をす る。豚の奇妙な屠殺方法に感心する。わたしは、暗いオンドルのかげに黒衣の少女をみた。老いた父へ粥をつくっている。わたしに対して、礼をとるのでもなけ れば、憎悪の眼を向けるでもなく、ただ粟粥をつくる少女に、この世のものとは思われぬ美を感じた。その帰り豪雨にあい、曠野をわたしたちは馬賊のように疾 走する。ときどき草の中の地に真紅の一むら吾亦紅が咲いていた。満人の少女と吾亦紅の花が、今日でも鮮やかにわたしの眼に見える。〔……〕反抗的でも従順 でもない彼ら満人たちにいつも、わたしたちはある種の恐れを抱いていたのではないだろうか。〔……〕彼らは今、誰に向って「陰惨な刑罰」を加えつつあるのか。

わたしの詩の中に、大変エロティックでかつグロテスクな双貌があるとしたら、人間への愛と不信をつねに感じているからである。(吉岡実『わたしの作詩法?』――小林一郎氏「吉岡実詩集《神秘的な時代の詩》評釈」から)。

…………

北野大社の梅園は整然としすぎていて好みではなかったが、京都で最も美しいお社であるのは、杉本秀太郎の書くとおり(『洛中生息』)。

北野天満宮 杉本秀太郎


京都で最もうつくしいお社は北野神社である。屠蘇の酔いにまぎれていうのではない。けれども私の酔眼には、北野のお社は猶いっそう美しい。

あの長い石だたみの、白い参道がいい。参道のつきるところで石段の上に見上げる門は、お参りにきた人をいかにも迎える様子をしていて、すこしも威圧的でない。

門をぬけると、すぐ左のほうにいって絵馬堂の下に立たずにはいられない。あごをつき出して、高い絵馬を見上げる。話に聞くと、仰ぐような姿勢になって酒杯を傾けると、酔いがたちまち回るそうだ。ふり仰ぐとき、われわれは自然と息を大きく吸いこむから、杯から立ちのぼる酒精が胸の深くに染みとおって、酔いつぶれるのである。なるほど、そうかもしれない。しかし、絵馬堂で天井をふり仰ぐときの私には、冷静に絵の出来具合を判定しようというつもりはまったくなくて、ただ絵馬の奉献の日付けや奉納者の名、また絵師の名が、ぼんやりと目にうつるのを楽しむつもりしかないのだから、天井の絵馬から降ってくる埃のおかげで、ますます楽しくなるだけだ。いま吹きさらしの絵馬は、古くてせいぜい明治も二〇年代のものだが、それでも、もうほとんど剝げて、図柄さえ定かではない。

それがいいのだ、ここでは裁きをつけるのは、くり返される四季の自然力であって、流行の美学ではない。しかし、剝げてしまえば絵馬はおしまいではなくて、のこったわずかな岩絵具と板の木目との偶然から生まれる古色が、北野のお社の、あの苔むす回廊の屋根や本殿の造作の一切と、わけもなく溶け合っている。

銅製や石彫りの幾頭かの牛の目が柔和に光っているのを見ながら、本殿に近づいて高い敷居をまたぎ、一気に鏡のまえに行く。この間合いが、よその神社では、ちょっと味わえないほど爽快である。ここには、逆立ちで歩いても、とんぼ返りをしながら横切っても、いっこう咎めがなさそうなほど、気楽な、くつろいだ広がりがある、しかも決してそういう曲芸をやるわけにはゆかず、歩幅ただしく、さっさと歩かねば恰好がつかないような、なんともいえない品位をそなえた空間の味わいがある。

回廊をひとめぐりして、次は本殿の外まわりを歩く。檜皮葺のこのお社の屋根の美しさは、視覚的というよりも味覚的なものだ。まるで京菓子のように、舌でこの屋根を味わいつつ、建築をなめまわして、何べんもぐるぐると歩く。格子の窓や軒端の彩色は、あでやかで、しかも渋い。この色がまさに京都の色だ、と正月の礼者にありがちな屠蘇の酔いをいいことにして、私も少し大胆につぶやく。

私は北野のお社を飽かずながめつつ、遠いイタリアの、フィレンツェの町を思い出すことがある。そして、なつかしさに気もそぞろ、文子天神の横から、北のほうへ抜けてゆく。

2014年4月3日木曜日

備忘:ナボコフの「暗号と象徴」(SYMBOLS AND SIGNS BY VLADIMIRNABOKOV)

備忘:ナボコフの「暗号と象徴」(SYMBOLS AND SIGNS BY VLADIMIRNABOKOV)。

ーー邦訳が手元にないので、ネット上で訳文が拾える箇所のいくつかを英文とともに並べるてみる。とくに意図はないが、この数頁しかない短編はナボコフの代表作とされる。そして、たとえば『ロリータ』などより原文はずっと読みやすい。

For the fourth time in as many years, they were confronted with the problem of what birthday present to take to a young man who was incurably deranged in his mind. Desires he had none. Man-made objects were to him either hives of evil, vibrant with a malignant activity that he alone could perceive, or gross comforts for which no use could be found in his abstract world. After eliminating a number of articles that might offend him or frighten him (anything in the gadget line, for instance, was taboo), his parents chose a dainty and innocent trifle—a basket with ten different fruit jellies in ten little jars.

不治の精神錯乱で入院している息子のところへどんな誕生祝いを持って行くかという問題に彼らが直面したのは、四年間でこれが四度目だった。本人はなにもほしがっていない。人間がこしらえた物は、息子にしてみれば、自分だけにわかる悪だくらみでぶんぶん唸りをあげている悪の巣箱のようなものか、それとも彼の抽象的な世界ではまったく役に立たない下品な慰めでしかない。息子が腹をたてたり怖がったりしそうな物をあれこれと除外してから(たとえば、気の利いた製品みたいなものは厳禁だった)両親はあたりさわりのなさそうなに洒落た小物を選んだ。十個の小さな壺に入った、すべて種類の違うフルーツ・ゼリー十個の籠入りだ。(若島正訳)

That Friday, their son’s birthday, everything went wrong. The subway train lost its life current between two stations (「列車は二つの駅のあいだで命の流れが切れてしまい」)、and for a quarter of an hour they could hear nothing but the dutiful beating of their hearts and the rustling of newspapers. The bus they had to take next was late and kept them waiting a long time on a street corner, and when it did come, it was crammed with garrulous high-school children. It began to rain as they walked up the brown path leading to the sanitarium. There they waited again, and instead of their boy, shuffling into the room, as he usually did (his poor face sullen, confused, ill-shaven, and blotched with acne), a nurse they knew and did not care for appeared at last and brightly explained that he had again attempted to take his life. He was all right, she said, but a visit from his parents might disturb him. The place was so miserably understaffed, and things got mislaid or mixed up so easily, that they decided not to leave their present in the office but to bring it to him next time they came.
Outside the building, she waited for her husband to open his umbrella and then took his arm. He kept clearing his throat, as he always did when he was upset. They reached the bus-stop shelter on the other side of the street and he closed his umbrella. A few feet away, under a swaying and dripping tree, a tiny unfledged bird was helplessly twitching in a puddle.( 「数フィート先の、風になびいて雫を垂らしている木の下で、まだ羽の生えそろっていない小さな死にかけの小鳥が一羽、水たまりの中でぴくぴくもがいて」)
During the long ride to the subway station, she and her husband did not exchange a word, and every time she glanced at his old hands, clasped and twitching upon the handle of his umbrella, and saw their swollen veins and brown-spotted skin, she felt the mounting pressure of tears. As she looked around, trying to hook her mind onto something, it gave her a kind of soft shock, a mixture of compassion and wonder, to notice that one of the passengers—a girl with dark hair and grubby red toenails—was weeping on the shoulder of an older woman.

夫の年老いた手ふくれあがった血管、茶色いしみだらけの皮膚が、傘の柄のところで握りしめられたり痙攣したりするのを目にするたびに、彼女は涙がこみあげてきそうになるのを感じた。気を紛らそうとあたりを見まわすと、乗客の一人で、足の指にだらしなく赤いマニキュアをした黒髪の娘が、年配の女の肩にもたれて泣いているのに気がついて、かすかなショックを受け、同情と驚きの入り混じった感情を覚えた。



《こうしたディテールのつらなりこそがこの小説の、というよりナボコフのすべての小説の要なのだが、のちに「ヴェイン姉妹」を「ニューヨーカー」に没にされた際、ナボコフは「私の物語はすべて文体の織物(ウェッブ)であり、一瞥したくらいでは、ダイナミックな内容をたいして含んでいるようには見えません。(略)私にとっては「文体」こそ内容なのです」(1951年3月17日付)とホワイト女史に手紙を書き送っている。同じ手紙のなかで「暗号と象徴」についても次のような言及がある。

 「私が今考えている物語の大半は、この方向で、つまり表面の半透明のストーリーのなかに、あるいはその背後に二番目の(主要な)ストーリーを織り込むという方法に従って作られることになります(過去にもこのような物語を何篇か書いています――こういった「内部」を持った物語を、実のところ貴社はすでに掲載しています――年老いたユダヤ人夫婦と彼らの病んだ息子の話です)。」》(「暗号と象徴」をめぐって――ナボコフ再訪(7)


たしかにナボコフのディティールの描写には魅惑されてやまない、ナボコフが愛したチェーホフの文章のように。

海がしけたので船はおくれて、日が沈んでからやっとはいって来た。そして波止場に横着けになる前に、向きを変えるのに長いことかかった。アンナ・セルゲーヴナは柄付眼鏡を当てがって、知り人を捜しでもするような様子で船や船客を眺めていたが、やがてグーロフに向かって物を言いかけたとき、その眼はきらきらと光っていた。彼女はひどくおしゃべりになって、突拍子もない質問を次から次へと浴びせかけ、現に自分で訊いたことをすぐまた忘れてしまった。それから人混みのなかに眼鏡をなくした。(チェーホフ『犬を連れた奥さん』神西清訳

…………

それでも彼は座って煙草をふかし続け、爪先をぶらぶら揺らしていた。そして他の人たちが話をしている最中も、自分が話をしている最中も、いつどこででもそうしていたように、他人の内面の透明な動きを想像しようと努め、ちょうど肘掛け椅子に座るように話相手の中に慎重に腰をおろして、その人のひじが自分の肘掛けになるように、自分の魂が他人の魂の中に入り込むようにした。(ナボコフ『賜物』)
水たまりに藁が一本浮いていて、二匹の糞虫が互いに邪魔し合いながらしがみついていた。彼はその水たまりを飛び越え、道端に靴底の跡を刻み込んだ。なんとうい意味ありげな足跡だろう、いつまでも上を向いたまま、消え去った人間の姿をいつまでも見ようとしている。(同)

日本にもディティールのつらなりに眼を瞠らされる作家がいないわけではない。たとえば安岡章太郎の『海辺の光景』。

信太郎は、タバコをのんでいる父親の顔がきらいだった。太い指先につまみあげたシガレットを、とがった唇の先にくわえると、まるで窒息しそうな魚のように、エラ骨から喉仏までぐびぐびとうごかしながら、最初の一ぷくをひどく忙しげに吸いこむのだ。いったん煙をのみこむと、そいつが体内のすみずみまで行きわたるのを待つように、じっと半眼を中空にはなっている ……。吸いなれた者にとっては、誰だってタバコは吸いたいものにきまっている。けれでも父の吸い方は、まったく身も世もないという感じで、吸っている間は話しかけられても返辞もできないほどなのだ。(安岡章太郎『海辺の光景』)
「下顎呼吸がはじまったな」と看護人が云った。
母は口をひらいたままーーというより、その下顎が喉にくっつきそうになりながらーー喉の全体でかろうじて呼吸をつづけている。「これがはじまると、もういかんですねえ」と、看護人は父をかえりみた。

父は無言でうなずいた。そして信太郎に、「Y村に電話するか」と云った。
すると信太郎は突然のように全身に疲労を感じた。と同時に、眼の前の二人に、あるイラ立たしさを覚えて云った。
「べつに、また死ぬときまったわけじゃないでしょう。それに電話したって、伯母さんは来れるかどうか、わからんですよ」
二人は顔を見合わせた。やがて父は断乎とした口調で云った。「Y村へは報せてやらにゃいかんよ。報せるだけでも ……」

