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2013年5月25日土曜日

月橘の樹


過日、庭師に芝刈りを頼んだついでに、西側の庭にある巨木の細葉榕(ガジュマル)の下枝を払ってもらい、庭がめっきり明るくなる。

二階の書斎からはいままで葉篭りに隠れて見えなかったおびただしい気根が、梢から垂れ下がるのが眼をひくようになり、それら何百本もの細いひものような根がいくつかに束ねらたようにして風に揺れている。雨が降れば雨滴が気根に伝わって流れ落ちる。我が家の樹は樹齢百年を越えるらしいが、このガジュマルは何百年ほどの樹であれば、アンコールワットに見られるように屋敷まで食べ尽くす。気根が地につけばそこから根はすくっと立ち上がり枝を支える形になる(そもそも十八年まえ、アンコールワット遺跡にある樹容に魅せられて、多くの植木屋をあさって選べる範囲での最も古い木を庭に植樹したものだ)。






細葉榕の大樹のまわりは玉砂利で敷いた楕円形の散歩道で、その小道に沿って膝下の高さの灌木が植え込まれていたのだが、巨木の根がその植え込みの下まで這い伸びてところどころ持ち上がってしまい、不揃いで見苦しかったのを、いっそう全部の植え込みを引き抜いてしまって、東側と後庭の壁際に植え替えた。二百本ほどの灌木の移動だが、三人の若い庭師が一日弱で仕上げた(水牛の糞をたっぷりやったせいか、いまだ臭い漂う)。


この樹の名はこちらではQuế と呼んでおり、それで調べても英名や和名がはっきりしなかった。長男にもう少し正確に名を調べるように頼んでおいたら、実際はNguyệt Quếというらしく、それなら英名Orange Jasmine Murraya paniculata(オレンジジャスミン、シルクジャスミン)。和名は月橘〔ゲッキツ〕ということが分かる(いまこうやって備忘のためにメモしているわけだ)。ジャスミンと名がつくが、ほんとうのジャスミン(モクレン科)とは別種(ミカン科)。香りは似ているが、ジャスミンのこちらを包み込むようなまろやかな甘酸っぱさにくらべ、頭の芯を貫くようなつんと尖った芳香で、わたくしは月橘の香りのほうをより好む。それに白く小さな花の後は山査子のような赤い実をつけ、それも好ましい。


月橘の名は花が月夜に特によく香るといわれることからくるらしく、別名九里香とも。こうやって和名を知ると、急によりいっそう大事に育てようと思うようになる。月橘、九里香――、美しい名だ。いままでは植え込みで三ヶ月に一度は刈り揃えていたため、花はわずかしかつけなかった。ジャスミンとくらべて、成長の遅い樹だが、それでもこれら二百本の月橘は十年以上前苗木を植えたものであり、刈り揃えていたため背丈は小さいが幹はかなり太くなっている。樹木は成長の遅いもののほうが枝ぶり、樹幹のくねりが美しい。

今は壁際だ、枝を思う存分伸ばしてもらって、芳香に酔おう、月夜の庭歩きの友としよう。壁際に植え切れずに残った樹を前庭に二本、植木鉢に十本ほど植えたものは、肥料を十分にやってより慈しもう。







そもそも亜熱帯地域の当地の植物はそうじて成長が早すぎて「ゲテモノ」感がある。月橘はその稀な例外の樹のひとつだ。

東京の新緑が美しいといってもとうてい京都の新緑の比ではないが、しかし美しいことは美しい。やがて新緑の色が深まるにつれ、だんだん黒ずんだ陰欝な色調に変わって行くが、これも火山灰でできた武蔵野の地方色だから仕方がない。樹ぶりが悪いのは成長が早すぎるせいであろう。一体東京の樹木は、京都のそれに比べると、ゲテモノの感じである。ゲテモノにはゲテモノのおもしろみがある。などと、自分で自分を慰めるようになった。(和辻 哲郎「京の四季 」)


樹というものは、一〇年後、二〇年後の姿を思い描いて慈しむと、長生きするのも悪くないと思うようになる。わたくしはいまだ死を思ったり、残された時間を考えたりする年齢ではないつもりだが、もうお付き合い的なことはいいではないかという気になりつつあるには相違ない(中井久夫「私の死生観」)。すこし前、体調を崩したときに(ほっておいたら脳溢血になる可能性があったらしい)、ある種の感慨が生じた。

フーコーが愛したビシャの言葉、《死というのは一点ではない、生まれた時から少しずつ死んでいくかぎりで線としての死があり、また生とはそれに抵抗しつづける作用である》(『臨床医学の誕生』)を想いかえしたり、リルケの《昔は誰でも、果肉の中に核があるように、人間はみな死が自分の体の中に宿っているのを知っていた》(『マルテの手記』)などの言葉を反芻してみた。

女が孕んで、立っている姿は、なんという憂愁にみちた美しさであったろう。ほっそりとした両手をのせて、それとは気づかずにかばっている大きな胎内には、二つの実が宿っていた、嬰児と死が。広々とした顔にただようこまやかな、ほとんど豊潤な微笑は、女が胎内で子供と死とが成長していることをときどき感じたからではないか。(リルケ『マルテの手記』)

