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2013年7月21日日曜日

相手の受け取り方を絶えず気にしている「日本語の対話性」(中井久夫)

文章を書くとは次のようなことである。すなわち、頭の中の宇宙に乱舞する、言葉になりそうでならない、(……)「思想(イデア)」をつかみだし、明確な個別言語の衣を着せ、文脈に相応しつつ、文章という一次元上に建築して、それが何かの命題か物語を順当に喚起して、読み手の視野がひらけてゆき、自分以外の人にも通じるようになるかどうかをたえず吟味しつつ進むことである。いや、「思想」の前にも「もわーっ」とした何かがある。「粗描」というべきか。工作や建築で最初に鉛筆でなぐり描きされる「こういうふうなもの」に近い何かがある。

感じ方、考え方を規制するのではなく、自力で発想や感覚や事態を整理し、言葉に直して、それをしだいに高度に構成してゆくことは、スリリングな知的作業である。

この作業を阻む一因に、センテンスによって構成されるパラグラフという重要な単位を日本語が伝統的に重視しないことがある。

文法的単位はセンテンスだろうが、思考の単位はパラグラフである。この意識が乏しいために、日本語の文章の建築性は、パラグラフの手前で止まってしまう。小泉首相の発言はセンテンスが際立っている。だからスローガンのようなのだ。もっとも、それまでの政治家の発言の多くは、明確なセンテンスの態をなさなかった。武田泰淳が岩波新書の『政治家の文章』でいうとおりである。
(……)

日本語の場合、いかなる事態をも記述できる普遍的文章語は、戦後、すなわち二〇世紀後半にようやく成立した。それは、週刊誌の文体に近いだろうか。また「口語」「文語」といわず、「古文」「現代文」というようになった。そして「古文」は「文語」の持っていた生産性を失った。文語は公的な文章に限らなかった。その凛々しさ、簡潔性、中立性から「日記」を文語で書く人が多かった。きりっとした現代文を心がけるのは、とてもむつかしい。もっとも、文語にはくだらぬ内容でも一見凛然とさせてしまう「副作用」があるだろう。(中井久夫「日本語の対話性」2002初出 『時のしずく』所収)

中井久夫の文が明快であることの大きな理由のひとつは、いま行わけして引用したパラグラフ単位で文章が進んで行くことにあるだろう。

冒頭の「文章を書く」こと、ーーそれをめぐっては、中井久夫には他のエッセイにも数多あるが、いまひとつだけ、ここに挿入しよう。
そもそも、家事の多くは発明工夫なしにはできない、クリエイティヴなものである。たとえば料理では、冷蔵庫の中に何が入っているかを調べ、買い物に出る。その時には献立が大体決っている。手に入らなかったものには代用品をみつける。調理台に立つときには段取りを考えつつする。そして、味付けがあり、食器選びがあり、盛りつけがあり、配膳がある。驚くほど複雑な過程である。これに比べれば、文章を書くなどは、一直線に語を並べてゆくだけの非常に単純な過程であると私には思われる。(中井久夫「村瀬嘉代子さんの統合的アプローチに思う」『日時計の影』所収)

料理するように書くことーー、材料は多すぎても少なすぎてもいけない。足らなかったら買いに出かける、代用品を探す。段取りがあり、味つけや盛りつけなどにも注意する。文章を書くのが苦手だというひとは、ひょっとして単品の材料ばかりひねくりまわしているだけなのではないか。あるいは食器選びや配膳にまでまったく目が行き届いていないのではないか、隠し味はあるのか、そう中井久夫は語っているとして読みたいところだ。


ところで、ひとは、上のように引用をする場合でも、多くの場合、「これこれを読んで感心したので、すこし引用してみます」、などと断ってから引用する。それがブログの作法のようになっているのではないか。若い人で、ぶっきらぼうに引用だけするひとは稀であり、引用だけですますのは旧世代に属するひとが多い。

ブログでは、もしかりに引用からはじめても、なんらかの感想を附記するのが義務のようになっているのではないか。わたくしの場合、最近刊行された書や手元にない書物をすぐさま手にいれる環境にはないので、気になった作家の言葉を拾うために他人のブログなどを覗いてみることがそれなりにあるのだが、多くの場合くだらぬことの多い「感想」は読み飛ばして引用だけを拾う(今、わたくしが書いているようなことは読み飛ばすべきなのだ)。引用がない場合、落胆して三秒くらいで読むのをやめる。