たしかに、自分の云ったことは馬鹿げたことだ、と信太郎はおもった。しかし確実にせまってきた母の死を前にして、儀礼的なことが真先にとり上げられるということが、なにか耐えがたい気持だった。

( ……)

すべては一瞬の出来事のようだった。
医者が出て行くと、信太郎は壁に背をもたせ掛けた体の中から、或る重いものが抜け出して行くの感じ、背後の壁と “自分” との間にあった体重が消え失せたような気がした。そのまま体がふわりと浮き上がりそうで、しばらくは身動きできなかった。

看護人が母の口をしめ、まぶたを閉ざしてやっているのに気づいたのは、なおしばらくたってからのことのようだ。看護人の白い指の甲に黒い毛が生えているのがすこし不気味だったが、彼の手をはなれた母を眺めるうちに、ある感動がやってきた。さっきまで、あんなに変型していた彼女の顔に苦痛の色がまったくなく、眉のひらいた丸顔の、十年もむかしの顔にもどっているように想われる。 ……そのときだった、信太郎は、ひどく奇妙な物音が、さっきから部屋の中に聞こえているのに気づいた。肉感的な、それでいて不断きいたことのなお音だ。それが伯母の嗚咽の声だとわかったとき、彼は一層おどろいた。人が死んだときには泣くものだという習慣的な事例を憶い出すのに、思いがけなく手間どった。なぜだろう、常人も泣くということを彼は何となく忘れていた。その間も絶えず泣き声がきこえてきて、その声はまた何故ともなく彼を脅かし、セキ立てられているような気がした。ついに彼は泣かれるということが不愉快になってきた。それといっしょに、泣き声をたてている伯母のことまでが腹立たしくなった。あなたはなぜ、泣くのか、泣けばあなたは優しい心根の、あたたかい人間になることが出来るのか。


あるいは、大江健三郎の『燃え上がる緑の木』第一部の冒頭には、死期を間近に控えた「お祖母ちゃん」の様子を叙す醒めたまなざしがある。

・お祖母ちゃんは、初め、待ち望んでいた相手を迎えた様子ではあるのだが、薄茶色に曇りのつけてある銀縁の眼鏡の向こうの、翳った水たまりのような眼を、肘掛椅子のあの人に向けたままだった。

・お祖母ちゃんの皺としみですっかり覆われているーーそのこと自体に徹底したものの美しさもあるーー横顔に、不機嫌さの気配が滲むのを見るように思った。

・ところがお祖母ちゃんは、便所への暗い廊下の、母屋から段差のある曲り角で、嵩のない蠟色の紙のかたまりのように倒れていた。

・――それは、なあ……というほどの、しかも乾いた皺の覆っている皮膚に透明なカゲロウが羽化しようとしているような微笑みを展げて。

・お風呂の介護をする際、つい眼に入るお祖母ちゃんの腿は、使い棄てられた子供の椅子の腕木のような細さ

ーーこれらを詩句のようなものとして、わたくしは読む。


・誠実な重みのなかの堅固な臀(吉岡実)

・驚愕した陶器の顔の母親の口が/赭い泥の太陽を沈めた(同)







2014年3月20日木曜日

雌鹿のように活発で軽快な女

メモ:スタンダール
私の母、アンリエット・ガニョン夫人は魅力的な女性で、私は母に恋していた。
急いでつけくわえるが、私は七つのときに母を失ったのだ。(……)

ある夜、なにかの偶然で私は彼女の寝室の床の上にじかに、布団を敷いてその上に寝かされていたのだが、この雌鹿のように活発で軽快な女は自分のベッドのところへ早く行こうとして私の布団の上を跳び越えた。(スタンダール『アンリ・ブリュラールの生涯』)
エゴチスムの逆説とはおよそ次のようなことだ。最も無遠慮かつみだらな仕方で自己について語ることが、自分を隠す最良の手段たりうるのである。エゴチスムは、この言葉のすべての意味において一つのパレードなのだ。その最も有効な証明が、おそらく『ブリュラール』のあの全く驚くべきエディプスの告白である。(……)専門家たちにとって、このようなテクストは一種のスキャンダルであるにちがいない。どんな解釈の余地があるのか、というわけだ。(……)何よりも語源的な意味におけるスキャンダルなのである。Scandalonは《罠》を意味する。そして、言葉に表わせることを言うのは無限の罠だ。『ブリュラール』のおかげで、スタンダールの精神分析は未だにわれわれに甚だ不足している。(ジュラール・ジュネット Figure Ⅱ)
私はこの短いが有目な一節のなかに、ジュネットがそのすばらしい研究の他のところで強調している一つの特徴を見る。それは省略法、人を動揺させずにおかぬ沈黙の効果だ。本質的なことは言われない。エクリチュールは雌鹿のように活発に軽やかに、視線の上を跳び越えてしまう。私は、ひと跨ぎ(unenjambement)と、見られてはならず、見られたら死なねばならぬものへの視線とを心にとめる。その視線は、テクスト生成の過程では記入されることも書かれることもできない。メドゥーサの目なのだ。(ルイ・マラン La voix excommunié)




…………

一度は母親の鏡と子宮に印された
美しい魂の汗の果物(吉岡実)


…………


◆附記:アラン『プロポ』(弥生選書)より。(井沢義雄/杉本秀太郎訳)

私はこれまでに時どき、詩人たちについてかなり手きびしく語ったことがある。雄弁家、それも非凡な雄弁家たちを、私はそれ以上に大して愛しているわけではない。いたって学識のある人が、そのことで私につっかかってきた。どんな話でも心底から出たものは雄弁の動きとリズムをおのずと帯びる。ただすぐれた詩においてのみ、このリズムは一そう規則立っているのだ、と彼はいう。彼はそこで実例をそらで引用したが、なかなかうまく択んだ。私は散文をしかるべく弁護するすべを知らなかった。散文は、読者が声を出して読むとかならず損なわれる。そして目の方がいっそうよく散文をとらえるように私は思う。散文には媚がない。耳の期待をうらぎる。散文は絶対に歌おうとはしない。あの巫女の痙攣など散文は知らない。どんな遠慮も知らず、いかなる宗教臭もない。これこそ、すっかりはだかになった人間性そのものである。筆致が道具のように喰い入るのだ。

ナポレオンはフランス野戦のとき、ソワッソンの町が二日も早く陥落したのち、しばし無言であったが、やがていった、「そんなことは偶発事にすぎぬ。だがあのときは幸運がほしかった。」これが、ほかの時にはまたみずから運命を作った人のことばである。ここには翼のはばたきがある。美辞をつらねる人々は、ためしにやることしかしないが、この人間は勝負に出るのだ。注目にあたいすることだが、訂正加筆をせぬこの術の他の実例を求めにゆくとすれば、ナポレオンと同時代、そして彼と同じ行動の人、スタンダールに、私はそれを求める。「彼は脚下に二十里四方の土地を見た。ハヤブサであろう、彼の頭上の大岩から飛び立った鳥が、いたって大きな輪を、音もなく、えがいているのがときどき彼の視界に入った。ジュリアンの目は、機械的にこの猛禽のあとを辿っていた。その落ち着いた、しかも力強い動きが、彼の心を打った。彼はあの力をうらやんだ。彼はあの孤立をうらやんだ。それはナポレオンの運命であった。いつの日か、それが彼の運命になるだろうか。」(『赤と黒』)

修辞と呼ばれているあの模倣の痕跡のごときを、私はここにはまったく見かけない。しかも、喜劇なきこの散文は、公定の芸術(散文)が美辞をつらねて弁じ立てていた一時代のものなのである。ここには、欲望というよりもむしろ意志が、姿をあらわしている。行動が感情をむさぼり食ってしまう。同様に、この散文は何巻もの詩をむさぼり食ってしまう。ちょうど土が水を吸いこむように。イメージは、ここではオペラの舞台装置とはちがう。イメージは動きであり、稲妻であり、とぶ鳥のかげなのだ。「えがく」というこの語が、二つの意味をもっているとは、すばらしい。動きをえがくことは、まさにその動きをすることである。それゆえ、一方で描写は比較する。しかし他方で、描写は象徴するのだ。

散文とは何か、散文は何をなし得るのか、散文はどうあるべきか。私はこれらを知っているとはまだとてもいえない。絵画について何かと書く芸術批評家たちに、私はしばしばおどろいた。なぜなら、絵画は散文よりもなお一そう隠されているからである。こんにちでは、私は詩と散文のあいだの対立関係に気づいている。詩は、ふとした出会いで集まったイメージを延べ拡げ、かつ成長させる。そしてある種の散文は、こうした装飾を徹底的に叩きのめすのである。しかしながら、ヴァイオリンの弾き方がまなばれねばならぬごとく、散文の弾き方も、まなばずしては体得されえない。スタンダールのなかに、装飾をあまりにうち倒してしまう一つの術を、私は見いだす。ところで一方、シャトーブリアンをまねるのは危険性なきにしもあらず、ということを私は知っている。逆に、スタンダールは、ひとりならずの若い天分を枯渇させるだろう。

スタンダールは、雄弁家から、ありうる限りにおいてはなれている。説教は大げさで冗漫なものである。説教は耳と一致させなばならない。いく度も耳を打ち、そして耳をひき戻さねばならない。用意しておき、前ぶれしておくこと。ともかく、雄弁家の力、抒情の力を作っているのは、期待なのだ。韻の期待、区切りの期待、声の抑揚の期待。一完結文とは、手はずをととのえられ、もつれ、そして解決を見る劇のようなものである。それは窓ごしに見られた嵐なのだ。他方、散文の芸術家は事物の空洞そのもののなかにいる。彼の足音の反響がきこえてくる。だが二度とこだましない。ただ一度きりなのだ。彼は道具を休めて空を仰ぐ。詩の一切が通りすぎてゆく。丘から丘にとどく音のように。あのはだかの文体の魔術、それは喜劇を見る子供のように待っているのではなく、ふりかえって自己のうしろを注視することである。目の一躍によって読みかえす。イメージをもう一度しっかり捉える。あの固定した線条があなたを駆けさせる。これに反して、雄弁の芸術は、坐ってじっとしているわれわれのために駆ける。このゆえに、一方の芸術は朗読されたがり、他方の芸術は彫り刻まれることを求める。散文、つねに片足に体をかける、ブロンズ製の、いそぎの使者。


※補遺:雌鹿と産湯






2014年1月29日水曜日

臀と尻、あるいは翳と軀

私の詩のなかで、〈手〉と〈掌〉という文字を探すことは、きわめて困難な筈である。それは私が意識的に、それらの文字を避けてきたからである。もちろん〈手足〉とか〈波の手〉とか類似の用語は若干あると思うが。(……)

〈手〉や〈掌〉の内在する象徴性にもたれかかって、安易に成立った作品を見ると、私はやりきれない気持になる。

〈手〉や〈掌〉は、私の嫌いな〈文字〉ではなく、むしろ好きなほうである。〈手〉はこれからも必然性があれば使うだろうけれど、まだ私は〈掌〉という〈文字〉を書くことはないだろう。(吉岡実「手と掌」)

「翳」という文字がある。たとえば、日の光を受けた街路樹が、地に落すかげ、重なり合った木の葉のかげが、地面でチラチラ動く、そういうかげのときは、「翳」を使わないとおさまらない。心の具合が顔や軀の上に惨み出てユラユラ動いている場合も、「翳」である。(吉行淳之介)

吉岡実は《〈手〉や〈掌〉の内在する象徴性》という。吉行淳之介は《木の葉のかげが、地面でチラチラ動く、そういうかげのときは、「翳」を使わないとおさまらない》という。両者は文字の象徴性にかんして全く正反対の態度のようにも見えるが、二人ともいかにも文字遣いへの繊細さを語っている(ふたりの言わんとしていることは、それだけではないのだろうが、ここでは深く追求しない)。

吉岡実の文字の象徴性にもたれかかることへの抵抗は、詩人だからということだけではなく、やはり吉岡の潔癖さにも由来するのだろう。《詩でね、変らない詩人がたくさんいるでしょ。ぼくはやっぱり、絶えず変りたい》 (吉岡実)