あるいはわたくしの「十三秒間隔の光り」はなんだろうといささか感傷的に問うてもみた。

…………

十三秒間隔の光り 田村隆一

 新しい家はきらいである
古い家で生れて育ったせいかもしれない
死者とともにする食卓もなければ
有情群類の発生する空間もない
「梨の木が裂けた」
と詩に書いたのは
 たしか二十年まえのことである
新しい家のちいさな土に
 また梨の木を植えた
朝 水をやるのがぼくの仕事である
 せめて梨の木の内部に
死を育てたいのだ
夜はヴィクトリア朝期のポルノグラフィを読む
「未来にいかなる幻想ももたぬ」
というのがぼくの唯一の幻想だが
 そのとき光るのである
 ぼくの部屋の窓から四〇キロ離れた水平線上
 大島の灯台の光りが
十三秒間隔に

…………

ふと音楽がきらりと光ることがある、詩句が輝いてみえるときがある。
白い小さな花が宵闇に浮かびあがりはっとしたり、その匂いが風に乗って鼻先をかすめてつかのま陶然とすることがある。


一年ほどまえ、若い詩人が、《不安がもだえそうに淡い炎がゆだっている/道端の青い小さな花を煮る六月十日は、》と謳った。

昼の灼熱のさかり、次男を学校におくるためにバイクで道をゆくとき、陽炎のゆらめきと太陽の光を十分に吸い込んだ枯草の匂いの「一瞬よりいくらか長く続く間」(大江健三郎)に慄くときがある。

暁方ミセイの詩句を、月橘と柑子の聯想から、もうすこし引用しよう。

……

(ひそひそと話をしている)
(柑子の木のあたり、雨に濡れそぼって、ふたりで、小声で)
(おおそのうえ古語で、)
(聞き取れない話をしている。雨の庭の古い濡れた柑子の木のあたりで)
((ちがうよ、あれは鳩だよ))
(人の様な、くぐもってずっと話している。何十羽もいる。)


何十羽も鳩がいる。茂みのなかで鳴いている。
遠く潰れた緑のうえに、
誰かの面影が、こんもりと盛られて、動かないでいる。
今は時々きらっと反射して、
もうすぐ隠れて
見えなくなる。



ーーー暁方ミセイ「極楽寺、カスタネアの芳香来る」(「現代詩手帖」2012年06月号)






2013年5月24日金曜日

父なき世代(中井久夫)


[春画 アートなのに… 国内巡回展は開催難航]への反応として「クレーム文化」だから仕方がない、という発話を読んだ。美術館側が公衆のクレームをおそれて、春画展を開催できない、というもの(わたくしは、すこしまえ騒がれた会田誠展へのクレームをまずは思い起したが)。

そのうち、「青少年」には、こんな文も禁止されかねない。

あの美しく血の滑らかな唇は、小さくつぼめた時も、そこに映る光をぬめぬめ動かしているようで、そのくせ唄につれて大きく開いても、また可憐にすぐ縮まるという風に、彼女の体の魅力そっくりであった。(川端康成『雪国』)







苦情の文化(culture of the complaintについては、わたくしの知るかぎり、ジジェクや、日本ではそれに依拠する大澤真幸によって、語られている(ジジェク曰く、社会学的には常識の部類に属するらしい)。

現代社会においては、伝統的な規範の枷がその効力を徐々に失い、原理的には、他者危害要件(他人に危害を及ぼさないという留保条件)さえみたしていれば、すべてが許されているように感じられるのである。つまり、少なくとも規範との関係でいえば、ほぼ完全な(消極的)自由が保証されているように見えるのだ。

だが、これと連動して、まったく逆方向の傾向も見出すことができる。すなわち、個人の幸福や厚生の水準の向上の名のもとに――つまり他者危害要件によって――、従来ではありえなかったような規範が急速に増大しつつあるのだ。(…)喫煙を限定する規制、望ましい食事を規定する規範、家庭内での暴力を禁止する規範、あるいはセクシュアル・ハラスメントやストーカー行為を禁止する規範などが、そうした規範に含まれる。(大澤真幸『<自由>の条件』)

「伝統的な規範の枷が効力を失う」とは、大文字の他者の喪失とか、「主人のシニフィアンの権威、言い換えれば父性的自我理想が失効する」(暗号的民主主義──ジェファソンの遺産 | 田中純)とか語られる。その規範の支えを失ったわれわれは、反面、「従来ではありえなかったような規範」を求める。つまり、「大文字の他者」の欠如は、主体が自分の責任を転移し、自分の行き詰まりを打破してくれるような公式を提供してくれるものと思われる、数々の「小さな<大文字の他者たち>little big Others」としての「倫理委員会」などを求める。

それはまた別に次のように説明されたりもする。象徴的規範の失効により、パラノイアティック(妄想的な)病理的ナルシストが跳梁跋扈するようになり、彼らは伝統的な規範が失われたことを知りつつ、その規範の影の欺瞞の糸を握って操っている「<他者>の<他者>」(ラカン)を要請する、と。

The Return of the Big Other
Besides the construction of little big Others as a reaction of the demise of the big Other, Zizek identifies another response in the positing of a big Other that actually exists in the Real. The name Lacan gives to an Other in the Real is "the Other of the Other". A belief in an Other of the Other, in someone or something who is really pulling the strings of society and organizing everything, is one of the signs of paranoia. Needless to say that it is commonplace to argue that the dominant pathology today is paranoia: countless books and films refer to some organization which covertly control governments, news, markets and academia. Zizek proposes that the cause of this paranoia can be located in a reaction to the demise of the big Other……

