日本酒が飲みたしが
尿酸高値にて
米焼酎のみにて堪える日々なり
庭球仲間月一で各家にて宴する慣わし
当家の定番は純米酒をドバドバ注ぐ鼈鍋に決りしが
昨日の宴は鼈プリン体多しが為鴨鍋にす
鴨では物足りぬのか酒肴に卵つきの雌蝦蛄を
山のように持参するものあり
鴨も蝦蛄も尿酸には好ましくなき
のを知らぬではなく
鴨肉はわずかにて遠慮し
蝦蛄は五尾ばかりで我慢すべしと思いしが
結局十五尾ほど食すなり
鴨鍋といえば野菜は菊菜に決まりしが
はて鴨の脂をぞんぶんに吸った
好物の菊菜は大丈夫なりしか
ほうれん草はプリン体多きを知る身なり
乾季訪れ涼しく心地よき季節なり
ああ酒が飲みたし
母さん「蛸のぶつ切りをくれえ
それも塩でくれえ
酒はあついのがよい
それから枝豆を一皿」
…………
勧酒 于武陵 井伏鱒二訳
コノサカヅキヲ受ケテクレ (勧君金屈巵)
ドウゾナミナミツガシテオクレ (満酌不須辞)
ハナニアラシノタトヘモアルゾ (花発多風雨)
「サヨナラ」ダケガ人生ダ (人生足別離)
春暁 孟浩然 井伏鱒二訳
ハルノネザメノウツツデ聞ケバ (春眠不覚暁)
トリノナクネデ目ガサメマシタ (処処聞啼鳥)
ヨルノアラシニ雨マジリ (夜来風雨声)
散ツタ木ノ花イカホドバカリ (花落知多少)
静夜思 李 白
牀前看月光 牀前〔しょうぜん〕 月光を看る
疑是地上霜 疑うらくは是地上の霜かと
挙頭望山月 頭〔こうべ〕を挙げて山月を望み
低頭思故郷 頭を低たれて故郷を思う
井伏鱒二訳
ネドコニユクトキイイ月ガデテ
ニハハマッシロ霜カトミエタ
月ノヒカリヲミテイルト
ヒトリ妻子ニアタマガサガル
(昭和十年二月、随筆「中島健蔵に」)
井伏鱒二訳
ネマノウチカラフト気ガツケバ
霜カトオモフイイ月アカリ
ノキバノ月ヲミルニツケ
ザイショノコトガ気ニカカル
(昭和十二年「厄除け詩集」)
(井伏鱒二夫妻 昭和二十七年)
ーーこの写真というのは、少し品を落とせば、母方の祖父母に驚くほど似てるんだよな、縁側というのか渡り廊下というのか、その感じも幼少年時育った祖父母の古い家に。
オレの「この一枚」だね
ある写真が私におよぼす魅力を(とりあえず)言い表わすとしたら、もっとも適切な語は、冒険(=不意にやって来るもの)という語であると私には思われた。ある写真は私のもとに不意にやって来るが、他の写真はそうではないのである。(ロラン・バルト『明るい部屋』)
(これは京都の杉本家住宅であり、祖父の家や庭はまさかこんな美しくはない)
ここで前にすこし湿った記憶を辿るようにして書いた文を挿入しておこう(今の気分とはすこし異なるが)
……庭には昔ながらの天然の飛び石が埋め込んであったが、よく磨かれた黒光りのする渡り廊下が右手の座敷の傍らを西に延びてゆく。廊下を隔てて庭に面したその座敷は庇が深いせいでいつも薄暗かったが、渡り廊下の側に寄れば、季節によって、大きく開けはなれた戸から、あるいは窓硝子を透して光が斜めに射し込んでいた。廊下突当りの左手には母のすぐ下の叔父の部屋がL字型に出っ張って庭を取り囲んでおり、右手に曲がれば厠に通ずる扉があり、扉を開ければそこにも渡り廊下があって、大小用の小部屋が三室西側に並んでおり、さらに廊下の奥の引き戸を開ければ一番下の叔父の部屋であって、そこにはその狭い部屋にある蓄音機でジャズやらクラッシックのレコードを叔父の身振りやら鼻歌とともに聴いて魅惑された少年がしばしば座り込んでいた。その小さな部屋を東側に引き返せば、座敷の北側にある仏間に通ずる。つまりは座敷の南側と西側を鉤型に渡り廊下が廻らしてあり仏間まで含めれば凹型に祖父の寝室兼居間の座敷を取り囲む形である。座敷の床の間の脇には、木製の鎧をつけた最初期のカラーテレビが古い家具のようにして新旧技術の成果を混淆させた奇妙な匂いと重々しい威光を放って沈座していた。
