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2013年12月27日金曜日

12月27日

きみ、きみ、そこのきみ
きみはニブすぎるんじゃないか
ツァラトゥストラのグランドフィナーレ
酔歌を引用したばかりだろ?

「わたしを放っておいてくれ! 
放っておいてくれ! 
わたしは、おまえと手を結ぶには清らかすぎる。
わたしに触れるな」と

それでも感じないなら
論理学者三浦俊彦の小説でも引用するかね

すなわち、現実のモノを放出するのではなく言語・観念によって、まずは意味もないスカスカ的単語を脈絡なく喋り散らすという活動、さらには非スカ系出版物に載ったスカ記事をピックアップしてそれを満員電車内で朗読する、それへの乗客の反応を隠し撮りするという二人一組活動「ネオクソゲリラ」に金妙塾主流は這い進んだのである。これに対する乗客風景は旧脱糞ハプニングバージョンに比べて実にさまざまで、先ほど一部引用した雁屋F寝小便論が一塾生(三十五歳のコンビニ店長)によって読まれたときは「そうだよ、そのとおり!」などという相槌があちこちからとんだというが、主題がオシッコではなくウンコとなるとあからさまな心神耗弱ないし喪失扱いといおうか、アメリカのように精神障害者の強制隔離が論議される風土とは異なる日本ならではの寛大な、よく見られる酔っ払いや神経衰弱系独り言おじさんへの大らかな無視に等しいものであったのだが(立錐の余地乏しき満員度においては人垣に隠れた遠くから「うるせえ!」と怒鳴る重客もいたらしいが通路往来自在のときは誰も何も文句はつけなかったという)、『金妙塾入塾パンフレット』は、その「無視」の様態を七十九モードに分類している。

 (分類名のみ紹介すると「黙視」「陰視」「黙惑」「黙瞥」「黙殺」「黙笑」「黙怯」「黙訝」「黙認」「黙嘲」「黙憫」「黙索」「黙諾」「黙嘆」「黙惜」「黙難」「密囁」「密索」「黙戒」「悟惚」「黙悦」「隠嗤」「憤黙」「黙呆」「黙嫉」「沈躁」「黙脱」「黙錯」「黙忖」「黙敬」「微解」「黙謀」「爆黙」「擬黙」「黙索」「偽忌」「耽黙」「謬殺」「黙悩」「封舌」「駄黙」「躍黙」「黙狽」「黙滅」「浄黙」「専黙」「斜黙」「黙謝」「慈黙」「甘黙」「案黙」「黙揺」「静観」「歪黙」「黙愁」「黙訥」「熱黙」「黙染」「黙絶」「是黙」「濃黙」「黙祷」「黙賞」「純黙」「黙発」「畏黙」「黙慄」「黙測」「冷黙」「淫黙」「断推」「黙抜」「黙憬」「盲黙」「凝黙」「否視」「黙略」「黙質」「瀰黙」。演習問題:それぞれの具体的表情と視線の振幅を推測的描写せよ)。

ネットで拾ったのだがね、小説『偏態パズル』

……17のクラブの24人の女王様と契約、翌日までにたっぷり溜めてもらうことにした。翌日六本木アルファインに二部屋とって、プレイ開始。基本料金と別に、出た順に一人ずつ24万、23万……1万円、ということにしたので、女王様たちは早く黄金を出そうと室内で体操したりツボを押したり牛乳1㍑パック飲み干したりみんな一生懸命頑張ってくれた。