この大文字の<他者>の後退の第一の逆説は、いわゆる「苦情の文化」に見ることができる。その根底にある論理はルサンチマンである。主体は、大文字の<他者>が存在しないことを喜んで引き受けるのではなく、その失敗かつ/あるいは無力を<他者>のせいにする。<他者。が存在しないということが<他者>の罪であるかのようだ。つまり、無力は言い訳にならないかのようだーー大文字の<他者>はまさにそれが何もできなかったことに責任があるのだ。主体の構造が「ナルシシスティック」になればなるほど、主体は大文字の<他者>に責めを負わせ、そうして自分がそれに依存していることを確かめる。「苦情の文化」の基本的な特徴は、大文字の<他者>に向けられた、介入して事態を正してくれ(損害を受けた性的少数派あるいは少数民族などに報いてくれ)という要求であるーーまさにそれをどうするかが、さまざまな倫理的=法的「委員会」の問題になる。(ジジェク「サイバースペース、あるいは幻想を横断する可能性」松浦俊輔訳)www.ntticc.or.jp/pub/ic_mag/ic024/084-097.pdf

今日の典型的な主体は、いかなる公のイデオロギーに対しても冷笑的な不信を表に出しながら、どこまでも陰謀や脅威や〈他者〉の享楽の過剰な形態についてのパラノイア的幻想にふけっている。大文字の〈他者〉(象徴界の虚構の次元)の不信,つまり主体が「それをまともにとる」ことをしないのは、「〈他者〉の〈他者〉」があること、実は、ある秘められた見えない全能の代理人(エージエント)が「糸を引いて」おり、舞台を動かしているということを信じることにかかっている。眼に見える、公の権力の背後に、別の、猥褻な見えない権力構造があるということだ。この別の、隠れた代理人が、ラカン的な意味での「〈他者〉の〈他者〉」の役、大文字の〈他者〉(社会生活を調節する象徴界の次元)が一貫することの、メタ保証の役を演じている。われわれはここにこそ、近年の物語化の行き詰まり、すなわち「大きな物語」というモチーフの終わりの根を求めるべきだろう。(同上)

もちろん「<他者>の<他者>」は存在しない(ラカン)。あくまでもパラノイアの機制である。


中井久夫はこのあたりのことをより平明な言葉で間歇に語っている。


中井)確かに1970年代を契機に何かが変わった。では、何が変わったのか。簡単に言ってしまうと、自罰的から他罰的、葛藤の内省から行動化、良心(あるいは超自我)から自己コントロール、responsibility(自己責任)からaccountability〔説明責任〕への重点の移行ではないか。(批評空間2001-1 「共同討議」トラウマと解離(斎藤環/中井久夫/浅田彰)


1970年代を契機に変ったとすれば、なぜなのか。それはやはり「父なき世代」のせいである。

「学園紛争は何であったか」ということは精神科医の間でひそかに論じられつづけてきた。1960年代から70年代にかけて、世界同時的に起こったということが、もっとも説明を要する点であった。フランス、アメリカ、日本、中国という、別個の社会において起こったのである。「歴史の発展段階説」などでは説明しにくい現象である。

では何が同時的だろうかと考えた。それはまず第二次世界大戦からの時間的距離である。1945年の戦争終結の前後に生まれた人間が成年に達する時点である。つまり、彼らは戦死した父の子であった。あるいは戦争から還ってきた父が生ませた子であった。しかも、この第二次世界大戦から帰ってきた父親たちは第一次大戦中あるいは戦後の混乱期に生まれて恐慌時代に青少年期を送っている人が多い計算になる。ひょっとすると、そのまた父は第一次大戦が当時の西欧知識人に与えた、(われわれが過小評価しがちな)知的衝撃を受けた世代であるかもしれない。

二回の世界大戦(と世界大不況と冷戦と)は世界の各部分を強制的に同期化した。数において戦死者を凌駕する死者を出した大戦末期のインフルエンザ大流行も世界同期的である。また結核もある。これらもこの同期性を強める因子となったろうか。


では、異議申立ての内容を与えたものは何であろうか。精神分析医の多くは、鍵は「父」という言葉だと答えるだろう。実際、彼らの父は、敗戦に打ちひしがれた父、あるいは戦勝国でも戦傷者なりの失望と憂鬱とにさいなまれた父である。戦後の流砂の中で生活に追われながら子育てをした父である。古い「父」の像は消滅し、新しい「父」は見えてこなかった。戦時の行為への罪悪感があるものも多かったであろう。戦勝国民であっても、戦場あるいは都市で生き残るためにおかしたやましいことの一つや二つがあって不思議ではない。二回の大戦によってもっともひどく損傷されたのは「父」である。であるとすれば、その子である「紛争世代」は「父なき世代」である。「超自我なき世代」といおうか。「父」は見えなくなった。フーコーのいう「主体の消滅」、ラカンにおける「父の名」「ファルス」の虚偽性が特にこの世代の共感を生んだのは偶然でなかろう。さらに、この世代が強く共感した人の中に第一次大戦の戦死者の子があることを特筆したい。特にアルベール・カミュ、ロラン・バルトは不遇な戦死者の子である。カミュの父は西部戦線の小戦闘で、バルトの父は漁船改造の哨戒艇の艇長として詳しい戦史に二行ばかり出てくる無名の小海戦で戦死している。

