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2013年11月17日日曜日

「美しい」と「おもしろい」

以下、主に資料の列記。

…………

《批評というものが不可能になったとか、力がなくなったとか言われるけれども、僕の理屈では、むしろ消費者や素人ほど批評家であらざるをえない。(略)彼らがデータとして頼りにできるものは、最低限、自分の身体的な反応しかないわけで、それに対して疑いを持ちつつ、どうそれを解釈、判断し、それに賭けるか。それが日常生きていく上で常に強いられる。これは基本的に批評の原理そのものでしょう。》(岡崎乾二郎)


岡崎氏は言う。《だからぼくの立場はやはり形式主義ということになります。そんな得体の知れないものが対象としてあるように見えて、実際は掴むこともできないのはわかっている。よってそれを捉まえるよりも、具体的に手にすることのできる道具や手段でそれ---その現象を産みだすにはどうすればよいのか、そういうレヴェルでしか技術は展開しない。》

これは決して「得体の知れないもの」を軽視しているのではなく、逆に得体の知れないものの「得体の知れなさ」を熟知しているからこその態度なのだ。「得体の知れないもの」の「得体の知れなさ」を固定化してそれにに溺れてしまうことは、その「得体の知れないもの」に触れている時の「経験」の本質を取り逃がしてしまうことでしかないのだ。《だからイメージに取り憑かれて、つまりそう見えてから分析をはじめていてはすでに手後れであると僕は思います。いわば、そう見えなかったものが、そう見えるようになったこの転換こそを、記憶術たらしめるいわば想起の問題として捉まえなければならないと思うのです。》(岡崎乾二郎に関するテキスト 古谷利裕

◆小林秀雄「美を求める心」

言葉の姿と言つても、眼に見える活字の恰好ではない。諸君の心に直かに映ずる姿です。 この歌の姿といふ事は、古くから日本の歌人が、歌には一番大切なものと考へて来たもので す。西洋では詩のフォームと言ひ、このフォームといふ言葉は、今日、形式と訳されて使はれてをりますが、フォームといふ西洋でも古い言葉は、日本にも古くからある姿といふ言葉で訳す方が、よほどいゝ訳なのです。それはともかく、姿のいゝ人がある様に、姿のいゝ歌がある。歌人の歌の言葉は、真白な雪の降つた富士の山のやうな美しい姿をしてゐるのです。だから、赤人は、富士を見た時の感動を、言葉に現した、或は言葉にした、と言ふよりも、さういふ感動に、言葉によつて、姿を与へたと言つた方がいゝのです。感動といふものは、読んで字の如く、感情が動いてゐる状態です。動いてゐるが、やがて静まり、消えて了ふものです。さういふ強いが不安定な感動を、言葉を使つて整へて、安定した動かぬ姿にしたと言つた方がいゝのです。

◆『闘争のエチカ』(柄谷行人 蓮實重彦対談集)

蓮實)それにも、こっちはやや責任がないわけではないけれども、構造主義が定着しなかったのは、そもそも構造というものが思考しがたいというのが、ひとつあるわけでしょう。構造は図式ではなく機能する形式だという点で、思考の対象たりがたい。それはやはり歴史的な体験の欠如からくるものでしょうね、たぶん。だから機能する構造の歴史を見てゆけば、構造主義になるはずだということがあると思うわけ。

ただし、もうひとつ機能する形式に対する感性の不在ね。三島由紀夫だってそうした形式に対しての感性はまったくないと思うわけ。

柄谷)ないね。

蓮實)形とかフォルムとか、そういうものに対する感性が彼には欠けている。彼が持っているのは、機能を停止したあとの形式のイメージにすぎない。だからせいぜい安保の対応をどうかするという程度のことでしょう。形式は生きられていないですよね。

その形式に僕は魅かれます。だからレヴィ・ストロースを読んで、いろんな不満があったって、最終的にはやっぱり偉い人だ。三島を読むより、文学的に高度な興奮を与えてくれますもの。しかし、なぜ批評がフォルムを括弧に括った形で平気でいられるんだろう。

