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2013年5月19日日曜日

ああ、またやってしまった。また、やってしまった

ああ、またやってしまった。また、やってしまったと、吹きぬける風に身をまかせてバスの唯一の乗客はつぶやく。いま、自分は、息苦しい地下鉄にもまれ、ごく当り前な乗客の一人としてその妻のかたわらに立ち、フランス語で繰り返される聞きなれた扇風機への悪口を黙ってうけながしていることもできたわけだ。だが二人は、つい十分ばかり前に、視線と視線で相手を攻撃しないながらものも言わずに別れて来た。こんなことが何度もあったと思いながら、なぜかもう我慢がならず、同じコースでの帰宅を拒絶しあったのである。

(……)それぞれ地下鉄とバスとの乗客になっている二人は、ついいましがた、出て来たばかりの映画館の前で、ほとんど狂暴なまでの苛立ちに同時に捉えられ、むしろ一時的にしてもたがいに避けあっていた方がよかろうと即座に判断したのだ。

(……)(その映画の)、何ということもない情景のつみかさねが、何ということもない技法で流れるように映像化されているのを目にして、自分は不覚にも涙を流してしまった。ほとんど背中をふるわせて泣いてしまったのだと、バスの唯一の乗客は回想する。椅子に埋めこまれた軀の小きざみな振動が、当然、隣の妻にも伝わってしまう。それから二時間後、(……)戸外の暑さをとり戻そうとする瞬間、妻は、いつもむつかしい顔で妙な思考ばかりをめぐらせている夫の顔を濡らした涙の意味を問いただす。なぜ、あなたは冒頭からあんなに他愛もなく泣いてしまったのか。(……)なぜ初めから、物語が語りだされる以前に、ああも簡単に涙など流してしまうものか。説明して頂戴。

夫は、この説明して頂戴に苛立つ。あの涙の原因をあれこれ言語化してみれば、全く不可能というわけではない。(……)だが夫は、それを言葉にするのを拒絶する。妻は、その拒絶にいらだつ。そしてその苛立ちを察知して夫は沈黙に閉じこもる。妻にはそれが我慢ならない。いま、二人がこうして地上と地下に別れて家路をいそいでいる理由は、そんな他愛もない話である。

この言葉への執着と沈黙の選択とが、感受性なるものの東西の文化的行き違いだなどともっともらしく言い張ったりはしまい。西欧的風土にあっても、口を開くべきでない状況はいくらでも存在するし、その点をめぐって、日本人はむしろ不謹慎なまでにおしゃべりな国民だとさえ妻は信じている。つまり、誰がいつ、饒舌となり寡黙となるか、問題はその条件をさぐることであり、無前提的に言語への執着と沈黙への志向とを西と東の文化圏に選り別ける仕草ほど不毛な試みはまたとあるまい。事実、夫が言語化を無理強いし、妻が言葉を拒絶したことからこれに似た険悪さが二人を距ててしまったことも何度かある。

(……)どちらかが相手の沈黙に自分を重ね合わせ、まるでそれがしめし合わせた合図でもあったかのように、二人は同時に別の方向に歩きはじめる。ああ、またやってしまったという同じつぶやきを反芻しながら、たがいに見えてはいない背中でいらだちをせいいっぱい誇張する。そして、別々の経路を興奮してたどったあげくに、決して約束してあったわけでもない同じ場所で、ついいましがた背を向けて別れあった相手と落ち合うのだ。(蓮實重彦『反日本語論』)



小津安二郎を愛するマリー=シャンタル・ヴァン・メルケベークと1966年知り合い親交を深め三年後結婚することになる蓮實重彦。愛するものを共有する夫妻であってさえかくの如くである。「映画」だけではない、「芸術」作品を他人と一緒に鑑賞することなど可能なのであろうか? もちろんここでの疑問符はいささか誇張というもので、友と一緒に鑑賞することは誰にでもできる。鑑賞後、友との会話で感動を語る幸福を、<あなた>がたは知っている。


そもそも友情なるものは、われわれ自身のなかの、伝達不可能な(芸術の手段による以外は)、唯一の真実な部分を、表面だけの自我のために犠牲にするという努力ばかりを要求するのであり、この表面だけの自我のほうは、もう一つの真実の自我のようには自己のなかによろこびを見出さないで、自分が外的な支柱にささえられ、他人から個人的に厚遇されていると感じて、つかみどころのない感動をおぼえる、そしてそういう感動にひたりながら、この表面的な自我は、そとからあたえられる保護に満悦し、その幸福感をにこにこ顔でほめたたえ、自己のなかでなら欠点と呼んでそれを矯正しようとつとめるであろうような相手の性癖のたぐいにも、目を見張って関心するのである。(『ゲルトマントのほう 二』 井上究一郎訳)


