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2014年5月4日日曜日

五月四日 基軸通貨と基軸言語

数日前「文科省、省内会議に英語導入 「まず自分達から」」という記事に行き当たった。すなわち《文部科学省が省内の幹部会議の一部を英語で行う方針を決めた》らしいが、この記事にたいして若い有能な哲学者・批評家が「国辱だね」というような反応をしていた。まさにそのような感慨を抱かざるをえないのだが、もうすこし検索してみると、「日本人の英語、アジア30ヶ国内で第28位、文科省ではなく総務省のテレビ電波対策が必要だ!」などという表題をもった記事もある。と読めば、いくらなんでももう少し「英語」に親しまなくてはならないのではないか、という気もしてくる。とはいえ、日本は「幸福な村社会」だったのだ。いわゆる「後進国」の人たちは、エリート層だけでなく、ごく平均的な人たちも英語を話せることが、生活向上の道具となること甚だしい。二十年近く前に、この、かつての仏領インドシナの国に住み始めた当初感じたことだが、路上の煙草売やバイクタクシー、あるいは当地ではシクロの運転手でさえ、英語が話せることが売上げ向上に覿面に効果をもつ。それは結局「基軸言語」の話になる。

…………

まず岩井克人の「アメリカに対するテロリストの誤った認識」(朝日新聞2001年11月5日夕刊)より引用するが、この記事の表題を見ればわかるように、9.11をめぐって書かれている記事ではあるが、ここではその箇所ではなく、「基軸貨幣」と「基軸言語」をめぐる箇所を抜き出す。

アメリカは世界で唯一の超大国です。それは世界最強の経済力と軍事力を持っているからだけではありません。いま世界のどの街を訪れても、意思の疎通はすべて英語で可能ですし、代金の支払いもすべてドルで済みます。ホテルに戻ってテレビのスイッチを入れるとCNNニュースが流れ、チャンネルを替えるとハリウッド映画が上映されています。ヨーロッパや日本に閉塞感が漂っている現在、アメリカはますますその存在感を大きくしているのです。

だが私は、それにも関わらず、世界がアメリカによって支配されているという世界認識は誤りだと考えます。いま世界の中でアメリカの存在感が突出しているのは、アメリカが世界の「基軸」国としての位置を占めているからにすぎないのです。

では、ここで言う基軸国とは一体どういう意味なのでしょうか?ドルは世界の基軸貨幣です。だが、それは世界中の国々がアメリカと取引するためにドルを大量に保有しているという意味ではありません。ドルが基軸貨幣であるとは、日本と韓国との貿易がドルで決済され、ドイツとチリとの貸借がドルで行われるということなのです。アメリカの貨幣でしかないドルが、アメリカ以外の国々の取引においても貨幣として使われているということなのです。

まさに同じことが英語に関してもいえます。英語が基軸言語であるとは、日本人と韓国人、ドイツ人とチリ人の間の対話がアメリカの言語でしかない英語を媒介として行われているということなのです。いやアメリカはいま、貨幣や言語だけでなく、文化や政治や軍事にいたるまで世界の基軸国となっているのです。世界は著しく対称性を欠いた構造をしています。一方には自国の貨幣や言語、さらには文化や政治や軍事がそのまま世界で流通する基軸国アメリカがあり、他方にはアメリカの貨幣や言語や文化や政治や軍事を媒介としてお互い同士の関係を結ぶ他のすべての非基軸国があるのです。

このような基軸国と非基軸国との間の関係は、すべての国に一票をという国連的な平等意識を逆撫でにします。だがそれを支配と従属の関係と見なしてしまうと、事の本質を見失ってしまうのです。

次に、岩井克人の『二十一世紀の資本主義論』(2000年)から基軸通貨、あるいはシニョレッジをめぐる箇所を引用するが、まず基本的な誤解をまねかないように、池尾和人氏の「インフレとともに消える造幣益(シニョレッジ)」から引用しておく。