いわば形式に眩惑されていないわけね、眩惑されれば恐ろしくて逃げるやつが出てくると思う。それはいいのです。フォルムなんて怖くてやってられないっていって。ところが怖くて逃げているわけじゃなくて、それはそういうものもあるだろうけれども、適当にそれなしでやっていけると高を括って無感覚に安住する形で避けているだけなんですね


◆(共同討議)「芸術の理念と<日本>」 浅田彰、磯崎新、岡崎乾二郎、柄谷行人 『批評空間』 No.10 1993年 

柄谷行人) 小林秀雄の有名な言葉で、「美しい『花』がある、『花』の美しさといふ様なものはない」というのがある。しかし「美しさ」がないんだったら、「花」もないですよ。美が概念なら、花も概念でしょう。ぼくは「花」なんて見たことがない(笑)。「この花」と言っても、結局は概念から逃れられない。ものを書くなら、そこで勝負するほかない。とにかく概念がいやなら、いっさい物を言わないことだね。「美はひとを沈黙させる」なんてことも、書くべきではない

浅田彰) 小林秀雄で言うと、私といまここの美しい「花」(あるいはランボーでもモーツァルトでも)との特権的な出会いというトポスがあって、とにかくそれをバーンと出せばみんな平伏するしかない、と。磯崎さんも「見えない制度」で言われるように、その安っぽいトリックをもっとも鮮烈に批判したのは高橋悠治でしょう。

小林秀雄には「分析=記述が無い」(蓮實重彦「批評空間」第 3 号、 1991 年)


高橋悠治《小林秀雄「モオツァルト」読書ノート》(1974年)

批評は文学であり、「批評の方法も創作の方法と本質上異なるところはあるまい」と言う。このねたましげな表現にかくれて、小林秀雄は作品に対することをさけ、感動の出会いを演出する。その出会いは、センチメンタルな「言い方」にすぎないし、対象とは何のかかわりもない。冬の大阪で、小林秀雄の脳は手術を受けたようにふるえたかも知れないが、モーツァルトのメロディーは無傷で通りすぎてゆく。出会いは相互のものでなければならない。 
 この本は、つまらないゴシップにいやらしい文章で袖を引き、わかりきった通説のもったいぶった説教のあげくに、予想通り、反近代に改造されたモーツァルト像をあらわす。 
 作品について書かれた例外的な個所では、そのまわりをぐるぐるまわるだけである。うす暗いへやで古いツボをなでまわしながら、「どうです。この色あい、このつや、何ともいえませんね」などと悦に入る古道具屋には、かつて水をたくわえるためにこのツボをつくった職人の心はわかるまい。  ゴシップのつみかさねから飛躍して、「誰でも自分の眼を通してしか人生を見やしない」とか、「ヴァイオリンが結局ヴァイオリンしか語らぬように、歌はとどのつまり人間しか語らぬ」などの大発見にいたるそのはなれわざには、眼もくらむおもいがする。やがては、「雪が白い」とか、「太郎は人間である」というような大真理だけを語ったことを感謝しなければならない日もくるだろう。 
 日本の音楽批評は、小林秀雄につけてもらった道をいまだに走りつづけている。吉田秀和や遠山一行や船山隆が、まわりくどい文章をもてあそんで何も言わないための「文学」にふけり、音楽の新刊書はヨーロッパ前世紀の死者へのレクィエム以外の何ものでもなく、死臭とカビがページをおおっている。「近代は終わった」とか「現代音楽は転換期にある」などと言う声をきけば、吸血コーモリのようにむらがって、できたての死体の分け前にあずかろうとするが、自分たちが二世紀前の死体の影にすぎないことには、とんと気がつかないらしい。

《『吉田秀和全集』のなかの一巻に解説を書いた。他人の考えを理解することはできない。離れたところから見て、それとはちがうことを考えて書く。そ れが批判で、批評かもしれないが評論とはどこかちがうニュアンスがある。批判は継承でもあり伝統でもありうるが、分析や評論は伝統にはならないだ ろう。付け、あしらい、転じ、それが伝統の運動。

