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2014年3月23日日曜日

剥き出しの市場原理と猖獗するネオナチ

おそらくたいして政治に関心がないひとでも、二一世紀初頭前後から、なぜファシズム、あるいは極右の活動が目に余るようになったのか、という疑問を抱かざるをえない状況に、ますます直面しているといってよいだろう。日本でも、とくにこの数年のヘイトスピーチやネオ・ナチ的振舞いの露顕は、ただ顔を顰めてやり過ごしたらよい範囲を超えている。すなわち「排外主義を唱える連中はみな愚かで幼稚に見えた。何もできまい、放っておけ」としておくだけでは済まない様相を呈している。






以下は、その「たいして政治に関心」がなかった人物によるメモであり、少ない文献からの抜き書きにすぎず、偏った観点でしかないのは言うまでもないが、やはり最初にそのことを強調しておこう。

私が思うに、極右が力を得ている原因の一つは、左翼 が今や直接に労働者階級 に自らの参照点を置くことに消極的になっていることにある。左翼 は自らを労働者階級 として語ることにほとんど恥を抱いており、極右が民衆の側にあると主張することを許している!左翼 がそれをするときは、民族 的な参照点を用いることで自らを正当化する必要性を感じているようだ。「貧困に悩むメキシコ 人」とか「移民 」云々で。極右 は特別のそして結束力のある役割を演じている。「民主主義 者たち」の大部分の反応は見るとよい。彼らは、ル・ペンについて、受け入れがたい思想 を流布する者だと言いながら、「しかし...」とことばを継ぐ。こうやって、ル・ペンが「ほんとうの問題」を提起していると言外に述べようとする。そうしてそのことによってル・ペンの提起した問題を自分たちがとりあげることを可能にする。中道リベラル は、根本 的には、人間の顔をしたル・ペン主義だ。こうした右翼 は、ル・ペンを必要としている。みっともない行き過ぎに対し距離をとることで自らを穏健派と見せるために。私が、2002年 [大統領選挙 ]の第2回投票 の際の対ルペン連帯について不愉快に思ったのは、それが理由だ。そしていまや少しでも左に位置しようとすると、すぐさま極右 を利用しようとしていると非難される。それが示しているのは、ポスト ・ポリティックの中道リベラルが極右の幽霊 を利用し、その想像上の危険を公的な敵に仕立て上げようとしていることだ。偽りの政治 対立の格好の例がここにあると私は思う。(ジジェク『資本主義の論理は自由の制限を導く』2006――「涙もろいリベラルが「ファシズムへ の道」だと非難するなら、言わせておけ!」)

ここでの《中道リベラルが極右の幽霊 を利用し、その想像上の危険を公的な敵に仕立て上げようとしている》とは、極右が政権をとらないまでも、中道派が極右の主張に擦り寄って、政権維持に努める現象を指摘しているということになるはずだ。

そのことは次のジジェクのヴィデオでの発言の要約が示す。


たとえば、2010年夏、フランスのサルコジ政権は少数民族ロマの国外「追放」政策を打ち出し、欧州連合(EU)諸国から激しい批判を浴びました。10月になると、1960年代以来、外国人労働者を受け入れてきたドイツのメルケル首相が、同国は多文化主義の社会構築に「完全に失敗した」とし、移民にドイツ社会への統合を迫りました。さらに2011年2月には英国のキャメロン首相が同国で育ったイスラム教徒の若者がテロの土壌となっているイスラム過激思想に走っているとし、英国の移民政策の基本となってきた多文化主義の政策、すなわち「異なる文化が互いに別々に、社会の主流から離れて存在することを勧めてきた」英国の政策は失敗だった、今後は「寛容さ」ではなく、西洋の価値観を守り国家アイデンティティーを強化する「より積極的で強力な自由主義」が必要だとする見解を表明しました。


ジジェクは、《極右が力を得ている原因の一つは、左翼 が今や直接に労働者階級に自らの参照点を置くことに消極的になっていることにある》とする。さて日本ではどうなのかを問うほどには、わたくしは詳しくない。ただ「低賃金」者や「非正規労働者」などの割合が激増しているらしきことぐらいは知っている。そして企業などの労働組合が「正規労働者」の保護に汲々としており、むしろ反「非正規労働者」の姿勢を持っているらしきことを。あるいはまた比較的高等な教育を受けた学生たちが、その能力に応じた職を見つけがたい状況にあるという意味で、彼らが労働者階級化しているということを。