吉行には「翳」だけでなく、「軀」という字への拘りがあるのはかつてはよく知られていた。散文だから象徴性が煩わしくならないということはあるのか、ーーだが、あまりに「軀」という漢字のエロティックさを強調することが重なれば、ときにうるさいと感じる人がいるのも想像されないではない。いずれにせよ、このような敏感さをもつのがすぐれた書き手の特徴であるのは、わたくしが言うまでもなかろう。

「軽薄にソネットを扱いそこにピタゴラス的な美をみないのは馬鹿げている」(ボードレール)。ピタゴラス的な美とは、”現実”や”意味”と無関係に形式的な項の関係のみで成り立つものである。(柄谷行人『隠喩としての建築』)

吉行のまだ比較的若い頃の作品では、「軀」ではなく「躰」が使われている。ここには「翳」も出てくるので引用しておこう。

「あたしを嫌いなくせに。あたしだって好きじゃない」

 その言葉が、奇妙に僕の欲情を唆った。僕は娘の顔を眺めた。うっすらと荒廃のが、その顔に刷かれていた。僕は娘のを眺めた。紡錘形の、水棲動物めいたが衣裳のうえから感じられた。(吉行淳之介『焔の中』1956年)


吉行淳之介はかつて三島由紀夫の文体を《漢字の美的感覚に寄りかかり過ぎている》と批判している。だが後年《あの発言は自分の嫉妬からだった》と洩らすことになる。


もっとも文字面の美をどのように追うかは、作家のタイプにもよるようであり、谷崎潤一郎はその『文章読本』で、志賀直哉の文を引用して、《それを刷ってある活字面が実に鮮やかに見える》としてこの見事なお手本を繰り返し玩味すべきとしているが、続けて、流麗な文(和文調)と簡潔な文(漢文調)――源氏物語派と非源氏物語派――に分けて文章の美が説かれ、谷崎潤一郎自身は流麗な調子を好み、《この調子の文章を書く人は、一語一語の印象が際立つことを嫌います》と書かれることになる。

…………

吉岡実の詩には、漢字と平仮名の均衡を眺めるだけでほれぼれする詩行がある。

たとえば「子供の臀に蕪を供える」は「子供の尻に蕪を供える」ではけっしてないだろう。
そしてつねに「臀」が使われるわけではない。

「臀」は豊かにふくらんでいる部分を指すなどと説かれたりすることもあるが、吉岡実はもちろんそんな定義などにこだわりはしない。


・いつもパンを焼くフライパンの尻を叩きながら

・水着の美女の尻

ーーこの二つの詩行における「尻」は「臀」にするわけにはいかない(美感上、としておこう)。

いくつか視覚的にも美しい詩行を抜き出そう。


・誠実な重みのなかの堅固な臀

・驚愕した陶器の顔の母親の口が/赭い泥の太陽を沈めた

・洗濯物は山羊の陰嚢

・母親の典雅な肌と寝間着の幕間で

・美しい魂の汗の果物

・いまは緑の繻子の靴に踏まれる森の季候

・賢い母親は夏の蝉の樹木の地に

・数ある仮死のなかから溺死の姿を藉りる

…………

吉行淳之介の代表作『砂の上の植物群』(1964)から、いくつかのパラグラフを行分け、かつ句読点を削除して抜き出してみよう。

…………

絶え間なく動いている女の唇だけが
目立っていた
その唇にも血にまみれたように口紅が塗られてあった
女というものの抵抗できぬ逞しさを示しているようにもみえ
見知らぬ動物の発情した性器のようにもみえた

彼の予想では川村朝子は白粉気のない顔で
ぎこちなく店の隅に佇んでいる筈だった
しかし彼女は真赤に唇を塗り
身軽に店の中を歩きまわり
物馴れた酒場女のような口をきいた
濃い化粧は彼女を醜くしてはいなかった
平素よりももっと
可愛らしく愛嬌のある顔になっていた
ただいかにも人工的な趣がつきまとっていた
そして時折ひどく成熟した
むしろ四十女といってよい表情が
その顔に現われる瞬間があるように見えた
その顔は手がかりの付かぬものを
いきなり眼の前に突き出されたように
彼にはおもえた

…………

旅館の玄関に立って案内を乞うと
遠くで返事だけあって
なかなか人影が現われてこなかった
少女と並んで三和土に立って待っている時間に
彼は少女のに詰まっている
細胞の若さを強く感じた
そして自分の細胞との落差を
痛切に感じた
少女の頸筋の艶のある青白さを見ると
自分の頸の皮が酒焼けで赤黒くなっており
皮がだぶついているような気持になった
待っている時間は
甚だしく長く感じられた
ふたたび何かがの中で爆ぜ
兇暴な危険な漿液がに充ちてくるのを感じた

…………

太陽の光を十分に吸い込んだ牧草の匂いである
娼婦たちのが熟したときに漂ってくる
多くの男たちの体液の混じり合った饐えたにおい
それに消毒液の漂白されたようなにお
の絡まり合った臭気とは
全く違ったものだった

…………


明子の眼に映る札束は
金銭としてのものではない
明子に純潔を説いてやまぬ
姉の京子のの裂目から
露出した臓物のようなものとして
明子の眼には映っている筈だ

…………

長い病気の恢復期のような心持が
のすみずみまで行きわたっていた
恢復期の特徴に
感覚が鋭くなること
幼少年期の記憶がの中を
凧のように通り抜けてゆくこととがある
その記憶は
薄荷のような後味を残して消えてゆく

…………

立上がると
足裏の下の畳の感覚が新鮮で
古い畳なのに
鼻腔の奥に藺草のにおいが漂って消えた
それと同時に
雷が鳴ると吊ってもらって潜りこんだ蚊帳の匂いや
縁側で涼んでいるときの蚊遣線香の匂いや
線香花火の火薬の匂いや
さまざまの少年時代のにおいの幻覚が
一斉に彼の鼻腔を押しよせてきた

…………

たとえば最後のパラグラフの、「におい」と「匂い」の使い方を注意してみてもよい。

藺草のにおい」「蚊帳の匂い」「蚊遣線香の匂い」「火薬の匂い」「少年時代のにおい」の使い分けは、おそらく漢字とひらがなの字面の美感からくる選択ではないだろうか。

あるいはもうすこし上の引用には、《太陽の光を十分に吸い込んだ牧草の匂いである/娼婦たちのが熟したときに漂ってくる/多くの男たちの体液の混じり合った饐えたにおいそれに消毒液の漂白されたようなにお》とある。

これらは字面というよりも、よい香りとそうでない香りによって、匂い/においと区別して使用していると考えられるもする。


「におい」という語に注意を払ったので、中井久夫の「かおり」「香り」「香」「匂い」の使い分けへの極度の繊細さをあらわす冒頭の文を引用しておく。この小論の末尾には「匂いの記号論」という表現がでてくることからも分かるように、匂いの徴候感覚に人にふさわしい出だしであるといえる。中井久夫の語句の選択の多様性は字面の美感とともに音調によることも多い。


ふたたび私はそのかおりのなかにいた。かすかに腐敗臭のまじる甘く重たく崩れた香りーー、それと気づけばにわかにきつい匂いである。

それは、ニセアカシアの花のふさのたわわに垂れる木立からきていた。雨あがりの、まだ足早に走る黒雲を背に、樹はふんだんに匂いをふりこぼしていた。

金銀花の蔓が幹ごとにまつわり、ほとんど樹皮をおおいつくし、その硬質の葉は樹のいつわりの毛羽となっていた。かすかに雨後の湿り気がたちのぼる。

二週間後には、このあたりは、この多年生蔓草の花の、すれちがう少女の残す腋臭のほのかさに通じる、さわやかな酸味をまじえたかおりがたちこめて、ひとは、おのれをつつむこのの出どころはどこかととまどうはずだ。小さい十字の銀花も、それがすがれちぢれてできた金花の濃い黄色も、ちょっと見には眼にとまらないだろう。(中井久夫『世界の徴候と索引』)

中井久夫によれば、「もの」としての語、その物質的側面とは、語が単なる意味の担い手なのではなく、まずは音調があり、発語における口腔あるいは喉頭の感覚、あるいは舌が口蓋に触れる感覚、呼気が歯の間から洩れる感覚など主に触覚的な感覚もあれば、舌や喉頭の発声筋の運動感覚もあるとする。
これらは、全体として医学が共通感覚と呼ぶ、星雲のような感覚に統合され、またそこから発散する。音やその組み合わせに結びついた色彩感覚もその中から出てくる。

さらにこのような状態は、意味による連想ばかりでなく、音による連想はもとより、口腔感覚による連想、色彩感覚による連想すら喚起する。その結果、通用の散文的意味だけではまったく理解できない語の連なりが生じうる。精神分裂病患者の発語は、このような観点を併せれば理解の度合いが大きく進むものであって、外国の教科書に「支離滅裂」の例として掲載されているものさえ、相当程度に翻訳が可能であった。しばしば、注釈を多量に必要とするけれども。(「「詩の基底にあるもの」――その生理心理的基底」)

中井久夫の音調や音韻への驚くべき繊細さは次の文にも現れる。
…プルーストが「心の間歇」を題名の有力な候補としながら結局は最終的には却けたのはどうしてかについての憶測を記しておこう。題名としての言葉の美を比較すれば、最終題名「失われた時を求めて」A la recherche du temps perduはa音が多く明るさがあり、また流れるようなrechercheが滝壺のような淀みであるtemps perduで享けとめられて、心に訴えるその力はi、e、oeの卓越する硬く静止的な「心の間歇intermitterennce du coeur」と格段の相違である。また、題名の「射程」が大きく違う。
しかし、そういうこととは別に、この長篇小説が必ずしも「心の間歇」だけに光を当てたものではなくなっていったからではないだろうか。(中井久夫「吉田城先生の『「失われた時を求めて」草稿研究』をめぐって」)

それ以外にも、中井氏は、文字に色を感じる「共感覚者」であるとは、氏のエッセイで何度か打ち明けられているところだ。この共感覚は、ランボー、プルーストも持ち合わせているのが知られている。

ちなみに私の場合、ひらがな、カタカナ、漢字、ラテン文字、ギリシャ文字には一字一字に色彩が伴っている。文字が複合して単語になれば、また新しく色が生じる。それぞれ弁別性があるような、非常に微妙な色彩である。この「色」が単語の記憶に参加しているらしい。(……)

「文字の色」にかんしてよく挙げられるのはランボーの詩「Aは黒……」であるが、Aが黒であるはずはないと私は思っている。詩人は反対の色を挙げることによってショックを与えようとしているのであると私は読む。Aは多くの人に尋ねたが、ニュアンスの差はあっても皆「明るい赤」である。(……)

私の場合には、音と色の連合なのか文字と色との連合なのかほんとうにはわからない。またどこから始まったのかその起源も不明であるが、四歳の時にはすでに色を意識していた。たとえば、形容詞とそれが形容する名詞との「色が合わない」と私は使えないのである。(中井久夫「記憶について」『アリアドネからの糸』所収P121-122)

ーー参照:表象文化論学会2009研究発表4:共感覚の地平——共感覚は「共有」できるか?
より詳しくは、http://repository.dl.itc.u-tokyo.ac.jp/dspace/bitstream/2261/51545/1/Kitamura_panel.pdf




※附記
〔ランボーの〕母音のソネットほど有名ではないが、おそらく同じ程度に関与的なプルーストのつぎのテクストを思い出していただきたい。《……赤味をおびた上品なレースをまとったあんなに背が高く、そのいただきが最後の音節の古金色に照り映えているバイユーBayeuxの町。アクサン・テギュが古井由吉ガラス戸〔ヴィトラージュ〕に黒い木の枠の菱形模様をつけているヴィトレVitréの町。その白身が卵の殻の薄黄から真珠色へと変化するやわらかなランバルLamballeの町。脂肪質の黄ばんだ末尾の二重母音がバターの塔で上部を飾るノルマンディーの大聖堂、クータンスCoutancesの町》など。(……)

彼の音声的動機づけは(おそらくバルベックの場合を除けば)ほとんどすべて音と色彩との等価性を含意していて、ieuは古金色、éは黒、anは黄ばんだ色やブロンド色や黄金色、iは緋色である。(ロラン・バルト「プルーストと名前」)