 最初に出してくれたのは銚子市生れのもと看護婦、ソフィア女王様だった。生牡蠣の匂いのする細めの山吹黄金が、長々30㌢ほど途切れなく絞り出て、僕の喉の奥に魔法のように粘り潜っていった。次は江東区生れのフユミ女王様。顔と上半身は細いが腰と腿が超逞しい19歳、息張る声も匂やかに、吹出物だらけのお尻から濃いオナラを七発半、デコボコ罅だらけの便秘塊を三つ押し出した。スジが堅くてニガさ強烈。三番目の堺市生れカズコ女王様は鼻筋の通った美人。細いお尻から白縞つきの中太バナナ便を放り出してくれた。六番目の鎌倉市生れ、身長152 体重80㌔のアイ女王様のは最高だった。前日フルーツとクロレラだけを食べてきてくれたそうでツーンと甘い、軟らか極上黄金だった。九番目になんと目にも彩なる和服で御来室、長い髪がさらっとストレートの府中市生れレイコ女王様の黄金はネバネバ真っ黒くて気持ち悪かったけど一番効きそうで、目を見開いてゴックン。次の山形市生れユイカ女王様のシャーッと真ッ黄色い水下痢を一気に飲み込んだあたりで、焦げ臭いげっぷが続けざまに洩れて胸がむかつきはじめた。いよいよか。色黒でアイシャドウの濃い港区生れルミ女王様と色白で内斜視の青梅市生れマユミ女王様は左右背中合せにしゃがんで息を合せ同時脱糞してくれた。世田谷区生れサヨコ女王様は「あたし黄金は経験ないの」とずいぶん恥かしそう。笑うと左右対称歯が欠けたみたいな八重歯が可愛くて「クサいって言わないでね」コーンやゴマや野菜片がやたら表面に突き出た黄金がみりみりぷちぷち線香花火みたいな摩擦音付きでくねり出てくれた。女王様が恥かしがってくれてると思うと僕の勃起ペニスは更に三割膨脹した。横浜市生れシノブ女王様はどうしても出そうになくて申し訳ないから、と自分の喉に指を突っ込んで嘔吐して下さった。臭くて酸っぱい胃液の風味もさることながら吐く瞬間、久本雅美似の歯茎露出度高値顔歪めてオ、グヲエッ目を剥き涙流した表情は、黄金が覗く瞬間の噴火口の痙攣に劣らぬ味だった。うれしい!このシノブ女王様の苦悶を見て僕は排泄プレイという文化の神髄を悟り、福岡市生れカオリ女王様の息張りと肛門ヒクツキの連動を凝視するうち認識は明瞭となった。直径3㌢の黄金が半身7㌢ゆっくり伸びてしばし停止、湯気。肛門はその間じっと金棒をくわえ開いたまま汗ばみ、ついでカオリ女王様の全身が細かく力み震えたかと思うと黄金の後半がプピっスーっ熱い隙間風まとって現われ――外気に触れていた7㌢分と後半が焦茶/黄土に見事くっきり分れ――カオリ女王様はホッと濃厚な出産の吐息を。授乳する性である女の、食物を無事提供した本能の安堵だろうか。そうだ! レバー味の上質黄金を頬張りながら僕は感動に震えた。女王様たち自身の熱い内臓醗酵料理を貪り喰らい僕は昇天するのだ!僕は女王様の汚いものを食わねばならないのだから確かにMだけど、女王様も自分のクサい秘密の内臓を無防備に晒すのだから羞恥Mだろう。そう、Mがウンコ座りの脚線を表わす形であることを忘れるな。と同時に女王様は僕を便器扱いして尻に敷いちゃう以上当然Sだが、僕は女王様の腸の中身を食べながら彼女の肉そのものを喰う行為をイメージ経験しているから、極限的Sの瞬間を生きていると言えるのだ――合法的カニバリズム! ああ! そして体位も、女の下の穴に男が前の肉棒を挿入する、この機械的な性の定めの反転図なのだ。男の上の穴に女が後ろの肉棒を入れるのだ!