もっとも最後に掲げたエリートの労働者階級化は、すでにかなり前に次のような指摘がある。

せっかく入試にとおったエリートの学生がなぜ真先に異議申立てをするのか。フランス革命においてもロシア革命においても貴族たちが身分社会への反乱の理論を用意したのと似ている。これは単純な「ノブレス・オブリージェ」ではない。「体制」の中で不当に低く待遇されるであろうという予感を抱いていた若者である。今あまり人気のない歴史家トインビーであるが、彼が指摘するとおり、文化の「リエゾン・オフィサー」(連絡将校)としてのインテリゲンチアへの社会的評価と報酬とは近代化の進行とともに次第に低下し、その欲求不満がついにはその文化への所属感を持たない「内なるプロレタリアート」にならしめると私は思う。 (中井久夫「学園紛争は何であったのか」書き下ろし『家族の深淵』1995


あるいはまた、2012年に上梓されたジジェクの『LESS THAN NOTHIGの最終章には、次のような叙述がある。
a whole generation of students have almost no chance of finding a job corresponding to their qualifications, which leads to massive protests; and the worst way to resolve this gap is to directly subordinate education to the demands of the market—if for no other reason than that the market dynamic itself renders the education provided by universities “obsolete.”

大学教育でさえ、市場の要求に屈服しつつある現象は、日本でも歴然としている。

ジジェクはフレデリック・ジェイムソンの論を引用しつつ、次のようにも書いている。

we must shift the accent of our reading of Marx's Capital to “the fundamental structural centrality of unemployment in the text of Capital itself”: “unemployment is structurally inseparable from the dynamic of accumulation and expansion which constitutes the very nature of capitalism as such.” In what is arguably the extreme point of the “unity of opposites” in the sphere of the economy, it is the very success of capitalism (higher productivity, etc.) which produces unemployment (renders more and more workers useless)—what should be a blessing (less hard labor needed) becomes a curse.

「日本では労働生産性が低い、それは高くしなければならない」、あるいは「経済成長の本質は労働生産性である」と識者たちは言うが、労働生産性を上昇させることは、失業を生む。これも資本の論理の必然であるに相違ない(--といえば言いすぎかもしれない。ここでは「技術的失業Technological Unemployment」という概念があることだけを附記しておこう)。


ところで、おそらく九十年代なかばあたりからだろう、「剥き出しの市場原理」、あるいは「資本の欲動」という言葉がしばしば流通するようになったはずだ。

「資本の欲動」とは次のようなことである。

資本主義の「正常な」状態は、資本主義そのものの存在条件のたえざる革新である。資本主義は最初から「腐敗」しており、その力をそぐような矛盾・不和、すなわち内在的な均衡欠如から逃れられないのである。だからこそ資本主義はたえず変化し、発展しつづけるのだ。たえざる発展こそが、それ自身の根本的・本質的な不均衡、すなわち「矛盾」を何度も繰り返し解決し、それと折り合いをつける唯一の方法なのである。したがって資本主義の限界は、資本主義を締めつけるどころか、その発展の原動力なのである。まさにここに資本主義特有の逆説、その究極の支えがある。資本主義はその限界、その無能力さを、その力の源に変えることができるのだ。

「腐敗」すればするほど、その内在的矛盾が深刻になればなるほど、資本主義はおのれを革新し、生き延びなければならないのである。(ジジェク『イデオロギーの崇高な対象』)
マルクスが資本の考察を守銭奴から始めたことに注意すべきである。守銭奴がもつのは、物(使用価値)への欲望ではなくて、等価形態に在る物への欲動――私はそれを欲望と区別するためにフロイトにならってそう呼ぶことにしたいーーなのだ。別の言い方をすれば、守銭奴の欲動は、物への欲望ではなくて、それを犠牲にしても、等価形態という「場」(ポジション)に立とうとする欲動である、この欲動はマルクスがいったように、神学的・形而上的なものをはらんでいる。守銭奴はいわば「天国に宝を積む」のだから。(柄谷行人『トランスクリティーク』)


「むき出しの市場原理」とは、これはごく最近の浅田彰の語りだが、まずはそれを引用しよう。

・歴代の経団連会長は、一応、資本の利害を国益っていうオブラートに包んで表現してきた。ところが米倉は資本の利害を剥き出しで突きつけてくる……

・野田と米倉を並べて見ただけで、民主主義という仮面がいかに薄っぺらいもので、資本主義という素顔がいかにえげつないものかが透けて見えてくる。(浅田彰 『憂国呆談』2012.8より)