2014年1月11日土曜日

「欲動と享楽の反倫理学」覚書

ポール・ヴェルハーゲ(Paul Verhaeghe)とジジェクをめぐる備忘」より引き続く。
最後に会った時、ミシェル(フーコー)は優しさと愛情を込めて、僕におおよそ次のようなことを言った。自分は欲望désir という言葉に耐えられない、と。 〔…〕僕が「快楽 plaisir」と呼んでいるのは、君たちが「欲望」と呼んでいるものであるのかもしれないが、いずれにせよ、僕には欲望以外の言葉が必要だ、と。

言うまでもなく、これも言葉の問題ではない。というのは、僕の方は「快楽」という言葉に耐えられないからだ。では、それはなぜか? 僕にとって欲望には何も欠けるところがない。更に欲望は自然と与えられるものでもない。欲望は機能している異質なもののアレンジメントと一体となるだけだ。 〔…〕快楽は欲望の内在的過程を中断させるように見え、僕は快楽に少しも肯定的な価値を与えられない。 〔…〕マゾッホの中で僕の興味を引くのは苦痛ではない。 快楽が欲望の肯定性、 そして欲望の内在野の構成を中断しにくるという考えだ。

〔…〕快楽とは、人の中に収まりきらない過程の中で、人や主体が「元を取る」ための唯一の手段のように思える。それは一つの再領土化だ。(ジル・ドゥルーズ「欲望と快楽Désir et plaisir」 、 『狂人の二つの体制 』)

ふたりの偉大な思想家が「欲望」と「快楽」をめぐって語っている
そしてここにいるどこかの「馬の骨」はこういってみよう
欲望? ウンザリだね
快楽のほうがましさ
フーコーの快楽とは享楽(悦楽)も含まれているはずだからな
晩年フィスト・ファックに耽ったフーコーだから

フーコーの死後、その自室から性具・猿ぐつわ等のSM性癖関係の拘束具が数多く出てきたことが伝えられている(出典:ギベール著『ぼくの命を救ってくれなかった友へ』訳者あとがき)。

《苦痛はまた一つの悦楽LUSTなのだ。呪いはまた一つの祝福なのだ。夜はまた一つの太陽なのだ、――おまえたち、学ぶ気があるなら、このことを学び知れ、賢者も一人の阿呆であることを。》(ニーチェ『ツァラトゥストラ』ーー悦楽(享楽)と永劫回帰

ソクラテスのいう快楽だって実は享楽さ

ソクラテス) 諸君、ひとびとがふつう快楽と呼んでいるものは、なんとも奇妙なものらしい。それは、まさに反対物と思われているもの、つまり、苦痛と、じつに不思議な具合につながっているのではないか。

この両者は、たしかに同時にはひとりの人間には現れようとはしないけれども、しかし、もしひとがその一方を追っていってそれを把えるとなると、いつもきまってといっていいほどに、もう一方のものをもまた把えざるをえないとはーー。(プラトン『パイドン』60B 松永雄二訳)

こっちのほうは欲望ではなくて欲動だな

いつかぼくはある話を聞いたことがあって、それを信じているのだよ。それによると、アグライオンの子レオンティオスがペイライエウスから、北の城壁の外側に沿ってやって来る途中、処刑吏のそばに屍体が横たわっているのに気づき、見たいという欲望にとらえられると同時に、他方では嫌惡の気持がはたらいて、身をひるがそうとした。そしてしばらくは、そうやって心の中で闘いながら顔をおおっていたが、ついに欲望に打ち負かされて、目をかっと見開き、屍体のところへ駆け寄ってこう叫んだというのだ。「さあお前たち、呪われたやつらめ、この美しい観物を堪能するまで味わうがよい!』」
(……)「この話は間違いなく」とぼくは言った、「怒りは時によって欲望と戦うとことがあり、この戦い合うものどうしは互いに別のものであることを示している」(プラトン『国家』439c-440Aーープラトンとフロイトの野生の馬

《古代世界と現代世界の愛情生活における深刻な相違は、古代人が欲動そのものに重点をおくのに対して、現代人はその対象においているという点にある。古代人は欲動を讃美し、これによって下等な対象をも喜んで高尚なものとするのに対し、われわれは欲動の活動自体をさけずみ、ただ対象の優越性によってこれを許そうとするのである。》(フロイト『性欲論三篇』人文書院 p20)

ツァラトゥストラが次に語っているのは「欲動」のことであるぐらいは分るだろうな

君はおのれを「我」と呼んで、このことばを誇りとする。しかし、より偉大なものは、君が信じようとしないものーーすなわち君の肉体と、その肉体のもつ大いなる理性なのだ。それは「我」を唱えはしない。「我」を行なうのである。(ニーチェ『ツァラトゥストラ』「肉体の軽侮者」より 手塚富雄訳)

※参考:資料:欲望と欲動(ミレールのセミネールより)

ジジェクの解釈ではドゥルーズの欲望機械は「欲動Trieb」のことらしいから
ドゥルーズも欲望ではなく欲動だったら許すがね
 ゲーテはなんといっていたか
「楽しい日々の連続ほどたえがたいものはない」だってさ

……人間にとって人生の目的と意図は何であろうか、人間が人生から要求しているもの、人生において手に入れようとしているものは何かということを考えてみよう。すると、答はほとんど明白と言っていい。すなわち、人間の努力目標は幸福であり、人間は幸福になりたい、そして幸福の状態をそのまま持続させたいと願っている。しかもこの努力には二つの面、すなわち積極的な目標と消極的な目標の二つがあり、一方では苦痛と不快が無いことを望むとともに、他面では強烈な快感を体験したいと望んでいる。狭い意味での「幸福」とはこの二つのうちの後者だけを意味する。人生の目標がこのように二つに分かれていることに対応して、人間の行動も、これら二つのうちのどちらかをーー主として、ないし、場合によってはもっぱらーー実現しようと努めるかによって、二つの方向に発展してゆく。(……)

快感原則が切望している状態も、それが継続するとなると、きまって、気の抜けた快感しか与ええないのである。人間の心理構造そのものが、状態というものからはたいして快感を与えられず、対照〔コントラスト〕によってしか強烈な快感を味わえないように作られているのだ(註)。

註)ゲーテにいたっては、「楽しい日々の連続ほどたえがたいものはない」とさえ警告している。もっとお、これは誇張と言っていいかもしれない。(フロイト『文化への不満』人文書院 フロイト著作集3 P441)

ふぬけた満足はごめんだね
欲望なんてイカサマだよ

《欲望そのものはすでにある種の屈服、ある種の妥協形成物、換喩的置換、退却、手に負えない欲動に対する防衛なのではあるまいか。》(ジジェク『斜めから見る』)

《desire should be seen as a defence against the drive and jouissance. 》(THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE Paul Verhaeghe)

Trieb, drive, impulse: something drives the subject to a point where he himself does not want to go, where he loses all control.
The drive has an aim that a person is barely aware of, and what can be known about it is often enough for him or her not to want to know any more. I don't want to know any-thing about it'. But he has to know.
……the very first appearance of this jouissance is nothing more than anxiety, the harbinger of one's own disappearance. I disappear, and being takes over. No wonder that jouissance is what the ego does not want. The price is ceasing to exist as an ego. The fact that this anxiety is transformed into ecstasy does not reduce the price to be paid. In this light, desire should be seen as a defence against the drive and jouissance. A defence against something that gives one pleasure, though the status of the word 'one' is not quite clear in this context, and the concept of 'pleasure' is also strange.(Paul Verhaeghe)

《The drive is the source of a pleasure that is not desired by the subject. Therefore desire and drive are opposites like 'Beauty and the Beast'—or rather, like the familiar 'me' in contrast to the 'not-me'.》

しかし、精神分析に由来するのだが、快楽のテクストと悦楽のテクストとを対立させる間接的な手段もある。すなわち、快楽は言葉でいい表わせるが、悦楽はいい表わせない〔le plaisir est dicible, la jouissance ne l'est pas〕、というのである。

悦楽は いい表わせない[内部でいい表わされる]、禁じられている[間で語られるin-dicible]。私はラカン(《忘れてはならないのは、悦楽はありのままに語る者には禁じられている、あるいは、行間でしか語られないということである……》)とルクレール(《……みずからの言葉で語る者には悦楽は禁じられている。あるいは、相関的に、悦楽を享受する者は、あらゆる文字を――存在し得るあらゆる言葉を――彼の讃える無条件の無化作用の中で消滅せしめる》)を念頭に置いているのであ る。(ロラン・バルト『テクストの快楽』)

※ここでの「悦楽jouissance」は、『彼自身によるロラン・バルト』の訳語では、ラカン訳語と同様、享楽だ。

The basic paradox of jouissance is that it is both impossible and unavoidable: it is never fully achieved, always missed, but, simultaneously, we never can get rid of it—every renunciation of enjoyment generates an enjoyment in renunciation, every obstacle to desire generates a desire for an obstacle, and so on. This reversal provides the minimal definition of surplus‐enjoyment: it involves a paradoxical “pleasure in pain.” That is to say, when Lacan uses the term plus‐de‐jouir, one has to ask another naïve but crucial question: in what does this surplus consist? Is it merely a qualitative increase of ordinary pleasure? The ambiguity of the French expression is decisive here: it can mean “surplus of enjoyment” as well as “no enjoyment”—the surplus of enjoyment over mere pleasure is generated by the presence of the very opposite of pleasure, namely pain; it is the part of jouissance which resists being contained by homeostasis, by the pleasure‐principle; it is the excess of pleasure produced by “repression” itself, which is why we lose it if we abolish repression.(ZIZEK"LESS THAN NOTHING")


詩も音楽も、そして匂いも快楽ではなく悦楽だ
享楽よりも悦楽のが字面がいい
ここは「悦楽」じゃなくてはいけない
とかげの舌
女の舌
女のまたのはこび
四十女の匂い
 おばあさんのせき……


・露にしめる /黒い石のひややかに /夏の夜明け

・もう秋は四十女のように匂い始めた

・野原をさまよう時 /岩におぎようやよめなをつむ/ 女のせきがきこえる

・黒い畑の中に白い光りのこぶしの木が /一本立つている

・まだこの坂をのぼらなければならない/とつぜん夏が背中をすきとおした/石垣の間からとかげが /赤い舌をペロペロと出している

・柿の木の杖をつき /坂を上つて行く /女の旅人突然後を向き /なめらかな舌を出した正午

・けやきの木の小路を/ よこぎる女のひとの /またのはこびの/ 青白い/終わりを

・ちようど二時三分に /おばあさんはせきをした /ゴッホ(西脇順三郎)



ーーああすべて悦楽だ

・四人の僧侶/畑で種子を播く/中の一人が誤って/子供の臀に蕪を供える/驚愕した陶器の顔の母親の口が/赭い泥の太陽を沈めた(吉岡実「僧侶」)

・水べを渉る鷭の声に変化した女の声を聴く(「感傷」)

・割れた少年の尻が夕暮れの岬で/突き出されるとき/われわれは 一茎のサフランの花の香液のしたたりを認める/波が来る 白い三角波(「サフラン摘み」)

わかるかい?
ニブイ<きみたち>のために
いささか解説的な谷川俊太郎をも抜き出しておこう

散文をバラにたとえるなら
詩はバラの香り
散文をゴミ捨場にたとえるなら
詩は悪臭

ーー谷川俊太郎「北軽井沢語録」より(八月三日)
言葉で捕まえようとすると
するりと逃げてしまうものがある
その逃げてしまうものこそ最高の獲物と信じて(同 九月四日)
詩はなんというか夜の稲光りにでもたとえるしかなくて
そのほんの一瞬ぼくは見て聞いて嗅ぐ
意識のほころびを通してその向こうにひろがる世界を

ーー「理想的な詩の初歩的な説明」より

音楽が悦楽だというのはいいだろうな?
もっともだらだらとした「欲望」の音楽だってあるさ
悦楽の音楽とはこういうことだ

グールドの場合には、なによりもヘルダーリンが望んだ表現の透明さ die Klarheit der Darstellungがある。このような透明な光は熱狂的な憑依体験の対極にあるわけではない。このような光は、静謐なものでもなければ抑制されたものでもない。それは奪い取ることであり、切開を意味するのだ。それでいてこの光は冷たく遠くにある。神的なるものの訪れは火、炎、煙の上がる光景を意味しない。グールドを訪れた神はヘルダーリンを訪れた神と同一である。ディオニュソスではない。熱狂的な暗闇の神ではない。アポロンであり、正しきもの、透明なるものなのだ。(ミシェル・シュネデール)