批評家や学者・研究者は作られたものからはじめる。デカルトは暖炉の傍のソファーで夢を見る。論理も感覚もことばにして、細部を追ううちに時間の 迷路に入りこむ。ことばの上で対象の全体を表現することが仮にできたとしても、それが何になるだろう。音は音の記憶でしかない。残像や軌跡、廃 墟、ここから立ち去った影にどうして追いつけるだろう。作曲家や演奏家にはまだないものが聞こえることもある。蜃気楼にすぎなくても「まだ意識さ れないもの、近づいてくる別な世界」とエルンスト・ブロッホが言う。

そこにない音楽が批評のことばから起き上がることだってないとは言えない。印象や記憶や感触ではない、立ち去ったものを追う道ではない、その瞬間 にうごいていたことに気づく交差する軌道に移ってどこへともなく運ばれていく。》(高橋悠治「だれ、どこ」吉田秀和(1914ー2012)




◆『闘争のエチカ』(柄谷行人 蓮實重彦対談集)

蓮實)だけど僕の夢は、本当の構造主義者が日本に出現することなんです。別に文学に限らないけれど、徹底的な構造分析を本気で試み、しかもそれで成功する人がね。
(……)
分析を言説化する手続きってものが、共同体的な倫理によって支えられていてもかまわない。またそのかぎりでは分析の対象が僕の興味のないものでもかまわない。
(……)意味生成の可能性をとことん拡げてその一つひとつのケースを検討することがないから、分析の言説化ではなく、言説化のための分析しか行われない。要素に分解すること、その諸要素の組合わせが示す表情をくまなく記述するという、ごく古典的な論述形式さえ定着していない、だからレクリチュールとエクリチュールに関してはわれわれは近代以前にあるわけです。
(……)

蓮實)九鬼周造は、日本的と呼ばれる「いき」の概念を分析し、その要素と汲み合わせから、構造と機能を近代的に記述している。九鬼のその後の言動はともかく、これは貴重な試みですよね。いちおう、日本的な記号を分析し、記述したわけですから。西田幾多郎はそこまでやっていない。

《現代の批評をよく知らない人にも聞いてもらいたいのですが、現代の批評とは、少数の「本当に美しいもの、かっこいいもの、おしゃれなもの」を見抜くことではありません。現代の批評とは、或る対象の構造を分析し、対象がどのように価値づけられるかの可能性を多面的に考察することです。

現代の批評では、「本当にかっこいい、美しい、おしゃれなもの」を「真に」選択可能であるとは考えません。対象にプラスの価値を賦与するのは、特定の「文脈」(言い換えれば、評価者集団の慣習)です。なので、特定のものをこれこそ傑作と断言するのは、特定の価値観へのコミットでしかない。

特定の価値観をベストであると信じるのは「イデオロギー」です。私たちは特定のイデオロギーを必ず有するし、それをベースにして表現活動をしますが、しかし「批評」とは、特定のイデオロギーの主張ではない。批評は諸イデオロギーの「比較」を基本とします。イデオロギーの主張は「政治」です。》(千葉雅也ーー日本人の精神構造・社会構造の鍵概念をめぐる


…………

高橋悠治/茂木健一郎 「他者に痛みを感じられるか」

美しいか美しくないかっていうふうに感じるのはね 音楽つくる人の感じ方じゃないんですね   おもしろいかおもしろくないかなんですよ  それで それは 美しいっていうのはある基準を必要とするわけでしょ? だけど おもしろいかおもしろくないかっていうのは それはね 基準はあるかもしれない あるかもしれないけど そういうことを定義してはいけないものなんですよ

それは こういうものはおもしろい 何故ならっていうふうにいくでしょ そうするとそれにとらわれるわけですからね  だからそうじゃなくて こういうものがある これはおもしろい そこからどういう違うものができるかっていうことでやっていくわけですからね  それは、もう おもしろいと思ってそれを自分でやる瞬間にもう違ってくるわけですよ  で どういうふうに違ってくるかっていうことで 伝統なりそういうものがあったわけでしょ

