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2014年4月15日火曜日

「書くことは語らないこと」(マルグリット・デュラス)

私はひとり、でも声があらゆるところで私に語りかけてくる。そこで・・・ この溢れ出すような感覚をほんの少し知らせようとしているの。長いこと、私は、あれを外部の声だと信じていたけど、今ではそう思っていない。 あれは私なのだと思う。 ( 『マルグリット・デュラスの世界』デュラス)
デュラスの作品でとても美しい言い回しがあると思うと、それは決まって受動態、つまり「誰かが見つめられている」、といった文章なんです。ここで視線は主体の上に投げかけられているんですが、主体は視線を受け取っていない (ミシェル・フーコー「外部を聞く盲目の人デュラス」)




 デュラスは、「書くことは語らないこと」という。わたしたちは、いま語ってばかりいる。

書くときに私が到達しようと努めているのは、おそらくその状態ね。外部の物音にじっと耳を澄ましている状態。ものを書く人たちはこんなふうに言う、 "書いているときは、集中しているものだ" って。私ならこう言うわ、 "そうではない、私は書いているとき、完全に放心しているような気がする、もう全く自分を抑えようとはしない、私自身、穴だらけになる、私の頭には穴があいている" と。(デュラス/ポルト『マルグリット・デュラスの場所』)
私は、人々が何を出発点にしているのか知らない。物語を出発点にしているなんて、私には信じられない。できあがった、仕上げられた物語からなんて。そうでしょう、書く前から既に、はじまりも、真ん中も、お終いも、波瀾もある物語から出発するなんて、私は信じない。私は、自分がどこへ行くのか、決してよくわからない。もしわかっているなら、書かないでしょうね。だって、できあがっているんだから。できあがっているんだろうから。私にはわからない、既に探求され、調べ上げられ、記録された物語をどのようにして書けるものなのか。そんなことは、私には悲しいことのように感じられる。貧困とも言うべきね、…...要するに......おそらく同じエクリチュールではないということなのね。今のところ、私はどこかまちがっているのかもしれない (同上)

こうやってデュラスを引けば、ドゥルーズの『差異と反復』の「はじめに」から次の文を抜き出すこともできる。

自分が知らないこと、あるいは適切に知っていないことについて書くのではないとしたら、いったいどのようにして書けばよいのだろうか。

あるいは、
書くことは〔エクリチュール〕とは意味することとは縁もゆかりもなく、測量すること、地図化すること、来るべき地方さえも測量し、地図化することにかかわるのだ。(『千のプラトー』)

さらには、ドゥルーズがプルースト論の決定的な補遺「アンチ・ロゴスまたは文学機械」で書いた観察/感受性、哲学/思考、反省/翻訳、友情/恋愛、会話/沈黙した解釈、ことば/名などの二項対立を想い起こすこともできる。

プルーストは、観察には感受性を対立させ、哲学には思考を、反省には翻訳を対立させる。知性が先にたち、《全体的な魂》というフィクションの中に集中させるような、われわれのすべての能力全体の、論理的な、あるいは、連帯的な使用に対して、われわれがすべての能力を決して一時には用いず、知性は常にあとからくることを示すような、非論理的で、分断されたわれわれの能力がある。また、友情には恋愛が、会話には沈黙した解釈が、ギリシア的な同性愛には、ユダヤ的なもの、呪われたものが、ことばには名が、明白な意味作用には、中に包まれたシーニュと、巻き込まれた意味が対立する。(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』)

デュラスは器官なき身体、あるいは蜘蛛になって書いた、といってよいだろう。

しかし、器官のない身体とは何であろうか。クモもまた、何も見ず、何も知覚せず、何も記憶していない、クモはただその巣のはしのところにいて、強度を持った波動のかたちで彼の身体に伝わって来る最も小さな振動をも受けとめ、その振動を感じて必要な場所へと飛ぶように急ぐ。眼も鼻も口もないクモは、ただシーニュに対してだけ反応し、その身体を波動のように横切って、えものに襲いかからせる最小のシーニュがその内部に到達する。(……)そのたびごとに、或る性質を持ったシーニュに対する器官のない身体の包括的で強度は反作用として存在する無意志的な感受性、無意志的な記憶作用、無意志的な思考。『失われた時を求めて』の粘着性のある糸にひっかかる小さな箱のそれぞれをなかば開けるか閉じるために動くのは、この身体=巣=クモである。語り手の奇妙な可塑性。……(ドゥルーズ『プルーストとシーニュ』「狂気の現存と機能――クモーー」の章)

