男根が子宮口に当り、さらにその輪郭に沿って奥のほうへ潜りこんで貼り付いたようになってしまうとき、細い柔らかい触手のようなものが伸びてきて搦まりついてくる場合が、稀にある。小さな気泡が次々に弾ぜるような感覚がつたわってくる(吉行淳之介『暗室』)
あの海は太古から変わらぬはるかな眼差しとたえず打ち寄せては退く波音のなだらかな息遣いを夜陰に拡げ、少年の恥軀をすっぽり覆い尽くし、雲間ごしにかすかに洩れた月光だけが少年の足元にまでとどいて、あちこち波打ち際に舫う海人船と荒磯にひそむ泡船貝の蠢動を仄かに照らしている、
生暖かな浜風が少年の魂に誘う何たる蠱惑の触手、短袴から斜めに突きだしつややかな肌を輝かせる一本の百日紅樹は、脈うち反りかえり薔薇色に変貌し、すもものように包皮を脱ぎ棄て密やかに反復される熟練の骨牌賭博師の手捌き、少年はある未知の道、死の道とも思われた一つの道をかきわけ、ついに勢いよくふるえおののき、月明りのなか白い鳩の羽搏きを奔出させる、耳のなかの海潮、その凪、その放心、遠い水平線の手触り、茫漠たる焚火の燻り、燃え尽きた魂の煙、--少年の足元を浸しはじめる潮満ちる海は法螺貝のむせび泣きとともに、栗花薫る漿液を吸い清める、少年は星の俘虜のように海の膝に狂った星を埋める、それとともに四方八方にひるがえって交接する無数の夜光虫、あの圧倒的な現前のさまを思え、海の熱風、海の卵巣、海の気泡、海のこめかみ、海のひかがみ、海のひよめき、海の窪みの抱擁に少年はもどかしくもたゆたいはじめ、空から落下する無垢の飾窓のなかで偶さかの遊戯の余韻に溶け込んでゆく、
あの女を見つけねばならぬ、あのなかにこそほんとうの奇跡が潜んでいるのだから、ふるえる一筋の光の線がなぎさを区切っている不動の海、ゆらぐ海藻のかげ、波間に見え隠れするとび色の棘、縦に長く裂けた海の皺の奥、その輪郭に沿ってさらに奥のほうへ潜りこんで貼り付いたようになってしまうとき、細かく柔らかい触手が伸び絡まりつき、小さな気泡が弾ぜる数え切れない奇跡の痕跡がくっきり刻まれているのだから、あの女は昏い、あの女は激しい、憤ろしい、しかも静かだ、紡錘形の二つの岬のあわいの磯陰でひたひたと匂いさざめく法螺貝の唇をまさぐりあて、あの女のなかに歩み入っていかねばならぬ