異議申立ての対象である「体制」とは「父的なもの」の総称である。「父なるもの」は「言語による専制」を意味するから、マルクス主義政党も含まれる道理である。もっとも、ここで「子どもは真の権威には反抗しない。反抗するのはバカバカしい権威silly authorityだけである」という精神科医サリヴァンの言葉を思い起こす。第二次大戦とそれに続く冷戦ほど言語的詐術が横行した時代はない。もっとも、その化けの皮は1960年代にすべて剥がれてしまった。(「学園紛争は何であったのか」書き下ろし『家族の深淵』1995中井久夫)

このあと、《しかし、この精神分析的解釈は、反乱が学生・知識人に限局して起こったことを説明しない》とあり、《最近、私は文化大革命の記録をいくつか読んで、はっと思うことがあった。大学の教師も迫害され、農村に追いやられているが、もっとも迫害されたのは高校教師であって、彼らはしばしば生徒に殺害されている》とも。

以下はいささか割愛して、次のように書かれることになる。

せっかく入試にとおったエリートの学生がなぜ真先に異議申立てをするのか。フランス革命においてもロシア革命においても貴族たちが身分社会への反乱の理論を用意したのと似ている。これは単純な「ノブレス・オブリージェ」ではない。「体制」の中で不当に低く待遇されるであろうという予感を抱いていた若者である。今あまり人気のない歴史家トインビーであるが、彼が指摘するとおり、文化の「リエゾン・オフィサー」(連絡将校)としてのインテリゲンチアへの社会的評価と報酬とは近代化の進行とともに次第に低下し、その欲求不満がついにはその文化への所属感を持たない「内なるプロレタリアート」にならしめると私は思う。  
冷厳な事実は、二つの大戦が優秀な青年を戦死させたために、多くの国でその同世代と続く世代との、それほどでない人たち(たとえば私の世代の)に余分の機会を与えたことである。反乱世代は、この余沢が消滅した時点において成人に達しつつあった。団塊の世代といわれる彼らのところで行列が渋滞しはじめたのである。(同上)

しかし、日本がことさら「父なき」国の特質が目立つということが実感としてあるなら、次のようなこともあろう。
かつては、父は社会的規範を代表する「超自我」であったとされた。しかし、それは一神教の世界のことではなかったか。江戸時代から、日本の父は超自我ではなかったと私は思う。その分、母親もいくぶん超自我的であった。財政を握っている日本の母親は、生活費だけを父親から貰う最近までの欧米の母親よりも社会的存在であったと私は思う。現在も、欧米の女性が働く理由の第一は夫からの経済的自立――「自分の財布を持ちたい」ということであるらしい。

明治以後になって、第二次大戦前までの父はしばしば、擬似一神教としての天皇を背後霊として子に臨んだ。戦前の父はしばしば政府の説く道徳を代弁したものだ。そのために、父は自分の意見を示さない人であった。自分の意見はあっても、子に語ると子を社会から疎外することになるーーそういう配慮が、父を無口にし、社会の代弁者とした。日本の父が超自我として弱かったのは、そのためである。その弱さは子どもにもみえみえであった。(中井久夫「母子の時間 父子の時間」初出2003 『時のしずく』2005所収)



これが日本は露悪趣味的な共同体のつくり方が伝統的にある、ということでもある。


浅田)日本人はホンネとタテマエの二重構造だと言うけれども、実際のところは二重ではない。タテマエはすぐ捨てられるんだから、ほとんどホンネ一重構造なんです。(……)

偽善をめざすことをやめた情けない姿をみんなで共有しあって安心する。日本にはそういう露悪趣味的な共同体のつくり方が伝統的にあり、たぶんそれはマス・メディアによって煽られ強力に再構築されている。(『「歴史の終わり」と世紀末の世界』浅田彰・柄谷行人)

 …………

ここでもう一度、冒頭の「ナルシシスト的主体」に戻ろう。


象徴的法を自分の中に取り入れるのではなく、複数の規則、すなわち「いかに成功するか」を教えてくれる便利な規則がいろいろ与えられる。ナルシスト的な主体は、他者たちを操るための「(社会的)ゲームの規則」だけを知っている。社会的関係は、彼にとってはゲームのためのグラウンドである。彼はそこで、本来の象徴的任務ではなく、さまざまな「役割」を演じる。(ジジェク

この社会的ゲームの規則に耐えられない人たちが、たとえば「ひきこもり」に向かうといってよいのかもしれない。

浅田)浅いコミュニケーションがものすごく広がった社会なんですね。しかし、その一方で、「充実したコミュニケーション」という理想がどこかにあって、それが実現されないのでコミュニケーションから撤退するという人たちもいる。ひきこもりもそういうケースがあるように思います。例えば、「親は、言葉を聞くだけで、自分の本当の気持ちを分かってくれない」などという子供がいる。本当の気持ちなんか分かるわけないんで、言葉を聞いてくれるだけでもありがたいと思え、と(笑)。むしろ、本当の気持ちを分かり合うなどという方が気持ち悪いでしょう。けれども、そういう上っ面だけのインチキなコミュニケーションには耐えがたい、だからコミュニケーションそのものを切断してひきこもる、という人がいるわけです。それはもともとの前提が間違っているのではないか。(批評空間2001-1 「共同討議」トラウマと解離(斎藤環/中井久夫/浅田彰)