当時、仏間には少女時代に勤労奉仕で工場で働いていて爆撃に遭って吹き飛ばされたという母の姉の写真が飾ってあり、線香の香りと煙がいつも漂っていた記憶があるが、それは重苦しさともに湿った懐かしさの印象を齎す。柱も廊下もすべて黒々と艶光りをしていたのは、どこからから古材を仕入れてきて建てられたためらしいが、それが祖父の趣味だったのか節約のためだったのかは知るところではない。幼い少年は訪れた友人とよくかくれんぼをしたが、扉のある三つの厠の小部屋は隠れ場所としてすこぶる有効に活用された。ときおり皺深い小柄な「お手伝いさん」が少年たちの立てる騒音に嗄れた怒声をあげた以外は祖父母たちに怒られた記憶はない。お手伝いさんは「かあばあちゃん」と呼ばれ、牛川という近隣の田舎出であって、川婆ちゃんが訛ったものだった。かあばあちゃんは梅干壺のようなもののなかに入れた小さな白い虫を持参し、「精力」だか「健康」のためだか、時折蠢く虫を抓んで口に入れた。
母が病をえて、母方の祖父の敷地内の裏庭の北側に家を建てて移り住んだのは、六歳のときだが、母は祖母に看病されて祖父の家で寝ていたので少年の生活はほぼ祖父母の家で為された。母の寝ていた部屋は渡り廊下の東の突き当たりにある玄関の間のさらに東側にあり、その向こうは台所であり、その角にはこれは西洋式の小さな厠が一室あった。
……町を歩いていると、いきなりその家の扉が内側から開いて女に招じ入れられ、 お父さまがお待ちかねです、と言われたのだ。微かに熱のにおいのする薄暗がりが、ぬるい風呂のなかに浸っている時の湯のように全身を包み込み、皮膚全体が 微かな熱のにおいにべったりとまとわりつかれたようにぞっとして、みるみるうちに皮膚が鳥肌立つのだった。
わたしを招じ入れた女に案内され、低い 天井と不規則に起伏するへこみのある長い廊下を通って、荒れ果てた雑草の生い繁っている中庭に面した部屋に入り、その間中、部屋のなかにも、消毒薬や甘苦 い刺激のある薬品と病人の身体から発しているらしい粘り気のある淀んだ熱のにおいが混じりあった重苦しい空気がたなびきつづけていた。(金井美恵子『くずれる水』)
母の寝込んでいた部屋にいけば、病人の軀から発している粘り気のある淀んだにおいがあったには相違ないが、庭には雑草など生えておらず、刈り込まれた灌木や灯篭や庭石などをめぐらし、かつては小さな池もあったが事故があって埋められてしまった。祖父の小さな事業を継いで新しく工場を建てて別の場所に住んでいた一番上の伯父の幼児が少年と座敷でふたりきりで遊んでいた折、池にはまって溺死したらしい。だが少年にはその記憶はなくただ大人たちが殺気だって慌てふためく印象だけが残っている。これが機縁となり祖父は池を埋めてて伯父夫妻は離婚した。