あの苦痛をともなう喜び
あのわれわれを分割する瞬間的な光
リルケが語ったあの「恐るべきもののはじまり」

彼の演奏について語ろうとしても、いくつかの言葉しか思い浮かばない。遠さ、戦慄、なにか異様なもの。彼はわれわれを試練に遭わせるーーあまりにも透明なあの音、昇華作用を経たあのピアノが耐えられないという人々をわたしは知っている。このピアノを聴くと彼らの皮膚はひきつり、指は痙攣するのだ。試練はときに恐ろしいものを含んでいる。わたしもまた、そのせいで、彼があとに残したあの無の彫刻からできるだけ離れていたいと思うことがある。ーー「暗闇をさまよう者は、歌をうたってその不安をうちけそうとする」より)

匂いが特権的なのは
「一瞬よりいくらか長く続く間」(大江健三郎
しか続かないせいだ
悦楽とはそういうものだ

プルーストにおいては、五感のうち三つの感覚によって思い出が導き出される。しかし、その木目〔きめ〕という点で実は音響的であるよりもむしろ《香りをもつ》ものというべき声を別とすれば、私の場合、思い出や欲望や死や不可能な回帰は、プルーストとはおもむきが異なっている。私の身体は、マドレーヌ菓子や舗石やバルベックのナプキンの話にうまく乗せられることはないのだ。二度と戻ってくるはずのないもののうちで、私に戻ってくるもの、それは匂いである。(『彼自身によるロラン・バルト』)

《小雨が降り出して埃の香いがする》(西脇順三郎『第三の神話』)

まさに、ごくわずかなこと。ごくかすかなこと、ごく軽やかなこと、ちょろりと走るとかげ。一つの息、一つの疾駆、一つのまばたきーーまさに、わずかこそが、最善のたぐいの幸福をつくるのだ。静かに。

――わたしに何事が起ったのだろう。聞け! 時間は飛び去ってしまったのだろうか。わたしは落ちてゆくのではなかろうか。落ちたのではなかろうか、――耳をこらせ! 永遠という泉のなかに。(『ツァラトゥストラ』第四部「正午」手塚富雄訳)

さてここでも説明的な文章を附記しておこう

《詩とは言語の徴候的側面を主にした使用であり、
散文とはその図式的側面を主にした使用である。》
(中井久夫『現代ギリシャ詩選』序文)

T・S・エリオットは、十七世紀の詩人ジョン・ダンについての評論の中でこの詩人は「観念をバラの花の匂いのごとくに感じる」と述べている。この一句には最近あらためて考えさせられるものがあった。観念には匂いと非常に似ているところがある。まず、それはいっときには一つしか意識の座を占めない。二つの匂いが同じ強度で共在することはありえないが、観念もまた、二つが同じ強度で共存することはーーある程度以下の弱く漠然としたものを除いてはーーきわめて例外的で、病的な状態においてかろうじてありうるか否かというくらいのものである。

第二に、匂いは、たしか二十秒くらいしかとどまらない。匂い物質は送られてきても、それに対する嗅覚は急速に作働しなくなってしまう。これは、嗅覚が新しい入力に対応するためで、こうなくてはならないことである。

観念はどうであろう。観念を虚空に把握しつづけることは、それこそ二十秒以上はむつかしいのではなかろうか。とすれば、持続的といわれる幻覚、妄想、固定観念も、たえざる入力によってくり返しくり返し再出現させて維持されていることを示唆する。ただ、この入力は、決して“ 自由意志 ”によるものではない。

最後に、両者とも、起そうとして起せるものではない。観念も、意識的というか人工的に催起させられるものではない。両者とも、基本的には意識を「襲う」ものである。少なくとも重要な気づきは、はげしい香りと同じく、ひとを打つのである、科学的、思想的発見であっても、パースナルな気づきであっても。(中井久夫「世界における索引と徴候」『徴候・記憶・外傷』所収 P20)


表題の意味はわかるだろうな
どこかのニブイ「哲学者」への皮肉さ
などとはわたくしはケッシテいわない
フィストファックがきらいな公衆むけには
あの程度がいい
猿の乾いた笑いを気味悪がる手合いには

語りながら、フーコーは何度か聡明なる猿のような乾いた笑いを笑った。聡明なる猿、という言葉を、あの『偉大なる文法学者の猿』(オクタビオ・パス)の猿に似たものと理解していただきたい。しかし、人間が太刀打ちできない聡明なる猿という印象を、はたして讃辞として使いうるかどうか。かなり慎重にならざるをえないところをあえて使ってしまうのは、やはりそれが感嘆の念以外の何ものでもないからだ。反応の素早さ、不意の沈黙、それも数秒と続いたわけでもないのに息がつまるような沈黙。聡明なる戦略的兵士でありまた考古学者でもある猿は、たえず人間を挑発し、その挑発に照れてみせる。カセットに定着した私自身の妙に湿った声が、何か人間たることの限界をみせつけるようで、つらい。(蓮實重彦「聡明なる猿の挑発」フーコーへのインタヴュー 「海」 初出1977.12号)

《フーコー当人からして、すでに正確な意味で人称とはいえないような人物だったわけですからね。とるにたりない状況でも、すでにそうだった。たとえばフーコーが部屋に入ってくるとします。そのときのフーコーは、人間というよりも、むしろ大気の状態の変化とか、一種の<事件>、あるいは電界か磁場など、さまざまなものに見えたものです。かといって優しさや充足感がなかったわけでもありません。しかし、それは人称の序列に属するものではなかったのです》(ドゥルーズ


70年代のフランスにいけるのだったら
フーコーを見てみたいな
ラカンやバルトに未練がないわけではない
ドゥルーズ?
ただの「やくざの親分」(蓮實重彦)だろ
デリダは?
「小さな衒学者」(フーコー)だよ


日本人のなかで見てみたい人物っているかい?
そうだな
作品の好みとは離れて
(谷崎や荷風ファンなのだが、まあ想像がつく)
大気の状態が変化しそうな人物は志賀直哉かな
「末期の眼」の川端康成も








2013年12月27日金曜日

12月27日

きみ、きみ、そこのきみ
きみはニブすぎるんじゃないか
ツァラトゥストラのグランドフィナーレ
酔歌を引用したばかりだろ?

「わたしを放っておいてくれ! 
放っておいてくれ! 
わたしは、おまえと手を結ぶには清らかすぎる。
わたしに触れるな」と

それでも感じないなら
論理学者三浦俊彦の小説でも引用するかね

すなわち、現実のモノを放出するのではなく言語・観念によって、まずは意味もないスカスカ的単語を脈絡なく喋り散らすという活動、さらには非スカ系出版物に載ったスカ記事をピックアップしてそれを満員電車内で朗読する、それへの乗客の反応を隠し撮りするという二人一組活動「ネオクソゲリラ」に金妙塾主流は這い進んだのである。これに対する乗客風景は旧脱糞ハプニングバージョンに比べて実にさまざまで、先ほど一部引用した雁屋F寝小便論が一塾生(三十五歳のコンビニ店長)によって読まれたときは「そうだよ、そのとおり!」などという相槌があちこちからとんだというが、主題がオシッコではなくウンコとなるとあからさまな心神耗弱ないし喪失扱いといおうか、アメリカのように精神障害者の強制隔離が論議される風土とは異なる日本ならではの寛大な、よく見られる酔っ払いや神経衰弱系独り言おじさんへの大らかな無視に等しいものであったのだが(立錐の余地乏しき満員度においては人垣に隠れた遠くから「うるせえ!」と怒鳴る重客もいたらしいが通路往来自在のときは誰も何も文句はつけなかったという)、『金妙塾入塾パンフレット』は、その「無視」の様態を七十九モードに分類している。

 (分類名のみ紹介すると「黙視」「陰視」「黙惑」「黙瞥」「黙殺」「黙笑」「黙怯」「黙訝」「黙認」「黙嘲」「黙憫」「黙索」「黙諾」「黙嘆」「黙惜」「黙難」「密囁」「密索」「黙戒」「悟惚」「黙悦」「隠嗤」「憤黙」「黙呆」「黙嫉」「沈躁」「黙脱」「黙錯」「黙忖」「黙敬」「微解」「黙謀」「爆黙」「擬黙」「黙索」「偽忌」「耽黙」「謬殺」「黙悩」「封舌」「駄黙」「躍黙」「黙狽」「黙滅」「浄黙」「専黙」「斜黙」「黙謝」「慈黙」「甘黙」「案黙」「黙揺」「静観」「歪黙」「黙愁」「黙訥」「熱黙」「黙染」「黙絶」「是黙」「濃黙」「黙祷」「黙賞」「純黙」「黙発」「畏黙」「黙慄」「黙測」「冷黙」「淫黙」「断推」「黙抜」「黙憬」「盲黙」「凝黙」「否視」「黙略」「黙質」「瀰黙」。演習問題:それぞれの具体的表情と視線の振幅を推測的描写せよ)。

ネットで拾ったのだがね、小説『偏態パズル』

……17のクラブの24人の女王様と契約、翌日までにたっぷり溜めてもらうことにした。翌日六本木アルファインに二部屋とって、プレイ開始。基本料金と別に、出た順に一人ずつ24万、23万……1万円、ということにしたので、女王様たちは早く黄金を出そうと室内で体操したりツボを押したり牛乳1㍑パック飲み干したりみんな一生懸命頑張ってくれた。



 最初に出してくれたのは銚子市生れのもと看護婦、ソフィア女王様だった。生牡蠣の匂いのする細めの山吹黄金が、長々30㌢ほど途切れなく絞り出て、僕の喉の奥に魔法のように粘り潜っていった。次は江東区生れのフユミ女王様。顔と上半身は細いが腰と腿が超逞しい19歳、息張る声も匂やかに、吹出物だらけのお尻から濃いオナラを七発半、デコボコ罅だらけの便秘塊を三つ押し出した。スジが堅くてニガさ強烈。三番目の堺市生れカズコ女王様は鼻筋の通った美人。細いお尻から白縞つきの中太バナナ便を放り出してくれた。六番目の鎌倉市生れ、身長152 体重80㌔のアイ女王様のは最高だった。前日フルーツとクロレラだけを食べてきてくれたそうでツーンと甘い、軟らか極上黄金だった。九番目になんと目にも彩なる和服で御来室、長い髪がさらっとストレートの府中市生れレイコ女王様の黄金はネバネバ真っ黒くて気持ち悪かったけど一番効きそうで、目を見開いてゴックン。次の山形市生れユイカ女王様のシャーッと真ッ黄色い水下痢を一気に飲み込んだあたりで、焦げ臭いげっぷが続けざまに洩れて胸がむかつきはじめた。いよいよか。色黒でアイシャドウの濃い港区生れルミ女王様と色白で内斜視の青梅市生れマユミ女王様は左右背中合せにしゃがんで息を合せ同時脱糞してくれた。世田谷区生れサヨコ女王様は「あたし黄金は経験ないの」とずいぶん恥かしそう。笑うと左右対称歯が欠けたみたいな八重歯が可愛くて「クサいって言わないでね」コーンやゴマや野菜片がやたら表面に突き出た黄金がみりみりぷちぷち線香花火みたいな摩擦音付きでくねり出てくれた。女王様が恥かしがってくれてると思うと僕の勃起ペニスは更に三割膨脹した。横浜市生れシノブ女王様はどうしても出そうになくて申し訳ないから、と自分の喉に指を突っ込んで嘔吐して下さった。臭くて酸っぱい胃液の風味もさることながら吐く瞬間、久本雅美似の歯茎露出度高値顔歪めてオ、グヲエッ目を剥き涙流した表情は、黄金が覗く瞬間の噴火口の痙攣に劣らぬ味だった。うれしい!このシノブ女王様の苦悶を見て僕は排泄プレイという文化の神髄を悟り、福岡市生れカオリ女王様の息張りと肛門ヒクツキの連動を凝視するうち認識は明瞭となった。直径3㌢の黄金が半身7㌢ゆっくり伸びてしばし停止、湯気。肛門はその間じっと金棒をくわえ開いたまま汗ばみ、ついでカオリ女王様の全身が細かく力み震えたかと思うと黄金の後半がプピっスーっ熱い隙間風まとって現われ――外気に触れていた7㌢分と後半が焦茶/黄土に見事くっきり分れ――カオリ女王様はホッと濃厚な出産の吐息を。授乳する性である女の、食物を無事提供した本能の安堵だろうか。そうだ! レバー味の上質黄金を頬張りながら僕は感動に震えた。女王様たち自身の熱い内臓醗酵料理を貪り喰らい僕は昇天するのだ!僕は女王様の汚いものを食わねばならないのだから確かにMだけど、女王様も自分のクサい秘密の内臓を無防備に晒すのだから羞恥Mだろう。そう、Mがウンコ座りの脚線を表わす形であることを忘れるな。と同時に女王様は僕を便器扱いして尻に敷いちゃう以上当然Sだが、僕は女王様の腸の中身を食べながら彼女の肉そのものを喰う行為をイメージ経験しているから、極限的Sの瞬間を生きていると言えるのだ――合法的カニバリズム! ああ! そして体位も、女の下の穴に男が前の肉棒を挿入する、この機械的な性の定めの反転図なのだ。男の上の穴に女が後ろの肉棒を入れるのだ!