もう少し付け加えよう。

浅田)まあ、ラカンのように難しいことを言うまでもなく、人間は互いに分かり合えない、だからこそコンフリクトを重ねつつ共存していくんだ、という大前提が、ふと気がついてみたら、まったく共有されなくなっていた、そのことにはさすがに愕然としますね。


斎藤) ひきこもりの最高年齢がちょうど私と同じ年齢で、世代論は避けたいと思ってはいても、やはりそこには何かがあるという気がします。共通一次試験と特撮・アニメの世代ですね。例えば「働かざるもの食うべからず」といった倫理観を自明のこととして理解できず、むしろ働けなければ親が養ってくれると思っている。


中井)先行世代がバブルにいたるまで蓄積し続けたから、寄生できるんだね。


斎藤)経済的飢餓感も政治的な飢餓感もない。妙に葛藤の希薄な状況がある。ある種、欲望が希薄化しているようなところがあるわけです。なにがなんでもこれを表現せねばならない、というようなものもないんですね。


中井) これはいつまで続くんだろうね。その経済的な前提 というのは、場合によったら失われるわけでしょう。震災だってある。欠乏したとき、いったいどうなるのか。


斎藤)ひきこもりの人たちというのは、日常に弱くて、非日常に強いところがあります。父親が事故で亡くなったりすると、急に仕事を探し始めたりして、わりと頑張りがきくところがある。だから、必然的な欠乏が早くくれば救われるということはありますね。

浅田)治療者としての斎藤さんは拙速な「兵量攻め」には反対しておられるけれども、一般的には、欠乏に直面して現実原則に目覚めるのが早いのかもしれませんね。


※「超自我」と「父の名」、あるいは「自我理想」など、フロイトやラカン用語が出てくるが、これらは論者によって扱いがひどく違う。ここでは厳密な区分はせず一律「大文字の他者」として扱っている。

――たとえば柄谷行人にとっては、《寛大な親に育てられた子供が強い倫理感(超自我)をもつことがある》(超自我と文化=文明化の問題)とされるように、中井久夫の《良心(あるいは超自我)》、おそらく象徴界的なものと近似する。

他方、ジジェクにとっては、ラカンの《楽しみを強制するものはない。超自我を除いて。超自我は享楽の命令である。「楽しめ!」》(「セミネールⅩⅩ」)に依拠して、「超自我」は、現実界的なもの。このあたりは、『ラカンはこう読め!』の第五章「自我理想と超自我」に詳しい。

最近の書LESS THAN NOTHING(2012)でも、《まなざしー恥ー自我理想、声ー罪ー超自我gazeshameEgo Ideal, and voiceguiltsuperego.》としており、自我理想と超自我の区別はジジェクの理論的核心のひとつだろう。


2013年5月23日木曜日

心的装置の成立過程における二つの翻訳

以下は、資料。


向井雅明『自閉症と身体』よりだが、中井久夫の文を挿入しつつ。


人間にとって身体は動物の体とは同一に扱うことはできない。動物においては体は動物自身であり人間における精神と身体の乖離のようなものはない。他方、人間にとって身体とは構築されなければならないものだ。身体というものはいかに構築されるかのだろうか。人間にとって身体はイメージと強く結びついている。ラカンの有名な鏡像段階はその身体の最初の構築の契機である。それを簡単に説明すると、生まれてくる子供は自分の身体にたいしてばらばらなイメージしか持っておらず、鏡の前で初めて自分の身体を統一した全体像だと認めるというものであった。鏡のなかの自らのイメージに同一化することによって統一した身体像を獲得するのだ。

ラカンはこの鏡像段階を説明するために光学的図式と言われる一つの図を構築した。









この図は平面鏡と凹面鏡の二つの鏡と、花束、そして花瓶と花瓶を隠す一方だけ開いた箱から構成されている。


それぞれの構成要因の役割はつぎの通りだ。


──花束は子どもにとってのばらばらな身体イメージ

花瓶は花束の下に置かれた箱のなかに隠され、子どもは直接見ることはできない。


──凹面鏡は、花束の右に位置する人の目に対して箱の中の花瓶を実像として浮かび上がらせる。見る人にはちょうど花束が花瓶のなかに収まるように実像が浮かび上がる。花束が花瓶に収まるイメージは分断された身体像が一つにまとまり統一した身体像が得られることを意味している。


──平面鏡:凹面鏡だけでも身体の統一像は成立するのだが、ラカンはこれにもう一つの鏡を付け加え、それを大文字のAとして記す。Aは言語の他者を表すもので人間は直接自らの身体統一像を見ることはできず、常に言語を通してのみ自分の身体を把握できるのだということを意味している。


ここで注目すべきは鏡の右側に置かれた大文字のIの置かれた場所で、見る人の目はここに観点を据えられて初めて自らの身体イメージを見ることができる。分析用語ではこの点を自我理想と言い、人間は常にこの点に立って世界を見ているのであって、この点が失われると人は自分を見失ってしまう。


この平面鏡Aについてはラカンもはっきりとした説明をあたえているのにたいして、凹面鏡についてはほとんど何も説明がない。わずかに冗談めいてこれは大脳皮質だとも言っているが、まともにとってはいけないとも言っている。そんなわけでラカニアンの間でもこれに特別に気を配る人はいなかった。



われわれが外世界から受ける刺激は感覚としてまず受け止められる。この状況では感覚は無差別状態にあり、世界は無秩序な混乱のなかにある。この状態では個別の認識は不可能である。