デュラスの「書くことは語ることではない」というのは、エクリチュールはパロールではない、ということだ。

ロラン・バルト曰く、学者や知識人の書く文はエクリチュールではない。

パロールの側にいる教師に対して、エクリチュールの側にいる言語活動の操作者をすべて作家と呼ぶことにしよう。両者の間に知識人がいる。知識人とは、自分のパロールを活字にし、公表する者である。教師の言語活動と知識人の言語活動の間には、両立しがたい点はほとんどない(両者は、しばしば同一個人の中で共存している)。しかし、作家は孤立し、切り離されている、エクリチュールはパロールが不可能になる(この語は、子供についていうような意味に解してもいい〔つまり、手に負えなくなる〕)所から始まるのだ。(「作家、知識人、教師」『テクストの出口』所収)
要約されることのできない(要約すると、ただちに、メッセージとしての自分の性格を破壊する)《メッセージ》の送り手は、皆、《作家》(この語は、つねに、社会的価値ではなく、実践を指す)と呼ぶことができる。《メッセージ》が要約できないというのが、作家が、狂人、饒舌家、数学者と共有する条件である。しかし、それは、まさに、エクリチュール(すなわあち、ある種の能記〔シニフィアン〕の実践)が明確にしなければならない条件である。(同上)

《知の領域における父性原理の権化ともいうべき論文形式、後年のバルトは終始痛烈な異議申し立てをおこなった。後年のバルトにとって、論文形式は「戯画」であり、「ファルス」なのである。》(花輪光『ロマネスクの作家 ロラン・バルト』)

あるいは「日記」はテクストではない、とも言う。

……私は私の「日記」のいくページかが《私が視線を向けている者》の視線のもとに、あるいは《私が話しかけている者》の沈黙のもとに置かれていると想像するのである。――これはすべてのテクストの状況ではなかろうかーー。いや、そうではない。テクストは匿名である。あるいは、少なくとも、一種の「ペンネーム」、作家のペンネームによって生み出される。日記は全然違う(たとえ日記の《私》が偽名であったとしても)。「日記」は《ディスクール》(特殊なコードに従って《writeされた》一種のパロール)であって、テクストではない。(ロラン・バルト「省察」『テクストの出口』所収)

ではエクリチュールとはなになのか。

いかなる絶対的な責任からも最終審級の権威としての意識から切り離され、孤児としてその誕生時より自らの父の立会いから分離されたエクリチュールーーーこうしたエクリチュールによる本質的な漂流……(デリダ「署名、出来事、コンテクスト」)

《自らの父の立会いから分離された》、すなわち書き手から分離され、《書かれた言語記号は本質的に無責任な漂流性を生きるもの》として書かれ読まれるものがここではとりあえずエクリチュールであるとしておこう。

これはなにも難しいことではない、《つねにいまここにありながら、 ある種の錯覚から見えなくなってしまっているものに改めて視線を注ごうとしているだけ》なのだ。

《父親が子供に対して持つのと同じ先行関係》にあるのではない作家たちの身振りを表現ではなく記入と呼ぶロラン・バルトは次のように書く。

彼はいかなる点においても、自分の書物を述語とする主語にはならない。(ロラン・バルト『作家の死』)

これらのバルトの言葉を引用しつつ、蓮實重彦は『物語批判序説』のロラン・バルトをめぐる章「ロラン・バルト あるいは受難と快楽」でこう書く、

……まぎれもなく一人の人間によって書かれた文章の中に、 それが日常的な伝達とは異質の水準に展開される言葉である場合、 誰がそのように語っているのか識別が困難となるいくつもの指摘がまぎれこむことによってもたらされる、語る主体の曖昧化といったもの(……)。 書きつつある本人の生身の肉体はいうに及ばず、 あらゆる種類の自己同一性への言及が不可能となるそうした言語的環境がエクリチュールにほかならず、 それはどんな時代にも存在していたのだが、近代の登場人物としての「作者」の概念が誇大視された結果、あたかも「作者」がその言葉の起源であるかに考えられてしまった……。