 (面白いか面白くないかでやるっていうのは科学も同じでして、ただ、その後で普通は何らかのジャッジメントがあるはずなんですよ、面白いといって作った小学生の科学理論とアインシュタインの相対性理論を等価におくことはできない…ですね、やはりそれは … … … ジャッジメントをファシズムとおっしゃられるのでしたらね…)

いや そういうことはいいませんよ
 (そういうことはどうお考えですか、事実上ジャッジメントということはあるわけですよね)

おもしろいかおもしろくないかは判断ですよねえ ともいえるわけですよね  でもそれはきっかけにすぎないわけだから  それで ひとりがね 自分がおもしろいというだけでは それはね 何かをつくれないんですよ 

 それは音楽っていうのは誰か聴かなきゃ成立しないようなものでしょ  だからひとりだけの音楽っていうのはないんですね  それは言葉も同じだと思うけど 言葉っていうのは生まれつきあるものではないでしょ   それで まあ子供のころから言葉をおぼえるということは  言葉っていうのはようするに 二人以上の人間がいて成立するものでしょ それで言葉でなにかを考えたり感じたり表現したりするっていうことは ようするに ある種の複数の人間がいないとそもそも成り立たないことだと思うんですよ
  
 じゃあそこで どうして個人ということに重きをおくのかっていうのは なにか意図があってのことでしょ?

いやいや 茂木さんが置いているか置いていないかではなくてね なぜ個人主義というようなものが発達したかっていうようなことですよ  個人主義といってもいろんな個人主義があるわけで ヨーロッパのはひとつのバラエティにすぎないわけですね

 (高橋さんの言っていることには共感してるんですけども、美しいということを差別だとかファシスト的だとか否定して…それはわかるんですが、美しいっていうものを葬り去った時に現れる世界っていうのはなんなのか…葬り去れるものなのか) 

美しいっていうような判断がファシズムだっていうのは 茂木さんがおっしゃったんですよ ぼくは言ってませんよ 
 美であるか美でないかっていうようなことは ものを作るときの動機にはならないっていうことなんですよ
 (それはいいですよ)
だからそれでいいんじゃないですか  

 (いやでも、それは今は高橋さんが抑制的に言われてるだけで、ぼくは高橋さんの著書を読んでそこで言っているだけです、つまり、小林秀雄は骨董屋のように昔からある骨董品を撫でまわして …ああいう言い方をされるのはそれでわかるんですけども、そこで否定されているものはそんなにたちの悪いものではないんじゃないですか)

いや たちが悪いもんですよ あれは  あのねえ 名人が達人がっていくら言ったってね 美がなんとかであるっていくら言ったって じゃあ それを作るのはどうするのかっていうことはわかんないでしょ?
 (それは、小林が文章を作ったわけじゃないですか、同じことですよ) 
いや 同じことじゃないですよ
 (いや僕は同じことだと思います) 
それはね批評家としての
 (批評家の文はその人の作品なんですから、そこで音楽家の立場を特権化する権利がどうしてあるんですか?おかしいですよそれ、それは作家と批評家の古典的な構図を当てはめているだけじゃないですか)  
そんなことはないですね 
 (いや、ものをつくる人間を特権化する態度がおかしいと思います)
  
ものをつくる人間を特権化してるんじゃないですよ
 (いやしてるじゃないですか今も)

音楽をつくるっていうことは つくることのすべてだと思います? 

 (そんなことを言ってないですよ、だから、小林は本をつくったんじゃないかと言ってるんです、『無常といふ事』とか、作品じゃないですか、文字の配列を並べてるわけだから、それはひとつの作品じゃないんですか、それはまったくここで述べていることと同じじゃないんですか、つくるという態度においては。なんでその、わかんないけど、ものを作る人間と骨董屋でものをなでまわして有難がる古典的な人間の図式に当てはめて切り捨てるんですか)

その図式に当てはめていると思いました?ぼくのどこにその図式があるんですか?  違いますよ
 (どこが違うんですか) 
ものをつくるときは 美しいものを作ろうというふうには しないということのどこが特権化なんですか
 (それは文章を 書く人だって同じだと思いますよ)
 
いや 「美」っていうふうに言ってるのは 結果でしょ だから結果から始めて ものをつくることはできないんですよ  それは そういう人を特権化してるんじゃないですよ 料理つくるんだって何だって同じですよ
 (それはそうだと思いますけど) 
そうでしょ? だからそれでいいじゃないですか どこが特権化なんですか

 (ぼくが一貫して理解できないのは、最後に美しいものができて、それを美しいと思うと言うことには意味がないと思っているんですか?)
  