──次に、最初の印象はイメージとして個別化される、ここではイメージによる思考が可能である。自閉症者は抽象的な概念を理解することができない。たとえば平和という概念を鳩で表すなどイメージにむすびつけて考える。ここには可逆性があり、それほど堅固な翻訳ではない。

──その次の段階では、イメージ同士が結びつき合ってシニフィアンとして作用するようになる。ここで無意識が成立する。その結果意識的表象が可能になる。この翻訳作業はラカン的に言えば父性隠喩が作用する場所である。世界はファルス化され、男女の差を考えることも可能になる。以後われわれの一般的な知覚の世界成立し、通常の認識がなされるようになる。

ここで重要なのは感覚と知覚を異なったものとして扱っていること。感覚は受動的なものでわれわれは単にそれを選択せずに受け取るだけなのに比べて、知覚は能動的で選択的。知覚があって初めて私たちは何かを差異的、具体的に感じることができる。それにたいして感覚は非差異的。感覚の世界は混乱しており構造化されていない。

音に関して言えば、音を感覚だけで聞くと世界は様々な騒音に満ちあふれている。知覚はフィルターを通すので静かな世界が可能となる。耳は閉じられないが知覚としての耳は閉じることができる。私たちの耳は聞かないためにある。

視覚にかんして世界は感覚だけでは平面的なイメージしか得られないのに対して知覚では奥行きが感じられるようになる。


この図式で注目すべき点は、私たちが通常の知覚を獲得したり、シニフィアンを使用して言語的表象行うことができたりするようになるには、ばらばらの印象から一つのまとまったイメージへの移行と、イメージからシニフィアン的構造化への移行という二つの翻訳過程、二つの契機を経なければならないという論理だ。一般的にラカン理論では二番目の移行に相当する原抑圧、もしくは父性隠喩の作用による世界のファルス化という唯一の過程のみで心的装置の成立をかんがえる傾向にあるが、たとえば精神病を父の名の排除という機制だけで捉えることは、精神病者においても言語による構造化はなされているという事実をはっきりと捉えられなくなってしまう心的装置の成立過程に二つの大きな契機があるとかんがえると、主体的構造の把握がより合理的に行われるように思われる。



再び先ほどの鏡の図に戻る。

図1を構成している二つの鏡は今述べた二つの契機に相応していると考えると、この図を大変スマートに説明ができるようになる。レ=フロは次のように考える。

すなわち、最初の翻訳は凹面鏡に相当し、二番目の翻訳は平面鏡に相当すると見なすのである。平面鏡は言語を意味するものであり、それが導入されるとわれわれは言語を通して世界を見るようになるということで、これはすでによく知られている図式なので説明は省く。

凹面鏡に考察を移そう。凹面鏡によってばらばらな感覚がまとまったイメージになると言うことであるが、具体的には何を指すのだろうか。

レ=フロはここでウイニコットを参照する。ウイニコットは子どもが正常に育つためには、母親が乳児にたいしてホールディング、―抱えることーを行うことが必要だとかんがえる。ホールディングとは精神的、肉体的に母親が子どもを抱え、受け止めてやることである。全く無力の幼児はまだ感覚運動的にもばらばらで統一された自己というものができていない。こうした状態の幼児に統一した自己を確立させるのを助けるのがホールディングである。言い換えると、母親が子どもにとって鏡となり子どもに自己の統一像を見せてやることに相当する。すなわち凹面鏡は子どもを前にホールディングを行う母親を表しているのだ。



上の記述での、「ホールディング」から、中井久夫を挿入する。
成人世界に持ち込まれる幼児体験は視覚映像が多く、稀にステロタイプで無害な聴覚映像がまじる。嗅覚、味覚、触覚、運動覚、振動感覚などはほとんどすべて消去されるのであろうか。いやむしろ、漠然とした綜合感覚、特に母親に抱かれた抱擁感に乳の味覚や流れ入る喉頭感覚、乳頭の口唇触覚、抱っこにおける運動感覚、振動感覚などが加わって、バリントのいう調和的渾然体harmonious mix-upの感覚的基礎となって、個々の感覚性を失い、たいていは「快」に属する一つの共通感覚となって、生きる感覚(エロス)となり、思春期を準備するのではなかろうか。


これに対して、外傷性体験の記憶は「成人世界の幼児型記憶」とはインパクトの点で大きく異なる。外傷性記憶においては視覚の優位重要性はそれほど大きくない。外傷性記憶は状況次第であるが、一般に視覚、聴覚、味覚、触覚、運動覚が入り交じる混沌である。視覚的映像も、しばしば、混乱したものである。すなわち「共通感覚的」であり「原始感覚的」でもある。(中井久夫「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』P57~58)


向井論文に戻る。
光学的図式を持ち出してきたのは、自閉症の特殊な世界を説明するためであった。外部と全く接触を持とうとしない自閉的様態を示す子ども達はそれまで分裂症と同じカテゴリーに入れられていたのが一九四三年にレオ・カナーが自閉症として独自の疾患単位として認めたのが最初であった。そして一九四四年にはハンス・アスペルガーが高機能自閉症とも呼ばれるアスペルガー症候群を報告した。これは知能的にはあまり障害の認められない自閉症を指している。それぞれの自閉症を上の図に位置するとカナー的自閉症は第一の翻訳の前、アスペルガー的自閉症は第一の翻訳と第二の翻訳の間に位置される。 