そうであるなら、最晩年にはプルーストのような小説を書きたいと願ったにもかかわらず、そして最晩年の著作『明るい部屋』にはその「小説」的なものの僅かな痕跡があるにも係わらず、生涯「エッセイスト」であったことを否定しがたいロラン・バルトの書き物は、エクリチュールなのだろうか、パロールなのだろうか。

いま、わたくしの視線をとりわけ惹きつけるのは、世間的な意味からするなら、バルトにとっての「生涯の輝ける日」にほかならぬコレージュ・ド・フランス教授就任の日の儀式である。そこでの彼は、伝統にのっとった開講講義を多くの聴衆を前にして口にするのだが、「講義」(邦訳題名は『文学の記号学―― コレージュ・ド・フランス開講講義』)という題名で公刊された書物の中で、バルトは、新たな同僚となる著名な学者や研究者たちに対して、自分自身の存在様態を「不確かな主体」《 subjet incertain》と名付けている。この言葉に魅せられたわたくしは、それに類する語彙を「開講講義」のテクストから芸もなく拾いあげずにはいられなくなる。

すぐさま目にとまるのは、「曖昧な」《 ambigu》という言葉だ。「充分に自覚せざるをえないのですが、私は、エッセイと呼ばれるもののみを刊行してきました。エッセイとは、書くことが主体を分析と競わせる曖昧なジャンルにほかなりません」。ここでのバルトは、「エッセイ」という「曖昧なジャンル」ばかりにかまけてきたがゆえに、みずからを「不確かな」存在とみなしている。それを期に、おのれの存在を貶めるものともとれる形容詞や、否定的な色合いの言辞ばかりが彼の口からもれることになる。「私は、通常、この地位へと人を向かわせるにふさわしい学位を持ってはおりません」、「私が、早い時期から、記号論と呼ばれるものの発生とその発展に自分の探求を結びつけていたのはたしかであります。とはいえ、私は、それを代表する権利をほとんど持っていないのも確かな事実であります」、等々。そして、彼はこう結論づける。

それゆえ、科学と、知と、厳密さと、規律のとれが学問的創意が支配しているこの家に迎え入れられたのは、まぎれもなく、一つの不純な主体なのであります。(「開講講義」六頁)

すぐさまいいそえておかねばなるまいが、この「不確か」で「不純な」《 impur》主体や、「曖昧なジャンル」という言葉の中には、いかなる謙虚さもこめられてはいない。これらの形容詞は、いささかも主体の相対的な劣性を意味するものではなく、主体に「作家」としての身分を保証する絶対的な何かのあり方を示唆しているのである。

実際、「曖昧なジャンル」にほかならぬエッセイの作者としてのバルトは、いたるところで「確か」で「純粋」な存在たることをこばみ、「不確か」で「不純」な状態への執着を隠そうとしない。彼の開講講義の冒頭に読まれるこうした言葉は、コレージュ・ド・フランスという権威ある制度的な空間に教授として迎えられた以上、「不確か」で「不純」で「曖昧さ」であることを今後は自粛するつもりだなどとこれっぽちも断言していない。そればかりか、あなた方は、「曖昧さ」からはほど遠い「不確か」で「不純」である存在を同僚として迎え入れたのだから、私としては、それにふさわしく、あくまで言葉とのそうした関係を維持し続けるだろうという寡黙な態度表明として、その言葉は読まれるべきものなのだ。(蓮實重彦「バルトとフィクション」『表象の奈落』所収)

だが《「曖昧なジャンル」にほかならぬエッセイの作者としてのバルト》、あるいは《主体に「作家」としての身分を保証する絶対的な何かのあり方を示唆している》にもかかわらず、ロラン・バルトにとって自らの書き物が、十分にエクリチュールではない、との不満はあったようだ。