それは 意味がないって言ってませんよ  それは ものをつくるときには役に立たないって言ってるんですよ  そういうことを例えばモーツアルトについていくら言ったって そんなことは何の役にも立たないわけですよ
 
  (ものを作る上では役に立ってないでしょうね、でもそれによってインスピレーションを得て文章を書くということはひとつの制作ということじゃないんでしょうか)
  

それは小林秀雄の文章がいいっていうことを言ってるんですか? そうじゃなくて じゃあ モーツアルトについて書いて そしてそこから違う音楽なり何かが生まれてくる そういうプロセスを解明するっていうようなことのほうが なんちゅうのかなあ これは美しいとかさあ これは天才であるとか言ったって言葉の無駄じゃないですか? 

ここで高橋悠治が語っている「美しい/おもしろい」の二項対立は、プルーストの次の文を思い出させる。

『失われた時を求めて』は、一連の対立の上に築かれている。プルーストは、観察には感受性を対立させ、哲学には思考を、反省には翻訳を対立させる。知性が先にたち、《全体的な魂》というフィクションの中に集中させるような、われわれのすべての能力全体の、論理的な、あるいは、連帯的な使用に対して、われわれがすべての能力を決して一時には用いず、知性は常にあとからくることを示すような、非論理的で、分断されたわれわれの能力がある。また、友情には恋愛が、会話には沈黙した解釈が、ギリシア的な同性愛には、ユダヤ的なもの、呪われたものが、ことばには名が、明白な意味作用には、中に包まれたシーニュと、巻き込まれた意味が対立する。(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』「アンチ・ロゴスと文学機械」の章)

つまり、観察/感受性、哲学/思考、反省/翻訳、友情/恋愛、会話/沈黙した解釈、ことば/名などの二項対立に連なるように感じる。
そして批判される「美しい」は、《時代の、文化の「美しさ」という標準的理念から与えられる規則(カノン)があって、対象は「美しい」のであり、「美」は対象の性質ではない》(参照:準備と注解/岡崎乾二郎)の文脈にあるはずだ。


ただし高橋悠治の「美しい」批判は、言葉の使用法によるだけの話であり、誤解してはならないのは、ひとが「美しい」というとき、高橋悠治の「おもしろい」と似た使い方をする場合もある、ということだ。

たとえば三十歳代の蓮實重彦は次のように藤枝静男賛をした。(参照:「美しい」といふ事(岡崎乾二郎、蓮實重彦

《短篇集『愛国者たち』は、人を不条理な絶句ぶりへ導くしかないただならぬ言葉を宙に漂わせ、『美しい』という一言を口にせよと強要してかかる》


《人を不条理な絶句ぶりへ導くしかないただならぬ言葉を宙に漂わせ》る、これは「おもしろい=きっかけ」となるものだろう、そしてここからすべてが始る。

だが「美しい」という形容詞は誤解されやすい。多くの場合、ひとは「ウツクシイ」ということによって、共同体、その規則への所属を無邪気に確認しているだけだ。そこで高橋悠治は「おもしろい」としているわけだ。そしてこの「オモシロイ」という形容詞も、「ウツクシイ」という形容詞と同様に、その言葉を使う人によって、共同体、その規則への所属を無邪気に確認しているだけの場合もある。

ただし、ここでは、高橋悠治の一見とりとめもない発話から、わたくしはそう読む、とだけしておく。別の読み方もあるのかもしれない。



◆大岡昇平の小説「再会」より(青山二郎(Y 先生)の小林秀雄(X 先生))