さて、ここで少し上に戻って、向井雅明氏の、《ばらばらの印象から一つのまとまったイメージへの移行と、イメージからシニフィアン的構造化への移行という二つの翻訳過程、二つの契機を経なければならないという論理(……)。一般的にラカン理論では二番目の移行に相当する原抑圧、もしくは父性隠喩の作用による世界のファルス化という唯一の過程のみで心的装置の成立をかんがえる傾向にあるが、たとえば精神病を父の名の排除という機制だけで捉えることは、精神病者においても言語による構造化はなされているという事実をはっきりと捉えられなくなってしまう。心的装置の成立過程に二つの大きな契機があるとかんがえると、主体的構造の把握がより合理的に行われるように思われる。》をめぐって、ラカン理論につねに違和を抱き続けているようにみえる中井久夫の「言語化」をめぐる叙述を引用する。

外傷性記憶を「語り」に変えてゆくことが治療であるとジャネは考えた。体験は言語で語れる「ストーリー」に変わって初めて生活史の多彩で変化する流れの中に位置を占めることができる。それは少なくない事例においてある程度は達成できる。しかし、完全な達成は理想であって、多くの外傷は「精神的瘢痕治癒」となると私は思う。すなわち、外傷の記憶は意識の辺縁の夢のような部分、あるいは触れられたくない秘められた部分(ホット・スポット)に留まることが多い。たとえば自殺未遂の記憶、一時的精神的失調の記憶は一般に夢のような、半ば人ごとのようなものとして残る。これは生活の邪魔をしない「柔らかな解離」である。私たちはそのようなホット・スポットを意識の辺縁に持っていないであろうか。かつて精神分析は言語化を重視しすぎた。西欧の精神医学は言語化と言語的・意識的自我への統合を究極の目標とする。それは果たして現実的であろうか。

実際、外傷を語るべきか語らざるべきかについてさえ諸家の一致があるわけではない。ホロコーストの記憶を語らなかった家族のほうが長期予後がよいという報告がある。(「トラウマとその治療経験――外傷性障害私見」『徴候・外傷・記憶』116頁)

もう一つ。

時間はふつう未来に向かって進行する。しかし、時間は停止しているだけでなく、時間軸が後ろに向かいがちである。時間の井戸に下降している感覚がある。

治療者は所詮、擬似体験者である。( ……)しかも何例か、すなわちいくつかの井戸を受け持つ。時間の井戸下降感覚は、いずれも、日常生活に奇妙な影響を与える。それは、精神分析などで幼少期を問答しているのとは全然といってよいほど違う。これは治療者の側への作用である。周囲の人と時間のベクトルがちがってくるのである。

さらに、この井戸の構造は単純でない。最初に語られるトラウマは二次受傷であることが多い。たとえば高校の教師のいじめである。これはかろうじて扱えるが、そうすると、それの下に幼年時代のトラウマがくろぐろとした姿を現す。震災症例でも、ある少年の表現では震災は三割で七割は別だそうである。トラウマは時間の井戸の中で過去ほど下層にある成層構造をなしているようである。ほんとうの原トラウマに触れたという感覚のある症例はまだない。また、触れて、それですべてよしというものだという保証などない。

たしかに言語化はイメージを減圧する。言語とはそのために生まれたという人もあるぐらいである(高知能自閉症の言語と儀式もまた)。絵画も生のイメージを減殺する力がある。神戸では震災直後、米国からの援助者が「もう泣きましたか」「話して下さい」とよく被災者に語りかけていた。米国人は、日本人は自己の体験を語れない社会であるから被害者が深刻になるのだといっていた。そうなのだろうか。言語は重要であるが、ナラティヴもまた一つのフィクションであって、絵画療法に似ていはいないだろうか。

時間は偉大な癒し手であって、体験がいつのまにか浄化されてゆくことはある。「成仏」とはその行く手にあるものだろう。「季節よ、城よ、無傷なところがどこにあろう」(ランボー「地獄の一季節」)季節は「過ぎゆくもの」、「城」はとどまるものか。おそらく、トラウマを飼い馴らすことはできるとしても、人はトラウマをなかったことにすることなど、できないのであろう。悲劇の感覚というものがある救いになることがあるが、時には不幸な執念が人生を埋めてゆくこともある。(中井久夫「トラウマについての断想」『日時計の影』所収P59-60 )

もっともこうもある、《私の子どもの観察であるが、ある子はしばしばうなされ、苦悶している時期があって、何とかしなければ、と思った。ところが夢を片言にせよ言語化することができるようになった途端に苦悶は止んだ。別のある子には、成人言語性を獲得してしばらく、親の後を追いかけてでも夢を聞かせようとする時期があった。私が言語の「減圧力」をまざまざと実感したのは、これらの観察によってである。》(『徴候・記憶・外傷』69頁)


あるいは、
「合意による確認」は「命題化」とは同一でないことは忘れられやすい。たとえば色であって「これが赤だね」「うん、赤だ」という以上の確認はできない。

触覚、味覚、嗅覚、振動感覚などの近接感覚はさらに言語化困難な「質」である。

名辞による色彩の分割(色わけ)は民族と時代によって異なる。近代文化内でも英国、オランダ、日本の各々の100色以上の色鉛筆セットを比較すれば色名の文化的差異と色分布の違いは一目瞭然である。英国の標品が暗色、オランダのが褐色が多く、繊細な相違を強調し、逆に、100色以上においても日本の標品で「黄色」とされる「明るい菜種色」などを欠いていることが多い。

