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2013年4月3日水曜日

セルゲイ・カスパロフSergey Kasprov賛




 いささか野暮ったい厚手の黒いセーターを着た長身痩躯の青年が、軀をゆらめかせて舞台にあらわれる。

聴衆に向かってぎこちない一礼をしたあと、背凭れのない椅子に素早く腰をかけるが、この1979年生まれで2008年のこのときもうすぐ三十歳に手が届く筈の男は、少年の気弱さと無垢を混淆させた表情を無造作に曝している。襟元から覘く粗い木綿の白いシャツの襟までがこの若者の純粋培養の出自を表わしているかのようだ。現代ロシアにはいまだ『白痴』のムイシュキン公爵を傷つけることなく育てる大地の器があるとでもいうのか。

青年はいくつかの奇妙な仕草をし始める。長すぎる腕の肘を張って何度も座り直して腰の位置を微調整する。おそらく普段から蒼白い顔を緊張のためいっそう蒼白にさせて、左後方上の天井を見上げてみせるが、そこには何があるというのだろう、この場に及んで明るすぎる照明の具合に恨みがましく何かを哀訴しているかのようだ。

祈りの仕草のようにして両掌を揉みあわて、一瞬口元を引き締めて毅然とした大家の風貌を作り上げ、心の動揺をうっちゃろうとするかのようだが、それも徒労に終る。今度は右手の聴衆に恐る恐る顔を向け、僅かの間、平静さを装って彼らを眺めまわしてみる。ああ、まだステージの雰囲気に馴染むことはできない。聴衆に包みこまれてはならない、なぜなら彼らに向けて演奏するのではなく、神への奉納、音と響きの捧げ物の儀式に居合わせてもらうだけなのだから。左眉を顰めて左頬に深い皺を作ってみせたり、左指先を顔に近づけて覗きこみ、束の間もう一度左右の指を触れあわせてみる。

さあそろそろ始めなければならない。これではいくらなんでも立会人を待たせ過ぎだ(だが神はいつまでも待ってくれるだろうことを<わたくし>はよく知っている)。もう一度腰の位置を確かめるようにして座りなおし、左腕を振り上げるが、そこでは奇妙にも握りしめられた拳の親指だけが立っており、なにかの合図のようだ。そして軀を前屈みにして、今度は左人差し指で鼻先を擦ってみる。冒頭の曲は左手で始まるのだ。こうやって演奏前の儀式は漸く終りつつある。


さあ始めよう。大きく振られた左手が鍵盤に挑みかかるように落ち、最初の音を鳴らす。ああ、なんという輝かしいスカルラッティ! いままでこの嬰ヘ長調K. 319のソナタがこんな風に演奏されたことがあるだろうか。――まるで「(覆された宝石)のやうな朝/何人か戸口にて誰かとさゝやく/それは神の生誕の日」のようではないか。


これは、セルゲイ・カスパロフSergey Kasprov2回スヴャトスラフ・リヒテル国際ピアノコンクール2008)の第一次予選の出来事だ。彼は二次予選で跳ねられた。翌年のラ・ロック=ダンテロン音楽祭2009でも、同じK. 319が演奏されるが、そこではこの時ほどの息詰まる緊迫はない。傷つきやすさが齎す痛み、それが世界の裂け目を不意に照らし出し、事物を輝かさんとする稀有なあの瞬間。時の歩みに対してどこか緊張したところ、なにか奪われたものを取り返そうとするかのようにしたあの緊迫。


セルゲイ・カスパロフの二曲目のスカルラッティ、 K. 101。一曲目が素晴らしすぎたので、ほっと安堵したのか、いくらかの音の不揃い、あるいはいささかのミスタッチ。だが、三曲目の K. 87で、また途轍ももないものを取り戻す。なんという深い息遣いから醸し出される音の粒の輝き。あの音はどこからやってくるというのか、まるで指は音を解き放つためだけにそこにあるかのようだ。

さる別のピアニストをめぐって書かれた仏高級官僚・精神科医でもある批評家・小説家の文章を引っ張ってこよう。

「呼吸するためではなくて、誰かの息が絶えるときのように、もはや自己の内部にあるのか外部にあるのかわからないが、いきなり口をあける深淵。音それ自体があまりにも稠密な光を放っているので、音は裏側にあるくぼみの反射でしかないのではないかと思われてしまう。音たちがみずからあがなうべき影、目に見えるものと目に見えないもののあいだにある絶対的な均衡の法則にしたがって音たちが死者の国から連れてくる影。」

  
その人物は腹の底からモスクワ音楽院仕込みのロシア人だった。演奏を開始する前のピアノを前にしての彼の挙措に、まず私は打たれた。あたかもステージを泳いで横切る準備をしているかのごとくに、体全体がピアノに向かって前のめりに傾けられたのだ。彼のスカルラッティのソナタに私は衝撃を受けた。モスクワの空気が、ソヴィエト連邦時代の生活にあった強烈さがそこにはあった。ロシア学派だ。ついに私は、それが意味するものをはっきりと理解した。”(第一部、p76

 彼ほど才能のあるピアニストはそうそう街を歩いてはいないものだ。私はこれほどの才能をもったピアニストを他には知らない―――確かに、現在存命中のすべてのピアニストの演奏を聴いたわけではないけれど。・・・(中略)・・・カスプロフはステージで微笑んだりはしない。想像するに、彼は音楽の政治局の誰かの気を引こうとしてはいないのだ。(第三部、p287)(アファナシエフ『ピアニストのノート』