オレのきよらかさ加減は
いささか不足しており
上のたぐいの嗜好ははないが
次のケぐらいはあるぜ





「デートのときおれは彼女にいつも、自転車で来てくれって要求しました。おれは歩きです。高校時代に一緒に帰ってたときこのパターンだったんで。家近い彼女が自転車でオレが駅まで歩きで。彼女は高校時代のノスタルジーでオレがそんな要求するのかと思ってたようで、セーラー服着てくれって言われるよりマシってことで毎回自転車に乗って来てくれました。でも自転車押して並んで歩くってのは街中なんかじゃたるいでしょ。で彼女には自転車に乗ってもらうことにね。オレが歩いてる傍らを彼女が自転車で並走ってのはきついんで、どんどん走ってもらいます。で、ブロックをぐるりと回ってオレに追いついて、追い越して、また後ろから追いついて追い越して、また……ってパターン。追い越すときに会話するわけだけど、オレは『自然な追い越され方がいい』ってことで、無言でシカトしあいながら追い越される、ってことにしてもらったんです。彼女はひたすらオレを追い越しつづける。何度も何度も。どうしてオレが「自然」にこだわったかっていうと、追い越すとき振り向いたりしてほしくなかったわけ。ていうのは自然に通りすがりみたいにして追い越してってほしかったわけ。それでどこに目が向くか。サドルに接した彼女のヒップが天然震動っていうかね、あ、そうそう、彼女にはスカートじゃなくていつもズボンはいてきてもらってたんです。しかもジーパンとかじゃなくてなるべく薄地の。でくっきり輪郭のプルんと丸いお尻サドルにかぶさるというか谷間にサドルがぴっちり挟まって、ペダルを漕ぐにつれて右左、交互にサドルがお尻に揉まれるというか逆にお尻がサドルに食い込まれるというか、じんわり体温というか摩擦というかいかにも密着熱が、ああ、それ見てオレは天にも昇る幸福感を味わっていたんでした。で、それをじっくり味わうためにはゆっくりと追い越してもらう必要があるわけなんですけど、いやぁ、オレ自身は彼女のお尻に顔でも体でも乗っかられたことはなかったんで、自転車尻を見て疑似体験して喜んでるってのも倒錯っちゃ倒錯もいいとこですが、従順な彼女は理由も質さずに自転車に乗りつづけ追い越しつづけてくれましたっけ。ま、うすうすオレの尻フェチぶりには気づいてたんでしょうけどね。だけどこういうデート重ねているうち曲がり角とか入り組んでる路地で彼女が一周してきたときオレの進路とずれちゃってはぐれちゃったことが三四回あって、まあそれも原因だったんですが、なんやかんや追い抜かれっこしてるうちにたまたま理想的な坂道を見つけましてね。西武線の東久留米とひばりヶ丘の中間ぐらいんとこの小さな商店街に、ただの坂道ならぬ曲がり坂道、ぐーっとこう九十度近く曲がってるのがありましてね、自転車にとっちゃ適度の難所で、そこを自転車漕いで登る人はまあ、立ち漕ぎをせざるをえないんですね。で、坂がゆるくなるところまで立ち漕ぎして、おもむろにサドルに座る。これが、これがたまらない! 空中を泳いでいた女性のズボン尻がゆっくりサドルに降りて密着する瞬間、その直後に立ち会えたときの勃起度といったら! 立位後向きにすぼまっていた緊張尻がゆっくり下向きに割れ広がって一挙くつろいでサドルを挟み潰す瞬間ってばもうサイコーッすよ。てわけで彼女にはもう何度その曲がり坂道を自転車で立ち漕ぎそして腰降ろしを繰り返してもらったことか。ちょうど坂がゆるくなる境目でオレを追い越さなきゃならないんでタイミングが微妙で、もうあの坂道挟んだサーキットを何周も何周も、もうぐるぐるぐるぐるやってたことがありました。さすがに彼女も疲れたらしくですね、いや歩いてるオレの方が足痛くなってましたがね、もーうこんなデートたくさん! って彼女、こんなにまでしてオレと付き合いつづける必要はないんだって突如気づいたみたいで唐突に振られちゃいました。あ~あ、貴重な彼女失いましたよ。しかしなんで合わせてくれなかったですかね、いかがわしいタイの痩せ薬とかに手を出したりしてた彼女ですから、デートしながら坂道ダイエット出来りゃ本望だったと思うんだが。ともかくそれ以後はこんなかったるいデートしてくれる女にはめぐり合わなかったですし。





 ま、それでも今、街を歩いててそこそこ満足ですよ。目覚めるって素晴らしいことですよね。理想の坂道にはそうは行き当たらないけど、自転車の女に追い抜かれることってけっこうあるんで、むこうから自転車女がやってきてすれ違いそうなときはそりゃもう、何か思い出したふりして手前で方向転換して歩き出して、追い抜かれる按配にもってくわけです。ときにはわざわざ道の反対側に渡って間近に尻景色をね。彼女失ったおかげで街の色とりどりのお尻に意識が目覚めるようになりましたってば。ズボンや坂道にもこだわらなくなりました。もちろんスカートってのはインターフェイスがあいまいなぶんサドルとの相性悪いんで興奮いまいちというか基本的には残念なわけで、ときどき女子高生なんかスカートの裾を全周サドルの外へ垂らしてやがったりしてね、あれ困りますよね、密着面が隠れちまって輪郭まるっきしなんでほんっと頭きてましたけど、むしろそのパターンって、パンツ尻が直接サドルにぴったり接してるってことでしょ、ぐいぐい熱くくわえ込んで揺れてるってことでしょ、そのこすり色が香りほのかにずくずくしみ拡がってゆくさまをじっと頭ン中で透視してですね、勃起できるほどになりました。好みは変わるもんで全周垂れ下がりスカートに大恍惚のこの頃ってわけです。あぁ彼女今頃どうしてるかなぁ、まだあの自転車使ってるかなぁ……」(ただしこの直後、アロマ企画のヤラセ・盗撮混合マニアックビデオ『自転車のお姉さんのお尻』がDVD版(ARMD21)として一般普及し、同類の自転車フェチが全国ひしめいていることを知った吉岡明之は即座にサドル尻マニアを辞めてしまった。マニアの自負であるが、まさざま名マイナー倒錯者がカミングアウトし直ちに市場を形成していく現在、種類的に孤高のマニアであることは難しくなっていることは確かだ……)。






穏やか系も挙げとこうか、
EVERNOTEの引き出しにはいくらでもあるからな


一台の自転車
その長い時間の経過のうちに
乗る人は死に絶え
二つの車輪のゆるやかな自転の軸の中心から
みどりの植物が繁茂する
美しい肉体を
一周し
走りつづける
旧式な一台の自転車
その拷問具のような乗物の上で
大股をひらく猫がいる
としたら
それはあらゆる少年が眠る前にもつ想像力の世界だ
禁欲的に
薄明の街を歩いてゆく
うしろむきの少女
むこうから掃除人が来る


ーー吉岡実「自転車の上の猫」






すこし前方に、べつの一人の小娘が自転車のそばにひざをついてその自転車をなおしていた。修理をおえるとその若い走者は自転車に乗ったが、男がするようなまたがりかたはしなかった。一瞬自転車がゆれた、するとその若いからだから帆か大きなつばさかがひろがったように思われるのだった、そしてやがて私たちはその女の子がコースを追って全速力で遠ざかるのを見た、なかばは人、なかばは鳥、天使か妖精かとばかりに。(プルースト「囚われの女」)
生きつづける欲望を自己の内部に維持したいとねがう人、日常的なものよりももっと快い何物かへの信頼を内心に保ちつづけたいと思う人は、たえず街をさまようべきだ、なぜなら、大小の通は女神たちに満ちているからである。しかし女神たちはなかなか人を近よせない。あちこち、木々のあいだ、カフェの入り口に、一人のウェートレスが見張をしていて、まるで聖なる森のはずれに立つニンフのようだった、一方、その奥には、三人の若い娘たちが、自分たちの自転車を大きなアーチのように立てかけたそのかたわらにすわっていて、それによりかかっているさまは、まるで三人の不死の女神が、雲か天馬かにまたがって、神話の旅の長途をのりきろうとしているかのようであった。(プルースト「花咲く乙女たちのかげに」)




すこし前方に、べつの一人の小娘が自転車のそばにひざをついてその自転車をなおしていた。修理をおえるとその若い走者は自転車に乗ったが、男がするようなまたがりかたはしなかった。一瞬自転車がゆれた、するとその若いのからだから帆か大きなつばさかがひろがったように思われるのだった、そしてやがて私たちはその女の子がコースを追って全速力で遠ざかるのを見た、なかばは人、なかばは鳥、天使か妖精かとばかりに。(プルースト「囚われの女」)
腰を浮かして力いっぱいペダルを踏み、それからスピードが落ちるのをそのままにして、けだるそうな姿勢でサドルに腰をおろす彼女。それからまた、家の郵便箱の前で自転車をとめ、サドルにまたがったまま、送られてきた雑誌にさっと目を通して、もとへ戻し、舌で上唇の端をなめ、足で地面を蹴って、ふたたび淡い影と光のなかへ飛びだす彼女。(ナボコフ「ロリータ」)



私たちはまた坂をくだっていった、すると、一人また一人とすれちがうのは、歩いたり、自転車に乗ったり、田舎の小さな車または馬車に乗って坂をのぼってくる娘たちーー晴天の花、ただし野の花とはちがっている、なぜなら、どの娘も、他の花にはない何物かを秘めていて、彼女がわれわれの心に生まれさせた欲望を、彼女と同種類の他の花でもって満足させるというわけには行かないからーーであって、牝牛を追ったり、荷車の上になかば寝そべったりしている農場の娘、または散歩している商店の娘、または両親と向かいあってランドー馬車の腰掛にすわっている上品な令嬢などであった。(「花さく乙女たちのかげに」)






2013年11月28日木曜日

ヴァギナ・デンタータVagina dentata、あるいは卵と壺

What happens when a normal man, that is, a man who wants immediate sex, runs into a female version of the same thing, a woman who also wants to dive into bed straightaway, anywhere and everywhere? The chances are that the man will quickly lose interest and even take flight—in this case, with his non-proverbial tail between his legs. In the context of the psychoanalytical situation, I have often seen this happen with male analysands when the apparently biologically set roles were simply reversed. It was by no means unusual for the man to complain that he felt used and even abused, reduced to an object, a vibrator. In other words, he voiced exactly the same complaint as a woman would. Men are so afraid of female desire and pleasure that they have even created a scientific term for this, 'nymphomania'. This is ultimately no more than the scientific expression of the mythology of the vagina dentata (the vagina with teeth). (Love in a Time of Loneliness  THREE ESSAYS ON DRIVE AND DESIRE  Paul Verhaeghe)


フロイトのヴァギナ・デンタータVagina dentata(「有歯膣」、あるいは「歯の生えた膣」、「歯のある膣」)をすこし調べていたら、縄文土偶の記述にめぐりあう(もっとも直接にVagina dentataへの言及はない)