悲しみ。ある種の倦怠感。自分がしたり、思ったりするすべてのことにまつわるとぎれることのない(最近、喪に服していらいの)、同じ倦怠感(心的エネルギーの備給の不在)。帰宅。空虚な午後。ある困難な瞬間。午後(のちに語る)。たった一人。悲しみ。塩漬けのような状態。私は、かなりの強度で思考する。あるアイディアが不意にわきあがる。文学的な回心のようなものーー古くさい二つの単語が心によみがえる。文学に踏み込むこと。エクリチュールに踏み込むこと。これまで自分がやったことのないようなやり方で、書くこと。もう、それしかやらないこと。まず、エクリチュールによる生を統一するために、コレージュをやめること(講義は、しばしば書くことと葛藤状態に陥るから)。続いて、講義と仕事とを同じ企て(文学的な)へと投入し、主体の分割を停止せしめ、たった一つの計画、偉大なる計画を優先させること。(ロラン・バルト「日記」1978年4月15日 カサブランカにて)

ここで蓮實重彦が、数々の著名な「小説家」の作品を取り上げて、あれらは「小説」ではなく、たんなる「物語」だと断じる論から、氏はエクリチュールという語を使用していないにもかかわらず、おそらく、その定義めいたものを示唆する文を掲げておこう。

波瀾万丈の物語とは一つの語義矛盾である。あらゆる物語は構造化されうるもので、思ってもみないことが起るのは、その構造に弛みが生じ、物語がふと前面から撤退したときに限られる。挿話の連鎖に有効にかかわらない細部がときならぬ肥大化を見せるような場合に、かろうじて事態は波瀾万丈と呼びうる様相を呈するにいたる。物語を見捨てた言葉の独走といったことが起るとき、構造の支配が遠ざかって小説が装置として作動し始めるといったらいいだろうか。(『小説から遠く離れて』)

ここには冒頭近く引用したデュラスの文がある、ーー《私は、人々が何を出発点にしているのか知らない。物語を出発点にしているなんて、私には信じられない。できあがった、仕上げられた物語からなんて。そうでしょう、書く前から既に、はじまりも、真ん中も、お終いも、波瀾もある物語から出発するなんて、私は信じない。》

誰もが知っている物語を語ってみせながら、なお人を惹きつけてしまう術を心得た人間を、われわれは名人と呼ぶ。だが、小説には名人など存在しない。語り口の魅力とは、もっぱら物語について口にさるべき誉め言葉だからである。石川淳がはたして優れた小説家かどうか疑わしいというのは、そうした理由による。彼は、何度でもその巧みな語りを再現してみせることができるだろう。だが、小説が再現されることなど必要としているはずがない。小説とはもっぱら反復されるべきものであり、反復が可能なのは、同じでないことが明らかな場合に限られている。われわれが擁護してみたいのは、再現ではなく、反復の対象としての小説なのである。(蓮實重彦『小説から遠く離れて』ーー写経:石川淳『夷齋筆談』と蓮實重彦の「ボロクソ」芸

もっとも今ではこういうことを主張しても、まともに「小説」は読まれもせず、『エクリチュール至上主義』として嘲笑される時代になってしまった。とするなら、せめて、父性原理の権化ともいうべき論文形式ではなく、ロラン・バルトの書いたような「エッセイ」ーー書くことが主体を分析と競わせる曖昧なジャンルーーが、わずかにエクリチュールの生き残りの道なのかもしれない。

手始めは、一人称単数の扱いだ。

わたくしは、もともと一人称単数を主語とした文章を書くのが苦手で、『ゴダール マネ フーコ― 思考と感性とをめぐる断片的な考察』で一箇所だけ「わたくし」と書いたほかは、一人称単数を主語とした文章だけは書くまいとして、日本語の慣行と真正面から向かいあうのを避けてきました。古井由吉さんの小説を読むと、一人称単数を主語とした文章を避けようとする姿勢がけしからんと思うほど見事で、思わずため息がでてしまう。(蓮實重彦+川上未映子対談

では<私>を連発するたとえば柄谷行人をどう扱うべきか。

《私は小説作品として(「探究」シリーズを)読んでいる。彼(柄谷行人)は『探究Ⅱ』を、デカルトとスピノザと3人で書いている。しかも、ワープロを使って。》(蓮實重彦)