オレのきよらかさ加減は
いささか不足しており
上のたぐいの嗜好ははないが
次のケぐらいはあるぜ





「デートのときおれは彼女にいつも、自転車で来てくれって要求しました。おれは歩きです。高校時代に一緒に帰ってたときこのパターンだったんで。家近い彼女が自転車でオレが駅まで歩きで。彼女は高校時代のノスタルジーでオレがそんな要求するのかと思ってたようで、セーラー服着てくれって言われるよりマシってことで毎回自転車に乗って来てくれました。でも自転車押して並んで歩くってのは街中なんかじゃたるいでしょ。で彼女には自転車に乗ってもらうことにね。オレが歩いてる傍らを彼女が自転車で並走ってのはきついんで、どんどん走ってもらいます。で、ブロックをぐるりと回ってオレに追いついて、追い越して、また後ろから追いついて追い越して、また……ってパターン。追い越すときに会話するわけだけど、オレは『自然な追い越され方がいい』ってことで、無言でシカトしあいながら追い越される、ってことにしてもらったんです。彼女はひたすらオレを追い越しつづける。何度も何度も。どうしてオレが「自然」にこだわったかっていうと、追い越すとき振り向いたりしてほしくなかったわけ。ていうのは自然に通りすがりみたいにして追い越してってほしかったわけ。それでどこに目が向くか。サドルに接した彼女のヒップが天然震動っていうかね、あ、そうそう、彼女にはスカートじゃなくていつもズボンはいてきてもらってたんです。しかもジーパンとかじゃなくてなるべく薄地の。でくっきり輪郭のプルんと丸いお尻サドルにかぶさるというか谷間にサドルがぴっちり挟まって、ペダルを漕ぐにつれて右左、交互にサドルがお尻に揉まれるというか逆にお尻がサドルに食い込まれるというか、じんわり体温というか摩擦というかいかにも密着熱が、ああ、それ見てオレは天にも昇る幸福感を味わっていたんでした。で、それをじっくり味わうためにはゆっくりと追い越してもらう必要があるわけなんですけど、いやぁ、オレ自身は彼女のお尻に顔でも体でも乗っかられたことはなかったんで、自転車尻を見て疑似体験して喜んでるってのも倒錯っちゃ倒錯もいいとこですが、従順な彼女は理由も質さずに自転車に乗りつづけ追い越しつづけてくれましたっけ。ま、うすうすオレの尻フェチぶりには気づいてたんでしょうけどね。だけどこういうデート重ねているうち曲がり角とか入り組んでる路地で彼女が一周してきたときオレの進路とずれちゃってはぐれちゃったことが三四回あって、まあそれも原因だったんですが、なんやかんや追い抜かれっこしてるうちにたまたま理想的な坂道を見つけましてね。西武線の東久留米とひばりヶ丘の中間ぐらいんとこの小さな商店街に、ただの坂道ならぬ曲がり坂道、ぐーっとこう九十度近く曲がってるのがありましてね、自転車にとっちゃ適度の難所で、そこを自転車漕いで登る人はまあ、立ち漕ぎをせざるをえないんですね。で、坂がゆるくなるところまで立ち漕ぎして、おもむろにサドルに座る。これが、これがたまらない! 空中を泳いでいた女性のズボン尻がゆっくりサドルに降りて密着する瞬間、その直後に立ち会えたときの勃起度といったら! 立位後向きにすぼまっていた緊張尻がゆっくり下向きに割れ広がって一挙くつろいでサドルを挟み潰す瞬間ってばもうサイコーッすよ。てわけで彼女にはもう何度その曲がり坂道を自転車で立ち漕ぎそして腰降ろしを繰り返してもらったことか。ちょうど坂がゆるくなる境目でオレを追い越さなきゃならないんでタイミングが微妙で、もうあの坂道挟んだサーキットを何周も何周も、もうぐるぐるぐるぐるやってたことがありました。さすがに彼女も疲れたらしくですね、いや歩いてるオレの方が足痛くなってましたがね、もーうこんなデートたくさん! って彼女、こんなにまでしてオレと付き合いつづける必要はないんだって突如気づいたみたいで唐突に振られちゃいました。あ~あ、貴重な彼女失いましたよ。しかしなんで合わせてくれなかったですかね、いかがわしいタイの痩せ薬とかに手を出したりしてた彼女ですから、デートしながら坂道ダイエット出来りゃ本望だったと思うんだが。ともかくそれ以後はこんなかったるいデートしてくれる女にはめぐり合わなかったですし。





 ま、それでも今、街を歩いててそこそこ満足ですよ。目覚めるって素晴らしいことですよね。理想の坂道にはそうは行き当たらないけど、自転車の女に追い抜かれることってけっこうあるんで、むこうから自転車女がやってきてすれ違いそうなときはそりゃもう、何か思い出したふりして手前で方向転換して歩き出して、追い抜かれる按配にもってくわけです。ときにはわざわざ道の反対側に渡って間近に尻景色をね。彼女失ったおかげで街の色とりどりのお尻に意識が目覚めるようになりましたってば。ズボンや坂道にもこだわらなくなりました。もちろんスカートってのはインターフェイスがあいまいなぶんサドルとの相性悪いんで興奮いまいちというか基本的には残念なわけで、ときどき女子高生なんかスカートの裾を全周サドルの外へ垂らしてやがったりしてね、あれ困りますよね、密着面が隠れちまって輪郭まるっきしなんでほんっと頭きてましたけど、むしろそのパターンって、パンツ尻が直接サドルにぴったり接してるってことでしょ、ぐいぐい熱くくわえ込んで揺れてるってことでしょ、そのこすり色が香りほのかにずくずくしみ拡がってゆくさまをじっと頭ン中で透視してですね、勃起できるほどになりました。好みは変わるもんで全周垂れ下がりスカートに大恍惚のこの頃ってわけです。あぁ彼女今頃どうしてるかなぁ、まだあの自転車使ってるかなぁ……」(ただしこの直後、アロマ企画のヤラセ・盗撮混合マニアックビデオ『自転車のお姉さんのお尻』がDVD版(ARMD21)として一般普及し、同類の自転車フェチが全国ひしめいていることを知った吉岡明之は即座にサドル尻マニアを辞めてしまった。マニアの自負であるが、まさざま名マイナー倒錯者がカミングアウトし直ちに市場を形成していく現在、種類的に孤高のマニアであることは難しくなっていることは確かだ……)。