しかし、言語化困難だとはいえ、色や味覚や嗅覚は言語化がなければ、まったく個人の自閉的世界にとどまってしまうだろう。

言語化への努力はつねに存在する。それは「世界の言語化」によって世界を減圧し、貧困化し、論弁化して秩序だてることができるからである。(「発達的記憶論」『徴候・記憶・外傷』所収)


…………


向井雅明の論には、次のように書かれている。

外世界から受ける刺激(感覚)→ホールディングなどによるイメージによる統合(知覚)→父性隠喩の作用による世界のファルス化→シニフィアン的構造化 


中井久夫のここで引用された文では(心的外傷をめぐってが中心だが、ここではそれに触れない)、次のようになる。


原始感覚的(プロトペイシック)→漠然とした綜合感覚(母親に抱かれた抱擁感等)→世界の整合化と因果関連化(「発達的記憶論」p61参照)→言語化 



ここで、ラカンの人間の幻想(ファンタスム)の公式 $◇aを並べておこう。(メモ:幻想の式 $◇a 、倒錯の式 a◇$


幻想の公式 $◇aは、次のように分解される。


$ ー -φ ー Φ ー A ー a 


(-φマイナス・プチ・フィーは、想像的ファルスの欠如であり、Φグラン・フィーは、象徴的ファルス)


そして次のように読まれる、《斜線を引かれて抹消された主体が、生の欲動に運ばれて、突き進んで行くその先には、まず「想像的ファルスの欠如」-φがあり、次に「象徴的なファルス」Φがあり、そして言葉で構築された世界Aがあり、そしてその先に永遠に到達できない愛aがある。》



……

以上、三つを並べたからといって、それらを安易に関連づけるつもりはない。

以下、ラカンの「父の名」にかかわる文献をいくつか附記しよう。




ラカンの有名な「父の名」の公式は次の通り(「ファルス」と「享楽」をめぐって 向井雅明




母の欲望は幼児にとって何であるのか分からない(X)。

母親の欲望とは子どもが母親にたいして持つ欲望という客体的意味もあるが、それよりもまして母親の持っている欲望という主体的な意味が決定的である。母親はまず欲望を持っている者とされるのだ。そして人間の欲望は他者の欲望であるという定式から、子供にとって他者はまず母親であるから、子供の欲望は母親の欲望、つまり母親を満足させようという欲望となる。母親の前で子供は母親を満足させる対象の場にみずからを置き母親を満足させようとする。つまり母親のファルスとなる。(向井雅明)

この母親の欲望=子どもの小さなファルスは、想像的ファルス(φ)であり、父の大きなファルス=象徴的ファルス(Φ)とは異なる。

母親の欲望の法は気まぐれな法であって、子どもはあるときは母親に飲み込まれてしまう存在となり、あるときは母親から捨て去られる存在となる。母親の欲望というものは恐ろしいもので、それをうまく制御することは子どもの小さなファルスにとって不可能である。

母の欲望のシニフィアンを,〈父の名〉で代理すること(父の名/母の欲望)によって父性隠喩が成立し,症状や夢などの象徴表現の可能性が開かれる。

――「隠喩」=「あるシニフィアンによるあるシニフィアンの代理」、しかもメトニミーとは異なり、意味が産出される代入(E622及び「文字の審級」)


欲望の公式の右側は、父の名(ファルス)という特権的な超越論的シニフィアンの介入によって、その他の全てのシニフィアン(A)が「ファルス的意味作用」を持つ、と読まれる。

以上は神経症の機制であり、精神病の場合は、「父の名」の排除がある。これは松本卓也氏によりツイッター上で次のように説明されている。


精神病では〈父の名〉が排除されているということは,隠喩が作れず,よって神経症症状も形成されず,母の欲望があらわすものが謎のxのままにとどまるということ.だから,精神病の発病時には,世界の総体がひとつの大きな謎として主体に立ち現れるのである. 
神経症では,〈父の名〉(Nom-du-Père)と出会い,ファルス的意味作用(signification phallique)が成立する.一方,精神病では,父なるもの(Un-Père)と出会い,謎の意味作用(signification énigmatique)が成立する.


 なお、Φ(象徴的ファルス)と父の名の相違としては、Pierre Bruno Phallus et fonction phalliqueの説明を援用した次のような指摘がある。


たとえば、あまりよくないラカン本ではΦ(象徴的ファルス)と父の名NdPを区別していなかったりするのですが、Phallus et fonction phalliqueの説明では、この2つは水準が違うことが明記されています。Φは全体としてのシニフィエの諸効果を指し示すシニフィアンであって、つまるところシニフィアンとシニフィエの結びつきを調整するもの。一方、父の名のほうは、意味作用が関わってくる水準。つまり、ファルス享楽についての謎に答えるために、先行する母の欲望(=シニフィアン)を隠喩化することでファリックな意味作用を作り出すという機能が父の名にはある。 
父の名は意味作用に関わる。だからこそ、父の名の隠喩が不成立であった場合(排除)、通常成立するはずのファリックな意味作用が成立せず、世界が「謎めいた意味」の総体になるわけです(分裂病急性期)。(松本卓也 Twitter

※:「心的装置の成立過程における二つの翻訳」補遺