その「剥き出しの市場原理」にどうのように対応するイデオロギーが主流かといえば、次の如し。

(世界で支配的なイデオロギーの主流は)資本主義的な現実が矛盾をきたしたときに、それを根底から批判しないまま、ある種の人間主資義的モラリズムで彌縫する機能しか果たしていない。上からの計画というのは、つまり構成的理念というのは、もうありえないので、私的所有と自由競争にもとづいた市場に任すほかない。しかし、弱肉強食であまりむちゃくちゃになっても困るから、例えば社会民主主義で「セイフティ・ネット」を整えておかないといかないーーこのように資本主義的なシニシズムと新カント派的なモラリズムがペアになって、現在の支配的なイデオロギーを構成しているのではないかと思う(浅田彰 シンポジウム「『倫理21』と『可能なるコミュニズム』」2000.11.27

なぜ、90年代から剥き出しの市場原理が目立つようになったのか、といえば、《今、むき出しの市場原理に対するこの「抑止力」はない》とする中井久夫の説明が簡にして要を得ていると思う。

ある意味では冷戦の期間の思考は今に比べて単純であった。強力な磁場の中に置かれた鉄粉のように、すべてとはいわないまでも多くの思考が両極化した。それは人々をも両極化したが、一人の思考をも両極化した。この両極化に逆らって自由検討の立場を辛うじて維持するためにはそうとうのエネルギーを要した。社会主義を全面否定する力はなかったが、その社会の中では私の座はないだろうと私は思った。多くの人間が双方の融和を考えたと思う。いわゆる「人間の顔をした社会主義」であり、資本主義側にもそれに対応する思想があった。しかし、非同盟国を先駆としてゴルバチョフや東欧の新リーダーが唱えた、両者の長を採るという中間の道、第三の道はおそろしく不安定で、永続性に耐えないことがすぐに明らかになった。一九一七年のケレンスキー政権はどのみち短命を約束されていたのだ。

今から振り返ると、両体制が共存した七〇年間は、単なる両極化だけではなかった。資本主義諸国は社会主義に対して人民をひきつけておくために福祉国家や社会保障の概念を創出した。ケインズ主義はすでにソ連に対抗して生まれたものであった。ケインズの「ソ連紀行」は今にみておれ、資本主義だって、という意味の一節で終わる。社会主義という失敗した壮大な実験は資本主義が生き延びるためにみずからのトゲを抜こうとする努力を助けた。今、むき出しの市場原理に対するこの「抑止力」はない(しかしまた、強制収容所労働抜きで社会主義経済は成り立ち得るかという疑問に答えはない)。

(……)

冷戦が終わって、冷戦ゆえの地域抗争、代理戦争は終わったけれども、ただちに古い対立が蘇った。地球上の紛争は、一つが終わると次が始まるというように、まるで一定量を必要としているようであるが、これがどういう隠れた法則に従っているのか、偶然なのか、私にはわからない。(中井久夫「私の「今」」1996.8初出『アリアドネからの糸』所収)

ところで、「剥き出しの市場原理」とは「資本の欲動」のことであるが、ここで「欲動」という言葉に抵抗があるなら、資本の論理としてもよい。

『終りなき世界』(柄谷行人・岩井克人対談集1990)から名著『貨幣論』を書くすこし前の岩井克人が資本主義とは何かを語る箇所を抜き出しておこう。


【ふたつの資本主義】

じつは、資本主義という言葉には、二つの意味があるんです。ひとつは、イデオロギーあるいは主義としての資本主義、「資本の主義」ですね。それからもうひとつは、現実としての資本主義と言ったらいいかもしれない、もっと別の言葉で言えば、「資本の論理」ですね。

実際、「資本主義」なんて言葉をマルクスはまったく使っていない。彼は「資本制的生産様式」としか呼んでいません。資本主義という言葉は、ゾンバルトが広めたわけで、彼の場合、プロテスタンティズムの倫理を強調するマックス・ウェーバーに対抗して、ユダヤ教の世俗的な合理性に「資本主義の精神」を見いだしたわけで、まさに「主義」という言葉を使うことに意味があった。でも、この言葉使いが、その後の資本主義に関するひとびとの思考をやたら混乱させてしまったんですね。資本主義を、たとえば社会主義と同じような、一種の主義の問題として捉えてしまうような傾向を生み出してしまったわけですから。でも、主義としての資本主義と現実の資本主義とはおよそ正反対のものですよ。p141