私を除いて酔って来た。Y 先生が X 先生にからみ出した。

「お前さんには才能がないね」

「えっ」

と X 先生はどきっとしたような声を出した。先生は十何年来、日本の批評の最高の道を歩いたといわれている人である。その人に「才能がない」というのを聞いて、私もびっくりしてしまった。

お前のやってることは、お魚を釣ることじゃねえ。釣る手附を見せてるだけだ。 (Y 先生は比喩で語るのが好きである)そおら、釣るぞ。どうだ、この手を見てろ。 (先生は身振りを始めた)ほおら、だんだん魚が上って来るぞ。どうじゃ、頭が見えたろう。途端、ぷつっ、糸が切れるんだよ」

しかし Y 先生は自分の比喩にそれほど自信がないらしく、ちょろちょろ眼を動かして、X先生の顔を窺いながら、身振りを進めている。

「遺憾ながら才能がない。だから糸が切れるんだよ」

X 先生がおとなしく聞いてるところを見ると、矢は当ったらしい。Y 先生は調子づいた。 「いいかあ、こら、みんな、見てろ。魚が上るぞ。象かも知れないぞ。大きな象か、小さな象か。水中に棲息すべきではない象、象が上って来るかも知れんぞ。ほら、鼻が見えたろ。途端、ぷつっ、糸が切れるんだよ」

「ひでえことをいうなよ。才能があるかないか知らないが、高い宿賃出してモツァルト書きに、伊東くんだりまで来てるんだよ」

「へっ、宿賃がなんだい。糸が切れちゃ元も子もねえさ。ぷつっ」

こうなると Y 先生は手がつけられない。私も昔は随分泣かされたものである。

私はいいが、驚いたことに、暗い蝋燭で照らされた X 先生の頬は、涙だか洟だか知らないが、濡れているようであった。私はますます驚いた。

…………

レナード・バーンスタインは『音楽のよろこび』(1954)のなかで次のように書いている。

彼は、音楽における意味を四種のレベル、すなわち①物語的=文学的意味 ②雰囲気=絵画的意味 ③情緒反応的意味 ④純粋に音楽的な意味 に分類したうえで、 ④だけが音楽的な分析を行うに値すると述べる。

さらに「音楽を説明すべきものは音楽そのものであって、その周囲に寄生虫のように生じた、音楽以外のもろもろの観念ではない」と。

高橋悠治の小林秀雄の「モオツァルト」批判は、この①②③しかないと言っていることになる。「寄生虫」ばかりだと言っているのだ。

もっとも小林秀雄の「モオツァルト」には、少なくとも、そこで語られている音楽を「ただちに聴きたい」という気持ちにさせる効用はあるには違いない。

文学批評というものは、石川淳の批評的エッセイがまさしくそうであったように、そこで語られている作品を、ただちに読みたい気持ちにさせなければいけない。(金井美恵子)


ところで、SNSでの発話や、いまわたくしが書いているブログの如き印象批評・主観批評でしかないような記事は、われわれをますます「近代以前」の状態にしているだろう。

《要素に分解すること、その諸要素の組合わせが示す表情をくまなく記述するという、ごく古典的な論述形式さえ定着していない、だからレクリチュールとエクリチュールに関してはわれわれは近代以前にあるわけです。》(蓮實重彦)

近代以前、すなわちプレモダンのレクリチュールとエクリチュール、--浅田彰なら「土人」の発話というだろう。いまこのように書いた事自体、浅田彰がこういったというだけの、土人の発話なのだ。

まあ、それもたまにはいい。たまにはパチンコもいいだろう(「ツイッターはインテリのパチンコ」という名言がある)。だが、つねにそうあっては埒が明かない。

《シネフィルに代表されるような限定された興味と趣味の共同体の内部で、最新流行の「センスのいい映画の見方」(蓮實重彦経由の古い映画の見方も含めて)を、あるいは「天皇の語り方」を追いかけていこうとするスノビスムが、作品に負のバイアスをかけているということ、むしろ、作家はそういうスノッブであることをやめ、孤独な「蛮人」になるべきだということである。金井美恵子がこう言った、浅田彰がそれにこう反応した、などという根も葉もない下らぬ噂話にうつつをぬかすのは、閉ざされたスノッブ村の「土人」でしかない。》(浅田彰 i-critique