そう、<わたくし>のなかの伝達不可能な、唯一の真実な部分を犠牲にする、<偽の>幸福に耽ることができる。


……というのは、彼といっしょにしゃべっているとーーほかの誰といっしょでもおそらくおなじであっただろうがーー自分ひとりで相手をもたずにいるときにかえって強く感じられるあの幸福を、すこしもおぼえないからであった。ひとりでいると、ときどき、なんともいえないやすらかなたのしい気持に私をさそうあの印象のあるものが、私の心の底からあふれあがるのを感じるのであった。ところが、誰かといっしょになったり、友人に話しかけたりすると、すぐ私の精神はくるりと向きを変え、思考の方向は、私自身にではなく、その話相手に移ってしまうので、思考がそんな反対の道をたどっているときは、私にはどんな快楽もえられないのであった。ひとたびサン=ルーのそばを離れると、言葉のたすけを借りて、彼といっしょに過ごした混乱の時間にたいする一種の整理をおこない、私は自分の心にささやくのだ、ぼくはいい友達をもっている、いい友達はまたとえられない、と。そして、そんなえがたい宝ものにとりまかれていることを感じるとき、私が味わうのは、自分にとって本然のものである快感とは正反対のもの、自分の薄くらがりにかくれている何かを自分自身からひきだしてそれをあかるみにひきだしたというあの快感とは正反対のものなのであった。(『花咲く乙女たちのかげに 二』)

…………


音楽を聞くには隠れなければならないと思うことがある。音楽は手袋の内と外をひっくり返すようにわたしを裏返してしまう。音楽が触れ合いの言葉、共同体の言葉となる。そんな時代がかつてあったし、いまも人によってはそんな場合があるのはもちろん知っているが、わたしの場合は、ほかの人々と一緒に音楽は聞けない。誰かと一緒に音楽を演奏するとなれば話は別だ。(……)


だが、なぜ一緒に聞くことができないのだろう。なぜ音楽は孤独で身動きできない状態にあるときのわたしたちをとらえるのか。一緒に聞けば、他人の目の前で、そして他人とともにいながら、自己をあくまでも自分ひとりきりのものでしかない状態に投げ出してしまうことになるからなのか。それぞれの人間によってたがいに異なるはずの遠くの離れたものを共有することになるからなのか。子供時代も死も共有できはしないからなのか。 (ミシェル・シュネデール『グールド 孤独のアリア』)


こんなことは誰でも知っている、ただ忘れたふりをしているだけだ。芸術鑑賞を社交の場にのみ利用する輩以外は。あるいはいつまでも他人の手引きが必要な手合い以外は。あるいは、次のような芸術「愛」好家以外は、--とすれば、ほとんど「誰も知っていない」ということになる。

《彼らは自分たちの愛の本性を知らない。しかしながら、その愛、正しく役立つルートを通りえなかったその愛は、彼らのもっとも平静な会話にさえも逆流して、話が芸術のことになると、彼らに大げさなジェスチュアをさせ、しかめ顔をさせ、かぶりをふらせる。(……)彼らは芸術のなかにある真の養分を吸収しないから、つねに飢えを癒しえないあの病的飢餓症になやんで、たえず芸術的なよろこびを欲求するのだ。》(プルースト「見出された時」)




芸術鑑賞だけではない。


私が到着した日に私たちは一緒に庭の散歩に出かけた。ベンガル薔薇の生垣の前と通ったとき、突然彼は口を閉ざして立ちどまった。私もまた歩を止めたが、彼が再び歩きはじめたので私もそれにならった。やがて彼はもう一度立ちどもり、私に「少しここに残っていていいでしょうか、あの小さな薔薇の木を見ていたいのです」と言った。(……)城館をひと巡りしてから見ると、彼はあいかわらず同じ場所にいて、じっと薔薇を見つめていた。(……)彼は私が近づく足音を聞き、私の姿を見ていたのに、話すことも動くこともしたくない様子だった。そこで私は一言も発することなく通り過ぎた。一分間経ってからマルセルが私を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、彼は私の方へ駈けて来るところだった。私に追いつくと彼は「気を悪くしなかった」かどうかたずねた。私は笑って彼を安心させ、とぎれた会話がまた始まった。薔薇の木については何も質問しなかった。寸評も冗談も言わなかった。そんなことをしてはいけないと内心で理解していたのだ……。


その後何度私は同じような場面に遭遇したことだろう。何度私はマルセルが自然と芸術と人生と完全に交感する神秘の瞬間を目撃したことだろう。……(レーナルド・アーン「散歩」吉田城訳)


ひとりになって時間を忘れるプルーストはいくらでもいる。その例のひとつ。


はじめ玄関を離れると私はゲルマント氏にいったのだった、当家所蔵の何点かのエルスチールを見せてもらうのが私の大きな望であると。(……)それから私は、絵のまえでしばらくひとりでいたいのだが、と公爵にいったので、ではのちほどまたサロンで自分のところへ顔をあわせにやってきてるださればいいのです、と言いのこして彼はつつましくひきさがったのだった。

ひとたびエルスチールの諸作品に面と向かうと、もうそれだけで、私はすっかり晩餐の時刻を忘れてしまった。 (……)

私がエルスチールの絵をながめているあいだも、到着する招待客たちの鳴らす呼鈴の音がはじめはたえまなくひびいていて、私の心をやさしくゆすぶっていたのであった。しかし、いつしかそれにとってかわった静けさ、そしてもうずいぶんまえからつづいているその静けさが、とうとうーーといってもそんなに急速にではなくーー私を夢想から呼びさました、(……)みんなに忘れられてしまったのではないか、みんなはテーブルについたのではないか、と私は思った、そしてあたふたとサロンのほうに向かった。(……)ここでの晩餐を自分からおくれさせてしまったことを考えてどきりとした。(プルースト「ゲルマントのほう 二」井上究一郎訳 p193)