祖父の始めた事業は一時的に盛況を誇り、二番目の叔父などは旧式の丸い形をしたシルバーグレーのベンツを愛車とし、独身を通した彼の脇にしばしば乗せられた少年は、地方の田舎都市にすぎないその町では、いくらか特別なまなざしで周囲から扱われた時期もある。この叔父の女友達は夜道、車にひとりで乗って家に帰る途中故障して道路に佇んで助けを求めていた際、親切を装って近づいた暴漢に襲われて、婚約していた叔父はそれが許せず結局彼女は自殺してしまった。酒場の女をときに家に連れてきたりはしつつ独身のままこの叔父も母と同じ齢、五十歳で死んでしまった。
首筋から肩へとかけて背後から寡黙に注がれていたはずの親しい視線のぬくもりが不意に途絶えてしまったり、目をつむったままでも細部を克明に再現できるほど見馴れていたあたりの風景にいきなり亀裂が走りぬけ、幾重にも交錯しながら数をますその亀裂が汚点のように醜く視界を乱してしまったり、肌身をはなさず持ち歩いていたはずのものが突然嘘のように姿を消し、その行方をたどる手がかりもつかめぬばかりか、それを身近に感じていた自分の過去までが奇妙によそよそしい存在に思われてきたり、足もとの地盤がいつのまにか綿なんぞのように頼りなげな柔らかさへと変容し、しかも鳥もちさながらに粘っこく肢体にまつわりついて進もうとする意志を嘲笑しはじめたり、あるいはまた、ことさら声を低めたわけでもないのに親しい人の言葉がうまく聞きとれず、余裕ありげに微笑する相手の口から漏れる無意味な音のつらなりを呆然としてうけとめるだけで、いったんは何か悪い冗談だろうと高を括ったもののいつしかそんな事態が日常化してしまうといった体験をしいられたりすると、人は、何かが自分から不当に奪われた、誰もが何のためらいもなく信じていた秩序が崩れ落ちてしまった、そんなことが起こってはならないはずだと思い、こちらは何も悪いことはしていないのに、向うからしのび寄ってきた邪悪なる意志が、この崩壊を、この喪失をあたりに波及させたのだと無理にも信じこむことで、そのとり乱したさまを何とかとりつくろおうとする。(蓮實重彦「健康という名の幻想」『表層批評宣言』所収)
今でもときおりかつての小さな事業の創始者としてテレビで紹介されたりするとは唯一生き残っている一番下の叔父から先年聞いてはいた。しかしわたくしの記憶のなかでは祖父はいつも俯いている。そして祖母はそれをいつも遠目にみやっている。以前、縁先に坐る井伏鱒二夫妻の写真を見て、はっとしたことがある(こんなに上品なふたりではなかったが)。あの写真は、今みてもあの屋敷での祖父母の姿とともに庭に面した縁側の光の感覚、そして同時に蚊取線香の匂いなのか仏壇の線香の薫りかに襲われる(もちろん年長者に見守られ縁側に坐って西瓜にかぶりつきながら種を飛ばす少年の平凡でありながら幸福な時間の記憶がないではない)。
今の気分は、祖父のこんな声だな
ーー「お前さん、蛸のぶつ切りは塩でなくちゃあいけない」
昨日の宴の発話を和訳しておこう。
「おい、シャコは塩にちょいと檸檬汁をたらして喰うもんだぜ」
「焼酎じゃあだめだね、辛口の日本酒じゃないとな」
逸題
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあわせ
よしの屋で独り酒をのむ
春さん蛸のぶつ切りをくれえ
それも塩でくれえ
酒はあついのがよい
それから枝豆を一皿ああ 蛸のぶつ切りは臍みたいだ
われら先づ腰かけに坐りなほし
静かに酒をつぐ
枝豆から湯気が立つ
今宵は仲秋名月
初恋を偲ぶ夜
われら万障くりあわせ
よしの屋で独り酒をのむ(『井伏鱒二詩集』)