ほぼ同時期に書かれた柄谷行人の「歴史の終焉にて」には、岩井克人の言葉を捕捉するような文章がある(これは岩井克人との対談でも似たようなことが書かれているが、こちらのほうがより明快に整理されている)。

……資本主義圏と社会主義圏があるというのはうそである。資本主義は世界資本主義としてあり、「社会主義圏」はその内部にしか存在したことがない。だが、こうした二項対立がなぜ戦後を支配したのだろうか。

もともと戦後体制は、一九二九年恐慌以後の世界資本主義の危機からの脱出の方法としてとられた、ファシズム、共産主義、ケインズ主義のなかで、ファシズムが没落した結果である。それらの根底に「世界種本主義」の危機があったことを忘れてはならない。それは「自由主義」への信頼、いいかえれば、市場の自動的メカニズムへの信頼をうしなわしめた。国家が全面的に介入することなくしてやって行けないというのが、これらの形態に共通する事態なのだ。それらが各々支持されたのは、失業問題と農業問題をそれぞれ何とか解決したからである。だが、それは軍事経済によってであり、そのために戦争が不可避的となった。この場合、アメリカの経済についていえば、これもニュー・ディールによってではなく実際は軍事生産によって回復したことを忘れてはならない。

第二次大戦は、植民地や領土をもたないがゆえに侵略的であったファシズム国家群と、もつがゆえに非侵略的であった国家群のあいだで起こった帝国主義戦争である。いうまでもなく、この戦争は、どちらからも美しい「理念」で語られたのである。もともと孤立主義的であったアメリカとソ連は、この戦争の勝者として戦後において逆に「帝国主義的」な政策と軍事経済をとりつづけた。戦後体制は戦前の二項対立の変形としてあったのだ。それは、自由主義と共産主義という理念の争いなのではなく、戦前の帝国主義戦争の延長として存続してきたものである。それは「原理」の問題ではなく、世界資本主義の問題なのだ。(柄谷行人「歴史の終焉について」p159-160『終焉をめぐって』1990所収)

 世界資本主義、すなわち「資本の論理」の席巻に対抗するために、かつては、《ファシズム、共産主義、ケインズ主義》があったとされている。

 この認識はジジェクもほぼ同様。

 We should not forget that the first half of the twentieth century was marked by two big projects which fit this notion of alternate modernity perfectly: Fascism and Communism.Was not the basic idea of Fascism that of a modernity which provides an alternative to the standard Anglo-Saxon liberal-capitalist one of saving the core of capitalist modernity by casting away its contingentJewish-individualist-profiteering distortion? And was not the rapid industrialization of the USSR in the late 1920s and 1930s also an attempt at a modernization different from the Western-capitalist one?(Zizek"The Parallax View")

”the standard Anglo-Saxon liberal-capitalist ”が、「世界資本主義」者のこととしてよいだろう。

さて、現在の政治やイデオロギーが、《資本主義的な現実が矛盾をきたしたときに、それを根底から批判しないまま、ある種の人間主資義的モラリズムで彌縫する機能しか果たしていない》のであるならば、そして、かつての選択肢がファシズム、共産主義、ケインズ主義》であって、仮に現在もかつての選択肢以外によい案がなく、いまそのなかからどれかを選ばなければならないとしたら、どれを選ぶだろうか。われわれは1970 年代のスタグフレーションに対するケインジアンの無力を知ってしまっている。

冒頭の問い、《ファシズム、あるいは極右の活動が猖獗しはじめるようになったのか》は、このような論理的な帰結として、ファシズムを選ぼうとする種族が力を得ているとすることもできるのではないか。

彼(ヒットラー)がユダヤ人を標的にしたことは、結局、本当の敵——資本主義的な社会関係そのものの核——を避けるための置き換え行為であった。ヒトラーは、資本主義体制が存続できるように革命のスペクタクルを上演したのである。(ジジェク『暴力』)

日本の若者たちは、己の「資質」に見合った職が得られなかったり、妥協して得た職もかなりの割合で「非正規雇用」でしなかい。あるいはまた、《人口構造も逆ピラミッド状態で、制度をいくらいじったって、年金制度が維持できる訳もない》(田中康夫)のを誰もが知っているにもかかわらず、高齢者への比較的厚い保証の負担だけは要求される。

日本の財政は、世界一の超高齢社会の運営をしていくにあたり、極めて低い国民負担率と潤沢な引退層向け社会保障給付という点で最大の問題を抱えてしまっている。つまり、困窮した現役層への移転支出や将来への投資ではなく、引退層への資金移転のために財政赤字が大きいという特徴を有している。(DIR30年プロジェクト「超高齢日本の30年展望」