再生可能な人間の死体をシク(目)アン(ある)ライクル(死体)といい、再生不可能な人間の死体をシク(目)サク(なし)ライクル(死体)というのである。目は再生の原理なのである。この風習はその後日本にもある。例えば大仏開眼の行事や、或いは選挙でダルマに目を入れる風習などの中に残っているのである。

遮光器土偶の巨大な眼窩、それは私は再生の願いを表すものであると思う。遮光器土偶は巨大な眼窩と、かたくつむった目の取り合わせによって人々を驚かせている。それを遮光器と名づけたのは、実はそれは偶然にもユーモラス比喩であるが、恐らくそこに土偶と言うものがつくられる最も深い意味が隠されていたに違いない。(縄文の神秘   梅原 猛






ピカソが魅されたのもたしかに頷ける彫像群だ。

下のものは顔がハート型をしている。ハートは心臓の象徴だと通常はされるが、キャサリン・ブラックリッジの『ヴァギナ 女性器の文化史 』によれば、次の如し。

多くの学者が指摘しているが、西洋の究極の性のシンボル、ハートは、ヴァギナを表したものにほかならない。確かに生殖器が興奮し、自分の意志で陰唇が開いた状態にあるとき、ヴァギナの見える部分の輪郭は紛れもなくハートの形をしている。

この類のことについて、ジジェクはかならず言及しているはずだと思い、検索してみると次のような発言がやはりある。

My relationship towards tulips is inherently Lynchian. I think they are disgusting. Just imagine. Aren't these some kind of, how do you call it, vagina dentata, dental vaginas threatening to swallow you? I think that flowers are something inherently disgusting. I mean, are people aware what a horrible thing these flowers are? I mean, basically it's an open invitation to all insects and bees, "Come and screw me," you know? I think that flowers should be forbidden to children.
Slavoj Žižek, Dreamboat, Thinks Flowers Are "Dental Vaginas Threatening to Swallow You"



男性が花を好まないとは限らないが、女性が「ナルシシスティック」に好むようには、好まないだろう。

リルケの詩を思い浮かべてみよう、《薔薇 の花、純粋な矛盾、おびただしい瞼の下で誰の眠りでもないその悦楽》ーー「薔薇という隠喩項は、死という抑圧物、すなわちそこでは眠りが帰属する主体が不在であるという冷酷な現実を再帰させ、しかし次の瞬間、その眠りを再び多くの者の瞳へと回収させ、そこに「悦楽」‐幻想を残していく」と樫村晴香は書くが(「ドゥルーズのどこが間違っているのか」)、抑圧されているものは「死」だけではないはずだ。


ヴァギナ・デンタータに近いものとして、ラカンの「鰐の口」を想いだしておこう。
ラカンは母親の欲望とは大きく開いたワニの口のようなものであると言っている。その中で子どもは常に恐ろしい歯が並んだあごによってかみ砕かれる不安におののいていなければならない。

漫画に恐ろしいワニの口から逃れるために、つっかえ棒をするシーンがある。ラカンはそれに倣って、このワニの恐ろしい口の中で子どもが生きるには、口の中につっかえ棒をすればよいと言う。ファルスとは実はつっかえ棒のようなもので、父親はこのファルスを持つ者である。そして父親のファルスは子供の小さいファルス(φ)ではなく、大きなファルス(Φ)である。つまり正義の騎士が万能の剣をたずさえて現れるように、父親がファルスを持って子供を助けてくれるのだ。(「ファルス」と「享楽」をめぐって

さて、いまはフロイトのいうヴァギナ・デンタータについては触れない。『性欲論三篇』などに書かれていたはずだが、あまり憶えていない。そのうち読み返したら書くかもしれない。

各地に伝説はあるようだ。

スー族のインディアンは、ラミアー伝説と同じような物語を語った。美しい魅惑的な女が若い戦士の愛を受け入れて、雪の中で契った。雪が晴れてみると、女は一人で立っていた。男は彼女の足もとで蛇にかじられ、一山の骨と化していた。
アイヌの伝承に、「昔、最上徳内が探検し発見した、メノココタンという島の住民は、全員女性で、春から秋にかけて陰部に歯が生え、冬には落ちる。最上が「下の口」を検めたところ、刀の鞘に歯形がつく程度の咬力があった」(南方熊楠)

そのほかにここにやや詳しい→ 







ここでは、以前、メモして投稿しないままにある文を、ほとんど関係がないが、以下に続ける。要するに、縄文土偶の画像をみていたら、古代キクラデス諸島の彫刻を想起したということだ。

…………


《秘訣とは卵のあの曲面ですよ。なぜなら、陶工の轆轤がまずはじめに形を仕上げていれば、見かけ倒しの部分はもうなくなっているから。》

「だから、いつでもかならず素材が話しかけるのだといえる。それに、精神に話しかけるのはほかでもない、素材を扱っている手であり、そのとき手は、素材を介して、精神に話しかけるのだ。これが芸術の、いや少なくとも造型芸術のお作法ではなかろうか。要するに、腹案が作品に先行しているらしいとはいっても、腹案と作品とのあの関係、私の名づけて工業的といっているあの関係は、諸芸術においては、もう一つの別の関係に、完全に従属している。これが腹案だったのかと悟らせてくれるのは、じつはほかでもない作品なのだ、という関係のほうが、立ちまさっているわけだ。作品を作ってみて、自分の表現したかったことに誰よりも先に教えられ、また誰より先におどろくのは、当の芸術家なのだから、この関係はずいぶん逆説的なものだ」(アラン『彫刻家との対話』杉本秀太郎訳)

アランの対話者は、アンリ・ナヴァルという今ではほとんど無名の、メダル職人から叩き上げた彫刻家で、彼はロダンの彫刻を次のように批判している、「ロダンの親指、あれはどうもいけない。親指というやつは、光線をたよりに肉付けしますから。ところが、じっさいに形を作ってゆくのは人指し指なんです」、と。

ナヴァルは素材を介して精神に働きかけるのは造型芸術だけがそうなのだろうか、たとえば音楽家は? と問う。

 「たしかにあなたのいうとおりだ」と私は答えた「彫刻よりも音楽において、あらかじめの計算が不快を与える割合が少ないなどとはいえない。それに、すばらしい歌の土台になるのは、いつのばあいにも歌い手の身体の均衡状態だ。同じ状態にとどまりつづけることはできず、しかも何か屈折運動というべきものによらずには、いつまでも同じ状態を脱することができない。屈折運動は、上首尾に起こることもあれば、しなやかさを欠くことも、ゆったりとした休息に通じることも、また盛上りの不足を埋めあわせるようにはたらくこともある。そしてじつはこれこそ、音楽と彫刻とのあいだに成り立つアナロジーの好例だ。アナロジー、つまり相似といったが、これを類似ということとけっして混同してはいけない。思想があらわれるのは、アナロジーをとらえた時なのだ。ただ私にはこんな気がするのだが、私が作家の仕事を考えようと思うなら、これよりもっともっと隠された事情に触れなければならないのではないか。なぜなら、作家もまた、彼なりのやり方でではあるが、偶然を活用して美をうみ出すすべを、じつによく心得ているし、またそんなことは詩人においてはほとんど自明のことがらだ。散文作家のことになると、私にはどうもよく分らない。とはいっても、時どき私の感知することだが、散文作家は、野獣をとらえようと待伏せしている特定の形式をにべもなくしりぞける。散文における特定の形式は、いざとなれば詩における形式よりもはるかにうまく森を叩いて野獣を狩り立てる。それが散文作家には気にくわないのだ。……」

「しかし、文筆家にとって、充実した、しかも切れ目のない形は、どこにあるのです。いったいどこに、卵の丸みがあるのです。壺のあの回転性は、どこにあるのです」

「詩の作品になら、卵の丸みは、はっきり見てとれる」と私は応じた「詩節〔ストローフ〕がそれだ。リズムがそれだ。脚韻、脚韻の一糸乱れぬ並びがそれに当る。ソネの形式は、前もって壺を用意している。壺をゆがめないで飾りをつけることができるかどうか、それが問題なのだ。大した仕事ではない。たしかに容易な仕事といってもかまわない。だがしかし、悲歌あるいは叙事詩の、あの響きのよくて、しかも少しの飾りもない形は、いったいどんな種類の形といえばよかろう。『イーリアス』というあの偉大な壺をどういえばいいだろう。まずはじめに詩があり、詩人はその表面に憤怒、死、復讐が、何度もくり返してはじまり、その都度互いにからみ合ってめぐり舞う姿を描き出したのだが。底の底までとらえることは、とてもできないことだ。とはいっても、散文にも、かならず一種の歌は聞こえる。フレーズの円環というべきかもしれないが。ただし、私にいわせるあんら、散文作家はそういう形をずたずたに切ってしまうという点で、詩人からきっぱり区別されるものだ」

彫刻家は像を判断しようと身を引いた。彼が千里のかなたへ遠ざかったような気がした。彼はこういい放った「そうだ、彼は形をずたずたに切る。だが、それこそがまさに形を連続させるひとつのやり方なのだ」(対話三)

この対話録は、『芸術論集』(諸芸術の体系)や、詩と散文の相違を問う詩と散文について」『精神と情念に関する81章』所収)の後になされたものだが、『芸術論集』などでは、《脚が悪い者だけがしつかりと見る。かうして、 散文は、正義と同様に、脚を引きずりながら進む。》やら、《散文には媚がない。耳の期待をうらぎる。散文は絶対に歌おうとはしない。あの巫女の痙攣など散文は知らない。》とされている。

『彫刻家との対話』で新しいのは、それらの著述にはみられない「卵と壺」のモチーフが繰り返し現れていることだ。

さて、ロダンに対する評価はさておき、ここで敢えてリルケの『ロダン』から引用してみよう。

詩句の中には、文字面からとび出していて、書かれたというよりは、むしろ造形されたように見える箇所があった。詩人の熱い両の手の中で融けてしまっている言葉や、言葉の群があった。浮彫の手ざわりをもった行があり、また、こみ行った頭飾のついた円柱のように、不安な思想の重荷を担っているソネットもあった。(……)彼(ロダン)はボードレールを自分の先駆者だと感じた。顔面によってはまどわされず、そこでは生命がはるかに大きく、恐怖に充ち、休息を知らないところの、身体の方を探し求めたひとりの人間をそこに感じたのであった。(高安国世訳)

ーーこの文に限れば、リルケはアランとほとんど同じようなことを言っているようにみえる。

…………



高田博厚はアランの頭像を制作している。彼は、1930年頃から27年ほどパリに暮らし、ロマン・ロランやコクトーなどとも交遊があり、あるいは加藤周一、森有正、朝吹登水子などのエッセイにしばしば出てくる。娘は田村隆一の元夫人。若い頃、自伝『分水嶺』を熱心に読み、少し無理をして高田博厚のブロンズ製の女のマスクを手に入れたことがある。ごく小さなものなのでそれほど高価ではなかった。学生生活の仕送り三ヶ月分程度だ。リルケの『ロダン』にいかれていた頃だった。もっとも「ロダンの親指、あれはどうもいけない」なら、高田博厚の親指はもっといけない。


『彫刻家との対話』に戻れば、次のようにある。

すでに指摘したように、芸術家が自分の精神をとりとめのない観念遊戯に忙殺させておき、製作中の作品について先走って考えるゆとりを自分で封じておくのは、これはなかなか巧妙な策略なのである。そしてこの点にういて私は独りごちたのだが、芸術家たちに時として見かけるあの強烈な情念のあらわれは、普通そう思われているよりもはるかに彼らの芸術とは無関係なものにちがいないのだ。あの愛欲の気苦労が心を占めているからこそ、身についた手仕事に即して手が思うさま活動するのである。それに考えてみればなるほど、恋敵の死について思いめぐらすほうが、大理石の表現について瞑想するよりもずっと好ましい。そんな瞑想をしていると、きっと大理石をはみ出る結果になるだろうから。私は乱暴なこういう考察を口に出すことは控えておいた。はじめてここに書きとめる。というのも、今ならこの考察の含む毒をほとんど一滴のこさず抜きさることができるから。意地の悪い思考は、相手をえらびはせず、芸術家だからといって手加減しはしない。それにまた反対に、美しい作品は犯罪計画を吹きとばしてしまう。こうして私の夢想の中を暗殺の刃をにぎった人かげが通りすぎるのを見送ってから、じつはその人かげは兄弟かと思うほどわが彫刻家とよく似ていた……。(対話三)