浅田:批評的立場を選んだからには、徹底して明晰であろうとすべきでしょう。僕は奇妙な形で文学にひかれています。妙に小器用で、他のジャンルのことはよく分かったような気がするのに、文学はどうしても隅々まで理解できない。ただ、そういう不可解なものを語るとき、それをまねるのではなく、明晰な理解可能性という、いわば貧しい領土にとどまって、ギリギリのところで書いていきたい。それが、自分にとって本当に分からないものの発見につながると思っていますから。

大江:浅田さんには「自分は単なる明晰にすぎない」という、つつましい自己規定があるんですね。明晰な判断力ではとらえきれないものがあって、それは明晰さより上のレベルだと思っていられる。天才というようなものが働くレベルというか。文学というあいまいな場所で生きている人間からすると、上等な誤解を受けている気がします・・・・・・(笑い)。

浅田:ところが不思議な転倒現象があるんです。戦後の文学界で最も明晰なのは三島由紀夫であり、明晰であるべき批評家たちが不透明に情念を語ることに終始したんですね。三島は、最初から作品の終わりが見え、そこから計算しつくされたやり方で作品を組み立てて、きらびやかであるだけいっそう空虚な言葉の結晶を残した。他方、小林秀雄の亜流の批評家たちは、作品をダシにおのれを語るばかりだった。二重の貧困です。(平成2年5月1日朝日新聞夕刊  対談 大江健三郎&浅田彰)

…………


ツイッターなどでの発話を批判ばかりするつもりはない。たとえば、いまは書き手と編集者との対話など稀になっているのだろうから、次のような使い方はあるのだろう。

ある程度本格的な企画の場合に、初期高揚だけで完成することは決してと言ってよいほどない。しかし、この時期に「パレット」をできるだけ充実させておくことがずっと後で生きてくる。「パレット」の充実には、聞き手がいるとずっと楽である。独りでは限界がある。ここにも一つ、編集者の「治療」の有用性がある。

これは、「自由連想」をさせて、「抵抗」を破って、「徹底操作」をして「洞察」に到達せしめる精神分析治療に似た過程であると私は思う。「自由連想」とは編集者との駄べりである。

「自由連想」は、主題やキーワードの持つ意外な側面を明らかにし、新しい可能性を開く。著作というものは、発端に立った時に終点まで見通せる直線道路のようなものではない。そういうものであれば、おおよそ詰まらないものだろう、予期外の転回に引かれて読者は読み進むものである。「自由連想」によってこれから書く領域の思わぬ複雑なひだひだが見えてくれば成功である。

「抵抗」にはいろいろある。怖い批評家の言葉の先取りもある。従来の自説が足を引っ張ることもある。ある箇所がとうてい越せない難所に見えることもある。ある部分についての知識が絶望的に欠如していると思うこともある。これらは、みな「抵抗」である。しかし、対話のうちに、難所もさしたるものでないようにみえてくる。ある部分は回避してもよいことがわかる。あるいは違った接近法がよいと知れる。このように「抵抗」を言語化し吟味することが「徹底操作」である。そうすると、この課題でこのようなものなら著者にもできるという、「現実原則」に則った「洞察」が生まれる。この手続きなしで、編集者が「ま、よろしくお願いします」で引き下るとロクなものができない。

編集者は地方にはいないが、その代わり、さいわい、私は大学教師で、周囲に若い人がいる立場にあるので彼らを大いに利用させてもらっている。私のほうが聞き役になることもむろんある。(中井久夫「執筆過程の生理学」)



「小林秀雄」も同じく。彼がつねに批判されるものではないように。そもそも《「批判」とは相手を非難することではなく、吟味であり、むしろ自己吟味である。》(柄谷行人『トランスクリティーク』「序文」)