穏やか系も挙げとこうか、
EVERNOTEの引き出しにはいくらでもあるからな


一台の自転車
その長い時間の経過のうちに
乗る人は死に絶え
二つの車輪のゆるやかな自転の軸の中心から
みどりの植物が繁茂する
美しい肉体を
一周し
走りつづける
旧式な一台の自転車
その拷問具のような乗物の上で
大股をひらく猫がいる
としたら
それはあらゆる少年が眠る前にもつ想像力の世界だ
禁欲的に
薄明の街を歩いてゆく
うしろむきの少女
むこうから掃除人が来る


ーー吉岡実「自転車の上の猫」






すこし前方に、べつの一人の小娘が自転車のそばにひざをついてその自転車をなおしていた。修理をおえるとその若い走者は自転車に乗ったが、男がするようなまたがりかたはしなかった。一瞬自転車がゆれた、するとその若いからだから帆か大きなつばさかがひろがったように思われるのだった、そしてやがて私たちはその女の子がコースを追って全速力で遠ざかるのを見た、なかばは人、なかばは鳥、天使か妖精かとばかりに。(プルースト「囚われの女」)
生きつづける欲望を自己の内部に維持したいとねがう人、日常的なものよりももっと快い何物かへの信頼を内心に保ちつづけたいと思う人は、たえず街をさまようべきだ、なぜなら、大小の通は女神たちに満ちているからである。しかし女神たちはなかなか人を近よせない。あちこち、木々のあいだ、カフェの入り口に、一人のウェートレスが見張をしていて、まるで聖なる森のはずれに立つニンフのようだった、一方、その奥には、三人の若い娘たちが、自分たちの自転車を大きなアーチのように立てかけたそのかたわらにすわっていて、それによりかかっているさまは、まるで三人の不死の女神が、雲か天馬かにまたがって、神話の旅の長途をのりきろうとしているかのようであった。(プルースト「花咲く乙女たちのかげに」)




すこし前方に、べつの一人の小娘が自転車のそばにひざをついてその自転車をなおしていた。修理をおえるとその若い走者は自転車に乗ったが、男がするようなまたがりかたはしなかった。一瞬自転車がゆれた、するとその若いのからだから帆か大きなつばさかがひろがったように思われるのだった、そしてやがて私たちはその女の子がコースを追って全速力で遠ざかるのを見た、なかばは人、なかばは鳥、天使か妖精かとばかりに。(プルースト「囚われの女」)
腰を浮かして力いっぱいペダルを踏み、それからスピードが落ちるのをそのままにして、けだるそうな姿勢でサドルに腰をおろす彼女。それからまた、家の郵便箱の前で自転車をとめ、サドルにまたがったまま、送られてきた雑誌にさっと目を通して、もとへ戻し、舌で上唇の端をなめ、足で地面を蹴って、ふたたび淡い影と光のなかへ飛びだす彼女。(ナボコフ「ロリータ」)



私たちはまた坂をくだっていった、すると、一人また一人とすれちがうのは、歩いたり、自転車に乗ったり、田舎の小さな車または馬車に乗って坂をのぼってくる娘たちーー晴天の花、ただし野の花とはちがっている、なぜなら、どの娘も、他の花にはない何物かを秘めていて、彼女がわれわれの心に生まれさせた欲望を、彼女と同種類の他の花でもって満足させるというわけには行かないからーーであって、牝牛を追ったり、荷車の上になかば寝そべったりしている農場の娘、または散歩している商店の娘、または両親と向かいあってランドー馬車の腰掛にすわっている上品な令嬢などであった。(「花さく乙女たちのかげに」)