すぐれた作家の文章に感嘆した場合、いくつかのパラグラフを連続的に引用すれば(つまりその「思考」の流れをしめせば)、付け加えることはほとんど何もない。そこには「無駄のない過不足な文の運び」がある。もし付け加えることがありうるならば、読み手の理解のおよばないところ、齟齬のあるところ、新しい解釈をしめしたいところ、あるいはひとにあまり読まれていなかったり忘れられつつある文を是非とも紹介して顕揚したいこと、なんらかの理由で他人に読むのを促したい意図があること、…、――それ以外は引用だけのほうが好ましい。

……このような、やわらかで、しかも凛とした文体に1990年に出会うとは、奇蹟のようであった。そして、過不足のない文の運びがあった。ピトレスクな文章でないのに、読むにつれて過不足のないイメージがわいてきて、穏やかな現場感とでもいうべきものが私の中に満ち満ちるのであった。

まもなく、私の二十年来の友人が須賀敦子さんを”発見”した。私たちは、少年が秘密の宝を共有するように、須賀さんの作品について、声をひそめるような感じで語り合った。ひとにはむしろ触れ回りたくなかった。(中井久夫『須賀敦子さんの思い出』)

 蓮實重彦は、黒田夏子の『abさんご』の早稲田文学賞授賞式で、冒頭部分を暗唱してみせたそうだ、次のように語りつつ。「文学作品に敬意を表する手段は引用することだと思う」。


ところで中井久夫は文章を筆記したり暗誦したりする習慣があるそうだ。

……散文の訳でも、文体の決定が努力の半分であり、しばしば時間の半分を要する。詩の場合はなおさらである。さまざまの補助的工夫もする。私はしばしば、自分の書斎を詩人の書斎に見立てて一時的に改造した。地図や写真も収集した。暗誦の他にテープを聴くこともあり、筆記することもあった。たかが筆記と思われるかもしれないが、筆記は、詩人が苦心したところを炙りだしてくれるよい方法である。実際、何度も筆記しなおしていると、それがわかってくる。私がうっかりすっと別の単語を書く。これは書き間違いであるが、詩人の草稿にそのとおりの単語を発見することがある。原詩の詩人も最後の段階でそこを変えたのだ。

こういう方法は、精神科医として私が日常使う方法とあまり違うものではない。私はカルテを読んで頭にはいりにくければ、朗読し、筆写し、ワープロに打つ。その間で何かが私の腑に落ちてくる。明敏な頭脳の人にはさぞ迂遠愚鈍な作業と思われるであろう。しかし、私にはそうしないとわからない何かがある。「刑事は現場を百遍踏むそうだ」と私は自ら慰める。(中井久夫「訳詩の生理学」『アリアドネからの糸』所収)

「文体」を獲得して初めて、作家は、机に向かわない時も作家でありうる。なぜなら、「文体」を獲得した時、言語は初めて、書かず語らずとも、散策の時も、友人との談話の時も、電車の中でも、まどろみの中でも、作家の中で働きつづけるからである。

「文体」とは何であるか。古くからそれは「言語の肉体」であるといわれてきた。「言語の肉体」とは何であるか。それは、言語のコノテーションとデノテーションとの重層だけではない。歴史的重層性だけでもない。均整とその破れ、調和とその超出(……)だけでもない。言語の喚起するイメージであり、音の聴覚的快感だけではない。文字面の美であり、音の喚起する色彩であり、発声筋の、口腔粘膜の感覚であり、その他、その他である。

その獲得のためには、人は多くの人と語り、無数の著作を読まなければならない。語り読むだけでなくて、それが文字通り「受肉」するに任せなければならない。そのためには、暗誦もあり、文体模写もある。プルーストのようにバスティーシュから出発した作家もある。

もちろん、すぐれた作家への傾倒が欠かせない。ほとんどすべての作家の出発期にあって、これらの「受肉行為」が実証されるのは理由のないことでは決してない。おそらく、出発期の創作家が目利きの人によって将来を予言されるのは、この「受肉力」の秤量によってである。