ベースマネーの供給を増やせば(現在価値合計では)それと同額の造幣益(シニョレッジ)が増える、といった単純な(あるいは、スッ呆けた)話は少なくとも成り立たない。ヘリコプターマネー政策によって生じた財政赤字は、いずれ国民負担になる。フリーランチは存在しない。

ーー通貨発行益(シニョレッジ)について、どんな誤解がなされているかは、たとえば池田信夫氏の「通貨発行益は打ち出の小槌か」を見よ。


このあたりの議論は、以下の岩井克人の文の《非機軸通貨国は、自国の生産に見合った額の自国通貨しか流通させることはできないのである。(それ以上流通させても、インフレーションになるだけである。)》に相当する。

だが基軸貨幣国だけは異なる。《アメリカが純債務国に転落した1986年以降は、ドルの過剰発行はたんにシニョレッジを増やすだけではない。それがもたらすドル価値の下落は、対外債務の実質的な負担を軽減するという一石二鳥の効果までもつようになっている。ドル切り下げの誘惑はますます強まっているのである。》ーーと書かれたのは2000年のことだが、さて現在はどうなのだろう(リーマン・ショック後、ドルの大幅な下落があったのは周知の通り)。

……貨幣が貨幣であるかぎり、その貨幣としての価値はモノとしての価値を大きく上回っている。ましてや、その生産費をはるかに上回っている。そしてそれは、100円硬貨や一万円札を発行している日本政府も、100万円の電子マネーを発行している民間企業も、それぞれ硬貨や紙幣や電子マネーを発行するたびに、その生産費を上回る貨幣の貨幣としての価値がそのままじぶんの利益となることを意味することになる。これは、なんの労力もなく手に入るまさにボロ儲けである。

貨幣の発行者が貨幣の発行によって手に入れるこの利益のことを、一般に「シニョレッジ(seigniorage)」という。それは、貨幣が貨幣であるかぎり、その発行に必然的にともなう利益である。

もちろん、グローバル市場経済の貨幣であるドルを発行しているアメリカも、このシニョレッジを多いに享受しているはずである。たとえば日本の円がなんらかの理由で海外にもちだされても、それは日本の製品しか買うことができず、いつかはかならず日本にもどってくることになる。非機軸通貨国は、自国の生産に見合った額の自国通貨しか流通させることはできないのである。(それ以上流通させても、インフレーションになるだけである。)これにたいして、アメリカ政府の発行するドル紙幣やアメリカの銀行が創造するドル預金は、そのまま外国製品の購入に使うことができ、しかもそのようにして外国に支払われたドルの一部は、それがまさに基軸通貨であることによって、タイからロシア、ロシアから韓国、韓国からブラジルへと回遊し続け、アメリカ製品の購入のために戻ってくることはない。アメリカはその分だけ、なんの労力もかけずに、自国で生産されている以上の商品を外国から手に入れたことになるのである。すなわち、基軸通貨として国外で保有されているドルの価値分が、基軸通貨国アメリカがうけとる「シニョレッジ」にほかならない。
註)上の議論は、基軸通貨として保有されているドルにはまったく利子率が支払われていないと仮定してある。もし外国によって保有されているドル預金にたいしてアメリカの銀行が利子を支払っているならば、その利子率とほかの通貨の預金に支払われる利子率との差異を現在価値化してものが、シニョレッジとなる。

……ドルを基軸通貨とするグローバル市場経済のもとでは、アメリカは自国通貨ドルを多く供給すればするほど、多くのシニョレッジが手に入る仕組みになっているのである。こんなにうまい話はほかにない。

しかし、もしこのシニョレッジの誘惑に負けて、アメリカが実際にドルを過剰に供給しはじめたらどうなるだろうか。そのとき、ドルは暴落をはじめてしまうだろう。(……)