彼(小林秀雄)の批評の「飛躍的な高さ」は、やはり、ヴァレリー、ベルクソン、アランを読むこと、そしてそれらを異種交配してしまうところにあった。公平にいって、彼の読みは抜群であったばかりでなく、同時代の欧米の批評家に比べても優れているといってよい。今日われわれが小林秀雄の批評の古さをいうとしたら、それなりの覚悟がいる。たとえば、サルトル、カミュ、メルロ=ポンティの三人組にいかれた連中が、いま読むに耐えるテクストを残しているか。あるいは、フーコー、ドゥルーズ、デリダの新三人組を、小林秀雄がかつて読んだほどの水準で読みえているか。なにより、それが作品たりえているか。そう問えば、問題ははっきりするだろう。(柄谷行人「交通について」――中上健次との共著、『小林秀雄をこえて』所収)


◆『考えるヒント』より

……私の書くものは、勢い、印象批評、主観批評の部類とされたが、其後、私は、自分の批評の方法を、一度も修正しようと思った事はない。何も自分の立場が正しく、他人の立場が間違っていると考えた為ではない。先ず好き嫌いがなければ、芸術作品に近寄る事も出来ない、という一見何でもない事柄が、意外に面倒な事と考えられ、この小さな事実が、美学というものを幾つもおびき寄せては、これを難破させる暗礁のように見え出し、言わばそれで手がふさがって了ったが為である。(小林秀雄「井伏君の「貸間あり」」)
週刊誌ブームが、現代日本文化の一種の病気であると考えるのは勝手であろうが、それが、ただ医者の見立てでは詰まらない。自ら患者になって、はっきりした病識を得てみなくては詰まらない。批評家は直ぐ医者になりたがるが、批評精神は、むしろ患者の側に生きているものだ。医者が患者に質問する、一体、何処が、どんな具合に痛いのか。大概の患者は、どう返事しても、直ぐ何と拙い返事をしたものだと思うだろう。(……)私は、患者として、いつも自分の拙い返答の方を信用する事にしている。(小林秀雄「読者」)
ある対象を批判するとは、それを正しく理解する事であり、正しく評価するとは、その在るがままの性質を、積極的に肯定する事であり、そのためには、対象の他のものとは違う特質を明瞭化しなければならず、また、そのためには、分析あるいは限定という手段は必至のものだ。カントの批判は、そういう働きをしている。彼の開いたのは、近代的クリチックの大道であり、これをあと戻りする理由は、どこにもない。(……)

批評文を書いた経験のある人たちならだれでも、悪口を言う退屈を、非難否定の働きの非生産性を、よく承知しているはずなのだ。承知していながら、一向やめないのは、自分の主張というものがあるからだろう。主張するためには、非難をやむ得ない、というわけだろう。(……)

論戦に誘いこまれる批評家は、非難は非生産的な働きだろうが、主張する事は生産する事だという独断に知らず識らずのうちに誘われているものだ。しかし、もし批評精神を、純粋な形で考えるなら、それは、自己主張はおろか、どんな立場からの主張も、極度に抑制する精神であるはずである。でも、そこに、批評的作品が現れ、批評的生産が行われるのは、主張の断念という果敢な精神の活動によるのである。(小林秀雄「批評」)

いずれにせよ、書物だけではなく、現在すべての「作品」は、「批評を待って一人前」と言える。ところが、その「批評」が、多くの場合、共同体、その規則への所属を無邪気に確認しているだけであることが多い、ということだろう。あるいは小林秀雄のいくつかの文に見られるように、《どういうわけかわからないけれど、この私にだけ見えちゃったっていう人がいるわけね。あるいはそれによって事後的に私という主体性を支えている、そういう話になっちゃう。本人は、私が、とは主張していない。受動的であるかのように装ってしまう。》(岡崎乾二郎)ということが。だから「批評」は「形式的」(要素に分解すること、その諸要素の組合わせが示す表情をくまなく記述すること)でなくてはならないのだが、そんな批評は稀にしかみることができないというわけだ。

かつては、できるそばから読みきかせてくれるのを待っている小さな親密なサークルが作家の周囲にあった。一般に現代では読者の顔がみえにくい。現代の本は書評を待って一人前――成年に達するといえようか。逆にいえば、書評されない本は永遠に未成年である。(中井久夫ーー「ただちに理解されれば己の限界を悟って静かに退く」)