傾倒は、決して、その思想ゆえでなく「言語の肉体」獲得のためでなければならない。そうでなければ、その人はたかだか作家の〔取り巻き〕に終わるであろう。作家が生きていようと、死者であろうと、変わりはない。実際、思春期の者を既存作家への傾倒に向かわせるものは決して思想の冷静な吟味によってではない。それは、意識としてはその作家のしばしば些細な、しかし思春期の者には決定的な一語、一文、要するに文字通り「捉える一句」としてのキャッチフレーズであるが、その底に働いているのは「文体」の親和性、あるいは思春期の者の「文体」への道程の最初の触媒作用である。

いっぽう、言語へのあるタイプの禁欲も必要である。この禁欲が意識的に破壊された時、しばしば「ジャーナリストの文体(むしろ非文体)」が生まれる。ジャーナリストを経験した作家は、大作家といわれる人であっても、ある「無垢性の喪失」が文体を汚しているのはそのためである。((中井久夫「「創造と癒し序説」——創作の生理学に向けて」)

 多くの文章を読んでいるように他人に示しているのに(小説や詩などの紹介をしきりにしているのに)、「非文体」や「紋切り型表現」でしか書けないひとの存在は枚挙に暇がない。紋切り型に終始するのは、ロラン・バルトによれば、言語の肉体が獲得されていないことであり、中井久夫曰くはたかだか作家の取り巻きに過ぎないことである。

悪いもの

“ドクサ”(“通念”)は、彼の言述のなかでさかんに言及されているが、まぎれもなく「《悪いもの》」である。それは内容の面からはどうにも定義することができず、ただ形式の面からしか定義されない。そして恐らく、その悪い形式とはすなわち反復のことなのだ。―――しかし反復されるものにも、ときには良いものがあるではないか。たとえば《テーマ》とは、批評にとっては良いものであって、しかもそれはたしかに、反復される何ものかではないか。―――良い反復とは、身体に由来する反復だ。“ドクサ”が悪いものであるという理由は、それが死んだ反復であること、誰の身体から発生するものでもないということ―――さもなければ、たぶん、まさに“死者たち”の身体から発生するものだ―――という点にある。(『彼自身によるロラン・バルト』)

文章をSNSなどに書き込むのは、非文体や紋切り型表現の練習をしているのではないか、とときに疑いたくなるときがある。

ところで、小泉元首相、あるいは政治家の文章は、スローガンに過ぎない、と中井久夫は書く。であるならば、ツイッターなどのSNSの発話文もしかり。もっともときおりツイッター上でみられる連投された文章はその限りではないが、それも殆どの場合「非文体」で書かれている。もし文体らしきものがあるとするならば、語彙の選択や言葉の抑揚程度だろう。もちろん例外はある。散文詩のような試みが稀にはみられる。140字ですますのは、詩的散文以外に紋切り型表現にならないことはむつかしい。それにもかかわらず何か有効なことを呟いている気になっている連中が跳梁跋扈している。

どこかで小耳にはさんだことの退屈な反復にすぎない言葉をこともなげに口にしながら、なおも自分を例外的な存在であるとひそかに信じ、しかもそう信じることの典型的な例外性が、複数の無名性を代弁しつつ、自分の所属している集団にとって有効な予言たりうるはずだと思いこんでいる人たちがあたりを埋めつくしている。(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』)

《「おかしいと思うのは」と彼(シャルリュス男爵)は言った、「そんなふうに戦争下の人間や事件を新聞だけでしか判断していない大衆が、自分の意見でそれを判断していると思いこんでいることですよ」》(プルースト『見出された時』)

ーーもちろん、現在、「新聞」を別の言葉に入れかえて読む必要がある。

スローガン的挑発が、必ずしも有効に機能しないとは限らないのだが、そこに「自意識」過剰やら「承認欲求」めいたものを読んでしまったら、いたたまれない気持ちになってしまう。そもそも日本語は相手の受け取り方を絶えず気にする「構造」があるとは、長年指摘され続けてきた。

日本語は、つねに語尾において、話し手と聞き手の「関係」を指示せずにおかないからであり、またそれによって「主語」がなくても誰のことをさすかを理解することができる。それはたんなる語としての敬語の問題ではない。時枝誠記が言うように、日本語は本質的に「敬語的」なのである。(柄谷行人「内面の発見」『日本近代文学の起源』)

竹内豊氏は70年代に注目された森有正の「二項関係」論を次のようにまとめている(「主体について」moririlke.web.fc2.com/syutai.pdf)。