蓮實重彦のこの言明の起源のひとつはロラン・バルトの「自伝」の叙述からであるだろう。

ここに書かれているいっさいは、小説の一登場人物――というより、むしろ複数の登場人物たち――によって語られているものと見なされるべきだ。(……)すなわちエッセーはおのれが《ほとんど》小説であること、固有名詞の登場しない小説であることを、自分に対して白状するべきであろう。(『彼自身によるロラン・バルト』)

そこらじゅうに跳梁跋扈する、ぼく、ぼく、ぼく…、わたし、わたし、わたし…、ツイッターやブログを見よ。思想家だと? 哲学者だと? 「小説家」や「詩人」でさえも、あれら夜郎自大の満艦飾!

語りたまえ、そうすればすべてが明らかになる。出来事と諸力に対するきみたちの位置、きみたちの盲目性、きみたちの操作の範囲、きみたちの暗黙の信仰、鏡のなかの自分自身を見るきみたちの仕方が …語りたまえ、そうすればいまにもきみたちは思わず本心を洩らすだろう。叙述したまえ、そうすればきみたちは、自分の思考で考えていることよりずっと多くを言うだろう。悪と関わるきみたちのやり方。ただひとつの悪、実存することの悪だ。全能なる羨望と嫉妬のなかで。一般化された大人の稚拙さのなかで。

(…… )わかりきったことだ。そいつは前面に出てくる。哲学者は旅の逸話のなかで馬脚をあらわす。政治家は物語の色合いの秩序のなかで。さあ、耳をそばだててよく聞くがいい。ヒステリーはその後ろ、すぐ後ろにある、聴診器なんかいらない、それはどんなにささいな文章をも際立たせ、最もささいな形容詞のなかでもそれがふつふつと沸き立っているのが聞こえる。途方もない無意識の退廃、そしてぼく、ぼくが、ぼくが、ぼくが。純粋な思考、それは私だ。絶対への暗示、それは私だ。超越性、それは私、またしても私だ。歴史の意味、それは私だ。異論の余地のない善、それはつねに私、私でしかあり得ない。小説が成功するのは、それが時代のある瞬間、時代の社会的喜劇のある一定の瞬間に、ナルシシズムのあの無限の機織りを感じさせるその正確な割合においてである、このナルシシズムにあっては、誰ひとり誰にも耳を傾けず、各々の生きた小片は一般化された夢遊病の性質を帯びている。眠りや死のそれ以外に、共通の場所、共同体の場所はないのだ。「人は理解し合っている」 …いや、理解なんかまったくしていない! これっぽちも! ……ぼくが、ぼくが、ぼくが …私が自分以外の存在を受け入れる振りをするのは、いまこの存在が腐敗しつつあり、私の望むとおりに霧散しつつあるような印象を私が抱いているからである …「それをぼくに話してみろよ」 …反復される言葉、妙な癖、声の抑揚 …すべての外観の下には、つねに最大限の暴力が …それは聴取可能だ…パラノイアのモザイク …小説とはペテンの技術であり、小説はこれを利用して、通過中のすべての身体の根っ子にはただペテンがあるということを暴露する …いかなるペテンもまるでペストのように小説を恐れる …それはペストなのだ…バルサックやプルーストは恐ろしいリンパ節腫である …そこから、嘘を規制するためには、「小説」と呼ばれる小さな風邪の途絶えることのない組織体をまるごとひとつでっち上げる必要がでてくる …そして、とりわけ野心的な語りのあらゆる可能性をできるだけ卵のうちに殺害してしまう必要が …小説を貶め、それを最大限去勢すること、小説が下等なものと見なされていようと、それが上っ面しか語っていまいと …権力の管理はそこにある …耳をかっぽじってよく聞くがいい …それはつねに女の問題なんだ、とどのつまり …人の語り合うことすべてが …女「なるもの」を伝えるため …問いのなかの問いから逃れるためだ …to beではなく……not to be でもなく …「父」… 禁断の核 …(ソレルス『女たち』鈴木創士訳)