……近年では、国内産業の保護のために意図的にドルの価値を低めに誘導する、危険なゲームを試みたりするまでになっている。皮肉なことに、まさに社会主義という大きな「敵」の消滅が、アメリカからグローベル市場経済の基軸国としての自覚を奪いつつあるのである。そして、アメリカが純債務国に転落した1986年以降は、ドルの過剰発行はたんにシニョレッジを増やすだけではない。それがもたらすドル価値の下落は、対外債務の実質的な負担を軽減するという一石二鳥の効果までもつようになっている。ドル切り下げの誘惑はますます強まっているのである。(……)

いまヨーロッパや日本を中心として、ドルが基軸通貨を独占している体制から、ドルとユーロと円という複数の基軸通貨が共存する体制への移行をめざす動きがある。そしてそれは、1999年にユーロがEUの共通通貨として現実化してから、さらに強くなっている。だが、もしそのような動きが、複数の基軸通貨のあいだの勢力均衡をもとめているのならば、それはもっとも危険な筋書きである。

基軸通貨の問題にたいして、政治における覇権(hegemony)理論や勢力均衡(balance of power)理論を応用することほど愚かなことはない。ドルが基軸通貨であるのは、それが世界中の多くのひとびとに受け入れられているから世界中の多くのひとびとに受け入れられているという、一種の自己循環論法の結果にすぎない。それは、そのドルを発行しているアメリカという国の経済支配力とはかならずしも一対一対応していないのである。もしドル以外の通貨がドルより多くのひとに基軸通貨として受け入れられはじめるならば、さらに多くのひとびとがそれを基軸通貨として使いはじめ、その通貨がただちに基軸通貨という位置を独占してしまうだろう。基軸通貨体制とは、どの通貨であれ、ひとつの通貨が基軸通貨の地位を独占しはじめて安定(balance)するのである。複数の基軸通貨が競合している状態とは、言葉の真の意味での不安定(unbalanced)な状態であり、複数の基軸通貨の勢力均衡などありえない。事実、歴史は、複数の基軸通貨が競合していた時代がいかに不安定な時代であったかを教えている。(註:金と銀とが基軸通貨として共存するいわゆる二十金属本位制(Bimetalism)時代)

それだけではない、仮に大混乱のうちに基軸通貨がドルから別の通貨に移行するようなことがあったとしても、それは「ドル危機」を「ユーロ危機」や「円危機」におきかえるだけにすぎない。基軸通貨体制がつづく限り、基軸通貨をめぐる本質的な矛盾はそのままつづくことにならざるをえないのである。

※参考:「ドル基軸通貨に代わる「魔法の杖」はない」(竹中平蔵)


◆附記:大和総研 DIR30年プロジェクト「超高齢日本の30年展望」より

世界経済は、 著しく高齢化する中国のプレゼンスが低下し、 経済の中心は依然として米国であり続けるだろう。
米国の高齢化の進展速度は、中国やブラジル、インドといった新興国と比べても緩やかである。米国が若さを保つチャネルの一つは移民だが、オバマ大統領は 2 期目の就任演説の中で移民制度改革に言及しており、 1,000 万人を超えるとされる不法移民の取り扱いに加えて、 高い技術を持つ者の受け入れに一段と積極的になれば、潜在成長力を押し上げることにつながろう。

長期的な強みに綻びが見え始めているといわれる米国だが、他の国々に比べると若さを維持する人口構造になっている。長期的には現役世代の負担感は現状よりも高まるものの、それも長期的には安定すると見通されている。 米国の場合には、 ベビーブーマーの高齢化が進む一方で、その子どもや孫の世代が入れ替わるように誕生してきたため、高齢者を支える安定した人口構造が見込まれているからである。中長期的にも世界経済の中心は米国と中国になるとみられるが、高齢化という視点では、両国は対照的な環境に置かれることになろう。
世界の構図を変える可能性を持つ米国のシェール革命

技術革新によって開発・利用可能になったシェールガス・シェールオイルの増産(シェール革命)で、米国は 2020 年頃までには世界最大の原油生産国になると国際エネルギー機関(International Energy Agency :IEA)は見込んでおり、米国内のガス需要は 2030 年頃には石油を抜いてエネルギーのなかで最大のシェアになるという。