森有正は日本人の人間関係を表す概念として「二項関係」という言葉を用いた。それは凡そこういうことである。

元来一人称というものは、主体の意志や判断を陳述するものであるから、そこにはすでに三人称的客観 に変換される契機が存している。むしろこういったほうがいいかもしれない。三人称的陳述は一人称的意志、判断を前提とする、と。それが A is Bという陳述のしかたである。ところが日本語では、それを「Aは Bです」「Aは Bでございます」「Aは Bでございましょう(か)(「か」は疑問ではない)等々、さまざまなかたちで言う。ここでの助動詞(「です」「でございます」「でございましょう(か)」はたんなる言い回しの違いといったものではない。もっと本質的(構造的)な日本語の特徴である。それは主体の意志・判断が絶えず相手を意識したものとなっていることを示している。つまり主体であるべき話者(一人称)は、みずからを相手(二人称)にとっての相手(二人称)として示すのである。これが「二項関係」である。それがもたらす事態は、一人称―三人称という関係において「三人称的、客観的なものは、それ自体、一人称的なもの、主観的なものを中核として、それによって成立している」あるいは「客観に徹すれば徹するほど主観性が確実になって来る」といった主観と客観のダイナミズムが生ずるべきところで、それが生ずることなく二人称―二人称の相互篏入が生じてしまうことである。

こられの日本語の特徴を中井久夫は次のように書いている。

……いまさらながら、日本語の文章が相手の受け取り方を絶えず気にしていることに気づく。日本語の対話性と、それは相照らしあう。むろん、聴き手、読み手もそうであることを求めるから、日本語がそうなっていったのである。これは文を越えて、一般に発想から行動に至るまでの特徴である。文化だといってもよいだろう。(中井久夫「日本語の対話性」)

ツイッターではこの特徴が端的に出やすいのではないか。最近では、ツイッター上でリツイートする場合でも、そのリツイートの前に、「たいへん気に入りました。リツイートさせてもらいます」などとしきりに断る「自己意識」の塊のような人物に遭遇することができた。いまではその旧式ではしたない「自意識」を隠す程度には繊細な「自意識」を備えているひとたちの間で、日本文化の典型的天然記念物の棲息の発見なり。

もっとも、こう書く<わたくし>は、ただ他者のことはよく見えるのであって、おのれの「自意識」の露出やら、紋切り型表現はたいして見えていないことはある。

他者の「メタ私」は、また、それについての私の知あるいは無知は相対的なものであり、私の「メタ私」についての知あるいは無知とまったく同一のーーと私はあえていうーー水準のものである。しばしば、私の「メタ私」は、他者の「メタ私」よりもわからないのではないか。そうしてそのことがしばしば当人を生かしているのではないか。(中井久夫「世界における徴候と索引」ーー「興味深い人物」より)


さてくだらぬ「感想」など書いておらず、中井久夫の文をもう少し引用しよう。

キーを叩くよりも字を書くほうが、はるかに脳の活動は高く広範囲であるとか、脳障害の方の手を縛ると、感じを読める率が下がるという神経学の報告がある。文字は「手が覚える」ものである。これは単なる図形記憶よりもはるかに大規模で、高度な脳活動である。非漢字国民が図形として漢字を覚えるのはおおごとであり、そうして覚えた漢字はどこか妙である。そして、文が全体として一つの連続体であるという感覚がはっきりしなくなる。ヴァレリーは詩を舞踏に、散文を歩行に例えたが、キーによる書字は、足の運びを単調なものにしてゆくだろう。このことは、思いの外に大きく人間の精神活動を変えるかもしれない。

現代において「書くこと」とは何か。「書くこと」という言葉がすでに私を困惑に陥れる。タイプライターは「叩く」。ワープロは「打つ」である。コンピューターは「打ち込む」らしい。携帯電話でメールをやりとりするのは「送る」というようだが、行為そのものは「つつく」に近くみえる。

インターネットではしばしば仮面をなぐり捨てたホンネが記されている。ここまで「書く」といえるだろうか。携帯電話を使って送られるものは、どちらであろうか。「書くこと」なのか「話すこと」なのか。第三の何かであろうか。(中井久夫「日本語の対話性」2002初出 『時のしずく』所収)



※補遺:日本語と下からの目線