なんらの新しい視野を与えてくれる政策や政党があるわけでもない。ときたま線香花火のようにベーシックインカム制度なる記号が口にされることもあるが、それとて導入の検討がたいしてなされている気配はなく、またその制度的機能も未知数だ。

……popularised in Europe and latin America, of basic income. I like it as an idea but I think it's too much of an ideological utopia. For structural reasons, it can't work. It's the last desperate attempt to make capitalism work for socialist ends. The guy who developed it, Robert Van Parijs, openly says that this is the only way to legitimise capitalism. Apart from these two, I don't see anything else.(Interview with Slavoj Zizek

こういった資本の論理の席巻に鬱憤をいだく若者たち=内なるプロレタリアだけが、排外主義に向かうというのはおそらく事実に反するだろうが、その若者たちを中心に極右の勢力が力をよりいっそう増すのではないか、というのは「杞憂」といっているだけでは済まされない。左翼や中道リベラルの「彌縫策」にはうんざりしている若者は思いのほかの数になるはずだから。

冒頭近くに掲げたようにーージジェクの西欧諸国の文脈上での指摘だがーー、《極右が民衆の側にあると主張することを許している!》としている状況に到るまで、日本も半歩ほどの距離しかないのではないか、と、<この今>疑ってみる必要がある。




            ----- 東西線の西葛西駅周辺(2014.3.23)---


…………


◆附記:「貨幣」から読み解く2014年の世界潮流(岩井克人)

これまで日本は、GDP比200%以上という巨額の債務残高にもかかわらず、長期金利がほとんど上がらなかった。その理由は、失われた20年で良い融資先を失った日本国内の金融機関が国債を保有していることもあるが、同時に「消費税率を上げる余地がある」と市場から見られていたことも大きい。社会保障を重視する欧州では20%を超える消費税が当たり前なのに、日本はわずか5%。いざ財政破綻の危機に瀕したら、いくら何でも日本政府は消費増税で対応すると考えられてきたのだ。

 消費増税は、もちろん短期的には消費に対してマイナスだろうが、法人税減税などと組み合わせれば、インパクトを最小限に抑えることができる。重要な点は、消費増税によって財政規律に対する信頼を回復させ、長期金利を抑制することだ。実際、消費増税の実施が決定的となった昨年9月には、長期金利は低下した。

現在、2015年に消費税率を10%に上げることの是非が議論されているが、私は毎年1兆円規模で肥大するといわれる社会保障費の問題を考えても、10%への増税は不可避であり、将来的にはそれでも足りないと思っている。むしろ、アベノミクスの成功に安心して10%への増税が見送りになったときこそ、長期金利が高騰し、景気の腰折れを招くことになるだろう。

このような議論をすると、「1997年に消費税を3%から5%へ引き上げたあと、日本経済は不況に陥ったのではないか」との反論が上がる。しかし当時の景気減退は、バブル崩壊後の不良債権処理が住専問題騒動で遅れ、日本が金融危機になったことが主因である。山一證券や北海道拓殖銀行の破綻は、小さな規模のリーマン・ショックだったのである。

また、「消費税は弱者に厳しい税だ」という声も多い。だが、消費額に応じて負担するという意味での公平性があり、富裕層も多い引退世代からも徴収するという意味で世代間の公平性もある。たしかに所得税は累進性をもつが、一方で、「トーゴーサン(10・5・3)」という言葉があるように、自営業者や農林水産業者などの所得の捕捉率が低いという問題も忘れてはいけない。

ちなみに武藤敏郎氏(元大蔵・財務事務次官、日本銀行副総裁)が取り仕切る大和総研(DIR30年プロジェクト「超高齢日本の30年展望」)の比較的「楽観的な」シミュレーションでは次のようになるらしい(標準的なシナリオでは消費税30%以上が必要)。

日本が設けることになるであろう最終的な消費税率は、どれだけ高いとしても 25%が限界だと思われる。それ以上となれば、日本の国民負担の大きさは明確に北欧国家グループに含まれることになるが、市場経済に対する考え方や官民の役割分担などの観点から、それを目指すことに合意が得られるとは考えにくい。他方、世界で最も高齢化していく先進国である日本において、米国型の社会保障や福祉の体系を目指すという国家像も受け入れられないだろう。日本が目指すべきは、おのずと欧州大陸主要国並みの負担と受益ということになる。改革シナリオのシミュレーション上は 2036 年度以降の消費税率を 25%と想定する。