芸術の受け手が、芸術家の伝記やら、その作品以外の私事によって、評価をしてしまうことを戒める文としても読めるだろうし、作品の作り手が、芸術家が美とはなにか、とか、その表現のあり方に「瞑想する」振舞いへの警告とも読める。そんな暇があるなら、表現の素材に沈潜し、その素材との戯れの只中から僥倖のように「表現」をもたらすことに努めよ、とも読める。

同時代人の、アランと親しいヴァレリーの文を挿入するならば次の如し。

……私にとっては、或る人間について重要に思われることは彼の生涯における偶発的な諸事件ではなく、彼の生れとか、彼の恋愛事件とか、種々の不幸とか、その他、彼について実地に観察することができる事実の殆どすべては、私には何の役にも立たない。すなわちそれらの事実は、或る人間にその真価を与え、彼と彼以外のあらゆる人間との、また彼と私との決定的な相違を生ぜしめている事柄について、私に何事をも教えてはくれない。

そして私としてもしばしば、この種類の、我々の認識を実質的には少しも深めはしない生活上の消息について、相当な好奇心を抱くことがあるのだが、私の興味を惹く事柄が必ずしも私にとって重要なものであるとは限らないのであって、これは私だけでなく、だれの場合にしても同じことが言える。要するに、我々は、我々を面白がらせることに対して常に警戒していなければならない。(ヴァレリー『ドガ・ダンス・デッサン』 吉田健一訳)

『彫刻家との対話』にはヴァレリーも登場する。

ある日のこと、さながら地獄界に降るようにしてアトリエの階段をきたのは、あの「詩人」だった。いつも何か怒ったような顔をしている彼だ。しかし不機嫌はたちまちほぐれ、彼はにこやかになった。( ……)

こうするうちに、自分の技倆に深くたのむところのある詩人は、詩作というあの長期労働を引き合いに出した。必要なのは、辛抱づよさということだ。不成功におわることがいくらでもあるということ、半成功は不成功よりなおはるかに危険なものだということ、彼はそういった点を説明してくれた。「まさに一歩ごとに、あの何ひとつ書かれていない丸い表面をふり返らねばならない。そうしてあの表面にぴっちり貼りついているような装飾の軌跡を作り出すことは、まずむつかしい。だからこそ、厳密な定型詩でなければ、仕事というものも案出というものも、私には考えられない。定型詩というものを、私は海のあの水位というものにたとえたい。海水は諸大陸のあいだをめぐり、諸海洋を区分しているのに、海の水位は、何物とも一致しない。しかも水位がすべてを決定している。規則に寸分たがわぬ定型詩などというものは、一行たりともありはしないのだ。しかし規則というものは、あの切れ目なく、また歪めようもない海の表面にもひとしい。その表面にわれわれがちっぽけな山々を、つまり語というものになった第二の素材を肉付けするわけだ。それにまた、何もかも詩によって言いつくされるわけでもない。というのも、あの上塗りが、何か意味をおびぬことには、詩にはならないのだから。必要なのは、ただ辛抱づよさだけだ、そう痛感したことが私には何度もあった。しかも、そう痛感したのは、きまって自分に辛抱が掛けているときだった」


ーーー古代キクラデス諸島の彫刻Cycladic Sculptures

キクラデス彫刻の頭だけのレプリカが、いま手もとにある。かつてルーヴルで手に入れたものだが、卵にみえもし、亀頭にもみえる。

さて「対話二」にはこうもある。

休憩時間に、シャルトル大寺院の彫像、エーゲのギリシア人の彫刻、中国の仏像の写真をながめていた彫刻家がいう。

「これらには、どこかに共通したところがあります。卵型、壺の丸み、これが共通点です。面のどの起伏も、どの凹みも、すべてあの偉大な法則に服従しているでしょう。ところが、そうだからこそ、何か表情が出ている。表情、そういっていいでしょうね。ただし、何も表現していない表情。そういえますね」

「そういっていい」と私は答えた「いや、そういわねばならない。というのも、言語で説明できそうな感情を彫刻が表現しているとき、われわれは彫刻の外にいるわけだから。それでは完全にレトリックの分野に出て、調子のいいことをしゃべっているだけのことになる。だから私としてはこういいたいと思うのだが、ほんとうの彫刻というものは、ある存在の形体以外のいかなるものも絶対に表現していない。存在の形体、つまり存在のもっとも深い内部という意味だよ。そういう深みから、存在の形はうみ出されて来るし、また奇型の形成を拒否しつつこの世に押し出されもしたのだから」


言葉遣いの古臭い箇所はあるだろう、いまひとは「深い内部」という表現は避けるようになって来ている。「どこか深いところから根源的な声が呼びかける」、などという、ヘルダーリンやリルケ的な表現に胡散臭さを感じてしまうようになっている。ーー「もっとも深い内部」とは実は表面だというのが二〇世紀後半以降の語り口だ。

《表面》について考えながら、たとえば表面とその派生的な表現について、表面、表面的、表面化する……。

あるいはまた次のような事実について。
表面的、いいかえれば表面であるというこの単純な事実がなぜ、同時に貶しめられた意味を、少なくとも暗黙のうちに、つねにになわされてこなければならなかったのか。(……)

だが表面とはなにか。それは存在のあらゆるカテゴリーをのがれるなにものかではないだろうか。表面は存在論の文脈から抜け落ちる、それは、表面が、ほとんど定義によって、存在論の対象となりえないからだ。表面は厚みをもたず、どんな背後にも送りとどけず(なぜならその背後もまた表面)、あらゆる深さをはぐらかす―そのとき、ひとは軽蔑をこめて表面的と形容するだろう。

深さのない表面、決して背後に送りとどけることのない表面。《われわれは表面をどこまでも滑ってゆく―横へ横へ、さもなければ上へ、あるいは下へ、それとも斜めに? だが、決して奥へ、あるいは底へではなく……》あるいはチェス。いうまでもなく、『鏡の国のアリス』はチェスの問題として構成されているのだ。(宮川淳『紙片と眼差とのあいだに』より )

もっともこれは、いまここにはない失われた風景としての「深さ」がロマンティックに探求され過ぎ、そのため平板でのっぺらぼうな「表面」への侮蔑、無関心、盲目がそこらじゅうに蔓延っていたことの批判という文脈でも読む必要があり、いまでは、そこらじゅうにプラスチックのような表面的魂が蝟集しているさまに辟易せざるをえないならば、「深さ」という死語をもういちど復活させたいと願うひとびとがいてもおかしくない。




リルケには、「深く」という語を使いつつも、「きわめて変化に富んだ傾斜を持つ一種独特なこの表面」という表現がある。

……作品はロダンの手を離れると、全くまだ一度も人の手をふれたことのないもののようです。光と影はこの物の上では、もぎたての果実の上でのように、いっそうのやわらかさを持ち、朝風にはこばれて来たようにいっそうの動きに充ちているのです。(……)

或るところでは光はゆるやかに流れているかと思うと、或るところでは滝のように落ちており、あるいは浅く、あるいは深く、あるいは鏡のように輝くかと思えば、またにぶく淀んでいる、--きわめて変化に富んだ傾斜を持つ一種独特なこの表面によって、そういうふうに光が動きを余儀なくさせられるのです。こういう作品の一つにふれる光は、もはやただの光でいることができません、もはや偶然の方向を持つことはできないのです。物が光を所有することになり、自分のもののように使うことになるのです。

明確に決定された表面を持つことから、こういうふうに光を獲得し、わがものとすることを、彫刻的事物の本質的な性質の一つとしてロダンは再認したのです。(……)ロダンは光の獲得を自分の発展の一部とすることによって、太古からの伝統の中へ身を置いたのでした。

実際そこには、リュクサンブール美術館にある『思い』とよばれる、あの石塊の上のうつむいた顔のように、自分自身の光を持った石があります。この顔は影になるまで前に傾いて、石の白い微光の上にささえられていますが、この石の輝きのために影は融け去り、一種の透明なうすら明かりへと移って行くのです。(リルケ『ロダン』高安国世訳)

ところで卵と壺の顕揚ーーでは、針金のようなジャコメッティの作品をなんといえばよいのだろう。だが、ジャコメッティは古代エジプト美術に魅了されていたことを忘れてはならない。





ロダンの彫刻が光をわがものとするのであれば、ジャコメッティの作品は空間をわがものとする言い方ができるのではないか。あるいはそのまわりを流れる空気の質を変えてしまうもの、と。ゴッホがデッサンについて語る言葉を援用すれば、《目には見えない鉄の壁を貫いてひとつの通路を開く》やり方。





デッサンするとはどういうことなのか? どうやってそれをやり遂げるのか? それは目には見えない鉄の壁を貫いてひとつの通路を開くという行為であり、その壁は人が感じることとなし得ることの間にあるらしい。いかにしてこの壁を通り抜けなければならないのか? というのもそれを強く叩いても何の役にもたたないし、私の考えではこの壁をじょじょに浸蝕し、ヤスリを使って、ゆっくりと、辛抱強く、それを通り抜けなければならないからである。(ゴッホ-ーー「鈴木創士の部屋」より)





…………


《昭和十六年の夏、私は出征することになった。リルケの《ロダン》と万葉集と《花樫》がとぼしい私の持物だ。》(吉岡実「死児」という絵〔増補 版〕)

こうあるように吉岡実の、少なくとも若年期の「私の一冊」は、リルケ「ロダン」だったようだ。

リルケの詩よりもこの著書に惹かれたらしいが、たとえば詩人としては遅咲きと言えるかもしれない吉岡実の比較的若い頃の詩には、リルケの詩の影響だって十分に窺われる。(『静物』は第二詩集で、36歳のとき私家版二百部が刊行されている。とはいっても十年間ほど書き溜めたものらしい)。


果実  リルケ

それは地中から実りを目ざしてのぼりにのぼった。
そして静かな幹に黙りこみ
あざやかな開花とともに炎となって
そしてふたたび静かになった。

ひと夏のあいだ夜も昼も
やすみなくいそしむ樹木のなかで成熟し
みまもりつづける周囲にむかって
やがて殺到するわが身をさとった。

そしていまやまるまるした楕円の
ふくらみを見せ円熟を誇ると
それはすべてを断念し果皮のうちの
自らの中心にすべりおちてゆく。

――(神子博昭「詩の暗さーーヘルダーリン、リルケ、ツェラン」より)



静物    吉岡実

夜の器の硬い面の内で
鮮やかさを増してくる
秋のくだもの
りんごや梨やぶどうの類
それぞれは
かさなったままの姿勢で
眠りへ
ひとつの諧調へ
大いなる音楽へと沿うてゆく
めいめいの最も深いところへ至り
核はおもむろによこたわる
そのまわりを
めぐる豊かな腐爛の時間
いま死者の歯のまえで
石のように発しない
それらのくだものの類は
いよいよ重みを加える
深い器のなかで
この夜の仮象の裡で
ときに
大きくかたむく


ある人は、わたしの詩を絵画性がある、または彫刻的であるという。それでわたしはよいと思う。もともとわたしは彫刻家への夢があったから、造型への願望はつよいのである。

詩は感情の吐露、自然への同化に向かって、水が低きにつくように、ながれてはならないのである。それは、見えるもの、手にふれられるもの、重量があり、空間を占めるもの、実在―――を意図してきたからである。だから形態は単純に見えるにしても、多岐な時間の回路をもつ内面構成が必然的に要求される。能動的に連繋させながら、予知できぬ断絶をくりかえす複雑さが表面張力をつくる。

だからわたしたちはピカソの女の顔のように、あらゆるものを同時に見る複眼をもつことが必要だ。中心とはまさに一点だけれども、いくつもの支点をつくり複数の中心を移動させて、詩の増殖と回転を計るのだ。暗示・暗示、ぼやけた光源から美しい影が投射されて、小宇宙が拡がる。(吉岡実「わたしの作詩法?」より)

もっともその詩が、真に彫刻的となったのは、「僧侶」以降だろう。